居心地が悪かった。
一月前まで自分も同じであったC級隊員達の視線の雨に三雲は居た堪れない気持ちで一杯であった。
間宮隊と模擬戦を終えた一同は、三雲の成長を労う為に本部のラウンジでお茶をしている最中であった。三雲を除いた隊員、八幡を初めとした玉狛支部は全員がA級。迅に至っては最高ランクのS級隊員である。視線を集めるなと言う方が無理な話である。
そんな中、どこから購入したMAXコーヒーを飲み干した八幡は「ったく」と呆れながら口にする。
「無茶をする奴だと思っていたが、レイガストをあんな使い方するなんて……。初見だったから良いものが、早々上手くいくと思うなよ」
「は、はい。すみません」
師匠の八幡に窘められて、頭を下げる。そんな三雲のフォロー役を買って出たのは実力派エリートであった。
「まあまあ、あれはあれで使い方を間違えなければ面白い事になると思うよ」
「迅さん。少し修に甘すぎじゃないですか? 聞く所によると上手く当てた攻撃は全て不意打ちのようですし。修は弾丸トリガーを上手く当てる練習をしないといけないな」
鳥丸の言うとおり、全ての攻撃が相手の意識から外れた攻撃であった。最後の一戦以外の戦いはアステロイドを上手く当てる事が出来ず、間宮隊の必殺コンビネーションを受けて負けてしまったのである。
「けど、B級下位の部隊とはいえ、一人で勝つことが出来たのは快挙じゃない? 初めはこんなよわっちい奴がと思ったけど。ま、あたしの教え方が良かったと言う訳ね」
「あ、ありがとうございます。小南先輩」
エッヘンと胸を張る小南に「教えてもらいましたっけ?」と言える訳もなく、素直に頭を下げる。
「小南、あまり三雲を付け上がらせるなよ。こいつの闘い方はセオリーを無視しすぎているんだからよ。ったく、レイガストを投げまくるとか誰に似たんだよ。……あ、師匠か」
「……比企谷先輩もレイジさんに負けず劣らず、レイガストでぶん殴ったり投げているじゃないですか。修があんな戦い方になったのも、比企谷先輩のせいじゃないですか?」
「俺は決め技にしか使ってねえよ。だいたいあの人なんなの? アイビスで体勢を崩したと思ったら、ガトリング型のアステロイドで距離を詰めて、挙句の果てにはレイガストのスラスター打撃でトリオン兵を粉砕するとか。化け物にも程があるでしょ」
「レイジさんだからとしか言えませんね」
「だよなぁ。……我が師匠ながら恐ろしい人だよ」
幾度か師である木崎と模擬戦をした事があるが、八幡は一度も勝てた試がなかった。容赦ないアステロイドの嵐からのレイガストの一撃は思い出すだけで悪寒が走るほどの強烈な一撃である。
「……それでメガネ君。話しを元に戻すが、間宮隊と戦ってどう思った? 俺の言った通り、守りに回ったら限界があったでしょ?」
「そうですね。僕のトリオン量では、圧倒的な攻撃から護り切れる事は難しいと実感しました。けど、アレを全て避けきれる芸当は僕には無理ですね」
「けど、最後の一戦は上手くグラスホッパーを使って避ける事が出来たじゃないか。数発程度ならば、間宮隊のアステロイドレベルの弾丸速度は見切れると言う事になるんじゃないかな」
「グラスホッパーがあったから、避ける事が出来たんですよ。グラスホッパーがなければ蜂の巣になっていました」
最後の一戦はマグレ勝ちも良い所であった。たまたま、運よく避ける事が出来たおかげで、不意打ちの攻撃を決める事が出来たと三雲は判断する。
もし間宮隊が三雲のトリガーを熟知していたならば、今回の様な結末になかったはず。
「……ま、ともあれ最後の最後で勝ったのは確かだがな。今回はよくやったと言っておこう。けど、アレが他の奴にも通じると思うなよ」
「は、はいっ! ありがとうございます、先輩」
師である八幡に褒められた事が嬉しかったらしく、本日最高角度で頭が下がる。
「でたわよ、捻デレが」
「これが、小南先輩が言う捻デレですか。確かに捻くれたデレ、ですね」
「素直にメガネ君を褒めてあげればいいのに。八幡も素直じゃないんだから」
小南を初めとした同僚のからかいの言葉に頬を染める八幡。
「誰が捻デレだ。……小町だな、おかしな造語を教えたのは」
「いいじゃない、比企谷。捻くれたあんたにピッタリな言葉じゃない」
「……小南。人の事が言えるのか? お前、本部の連中から斧デレ小南と言われているんだぞ」
「なによ、斧デレって。……え、う、ウソだよね?」
あまりにも嘘っぱちの内容に唖然とする三雲であったが、小南に話しを振られたもっさりイケメンこと烏丸はしれっと答える。
「斧デレとは、斧にデレデレした危ない女って意味ですよ。……小南先輩、知らなかったんですか?」
「だ、誰が危ない女よっ!! ちょ、ちょっと嘘よね」
相変わらずいいリアクションを見せてくれる小南に迅も便乗してからかう事にしたようだ。
「本当だよ。斧デレ小南は有名だぞ」
「うそ……」
そんなはずはないにも関わらず、意気消沈する小南の事が哀れになったのだろう。話しの行く末を見守っていた三雲が事の真意を告げる。
「……小南先輩。全部、先輩達のでっち上げですから。あまり気を落とさないでください」
「でっち上げ……。うそなの?」
「はい。小南先輩が危ない女性な訳ないじゃないですか。……ちょっと怖いですけど」
