三雲の奮戦のおかげで屋上に逃げ延びた一同は、状況を確認しようと身を乗り出した戦闘中の場所を覗き見る。
「どうなった!?」
「よく見えねえよ!」
現在戦闘が繰り広げられている場所からおよそ十数メートルはある。肉眼ではっきり見える事ができない。けど、未だに戦闘中である事は推測できる。なぜなら、彼らが視線を合わせている場所から轟音が何度も上がっているのだから。
「大丈夫かな、三雲先輩」
三雲に助けられた嵐山副が呟く。
「……三雲?」
それを聞いていた少女、雨取千佳が目を丸くする。
「え!? 本当にうちの学校にボーダーの人がいたの?」
「そうなのよ。いま生徒会長の比企谷さんが言っていたのをこの耳で聞いたんだから。三年生の三雲って人らしいよ」
三年の三雲。情報を総括するとその三雲は雨取が知る三雲修で間違いないだろう。
兄繋がりで知り合った彼がボーダーに入っているなんて初耳であった。校庭の中央で稼働停止しているトリオン兵モールモッドを見やる。あれを自分が知る三雲がやったと知ると胸の辺りがひどいほど痛く感じて仕方がなかった。
「……修くん」
今も必死に戦っているであろう三雲に駆けつけたい気持ちで一杯であるが、何の力も持たない自分が行っても足手まといになるだけ。何もできない自分に苛立ちを感じながらも、三雲の安否を祈るのであった。
***
同時刻、戦闘中の地域に駆けつけていた部隊がいた。
星を囲む五角形を五つ円状に置き、星型を象ったエンブレム。ボーダーの顔役であり、一般人の多く知られているA級部隊の嵐山隊であった。
ちょうど、隊員募集のCMを撮っている最中、ネイバー出現の報せを知らされた彼らは一番現場に近かったために出動要請が出されていた。最も出現場所が部隊長嵐山准の兄弟がいる中学校と知った時点で、嵐山准はいち早く現場に向かったのは言うまでもない。
現場まで急いでも八分ほどかかる。その間に自分の大切な弟妹がネイバーの餌食になってしまうと考えるといても経ってもいられない。そんな焦る准の携帯が振動する。
屋根から屋根へ跳び移っている最中、器用に懐から携帯電話を取り出し、発信者の名前を聞いて慌てて受信のボタンを押す。
「もしもし、佐補か!? 無事なのか!? ネイバーが聞いてお兄ちゃんいまそっちに向かっているんだが、副も無事なんだよな!?」
『ちょっ、お兄ちゃん。そんなにいっぺんに聞かれても答えられないよ。とりあえず、私や副、他の生徒も無事よ。ボーダーの三雲先輩が助けてくれたから、今のところ被害者はいないと思うけど……』
「三雲君?」
無事であると知り、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、妹から聞かされた恩人の名前に聞き覚えはなかった。
「あ、ぼく知っています。この前、間宮隊と模擬戦をしていましたので。確か彼は玉狛支部の新人だったはず」
意外にも自分の疑問を答えてくれたのは、後ろから追従してくる己の部下である時枝充であった。
「ならなんでその情報がこちらに回っていないんですか。その人、本当にボーダーなんですか?」
「支部と本部の連携がなっていないのはいつもの事だから仕方がないね。特に玉狛と本部間では……。嵐山さん、兎に角急ぎましょう」
訝しむ木虎を言い包め、急ぐように促す時枝の言葉に頷く嵐山。彼は妹から現状を確認し、力強く大地を蹴って現場に急ぐのであった。
***
数名のボーダーが危険を察知し、現場に駆けつけている。
けど、事件の火種は終わりに近づいている。空閑遊真の勝利と言う形で。
「三重も必要はなかったか。意外とあっけなかったか」
己の拳で吹き飛んだ三雲を見やる。両手で構えていた盾モードのレイガストが二つとも木端微塵に粉砕されてしまっている。衝撃を完全に殺しきれなかった三雲は壁を突き抜けて教室の壁に背中を預けて項垂れている。
「が、はっ!」
レイガスト二枚を犠牲にしたおかげか、奇跡的にも緊急脱出が作動せずに現場にいる事ができた。トリオンが限界に達したら自動的に三雲は玉狛支部へ移動させられてしまう。
けど、状況的に最悪であった。何せ、何気なく放った空閑の一撃はモールモッドの数倍以上の破壊力を有しているのだから。
「(何が起こった……?)」
三雲の呼びかけを無視した空閑は右腕を振り被って一撃をお見舞いしようとしていた。それは単純の右拳による打撃。無造作に放った一撃など止められると判断した三雲はレイガストを再び生成し、二枚のレイガストを交差して受け止めようとした。
