捻くれた少年と健気な少女   作:ローリング・ビートル

16 / 71
BABY MOON

「スクールアイドル?」

「うん、実は……」

 

 ベッドの上で読書中にかかってきた電話は南からだった。いつも通りの特に中身があるわけでもない、でも何故か途切れないふわふわとした会話が始まるかと思ったら、出だしから予想外な話題を切り出された。

 何と南はメイドなだけじゃなくスクールアイドルもやっているらしい。しかも関東大会決勝まで勝ち上がっているとか……こいつ、案外チートキャラだよな。

 彼女は遠慮がちに話を続けた。

 

「それでね……見に来てくれないかな」

「まあ、その内、適当にな」

「……それ、絶対に来ないつもりだよね」

「お前、エスパーかよ」

「今のは大抵の人はわかるんじゃないかな。それに比企谷君、本心を隠そうとしないし……」

「そう……か?」

 

 俺の浅はかな処世術も南には見抜かれてしまっていたようだ。

 

「ダメ……かな」

 

 そう言ったきり、こちらを窺うような沈黙が訪れる。ふと窓の外に目を向けると、空にはぼんやりとした満月が浮かんでいて、白くやわらかな光を街に降らせていた。南のいる場所からもこの月は見えるのだろうか。

 思考が逸れかけている事に気づき、一呼吸置いてから答える。

 

「……行く」

「え、いいの!?」

「ああ、だがあんまり激しい声援とか期待すんなよ」

「いいよ、その代わり……」

「?」

「しっかり……見てて欲しいな」

「……あ、ああ……わかった」

 

 その後は普段通りの日常会話になった。

 ありきたりな、何の変哲もない言葉を、いつもより少しだけ多く積み重ねた。

 

 *******

 

「……まじか」

 

 思わず声が出てしまう。

 12月25日。東京の街はクリスマス一色で、華やかなリア充ムードが漂っていた。体の芯まで凍えさせるような寒さと、不規則に行き交う人波に歩きづらさを感じながら、何とか会場まで辿り着いた。

 しかし会場周りの女子学生率がハンパない。女性アイドルのライブだと聞いていたんだが、客層が予想と違う。いや、学校の部活動らしいから当然といえば当然なのか。

 ちらほら男もいるが……何か職人みたいなおっちゃんがいるな……まあ、かなり少ない事に変わりない。

 ……そろそろ帰るか。

 回れ右をしたところで誰かに手を掴まれる。

 

「比企谷君、あの……来てくれたんだね」

「……ああ」

 

 振り返ると南がいた。

 眼鏡をかけているが、伊達のようだ。変装のつもりだろうが、特徴的な髪型のせいですぐにわかる。

 目が合うと眼鏡の向こうの目が少し細められる。

 

「でも今、帰ろうとしてなかった?」

「き、気のせいだ……あっちの方に何があるか気になっただけだ」

「ふ~ん」

 

 しばらくの間、ジト目を向けられる。いや、ちょっとそこで時間を潰そうとしただけだよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 

「ほら、はやく行こ!」

「あ、ああ」

 

 南が歩き出して、それに合わせて俺の足も自然と動く。その時、ようやく手を握られているのに気づいた。

 白く細い指先が、外で冷えきった手を温めてくれる。

 その意外な温度に顔を火照らせながら、僅かにちらつきだした雪を眺める。南も雪に気がついたようで、空を見上げた。

 

「「…………」」

 

 数秒間だけ灰色の空を見つめ、あとは真っ直ぐに会場内へと歩いていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。