八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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025:トリオン兵の隠し機能

 八幡とレイジ、迅と烏丸が人型近界民と交戦中、三雲は逃げ遅れた市民の救助に奔走していた。

 予想以上に被害は多く、逃げ遅れた市民も少なくはない。広範囲に及ぶ襲撃を受けた街はイルガーの爆撃によって家屋や建物は半壊。電柱やらあらゆるものが薙ぎ倒されており、救助も難航していた。

 

 

「くっ。早くどうにかしないと……。このままでは」

 

 

 木虎がイルガーに向かって言ってからそこそこ時間が経っていたが、未だに倒される気配は見受けられない。彼女の支援に向かいたい気持ちは山々であるが、今の三雲は満足に戦えるだけのトリオン量が残っていなかった。

 

 

「(……僕に、もう少しトリオンがあれば)」

 

 

 戦えたのに、と己の無力さに歯痒さすら感じてしまう。そんな三雲の耳に「助けてぇ」と救助を呼ぶ声が届く。直ぐに自己嫌悪から脱して周囲を見渡す。すぐそばに電柱の下敷きになっている女性とそのそばで泣きじゃくりながら救おうと躍起になっている女の子の姿があった。恐らく母親と娘であろう。

 

 

「ボーダーです。助けに来ました」

 

 

 現場に急行した三雲は彼女達に簡潔に伝え、現状を把握する。

 

 

「(これは……)」

 

 

 逃げ遅れた母親の脚が倒れた電柱によって挟まれてしまい、身動きを取る事ができなかったのだ。すぐそばにいた娘が母親を助けようと電柱をどけようと試みるが、女性でしかも幼い子供が避けられるような代物ではない。

 

 

「あぁ。ボーダー……。お願いです、この子だけでも」

 

 

 母親はせめて己の娘でも、と懇願してくる。けれど、そんなこと娘は許容できない。

 案の定、娘は母親の言葉に「いやだ」と否定して、尚も救助を続けようとする。

 

 

「……どいて」

 

 

 三雲も母親を残して、娘を連れ去るつもりは毛頭ない。

 娘をどかして、三雲は電柱をどかそうと力を入れる。だが、予想以上にそれは重たかった。幾らトリオン体で強化された力でも軽くて三百近い重量物を持ち上げる事は不可能。

 

 

「私の事はいいです。ですから、あの子だけでも」

 

「そんなわけにはいきません!」

 

 

 そう。諦める訳にはいかないのだ。

 三雲はある人から託された人物を護る為にボーダーに入った。けれど、目の前の人も救えないでどうして誰かを護る事ができるだろう。己が無力であることは重々承知している。しかし、それで諦めるなんて選択肢は毛頭ない。自分はボーダーで誰かを護る為に入った。いまここで、母親を見捨てたら何の為にボーダーに入ったか分からなくなってしまう。それは今の自分を否定する事と同じだ。

 再び、力を入れて母親を救おうと試みる。

 

 

「ふっ……。んぎぎ……」

 

 

 しかし、一向に動く気配は見られなかった。

 

 

「(くそっ。流石にこの重さでは)」

 

『ユーマ』

 

 

 弱音を吐く三雲を見兼ねたレプリカは木虎の様子を見守っていた空閑にある要請をした。

 

 

「ほいよ」

 

 

 受諾した空閑がトリガーを使う。分身体を介せば離れた地でも空閑の黒トリガーを行使する事が可能になる。

 

 

「『強』印。二重」

 

 

 トリガーが起動される。

 三雲の背中に『強』印が出現したのを確認して、レプリカが説明を始めた。

 

 

「ユーマのトリガーでオサムのトリオン体を強化した。これでいけるだろう」

 

 

 レプリカの言う通りであった。今度はそれほど力を入れる事無く軽々と電柱を取り除く事に成功する。母親の救助が成功した事に娘が駆けつけるのだが、母親は彼女を受け止める事ができずにいた。当然だ。母親の脚はさっきので折れてしまったのだから。

 

 

「直ぐに安全の場所に移動します。少しの辛抱です」

 

 

 本来ならばその場で応急処置をして救急車を待つのが定石なのだが、そんな悠長な事は言っていられない。何せ、今も己の上空にイルガーが泳ぎ続けているのだから。

 担ぎ上げ、娘と一緒に脱出を図る。けれど、そんな三人の上空にイルガーの爆撃が降下して来たのだ。

 

 

「……くっ」

 

 

 気づいた時には遅かった。避けた所で爆風と衝撃によって彼女達は助からないであろう。どうにかして、二人だけでも救おうとするのだが……。

 

 

 

 ――ドンっ!!

