平穏な日常はふとした切欠で崩れ去る。
ボーダーが護ってくれる故、安心しきった市民達は自分達がいかに危険な場所で生活をしていると襲い掛かってくる敵によって知らされる事になる。
ネイバー、イルガーの腹部から多数の爆撃が放出される。爆撃用のトリオン兵だけあって、その攻撃力は絶大。触れたモノを全て破壊し、人々を絶望のどん底へ叩きつけていく。
「ちっ。不味いな。……葉山、お前は爆撃を撃ち落とせ。お前の腕なら、狙い撃ちするのも朝飯前だろ」
「分かった。比企谷は?」
「俺は、向かって来るお客さんを出迎える」
「……無理はするなよ」
「お前に言われたくないな。行け、葉山」
「……了解」
先行していた八幡は葉山に爆撃を迎撃する様に命じ、自分は己に向かって来る人型ネイバーと対峙する。
「よぉ、人型ネイバー。随分と大層な奴を率いて来たな」
「そちらこそ、随分な歓迎ぶりだな。俺を一人で相手するつもりか? ただでさえ戦力が少ないのに分散するとは愚策を取ったね」
「お前を追い払っても市民を殺されたら意味ないんだよ。……目的を吐け、人型ネイバー」
「悪いがそれは話せないね。キミたちに恨みはないが、俺の目的の為に相手をしてもらうよ」
「そうかい。出来れば、早々と御引取する事を進めるぜ」
「やれるものならやってみるがいい」
「そうかい!」
会話を終えた二人の距離が縮まる。八幡はレイガストを盾モードに変えつつ、弧月を振り上げて敵の右肩目掛けて袈裟斬りを行う。敵は何の武器も所有していなかった。何か策があると考えたが、あるか分からない策に怯えている暇はない。早々と目の前の敵を退けて、今も街を破壊し続けているイルガーを倒さなくてはいけない。
「……なにっ?」
だが、八幡の弧月は敵に触れる前に強制的に止められてしまう。
「隙だらけだぞ」
攻撃を受け止めた敵、ユーゴが弧月を掴んで八幡ごと放り投げる。
「っ! スラスター・オンっ!」
オプショントリガー、スラスターを起動させて姿勢を整える。放り投げたユーゴが追撃の跳び蹴りを放って来るがレイガストで何とか受け止める事に成功する。けれど、蹴りによって生じた衝撃までは打ち消せない。蹴り飛ばされた八幡は上手い具合にビルの屋上に受け身を取った着地する。
「……随分と面白いトリガーを使っているじゃないか。トリオンを掴むとかチートも良い所じゃないか?」
「そちらこそ、初見で俺の一撃を受け切るとは中々。名を聞いておこうか、玄界の戦士よ」
「……比企谷八幡だ。あんたの名は?」
「今はユーゴと名乗っている」
「なら、ユーゴ。大人しく引く気はねえか? あと数分もしたら、俺達の仲間が駆けつけてくる。お前達がどれほどの実力者か知らないが、数の暴力に抗えないぞ」
既にこの地域にトリオン兵が出没した情報は入っている。遅くても十分もすれば他の隊員が駆けつけてくるだろう。
「仲間、か。まさか俺達がこんな単調な攻めをしていると思ったか?」
「……どう言う意味だ」
「この地域しかトリオン兵が出現していないと本気で思っているのか」
「なに?」
敵の言葉を聞いて八幡の表情が強張る。仮にユーゴの言葉が本当であるならば、他の地域にもトリオン兵が出現している事になる。人型ネイバーも脅威であるが、それでも他の地域に出現したネイバーを無視するわけにはいかない。否応でも戦力を分散しなくてはいけない事になる。
事実、本部では他の地域にも同じ様にイルガーが出現した報告が入ってきていた。
「……なるほど、やってくれたな」
「話しはここまでだ。少しばかり相手をしてもらうぞ。玄界の戦士、ハチマンよ」
「そう簡単に倒せると思うなよ、ユーゴ」
間合いを詰めたユーゴの拳をレイガスト受け止める。お返しと言うばかりに弧月を右脇腹目掛けて薙ぐのだが、最初と同様に刃が止まってしまう。
「無駄だ! お前の攻撃は俺には通じない!!」
またもや弧月の刀身を掴まれる。そのせいで攻撃をした右側に大きな隙が生じてしまった。ユーゴはその隙を見逃す事無く膝蹴りを放った。
「ちっ」
