八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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007:メガネは希望を手に入れた

『基礎学力試験開始五分前です。受験者は指定の席に着いて下さい』

 

 

 夢を見ていた。夢の舞台は三雲がボーダーの入隊試験を受験している所からであった。

 基礎学力試験はマークシート形式。試験内容は中学三年以下の全教科であったが、家庭教師の教え方が良かったのであろう。まだ習っていない問題はともかく、一度習った問題は難なく解く事が出来た。

 不安定要素が高い体力試験も合格基準を上回っていたと自負している。

 けど、三雲の番号が合格者発表の掲示板に記されてはいなかった。

 三雲は入隊を諦めきれずにいた。ダメもとで試験管に直訴するのであったが。

 

 

「つまり、三雲くんは試験の結果に不満があると言う事かな?」

 

「不満と言うか、正直に言いますと試験の出来は悪かったとは思えないのですが」

 

「なるほど、合否の基準に疑問が残ると言う訳か」

 

 

 試験管は納得が納得がいったのか、三雲が落ちた最大の要因を説明し始める。

 

 

「合否の条件は目に見えるものではない。ボーダーが判断する最大の要因はトリガーを使う「才能」が大きい。素質の優劣が大きく左右されると言う事だ」

 

 

 才能。そんな事を言われても納得がいかないが、試験管からグラフが記された書類を受け取り愕然とする。

 

 

「本来なら、あまり表に見せてはいけないのだが……。キミも才能の一言で失格と言われても納得がいかないであろう。これは、今現在計測しているきみの素質を数値化した物だ。分かる様に、他の人達と比べても素質の数値は遥かに下回っている」

 

 

 それを見て、何も口応えする事は出来なかった。

 三雲自身分かっていたのだ。こんな事をしても何の意味がないと言う事を。けれど、やらなくては気が済まなかったのだ。目的を叶えるためにもボーダーに入る事は絶対条件の一つだったから。

 

 

 

***

 

 

 

 ボーダーの入隊試験に落ちてしまったため、目的を叶える事が出来なくなってしまった三雲は立ち入り禁止区域内の入り口前で立ち尽くす。手には鉄格子を断つ為のペンチが握られていた。

 

 

「……何をやっているんだろう、僕は」

 

 

 家を出るまではボーダーの偉い人に直談判すればもしかしたら、と考えて咄嗟に飛び出してしまったが、しばし時間が経って冷静さを取り戻したのか、自分の愚かさに気付いてしまう。

 ここから先、一歩でも中に侵入したら間違いなく捕まってしまうかもしれない。そうなったら、目的を叶える所の騒ぎではないだろう。

 

 

「けど、僕は――」

 

 

 それでも叶えなくてはいけない目的がある。その為にはどうしてもボーダーに入隊しなくてはいけない。ならやるべき事は一つしかない。これがいかに愚かな行為かと理解しているが、やらないで後悔するよりもやって後悔するべきだと考えたのだ。

 だが、運命の狼煙は既に上がっている。

 ネイバー侵入の警報が鳴り、トリオン兵バムスターが三雲の目の前に出現したのだ。

 

 

「ネイバー!? で、でかい」

 

 

 喰われると思った時にはもう遅かった。バムスターの口が大きく開き、三雲の身体を飲み込もうとしている。

 しかし、バムスターはそれ以上動く事はなかった。胴体を真っ二つに切り裂かれ、そのまま機能を失ったのである。バムスターの背中には一人の青年が立っている。手に対トリオン兵用の武器トリガーが握られている事から、彼がボーダー隊員であると直ぐに分かった。

 

 

「よう。無事か? メガネくん」

 

 

 それが迅悠一との最初の出会いであった。

 

 

「え、あ……その」

 

「こんな時間に、こんな所でうろついていると危ないぞ。名前は? 直ぐに他のボーダー隊員が駆けつけてくれる。その隊員に送らせるから」

 

「あ、あの。僕は三雲修と言います」

 

「へぇ。三雲君ねぇ。……なるほどね。こちら迅。バムスターを一体倒した。なお、付近に一般人らしき人影は確認出来なかったよ」

 

「へ? あ、あの……」

 

 

 何を言い出すのか、と言おうとする三雲は「シー」とジェスチャーして黙っているように促される。

 

 

「他の場所は? あっと、三輪隊が全部倒しちゃったの? さすがだね、仕事が早い。じゃ、通常運転に入るから、何かあったら連絡ヨロシク」

 

 

 通信を終了させた迅は、茫然と立ち尽くす三雲を見やる。

 

 

「さて、メガネくん。きみ、ボーダーに入りたいの?」

 

「え!? あ、はい。そうです」

 

 

 なんでわかったのか、と言いたい所であるが、まさかの展開に喰い付くように答えてしまう。

 

 

「なら、俺が推薦書を書いてやろっか? そうすれば、ボーダーに入る事も出来るよ」

 

「そんなこと出来るんですか!?」

 

