3月のラプソディー 作:スズカサイレンス
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料理は好きだ。
ちゃんと、やることをしっかりとやればやる分だけ上手くなるところが。
料理が好きだ。
美味しいものを食べると幸せな気分になれる。生きてる意味を感じられる。
料理を作るのが好きだ。
美味しい。その一言で、相手への気持ちが全部伝えられるような気がするから。
前世での自分は、割と料理をする方だったのだろう。
生まれ変わってからの俺が真っ先に惹かれたのが美味しいものを作るということだった。
人を良くする。そう書いて食。
その、どこかで聞いた言葉に、俺は感銘を受けていたのだ。
それから十数年。
独学とはいえ日々磨きあげた腕は、目の前の姉を唸らせるには十分だったようだ。
「んぅ~!やっぱり歩の鍋焼きうどんは最高ねぇ~っ」
然も、この世の至福という表情を見せる姉に頬を緩める。
年相応の素の笑顔の姉はとても愛らしく、可愛らしかった。
「むぐ。なによ、そんなに見て。何かおかしい?」
箸を止め仏頂面で尋ねる彼女に、思わず笑みがこぼれる。
「いいや。いつもながら美味しそうに食べてくれるなって…」
「う、うるさいわねっ!ひ、人が食べてるとこあんまりじっと見ないでよ!」
「こればっかりは料理人の特権さ。作った料理を、美味しいって言ってもらえるのは何よりの幸せだからね」
「そ、それでもダメ!恥ずかしいじゃない!…ご、ごちそうさま!」
少し顔を赤くしたかと思うと、残ったうどんを一息に平らげ香子は席を立った。
「もういいの?残った出汁でおじやでもと思ったんだけど…」
「そんなに食べたらさすがに太るわよ!…おやすみ!!」
ぷんすか自室へと戻る彼女を見送り鍋を火にかける。
出汁のきいたおじやは彼女の好物だ。朝食用にでも作っておけば喜んで食べることだろう。
調味料で味を調えながらもう一度笑みを零す。
我が姉ながら可愛らしい事だ。だけど、もう少し…。
もう少しだけ零に…。
「歩…?帰ったの?」
思考を途中で遮る声がした。
目を向けると、寝巻姿の母さんがいた。
「ああ、起こしちゃった?」
「ううん、いいの。でもこんな時間まで…。バイト?」
「いや、今日は友達と遊んでただけだよ。遅くなってごめん」
「あんまり心配かけないでね?じゃあお母さん、寝るから…」
「うん、お休み…」
心の底からこちらを案じる表情に罪悪感で胸がじくじくした。
その一方で、もう少し自由を。という気持ちも芽生えた。
これが年相応の17歳ならば、反抗して親の気持ちを無視して好き勝手振る舞うのだろうがそんな事今更できるわけもなく、深く息を吐いた。
「ままならないなぁ…」
思わずついた言葉が、何だかこの世の真理な気がして。俺はもう一度大きく息を吐いたのだった。