魔法の森ーー
桜の花が咲き誇り、芽吹いた花々が彩る昼間の幻想郷。
リリーホワイトが陽気に春を叫び、空を舞う中、魔法の森にあるアリス邸ではアリスの悲痛な叫びがあがっていた。
「魔理沙! 何してるのよ!」
「わ、私はアリスに言われた通りフレアをしただけだぜ!?」
「私が言ったのは"フランベ"よ!」
魔理沙に料理を教えていたアリスは魔理沙の料理スキルに悲鳴をあげつつ、しっかりと鎮火させる。しかし食材もだが、台所もほぼほぼ焦げでしまい、料理は失敗に終わった。
「もう……だからあれ程やる前には声をかけてって言ったのに」
「わ、悪かったって……ちゃんと魔法で直してやるから、そんなに目くじらを立てるなよ〜」
アリスの小言に魔理沙は苦笑いを浮かべながら、自分の失敗で焦がしてしまった台所を綺麗に修復する。
どうして魔理沙がアリスから料理を教わっているのかというと、魔理沙はこれから恋人とのデートを控えており、その時に恋人へ手作りの料理を振る舞いたいという乙女心から今に至るのだ。
魔理沙の恋人は魔導書を専門に扱う小さな魔導書館を営む外の世界から来た元魔導師の男で、見た目は青年だが魔理沙より二百年以上を生きている。
どうして元がつくのかというと、男はとある大災害から人々を守るために大魔法を使い、その大魔法の代償で殆どの魔力を使い果たしてしまった。
そのため寿命が長いことと、これまでの魔術の知識しか男には残っておらず、このまま時間を無駄にするよりは自分の知識を必要とするところに行こうということで、ひょんなことから繋がりがあった八雲紫に頼んで幻想郷入りしたのだ。
そして男が幻想郷入りして、初めて出会った幻想郷民が魔理沙だった。
魔理沙も好奇心から男に自ら接触し、互いのことを話し、魔法という共通点があることから共鳴し、いつの間にか互いに惹かれ合うようになり、男からの告白で今日に至る。
そんな二人が恋仲となって初めての春がやってきた。
魔理沙は初めての恋に一生懸命で、男に精一杯の愛を送ろうと、慣れていない手の込んだ料理を作りたいのだ。
「またはじめからだけど、時間とか平気?」
「あいつには私が迎えに行くまで待ってろって言ってあるから余裕だぜ♪」
時計を見て魔理沙の予定を気遣うアリスだったが、やはりそこは魔理沙だった。アリスは思わずクスリと笑い、「じゃあ頑張りましょうか」とだけ言って魔理沙に料理を教えるのだった。
ーー
日が傾いていく昼下がり、魔法の森でも迷いの竹林と隣接する位置に男の魔導書館が佇んでいる。
ようやく料理が完成した魔理沙は愛用の箒でひとっ飛びして、男の元へと参上した。
「お待たせ〜♡ ちょ〜っと手間取ったから遅くなったぜ♡」
「構わないよ。魔理沙を待つのも楽しみの一つだからね」
館内に入って声をかけると、館の一番奥の席に座る男は読んでいた魔導書を閉じて、魔理沙へ優しい笑みを向ける。
魔理沙はパタパタと男のすぐ側へ行くと、バフッと男の胸に飛び込んだ。
「そう言ってくれると思ったぜ♡ へへへ♡」
自分の胸に飛び込んできた魔理沙を受け止めた男は、魔理沙の笑顔に自分も顔をほころばせ、魔理沙の左頬を優しく撫でる。魔理沙はそれが気持ち良くて、まるで猫が喉を鳴らすように「んゆ〜♡」と幸せそうな声を出した。
「……それで、今日はこれからどうするんだい? 魔理沙が秘密って言うから、何をするのかすら把握してないんだけど」
「おっと、そうだったな。これから博麗神社の裏に行くぜ!」
「博麗神社の裏……なるほど」
男が納得すると、魔理沙はニカッと笑い頷く。博麗神社裏には山桜が自生しており、今の時期が絶好の花見具合。
しかし男は少し疑問が浮かんだ。
「何故、博麗神社境内の桜ではなく、裏へ?」
「んなの決まってるだろ? あそこは知ってるやつが少ない穴場だ。二人っきりで花見出来るじゃんか……」
そう答えた魔理沙はそのあとに、小言で「誰にも邪魔されたくないんだよ、察しろよ」と付け加える。
男はその健気な気持ちに心を打たれ、魔理沙の頬を両方の手でワシワシした。
「
「気が回らなくてごめん。行こうか♪」
「うん♡」
こうして二人は仲良く博麗神社の裏へと向かうのだった。
博麗神社裏ーー
目的地に着くと、日は更に傾き、空は薄っすらと夕焼け色に染まり始めていた。
しかしその夕焼けが山桜の味のある純白色の花を彩り、そこだけが別次元のような、幻想的な風景を演出している。
