八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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029:エリート、上層部と化かし合う

 本部に召集された迅は上層部が待ち兼ねている会議場へ足を運ぶ。

 

 

「実力派エリート、迅悠一。お召しによりただいま参上しました」

 

 

 ボーダーに決まった敬礼はないが、ビシッとお馴染みの敬礼を行って会議場へ入室する。

 待ち人の登場により上層部の各員が迅に視線を送る。

 ボーダーの本部指令であり、最高責任者の城戸正宗。

 本部長であり防衛部隊の指揮官、ノーマルトリガー最強の使い手の忍田真史と彼の補佐である沢村響子。

 本部開発室長の鬼怒田とメディア対策室長の根付。外務・営業部長の唐沢。

 そして、玉狛支部の支部長であり迅の上司の林藤匠。

 そうそうたる顔触れの視線を一身に受ける事になった迅は自分に宛がわれた席に座り、己が呼び出された理由を城戸に問い質す。

 

 

「それで。この俺を呼んだ理由を聞きましょうか」

 

「お前の事だ、既に察しているだろう」

 

「今日のイレギュラー事件の件ですか」

 

「そうだ。……迅、お前は何を隠している?」

 

 

 駆け引き抜きの言葉に眉がピクリと動くが迅はポーカーフェイスを決め込み相手に悟られない様に擦る。

 

 

「さて、仰っている意味が理解できませんが?」

 

「何故、お前は今日の出来事を本部に言わなかった。お前のサイドエフェクトならば視えていた案件だろ」

 

「買被りすぎでしょ。俺のサイドエフェクトは万能じゃない。それは城戸さんだってご存知のはずだ」

 

 

 城戸と迅は旧ボーダー時代からの間柄。迅の能力が完璧ではない事は当然城戸も知っている。同時に迅の性格も把握している。よき未来の為に暗躍する人間だ。今回の事件について嗅ぎまわっていない訳がないと城戸は踏んでいた。

 

 

「確か、昼頃もとある中学が襲われていたな。その場所にお前がいた事は何か関係しているのか?」

 

「メガネ君の学校ね。そりゃあ俺の可愛い後輩が襲われると分かったら、助けたくなるでしょ。それじゃダメなの?」

 

「メガネ……。お前が無理言ってボーダーに入れた三雲修の事か。お前がそこまで気に掛ける人間とは何者だ」

 

「俺達ボーダーの切札となる人間だよ」

 

「……理解出来ないな」

 

 

 ボーダーでも数少ないS級にそこまで言わせる理由を城戸は理解出来なかった。

 迅の推薦と言う事で一度調べた事があるが、トリオン量は微弱。これと言って能力面に優れていない平凡な中学生としかでなかった。

 

 

「お前達が無理矢理玉狛支部へ転属させた比企谷八幡もそれが理由か?」

 

「八幡? あいつは違う違う。アイツの才能をあなた方の勝手な理由で潰させるのは惜しいと思っただけだよ。第二次大規模侵攻の戦犯に仕立てようとしたあなた方から遠ざけただけだ」

 

「――ふざけるな!」

 

 

 ドンと拳を叩きつけたのは開発室長の鬼怒田であった。彼は言われもない非難を受けてお怒りになったのだろう。

 

 

「比企谷八幡が引き受けた地域だけ警戒区域を突破され、市街地に多大なダメージを負わせたのだぞ」

 

「そうですぞ。そのせいでアンチボーダーがどれほど増えたか、迅くんも知らない訳じゃないでしょ」

 

 

 二年前に起こった大規模侵攻の時、A級八位の比企谷隊が担当していた領域だけ突破されてしまった。そのせいであらゆる方面からバッシングを受けたのは二人にとって苦い記憶として残っている。

 

 

「お二方、その件は既に終わった事。それにあの件は全て比企谷君だけのせいではない。唯一人型ネイバーと相対した彼らを責めるのは酷と言うものだ」

 

 

 非難する二人を咎める忍田。まだ、ボーダーとして機能し始めた頃の襲撃であった。

 防衛に拙い点があったのは防衛部隊の指揮官を任されている忍田も重々承知している。まだまだ組織として未熟であった。あの事件を機に引き締め直そうと決着がついたはず。

 

 

「……話しを戻しましょう、城戸さん。私達は今回の事件を彼から訊くのが目的だったはずです」

 

