とある妖精の航海録   作:グランド・オブ・ミル

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エニエス・ロビー編4・妖精の別れ

 

 

 

 

 

 

ここはウォーターセブンの中心から離れた所にある小さな宿。背が低いおばちゃんが経営するメリー号が停泊する岬から割と近い宿だ。そこにウソップは泊まっていた。ルフィに決闘を申し込んだウソップは午後10時に再び岬へ戻る約束をし、ここに泊まっている。

 

「治療は必要ないって……どういうことだよ!?」

 

その宿に俺とチョッパーはウソップを訪ねて来ていた。一応意識は戻ったものの、フランキー一家にこっぴどくやられたウソップはまだまだ治療が必要で、チョッパー先生はウソップが出ていくと船を飛び出してここまで追いかけて来ていた。なお、俺はチョッパーの付き添いだ。麦わらの一味の頼れる雑用係である俺はチョッパーの治療の際には助手または看護師として活躍しなければならない。

 

「当然だろ…。俺とお前はもう仲間じゃねぇんだ。」

 

「で、でも!お前は重傷なんだ!!身体中傷だらけで……!!そんな身体で決闘なんて無茶だよ!!」

 

何とか治療しようと必死に説得するチョッパーを、ウソップは部屋のベッドに両腕を枕にして仰向けに寝転んだ状態で突き放す。そんな二人のやり取りを俺はクッション状態のシャスティフォルにうつ伏せに寝転んだ状態で天井の辺りにふわふわ浮き、頬杖をついて見下ろしていた。

 

「いいから船に帰れ!!何度も言わせるなよ!!俺とお前はもう仲間でも何でもねぇんだ!!」

 

「っ!!」

 

しばらくやり取りをした後、ウソップがそうチョッパーを怒鳴り付けた。チョッパーの体がビクッとはね、やがて涙を流しながら走って部屋を後にした。その時に床に並べていた医療道具や救急箱が蹴り飛ばされ、ガシャァンと床に散らばる。

 

「………………」

 

俺はふわりと床に降りて、無言で散らばった道具を片付ける。部屋の中に重苦しい空気が流れる。

 

「………なぁ、エレイン……。」

 

道具を半分程拾い集めた時、ウソップが話しかけてきた。その声からはルフィに決闘を申し込んだ時やチョッパーを追い出した時と違い、何となく迷いのようなものを感じる。

 

「……何でしょうか。」

 

「………もし冒険の中でかけがえのない仲間が傷ついて、もう立ち上がれなくなった時、どうすればいいと思う?その仲間を信じて引きずってでも連れていくべきなのか、それとも見切りをつけて休ませてやるべきなのか、どっちが正解なんだ?」

 

その質問を聞いた時、俺はウソップの気持ちを何となく理解することができた。何度も言うように俺の特技は人の愚痴を聞くことというカウセリング染みたことだ。相手の言動から相手の気持ちを読み取ることには長けている。

 

きっとウソップもメリー号がもうダメだということは理解しているのだ。だが、メリー号を一味の中で誰よりも大切にしてきた分、ダメだから「よし、新しい船に乗り換えよう」と切り替えることができず、どうしてもメリー号の可能性を捨てきれなくて、自分のその気持ちを貫くために決闘を申し込んでしまった。そんなところだろう。

 

「どちらも一概に正解とは言えないと思います。仲間を信じることも選択の一つですし、後に思いがけない方法で立ち上がることができるかもしれません。一方、見切りをつけるというのもまた選択の一つです。傷ついた仲間をずるずると引きずったままでは仲間全体に負担をかけてしまいますから、すっぱりと見切りをつけることも必要なことです。」

 

ウソップの質問に対して俺は嘘偽りなく自分の考えを正直に述べた。仲間を信じる意見を擁護するという選択肢もあったが、今のウソップにはこうした方がいいと思った。

 

「………そうか。」

 

「では、失礼しました。」

 

