翌朝、完全に寝坊した私はみほと共に通学路をダッシュしていた。
隣ではヒーヒー言いながらみほが走っているが彼女はこの程度で参るような体力ではない。
黒森峰で毎年行われる20キロランニングでは意気揚々と陸上部選手を追い抜き、一位をとった揚げ句、戦車の履帯にゴムパッド取り付けをしていた。
「あん?何かフラフラしてる奴が居るべ」
先行するみほがスピードを落として明らかに大丈夫じゃ無さそうな女子生徒を発見した。
みほはその女子生徒の肩を支えると、私に反対側を持つように告げる。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ。私に構わず、先に行ってくれ」
女子生徒はそんな事を言うが、みほは放っておけない性分なのだ。
「そんな事できるわけ無いでしょ?
ほら今ならまだぎりぎり間に合うわよ」
二人で女子生徒を引きずるようにして学校まで連れて行く。校門ではおかっぱの風紀委員が早くしなさいと叫んでいた。
「ん?冷泉麻子!また貴女は遅刻して!」
時計を見るがまだ五分前だ。
「おぉ、そど子か。今日は二人の御蔭で間に合ったぞ……」
死にかけている者の台詞とは思えない。
「貴女達も冷泉さんに構わなくて良いわよ」
さぁ、行った行ったとそど子なる風紀委員は私達を通すと閉門五分前と叫ぶ。本当にギリギリだったわね。
冷泉麻子とか言うらしい女子生徒は私達の方に向き直ると頭を下げた。
「二人の御蔭で助かった。
ありがとうございます」
「別に良いですよ。お互い遅刻しなかった訳ですし」
みほは少し照れたように告げるが、冷泉は2人には恩が出来たとか言い出した。意外に義理堅い奴ね。
「二人の名前を教えて欲しい。
私は冷泉麻子だ」
クラスは隣の、優花里と同じクラスだった。お互いに自己紹介をし終えると、何時か恩を返すと告げるので、みほが何かを思い付いたらしく、にっこり笑った。
「なら、戦車道に入部して下さい」
冷泉は暫く考え、それから自分は書道部だと告げた。
「戦車道選ぶと、遅刻見逃し200日だか何だかが付くみたいですよ。
冷泉さんは先程の風紀委員さんの口ぶりからすると、遅刻常習犯みたいですが……」
みほはニヤリと悪い笑みを浮かべ、私に援護しろと言うハンドシグナル。
しょうが無いわね。
「それに、貴女のその状況を見ても授業中も寝てるでしょ?
此処はどうか知らないけど、内申点最悪よ?戦車道選ぶと何か内申書にもプラスしてくれるみたいな事言ってたわよ」
此処まで言うと冷泉はムググと諦めたらしく、入部すると言い出した。みほは小さくガッツポーズを決めると、私にサムズアップした。
「私からは、そうね。
同じクラスに秋山優花里ってのが居るのよ。髪の毛モジャモジャだからすぐに分かるわ。
その子とクラスでの友達になってあげて。同じ戦車道選んでるし、戦車には詳しいみたいだから」
「分かった。
そろそろ教室に向かおう」
冷泉は頷くと先程よりは少し確りした足取りで昇降口に向かっていった。
(゜ω゜)
午前の授業は滞りなく終わった。昼休み、冷泉を連れた優花里が教室を訪ねてきた。お互いに少々ぎこちなさそうで有ったが、私の頼んだ通り、冷泉は確りと優花里の友達になって居るようだ。
「来たわね。
じゃあ、昼ごはん行きましょ」
私達4人に加え武部と五十鈴も加わり6人で食堂に向かった。
食堂に向かう途中、武部と冷泉が幼なじみで在ることが判明した。
「アンタの幼なじみなら遅刻とか何とかしなさいよ」
「それが出来たら苦労しないよ!