 

 熱くなり始めた話題を修正したのは唐沢であった。

 営業の立場からしてみれば、過ぎてしまった二年前の事件の件で問答を繰り返すのは時間の無駄。大切なのは今の話しだと城戸に話しを促す。

 

 

「……もう一度訊こう、迅。お前達は何を隠している?」

 

「それを今ここで話してもメリットにならない、と俺のサイドエフェクトが言っていると言ったら城戸さんは納得してくれるんですか」

 

 

 鋭い眼光を毅然と受け止めた迅の言葉に場の空気が重く苦しくなる。

 

 

「……いいだろう。林藤支部長」

 

 

 新しい煙草に火を付け始めていた林藤に話しが向けられる。矛先が己の向けられた事で、渋々火を付けたばかりの煙草から口を話して城戸の言葉を待つ。

 

 

「後日、A級比企谷隊員とB級三雲隊員。そして材木座技術員を私の下へ来させろ」

 

「それは構いませんが、何でまたその三人を?」

 

「決まっている。未登録のトリガーの使用について話しを聞かせてもらう」

 

「未登録のトリガー? 何のことです、城戸さん」

 

「木虎隊員から報告が上がっている。三雲隊員が未登録のトリガーを使い、変質したトリオン兵を倒したと言う事はな。そのうちの一つが以前本部採用の申請があった【ラプター改】と酷似している事が分かった。あれは材木座技術員が製作したトリガーである事は明白だ。違うか?」

 

 

 材木座が申請した時期は半年以上経とうとしている。それにも関わらず城戸が記憶していた事に林藤は舌を巻いた。

 

 

「うーむ。まさか、こんな早くに【ホーク】と【ライコイ】がばれるとは予想外だったな」

 

 

 恐らくは回収されたエボルイルガーを解析して判明したのであろう。【ライコイ】は【ラプター改】の改良機。トリオン反応が酷似するのは当然のこと。だとすると、城戸がそのように推論を立てるのは当然の帰結だ。

 

 

「材木座の奴。俺の誘いを断って、まだそんなくだらないトリガーを作っているのか。アイツのトリガーはどれも実用性と量産性に欠ける。特化型のトリガーなど必要はないとあれほど言ったのにまだ分からないのか」

 

 

 比企谷隊が解散する時、鬼怒田は個人的に材木座をスカウトした事がある。彼は趣味でトリガーの案を生み出しそれを形にするだけの技能を有していた。上手く指導すれば己の後釜にもなるであろう、と考えて誘ったのだが結果はご覧の通りである。

 

 

「だけど、木虎が言っていたようにアレがなかったら倒せなかったみたいじゃないか。そこまで特化型を否定するのはどうかと思いますよ、開発室長の鬼怒田さん」

 

 

 玉狛印のトリガーは特化型が多い。

 特化型のトリガーを否定されると言う事は玉狛を否定されたも同じこと。

 己の支部を侮辱された事は流石に看過できなかったらしく、メガネを光らせて普段しまい込んでいた殺気をわずかながら開放する。

「部隊で動かすのに特化型など必要はない。技術員も多くはないのだ。特化型を認めたら、技術員は寝ずの番を続けなくてはいけなくなる。そんなの認める訳にはいかない」

 

 

「……そこまでにしてもらおうか、二人とも。今はトリガーの在り方について論叢をする場面じゃない」

 

「申し訳ない。城戸指令」

 

「林藤。お前達の考えも理解出来ない訳ではないが、今回は勝手が過ぎたな。未登録のトリガーを勝手に使う事は看過できない。ボーダーのルールを護れない人間は私の組織には必要ない、と言う事だ」

 

 

 決して悪いわけではない。以前も似た様な事件はあったが、結果を出したおかげで御咎めがなかったのだ。しかし、それを判断するのはあくまで本部指令の城戸にある。

 

 

「迅。お前もそれでいいな?」

 

「俺に止める権限はないし、城戸さんの指示に従うよ」

 

 

 後輩のピンチにも関わらず、余裕の表情を崩さずにいた。

 恐らく迅の事だ。既にこの出来事をサイドエフェクトで見ていたのだろう。そうなると、未登録のトリガーを使わせたのも折りこみ済みなのかと考える。

 