道具を拾い終え、救急箱の蓋をパチンと閉め、それを両手で持って俺はウソップの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れ、約束の午後10時、ウソップは約束通りに再びメリー号へ戻ってきた。全身に包帯が巻かれた痛々しい姿だが、左手に愛用のパチンコを握りしめ、その目は真っ直ぐ正面のルフィを見ていた。

 

そして始まった決闘、結論から言うと激戦の末ルフィが勝利した。ウソップはルフィのことを知り尽くしている分、様々な戦略でルフィを追い詰めたが、元々ウソップの体は限界だった上、ルフィとウソップにはかなり力の差がある。しかも前衛で戦うルフィに対してウソップは狙撃手だ。遠くから敵を狙い撃ち、味方をサポートすることで真価を発揮する。一対一の対決では、ルフィには敵わない。

 

「バカ野郎っ……!お前が俺に勝てるわけねぇだろうがっ!!!」

 

目の前に倒れるウソップにルフィはウソップを殴り倒した右腕を握りしめ、そう叫んだ。その叫びにはどんな想いが込められているのだろう。決闘とはいえ仲間をその手で倒してしまった悲しみ、ウソップ、メリー号と別れる決断をした船長としての重い責任、辛い想い、そんな色々な感情がごちゃ混ぜになって今のルフィにのし掛かっているのだろう。それはルフィだけではなく、ウソップも同じだ。ここまで共に冒険してきた仲間と別れる。その決断の代償は決して軽くない。

 

「……船を空け渡そう。俺達はもう、この船には戻れねぇから。」

 

ルフィが麦わら帽子を深く被りながら戻ってくるとゾロがそう呟いた。俺はこくりと頷くとチョッパーと共に倒れているウソップの元へふわふわと近づく。そして彼の傍らに治療に必要な医療道具を置いてメリー号を後にした。俺達はメリー号とウソップに別れを告げ、新しい船を手に入れてこの先の海へ進まなければならない。

 

俺も本当はウソップと別れたくはない。もちろんメリー号とも。だけどこれは船長が下した決断だ。雑用係の俺がいつまでも名残惜しんでちゃいけない。そう思い、俺は一度だけウソップを振り返ったのを最後に岬を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決闘の後、俺達は裏町に宿をとることにした。新しい船の宛ができるまで、ひとまずこの島から動けない。それで宿をとったわけだが、皆ウソップのこともあって眠れず、結局部屋は誰も使っていない。皆一晩中部屋の中でウロウロしたり、どこかへ行ったりしていた。

 

そして朝方、皆で宿の屋上にいるとサンジがやって来た。彼はロビンが帰ってこないか、一晩中岬を見張っていたのだ。俺も一緒に行くべきだったのだが、今行くとウソップがまた名残惜しくなってしまいそうでサンジに頼んだ。今日、またサンジは、今度は町を探すつもりらしい。俺とチョッパーはサンジと行動を共にすることにした。

 

「ルフィっ!」

 

そんな話をしているとナミが慌てた様子で屋上に飛び込んできた。朝から町の人達が何やら騒がしかったのでナミは町の様子を見に行っていたのだ。そしてこの騒動の原因はウォーターセブンの市長のアイスバーグという男に暗殺の魔の手が伸び、彼は意識不明の重体だというのだ。彼は昨日造船所でルフィ達に何かと世話をしてくれたらしい。

 

それを聞いたルフィは今まで座っていた高台からぴょんっと飛び降りて、ナミと共に様子を見に行った。俺とチョッパーとサンジは予定通りロビンを探しに町へ。ゾロはもう少し成り行きを見るために宿に残るという。

 

宿を出た俺達は宛もなく町中でロビンを探し回った。昨日、俺達が訪れた服屋や本屋を起点に周辺をウロウロ歩き回り、聞き込みをしながらロビンを探した。その時、俺を見かけた服屋の女性店員が仕立て終わった俺の服を持ってきてくれたが、手荷物になるので後で受けとると言って預かってもらった。

 

