「家族見棄ててまで勝ちを求める様な連中に、真の勝利はねぇべ。
戦車の乗員は兄弟ぞ、中隊は家族ぞ!たかがゲームの為に家族見棄ててまで勝利に固執する様な連中に勝利はねぇべよ!」
西住みほは今までに見たこと無い程に声を荒げ、隊長と家元に怒鳴り付けていた。その場に居る全員が驚いている。それは隊長も家元も、そして、私こと逸見エリカも同じである。
何時ものポヤポヤとしている彼女からは考えられない感情の発露、何時ものおっとりとした雰囲気からは感じられない怒気、そして、何よりも私しか知らない彼女の本来の口癖は、全員をその場に釘付けにした。
多分、全国放送で流しているであろうこの映像を見ているお茶の間も凍り付いてる筈だ。
「前々から思ってたっけ、言うけどよ。
西住流の考えは戦車道にゃ合わねーべ。そりゃ実際の戦争なら味方が擱座したりしても戦闘続行するべ?じゃねーと自分等だけじゃなくてその後ろに居る部隊、味方、国民諸々が死ぬからな。
でも、この戦車道はちげーべ?嗜みの域ぞ。殺し合いじゃないんぞ。濁流の川に戦車落ちて直ぐに助けなきゃ、乗員死ぬ、TRもあの泥粘の道来るのに時間掛かる。
死にそうな家族前にして何で助けねーのよ!
しかも、家族助けて怒られる!別にあの濁流に飛び込んだ事で怒られるなら俺も納得するわ」
副隊長はそこで息を吸い込む。
「でも、お前等は違った!
何故あの時フラッグ車を見棄ててまで助けに行ったの!お前のせいで十連覇が達成出来なかった!だと!?
ふざけてんのはどっちぞ!殺すぞ!たかが嗜み程度の大会の勝利と家族の命どっちが大切ぞ!!そんな事も判らんのか!
もう、良い。俺は辞める。この学校も、この糞みたいな戦車道も。行くべ。此処に居てはお前の努力が、プライドが、何よりも情熱が穢れる」
副隊長、みほは私の手を握りガレージの入り口に向かって歩き出す。
「ま、待ちなさい!」
家元がそんなみほと私を止めようと前に回る。
みほは肉親に向ける目とは思えないほどに酷く軽蔑した視線を向けていた。みほは着ていたパンツァージャケットを脱ぐと、家元の顔に投げ付ける。家元はそのジャケットを何とか受け止めるが、みほは再び私の手を取って歩き出していた。
「黒森峰の戦車道が悪い訳じゃない。だが、道を作るのは人ぞ?その人を蔑ろにしたらそれはもう戦車道にはならん。
戦車ぞ。戦車道は戦争か?」
みほに連れられるままに私は黒森峰を後にした。
( ´∀`)
「本当に申し訳無い」
此で何度目の謝罪だろうか?
深々と頭を下げる少女に私は溜め息しか出ない。
「本当よ。
何で私まで黒森峰辞めて、こんな辺鄙な高校に来なくちゃいけないのよ。何よ、名物があんこうって……」
あの一件から僅か一ヶ月。私達は黒森峰女学院から県立大洗女子学校に転校していた。
「だって、あのままあの学校に居たらエリカは駄目に成るもの。
私は、君にはあんな人になって欲しくない」
みほはそう言うと学校案内に目を通す。私も釣られて学校案内を見た。丁度、部活動紹介のページであり、戦車道の三文字を探してみるも、無かった。
当然と言えば当然だろう。戦車道は金が掛かる。戦車は走るだけで壊れるし、大砲を撃つならそれなりの設備に場所が必要だ。
維持費は勿論、一試合を行うのに一体幾ら掛かるのか?
