おはようございます、不知火です。
「大淀さん、司令は何処へ?」
「あ、不知火ちゃんも見てないんですね。朝から姿が見えないんですよ」
また、失踪でしょうか?
先日の件で懲りたと思ったんですが……。
司令の生活は全て、この私が責任を持って管理すると言ったのですが。
「ですが、提督の私室の机の上に書き置きがありました」
どれどれ……?
『レッドグレイブ市に用事があるので、ちょっと行ってきます。ついでに知り合いのデビルハンターさんと少し会うだけなので、すぐに帰れると思います』
「レッドグレイブ市……?」
「調べたところ、外国のとある国の地方都市みたいですね」
大淀さんがスマートフォンを操作しながら私に言った。
大淀さんは、スマートフォンのライン的なアプリケーションを使って、それを艦娘達に周知させた。
ライン的アプリケーションというのは、夕張さんの作ったオリジナルのもの。何故態々作ったのかと言うと、艦娘の相互連絡に外部の人の目に触れる可能性があるアプリケーションを使う訳にはいかないからだそうです。一応機密ですから。
「それでは、司令はお一人で知り合いに会いに?」
「そうですね」
「心配ですね……、護衛もなしに」
「まあ、死ぬことはないと思いますけど……」
確かに、この前も、バラバラに解剖されても三日後にはケロっとした顔でお酒を飲んでいましたからね。
ゾンビ映画のゾンビも、艦娘ですら頭を破壊されれば死んでしまうのに、司令は脳を破壊した程度じゃ死にませんから。
魂の破壊にも耐えうる上に、特に精神力や魂の頑丈さのような目には見えない部分の耐久力が段違いですね。
まあ、少しすれば帰ってくるでしょう。
帰りが遅くなれば迎えに行けば良いだけですし。
朝の食堂。
私は、目の前の焼き鮭の骨を抜いて、箸で身をほぐして口に運ぶ。その塩辛さで炊きたての白米を一口。
噛めば噛むほど甘いお米本来の味と鮭の塩気、そして旨味が口の中に広がる。
そこで豆腐とわかめの味噌汁を一口。因みに黒井鎮守府では合わせ味噌を使っていて、味は少し濃い目です。
艦娘は肉体労働が多く、また、全員が女性なので、全体的に少ししょっぱ目、甘目に作られています。こう言ったところにも厨房組の気遣いがありますね。
味噌の豊かな風味を感じつつ、卵焼きに箸を伸ばしたところで、食堂に設置されているテレビ画面が急に切り替わった。
『ニュース速報です!◯◯国の地方都市、レッドグレイブ市にて、謎の怪物の大量発生!目撃者によると、虫のような怪物が人間の血を吸っていた、木の幹のような触手が人間を貫いて血を吸っていた、などと報告されています!今、VTRを……』
「「「「………………」」」」
これは……。
「レッドグレイブ市って、確か、提督が……」
………………あ。そう言えば。
それを聞いて騒めき出す艦娘達。
そんな私達をよそに、テレビは現地の映像を映し出す。
『ぐあああっ!』
『撃て!撃てー!』
『避難してください!こっちです!』
『ギギギギギィ!!!』
『ぐああああっ!このクソ虫が!あ、ぐあっ、くそッ!うわああああ!!!』
『何だこの触手は?!う、うわあああ!!!』
テレビの生放送の様子では、人間ほどの大きさの白い虫のような化け物が人々の血肉を啜り、地面から突然に生えてきた植物の根のような触手が、先端の鋭い槍で逃げ惑う人間を貫いているのが分かります。
「な、なんてことだ、て、提督は無事だろうか」
「ああ、もう……」
「何でこう、行く先々で変な事件に巻き込まれるのかな……」
艦娘達は、人が死んでいることは基本的にどうでもよく、司令がまた、変な事件に巻き込まれたことに対して呆れているという気持ちの方が強いように見えますね。
もちろん私も同じ気持ちです。
人間が何匹か死んだところで、私達は全く困りませんし。
それも海外の人間となると、更に縁がないですから。
不知火に問題はありません。
………………ん?
『おい!テレビか?!撮ってんじゃねえ!逃げろ!』
あ、司令?!
