「しつれいしまーすっ」
どうしていいか分からなくなった俺を偶然にも救ったのは、由比ヶ浜だった。てかこいつ、無駄にテンションたけーな。アロハのおっさんに、何かいいことでもあったのかい? とか聞かれそう。
「こんにちは、由比ヶ浜さん。紅茶は飲むかしら」
「紅茶? ありがと、ゆきのんっ」
「えっと、そのゆきのんっていうのは私のことかしら?」
そう言って困惑しつつ、雪ノ下は紅茶の準備を続ける。
「うん。依頼を受けてもらうんだし、仲良くしたいなってっ」
「出来ればあだ名はやめて欲しいのだけれど」
「えー、なんでっ。かわいいじゃんっ」
由比ヶ浜の発言が、なんつーか、リア充っぽい。うーん、ちょっと違うな。あ、あれだ。
「リア充っぽいというより、ビッチっぽい」
「いきなりなんだしっ。ヒキタニくんの変態っ」
いけね、声に出しちまった。あと、由比ヶ浜はどうやら俺とも仲良くしたいらしい。あだ名ってことはそういう事だよな。断じて、名前を覚え間違えているわけじゃないよな。
......一応、訂正しておくか。
「残念ながら俺はヒキタニじゃない、比企谷だ。あと、変態でもない」
「ヒキタニくんじゃないんだった......紛らわしいからヒッキーでいーや。ヒッキーの変態っ」
訂正したらますます悪化した。ヒッキーってなんだ、ヒッキーって。ただの悪口じゃね?
「由比ヶ浜さん。彼の名前から取って、ヒキガエルくんというのはどうかしら。彼にぴったりのあだ名だと思うの」
「追い打ちをかけるな。てか、なんで小四の時のあだ名を知ってるんだよ」
懐かしいな、おい。懐かしすぎて思わず泣いちゃいそうなレベル。断じて黒歴史を思い出したとか、現在進行形のイジメに屈したとか、そういうのじゃない。
「ヒキガエルくんかー。うーん、やっぱヒッキーにするっ。なんか、雰囲気とかヒッキーっぽいし」
ヒッキーっぽいってなんだよ。確かに、家にいるのとか、ひとりでいるのは好きだけども。あれ、ヒッキーっぽいな。
「ヒッキーっぽいかどうかはさておき、ヒッキーって呼ぶのはやめろ。あだ名とかいらないから」
「ヒッキーとゆきのんで決まりだもん。ヒッキー呼びやすいし。ゆきのんと仲良くしたいし。......あ、別に、ヒッキーと仲良くしたくないわけじゃないよっ」
そういって、由比ヶ浜はわたわたし始めた。仲良くしたくない訳じゃない、か。これが、俺とも仲良くしたいけど直接そう言うのは恥ずかしい、的なやつならかわいいのにな。てか、昔の俺ならそう解釈してた。
だが、こいつは素で言っているのだろう。つまり、雪ノ下とは仲良くしたくて、俺とは関わった以上仲が悪いのは嫌だなーと、そう思っているのだろう。
別に傷つくようなことはなにもない。俺も別に由比ヶ浜と仲良くしたいわけじゃないからな。むしろ、この部室以外で話したくない。
今日、さり気なく由比ヶ浜の動向を窺ったが驚くことなかれ。こいつは俺のクラスのトップカーストに位置していた。教室で話しかけると注目されそう。怖い。
まだ、由比ヶ浜はわたわたしているが、俺は無視してバッグから本を取り出す。いざ読もうといったところで、紅茶ができたらしい雪ノ下から静止がかかった。
「はい、由比ヶ浜さん。......比企谷くん。まさか、依頼人をほったらかしにして本を読もうとしているのかしら。あなた、何のためにここにいるのよ」
由比ヶ浜がありがと雪のん、とか言ってる。なお、雪ノ下は口調こそ厳しいが、俺にも紅茶を出してくれた。入れる人数が変わっても手間はあまり変わらないのだろう。1口飲んで、雪ノ下に答える。
「いや、今回の依頼は恐らく、雪ノ下に任せることになりそうだからな。俺は控え要員でいいかなって。ほら、ほかの依頼とかくるかもしれないし」
何事にも控えや遊びといったものは重要だからな。奉仕部にも1人、控えがいても問題なかろう。
しかし、雪ノ下はあきれた様子だ。
「あきれた。依頼が来ているのだから、奉仕部として活動しなさい」
ほんとにあきれられていたようだ。しょうがない。雪ノ下の指示に合わせて最低限の作業をやろう。平塚先生にサボってたとか告げ口をされると、あとが面倒だ。
「わかった、わかった。じゃ、俺は何をやればいいんだ? そもそも、何をやるつもりなのか知らないんだが」
俺がそう尋ねると、雪ノ下はなにやらバッグから取り出して、机に置いた。
......猫の写真集?
