それでは今回もよろしくお願いします。
喫茶店でしばらく話し込んでから、南の要望に従い、海を見に行くことにした。これも衣装作りのインスピレーションを得る為らしい。
電車の中では二人して窓の外を眺めていた。いつもより電車がダラダラ走っているような気分になりながら、たまに南の方に目をやる。
南は街の風景なんて見ていない気がした。
その目はもっと遠くを眺めているみたいだ。
「やっぱり静かだね」
「そりゃあ、冬だしな」
砂浜には散歩している人もいない。
ただ寄せては返す波の音が延々と響いているだけだった。
そんな静かな砂浜に、大きさの違う足跡を二つずつ残しながら、足に波がかかるぎりぎりの所で立ち止まった。
「……そんなに海が見たかったのか」
「どうだろう?わかんない、かな」
「そうか」
「私ね。最近よくあるんだ。自分の気持ちとか、これからどうしたいかとか、そんな色んなことが全くわからなくなっちゃうの」
「…………」
「ご、ごめんなさい!私……変だよね?いきなり何言ってるんだろ?」
「いや、別にいい。もっと変な奴も知ってるからな。材木座とか」
「あはは……そういう変とは違うんだけどな……あ」
南が何かに気づいたように空を見上げた。
その視線の先を追うと、空からはいつかみたいに雪がふわふわと舞い降りていた。
「綺麗……」
南は少し幼くなったような表情で雪を眺め続けている。海に吸い込まれて消えていく雪も、南の吐く息も、水平線の向こうの景色も真っ白で、次第に全てのものを白く塗りつぶしてしまいそうだった。
寒さを忘れて見入ってしまうそんな光景を、ただ胸に焼き付けようと、ひたすら眺めていた。
「どうかしたの?」
俺の視線に気づいた南が小さく首を傾げる。
きっと南はこの光景の美しさになど気づいていないのだろう。あの京都の時みたいに。
「いや、何でも……」
「そろそろ行こっか」
「ああ、そうだな」
俺達はまだ微かに残っている足跡を辿りながら戻った。
やがて、その足跡も深々と降り積もる雪が埋めていった。
「今日はありがとう」
「特に礼を言われるようなことはしてねーよ」
「そう?私は楽しかったよ」
「……なら、よかった」
「また、こんな風に会いたいな」
「今度は……」
「?」
「今度は……東京の街も、いいんじゃないか?秋葉原以外でも」
「…………うんっ!」
南はしばらくポカンとしていたが、やがて笑顔になり、大きく頷いた。
そうこうしている内に、時間が来たようだ。電車の到着を事務的な声が告げる。
「じゃあ、またね」
「ああ……また、な」
少し慌てて駆けていくその背中から、目を離す事が出来なかった。
見えなくなっても、その通り道をしばらく眺め、歩き出すタイミングがわからずにいた。
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