柄にもなく、過去を振り返っていた。黒歴史くらいしかないのに。いや、マジで黒歴史しかねぇな。悲しくなってきた。
それにしても、どうして入学式前夜のことをこれほど鮮明に思い出せるのだろう。もう、2年生だというのに。
あるいは、青春時代の思い出とやらが少ないからかもしれない。まだ青春時代だけれども。俺の過ごしているこれを「青い春」と呼ぶのなら、永遠に冬は来ないのだろう。
流石に、中学時代よりはマシな生活だと自負している。イジメ......じゃなかった、弄られることも無くなったし。ステルスヒッキーは今日も健在だ。
高校内では人と関わらない。クラスメイトと関わらない。ただ、それだけだ。むしろ、学校外を含めても家族ぐらいしか関わらないまである。小町がいればそれでいい。
てか俺、小町のこと考えすぎじゃね? 当たり前か。小町以外と最近話してないし。小町バンザイ。
「おい、比企谷」
俺の人生の推しメンが小町に確定したところで、唐突に名前を呼ばれた。
俺が学校で名前を呼ばれる。
俺のステルスを見破れる奴がいるだと......驚愕しつつあたりを見回す。
「比企谷、放課後に職員室へこい」
平塚先生だった。考えてみれば当たり前だった。俺の名前を覚えているということは、つまりクラスメイトではないことを意味する。この教室に居てクラスメイトでないのなら、必然的に先生ということになる。今は現国の授業中なので、平塚先生以外の選択肢はなかった。
俺、クラスメイトに覚えられてないのかよ。知ってたけど。
「......うぃっす」
平塚先生の場合、行かないと後が怖い。成績が落とされるとかそういう次元ではなく、後が怖い。簡単に言うと、後が怖い(物理)。
俺は行きたくないオーラを全身に纏いつつ、遅くなるなら小町に連絡しないとな、とぼんやり考えた。
****
恐れていた放課後が来てしまった。先生から呼び出しを食らった場合、あまり遅くならずに帰れる確率は2割と言ったところか(俺調べ、調査対象はテスト後、数学の先生)。
あいにく俺に、2割に賭けるほどの度胸はない。よって、小町には「遅くなる。ご飯は俺の分を残して先に食べろ」との旨をメールで伝えておいた。
で、職員室に来たわけだが......
「比企谷、私の出した課題を覚えているか」
「高校生活を振り返って、というテーマの作文でしたよね?」
「どうしたらこんな捻くれた作文を書けるんだ。どうしてこうなった。私には訳がわからんよ」
どうやら俺は、提出した作文のことで呼び出されたらしい。俺は国語に関していえば優秀な生徒であると自負している。学年3位だし。テーマが分かりやすかったということもあり、今回の作文は我ながらなかなかの出来だと思う。詳しくは原作参照。
いや、原作ってなんだよ。もし現実世界を題材に小説を書くとして、誰が俺を主人公に置くんだよ。
俺がわけも分からず自分を攻撃......じゃなくて、わけも分からず突っ立っていると、平塚先生の話は俺の身体的特徴にまで及んだ。
「君の目は、死んだ魚のような目をしているな」
「じゃあ、学校は死んだ魚を泳がせる水槽ってところっすね」
つい茶化してしまったが、俺の返しが気に入らなかったようで平塚先生の眼光が鋭くなった。
「真面目に聞け」
怖い。マジで怖い。
「ひ、ひゃいっ。ですが、テーマには沿っていると思いますっ。近頃の若者って、大体こんな感じじゃないっすか?」
そう、俺の作文は、間違いなく高校生活を振り返って書いたものだ。ただし、対象が俺ではなく、周りの生徒というだけで。
「小僧、屁理屈をこねるな」
「いや、小僧って。先生から見たらたしかに小僧かも知れませ--」
頬に風を感じた。一瞬遅れて認識する。俺の顔の横には平塚先生の拳があった。いや、だから怖いって。
「比企谷。女性に年の話をするなとは教わらなかったのか?」
「先生が先に小僧って--」
平塚先生は拳を素早く引くと、もう1度突き出してきた。ひらひらと舞い落ちる数本の髪の毛。次はない、ということか。
「すいません、作文は書き直すんで」
恐らく、平塚先生の要求は作文の修正だろう。ならば、自分から作文を修正すると提案する。平塚先生は意味の無い説教をクドクドとし続けるタイプではないので、これで帰れるはずだ。
俺は早く帰れることを小町に伝えておかないと、なんて考えつつ平塚先生の顔色を窺った。平塚先生はなにやら思案しているようだった。
あれ、なにか間違えたか? 一番ありえるのは、年齢について触れたことに対して反省文を書けってところか?
