・それなのに名前は書いてません。(後から付け直すのめんどくさい)
「周防さん、宮尾さん、ここの振り付けはこうです。……ぐっと、腕を突き出す感じです。ぐぐっと。」
「へー、流石瑞希さんですね~、頼りになります~。ねー桃子ちゃん?」
今は次の公演に向けてのダンスレッスン中。瑞希さん、美也さん、他のお仕事で少しレッスンに遅れている麗花さんと、そして私こと周防桃子の四人での公演。……お兄ちゃんからこのメンバーで公演するって聞いた時、年上の三人に対して失礼だとは思うけれど、桃子の負担が多過ぎない? と心の奥底で思ってしまったのは内緒だ。
「……桃子ちゃん、大丈夫ですか~? 疲れたのなら休憩にしましょうか~?」
「え? あ、いや、桃子なら大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」
「それなら良いのですが、練習を始めてからそろそろ一時間が経ちます。麗花さんももうすぐ来る時間ですし、一度休憩にしましょう。」
「でも……うん、そうだね、休憩しよう。無理は良くないよね」
無理して練習して足を挫いたりするのは、もう嫌だからね。
「今日はみんなで練習だと聞いていたので、サンドイッチを作ってきたんですよ~。麗花さんが来たら、みんなで食べましょう~」
「では私は飲み物を用意しましょう。この水筒を傾けると、なんと中から紅茶が出てくるのです。種も仕掛けもありません。」
「わ~、さすが瑞希ちゃん、すごいです~」
「……いやいや、水筒から飲み物出てくるのは普通だよね!?」
どうしよう。どうしようこの空気。美也さんも瑞希さんもマイペース過ぎるよ!
「ばれました。流石周防さん、鋭いです。しゃきーん。」
「言われてみればそうですね~、さすが桃子ちゃんです~、よしよし~」
「むむ。宮尾さんが撫でるなら私も撫でます。なでなで。」
なんで!? なんで桃子が頭を撫でられる流れになるの!?
「うう……茜さんじゃないんだから、そんなに撫でないでよ……」
「ふふふ、可愛い子は撫でたくなるんですよ~」
「周防さんは可愛いです。スタイルも11歳なのに私とほとんど変わらないので凄いです。……言ってて、ちょっと悲しくなってきたぞ。」
「あら、そうなんですか~。瑞希ちゃんもスタイル良いですよね~」
「……ありがとうございます。ありがとう、ございます……」
「み、瑞希さんは身長高くて羨ましいなぁー、桃子も早く大きくなりたいなー!?」
「そうでしょうか。……ふふふ。」
ああもう、手がかかるお姉さんなんだから!
……で。麗花さんを待っているんだけど、なかなか来ない。遅くてもこの時間までには合流出来る、と言われている時間を30分は過ぎてるんだけど。
「麗花さん、どうしたんでしょう? お仕事が長引いているのでしょうか~?」
「確か、ハイキングの魅力を紹介する番組のロケだったと思います。山に登る予定はないので、そこまで時間が押すようなロケではないはずなのですが……。」
「仕事が長引いてるのなら、お兄ちゃんから何か連絡があると思うけど。途中でなにかあったのかな……」
麗花さんも、二人以上に色々と、その、自由な人だけど。お仕事やレッスンをいい加減にするような人じゃない。
「ちょっと、電話してみましょうか。もう少し遅れるようなら先に昼食に……」
瑞希さんが体育座りの状態から携帯を取り出したその時。
「みんなー、おっはよー!!!」
とても元気な声で、挨拶が響いた。……麗花さんが来た時は、いつも分かりやすい。
「あ、もうこんにちはかな? でも業界ではいつでもおはようございます、って言われたし……じゃあ、おはよちはー! うん、これで良し!」
何が!? 何が良し、なの!?
「麗花さんおはよちは~」
「北上さん、おはよちはー、です。」
そして謎の挨拶に乗っかる二人。……待って、三人で桃子を見ないで!? そんな期待の眼差しで桃子を見ないで!?
「……麗花さん、お、おはよちはー……」
もう、仕方ないなぁ……!
「うん、おはようございます、桃子ちゃん♪」
え!? そこで戻すの!?
「ところで北上さん。例のモノは手に入りましたか。あの噂の……!」
「うん、ばっちりだよ! 行列がすごくって、そのせいで集合時間には遅れちゃったけど……。はい、これ!」
麗花さんはそう言って、満面の笑みで、瑞希さんが言うところの「例のモノ」が入っていると思われる紙袋を……え、桃子に?