 

 

 

 それよりも先に爆撃が爆発を起こし、三雲たちを黒煙で包み込んでしまったのだ。

 しかし、不思議な事に衝撃らしい衝撃が伝わってこない事に気付く。恐る恐る閉じていた瞼を開けてみると、三人を護る様にシールドが二重に重ねられていた。それは空閑の黒トリガー『盾』印ではない。ボーダー製のシールドだ。

 

 

「危ない所だったわね、修」

 

 

 頭上から舞い落ちた女戦士、己の支部に所属する先輩でもあるボーダー隊員の小南桐絵がフルガードを貼って護ってくれたのであった。

 

 

「小南先輩っ!!」

 

「迅から聞いたわよ、修。結構頑張ったじゃないの。後はこの私に任せなさい。直ぐ、あんな雑魚近界民なんて葬ってあげるから」

 

「はいっ! よろしくお願いいたします」

 

「栞! 修と合流したわ。これから私はイルガーを倒してくるから、あんたは修をサポートしてちょうだい」

 

『了解。じゃ、直接連絡が出来る様に設定を変えるからそのまま修くんから離れないでね』

 

 

 栞の指示に従い、小南は三雲と一緒に母親と娘を安全の場所に移動させる。

 

 

「それで修。あんたの背後に隠れているそれは、仲間でいいのよね?」

 

 

 レプリカの分身体の事を言っているのであろう。修は簡潔に「はい」と答えて「詳しい事は後ほどご説明します」と付け加えた。

 

 

「オーケー。栞の準備も終わった事だし、後は栞の指示に従いなさい。いいわね! 決して無茶はしない事よ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 きっかり十秒経った後、小南はイルガーの一体に向けて飛び立つ。修も途中で見つけた避難中の人達に親子を預け、再び人命救助に走り出す。

 

 

「オサム」

 

「大丈夫だ、レプリカ。あの人は僕が所属している支部の先輩だ。信頼できる人だから、安心してくれ」

 

 

 移動中、レプリカが何を言いたいのか察したのか問い詰められる前に話す。

 

 

「了解した。我らはオサムに命を授けた身。オサムが言うなら、それに従う」

 

「そんな大げさな。……けど、ありがとう。宇佐美先輩、現状を確認したいのですがいいでしょうか?」

 

『了解。まず、修くんは知らないと思うけど、この場には玉狛支部の戦闘員が全員いるよ』

 

「え?」

 

 

 栞の言葉に驚愕する。小南がいたから木崎と烏丸が近くにいるのは容易に想像できたのだが、この場に迅と八幡もいるとは予想外であった。

 

 

『現在、比企谷君とレイジさん。とりまるくんと迅さんの二組が二体の人型近界民と交戦中。こなみはいま会ったから分かるよね。後、鈴鳴支部の葉山君が爆撃の対応をしているわ』

 

「あと、いまイルガーは木虎が対応しています。それも」

 

 

 小南先輩に知らせてくれ、と言うよりも先に栞は「大丈夫」と返した。

 

 

『この栞さんに抜け目はありません。こなみには情報を流してあるから、大丈夫。修くんはこれ以上、無理をしない様に人命救助を優先に行動してね。トリオン残量もそれほど多くない所から見て、随分と無茶をしたみたいだし』

 

「……了解です。ご心配をおかけしてすみません」

 

『玉狛に戻ったら覚悟した方がいいわよ。みんな、まだ詳しい話しを聞かされていないから』

 

「はい、そのつもりです」

 

 

 

***

 

 

 

 木虎はスパイダーを使って、イルガーの背中に跳び移る。思ったほど抵抗もなく跳び移る事ができた事に拍子抜けした。

 

 

「空飛んでいるだけ会って、上はがら空きね」

 

「……とか、キトラが考えていたらやばいな」

 

 

 イルガーに飛び移った木虎を見守っていた空閑は呟く。

 

 

「そう考えても不思議はない」

 

 

 制空権を支配するイルガーの上を取ろうと考える者は少ない。普通は地上から迎撃を図る事を考える。ならば、イルガーは対地兵器しか所有していないと初見の者は思うだろう。

 しかし――。

 イルガーの背中に無数の何かが出現する。触手に視えなくないそれが光を放つと爆発が生じる。製作者もバカではない。敵がイルガーの上を取る事を考慮して、背中に爆破装置を設置していたのだ。

 連鎖爆発に呑み込まれた木虎。空閑はやられたか、と思ったが緊急脱出の様子は見られない。事実、木虎は己の周囲を覆うようにシールドを貼って難を逃れたのである。

 

 

「この程度?」

 

 