エリポンも麻子を起こしに行ったら分かるから!」
エリポン、武部が私に付けたあだ名でみほにはミポリンと付けている。五十鈴には的確なのがなかったらしく華と呼んでいる。
食堂に行くと中々の人混みだったが、武部がなんとか席を確保した。思い思いの食事を頼むのだが、まぁ、みほと五十鈴は大盛りを頼んで食べている。
見てる方が胸焼けを起こすほどだ。
「午後は選択科目でしたが、皆さんはどうなのですか?」
五十鈴がきれいに平らげた丼に箸を置きつつ私達を見た。
「アンタと武部以外は戦車道よ」
「まぁ!戦車道って楽しいのですか?」
難しい質問だな。
「狭く暑く臭い中で怒鳴られつつ怖い思いするのが楽しければ楽しいわよ」
本当の事を言ったらみほに蹴飛ばされた。
「そう言う弊害も有るけど、戦車道にはそれを乗り越える達成感、人車一体になって戦う連携、連帯感が生まれると同時に、基礎体力の向上、人間としての道徳観、義務感、責任感が生まれるんだよ」
「でも、西住さんと逸見さんは黒森峰から飛び出てきたと聞いたが?」
冷泉が痛いところを突いてくる。どう切り返すのかみほを見ると、みほは笑顔だった。
「西住流戦車道は外道によって外道に落ちちゃったの。だから、私はエリカさんを連れて出て来たのよ」
その笑みの裏、瞳には何の感情も籠もっていなかった。
「だから、大洗では外道を歩ませたくないんだよね。
戦車道は戦争じゃない。だから、私は西住流は教えないよ」
ね?と私を見るが、私はなんとも言えない。
西住流に関してはみほは隊長、西住まほと同じ師範代の地位に居た。そして、常々、姉は可哀想だと言っていた。
全員が私を見る。みほを見ると頷くので仕方の無い、みほが常々言っていることを言う。
「撃てば必中、守りは堅く、進む姿は乱れ無し、鉄の掟、鋼の心、なんて格好付けてる突撃馬鹿の集まりだから。
黒森峰は重戦車が無ければプラウダには勝てないわ。彼処の二重包囲は重戦車を使わなきゃ突破すら叶わない。
聖グロリアーナだって、各車の連携を重んじるから単に突破するにしたって直ぐに修復されて、逆に中途半端に取り込んだせいで向こうの浸透強襲を手助けしてしまうこともあるわ」
と、言うかそのせいで何度か痛い目を見ている。
その際もみほは大笑いしながら一人、否、1両でグロリアーナと対峙し奮戦したこともあった。
「勿論、重戦車ありきで押し潰してくるから重戦車無しでの作戦なんか立てないんだけどね」
「と言うか、立てれないよ。
お姉ちゃんは西住流そのものになる教育しか受けてないから」
みほはそう笑うとそろそろ行こうと告げる。
(゜Д゜)
午後の選択科目。戦車道希望者は戦車ガレージとでも言おうか赤レンガ倉庫の前に並んでいた。
人数はそこそこ居るが、まぁ、なんだ。
「サーカス団かな?」
みほは大笑いしながらそんな事を言うと何かのコスプレをした連中を指差す。後は一年生と思われる集団がいた。
また、陰気そうな三人組もいる。
「取り敢えず、適当に並んでおきましょう」
歴史的人物のコスプレをしているコスプレイヤーに近付こうとしていたみほの襟首を掴み、確りと掌握下に置くと有象無象にウロウロしている優花里達に告げる。
暫くすると、小山とかーしまに会長がやって来た。
「よく集まってくれた。
私は生徒会広報の「かーしま、本題入って」
「はい。
早速だが、お前達には今から戦車を捜索して貰う!適当なグループに分かれて地図を貰いに来てくれ」
自ずと集まっていたグループをそのままに各グループの長となりうる者がかーしまの元に。私達はみほが出た。
みほは難しい顔で地図とコンパスを片手に戻ってくる。
「如何したのよ?」
「この地図片手に探してこいって」
みほが見せたのは何かいろいろと書き込みがされた学園艦内部の地図だった。
私もそれを覗き込む。私達は学校周辺とその裏あたりであった。
「じゃあ、早速行きましょう」
みほは私に地図とコンパスを押し付けると全員に告げる。
「逸見さんはやっぱり地図読めるのですか?」
脇に寄ってきた優花里が地図を覗き込む。
「そうね。一応、私も車長やってたしね。
地図の判読、地形の読み込みは車長の必須条件の一つよ」
「成る程、自分は何が向いているのでありましょう?」
「さあ?
最初は皆装填手ね。次に無線、操縦、砲手ときて、車長ね。
たから、一年生じゃ車長は無理だし、二年でも砲手が殆どで、車長になるのは殆ど居ないわ」
だから、私やみほは凄いのよ。とは言わない。自慢は驕りに繋がり、慢心に繋がる。慢心は敗北を呼び、敗北は人を殺す。
みほが私に車長になった際にいった言葉だ。
だから、自慢はしない。自慢は為ずに自分が車長としての経験を語り、心構えをつねに教え、後は経験を積ませるだけだ。
みほは凄いのよ。
「地図の判読、出来る?」
「はい!この程度の地図なら楽勝です!」
言うとコンパスと地図を私から受け取りこっちですと歩き出した。私はその後に続くのだが、何故かみほが私の隣をピッチリと詰めて歩く。
「歩きにくいんだけど?」
「そう?