『し、しかし、我々は報道の義務が』
『馬鹿だろお前!そんなこと言ってる場合か!ありゃ悪魔だ!ここもじきに魔界と繋がるかもしれねえ!人間の軍隊なんかじゃ太刀打ちはできねえ!馬鹿言ってないでとっとと逃げろ!』
そう言うと司令は、報道陣のヘリコプターからフリーフォール。
同時に、着地地点の、その、悪魔?を素手で引き裂いた。
『南斗水鳥拳奥義、飛翔白麗ィッ!!!!』
そして、短く呪文の詠唱をすると、悪魔の死体を踏み台にまた空へ。
宙返りの最中に魔法の矢と投げナイフを放ち、着地地点の悪魔を蹴り飛ばす。
『ギルガメス!!!』
銀色の手甲脚甲を身に纏い、悪魔を殴り飛ばしながら更に詠唱。
『星の精、炎の精、ビヤーキー!!!』
グロテスクな怪物を召喚し、更に周りの悪魔を倒し始める司令。
『うおお、死に晒せーーー!!!』
やだ、かっこいい……❤︎
……はっ。
いえ、それはさておき。
「また変な事件に巻き込まれましたね……」
私は呟いた。
「どうするんですかこれ、暫く帰ってきませんよ、このままだと」
そこで、時雨が声を上げた。
「あれは、悪魔だ」
はあ。
「悪魔は物質ではなく魂の生き物だよ。物理タイプの艦娘とは相性が悪い」
言葉足らずな説明。白露型はいつも意味深な台詞を吐く。
「詳しく話してください」
「ああ、そうだね、つまり……、悪魔は肉体の破壊ではダメージを受けにくいんだ。魂そのものを破壊しなくてはならない。故に、物理攻撃がメインの艦娘とは相性が悪いんだ。だから、提督の救出に行くのは、魔法が使える艦娘などの、特殊な技能を持つものだけにするべきだ、と言う話だよ」
となると、白露型や夕雲型、高雄型、伊勢型辺りが候補に入ってくる。
「と言う訳だから、君達は下手に動かずに待っていてもらいたいんだけど……」
「私も司令を迎えに行きたいです!」
「邪魔なんだよね、正直。映像を見た限り、あそこは魔界と繋がりかけている。大勢で提督の救出に向かったとして、もしも艦娘が魔界に落ちた、なんてことがあれば、年単位で帰還は叶わないよ?」
「ぐぬぬ」
ミスをすれば年単位で帰ってこれない可能性がある、となると、下手に出しゃばってはいけないですね……。
司令と年単位で会えないとなると、自殺するかもしれません。
仕方がありませんね、ここは選抜隊に任せて、私達一般艦娘は大人しく司令の帰還を待ちましょう……。
そして、一月後。
「ただいま」
普通に司令が帰ってきた。
尚、首だけになっているのはご愛嬌。
「いやー、ダンテとは暫く会えないね。全く、カッコつけやがってさ、あの人は」
司令は愚痴を言いながら、髪の毛を巻雲の手首に巻きつけつつ言葉を続ける。
「まあ、久し振りにレッドオーブを稼げたからなー。ゴールドオーブもたんまり手に入れてきたから、これでまたたんまり死ねるぞー。いや、死にたくはないけどね」
そう言って、髪を動かして机の上に飛び乗る。なんだかそう言うマスコットキャラのようにも思える。
「そう、それで……、心配してたかな?ご覧の通り、無事だよ」
「いや……、首だけになってますけど」
「まあ、生きてはいるからセーフでしょ」
そうですね?
「じゃあ、俺はちょっと身体を再生させるから。最近は君達が遠慮なくぶっ壊してくれるもんだから、全身の再生も二日で済むよ、あはは」
はあ。
「……まあ、ね。友人がいなくなるのは少し寂しいね。だけど、また、いつかきっと会えるさ」
そう言えば……、知り合いと会うと言っていた気がする。
知り合いと長い別れに……?死別でしょうか。いえ、その辺りを詮索する必要はありませんね。不知火は空気が読める艦娘です。
「それじゃあ、俺は暫く寝るから。明後日までには身体を生やすね。じゃ」
そう言って、司令は短く呪文を唱えて姿を消した。
後で聞いた話ですけど、司令は魔王と戦ったそうです。
今回も厳しい戦いだったらしく、完全復活には一週間を要するとのこと。
旅人
首だけになっても髪の毛を触手のように動かして自由に移動することができる。
不知火
落ち度なし。