3月のラプソディー   作:スズカサイレンス

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第7話

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

気が付けば、季節が移ろうのは早く。いつの間にか照りつける日差しが厳しい夏になっていた。

 

夏休み。

 

学生にとっては一年で最もはっちゃけられる期間だろう。

普通の高校生ならば、海でナンパだ、バーベキューだと随分張り切って大騒ぎを計画し盛り上がるのだろう。

 

だがしかし。あいにくと人生二回目の俺は、客観的に見れば知り合いは多いが友達は少ない。

料理が得意らしい謎の好青年だ。あくまで本人談だが。

 

つまりは、いつものよう声を掛けてくれたレジャーへの誘いも。

数合わせだか撒き餌だか分からないが誘われた合コンも。

やっぱり何かしっくりこないとすべて断ってしまっていたのだった。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

物心つく前からの将棋の英才教育。

それを受けているのは勿論二人目の俺だけではなく。

そして俺に比べてその少女は。

 

「王手っ!」

 

将棋をとても、愛していた。

 

 

将棋の基礎を語り終えたと父が判断したであろう頃。

俺は、先立って薫陶を受けていたであろう姉の香子と、対局をさせられながら、

本格的に指導をされることになった。

 

 

 

 

「歩。もう少し相手の立場になって考えて見なさい。

お前はいつも自陣を見てばかりいる」

 

「はい。わかりましたおとうさん」

 

 

本当はちっとも理解できていなかった。

これまでの経験から、それっぽい対応をしてみただけだ。

 

将棋の指導は、楽しいが苦痛の方が大きかった。

なんというか。詰め込まれながら、サイズが違う!とわめかれているような気持ちになって。

 

ちゃんと理解はできるのだ。だが、それが進めば進むほど。

いかに自分に合っていないか見せつけられているようで。

ああ、このままだと。将棋が嫌いになってしまいそうだな、なんて。

ぼんやりと。考えてはいけないと思いつつ。

父には決して気付かれないように思った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

夏休みに入ってから数日。

ジリジリと照りつける日差しを受けながら、バイト先の店への道を歩いていた。

その途中、通りがかった商店街。見かけたのは掲げられた『お盆用品』の文字。

 

「お盆、ああ。もうそんな季節か…」

 

匂いというのは、人の記憶に直結しているらしい。

そんな、どこかで聞いた話をふと思い出した。

 

お盆の季節。お線香の匂いを嗅ぐと、どこか懐かしく物悲しい気分になるのも、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。

 

幸いなことに、幸田歩になってからは近親者に不幸はなかった。

だから、この季節。思うのは、いつも義弟の事だった。

 

「行って、みるかな…」

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

最後のお客さんを見送って一息。

初めてのお客さんだったが、中々楽しい人だった。店員の俺にやたらと絡んでくるのには少々困ったが。

 

「おう、お疲れ歩。この後、なんか予定あんだろ?」

 

「えっ?」

 

「いや、なぁ。ああもあからさまに普段と違うとよぉさすがに俺でも判るぞ?」

 

驚いた。親っさんはエスパーでもあったのか。

冗談はさておき、目に見えてわかるほどあからさまだったようだ。

少し反省しなくては。

 

「すみません、親ッさん」

 

「あーいや。別に怒ってるわけじゃあねぇんだ。ただ珍しいと思ってな」

 

それから少し言いよどんで、苦笑しながら親ッさんは続けた。

 

「年に見合わず落ち着いてて、それでいて料理の腕もそこら辺の素人とは比べもんにならねぇ。

こりゃとんでもない当たりのバイトだと常々思ってたお前がそわそわ落ち着かねぇ様子だったからな。

こりゃ、なんかあんだろって、そう思っただけさ」

 

「あーいえ。そんな風に言ってもらえるほど、俺は大した人間じゃ…」

 

「何言ってやがる。お前さんはよくやってるよ。ただまぁ一つ欠点があるとすればそりゃあれだな。

自己評価が低すぎるところだ」

 

「自己評価…ですか?」

 

「おうよ。もう少し、自分に自信を持ってみたらどうだ?

おめぇの過去に何があったかなんて知りはしねぇ。だが今のおめぇはよぉ。

十分すぎるほど立派じゃねぇか」

 

「……」

 

「だからよ。もう少し、自分の選択に自信を持っても、俺はバチは当たらねぇと思うぜ。歩」

 

 

 

ホラ、急ぐんだろ?さっさと行け。

そう背中を押されて店を出た。

何故だか無性に走りたくなって、零の家までの道を走り出した。

走っている途中、不思議と目から涙が流れだした。

全然止まってくれなくて、それを誤魔化すためにも一層力を入れて足を動かした。

 

 

見透かされたような気持ちになった。

なんだかくすぐったくて、少し恥ずかしかった。

でもそれ以上に、嬉しかった。

心に、触れてもらえたような。そんな気がした。

 

 

膝に手を置いて、大きく息をして呼吸を整える。

時間は、尋ねるには少々遅めの時間。だがまだ寝てはいないだろう。

 

最後に大きく深呼吸をして、チャイムを押した。

ガタゴトと物音がした後、ドアが開かれた。

 

「にい、さん…」

 

「よう、零。久しぶりだな」

 

「どうして…」

 

「いや…あれだ。ちゃんと飯食ってるか心配になってな。ちょっと様子を見に…」

 

「ありがとう…」

 

「零…」

 

零の顔は、すべてを分かったような顔だった。

穏やかに、それでいて嬉しそうに微笑んでいる。

 

「あーあれだ。飯は食ったか?まだなら何か作ってやるぞ?」

 

気恥ずかしさから、少し大きめな声を出しながら俺は問いかけた。

 

「あ、晩御飯なら川本さんの所でもう…」

 

「そう、か。…なら大丈夫だな。俺は帰るわ」

 

「えっ!?でもせっかくだしお茶でも…」

 

「いい、いい。それはまた今度ゆっくりな。じゃあまた来るから」

 

「うん。ありがとう、兄さん」

 

面映ゆい表情で零は見送ってくれた。

月を背に帰り道を歩く。

 

さて、普段のバイトが終わった帰宅時間よりだいぶ遅くなってしまった。

起きているのが母さんだけなら話は早いのだが…。

 

そう考えたその時、メールの着信音が鳴った。

差出人は、幸田香子。

内容は、言わずもがな。

 

姉への効果的な言い訳と、お腹を空かせているだろうからレシピを。

その二つを考えながら、ゆったりと今日一日の余韻に浸るように帰り道を歩くのだった。

 

 


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