小声で余計な事を口にしたのがいけなかったのだろう。本音の言葉を迅に聞きとられてしまい、案の定、騙された事に憤慨する小南に暴露されてしまう。
「メガネ君だって、小南の事が怖いって思っているじゃないか」
「え!? ち、違います。僕はその、あの……」
わたわたと焦っている様が全てを物語っていた。怒りの矛先は三雲の方に注がれてしまう。
「お~さ~むっ! 誰が斧にデレデレした危なくて怖い女よっ! あんた、ちょっと勝てたからっていい気になっているんじゃないでしょうね。いいわっ! 今からあたしがみっちりしごいてあげるから、訓練ブースに来なさい!」
「え!? い、いや……。小南先輩。僕は既にへとへとなんですが……」
「戦いは待ってくれないのよ! さあ、来なさい!!」
ドナドナ、と音楽が流れるかと思われるほど鮮やかに連れて行かれる三雲。我関せずを貫く三者に「助けてくださいっ!」と援軍を求めたのだが、彼らは手を振ってエールを送るのみであった。
「ありゃりゃ。あの様子だと、メガネ君の訓練はこれで終わりかな?」
「よく言いますよ、迅さん。あんな風に小南先輩を煽ったらどうなるか分かっていたくせに」
「おいおい。それを言うなら八幡にも問題があると思うよ。なんだよ、斧デレって。つくならもっとまともな嘘をつけよ」
「俺のせいにしないでください、迅先輩。烏丸だって便乗したじゃないですか。斧にデレデレした危ない女とか、思わず笑ってしまいそうになっただろ」
責任のなすり合いをする三雲の師匠達は、机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持って顔を寄せ合う。
「それで迅先輩。三雲の仕上がり具合はどうなんです?」
「……なぜ、俺にそれを聞くんだい? 京介だっているんだから、京介に聞けよ」
「未来が見えている迅さんに聞くのは当然の流れでしょ。黒トリガーを使ってまで訓練させるなんてただ事じゃないですよ」
「……は? なんだって?」
予想もしていなかった単語が聞こえて、八幡の腐った目が大きく見開かれる。
「知らなかったんですか、比企谷先輩。迅さんは比企谷先輩が見ていない時、黒トリガーを使って修を虐めていたんですよ」
「おいおい、迅先輩。それはシャレにならないぞ。……あんた、三雲に何を要求するつもりだ?」
「ひ、人聞きが悪いよ二人とも。俺が風刃を使ったのもあくまでメガネ君の事が心配で……。あ、その眼。絶対に信じていないでしょ?」
当たり前です、と声を重ねて言い放つ。
未来視のサイドエフェクトを持つ迅は、未来が見える故に最善の未来へ誘おうとコソコソと動いている事は二人も知っている。
無言の圧力に耐えかねた迅は「分かった分かった、降参だよ」と両手を上げて、自分が見えている未来を告げる。
「どうもね。あのメガネ君は色々と厄介な未来が待っているみたいなんだよ。正確に言うと……黒トリガーのネイバーと戦うみたいな?」
「「は?」」
あまり出さない様な素っ頓狂な声を上げてしまう二人。そんな二人の反応など無視して、迅は話しを続ける。
「あのメガネ君。トラブル体質と言うか、厄介事に進んで首を突っ込むと言うか、ほんと困った子だよね。ちなみに、これは確定事項ね。分岐点を変えても全くこの未来は動かなかった」
あっけらかんと告げる迅に、烏丸と八幡は互いに目配せをして立ち上がる。
「あ、あれ? どうしたの二人とも。そんな怖い顔して……」
「いえ、何でもありませんよ迅さん。それより、久々に稽古をつけてくれませんか?」
「え? けど、今の京介のトリガーってガイストが入っているよね」
「大丈夫です。訓練ブースを使うので、トリガーが消費する事はありませんし」
「それって、俺をフルボッコするつもり満々だよね。ちょっと、八幡。京介に何か言ってくれよ」
ガイストにトリオン消費がない訓練ブースのコンボは反則級の効果を発揮する。そこから見える未来はただ一つ。その未来を避ける為に後輩の八幡に助け船を求めるのであったが。
「……あ、材木座か? お前【ケストレル】のテストをしたいと言っていただろ? 本部まで来れば、恰好な的があるんだがどうよ? あと【ラプター改】も持ってきてくんない? ……何の為にって? 暗躍派エリート様にお説教するためだよ」
まさかの援軍要請にさすがの実力派エリートも苦笑いせざるを得なかった。状況が全く好転しないと察した迅は、この危機的状況を回避する為に最後の手段に移る事にする。
「……あっ!? 太刀川が喜色満面とした表情でこちらに来るぞ」
突然の大声に、二人は迅が指差す方に視線を向けてしまう。第一位太刀川隊隊長の太刀川慶に捕まったら、面倒な事になる事は二人とも既に経験済み。
厄介になる前にと考えて、そんな訳がないと気づく。第一位太刀川隊は、現在遠征中でこの世界に存在しないはず。
「って、太刀川先輩は……。いないだと!?」
振り向いた場所に、いたはずの迅が消えていた。
「まだそんな遠くまで行っていないはずです。比企谷先輩、追いましょう!」
「おう。今日と言う今日こそ、あの暗躍エリートさんにお灸をすえないとな」
逃げるエリートと追うイケメンとグール。
この鬼ごっこは、イケメンを慕う後輩の援護によって終止符を打たれる事となった。