3月のラプソディー   作:スズカサイレンス

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第2話

 

◆◆◆◆

 

 

現在高校二年生である俺は、大っぴらな喫煙は法律で禁じられている。

ばれなければいいだとか、人生二回目な俺は本心ではそんなことを勿論考えているわけなのだが、父親と義理の兄弟がある程度の人が知っている有名人だと話は違ってくる。

 

万が一補導でもされてそれが公にでもなったら、ややこしい我が家の家庭環境はさらに混迷を極めることになるだろう。

家を出てしまった零とたまに帰ってこない姉。残った俺を母さんはそれはそれは大事にしてくれている。

時々不安になることもあるくらいに。

であるから尚の事、俺は問題を起こすことは避けなればいけないのだ。

 

そんなわけで日中口が寂しくなると、俺はよく飴をなめている。

かんかんに入った、昔ながらのドロップを。

お気に入りの味はハッカだ。皆はハズレ扱いするが、俺はとても好きだった。

 

 

何故俺がこんな事を考えているかというと、それは目の前にいる川本あかりさんが原因だった。

あの後、走ってきた俺に水を一杯くれた彼女はお土産にと少し多めの和菓子を持たせようとしてくれていたのだ。

どうやら彼女は、しょっちゅう飴をなめている俺の事を甘党だと勘違いしているようで、会うたび会うたびお菓子をくれるのだ。

 

「あの、川本さん。いつもいつもこんなにもらっては申しわけが…」

 

「あら、遠慮しないで?幸田君甘いもの好きでしょ?」

 

そう言ってほほ笑む川本さん。

この顔にどうも俺は弱い。いつも断れなくなってしまう。

 

「それと、あかりでいいわ。家、3人もいるし…。あっおじいちゃんもいれたら四人ね、わかりづらいでしょ?」

 

「ああいえ、そめじさんの事はそめじさんって呼んでますから」

 

「あら、仲良いのね」

 

川本家の長であるそめじさんとは、あかりさんと知り合う前からの顔見知りだった。

俺がアルバイトをしている店に、客として来ていたのだ。

小さな居酒屋なので、必然大将と客の距離は近い。店員である俺は巻き込まれるような形

で紹介をされ、名前で呼ぶようにと言われていた。

だから俺が主に川本さんと呼ぶのは、目の前の彼女だけだった。

 

「じゃあ尚更ね。いつまでも『川本さん』だなんて、寂しいじゃない」

 

「では、あかりさんと。俺の事も歩でいいですから」

 

「わかったわ、歩くん」

 

またほほ笑む彼女に、まるで付き合いたての恋人みたいだとチラッと考えて少し頬が赤らんだ。

目をそらし空気を変えるために咳払いをして、お暇することにした。

 

「それでは今日はこの辺で。零の事、よろしくお願いします」

 

「ええ、わかったわ。…それとね歩君?」

 

踵を返そうとしたところにあかりさんの声が掛かる。

それはさっきまでのと少し違っていて…。

 

 

「タバコ。吸うのはちょっと早いんじゃないかしら?」

 

 

目が、笑っていなかった。

 

 

その後、冷や汗を流しながらああ、とかいえ…とか返事でない返事をしてその場を去った。

帰り道を走りながら俺が思ったのは、人生二回目でも、女の人は怖いなということだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

前の自分はどれくらいまで生きて、ここに生まれ変わったのだろう。

少なくとも成人はしていたような気がする。何かしらの仕事をしていたような記憶があったのだ。

 

前の両親はどんな人たちだったのだろう。

上手くやっていたのだろうか。よく覚えていない。

 

そんなことを考えたのは、今生の父親の職業が一風変わったものだったからだ。

『棋士』という、自分には縁も馴染みもないものだった。

 

 

ある時から、父は俺に将棋を教えようとしてきた。

まだ言葉も上手く話せない俺に向かって、駒の動かし方をゆっくり言い含めるように。

父にとっては、それが一番の愛情表現なのだろう。

自分の一番愛しているものを、という。

 

だから俺も、素直に耳を傾けた。思いのほか話が面白かったのもある。

ただそれは俺が特殊な状態なだけで、普通の赤子にこれはどうだろうか、だなんて少し思ったりもした。

 

「歩。歩も将棋を、好きになってくれるか」

 

不意に、父が穏やかにそう問いかけてきた。

応えられるわけもないのでほほ笑みを返すとうれしそうに。

 

「そうか…。それは良かった」

 

そう笑った。

 

俺はこの時、思いもしなかった。

この時の事を、忘れられなくなるだなんて。

父を裏切ったと。義弟に将棋を押し付けたと、後ろめたさを覚えるようになるだなんて。

まったく、思いもしなかった。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

「歩」

 

冷や汗を乾かすように走って帰宅した俺を、呼び止める声がした。

 

「姉さん」

 

姉の、香子だった。

家に入る前の、門の前で電柱に寄り掛かりながらこちらを見ている。

 

「アンタ今日はバイトじゃなかったわよね?…何してたのこんな時間まで」

 

「姉さんこそ…。昨日は帰ってなかったみたいだけど…」

 

「質問に質問で返さないでよ、バカ。…また、零の所に行ったんでしょ?」

 

睨みつけるように俺を見つめる彼女に、思わず目をそらす。

彼女の零に対する感情は、俺が思っている以上に複雑だ。

 

「…とりあえず家に入ろう?父さんも母さんも、姉さんの事待ってるよ?」

 

「…いやよ。会いたくないもの」

 

「お腹、空いてない?好きなもの、作ってあげるからさ」

 

「…こんな時間に食べたら、太っちゃうじゃない」

 

「少しくらい太ったって、姉さんは大丈夫さ」

 

「…うどん」

 

「了解。さ、入ろう?」

 

彼女の背中を押し、一緒に門をくぐる。

俺と彼女も、やっぱり少し複雑なのかもしれない。

でもこれが、今の幸田姉弟の関係性なのだった。

 


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