雪ノ下はあきらかにゴキゲンなご様子。それに対して由比ヶ浜はなにやら渋い顔をしている。だが、そんなことよりも気になることがひとつある。
「えっと、これはお前のか?」
「ええ、私のよ。とはいっても、私が買ったわけじゃないわ。親戚の方から貰ったの。捨てるのも悪いということで、仕方なく置いておいたものよ」
雪ノ下は、自分の所有物であることと、自分の趣味で手元にある訳では無いことを主張した。早口で。まるで、台本でも読んでいるみたいに。
「えーっと、じゃあ、由比ヶ浜にそれをあげて、ペット全般に慣らしていこうということでいいか?」
「確かに、本来依頼のことを考えるとそうなのかもしれないわ。でも、親戚の方は私に、と言って買ってくださったの。つまり、これが私の手元にあるのは言わば出資者の意向ということになるわね。そういうわけで、由比ヶ浜さんには悪いのだけれど、譲るということはできないわ」
雪ノ下は写真集を自分の方へ少し近づけ、そう言った。早口で。台本でも(ry
少し揺さぶってみるか。
「その、親戚っていうのは--」
「雪ノ下三郎太よ。仮想の人物とかじゃなく、実在しているわ。なんなら、家系図を見せてあげてもいいわよ」
どうやら、予想される質問の答えは全て用意してあるらしい。恐らく、三郎太さんというのは実際に雪ノ下の親戚でいるのだろう。その人が猫の写真集を買ったかどうかはともかくとして。
「別に、家系図はいい。それで、その猫の写真集を使って由比ヶ浜の犬に対するトラウマを治せるのか?」
表紙をみた限りでは、猫を好きになることはあっても犬へのトラウマは治せそうにない。
「無理でしょうね。でも、少しでもマシになれば、自分で犬の写真を選んだりできるようになるかと思ったの。猫も苦手ということは、おそらくトラウマはペット全体に及んでいるのでしょうし」
「あの、ゆきのん......」
ここまで俺たちのやり取りを見ていた由比ヶ浜が、申し訳なさそうに声を上げる。
「私、ペット全般っていうか、ダメなのは犬と猫だけなの。それも、猫は猫で別の理由があって......」
どうやら、前提から間違っていたご様子。あれ、雪ノ下って優秀なイメージあったけど、思ったより早とちりとかするんだな。いや、俺もペット自体、ダメになってるんだと思ったけど。
****
しばらく、首脳会議(参加者は俺と雪ノ下)が行われた。それを由比ヶ浜が黙って聞いている。なんだこれ。雪ノ下いわく、依頼人をほったらかしにしちゃいけないんじゃなかったか。
何はともあれ、5分にわたる相談の末、方向性が決まった。首脳会議、短いな。
「由比ヶ浜さん。ここは、猫を好きになるということで手を打たないかしら。ちょうど、トラウマもあるらしいし」
「そうだな、それがいい。ちょうど写真集もあるし」
「え、えっ? 私、犬を触れるようになりたいんだけどっ」
「そうか、それはまたの機会ということにしよう」
「代案はまた、機会があったら考えるわ」
「ゆきのん、それ、絶対考えないやつじゃん」
どうやら、由比ヶ浜の説得は難しいようだ。
「まあ、冗談はさておき。今日は犬に関するものはなにもないのは、確かだ」
今日ちょうど、犬ハサ持ってきてるけどな。求めているものはこれじゃなかろう。
「うーん、じゃあ、またあしたー?」
「そうか、由比ヶ浜は土曜日にも学校に来るのか。偉いな」
「むー、ちょっと間違えちゃっただけじゃん。茶化すなし」
ヒッキーキモい、とでも言いたそうな目でこちらを見てくる。流石に、出会って2日でキモいとは言わないか。変態とは言われたけど。
「悪い、悪い。とりあえず、ここには猫の写真集しかない。そこで、だ」
ちょっと大げさに溜めて、俺は提案する。
「猫の方のトラウマも治さないか?」
「なに、その言い方。ヒッキー、変。」
由比ヶ浜と雪ノ下から白い目で見られた。え、そんなに変だった?
前回の反省。
どうやら、僕が書くとシリアスな文章にならないらしいです。読み直してて思った。
次、何か書くとしたら、真面目な話はやめようと思いました。まる。
本編とは全く関係ないですが、trpgについて宣伝をば。
自分がキーパーをやった卓を含め、1週間で5卓参加しました。自分ではない誰かになりきって問題を解決するというのは、特に小説とか仮想の世界が好きな人は好きだと思います。読んでる方も是非やってみてください。
あと、私生活について、ちょっと。多分テストまで1ヶ月切りました。確認してないけど。
なので、更新遅くなったらごめんなさい。とはいっても、テスト1週間前までは勉強しないと思うので、もうしばらくは大丈夫かな。