「……つまりだ」
三雲から作戦案を聞かされた葉山は自分の頭を整理する意味も含めて確認を取った。
「三雲君が持っているもう一つのトリガーには試作品が登録されており、そのトリガーを使う事で敵を倒そうと言うのかい? そのトリガーを使うには今のままではだめだから、俺のトリオンを使って武器を作り出そうと言う事か」
「はい、おおむねその通りです」
正確に言えば空閑の黒トリガーの力も借りるのだが、そこまで細かく説明している暇はない。
「だがオサム。高翼【ホーク】で接近するのはいいが、決め手に欠けるぞ。【ライコイ】ほどの破壊力があれば問題ないが、あれは相当のトリオン量を消費するのだろ? ハヤトのトリオンだけでは高翼【ホーク】をもたせるので精一杯だろう」
「……なら、そのトリガーは俺が使おうか?」
レプリカの問題提起に葉山は代案を立てた。試作品トリガーがどれほどのものか定かでないが三雲が使うよりも自分が使った方が問題は幾分か晴れると思ったのであろう。
けど、三雲はそんな葉山の代案を却下する。
「いえ。あのトリガーは癖が強いので、僕がやるべきです。この場に八幡先輩がいたなら話は大きく変わったのですが」
高翼【ホーク】のバーニア噴射は意外と神経を使う。それを使った事もない人間に託すにはあまりにもリスクが高い。考案者の八幡がいれば素直にトリガーを譲る所なのだが、その先輩は現在戦闘中で手が離せないでいる。ならば、己が行くしかあるまいと考えるのは自然なことだ。
『なら後は代償発動だけだな』
空閑の呟く名称に首を傾げる二人。
三雲の言う臨時接続による強制発動までは知識として入っていたが、代償発動は初めて聞いた。
「空閑。その代償発動とは?」
『オサムの肉体を形成しているトリオンを消費させて強制的に武器を作り出す奥の手だ。肉体強度と維持力が低下するから、あまりお勧めできないが』
空閑の言葉に継いでレプリカが補足説明を伝える。
「ちなみに【ライコイ】を発動させるにはオサムの両腕のトリオンを変化させる必要がある。放った直後にオサムは戦闘体を強制的に解除され、生身の状態に戻る事だろう」
「……またぶっつけ本番の一発勝負と言う事か」
中々リスキーであるが、なにも手段を講じないよりはだいぶましである。まったく安全率がかかっていない作戦に呆れつつ、宇佐美に連絡を掛ける。
「宇佐――」
「――待ってくれ」
宇佐美に連絡を掛ける前に葉山に呼び止められる。
「三雲君。その作戦はキミがやるにはあまりにも危険が高すぎる。ここは他の人を呼ぶか俺に任せてはもらえないだろうか」
葉山が止めるのも無理はない。そもそも三雲が無理に実行する必要はどこにもないのだ。確かに慣れないトリガーを使う破目になるかも知れないが、そこは使い手のセンスを頼ればいい。
「なにも三雲君が命を賭ける必要はない。だから――」
「――ありがとうございます、葉山先輩。けど、確実に倒すならば少しでも使った事がある僕がやるべきです」
何度も言うが、これから切り札として使おうとする手札はどれも試作器である。試作機故、何が起こるか分からない。もしも、使っている最中にトリガーが破損したり、暴走でも起こしたら、他の者では対処しきれないだろう。
「しかし」
「問答をしている暇はありません。……レプリカ、空閑。頼めるか?」
無理やり話しを打ち切らせて準備を始める。
『いいが、本当にやるのかオサム。ハヤマ先輩の言うとおり、他の人間に任せる選択肢だってあるはずだぞ』
空閑が言うのはもっともな話しである。せっかく葉山が立候補しているのだ。
ここは葉山に任せて三雲は後方で作戦を指示すればいいと考えている。
「いいんだ。……これは僕がやるべきことだと思うから」
