捻くれた少年と健気な少女   作:ローリング・ビートル

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仄かなる火

 私は自分自身の言葉に驚いていた。

 初対面の人に何を言っているのだろう。

 でも、言ってしまった言葉は戻すことはできない。

 案の定、目の前の彼はポカンとこちらを見ていた。うぅ……変な人と思われてるよね……無視されちゃっても仕方ないかも……。

 私がその場で俯いて、彼が立ち去るのを待っていると、意外なことに、彼は考える素振りを見せ、独り言のように呟いた。

 

「……輪の中にいない奴、計算に入れても仕方ないだろ」

 

 その言葉は、ずっしり重い響きを持っていた。そして、また風が吹き、彼のくせっ毛をふわふわと揺らしているのを見ながら、私は率直な感想を口にした。

 

「なんか……寂しいね」

 

 失礼と取られかねない私の言葉に、彼はあまり間を置かずに返してきた。

 

「別に寂しいって俺が思ってないからいいんだよ。誰にも迷惑かけないからな」

 

 彼は既に何かを諦めているような口ぶりだ。

 空に向けられた視線は、ここからどこか遠くへ飛び立っていきたいと願っているように見えた。

 気がつけば、また一歩彼に近づいていた。

 それを察した彼は一歩向こうにずれた。

 

「……文化祭、楽しかったですか?」

 

 これ以上は距離を詰めずに、何となく話をふってみる。そして、心の中で私を探している穂乃果ちゃんと海未ちゃんに謝った。

 

「…………どうだろうな」

 

 ポツリと、どちらともつかない答えが返ってきた。

 私はまた質問を重ねてしまう。

 

「どんなのやったんですか?」

「……うちのクラスは演劇」

「あ、『星の王子様』?私見そびれちゃった」

 

 穂乃果ちゃんが食べ物中心に回るのに付き合ってたら……。

 

「まあ、あれだ……俺は文化祭実行委員会で、ほとんど参加してないけどな」

「…………」

「ここでは何をしてたの?」

「別に……閉会式サボろうとしてる実行委員長を罵倒してただけだよ……てか、ここで何してるかは俺の方が聞きたいんだけど」

 

 もっともな事を言われた。確かに、この学校では私は部外者だもんね。

 う~ん、どうしようか。

 

「そ、空を見たくなって!」

「…………そうか」

 

 自分から聞いてきた割に、彼は大して興味なさそうに頷いた。改めて見渡すと、この屋上はかなり広々としている。でも、どこかしんみりとして、落ち着かない。音ノ木坂の屋上に馴れすぎたのかな……。

 

「…………」

「…………」

 

 また訪れた沈黙。そして、それが合図となったのか、彼は私の隣をすり抜け、重たい扉に手をかけた。

 

「じゃ、行くわ。あんまり遅くなると、今度は俺がサボり扱いされちまう。そっちもなるべく早く戻った方がいいぞ。一応、ここ立ち入り禁止だから」

「あっ……」

 

 私は彼の数歩後ろをついていく。猫背気味の背中は、ひどく疲れて見えた。

 結局、私達は一言も喋らずに階段を降り、彼はそのまま廊下を歩き、私は海未ちゃんに電話をかけた。

 

 *******

 

「まったく、ことりまで急にいなくなって……どうしたというのですか?」

「あはは……ごめんね?」

「まあまあ、楽しかったからいいじゃん!それじゃあ、帰ろっか!」

 

 帰り道、私は二人と話しながらも、あの哀しそうな目を忘れられずにいた。

 そして、あの低いトーンで呟かれた言葉の数々も、まだ頭の中で鮮明に響いていた。  


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