空閑の拳がレイガストに触れる直前に『強』と刻まれた印が出現し、気が付いたら三雲は踏ん張る事も出来ずに突飛ばされていた。
『ユーマ。あまり修のトリオン体を傷付けるな。ボーダーのトリガーには脱出機能が装備されている。修のトリオンは限界に近い。それ以上傷付けたら脱出機能が働くぞ』
「お、それは困ったな。オサム、生きているか?」
いつも見る屈託ない顔で問いかけてくる。親友のその表情に異様な腹立ちを覚えた三雲は彼に向けて吠える。
「何故だ、空閑。どうしてこんな事を……」
「なにって、俺はネイバーだからな。それじゃ不満か?」
おかしな質問をするな、と笑う空閑にアステロイドを放たんと生み出す。しかし、三雲がアステロイドを打つよりも早く、空閑が距離を詰め寄って右腕をおさえてしまう。
「オサム。さっきので実力差があるのは分かっただろ。大人しく投降する事をお勧めするぞ」
「くっ」
「あと、逃げようと考えない事だな。逃げたら、俺はトリオン兵をこの学校にばらまく。他のボーダーの人間が来たら厄介だからな。そうなったら、オサムのクラスメイトや学校のみんながどうなるか、分かるよな」
遠回りに学校の生徒を人質にすると言われ、緊急脱出をする事を封じられてしまう。元々、三雲自身は他のボーダーが来るまでするつもりはなかったが、今のを聞いたら余計にすることが出来なくなってしまった。
「何が目的だ?」
「話しが早くて助かる。オサムの知る限りのボーダーの情報とトリガーが必要だ。大人しくトリガーを解除し、俺の命令に従って貰おう」
「そんなのを聞いてどうする?」
「オサムが知る必要はないよ。それに聞いているのは俺の方だし。戦闘員の数、黒トリガーの数と性質。基地の配置と内装などなど、答えてもらうぞ」
「僕は末端の兵士で、しかも新人に過ぎない。空閑が知りたいような情報は持っていないぞ」
「……オサム、つまんないウソを付くな」
「ウソ!? 僕はウソを付いてなど――」
「俺はウソを見抜けるサイドエフェクトを持っている。だから、オサムが嘘をついている事など直ぐに分からるぞ」
反則に近いだろ、と胸中で嘆く。今の言葉が本当ならば下手に言葉を口にするのは危険である。空閑は情報とトリガーが欲しいと言っている。状況的に考えて空閑の言うとおりにしなければ自分の命はおろか、学校にいるみんなの命も危うい。
ならば、空閑の言うとおりに情報とトリガーを渡せばいいかと言うと、それはそれで危険だ。情報は戦いにおいて必要不可欠なファクター。相手に自分達の情報が漏れてしまったら、それを皮切りに攻略されてしまう恐れがある。自分達の不利になる情報は絶対に話す事は出来ない。
だからと言って、現状を切り抜ける手札は三雲にはない。それにあったとしても、先の戦いでトリオンを使いすぎてしまっている。戦いたくてもこれ以上闘う事は出来ないのだ。
「(空閑と対等に戦うには、高機動の戦いが可能なトリガーが必要だ。攻撃をさせる暇もないほどの高速な連撃が可能な、そんなトリガーなど……)」
と、そこである手札を迅から渡された事を思い出す。もし、あれが自分の想像通りのトリガーであるならば、まだ闘う手札は残されている。
「……分かった。空閑の言うとおりにする」
「意外とあっさり降参してくれるんだな。ま、俺にとっては有り難いんだが」
「空閑の言うとおり、僕とお前との間には圧倒的な力量差がある。それじゃ、納得してくれないか?」
「なるほど。なら、早速トリガーを解除してもらおうか。トリオン体で何を言っても信じられないからな」
「分かった。トリガー・オフ」
三雲は空閑の言うとおり、トリガーを解除して元の身体に戻る。
「んじゃ、オサムのトリガーを貰おうか」
あまりに聞き分けの良い三雲の行動に怪しむ空閑であったが、トリガーを奪ってしまえばどんな策略を練った所で意味をなさない。
「……」
「どうした、オサム。早く、トリガーを渡せ」
差出した手にトリガーを置かない三雲。やはり、何か悪巧みを考えていたのかと思った空閑は握りしめられているトリガーを奪い取ろうと腕を指し延ばす。
「……あぁ、渡すよ。受け取れ、空閑っ!!」
空閑がトリガーを奪い取るよりも早く、三雲が天井目掛けてトリガーを放り投げる。
放り投げられたトリガーを視線で追う。その時、三雲の腕を握りしめていた力を緩めてしまったのがいけなかった。
三雲はその一瞬の隙をついて、懐から新たなトリガーを取り出す。
『ユーマっ!!』
「しまっ――」
――トリガー起動っ!!