『そう言えば、オサムはこう言う時に限って自分の考えを曲げなかったな。オーケー、親友。オサムのやりたいように動けばいい。尻ふきは任せておけ』
「それを言うなら、尻拭いだ。……当てにしているからな空閑」
『おう。任せておけ』
覚悟は決まった。後は代償発動を行う為に宇佐美に頼まなくてはいけない。
三雲は彼女に連絡を取り、己が考え付いた作戦を聞かせる。
『修くん。いきなり、アイツは僕に任せて欲しい。と言われて驚いたけど、それは危険すぎる。だいたい、代償発動なんて聞いたこともないよ』
そこそこボーダーとして経験を積んでいるが、代償発動なんて三雲から聞かされるまで聞いたこともなかった。本当に三雲が言った事が出来るのか、と言う疑問点もあるが何より発案された作戦内容はあまりにも危険度が高すぎる。玉狛支部のオペレーターを担う者としては、三雲の作戦を簡単に了承する訳にはいかない。
「しかし、現状ではこれしか方法はないと思います。代償発動はそちらから操作する事は出来ないのですか!?」
オペレーターの役割は通信の媒介や戦闘の記録。データ収集や解析、戦闘員のトリオン体のチェックなどなどである。オペレーターから得られた情報を送る事が出来るが、トリオン体を直接操作するなんて技法は聞いたこともやった事もない。
『二十秒ちょうだい』
素早くキーボードを打ち込み操作を始める。
戦場に直接いないが、聞こえてくる仲間の声によって攻めあぐねている事は宇佐美も分かっていた。いたずらに時間を消費してもろくな事が起こらないと分かっているが故、宇佐美もダメ元で三雲が言う代償発動について調べ始めたのだ。
「(これでもない。こいつも違う。そんなの本当にあるの?)」
コマンドを入力して必要な情報を探し求めるのだが、それらしきものは存在しない。
「(……ん?)」
貰った時間、二十秒が過ぎようとした時、宇佐美はとあるコマンドを見つける。
「(……安全装置の設定コマンド?)」
初めて見るコマンド名であった。基本的な操作は一通り教えられるはず。けれど、このようなコマンドは下積み時代に聞かされた覚えはなかった。
『……まさか、これなの?』
試に設定コマンドを入力してみると、ディスプレイにwarningと表示され、新たなコマンドが出現する。
『緊急脱出の停止コマンドに代償発動の……これね! 見つけたわ修くん。代償発動は可能よ』
「ありがとうございます、宇佐美先輩。なら早速――」
『待ちなさい! 修に何をさせるつもりなのよ。栞!』
『あ、やば』
代償発動を調べている間に誤って通信設定が玉狛支部隊員に流れる様に変更してしまったらしい。宇佐美と三雲の会話は途中から五人に聞かれていたようだ。
『修! あんたもあんたよ。無茶はするなって言ったでしょ。その作戦は私が代わりに実行するわ。直ぐそっちに行くから、大人しく待っていなさい』
「いえ。幾ら小南先輩の頼みでもこれは譲れません。この作戦は僕が遂行します」
『あんたがそこまでする必要はこれっぽちもないでしょ。私がやった方が成功率は高いはず』
小南は三雲が可動実験を行った後に高翼【ホーク】を使用した事がある。そう言う意味では適任と言えば適任だ。しかし、二人の距離はそこそこ離れている。合流するよりも早く二撃目が放たれる事もあり得るだろう。それは何としても阻止しなくてはならない。
だからと言って、小南も早々簡単に自分の考えを折ってはくれないだろう。どうにかして彼女を説得して作戦行動に移らないといけないのだが、納得させるだけの交渉材料はほとんど使い切ってしまった。
『――やらせてやれよ、小南』
そんな時、三雲の背中を後押ししてくれる声が届いたのであった。