「おお~、買えたんですね~! 麗花さん、いつから並んでたんですか~?」
「えーっと、朝の四時くらいかな? 結構待つって聞いたからテントも持っていったんだけど、さすがに置くところがなくって、しょうがないからテントに包まってたよ! 北上テントだね!」
「北上さん流石です。……周防さん、開けてみて下さい。私たちからのプレゼントです。」
……え? え!? どういうこと!? 麗花さんはロケの仕事に行ってたんじゃないの?
「騙すつもりはなかったのですが。これを買うためにはどうしても朝から並ばないと無理だとのことでしたので、北上さんが並んで、私と宮尾さんで周防さんとレッスンしておこうという手筈なのでした。プロデューサーにも協力してもらって、偽のお仕事予定を組んで貰ったのです。……どっきり、大成功。ぶい。」
「今ドッキリって言ったよね! 騙す気満々だよね! え、じゃあ今カメラ回ってるの!? さっきの挨拶も!?」
「いいえ~? 私たちで企画したドッキリなので、カメラはありませんよ~」
「ただ桃子ちゃんを驚かせたかっただけだからね!」
「いや胸張って言う事じゃないよねそれ!?」
「私には張るだけの胸はないですけどね。……しくしく。」
「大丈夫だよー、これから大きくなるって! 根拠はないけど!」
「そういえば最近胸の辺りがきつくなってきた気がします~、まだまだ成長しますよ~」
「そうでしょうか……望みは捨てません。アイドルも、胸も、諦めません。頑張るぞ。」
「それ、同列に並べるものなのかな……?」
で。
「さあさあ、桃子ちゃん開けてみて! 何が出るかな~♪」
物凄くいい笑顔で、麗花さんが持ってきた紙袋を桃子に向かって差し出している。まあ、みんなで色々考えてくれたみたいだし、麗花さんも朝から並んだらしいし、ありがたく頂きます。……あれ? この紙袋、そして中から出てきたこの箱。箱は形が違うけど、このデザインはどこかで見たような……。確か、伊織さんが前に持ってきた……。
箱を開けると、中からは甘い香り。桃子の大好きな、ホットケーキの香り……!
「こ、これって、今話題の、ゴージャスセレブホットケーキ……!?」
発売するなり数ヶ月先まで予約で一杯で、今から買おうと思っても当日販売もほとんどないって噂の、あの……!
「正解ー! さっすが桃子ちゃん! そうです、その話題の、です!」
「おお~。初めて本物を見ました~、見た目も、香りも、ゴージャスですね~」
「北上さん、お疲れ様です。すみません、北上さん一人で並ばせてしまって……」
「謝らなくていいんだよ瑞希ちゃん、仕方ないよ、朝から未成年が街中でうろうろしてるのも良くないし? こういう時は大人に頼っていいのです!」
そうだった、麗花さん20歳の大人なんだよね。時々忘れるけど。……いや、その、いい意味だよ?
「では、麗花さんも到着したことですし、お昼ごはんにしましょう。」
「サンドイッチと、ホットケーキと、紅茶ですね~。なんだかピクニックに来てるみたいです~」
「レッスン! レッスンの休憩だからね! 忘れちゃダメだよ!?」
「大丈夫、忘れてないよ! じゃあみんなで近くの公園に行こう! ピクニックレッスン!」
「ほらもう忘れてる! 違うよ、ダンスのレッスンでしょ!」
「ですが周防さん、食事の後にすぐ体を動かすのはあまり良くないのでは……。少し時間を置く事も大事です。」
「瑞希ちゃんの言う通りです~。桃子ちゃん、みんなで公園に行きましょう~」
「ちょ、ちょっと押さないで!? ……もう、分かったよ。でも、休んだらみんなでレッスンするんだからね! 忘れないでね!」
「は~い」
「勿論です。」
「私一応ダンス属性アイドルだから大丈夫!」
ダメだ不安しかない! そんな桃子の胸のうちも知らずに、三人はそれぞれに持ち寄ってきたお昼ごはんを持って桃子をぐいぐいと出口に押していく。……もう、ほんと桃子が居ないとダメなんだから! みんな桃子より年上なのに、頼りないんだから!
……口元が緩んでいるのは、何故か楽しくなっちゃうのは、知らない!