故に最近の戦車道は低迷ぎみなのだ。
「……本当にごめん」
みほが私の気持ちに気が付いたのか、手を握ってきた。
「別に良いわよ。
タンカスロンだってあるし、中古の2号戦車位なら私と貴女で買えるでしょ?」
私の言葉にみほはありがとうと告げると、私に寄りかかってきた。ふんわりと彼女からする甘く、それでいて爽やかな香りが私の鼻孔を擽った。思わずその髪に顔を埋めると、無防備に此方を見上げる。
みほは戦車に乗らなければ、本当に隙だらけだ。
その愛らしい唇に自分の唇を思わず重ねてしまう。
「ちょっ!」
みほが慌てて離れ、文句を言おうとするが船内放送がそろそろ大洗の学園艦に着くと告げる。
「ふっ、私から戦車道を取り上げた罰よ」
減速し始めた連絡船。私は下船の為に広げた荷物をまとめ出す。それに釣られてみほも私以上に広げた荷物を大慌てで片付け始めた。
「早くなさい」
「ま、まってよエリカ!」
連絡船を降りて、私達は学園艦に降り立った。此処が大洗。
私達の新しい学校がある、学園艦だ。
「やーやー、君達の転校を歓迎するよ」
其所に現れたのはちんちくりんだ。誰だこいつは?と言う疑問はみほも思ったらしく、振り替えって他の下船する人達を見るが生憎、私達以外に下船する客は居ないのだ。
「貴女達で合っていますよ西住みほさん、逸見エリカさん」
乳のでかい少女が此方に笑い掛けている。みほはほほうとその胸を凝視しているので、後ろからド突いてやった。
何処をみているのだ。
「我々は大洗女子学園の生徒会だ。
此方は生徒会長の角谷杏、副生徒会長の小山柚子、そして、私の名前は「かーしま、長い」
生徒会長らしい角谷杏の一言に片眼鏡の少女はゴホン咳をした。
「転校して早々だが、二人には戦車道をやって欲しい」
「構いませんよ?」
「あんな事があって難しいだろうがって、え?」
かーしまと呼ばれた女子学生は驚いたように此方を見た。
「だから、戦車道やって欲しいんですよね?
別に構いませんよ。逸見さんも戦車道やりたいみたいですし」
そう言ってみほは私の肩に手を置いた。
「それで、要望は?」
「……要望?」
みほは何時ものポヤポヤとしている彼女から戦車道に関わる時の彼女に変わる。
西住みほには三つの顔がある。否、四つの顔だ。一つは何時ものポヤポヤとしている彼女。少し間抜けて居て誰にでも遠慮し、一歩引いた立場の彼女。
二つ目は戦車道に関わる時の、穏やかながら内に秘めた炎が時折顔を見せる真剣な表情。その瞳は真剣であり、情熱的な物だ。
そして、三つの顔。これは戦車に乗った時の彼女だ。多分、彼女と出合ったばかりの人なら誰もが驚くであろう、恐ろしいまでの豹変っぷりは色々と伝説がある。
最後に、私だけにしか見せないみほ。私だけのみほだ。
「……此処で話すのも何だから近くの喫茶店に行こう」
観念した様子の角谷杏はそう告げると、此方だと案内をする。みほは直ぐに何時ものポヤポヤに戻り、楽しそうに私の手を握った。
私と彼女がそう言う関係になったのは中学時代だろう。
私の家は有名な資産家で、親は私を幼少時より様々な習い事に従事させていた。中学に上がるという事で其所に戦車道が入るのは何の不自然も無かった。
西住流の門を叩き、入門したその日の内にこの西住みほと出逢い、何故かは知らないが一方的に気に入られたのだ。
ちなみに彼女の第一声は今でも覚えている。
“三点支持とメット被れ、この腐れマンコ!”
生まれて初めて言われた暴言と当時は理不尽としか思わなかった暴力だ。
戦車に試乗させて貰えるとのことで私が戦車、パンターに登ろうとしたら、襟首を掴まれ、地面に引きずり下ろされた上に頭を思いっきり叩かれたのだ。
三点支持とは文字通り手足の三点を必ず戦車や地面に付けて何時如何なる時でも安定した動作を確保するための基本である。
また、メット、つまりヘルメットは戦車内部でも極力被る事を推奨される所謂タンカーズヘルメット、戦車帽、自衛隊式に言えば装甲帽だろう。
戦車の内部はまるで工場のように様々な出っ張りかあり、すさまじい震動や狭さで頭をぶつけるなんてしょっちゅうある。
そのため、戦車に乗り降りするときも必ずヘルメットを被れとみほ言っているのだ。最も、黒森峰でも戦車帽を被っていたのは彼女と彼女の戦車に乗っていた人員に私だけだったが。
そんな、四つの顔を全て知っているのは多分、私だけだろう。
彼女は私が正式に入門させられると私を指導する姉弟子的な立場に率先して成った。本来なら彼女の姉である西住まほが私の姉弟子になるらしかったのだが、みほが頑なに拒否したそうだ。
みほの教え方は苛烈だった。
まず、家が少し遠いと言うこともあり、道場に泊まり込み。その際、部屋はみほと同じ部屋で、ベッドメイクを徹底的にやらせられたし、朝は健康的に毎朝六時に起きて、体操から始まる。それから朝御飯を食べると簡単な筋トレを行う。
学校に行き終わると戦車に乗り込み戦車道。
そして、常にみほが私に付きまとうのだ。まぁ、最初の頃はこの四重人格とも言える豹変具合に戸惑いを覚えていたが、一ヶ月も経てば慣れるし、半年もすれば第四の顔が私だけに見せるものだと分かり、一年もすれば気が付いたら私はみほの恋人に成っていた。
最も、私と彼女の関係は公にはしていないが周りの皆は大体雰囲気で感付いて居たように思われイベントがある日は空気を読まれて、大抵二人っきりになったりする。
「挙げ句の果ては、廃校直前の学校で全国大会優勝って……」
喫茶店にて、三人の話を聞けばおおよそ無茶苦茶な理由だった。
「良いじゃない、楽しそう」
私の意見にみほはあっけらかんと言ってのけた。
「それに何よりも、家族のために家を守りたいって良い。素晴らしい。私はこの学校の為ならあの糞みたいな戦車道をするバカ共相手に砲火を交えることすら厭わない。
戦車は脆弱だが、それもまた一興。
どうだい、エリカ?軍馬を駆って虎狩りをするのは?