「……先輩」
『ったく、無茶はするなとあれほど言ったんだがな』
「すみません」
『やれるんだろうな、三雲』
「はい! 必ずやりとおして見せます」
『なら、俺が言える事は一つだけだ。あの野郎に目にもの見せてやれ』
はい、と力強く頷いて敵を見上げる。
『ちょっと比企谷! 勝手な事を言わないでくれる!!』
『――大丈夫ですよ、小南先輩』
今度は烏丸が通信に割って入ってきた。
『修。俺が言った事は覚えているな?』
「はい。敵はなんであろうとトリオン兵はトリオン兵。プログラムされた動きさえ読み取れば、負ける道理はありません」
『よし。俺から言える言葉は一つだけだ。小南先輩を驚かせてやれ』
二人の師に後押しされたおかげか、不思議と緊張はしていなかった。それどころか今は自分がやるべきことがはっきりしているせいか、不思議と気分が昂っている。
『とりまるも無責任な事を言わないでよ!』
『大丈夫。メガネ君ならやってくれるさ。俺のサイドエフェクトがそう言っているからな』
『俺達の弟子を信じてやれ、小南。何より、腹をくくった人間を考え直させる事は難しいぞ』
『迅どころかレイジさんまで。……まったく、うちの男連中ときたら修に甘過ぎなのよ! いいわね、修! 下手こいて怪我でもしたら承知しないからね』
「はい。ありがとうございます、小南先輩」
更に気持ちが昂り、全身から力が漲る様な錯覚を覚える。
これは自分の事を信頼してくれる師匠全員が後押しをしてくれたおかげであろう。我がままばかり言っていた自分の面倒を見てくれて、なおかつこんな大切な場面を「大丈夫」と言って任せてくれた師匠達の思いを裏切りたくはない。
「……比企谷がキミを弟子に取ったの、何となくわかったよ」
一部始終見守っていた葉山が三雲の肩を掴む。
「葉山先輩」
「アイツはキミに任せた、三雲君」
「はい! トリガーオフ!」
一度本部製のトリガーを解除する。
使っていたトリガーを懐にしまい、本日二度目の玉狛印トリガーを発動させる。
――トリガー・オン!
高翼【ホーク】と【ライコイ】がインプットされているトリガーを起動させる。
三雲がトリオン体に入ると同時に葉山と宇佐美は行動に移した。
――トリガー臨時接続
――代償発動、リミットオフ
三雲のトリオン体に葉山は己のトリオンを流して譲渡する。
「(出し惜しみはしない。全てのトリオンを三雲君に)」
一途で真直ぐな少年に葉山も賭けて見たくなった。だからこそ、後先の事など考えず全てのトリオンを注ぎ込んだのだ。今の葉山は少しでもトリオン体にダメージが加わると直ぐに緊急脱出が働くようになっている。
『代償発動の制限を解除したわ! 三雲君!!』
「はい! 空閑、レプリカ!!」
『おう』
「心得た」
――高翼【ホーク】起動。
――『強』印、三重。
三雲の両腕に高翼【ホーク】が展開される。鷹の名を頂いた翼に『強』印が刻まれ、性能が向上される。
その証拠に、バーニアから噴射される威力は対空閑戦の時と比べると三倍以上の力を有していた。
爆発的な推進力を得た三雲は一瞬にして離陸を遂げ、上空にいるエルボイルガーに向けて飛翔していった。
***
文字通り空を飛び、上昇していく三雲の姿を目撃した木虎は戦場にも関わらず呆気にとられてしまった。
「なによ、あれ」
両腕に翼を生やしたトリガーなど木虎は知らない。あんなトリガーが存在しているならば間違いなく自分の知識として存在していたからだ。
「……ったく。男って本当にバカなんだから。木虎ちゃん。修の援護をするわ。私達は修が危険と思ったらフルガードで護るのよ。……木虎ちゃん?」
返事が来ない木虎に振り返る。再び彼女に声をかけても心ここに在らず状態であった。