咄嗟に弧月を離して、ユーゴの膝蹴りを躱す。飛び回ると同時にイーグレットを生成して反撃にかかるのだが、放たれた弾丸はユーゴの直前で打ち消されてしまった。
「(こいつも通じないのか。この絡繰りを見極めない限り、勝機は薄そうだな)」
己の攻撃手段が通じない事に苛立ちを覚えつつ、次なる攻撃手段を練る。
***
一方、八幡とユーゴが刃を交わしている間、迅達は互いに睨み合ったまま動きを見せないでいた。
「……あんた、随分と変わったマスクをしているな。そいつは趣味かい?」
正眼の構えのまま、自分と相対する敵へ話しかける。己の敵は大道芸の道化に出てきそうなマスクをかぶって素顔を隠していた。一見、ふざけた格好をした奴と思えなくないが纏う雰囲気が強者と物語っている。下手に隙を作ったら殺されると死線を潜り抜けて来た己の直感が訴えてきている。
「一つだけ忠告しておこう」
迅の質問を無視した敵、ジンの口が開く。
「忠告?」
「シュウをこれ以上、この戦いに関わらせるな。さもないと奴は近いうちに死ぬぞ」
「シュウ? 誰の事を言っているのか分からないな」
「忠告はしたぞ。轟け【鎌風】っ!」
ジンの言葉に従い【鎌風】の刃に無数の光の帯が生み出される。
その姿を見て、迅は驚きを隠せずにいられなかった。いま起こっている現象は紛れもなく己が所有しているトリガー【風刃】と同様の現象をもたらしているのだから。
「迅悠一。お前は俺に倒される運命だ。俺のサイドエフェクトがそう訴えているっ!」
正眼の構えから剣道の面の要領で刃が振り下ろされる。空を切った斬撃はそのまま地面を這い、迅に襲い掛かる。
「【風刃】起動っ!!」
避けきれないと判断するや迅も黒トリガー【風刃】を起動させ、迫りくる三条の斬撃を迎撃する。
「ふぅ。驚いた、マジで」
まさか、風刃同様のトリガーをお目にかかる日が来るなど予想もしていなかった。目の前の敵と対峙する未来は視えていたが、今のは己のサイドエフェクトに映ってはいなかった。敵の度肝を抜く攻撃に迅の表情から余裕が消える。
「面白いトリガーを持っているな。そいつは黒トリガーだな?」
「さぁ、どうかな。面白いトリガーならまだまだあるぞ。砕け、大地の咆哮」
懐から更なるトリガーを取り出して、魔法を発動させる為に必要な呪文の様な文句を告げる。すると、迅の足場からバリケードが出現したのだ。
「こいつは……エスクード?」
咄嗟に後ろへ跳んで躱す。
足場から襲い掛かったそれは迅がよく知るトリガー、エスクードに酷似していた。
「よそ見をしている暇はないぞ。【風神丸】っ!!」
更なる追撃が解き放たれる。己が生み出したエスクードを横一線にぶった切るブレード【風神丸】による刃が迅の胴体を捉えようとしていた。けど、その未来は迅のサイドエフェクトが看破していた。既に放っていた斬撃で【風神丸】の刃を切り裂き、かろうじで攻撃を凌いだのだ。
「あっぶねぇ……。まだ、そんな厄介なトリガーを隠し持っているとか、勘弁して欲しいな。ホント」
「と、言いながら随分と余裕じゃないか、迅悠一。だが、解せないな。なぜ、直ぐに反撃してこない。お前なら、今の攻撃ぐらい容易く避けられるだろうに」
「……あのさ。何気なく俺のフルネームを口にしているけど、お宅は俺と会った事があるのかい? お宅の様な吃驚箱紛いな人、会った記憶がないんだけど」
「それを俺が教えるとでも思ったか?」
「いやでも教える羽目になると思うよ。……俺のサイドエフェクトがそう言っているから!!」
迅の風刃による遠隔斬撃が放たれる。いま現在解き放つ事が可能な八条の斬撃を解き放ち、自分も追従する様に駆け上がる。
「そんな攻撃などっ!!」
対してジンも【鎌風】による遠隔斬撃で八条全てを防ぎきる。だが、その隙に迅は間合いを詰める事に成功していた。高々と振り上げた風刃をジンの頭部目掛けて力一杯振り降ろす。
「っ!!」
「やはりそうだ」
迅の攻撃は【鎌風】によって阻まれてしまうが、それでも問題なかった。何せ迅が狙っていた行動は敵が持つ黒トリガーと思われるモノの正体を見極める事だから。
阻む【鎌風】の刃を間近で見て確信する。