「よし」
先生は、笑顔で俺に宣告した。
「比企谷、私に付いてきなさい」
......なんで、そんないい笑顔が出来るのに、結婚出来ないんだろう。
****
平塚先生に案内されるままついていくと、ひとつの教室にたどり着いた。平塚先生は、俺に説明することもなくドアを開けた。
中では美少女が本を読んでいた。
「先生、ノックを」
「雪ノ下、君はノックしても返事をしないじゃないか」
「それは、返事をする前に先生が扉を開くからです」
まぁ、それより、と先生は俺を見やった。
「新しくこの部活に入部する比企谷だ。なかなかに捻くれた根性の持ち主でな。雪ノ下には比企谷の更生を依頼したい」
あれ、俺、知らない部活に入部することになってる?
「えっと、先生。俺は別に入部するなんて......」
「黙れ、比企谷。これはあのふざけた作文を書いた罰だ」
発言権を奪われた。人権侵害、いくない。
どうしたものかと考えていると、思わぬところに援護をしてくれる人がいた。
「先生、断らせていただきます」
部屋にいた少女--雪ノ下がその人だ。
雪ノ下雪乃。学年トップの秀才であり、容姿端麗な彼女は学内有数の有名人だ。ボッチの俺が知っていることこそ、その証明になっていると言えよう。
いや、待てよ? 俺が知っているということが有名人である証明になるのなら、俺ってもしかして超が付くほどの有名人? ボッチなのに有名人とはこれいかに。
まぁ、そんな冗談は置いておいて。雪ノ下が俺の入部を拒むというのなら、俺としては好都合だ。敵の敵は味方というが、平塚先生に反対している以上、雪ノ下は味方と言える。本人に言ったら絶対に否定されるけど。
「理由を言ってみろ」
「このゾンビみたいな目をした人と、部室でふたりきりになるという事態を避けるためです。貞操の危機を感じます」
「こいつをよく見ろ。まるで小悪党みたいだろう? これでいて、リスク管理は出来るやつだ。法律や校則に引っかかることはしないだろう」
「小悪党、ですか。......たしかに。引き受けましょう。先生の頼みですし、無下には出来ないので」
雪ノ下、陥落。いや、早くね? てか、俺は今の説明で納得出来ていないんだけど。
こうなったら、雪ノ下に俺を危険人物と認識してもらうことで入部を回避するか。出来ればこの手は使いたくなかったが。この作戦のデメリットは、目撃者の好感度を著しく下げることだ。しかし、よく考えたら、雪ノ下の好感度は第一印象でマイナスに振り切っているだろう。別に、どうでもいいけど。
それならば、デメリットは特にないといえる。
「先生、俺--」
「比企谷、まさか、雪ノ下を襲うかもしれないとか言わないよな? そんなことをしたら、今この場で通報するが?」
「いや、なんでもないっす」
先生、読心術でも使えるのん? 独身だけに。
そして、雪ノ下さんはなんで満足そうに頷いていらっしゃるのでしょうか?
「平塚先生の話は本当のようね。通報をチラつかされただけで引き下がったのだし」
雪ノ下から無害認定を受けた。やったね八幡、クラスメイトよりは好印象っ。クラスメイトからは有害だと思われてるのな、俺。
「では、よろしく頼むぞ。雪ノ下」
「はい、分かりました」
「私は仕事に戻るとしよう」
そう言って平塚先生は部屋を出ていった。踵(きびす)を返す際の所作ひとつとっても、白衣がファサッてなってかっこいい。平塚先生が結婚出来ない原因の一端を垣間見た気がした。気にしないことにする。
****
雪ノ下と2人で取り残された。これがもし一般的な男子高校生であれば、喜ばしい事態と言えるかもしれない。しかし、鍛えられしボッチこと俺としては大変まずい状況といえよう。
まず、話しかけることが出来ない。話しかけて拒絶されることには慣れているが、好き好んで拒絶されたがるほどマゾではない。かといって、何をしていいか分からない。雪ノ下は扉を開けた時、読書をしていた。そのため、俺も本を読んでおけば間違いはないのかもしれない。しかし、持ってきている本はあいにく全て読み終えている。
俺が困っているのを知ってか知らずか、驚いたことに雪ノ下から話しかけてきた。
「平塚先生から、どこまで聞いているのかしら」
「い、いや、なにも。そもそもここは何部なんだ?」
「ここは、奉仕部よ。活動内容は、読んで字のごとくと言ったところね」
奉仕部。奉仕という言葉から何だかピンクぃことを想像するのは俺だけだろうか。いや、違う(反語)。
「ということは、お前が依頼者の奉仕をする、という認識でいいか? 」
「あきれた。平塚先生から何を聞いていたの? あなたもこの部活に入部するのでしょう? 確かにあなたの更生は、私の活動として割り当てられたのだけれども、あなたも部員として奉仕するのよ?」
「えっと、イマイチ具体性に欠けるな。どんなことをすればいいんだ?」
いや、出来れば何もしたくないんだが。
雪ノ下は少しの考慮の後、質問してきた。
「例えば、あなたが最後に女子とお話しをしたのはいつ?」