「木虎ちゃん!」
「……ハッ。すみません、小南先輩」
「そうなりたい気持ちは分からなくないけど、今は戦いに専念して。修をフルガードで援護するわ」
「分かりました」
二人がそうこうしている内に飛龍の如く昇り上がっている三雲は数メートルまで詰め寄っていた。
そんな三雲に気付いたのであろう。従来のイルガーが放っていた爆撃を投下して、三雲が近づこうとするのを妨害し始めたのだ。
高翼【ホーク】のバーニアはトリオンを使う。時間をかけてチマチマと避けていたら【ライコイ】を発動させるだけのトリオンが残らなくなる恐れもある。だからと言って、考えもなしに突っ込んだらトリオン体を失ってしまう。
上昇し続けながら考え続ける三雲の体を二層のフルガードが包み込んでいったのだった。
「私達が援護するから、修はそのまま駆け上がりなさい!」
『小南先輩……。ありがとうございます!』
フルガードと言う鎧を得た三雲は最短のルートを最速で上り詰めていく。いくつか爆撃が衝突するのだが、小南と木虎のフルガードが三雲の体を守り続けたのだ。
二人の援護と葉山のトリオンのお陰で三雲はエボルイルガーの上を取る事に成功する。
「よし。後は、こいつだ!」
展開した高翼【ホーク】を排除し、【ライコイ】を生み出そうとする。
けれど、先のホークで譲り受けた葉山のトリオンは使い切ってしまった。普通ならば【ライコイ】は姿を現さないはずなのだが、三雲のトリオン体は自分の体を作っているトリオンを消費する事で発動出来る設定に変えられている。
――代償発動【ライコイ】
両腕が勝手に切り離される。両腕は形を失い純粋たるトリオンに変化して一つの集合体となる。徐々に光度をましたトリオン集合体は【ライコイ】の姿に生まれ変わり、再び三雲の左腕にドッキングされる。
「レプリカ!」
「承知した」
再びレプリカの分身体を通じて空閑にトリガーを起動してもらう。
――『強』印、七重。
空閑の恩恵を受けた【ライコイ】が黒く染まられていく。膨大なエネルギーを受け取った事でトリオンの杭とそれを収納している筒が大きくなっていく。
もはや全ての御膳立ては整った。後は皆の思いが込められたこの一撃をエボルイルガーに撃ち抜けばいい。
高翼【ホーク】の恩恵を失った三雲の体がエボルイルガーに吸い込まれる様に落下していく。三雲は着地をすると同時に撃ち放つつもりなのだろう。【ライコイ】を引いて体勢を整える。
――セット
空中の体勢のままにも関わらず、先に反動を抑える役目を担っていたアンカーを露出させた。なにもアンカーは固定金具だけしか使い道がないわけではない。先に露出させておけば、着地をすると同時にアンカーが装甲を貫き、一種の凶器と化すのだ。
三雲の狙い通り、エボルイルガーの装甲をアンカーが貫き、本来ならばバランスを崩してしまう不安定な場所でも安定して【ライコイ】を撃ち放てる。
怒りの鉄槌を構えた三雲の周囲を触手が取り囲む。迎撃用の爆雷を起動して三雲を粉々に粉砕するつもりなのだろう。
自身が狙われているのにも関わらず、三雲は市民の怒りを代弁する為に鉄槌を降す。
――スパイク
空閑の力によって増幅された【ライコイ】の威力は絶大であった。先の爆撃に負けず劣らずの雷声を響かせたと思うと、エボルイルガーの頭部がトリオンの杭によって撃ち貫かれたのであった。
運が良かったのかトリオンの杭はエボルイルガーの核を捉えていたらしい。ゆっくりと崩壊を始めるエボルイルガーの背中に立つ三雲は今の一撃で全てのトリオンを使い果たしたのだった。強制的にトリオン体を解除され、足場であったエボルイルガーの崩壊と共に三雲の体は地面へと落下していく。