「何が【鎌風】だ。そいつの本当の名前は【風刃】じゃないのか?」
「だとしたらどうする?」
「そうなると、お前さんの正体が本気で気になって来た。……そのふざけた仮面、はぎ取らせてもらうぞ」
「やれるものならやってみろ。ただし、この仮面をはぎ取る事は一生不可能だ。何せ、俺のサイドエフェクトがそう訴えている」
「そいつは不思議だな。俺のサイドエフェクトはお前の仮面をはぎ取れると言っている」
鍔迫り合いを解いた二人は一度体勢を整える為に距離を置く。
「そう言えば、あんたの名を聞いていなかったな。なんて言うんだ?」
「悪いがそれは言えないな。貴様に名を教えたら俺の未来を覗き見るだろ」
「ちがいない」
再び、両者はトリガー【風刃】と【鎌風】の遠隔斬撃がぶつかり合う。
***
街が崩壊している光景を目撃した木虎の行動は早かった。
「トリガー起動」
彼女は直ぐに戦闘体に換装を遂げる。
「ほかの部隊をまっていられないわ。……三雲くん、貴方も手伝いなさい」
「分かった。トリガー起動」
続けて三雲も戦闘体に換装するが、レイガストを生成しようとしてもその手に生み出される事はなかった。
「……呆れた。武器を作る為のトリオンが足りていないの。どうやら、私の考えすぎだったみたいね。そこで大人しくしていなさい」
トリオンの回復は自然回復のみ。
木虎は知る由もないが、三雲は数時間前に、隣にいる空閑と激戦を繰り広げたばかり。幾ら三雲のトリオン量が少ないとはいえ、短時間で戦闘可能になるほど回復する訳がない。
「よく見ていなさい、三雲くん。A級隊員の実力と言うやつを」
勝ち誇った笑みを浮かべた木虎は、颯爽と現場に急行する。その背中を見守っていた空閑がようやく閉ざした口を開く。
「……いいのか、オサム。キトラの奴、イルガーは初めてなんだろ?」
イルガーが出現した時、木虎は「なによあれ!?」と驚愕していた。その態度から初見の相手である事は容易に推測できる。
「空閑。木虎に付いて行ってくれないか?」
「キトラに?」
「キトラも初めて見る近界民だ。いくらA級でも一人じゃ難しいかもしれない。それにこれはいい機会だ」
「いいキカイ?」
「あぁ。この戦いで空閑が僕達の味方である証拠材料にする。空閑が木虎を護った実例を作れば今後の交渉材料に役立つ」
一度敵となって相対した空閑をボーダーに引き入れる為には上層部に直談判しなくてはいけない可能性がある。その時、どれだけ空閑が自分達の味方かと決定づける証拠が必要となる。今回の件で完全に信用してもらえるとは思えないが、それでも協力関係にあると印象付けられるはずだ。
「ただし、ばれない程度に手を貸してやって欲しい。まだ、木虎や本部の人間に空閑がネイバーだとばれるのは好ましくない」
「え~~~」
三雲の提案に不満声を上げる。当然だ。空閑は偉そうにしている木虎が好きではない。どうして自分がそんな彼女の援護をしなくてはならないのだ、と考えていた。
「本人がやるって言ったんだから、任せらればいいじゃないか」
「空閑……。頼む」
半年の付き合いだが、空閑は知っている。三雲が炎と灯したような眼差しを送る時は全く持って自分の意見を折る事がないと。なら、やる事は一つのみ。
「……はぁ。親友の頼みだ。まったく、オサムは面倒見の鬼だよな。……それで、オサムは?」
「僕は街の人の救助に行く。逃げ遅れている人がいるかも知れないからな」
「ほんとだな? ムリしてイルガーに立ち向かうなんてむぼうはするなよ」
「分かっている。……空閑、頼んだぞ」
三雲が戦地へ赴こうとするが、空閑が待ったをかける。
「まてオサム。……レプリカ」
『心得た』
指輪から出現したレプリカは自分の身体の一部を切り離し始める。すると、切り離された部分が変化を遂げた。
『持って行け、オサム。私の分身だ。私を介してユーマとやり取りできる』
「ありがとう、レプリカ。……じゃあ、空閑。頼んだぞ」
「オーケー、親友。オサムもムリはするなよ」
「わかった」
両者は互いに手を叩き合い、各々の戦場へ赴くのであった。