三雲の身体が再び戦闘体へ変身を遂げる。両手に銀翼が展開され、銀翼のバーニアが噴射される。推進力を得た三雲は空閑の身体を両腕ガッチリとホールドし、反対の壁際まで弾き飛ばす。
「おぉ、驚いた。レプリカ、サンキューな」
『油断するな、ユーマ。来るぞっ!!』
壁にぶつかる直前に『盾』の印を使ってサポートしてくれたレプリカが叫ぶ。己の身体を真っ二つに切り裂かんと放たれた刃が眼前に広がる。空閑は飛ぶ様に真横へ転がり、それを回避する。
「へぇ。それがオサムの切札か。やるじゃん」
一拍も待たずに三雲の追撃が行われる。バーニアを吹かす高翼【ホーク】の刃を数発放つが、全て空閑の『盾』印によって阻まれてしまう。
「無駄だ、オサム。さっきの奇襲で倒せなかった時点で勝負は決した。お前は俺に勝てない、諦めろ」
「諦められる訳、ないだろうっ! イグニッションっ!!」
オプショントリガー、イグニッションを作動。『盾』印に叩き込んだ高翼【ホーク】の刃が三雲の腕から切り離される。解放された【ホーク】は高速に回転し始め、空閑の『盾』印に挑みかかる。
『ユーマ。そのトリガーは意外と厄介だぞ。単体では切り裂かれる恐れがある』
「なら、二重にするまでだ。ダブ――」
予想以上にイグニッションによるホークの一撃が強かったのか、空閑の盾が持たないとレプリカから忠告される。それに伴って盾を強化せんとトリガーを起動させるのだが、三雲はその隙をついて、空閑の真横に移動して残っているホークで攻撃を放ったのだ。
一方のホークに気を取られていたせいで回避行動に移るのが遅くなってしまった。そのせいで、空閑の右手の指が何本か切断されてしまった。
「……なるほど。その盾はボーダーのシールドと同様に平面にしか展開されないんだな。イグニッションによるホークの一撃が通じるのも貴重な情報だ」
放ったホークの一翼を戻して再び構える。
『大丈夫か、ユーマ』
「平気だ、レプリカ。指を何本か持って行かれただけだ。……思った以上にやるようだオサムは。手加減をしたら、俺がやられてしまうかも知れない。情報は手に入れる事は出来なかったが、トリガーだけでも渡せればいいよな」
『取引材料は減るが、可能性はなくないだろう』
「だよな。……『強』印、二重っ! 『弾』印」
『弾』印を踏んだ空閑の身体が弾丸となって三雲へ飛んでいく。迎撃を図ろうとホークを構える三雲であったが、あまりの速さに目が追い切れずに左腕を持って行かれてしまう。
「っ! 早すぎる」
「悪かったな、オサム。オサムの力に敬意を払って、ここから先は全力で戦ってやる。『強』印、四重っ!」
容赦ない一撃が解き放たれる。