やはり俺が轢かれないのはまちがっている。   作:なゃ。

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どうやら俺は奉仕部に向いていない。

 由比ヶ浜が雪ノ下に依頼内容を伝えた後、しばらく静寂が訪れた。由比ヶ浜は雪ノ下の返答を待っているようだ。しかし、雪ノ下は黙ったままでいる。依頼を受けるか判断しかねているのだろうか。もしくは、質問する内容を練っているのだろうか。

 俺が雪ノ下に声をかけるか悩んでいると、ようやく雪ノ下が口を開いた。

 

「つまり、犬が苦手だから、それを治してほしいということね?」

 

「苦手じゃなくて、なんというか、すごい好きなのに触れないって感じ?」

 

「以前は問題なく触れたのよね?」

 

「うん。大好きだったもん。......大好きだもん」

 

 もともと大好きだった犬を触れなくなった。触れなくなる原因としては、物理的なものと精神的なものがあるだろう。すなわち、アレルギーとトラウマだ。

 ただし、奉仕部に依頼として持ってきたということはアレルギーという可能性は考慮しなくていいだろう。アレルギーなら、奉仕部で出来ることはないからな。平塚先生が俺たちを紹介するとは思えない。

 つまり、依頼内容はトラウマの解消だと考えられる。であれば、トラウマの原因を直接聞くべきか。もしくは、原因については由比ヶ浜から話してくれるのを待ち、どの程度重症か、と言った話からするべきか。

 俺が最善の質問を考えていると、雪ノ下が質問をした。なお、俺は考えているだけで、質問する気はなかった模様。由比ヶ浜とのコミュニケーションは最低限に抑えたいし。由比ヶ浜はなんか、ビッチっぽくて怖い。雪ノ下は普通に怖い。

 

「では、触れなくなった原因を教えてもらえるかしら」

 

「その、ちょっとトラウマになっちゃって」

 

 俺の予測は当たったようだ。あとは、トラウマの内容か。触れにくい話題であるため、雪ノ下はどのように聞き出すか。腕の見せどころだろう。俺、何様だ。

 

「そんなことは分かっているわ。だから、そのトラウマについて語りなさいと言っているのよ」

 

 雪ノ下はそう言って語気を強めた。すかさず俺は止めに入る。

 

「おい、雪ノ下。落ち着け。由比ヶ浜を責めてどうする」

 

「あ、ごめんなさい。由比ヶ浜さん」

 

「ううん。私のためだもんね。ちゃんと、話すから。ちょっと、準備をさせて」

 

 そう言って、由比ヶ浜は目を瞑った。過去に起きた、辛い出来事を話すための心の準備だろう。自然と、全員が沈黙する。

 雪ノ下の先ほどの発言には違和感があった。しかし、そもそも俺が雪ノ下と知り合ったのは昨日だ。恐らく、雪ノ下に対して俺が抱いたイメージと雪ノ下雪乃という人物の間に差異があったのだろう。

 ぼっちの特技、人間観察の精度も当てにならないなーなんて考えていると、由比ヶ浜が決意を固めたようで、目を開いた。

 しかし、由比ヶ浜が喋り始めるより早く、雪ノ下が由比ヶ浜に話しかけた。

 

「由比ヶ浜さん、無理しなくていいのよ」

 

「え、でも、話さなきゃ前に進めないし......」

 

「あなたの依頼は、あなたを犬に触れるようにすることよね?」

 

「うん」

 

「確かに、トラウマを解消する方法として、その内容を人に話したり紙に書いたりして客観視することは有効だと言われているわ」

 

「なら、やっぱり、辛くても向き合った方がいいんじゃない?」

 

「でもね、由比ヶ浜さん。やっぱり、トラウマについて語るのは辛いでしょう。解消する方法は他にもあるのだから、無理はしなくてもいいの」

 

「う、うん。分かった。じゃあ、私は何をしたらいいの?」

 

 そうは言っているものの、由比ヶ浜はなおも釈然としないようだ。当たり前だ。由比ヶ浜の立場でいえば、トラウマについて語るように言われ、そのために心の準備をしていたのに、それを遮られた形になる。

 

「例えば、安全な状況下でトラウマの原因となったものと触れ合う、という方法があるわ。例として、犬に噛まれたことや犬の死を身近に体験したことが原因としましょう。その場合は、そのような事態にはなり得ない写真の犬から、徐々に慣らしていくという方法が挙げられるわね」

 

「え......? う、うん、わかった。じゃあ、まずは犬で慣らせばいいの?」

 

「実は、私も犬は得意ではないの。決して苦手という訳では無いのだけれど」

 

「いや、その言い方は絶対苦手だろ」

 

「比企谷くんは黙ってなさい。......だから、トラウマを克服するのに適した犬の写真というものを見極められないわ。そこで、ひとつ質問なのだけれど」

 

「うん」

  

「由比ヶ浜さんは犬以外の動物は大丈夫なのかしら? トラウマがペット全体に渡っているのであれば、私に考えがあるわ」

 