そうやってロビンを探し回っていると、今夜、この町が高潮に飲まれることを知った。何でも、この町には毎年"アクア・ラグナ"という高潮がやって来て町を水浸しにしていくらしい。その事を知った俺達は急いで岬へ行き、メリー号の近くでその話を大声でするという方法でウソップに危険を伝えた。ウソップが甲板へ出てくると同時に俺達は全速力で岬を後にした。

 

そんなことをしていると、町は一層騒がしくなった。町の人々がノコギリやらトンカチやら持って穏やかじゃない。俺は道に落ちていた号外として町中にバラまかれた新聞を拾って読んでみた。

 

「………お二人共、これを見てください。」

 

「!……これは…。」

 

「ロビンが……!?」

 

俺は拾った新聞を広げてサンジとチョッパーに見せる。新聞ではアイスバーグ暗殺犯として麦わらの一味が指名手配されていた。賞金首のルフィ、ゾロ、ロビンの写真が大きく載せられ、実行犯はロビンだと記されていた。幸い俺達3人は顔が割れていないので追われることはない。宿に残ったゾロも上手く逃げているはずだ。心配なのはルフィと共にいるナミだが、まぁ、それもルフィが何とかするはずだ。

 

聞き込みを再開する俺達だが、人影が大分減ってきた。先程避難の案内放送も聞こえたので、もう皆避難し始めているのだろう。

 

一度避難場所の方へ行ってみるべきか。ロビンのことだから人伝にアクア・ラグナのことを聞いて避難していてもおかしくない。そう俺が思い始めた時、ふとチョッパーがクンクンと鼻を鳴らした。

 

「ロビンちゃん!」

 

「ロビ~~ン!!」

 

「ロビンさん!」

 

チョッパーの向く方向を見ると、川を挟んだ向かい側にロビンが立っていた。服は昨日のままで、特に外傷もなく無事そうだ。ロビンを発見した事に喜びながらサンジとチョッパーは向こう岸へ渡ろうとする。

 

「私はもう……あなた達の所へは戻らないわ。」

 

するとロビンはそうはっきりと告げた。サンジ達は新聞に書かれていることが原因と思い、そのことは誰も信じていないことを話す。が、ロビンはそれを真実だと、アイスバーグの屋敷に侵入したのは自分だと記事を肯定した。

 

「私にはあなた達の知らない闇がある。それはいつかあなた達を滅ぼすわ。」

 

続けてロビンは俺達にそう告げた。現に自分はアイスバーグ暗殺の罪を俺に着せ、逃げようとしていると。もう、俺達と会うことはないと、そう告げて俺達に背を向けた。

 

「ロビンさんっ!」

 

たまらず俺はその場から飛び出した。ロビンがこんなことをする理由を俺は知っている。だが、ウソップのこともあり、仲間の事に関してひどく敏感になっていた俺はこのままロビンを行かせてしまうことに耐えられなかった。全速力で飛び出した俺は川を飛び越え、伸ばした手はあと少しでロビンに届く。

 

「…………」

 

「!!………あうっ!」

 

だが、その手は届かなかった。ロビンがハナハナの実の能力を発動し、俺は空中で体中から咲いたロビンの無数の手に拘束され、ボテッと地面に落ちた。クッション状態のシャスティフォルで受け止めたため、怪我はないが、地面から咲いたロビンの手が俺の体を地面に縫い付け、身動きがとれなくなった。

 

「……あなたにはとてもお世話になったわ。あの夜、あなたのおかげで私の気持ちはずいぶん楽になったの。」

 

そう言ってロビンは足元に転がる俺にしゃがみ、俺の頭を撫でた。

 

「ありがとう、エレイン。さようなら。」

 

そう微笑みながらロビンは立ち上がり、俺達に背を向けて歩き出した。俺は必死に拘束を解こうとし、サンジは川を泳いで渡ろうとし、チョッパーは川岸からロビンの名を叫び続けた。だが、それも虚しく、サンジがこちら側へ渡りきった時にはロビンの姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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