 すぐさまスコーピオンを生み出し、無数の爆破装置を切り落とす。抵抗手段を失ったイルガーに問答無用で短銃型のアステロイドを叩き込んだ。

 黒煙を上げながら高度を下げるイルガー。今の木虎の攻撃でイルガーが墜ちはじめたのだ。

 

 

「キトラ、思ったよりやるな。イルガーを墜としたぞ」

 

 

 A級と自慢するだけあるな、と感心する空閑であったが本番はここからである。

 

 

「しかし、そうなるとまずいな」

 

「うん。まずい」

 

 

 イルガーが変貌を遂げる。背中に内蔵されたトリオンが露出され、真直ぐ街の方へ向かい始める。木虎も異変に気付くもその意味を理解出来ず、行動に移す事ができずにいた。

 

 

「オサムの頼みだ。やるぞ、レプリカ!」

 

「待て、ユーマ」

 

 

 戦闘体へ変身して行動に移そうとする空閑を呼び止める。いつもならば「承知した」と己の考えに後押してくれるお目付け役の珍しい行動に空閑も動きを止めたのだった。

 

 

「どうした?」

 

「……様子がおかしい」

 

「おかしい?」

 

「もう一体のイルガーが近づいてくる」

 

「なんだと?」

 

 

 レプリカの言うとおり、自爆モードに移行したはずのイルガーに無傷のイルガーが近づいてくる。

 

 

「何をするつもりなの?」

 

 

 木虎も二体目が近づいて来た事を確認する。飛び移って同じ様に倒す事を考えたが、奇妙な動きを見せている目の前のイルガーを無視するわけにもいかない。

 そんな時――。

 

 

「木虎ちゃん!」

 

 

 小南が木虎と合流を果たしたのであった。

 

 

「小南先輩……?」

 

「遅かったか。急いでこのイルガーを倒すわよ。こいつは大きなダメージを受けると大勢の人々を巻き込んで自爆するのよ!」

 

「なんですって!?」

 

 

 驚愕的な事実に驚くも、木虎は小南の指示に従いイルガーを止める為に攻撃を続ける。

 しかし、高密度に凝縮されたトリオンは木虎のスコーピオンでは歯が立たなかった。

 

 

「(硬い。なんなのこのトリオンの密度は)」

 

「退いて!」

 

 

 木虎を退かせた小南は玉狛製のトリガー双月を生み出す。玉狛第一木崎隊が使用するトリガーは規格外のものである。支部長である林道匠が独自に入手したトリガーを参考に生み出されたトリガーの一つが、小南の双月である。

 

 

「接続器ON」

 

 

 試作のコネクターで両手の双月を連結。これこそが斧バカやら斧姫と呼ばれた小南の由来に当たる。コネクターによって強靭な戦斧へと変貌を遂げた得物を振り回し、力一杯叩き込む。

 木虎のスコーピオンではびくともしなかった高密度のトリオンが両断されたのだった。

 

 

「よし、イケるわね。なら、さっさと――」

 

「――小南先輩!」

 

 

 追撃の態勢を整える小南を呼び止める木虎。一刻の猶予もないのに呼び止めないで欲しいと注意するつもりであったが、その木虎は別の方角に向けて短銃型のアステロイドを放っている。己が立っているイルガーに向けてもう一体のイルガーが口を大きく開いて突っ走って来たのだ。

 

 

「……どうやらあのイルガーはエボルの機能を有しているみたいだな」

 

「既に完成していたのか。あれはまだ試作段階だと聞いていたんだが」

 

 

 空閑が玄界に来る前に噂は上がっていた。現存のトリオン兵を強化する為の改造計画が立案されている事に。

 

 

「しかし、まさかトリオン兵を食らう事で起動するとは思わなかったな」

 

 

 無傷のイルガーが自爆モードのイルガーを喰らっていく。本来ならばその時点で自爆が生じても不思議じゃないが、内蔵されたトリオンは抵抗する事なく無傷のイルガーへ九州されていったのだ。

 木虎と小南は近くのビルの屋上へ飛び降りて難を逃れる。直後にイルガーは共食いを終え、その姿を変化させていく。

 

 

「ふむ。まるで、この世界で言うクジラみたいだな」

 

 

 変貌を遂げたイルガーを見て、空閑が率直な感想を呟く。体格を二倍近く太らせたそれは、もはやイルガーの原型を留めてはいなかった。

 

 

「……名づけるならばエボルイルガーと言った所か。どうする、ユーマ」

 

「オサムの頼みはばれない様に、と言う事だ。ここはもう少し様子見だな」

 

「了解だ」

 

 

 直ぐに動けるように戦闘体へ変身を遂げた空閑は、この情報を真っ先に三雲に流すのであった。


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