「で、これが異世界の吹雪なの?」
「そうだよ」
「あれ?時雨ちゃん?なんか、雰囲気変わった?」
異世界からやってきた吹雪……。
仮に吹雪′としよう。
吹雪′は、白露型の空間操作系の魔法に巻き込まれて現れた艦娘だった。
どうやら、この世界とは違う世界線の艦娘らしい。
白露型が言うには、今回のこれは完全に事故だったこと、三日以内に元の世界に返すこと、この世界の吹雪と会っても別に何もないことを教えられた。
となると、最大でも三日間、吹雪′の面倒を見なきゃならない。
黒井鎮守府の経済力ならば、艦娘が一人二人増えた程度では揺らがないからな。
元の世界に帰るまで、面倒を見よう。
「あ、あのー……」
「何かな?」
「貴方が、この鎮守府の司令官さんですか?」
「ああ、そうだよ。旅人と呼んでくれ」
「旅人さん、ですか?」
「本業は旅人なんでね」
「は、はあ……」
ちょっと何言ってるか分からないですね、みたいな顔をした吹雪′。
「あの……、つまり、私は、別の世界に来てしまった、と言うことですよね?」
「そうだね」
「戻れるん、ですよね?」
「三日以内でどうにかするって話になってるよ、心配しないで大丈夫だからね」
「三日、ですか。まあ、それくらいなら……。いやでも、戦況が……」
「こんな言い方は何だが……、君一人で戦況が大きく変わることはないと思うよ。少し休むくらいの気持ちでリラックスして……」
「私は!もう二度と、仲間を失いたくないんです……!」
……そう、か。
吹雪′の世界では、誰か大切な人を失ったのだろう。
少し無神経な発言だった。
詫びよう。
「……すまない。無神経な発言だった」
「……あ、い、いえ、旅人さんは悪くないですよ。大丈夫です」
気まずそうに少し黙る吹雪′は、一瞬暗い顔をする。
しかし、知らないハンサム男である俺の前でずっと暗い顔をしていては申し訳ないと思ったのか、少々ぎこちない微笑みを浮かべて、世間話を始める。
「そ、そうだ!こっちの世界の戦況はどうなってますか?」
「ん?ああ、日本海、地中海解放、太平洋の殆どを解放、大西洋、インド洋を攻略中……、損害なし、ってところかな?」
「なっ……?!そ、それ、本当ですか?!」
驚いている吹雪′。
察するに、吹雪′の世界の戦況は芳しくないのだろう。
「損害もないんですか?」
「ああ、俺が提督になってから、誰一人艦娘は死んでいない」
「それは……、凄い、ですね」
また、暗い顔をする吹雪′。
「……私の世界は厳しいです。北方領土やキスカ島付近、フィリピンなんかは、深海棲艦に奪われて、オーストラリア、中国、朝鮮半島も大打撃……。アメリカや欧州も自国の防衛すらままならず、日本もかなり厳しい状況です……」
………………?
「え?何で?」
「な、何で、とは?」
「そっちの世界、アベンジャーズやX-MEN、ファンタスティクフォーは何やってるの?男塾塾生は?葛葉ライドウは?仮面ライダーは?セイバートロン人は?国際警察機構は?秘密結社鷹の爪団、フロシャイムとかは?世界の危機なら八雲紫も出てくると思うし、魔術師連中だって、財団だって黙ってないでしょ。それに光子力研究所とか早乙女研究所はどうしたの?ミスリルとかアウターヘイブンとかの傭兵は?ダンテは動かなかった?旋風寺コンツェルンや、軍曹さんみたいなケロン人やMIBの連中は?」
「え……?え?」
なんだ、この反応?
まさか……?!!
「もしかして、君の世界には、彼らが存在しないのか?!!」
「は、はい、聞いたことないです……」
なんだ、それは。
なんてこった。
それなら、滅ぶ。
深海棲艦程度でも、彼らがいないなら、世界は滅ぶ!
