インフィニット・ストラトス 〜プラスワン〜   作:アルバトロス

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第5話 織斑千冬

 ――それは、俺たちが中学に進んでしばらくしてからのこと。

 始まりはほんの些細なことだった。

 

 小五の時の遠足以来、俺は織斑&篠ノ之の担当として認識されたようで、以降のグループ活動では毎回この二人と同じ班になり、6年になってもクラスは同じだった。

 それは中学生になっても変わらず、俺たちはまたクラスメイトだ。

 

 授業中、織斑は真面目に授業を受けていて、篠ノ之も自分の研究に没頭している。教師もそれを知っており、なおかつ教師に当てられても反応すらしないので篠ノ之が授業中に当てられることはない。

 たまにプライドの高い教師がいると面倒なことになるのだが、今年の教師はわざと面倒ごとを起こそうとするような愚か者はいないようである。

 

 休み時間になると、篠ノ之は研究が佳境に差し掛かってなければ織斑にじゃれつきに行く。

 織斑は最初は適当に応対するのだが、そのうち篠ノ之のからかいがエスカレートしていって最終的に張り倒されて終わることが多い。

 

「ねぇ良いでしょ?束さんもちーちゃんの弟君に会ってみたいし〜」

 

「一夏を馬鹿兎(おまえ)に会わせる気はない。諦めろ」

 

「え〜、じゃあ今度ちーちゃん家にドッキリお宅訪問しちゃおうかな!それなら――ぎゃふ!?」

 

「――いい加減にしろ」

 

 こんな感じで今日も篠ノ之は沈められ、織斑は床に倒れ伏す篠ノ之を睨んで教室を出ていった。

 

「おーい篠ノ之、生きてるか?」

 

「……な、なんとか……」

 

 篠ノ之はよろつきながらも起き上がる。

 

「うぅ……最近ちーちゃんの愛が重くなってきてる気がする」

 

「おまえもそう思うか?」

 

「え?」

 

 冗談交じりにぼやいた篠ノ之は、俺の言葉に首をかしげる。

 

「ブラウニー、どういうこと?」

 

「誰がスコットランドの妖精か」

 

 取り敢えずお決まりのツッコミを入れる。

 

 名を呼ぶには値するものの“ちーちゃん”のように名前からあだ名をつけるほど親密ではないということなのか、あるいはこいつ独自の謎ルールなのかはわからないが、俺は明らかに染めただろって感じの茶髪から茶色いの(ブラウニー)と呼ばれている。ちなみに髪は地毛だ。

 

 っと、今はそんなのはどうでもいい。

 

「織斑の抱える苛立ちが、先月ぐらいから日に日に募っていってる。んで、反応を見るに家族関係の話題は地雷っぽいな」

 

「あー、それで“お宅訪問”ってワードでキレたのか。道理でいつもより苛烈なはずだよ。束さんじゃなかったら流血沙汰だぜ」

 

「ナイス石頭だな」

 

 ぶいぶい、とか言ってる篠ノ之を適当にあしらう。

 

 この頃の出来事で家族が地雷ってーと……親関係か?

 かなり希薄になってきた記憶を辿るに、織斑家は両親がおらず織斑が一人で弟を育てたことになってたはずだ。一夏には親の記憶が無く、姉弟の年齢差は8〜9才。今は4歳ぐらいだろうから、ギリギリ記憶が残らない可能性はある。

 

「なあ篠ノ之、最近織斑が良くおまえの家に来たりしないか?」

 

「ちーちゃんが?うーん、どうだろう。道場に来てたら分かんないし、家も最近開けてることが多いから分かんないや」

 

 ふむ。

 この世界は、残念ながら幼い弟を抱えた10代前半の女子が誰の助けも借りれずに生活できるほど生きやすい世界ではない。成人の判子が必要な書類なんて山ほどあるだろう。

 で、織斑が頼る大人っていうと柳韻先生ぐらいしか思いつかない。

 だから、織斑が先生を何度も訪ねていたらその線の可能性が高いと思うんだが……。

 

「肝心な時に使えねえな篠ノ之」

 

「いきなり何を失礼な!……で、結構深刻なのかい?」

 