「今日だ」
「そんな、かわいそうな...... 嘘? あ、私との会話は数に含めないでちょうだい」
「それでも、答えは変わらんぞ?」
「平塚先生は--」
「女子じゃないだろう。年齢的に」
廊下からダンッと床を踏みつけるような音が聞こえた気がする。多分、気のせいだ。
雪ノ下に対して、俺は何も嘘をついていない。事実、今日女子と会話した。返事があったから勘違いということもないだろう。なんなら、一緒に自転車に乗ったまである。
そう。小町と会話した。
いや、待て。俺は悪くない。雪ノ下の聞き方が悪い。例えばこれが「バレンタインに女子からいくつチョコを貰った」的な会話なら、妹は女子に含めないだろう。いや、俺ならカウントするけど。
しかし、今回はさしたる文脈もなく、いきなり女子という単語が出てきた。そのため、俺は一般的に女子と呼ばれる年代の女性と、最後に会話したのがいつであるかを聞かれた、と捉えたのだ。
小町は中学3年生だ。誰がどう考えても女子であろう。
以上のことから、雪ノ下の質問に対する答えは今日が正解となる。証明終了。
雪ノ下は心底意外そうな顔をしていた。俺としては、高スペックのこいつに虚をつけたので満足だ。
体感時間にして3秒程度だろうか。雪ノ下は驚くのをやめた。なにか思い当たる事があったようだ。やばい。
雪ノ下は推理ドラマに出てくる探偵のように、確信に満ちた声色で聞いてくる。
「比企谷くん。それは、姉? それとも、妹かしら」
「......妹だ」
俺の答えを聞いて、雪ノ下は続ける。
「そんな、家族以外の女子とろくに会話できない比企谷くんに、女子と会話をする機会を与える。このように、持たざるものや求めるものに救いの手を差し伸べるのがこの部活の活動よ」
「いや、求めてねーし」
実際、俺の対女子コミュニケーションは小町だけで充分だ。なんなら、男子を含めても小町だけで充分である。必要以上のものを求めても仕方がない。
「あなたはまず、自分の問題を自覚するところから始めた方が良さそうね。人間として社会に出るために、必要最低限の能力が欠落しているのだから」
「だから、別に困ってな--」
俺が言い切る前に、突然扉が開いた。訪問者は平塚先生。俺を睨んでる気がするのは気のせいでしょうか。床が少し凹んでいる気がするのも気のせいですよね。
先生はひとしきり俺を睨んだ後、雪ノ下の方を見やった。
「雪ノ下、手こずっているようだな」
「彼が自身における欠如を自覚しない限り、改善は見込めません」
「いや、だから、俺は別に困ってないっつーの」
「それが最大の問題だと言っているのよ」
平塚先生は、俺と雪ノ下がこのままヒートアップすることを妨げるように、大きく1回咳払いをした。
「君たち、意見が食い違っているようだね。大いに結構。そういう時にどうするのが良いか、知っているかな?」
「口論により、間違った意見を叩き潰します」
「確かに今まできみはそうしてきた。だが、お互いに譲れない意見があるようだからね。信念と信念がぶつかりあった時、やることは1つだ」
「もったいぶらないでください」
「きみたちには、これから奉仕部としてどれだけ奉仕することができたか競ってもらおう」
「「は?」」
俺と雪ノ下が初めてハモった。雪ノ下は俺の方を見て嫌そうな顔をしている。さいですか、そんなに俺と一緒は嫌ですか。
「つまり、だ。意見がぶつかりあった時、熱い戦いをもって雌雄を決する、ということだ。少年漫画では王道だな」
この人、絶対ジャ〇プとか好きだろ。
「罰ゲームは、勝った方の言う事をなんでも聞く、ということでどうだ?」
「嫌です。この男の言う事をなんでも聞くだなんて、自殺行為です」
ほう、と平塚先生は大袈裟に驚いてみせる。
「意外だな。雪ノ下雪乃ほどの人でも、恐れることがあるのだな」
「......いいでしょう。その、安い挑発に乗りましょう」
......こいつ、挑発への耐性低すぎないか?
雪ノ下の返事を聞き、平塚先生は満足そうに頷いた。
「よし、じゃあ決まりだな」
「いや、俺の意見は?」
「聞くと思っていたのか?」
「......なんでもないっす」
こうして、雪ノ下とどれだけ奉仕できたか競うことが決まった。俺の意思とは関係なく。
というわけで、原作と同じ流れの部分を1話に纏めてみました。正確には、この後も少しだけ同じ流れなのですが、キリがいいところまでということで。
原作に沿った部分を書くことに関しては賛否両論あると思いますが、少しでも書いた方が練習になるのかなと思い書かせていただきました。
......というのは建前で、所々に小町を挟むことが目的です。個人的には小町といろはすが好きなので。
そもそも手元に原作が無いので、原作コピーにはならないかなと思います。しかし、不快に思った方がいらっしゃいましたら、この場で謝罪させていただきます。
......後書きって、どれくらい砕けた文章にしていいかわからないです。本当は砕けた文章にしたい、なんて。