3月のラプソディー   作:スズカサイレンス

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第4話

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「きりーつ。礼っ」

 

 

クラスメイトが発したその声を聴いて慌てて頭を下げる。

色々考え事が多すぎて、号令の声を聞き流していたようだった。

 

 

「おい、歩大丈夫か?」

 

「最近ずっとこんなんじゃね?」

 

無事HRが終わった教室で、俺はなぜか級友に問い質されていた。

しかも割と深刻気に。

友人と認識してはいるがそこまでの深い関係を築けてはいないと思っていたので少々面食らってしまう。

 

「お前、自分の事あんまり話さねぇしさぁ」

 

「俺ら、友達だろ?…なんかあったら話せって」

 

ああ、こいつらは良い奴らだ。

ふと、他人事のようにそう思った。

 

普段は、女の子にどうウケるかだとか、今日の暇をどう潰すかなんてバカな話ばかりをしているのに、その本質はとても。とても。

 

俺は、どうなんだろうか。

ここ最近考えてばかりいるのは勿論家族と零の事だった。

 

上手く振る舞っているようで決定的な事は止められない俺。

結局零は家を出てしまったし香子は今も家に寄りつかない。

 

俺は何がしたいのだろう。

俺は何を思っているのだろう。

 

それが、たまに分からなくなる…。

 

 

贖罪のつもりなのだろうか。

零への。香子への。そして何より、父さんへの…。

 

 

「おい歩っ!聞いてっか?」

 

「えっ。あ、あぁ。…ごめんなんだっけ?」

 

少し耽っていたようだ。大きな声にびくりと反応する。

 

「はぁ、まぁいいよ。でも、どうしようもなくなったら、ちゃんと言えよ?」

 

「そうそう。何にも出来ねぇかもだけど、な」

 

そう言って笑いあう彼らに、心の中で礼を言いつつ、喜びそうな言葉を意趣返しとして言ってみる。

 

「…何かあったら頼むわ。代わりに、美咲のおねぇ様達と会わせてやるよ」

 

「うぉぉぉ!マジ!?」

 

「俺、あかりさんに会いてぇ!!」

 

バイト先のお客としてたまに会うBar美咲の人たちに俺は可愛がられている。

それゆえの言葉だったが、実現させる気は、まぁ、ない。

 

 

「…せいぜい楽しみにしておくといい若者たちよ!はっはっはー!」

 

 

 

去り際に決め台詞を残し教室をあとにする。

気持ちは少し、軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「おはようございまーす」

 

暖簾をくぐり店内へ。

閑散とした店の中に一人人影を見つける。

 

「おう、おはよう歩」

 

 

カウンターを挟んだ厨房で刺身の仕込みをしているのが、ここの親っさんだ。

60を過ぎたあたりの小柄な体躯。あまり物を語らないが伝わる料理へのこだわりと、そして優しさ。俺はこの親っさんがとても好きだった。

 

「着替えたらツマ作ってくれ。それとポテトサラダもな。今日は宴会が入ってるから多目に頼む」

 

「了解です」

 

 

手早く着替えを済ませ腰にエプロンを巻き厨房へ。

大根を手にして皮をむき始める。

 

「宴会って、町内会のですか?」

 

「ああ、そうだ。…おめぇの仲のいいそめじさんも来るんじゃねぇか?」

 

「別に仲がいいってわけじゃ…。仲良くするなら綺麗な女の人がいいですよ」

 

「ヘタレが何言ってんだか…。客に迫られたってのらりくらりしてんじゃあねぇか」

 

「あれはお客さんがからかってるだけですって」

 

「からかってる相手目当てに一人で来たりしねぇとおもうがなぁ」

 

 

忘れていたが、この親っさんは人をからかうのも好きなのだ。

特に若い連中の色恋沙汰なんて、格好の餌食になってしまう。

 

俺はそれに苦笑いで返し、ツマにした大根を洗い場へと持っていく。

水にさらす工程を利用して上手く逃げたのだ。

 

 

その後はジャガイモを湯がいてポテトサラダにしたり、ホールの掃除をしたりしているうちにいつの間にか営業時間が迫っていて、せわしない夜の時間が訪れた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 

最後の客を見送って、少し息を吐いた。

平日にしては少々忙しく、中々に疲れてしまった。

 

「おう、お疲れ。レジは俺が締めとくから着替えて上がって良いぞ」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

親っさんの声に甘えてTシャツを脱ぎつつ更衣室へ。

心地よい疲れが俺を包んでいた。

 

「ほい。じゃあこれいつもの」

 

そう言って渡されたのは昔懐かしい瓶のコーラ。

始めはまかないでも、という話だったが自分で作りたい俺は遠慮してこういう形になっていた。

 

「いただきます」

 

「お前がビール飲めりゃあ俺も一緒に乾杯するんだがなぁ…」

 

心底口惜しいというような顔で言う親っさんに俺も心の底から同意する。

早く、ビールが飲みたいなぁ…と。

 

 

「それじゃあ、お疲れ様でした」

 

「おう。またな」

 

 

 

暖簾をくぐり店外へ。

閑散とした街並みに、何だか世界で自分一人だけみたいだななんて思いつつ帰路へ着く。

今日は何を作ろうか。そんなことを考えていると。

 

 

 

「歩」

 

また、声が聞こえた。

 

 

「…どうしたの?姉さん」

 

少し、驚いた。

何かあったのだろうか。

 

「別に…。たまたま通り道だったから」

 

「それでわざわざ?」

 

「わざわざなんて寄ってないわよっ!ただ…もしかしたら歩が帰ってくるんじゃないかって、ちょっと思っただけ!」

 

「それを人はわざわざと言うんじゃ…」

 

「う、うるさいわねっ!いいから帰るわよ!お腹すいちゃったんだから!」

 

「はいはい。…今日は少し暑いし、サッパリしたものにしようか」

 

 

何のために、誰のために。

難しく考えると際限がない事だけど、シンプルに考えれば。

 

 

きっと、毎日は楽しく、美味しく。

そんな風に生きられるのか。

そんなことを、ふと、思った。

 


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