「本当はあまりやっちゃいけないんだけど、うん。今回は特別だよ。だから、この事はあまり周りの人に言わないでね」

 

 

 そこで夢が終わる。腹部に強烈な一撃が加えられた事で、三雲は強制的に眠りから覚まされてしまったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「目が覚めたか? 三雲」

 

「……先輩? はっ!? す、すみません」

 

 

 目の前に八幡の顔があるのを見て、自分がぶっ倒れている事にようやく気付いて、慌てて立ち上がる。

 

 

「ったく、急いで来て見れば気を失っているとか。……お前、今の今まで何をしていたんだ?」

 

「え? あ、あの、その……。レイジさんにレイガストの使い方を教わっていたら、綺麗に一発貰ってしまって」

 

 

 それを聞いて、八幡の眉がへの字になる。

 

 

「おいおい、なんて命知らずな。師匠のあれは、バムスターだって粉砕しちゃうんだぞ。平塚先生のなんちゃってブリットなんかより、よっぽど危険なんだからな」

 

 

 かつて何度も受けた事のある攻撃を思い出して、顔を青ざめさせる。レイジの一撃の重さを身体が覚えていたらしく、思い出しただけで顎下がビリビリと感じずにいられなかったみたいだ。

 

 

「その平塚先生が何者か分かりませんけど、確かにそうですね。気を付けます」

 

 

 胸中で木崎レイジのせいにしまった事をわびつつ、苦笑して遣り過ごすく三雲。

 

 

「で、やれるのか? 師匠の拳を受けたんなら、今日の鍛錬は中止にするか?」

 

「だ、大丈夫です。その、よろしくお願いいたします」

 

「お、おう。それじゃあやるか」

 

「はいっ!」

 

 

 

***

 

 

 

「三雲、ダウン」

 

 

 本日七回目の指導付きの模擬選が行われたが、結果は三雲の全敗であった。体力が限界近くなっているのか片膝を着いて呼吸を荒くしていた。

 

 

「……お前、昨日は何があった?」

 

 

 そんな三雲に近寄った八幡は、怪訝な表情で三雲に訊ねる。

 

 

「な、何がですか?」

 

「俺の攻撃、七割方見えていただろう。一昨日までは、俺の弧月に反応すら出来なかったはず。随分と戦いの目になったものだと思ってな」

 

 

 迅との模擬戦がいい作用を働いたらしく、三雲が思った以上に動けていた様だ。正直にブラックトリガーを使った迅と模擬戦をした結果故、と説明すればいいのだが、その事は本人から口止めされているので言うに言えなかった。

 

 

「えっと、昨日は烏丸先輩にアステロイドを大量に浴びせられたので、それじゃないですか」

 

「烏丸が?」

 

 

 嘘がばれたのか、八幡の目が険しくなる。苦笑いで誤魔化す三雲であるが、彼の後ろ首はびっしりと冷や汗が浮かび上がっていた。

 

 

「……まあいい。今日の動きは悪くなかった。これだけ動ける様になるなら、トリガーの構成を考え直すのもありだな。てか変えろ。レイガストの二刀流とか、お前には荷が重すぎる。大人しく防御よりの射手を目指せ」

 

「そうですか? スラスターを使う事で機動力を確保し、投擲と殴り付ける事で多くの間合いを対処できる。僕にとって打って付けのやり方と思うのですが」

 

「スラスター頼りの戦術だろ、それは。スパイダーやアステロイドはともかく、シールドは使えよ」

 

「その事なんですが、シールドは変えようと考えています。バイパーとかどうなんでしょ?」

 

「どうなんでしょって、何でバイパーなんだよ。あれは便利と言えば便利だが、上級者向けだ。決められた弾道軌道を数通り登録できるとはいえ、そんな状況に持って行くには――」

 

「いえ、そうではなくって。その、リアルタイムで弾道軌道を描けないかなって」

 

「お前な……」

 

 

 なにが三雲をここまで駆り立てているのか定かでないが、あまりお勧めできない選択であるのは確かである。

 追尾弾ハウンドと比べると変化弾バイパーは複雑な弾道設定が可能な為、物に出来れば三雲の大きな戦力になる事は間違いない。けど、敵味方が入り乱れる実際の戦闘の中、即興で弾道を引く事が出来る人間は少ない。

 

 

「あれは、イメージ力と客観的視点、空間認識能力に長けた人間だからこそ可能な変態技だ。こう言ったらなんだが、お前にそれらの観点が優れているとは思えないな」

 

「そうですか」

 

「……ま、本人のやる気を阻害するのは良くないか。試しにやってみろ」

 

「え!? い、いいんですか」

 

「やる気のある奴に水を差すつもりはねえよ。いいから、宇佐美に頼んでバイパーを入れてもらえ」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

 深々と頭を下げた三雲は急いで宇佐美がいる場所へと駆け出す。

 結果、その選択が今後の三雲の多大なる影響を及ぼすファクターになるとは、この時の八幡には知る由もなかった。


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