「綺麗だな〜……」
「うん、綺麗という言葉以外、出てこないね」
その光景に二人は感嘆の言葉をもらし、せっかくなので山桜地帯を軽く歩くことにした。
魔理沙はしっかりと男の手を握り、男は魔理沙の歩幅に合わせ、ゆったりと桜を堪能する。
すると男はある視線に気がついた。視線の正体を確認するとそれは魔理沙の視線だった。
「俺の顔に何か付いてるかい?」
「へ!? う、ううん! 相変わらず素敵だぜ!?」
男の横顔に見惚れていた……と真っ直ぐには言えず、魔理沙は空いてる方の手をワチャワチャさせながら誤魔化すつもりでそう返したものの、その言葉は誤魔化しにならなかった。
そんな可愛らしい魔理沙の言動や行動に男は思わず吹き出す。
「な、何笑ってんだよぅ……」
「ごめん……魔理沙が可愛くて、ついね」
「な……か、可愛いって誤魔化したって笑ったことは変わりないだろ……」
口ではそう言うものの、魔理沙の表情はふにゃりと蕩けている。不意打ちの褒め言葉に魔理沙は弱いのだ。
それから魔理沙は「す、少し早いけど夕飯にしようぜ!」と言い、適当な桜の木下に男を連れて行った。
ーー
「初めて作ったやつばっかだけど、アリスにちゃんと教わったし、味見もしっかりしたから安心してくれていいぜ♡」
魔理沙は四次元帽子から料理が詰まった大きなバスケットを取り出すと、その料理の完成度に男は思わず「おぉ……」と声をもらす。
バスケットの中には各種のサンドイッチ、彩り豊かなサラダ、ポークソテー、きのこのバター炒めがところ狭しと入っていた。
「これを魔理沙が……」
「アリスにも少〜し手伝ってもらったけどな。でもほぼ私が全部作ったんだぜ♪」
自慢気に胸をポンと叩く魔理沙。そんな魔理沙の心や思いが嬉しくて、男は胸が熱くなった。
そして魔理沙に感謝しつつ、男は魔理沙の手料理を堪能した。それはいつもの料理よりも何倍も美味しく感じ、魔理沙も男が喜んでくれているのがはっきりと分かったので、お互いに幸せなひとときとなった。
ーー
少し早めの夕飯を終えると、空は本格的に夕焼け色に染まった。
二人は桜の下に寄り添って寝そべり、春と桜、そして恋人の体温を感じながら静かな時を過ごしていた。
「今日はありがとう、魔理沙」
「へへ、そうだぞ♡ もっと感謝しろ♡」
男に腕枕される魔理沙は上機嫌。そんな魔理沙に男は「ありがとう」という気持ちを込めて、何度も魔理沙の頭を撫でた。
「寒くないか?」
「ん〜?♡ お前が側にいるから温かいぜ?♡」
「寒くなったら言ってね。ブランケット持ってきてるから」
「別に要らないぜ?♡」
魔理沙はそう言うと男の方へもっと近寄り、体全体を密着させる。
「こうしてるだけで心も体もポカポカするからな♡」
「…………そっか」
魔理沙から不意打ちの
「あ、そうそう。俺からも魔理沙に贈り物があるんだ」
ふとした男の言葉に魔理沙は「え」と声をあげ、男の顔を見る。
すると男は小さな小さな包を魔理沙に手渡した。
魔理沙がその包を開けると、そこには水晶のイヤリングが一つだけ入っていた。
「これ……」
「前に俺のピアスを綺麗だって言ってくれたでしょ? それは魔理沙用に俺が今までピアスに使ってた水晶をデザインはそのままにイヤリングにした物なんだ」
そう言うと男は魔理沙に片耳を見せる。そこにはピアスの痕があるだけで、本当にあの水晶がこのイヤリングなのだと分かった。
「ありがとう!♡ 一生大切にするな!♡」
「うん、お揃いだし、そうしてくれると嬉しいな」
「へへ……大好きだ!♡ ん〜……ちゅっ♡」
二人はそのまま夜桜に囲まれ、互いの唇の感触を確かめ合うのだったーー。
霧雨魔理沙ルナティック編終わりです!
ラストは一生懸命な魔理沙に愛される。そんな純愛物で締めさせて頂きました。
さて、この回で晴れて百話。それに伴い、前から申していました通りこのシリーズを閉じたいと思います。
東方Projectは私としましては限りなくにわかファンに近く、原作と多々違う点があったことをお詫び申し上げます。
しかし多くの方々に甘いお話をお届け出来たかなと思っております。
ここまで応援してくださった方々、お気に入り登録してくださった方々、ご感想をくださった方々、評価してくださった方々、そして読んでくれた読者様方、本当に本当にありがとうございました!
それでは最後に……お粗末様でした☆