インフィニット・ストラトス 〜プラスワン〜 作:アルバトロス
織斑が自分の担当の分をどうにか処理し終え(処理って言っちゃったよ)、片付けた後。
「そんで、午後の話だけど」
「何するんだっけ。スタンプラリー?」
「ああ。クイズ付きだけどな」
午後の班別レクリエーションの内容は、公園の各所に待機している教師を見つけて回るスタンプラリーだ。
ただ、その居場所はクイズで示されているのでそれを解かなければならない。
レクリエーション開始時に配られた紙を見ると、そこにはこんな文言があった。
〈表と裏が同時に見れるものは一体何?〉
で、この公園にある目印になるような施設はというと。
「長い長い滑り台、アスレチックの森、白鳥の池、野球場、フットサルコート、バーベキュー場、か」
「問題はどんなのだ?……表と裏が同時に、だと?何を言ってるんだこれは」
織斑が紙を覗き込み、顔をしかめる。
「さて、どうしたもんかねえ……」
「ん?まさかこの程度のクイズも解けないの?」
顎に手を添えて考えていると、横から茶々が入った。つかなんでそんなに嬉しそうなんだよ篠ノ之。
「いや、クイズの答えは分かってる。有名なクイズだからな。それが指す場所も自明だろう。俺が悩んでるのはそこじゃない」
因みにクイズの答えは「野球のスコアボード」。
これが指し示すのは、まあ野球場だろう。
「じゃあ何を悩んでるんだ?」
「回る順番だ。こうもスタートが遅れると、普通に回ってたら間に合わないだろ」
作業に手間取っていた俺たちを待つことなく、既にレクリエーションは開始していた。
クラスメイトがあれこれ言いながら出て行って、既に30分ほど経つ。
スタンプラリーが順調に行けば終わってから予定時間まで少し待つ程度だと考えると、ここからのスタートは少々厳しい。
その上、ここから野球場に行くには公園を端から端まで移動しなきゃならない。それは無駄が多すぎるだろう。
「だが、次の場所を示すクイズは最初のクイズを解いた先で貰えるんだろう?」
「いや、無くてもおおよその居場所は分かる」
「へ?」
不思議そうな顔をする織斑と興味深げな目の篠ノ之に説明するために、「遠足のしおり」を取り出す。
「今日来ている教師は、全部で9人。1クラス3人の計算だな。で、本部がここだろ?ここには多分養護教諭と学年主任ともう1人で3人かな。でもここは広いから、本部から離れた……多分この辺とこの辺に、教師が待機してるはず。とすると、手が空いてる教師は残り4人。1人は野球場にいるとして、残り3人を3時間でちょうど回れる範囲に配置すると考えると……途中でチェックポイントを通らないようにってのも考えると、この二ヶ所だろ。多分こういう順番で回らせるんだと思うけど、最短距離だとこうだな」
地図を指しながら説明すると、二人は目を丸くした。
ん?
織斑は勉強も出来るが小5の範囲を逸脱していない。
驚くのも分かるが、篠ノ之ならこの程度の推測など容易く立てられると思うんだが。
「なるほどね……外から攻めた、というわけか。その視点はなかったよ」
そう呟く篠ノ之の目には感嘆の色が見える。
なるほど、教員側から見るという発想が無ければ辿り着けないか。
篠ノ之にとって、自分の視点を凡人に合わせるなど考えたこともなかっただろうからな。
これまでも、そしてこれからも興味を持つことはないだろう他人の視点に立つのは、こいつにとっては難しいことだろう。
「まあ、お喋りしてても仕方ない。とっとと行こうぜ」
「ああ、そうだな」
二人を促し、俺はリュックを背負って立ち上がった。
◆ ◆ ◆
「ぎ、ギリ間に合ったぁ……」
マジで危ねえ。どうせ端にあるんだから、野球場に向かいながらあれこれ話せばよかったか。
篠ノ之は今日一日で相当体力を消耗し、座席でぐでぇ、となっている。
これまで全く運動をしていなかったから体力もないだろうし、カレー作りの時の奮闘も含めて本当よく頑張ったと言える。
その篠ノ之を支える織斑はというと、その元気には全く翳りが見えない。
何なら帰ってから試合を申し込まれそうなほど元気だ。俺が疲れたから断るけど。
しかし今日は色々あったな。
篠ノ之とちょろっと会話して、ドナドナからの厳しい戦場を乗り越え、最後はミニマラソンときた。
……うん、よく頑張ったよ俺。
今日の収穫があるとするならば……篠ノ之との仲が普通になったことだろうか。
先週あいつを説得して遠足参加を決めてからはちょくちょく俺にも口を聞くようになったんだが、飛んでくる言葉のほとんどが尖ってたからな。
「ダーツしようぜ!お前的な!」じゃねえよ。会話しようぜ会話、って感じだったんだが、今は多分普通に話せる。
あれだな、共に死線を乗り越えたことで絆が深まっ――結ばれた気がする。昨日までは深まるような絆は結んでなかったわ。
まあ、今は友人と呼んでも差し支えない仲にはなったはずだ。俺の感情としても、篠ノ之束は嫌いではない。
その篠ノ之はこれから自分の夢に向けて邁進し、宇宙へ羽ばたくための翼である“
その行動の是非には敢えて言及しないが、結果としてISが兵器として扱われ、彼女の夢への道が少なからず遠のいたのは確かだ。
そんな未来を知る一友人として、夢を笑われてより歪んでいく友の姿を見たくはない。
彼女の夢を理解したい。
助けを求めてきたら、夢の実現までの道を整えてあげたい。
篠ノ之束は確かに空前絶後の天才だが、全知全能完全無欠、というわけではないのだから。
その為に俺は――まずは勉強するか。
テストとか余裕だし、つって適当にやっていたが、篠ノ之がこれまでに行った研究がISの開発に必要なものなら、それを理解できないのはまずい。ちょっと本腰入れますかね。
◆ ◆ ◆
その後も俺たち3人は少しずつ仲を深めていった。
図工の粘土細工の時間に、篠ノ之が超ハイクオリティな1/10織斑千冬フィギュアを作って織斑に殴られていたり。
家庭科の調理実習で織斑が奮起して家庭科室の備品をいくつか壊し、俺までまとめて怒られたり。
修学旅行で行った京都で「古き良き伝統?あほらし」とか言った篠ノ之が織斑にしばかれ、俺も巻き込まれて一日中「織斑千冬による日本の古き良き伝統を学ぼうツアー」に引き回されたり。
……こうして振り返ってみると、俺巻き添え食らってばっかだな。
「色々あったけどもう卒業か……なんか感慨深いものがあるな」
「そうだな……この1年半大変だったが、楽しくもあった」
「確かに色々大変だったね〜」
「大変だったとかお前らが言っちゃうの?」
「そうだぞ、束」
「そうだよ、ちーちゃん」
見事にハモったな。
二人ともお互いの発言に納得がいかないようで、ムッとした顔を突き合わせる。
「何を言う“
「ちーちゃんこそ何言ってんのさ!調理実習とかの度にものは壊すわ材料は駄目にするわで、フォローするの大変だったんだよ!」
どっちもどっちだよ、ったく。
仕方ないので、睨み合う織斑と篠ノ之の間に割って入る。
「……はぁ。お前ら「――恩田君、卒業式前なのに騒がしくしないの!」……俺が一番苦労したわ!!」
思わず叫んだ。
◇ ◇ ◇
この日。
織斑千冬、篠ノ之束、そして恩田海斗の3人は小学校を卒業した。
中学進学後も続いていくだろうと思われた彼ら3人の関係は――やがて、小さな変化を迎えることになる。