「じゃ、じゃあ、深海棲艦と戦っているのは艦娘だけなのか?!!」
「は、はい、そうですよ?」
「そりゃヤベェわ!!!そりゃ負けますわ!!!」
俺が言うと、吹雪′がおずおずと聞いてくる。
「あ、あの、この世界には、深海棲艦と戦う他の組織があるんですか?」
「当たり前じゃん」
俺は答えた。
「むしろ、深海棲艦は海に出るからめんどくさいってだけで、もっとヤバい組織や巨悪がこの世にはいっぱいいるし、世界が滅びかけたことも一度や二度じゃないよ」
「そ、そうなんですか?例えばどんな?」
「あー、数年前に『ゴジラ』と呼ばれる怪獣が日本を火の海にしたとか……、アメリカでは毎日のように、『アベンジャーズ』みたいなヒーローチームが狂ったミュータントや銀河の彼方から現れた巨悪に邪悪な悪魔なんかと戦っている。欧州は『魔術師』が色々とやっているし、中国やアジア圏は『国際警察機構』が『BF団』と戦っている」
「かい、じゅう?は、はは、そ、そんなのあり得ないですよ、映画じゃないんですから……」
俺はスマホで、ようつべに上がっている当時の動画を見せる。
「こ、れは……?!!!作り物、じゃない?!!!」
ゴジラが街を蹂躙する姿を目に焼き付ける吹雪′。
「こっちはアベンジャーズの戦いだ」
「何ですか、これ……?!!」
キャプテンアメリカ、アイアンマン、ソー、ハルク……、数多くのヒーロー達が、迫り来る邪悪に対して応戦するシーンが写っている。
「こんな人達がいるなら、艦娘はいらないじゃないですか!!!」
「いや、彼らも深海棲艦と戦うこともあるけど、本業じゃないから」
「でも……!!私達、こんなに頑張って戦ってるのに、この世界は……っ!!」
悔しそうな顔をする吹雪′。
「この世界は、滅亡の危機に瀕したことが何度もある。だから、深海棲艦騒ぎも、確かに海運業や漁業が壊滅的な被害を受けたけど、人々は希望を捨てていない」
「どうして……、どうしてこの世界ばかり強いんですか?」
「それは俺にも分からないけど……、世界ってのは色々あるんだ。俺も色々見てきたけど、滅んだ世界だって沢山ある」
「それじゃあ、私の世界も、いずれ……」
「それは……、君達が守るんじゃないのかな」
「そう、ですけど……」
またもや、沈黙。
気まずいねえ。
「世界を守っている先輩として、私達に何かアドバイスとか……」
「アドバイス?うーん……」
そもそも、うちの艦娘は好きで世界を守っている訳じゃないからな。
仕事だから、くらいに思っているだろう。
俺が命じれば即座に世界の海を見捨てるくらいにはどうでもいいと思っているだろう。
そして、世界を守っている訳じゃない。
この世界は、深海棲艦ごときに滅ぼされるほど弱くない。
うちの艦娘達もそれを理解していて、世界を守っていると言う意識はないだろう。
経済や文化を守るための傭兵稼業……、くらいに考えているんだろうな。
「そうだ、これをあげるよ」
「これは……?」
「艦娘を強化するロック装置の設計図だよ」
「ロック、装置……」
「これがあれば……、まあ、大抵は何とかなるよ」
「強く、なれるんですか?」
「多分ね。兎に角……、そちらの世界に俺達が助太刀することはないと思う。基本的に、別の世界とは交流しても戦力の派遣はしたくない」
「何故、ですか」
「不公平だからさ。世界なんて何千何万とある。中には、君の世界のような、人類存亡の危機に陥っている世界もあれば、既に滅んだ世界、今まさに栄えている世界……、色々だ」
「……そんな中、一つの世界だけに肩入れすることはできない、そう言うことですね?」
「そう言うこと」
「……そう、ですね。旅人さんの鎮守府がどんなに強くても、別の世界の人に頼るのはおかしいですよね……」
「でも」
「え……」
「もしも、本当にどうしようもなくなったら、この手紙を開いてくれ」
「これは……?」
「その手紙は魔法によるマーキングがされたポインターだ。それを開いた場所に、転移ができるようになる」
「転移……?」
「まあ、理解しなくてもいいよ、お守りだとでも思ってくれれば」
「は、はあ……」
「っと、さて、飯時だな、何か食べたいものは?」
「え?そうですね、お蕎麦、とか?」
「分かった、それじゃ、食堂においで……」
………………
…………
……
「そういや、この前の吹雪′はどうなったかな?時雨、どう思う?」
「うん?……まあ、僕が観測している限りでは……」
モニターを見せてくる時雨。
……『勝ちました!大勝利です!みんな、ありがとう!旅人さん、ロック装置を教えてくれてありがとう!如月ちゃんの仇、とれたよ!!!』
「随分と、楽しそうだ」
「ほぉん、そいつは重畳」
吹雪′
別の世界線の吹雪。別の世界線は旅人の世界線ほど面白いことにはなっていなかった。
旅人
面白いことになっている世界線の住人。東にスーパーヒーロー、西に魔術師の超次元。