 フッと真剣な表情になる篠ノ之。失礼だから口には出さないが真面目な顔があんま似合わねえな。

 

「……多分な。でも、本人には聞くなよ」

 

「何でさ。ちーちゃんが困ってるなら、束さんは助けてあげたいんだけど」

 

「助けを求めてくるまではダメだ。善意の押し付けは時にただの迷惑になることがある」

 

 篠ノ之は不満そうな顔だが、他人の……それも家庭の事情に土足で踏み込むわけにはいかない。

 

「でも、ちーちゃんが他人に助けを求めるかな?いくら仲が良くても……いや、だからこそちーちゃんは何も言わないんじゃないの?」

 

「自分一人ならな。でも、あんだけ大事にしてる弟のことまで懸かってたらプライドの一つや二つ捨てるだろ。あいつはそういう女だぜ」

 

「そう……だね」

 

 篠ノ之はゆっくり頷いて、唇を噛んだ。

 

「それまで、わたしたちに出来ることはないのかな」

 

「いつも通り接することだ。変に気を遣われたら却って気にするタイプだろ、あいつ」

 

「……そうだね。よーし!早速ちーちゃんをからかって――「ほう?」――あれ?」

 

 勢いよく立ち上がった篠ノ之は、突如後ろから聞こえた声に凍りつき、恐る恐る後ろを向く――前に顔面をガシッと掴まれた。

 

「ち、ちーちゃん?」

 

「先ほどは少しやりすぎたかと思ったが、そんなことはなかったようだな。元気一杯で何よりだ」

 

「いや、さっきのは束さんも十分痛かったからね!?手加減してくれると嬉しいだだだッ!?ちーちゃん、痛い、痛いよッ!!」

 

「少しぐらい痛いほうが効き目があるだろう」

 

「少しの意味分かってる!?めちゃくちゃ痛いんだけど!?」

 

 なんか既視感を――いや、立場は逆だが何年か前もこんなことがあったな。懐かしい。

 

「ちょ、ちょっと、見てないで助けてよ!!」

 

 必死でもがき助けを求める篠ノ之から目を逸らす。

 

「荷馬車が ゴトゴト――」

 

「数年越しの意趣返し!?あの時は悪かっ――ぎゃあああ!?」

 

 ちょっと助けられそうにない篠ノ之をあっさり見捨て、俺はせめて成仏しろよと手を合わせるのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その日こそ少しは苛立ちを減らした織斑だったが、次の日からまた溜め込んでいき――やがて、誰の目から見てもその苛立ちを隠せないようになってきた。

 

 織斑は俺や篠ノ之以外にも友人がちゃんといるのだが、その人たちや教師ですら声を掛けられないほど、織斑の纏う空気は鋭く尖っている。

 流石の篠ノ之もあれには触らないだろう――と思いきや今日も元気にじゃれつきに行って殴られていたので驚いた。

 あいつはあいつなりに、「いつも通り接する」ということを貫いているのだろう。

 

 俺もどうにかしたいのは山々なのだが、篠ノ之にああ言い放った手前こちらから首を突っ込むわけにはいかずに悩んでいた。

 

「さーて、どうしたもんかねえ……」

 

 一人リビングのソファに寝っ転がって考える。

 

 やはり一番の問題は織斑の抱えているものが何なのか分からないことだな。

 一口に家族関係といっても色々あって、そうそう絞り切れるものではない。そしてその種類によって対応が変わってくるから、下手に動けない。

 

 原作ではなんか記述があったか?

 ……両親が不在だったことと織斑が早くから働きに出ていたことぐらいしか記憶に無いな。

 

 他には何か……駄目だ、何も思いつかない。

 

「ふぅ……シャワーでも浴びるか――あ」

 

 そういえば数学のノートがあと1ページだったな。明日も数学あるから今日中に買っとかないとと思ってたんだが、忘れてたわ。

 時間は――10時か。コンビニだな。

 

 手持ちを確認し、財布を持って家を出た。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――そして、俺は出会った。

 

 片手にスーツケースを引き、背中に4〜5歳程度の男の子を背負い、疲れ果てた様子で歩く――織斑千冬に。


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