しかし、何で学園艦の彼方此方に戦車を隠したんだろうね?」
「さぁ?」
暫く歩いて行くと段々と藪が濃い道に入っていく。優花里は悠々と進み、私もみほもそれに続くが、武部、五十鈴、冷泉の三人は離されている。
「優花里!」
「はい!」
私が呼ぶと、優花里は止まって振り返る。
「少しペース落として。
武部達が追い付けてないわ」
私の言葉に優花里はすいませんと慌てて謝った。
「別に良いわよ。
そもそもこの格好で山登りするのが可笑しいのよ」
「皆さん足は大丈夫ですか?」
みほは私から離れずに振り返って尋ねる。
「絆創膏と消毒液なら在りますよ!」
何時でも言って下さいねと優花里が告げながらポケットから救急セット的な物を取り出した。
何でそんな物を持っているんだ……
そこから午後はそれぞれ戦車探しの旅に出るのだった。
(゜Д゜)
「ルノー、ポルティーは見付からずか」
捜索を終わり、私達はチェコのLT38を見付けてきた。
このままでは戦力として数えるに余りに脆弱すぎる。せめて発展改良型のヘッツァーにしなくては、戦力たり得ない。
一回戦、何処に当たるかは不明だが、最終的には強豪と当たるのだ。使える駒は増えていた方が良い。
「会長、LT38をヘッツァーに改造するキットを買って下さい」
みほは私と思った事が同じらしく角谷に告げた。
「この戦車じゃ駄目なのかい?」
「負けても良いなら、この戦車で良いしょう。
勝ちたいなら改造キットを買って下さい」
みほはにっこり笑って告げると次の戦車を見た。
三式とか言うらしい日本軍の戦車だ。
「あー……武器学校にあった奴」
みほもよく知らないらしい。みほは三式に上って砲塔の中に入る。私も中を覗く。戦車とは基本的に右左の違いがあるがおおむねどこに誰が座るかがわかる。なのだが、うーん?
「これ、砲手どこに座んのよ?」
「あそこでしょ?」
砲塔横にあるいすを指差す。単眼の照準装置も置かれており、あそこを覗いて敵と自分の距離を測り狙いを定めるのだ。
「いや、撃発装置ねーべや。
ペダル式でもねーみてーだし」
どー撃つんぞな?とみほが私を見る。私だって知らないわよ。ドイツ軍の戦車ならある程度は調べたし乗っていたからわかるけど、日本軍やほかの戦車は専門外よ。
「操縦マニュアルは?」
「この戦車以外ならあるそうよ。
と、いうかこの戦車自体、資料にも載ってなかったわ。つまり、何時、何処で、誰が買っておいて置いたのかすらわからない不明らしいわ」
さっき小山が大慌てで資料を見返しながら言っていた。
一旦、戦車から出ると優花里が戦車の装甲にヤスリを当てようとしていた。
「何やってるのよ!」
「司馬遼太郎の真似です!」
慌ててヤスリを取り上げる。こんな所をみほに見付かったら何を言われるか。
「三式の見聞は終わったので?
しかし、まさかこの目で三式中戦車チヌを見れるとは思いませんでした」
そこから優花里はペラペラとチヌの解説を始める。
「貴女、この戦車の砲手ってどうやって撃つか知ってる?」
「ええ!もちろんですよ、エリカ殿。
チヌは三式七粍半戦車砲2型と呼ばれる機動九〇式野砲を原型に作った戦車砲ですね。そして、やほうをそのまま乗せたために、撃発の際は無線手か車長、専属の撃発手が撃発担当していたそうですよ」
成る程、そりゃ砲手席に撃発装置が無いわけだ。
「貴女、凄いわね。
みほ、聞いてたでしょ?」
「はい。ありがとう、優花里さん」
みほに礼を言われて優花里は自身の頭をくしゃくしゃにしながら照れますねと本当に嬉しそうに笑う。
優花里の笑みは見ているとこっちまで嬉しくなりそうな錯覚を覚える。そして、そんな錯覚を優花里の髪をわしゃわしゃと揉むことで誤魔化し、チヌの上で待つみほの元に。下では優花里が何をするんですかーと髪の乱れを武部と共に直していた。
「ご褒美よ」
「何ですかそれ!」