「あ、ことりちゃん!」
「どうかしたのですか?」
「うん、ちょっと……知り合いに会ってて」
穂乃果ちゃんと海未ちゃんに笑顔で返しながら、右手を胸の前できゅっと握る。そこにはほんのりとした熱と、少し角張った男の子の手の感触があった。
今頃、彼はぼーっとして、時にそわそわしながら、開演を待っていると思う。何故かその事を心強いと感じてしまった。
「何だか嬉しそうやね」
希ちゃんがニヤニヤしながら言う。その声にはからかうようなニュアンスがあって、思わずギクリと反応した。
でも……後ろめたい事なんてないよね。
私は心からの笑顔で、真っ直ぐにはっきりと答えた。
「うん!大事な人、達が観に来てくれてるから」
途中でつっかえた理由はわからないし、今はわからなくていい。
希ちゃんは何かを察したように優しく微笑んだ。
「そっか。じゃあ、頑張らんといかんね」
「うん!」
「あれ?エリチどうしたん?」
「わ、私とした事が……危ないところだったわ。目を見ただけで惚れそうになるなんて……」
「絵里ちゃん?」
俯いてブツブツ何かを呟いている。もしかして緊張しているのだろうか。心なしか顔が赤い。
「エリチ?」
「はっ!……だ、大丈夫よ!何でもないわ!」
「じゃあ、皆!円陣!」
その呼びかけに応える前に深呼吸して、気持ちを切り替える。この緊張感をあともう少しだけ味わっていたい。
その為に今はステージで自分の全てをぶつけてこよう!
*******
まだ体が熱っぽい。
閉会式を終え、お客さんのいなくなった会場内はさっきまでとは打って変わって、静寂に包まれていた。それでもまだ、非日常の中にいるようなふわふわした感覚が残っている。
皆から少し離れた場所で、私は比企谷君に電話をかけた。
「もしもし、比企谷君」
「ああ」
「今、どこにいるの?」
「ん?駅に着いたところだけど……」
「あ、そうなんだ」
「お疲れさん。その……何だ……すごく良かった」
「ふふっ。ありがとうございます♪」
「それと、優勝おめでとう。3月ぐらいまで続くんだろ?」
「うん、そうだよ」
「そっか。……応援してる」
「ありがと!でも、今日はあまりお構いできなくてごめんね」
「いや、いいから。会場内でスクールアイドルが他校の男子生徒にあまりお構いしてたらまずいだろ」
「じゃあ、会場の外なら……いいのかな?」
「…………」
「どう、かな?」
「……多分、大丈夫、だと思うけど」
「じゃあ、その……よかったら……冬休み中に会えないかな?」
「え、あ、わかった」
「ことりちゃ~ん!」
「あ、今行くね!……ごめん、また後で!それじゃあ!」
「じゃあな」
今、胸の中にあるのは、何かに区切りがついたというような感傷ではなく、新しい何かが小さな音を立てながら動き出したような、明日への期待感だった。
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