「えーっと、猫も少し苦手だけど......」

 

「なら、ちょうどいいわ。明日、また部室に来てちょうだい」

 

 雪ノ下のその発言により、今日の奉仕部は解散となった。

 

 ****

 

 帰り道、雪ノ下は鍵を職員室に届けるということで、俺は由比ヶ浜と途中まで一緒に帰ることにした。

 いや、下心とか、そういうのじゃない。断じて違う。なんなら、小町に誓うレベル。小町に誓うということは、すなわち天使に誓っているとも言える。天の使いに誓っているのだから、間接的に神に誓っていることになるだろう。ならないか。

 ......というか、そもそも由比ヶ浜と一緒に帰るというのは、できる限り避けたい行為である。クラスの連中に見られたら、主に被害があるのは由比ヶ浜だろう。俺、ちょっかい掛けてくる友達とかいねーし。

 それに、振られることが分かっているのに惚れたら、俺にも被害があると言える。主に精神面で。

 俺が由比ヶ浜と帰ることにしたのは、単に聞きたいことがあったからだ。

 

「なあ、由比ヶ浜--」

 

 ****

 

 翌日、俺が部室へ向かうと、またもや雪ノ下が先にいた。なお、由比ヶ浜は案の定、友人と喋っている。どうやら俺よりは少し遅れる模様。まあ、狙い通りとも言える。

 

「雪ノ下。少し聞きたいことがあるんだが」

 

「そう。残念ながら私は、あなたに聞かれたいことなんて何一つ無いわ。」

 

「由比ヶ浜のトラウマについて。今回の件の本質について、お前は知りたいと思っているのか?」

 

「......あなたは、どこまで知っているの?」

 

「お前は何か、知っているんだな」

 

 少し考えて、雪ノ下は答える。

 

「では、あなたは何も知らないのね」

 

「俺はただ、疑問に思ったことを聞いただけだ」

 

「そう。では、私の勘違いかもしれないわ。気にしないで」

 

 そういって、雪ノ下は紅茶の準備をし始めた。あらかじめ依頼人が来るとわかっているため、もてなすのだろう。

 昨日の由比ヶ浜と雪ノ下の会話で、疑問に思ったことが三つある。

 一つ目は、由比ヶ浜を厳しい口調で問い詰めようとしたことだ。確かにこいつは俺に対しては毒舌である。しかし、それはあくまで雪ノ下が、俺の考え方が間違っていると考えているからだろう。平塚先生には一応敬語を使っていたわけだし、依頼人であり、雪ノ下に敵意がないであろう由比ヶ浜にまで突っかかることには違和感がある。それに、問い詰めると由比ヶ浜が萎縮して、答えにくくなるかもしれない。それは、こいつにとっても本望ではないだろう。

 二つ目の疑問は、由比ヶ浜がトラウマについて話そうとしたタイミングで、それを止めたことだ。厳しい口調で聞き出そうとしたことと整合性が取れていないし、こいつがわざわざ最短手順から遠ざかろうとするとは思えない。

 三つ目の疑問は、犬の話題をしていたのに、ペット全般に話を広げたことだ。無闇に問題を大きくすることは、問題の解決に遠ざかるだろう。

 最初は、俺が雪ノ下のことを理解していないだけだと思った。実際、こいつのことは一割も理解していないだろう。

 語気を強めたのは早く依頼を遂行したかったからかもしれない。トラウマについて話さなくていいと言ったのは、由比ヶ浜を思いやっただけで、ペット全般に話を広げたのは、自分の得意分野から突破口を開こうと考えただけかもしれない。

 考えればいくらでも可能性は思いつくが、どうしても俺は最初に思いついた仮説を捨てることが出来なかった。

 あるいは、雪ノ下は、問題の本質に近づくのを恐れているのではないか。

 最初は、焦りが先行してしまい、由比ヶ浜を問い詰めた。しかし、今度は由比ヶ浜から何があったのか聞くことが怖くなった。そのため、出来るだけ遠回りして問題を解決しようと試みた。

 つまり、雪ノ下が由比ヶ浜のトラウマに関わっているのではないかという、我ながら滑稽な推測である。人を疑うから友達が出来ない、と言われてもしょうがないであろう。俺としては順番が逆だと声を大にして言いたいが 、どちらにせよ現在の俺が疑り深いという事実に変わりはない。

 あるいは俺は、ただ否定して欲しかっただけかもしれない。妙な疑いをかけた俺を、雪ノ下に一蹴してもらうことで、安心したかったのかもしれない。

 しかし、否定は得られなかった。むしろ、雪ノ下になんらかの心当たりがあると捉える方が自然と言える解答である。

 

 ほんと、俺はどうすればいいのだろう。




投稿ペース、分かりません。
週に1回5000字程度投稿するのと、週に2回3000字投稿するの、どっちがいいんでしょうね。

あと、ぶっちゃけサブタイトル考えるのめんどくさいです。もっと、数字で振ったりした方がいいんですかね。


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