 

「なら、解散だ。次回の会議は明日の19時よりとする」

 

 

 会議が終了すると同時に迅は即座に退散する。いま会議で話された内容を玉狛で待っている後輩たちに知らせなくてはいけない。直ぐに対策会議を行う為に携帯電話を取り出し、年長者である木崎に連絡を取るのであった。

 迅が去り、続々と上層部の人間も退出していく。

 全員が会議室からいなくなり、自分一人になったのを見計らって城戸はある部隊に連絡を行う。

 

 

「……城戸だ。三輪隊にある任務を任せたい。頼めるか?」

 

 

 

***

 

 

 

 防衛任務を終え、報告書を製作中であった三輪隊に本部指令直々の命令が下された。

 城戸から通達受けた三輪隊のオペレータ、月見蓮は指令所の内容を読み上げて皆に聞かせる。

 

 

「三雲修を監視せよ、ね。……誰? その三雲って」

 

 

 聞き覚えのない隊員の名前の首を傾げたのは三輪隊のアタッカー、槍術を巧みに扱う米屋陽介は自隊の隊長である三輪秀次に聞く。

 

 

「知らん。城戸指令から送られたプロフィールを見る限り、こいつは玉狛に転属した裏切り者だ。俺が知る訳ないだろ」

 

「……俺は知っている。100ポイントから一月で4000ポイント溜めて、絶対昇格出来ないと前評判を覆した奴だ」

 

 

 代わりに応えたのは狙撃手の一人、奈良坂透であった。弟子の日浦が妙にはしゃいでいたので記憶に残っていた。

 

 

「しかし、何で監視なんでしょう? この三雲君って人は何をやらかしたんですかね?」

 

 

 もっともな疑問を抱くのはもう一人の狙撃手の古寺章平だ。普通に考えれば同じボーダー隊員に監視命令など下されない。それが必要な程の問題を起さない限り、このような指令は来ないはず。

 

 

「キナ臭いわね。どうする、三輪くん」

 

「これだけでは判断材料に欠けますので俺が直接城戸指令に聞いてきます。それから判断しても遅くはないでしょう。お前達もそれでいいか?」

 

 

 自分一人ならば何も考えずに了承する所であるが、部隊を動かす者として下手な判断は出来ない。いま送られた資料だけでは動かせる判断が出来ないと考え、三輪は直接指令がいる場所へ向う事を決める。

 隊長の判断に異論はないのか、四人とも「了解」と同意を示してくれる。

 

 

「内容次第では玉狛と一戦交える可能性も考えられる。相手の闘い方をしっかり頭に入れておけよ」

 

 

 三輪の言葉にいち早く反応したのは米屋であった。

 

 

「おっ。マジか!? なら、気合を入れないとな」

 

「随分、嬉しそうですね米屋先輩。玉狛に戦いたい相手でもいたんですか?」

 

「恐らく、転属した比企谷が狙いなんだろ。同い年で一度も戦った事のない相手はアイツぐらいだからな」

 

 

 奈良坂の推測は正しかった。

 米屋は自分と同い年で大規模侵攻を経験した八幡と一度戦ってみたかったのである。

 噂で何度も聞き、興味本位でログを見た時から戦いたくって仕方がなかった。けれど、噂の八幡は一度も本部で会った事がなかったので、戦うに戦えなかったのだ。

 

 

「そう言えば、少し前に来ていましたね。その比企谷先輩」

 

「……なに?」

 

 

 古寺の何気ない発言に驚愕する米屋。

 

 

「それはいつの話しだ!?」

 

「お前が補習を受けていた時だ。だからあれほど宿題は早く終わらせろと言ったはずだ。絶好のチャンスを逃してしまったな」

 

 

 まさかの補習でみすみす機会を失った事を知り、膝から崩れ去り四つん這いになる米屋。そうなったのは本人の怠惰による、所謂自業自得だったので隊長の三輪は捨て台詞を吐いてその場から立ち去る。

 

 

「陽介。明日は小テストがあるから、ちゃんと勉強しろ。さもないとまた補習だ」

 

「え!? マジ!! 俺、そんな話し聞いていないんだが!」

 

 

 それも当然である。

 担当教師が「小テストがあるぞ」と告げた時、米屋は教科書に落書きをするので忙しかったのだから。


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