楽しいぞ。愉快だぞ」
そう笑う西住みほは黒森峰に居た西住みほとは全くの別人であった。
「勝てる見込みは?」
「ゼロじゃないかな。
少なくとも予選には楽に入れる。何故なら……」
「今の戦車道は斜陽競技だから、でしょ?」
私の言葉にみほは大きく頷き、目の前に広がる資料を見る。保有戦車で使える物は4号戦車、ルノーB1bis、3号突撃砲、辛うじてポルシェティーガーだろう。
だが、ルノーもポルシェも三突も運用に辺り癖が強すぎる上に、所在不明と来た。
「運用するのは素人、そして、その運用する戦車すら行方不明って、あんた達、舐めてるの?」
目の前に座る三人を思わず睨んでしまう。そんな私をみほは嗜めた。
「この中途半端な時期に戦車道を突然復活させたりして学園の生徒は感付かないので?」
みほの質問に角谷は問題無いよと笑う。隣に座る小山が一枚の書類を見せる。PowerPointの印刷だ。
其処には大きく“西住みほ・逸見エリカ転校記念、戦車道復活!!”と書かれていた。
なんだこれは?と問うと、戦車道復活のお題目だとかーしまがこたえた。このかーしまは上から目線で物を言う節がある。これは不味い。
「成る程、良いと思いますよ」
みほはそう笑うと、少し前のめりになる。
「では、私達が戦車道をこの学校でやるに当たって幾つか我々からの条件を承知して貰いたいんです」
「出来る限りの協力と譲歩はするよ」
その言葉を聞いたみほはにんまり笑う。
「なら、取り敢えず、私とエリカは同じ部屋で同じクラス。基本的な訓練とかは私とエリカで決めさせて欲しい。
それに飲酒と喫煙の見逃しに、授業に関しても出来るだけ戦車道に回して欲しいのだけれども」
「んん?
今、飲酒と喫煙って聞こえたのだが……」
出た、みほの悪い癖。
みほは外見に似合わず、中々の悪童だ。女好きで、いたずら好き。
「ハッハッー!酒と煙草はタンク乗りの軽油だよ」
みほの言葉に3人は私を見る。私は諦めろという顔で肩を竦めてみせると、会長である杏はまぁ良いかと頷いた。
それから、学校の指定した学生寮に近いマンションに向かう。
本来は1人部屋なのだとかで私とみほは隣同士に部屋を指定された。が、多分、殆どどちらかの部屋に入り浸る生活になることは容易に想像が付いたので、取り合えす持ってきた下着をみほの部屋に置いておくことにした。
「私の下着をアンタの部屋に置いておくけど、私の下着でオナったら泣いて隊長に泣き付くから」
前に一度みほの女癖が酷くそれに耐えきれず隊長、西住まほに、愚痴を聞いてもらっていたら感情が抑えきれず泣いてしまったことがある。
その時の隊長はすぐにみほを呼び付けると、泣いている私の前でみほを正座させて滾々と現状に関してと私が隊長に零した愚痴を一言一句違わずにみほに告げた上で、それに関しての事実確認と何故それを行ったのかを尋ね、みほを反省させたのだ。
それ以来、みほは隊長の名前を出すと言うことを聞くようになった。
「そ、そんな事しないよ!
よしんばしたとしても使用済みじゃないエリカのパンツじゃなきゃしないよ!」
よし、まほの部屋に洗濯物を置いておかないようにしよう!