捻くれた少年と健気な少女   作:ローリング・ビートル

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砂の花びら

 就寝時間を過ぎるか過ぎないかの遅い時間だが、特に何事もなく部屋に戻れたので、ほっと一息吐く。

 ロビーで俺を待っていた平塚先生は、俺の頭をポンポンと優しく叩くだけで、その表情は穏やかに微笑んでいた。一昨日、ラーメンを食べに行った時のように黒い大きなコートを着ているので、もしかしたら探してくれていたのかもしれない。

 その後は何を聞かれるでもなく、俺からも何を言うでもなく、部屋へと戻った。

 ドアを開けると、まだ俺の所属する班は消灯を終えていなかった。

 いそいそと布団を敷いたりしながら、俺の方を見てくるが、それには気づかないふりをして、部屋に上がる。

 自分の旅行鞄の側まで行くと、一瞬だけ葉山と目が合った。気まずそうな、何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言ってこなかった。そうだ。それでいい。変わらない事を決めたんだから。

 

「八幡」

「……おう」

 

 戸塚が気遣わしげな声で話しかけてくる。

 

「何か……あったの?」

「いや、ちょっと観光してたら遅くなっただけだ」

 

 一応、嘘ではない。実際のところ、戸部と海老名さんの一件は、帰りが遅れた理由とは一切関係がない。そもそも俺だって最初はそのまま帰るつもりだったのだ。だからといって、南との事をわざわざ言うこともない。

 ……思えば、文化祭の準備の時から、ずっと心の中で一本の糸が張り詰めていた気がする。それをさっきの時間がそっと緩めてくれていた事に、今さら気づいた。

 戸塚は俺の表情から何か察したのか、いつものように微笑んだ。

 

「そっか。それならよかったよ。あんまり心配かけないでね」

「おう……ありがとな」

 

 いつもは可愛い戸塚が少し頼もしく思えた。

 

 *******

 

 風呂は早朝に大浴場に行けばいいか、なんて考えながら、着替えて布団に潜り込むと、携帯に何やらメッセージが届いているのに気づいた。

 南からだ。別に方角の話じゃない。

 画面には、短い文章が表示されていた。

『大丈夫だった?』

 どうやら安否確認のメールのようだ。

 俺はすぐさま返信した。

『大丈夫だ』

 その言葉は南への返信以外に、自分に対して言い聞かせているみたいだった。

 

 *******

 

 修学旅行から帰ると、再び日常の中へと戻った。ただ、その日常も少しだけ変化が訪れる。

 一つは奉仕部への参加頻度だ。

 二日に一回、三日に一回と、その間隔は徐々に開いていった。そしてその事を、平塚先生も誰も咎めなかった。今受けている依頼も、俺は一切関わっていない。

 このまま行けば、あっけない幕切れを迎える事は確実だが、何かが終わる時というのは、案外そんなものなのかもしれない。

 もう一つは……

 

「もしもし、比企谷君?」

「おう」

 

 ここ最近南から、夜に電話がかかってくる。

 内容は、その日学校であった事なんかが多い。

 俺は特に報告するような事は起こらないので、聞き役に徹しているが、それをどこか楽しみにしている自分がいる。今はこれだけでいいと思える。薄っぺらい自己満足だとしても。

 そして、今年もそろそろ終わろうとしていた。


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