インフィニット・ストラトス 〜プラスワン〜   作:アルバトロス

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筆が乗ったのでもう一話。このペースがいつまで続くかは不明です。



第3話 遠足(前編)

 そして迎えた遠足当日。

 二時間もバスに揺られて辿り着いた公園の一角にある広場でドッジボールに白熱するクラスメイトたちを他所に、俺はある人物を探していた。

 

 多分この辺かなーと思うところを探すと、木陰のベンチに座って端末の上で指を踊らせる目当ての人物を見つけた。

 

「よう篠ノ之。今日も研究か?」

 

 集中が薄れた一瞬を狙って声を掛けると、彼女は胡乱げな目を向けてきた。

 

「なんで私が研究をしていると知ってるんだ?」

 

「いや、何個か特許取ってるだろお前。ググったら出てくるぞ」

 

「……普通、クラスメイトの名前を検索するか?」

 

「自称天才がどんだけ世間に知られてるのか見てやろうと思ってな。想像を遥かに超えててビビったけど」

 

 一度大人を経験した俺でも何となくしか理解できないこいつの研究内容もそうだが、何よりその範囲の広さが尋常ではない。

 ざっと見た限りでも、医学、化学、物理学、生物学、工学など様々な分野に手を広げ、その全分野でその道の専門家に負けずとも劣らない成果を出している。

 小5女子がだ。

 

「……お前、実は一回死んでたりしないか?」

 

「……どういう意味かな?」

 

 困惑と、少しの苛立ち。嘘や誤魔化しの色は無い。

 となるとマジで11歳か。……いや、そっちの方が信じらんねえよ。

 流石はISを個人で開発した化け物だな。

 

「やっぱり天才ってことか」

 

「凡夫とは細胞レベルでスペックが違うんだよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らす。

 

「しっかし、いくらなんでも手を出してる範囲が広すぎねえか?なんか手当たり次第に食い散らかしてるように見えるけど」

 

「束さんは意味のない研究なんてしないよ。全ては目的のために必要なものだ」

 

「目的ねえ。どんな?」

 

「私ですらまだ手の届かない、未知の輝きだよ」

 

 そう答えた瞬間の篠ノ之の瞳は、普段とは違い輝きを放っているように見えた。……それは気のせいだったのかもしれないと思うほど一瞬のことで、すぐに消えてしまったが。

 

 誰よりも好奇心が強く、しかし誰よりも賢い篠ノ之束は、きっと未知に出会っても直ぐに既知に変えてしまう。理解できてしまう。

 だからこそ、そう簡単には手が届かない遥かな未知――宇宙の輝きに魅せられ、ISを開発したのだろう。

 

 俺からすれば、よく分からなくて面白いものがもっと近くにあると思うのだが。まあそれに興味を抱くかは人それぞれだしな。

 

 少し話し過ぎた、というように溜息を吐いた篠ノ之は、再び端末に視線を戻した。

 

「……もう戻ったら?というか、どうやって抜け出してきたんだよ」

 

「人の意識から外れるのはそう難しいことじゃない。特に、今は織斑が超はしゃいでたからな。そっちに視線が集まってたから楽だったよ」

 

 人の視界というのはそこそこ広いが、人間の脳はそこに映る全てを意識的に認識するより一部に意識を集中させることが多い。広く浅くより狭く深くというわけだ。

 もちろん視界の端のものも無意識に認識してはいるが、そちらに割く割合は意識の集中度合いによって変動する。

 例えば教室で授業を受けていたとして。

 ただぼーっと黒板を眺めているだけなら視界の端で誰かが突然立ち上がっても気付くだろうが、一生懸命板書を写そうとしている最中なら音さえ立たなきゃ気がつかないだろう。

 

 それと同じように、今回のドッジボールではばったばったと相手を薙ぎ倒していく織斑にボールが渡った時、彼女にほとんど全部の意識が集中する。

 その瞬間を見計らって、そっと抜け出してきたのだ。

 

 まあ、あいつは意識が向くというより意識を向けないと危ないというのが多分正しい。

 ドッジボールで人が吹っ飛んだのとか初めて見たわ。

 

 ……っと、そうだ。

 

「そういや、お前に言っときたいことがあって抜け出してきたんだった」

 

「……なに?」

 

 視線を上げもしない篠ノ之の肩をガシッと掴む。

 

「わわっ!な、なに!?」

 

「良いか、篠ノ之」

 

 何やら慌てているが、俺はそれどころではない。

 なにせ昼飯……ひいては命がかかっているのだ。

 

「今日これからあるカレー作り。どうにかして織斑を引き付けといてくれ」

 

「あ、あいつを……どうして?」

 

「織斑はな。こと料理においては、恐ろしいほど不器用なんだ」

 

 去年の惨劇を伝えると、篠ノ之の顔も引き攣り出す。

 

「だから、頼む。まともな昼飯が食いたければ協力してくれ。このままじゃ後始末ですげえ苦労する上にろくな代物が出来上がるとは思えん」

 

「……うん。えっと、その……」

 

 篠ノ之は、珍しいことに躊躇っている。

 ……いや、これは怯えか?とすると、一体何に対して――。

 

「――恩田、遺言はそれで良いのか?」

 

 ……なるほど、これか。

 

「……織斑、落ち着いてくれ。落ち着いて話をがっ!?ちょ、痛い痛い!!アイアンクローはやめあががが!?」

 

 軋む、頭が軋んでるから!!

 

 俺の必死の抵抗を意にも介さず、織斑は俺の頭をガシッと掴んだまま引き摺りだす。

 

「全く、いつの間にかいなくなっているから探しにきたらこんなところでサボりおって。しかも黙って聞いていれば、何だその言い草は。私だってカレーぐらい作れるところを見せてやろう」

 

「分かった、分かったから取り敢えず手を離してくれ!!」

 

「私が運んでやろうというのだ。そう遠慮するな」

 

「違えよッ!!」

 

 ええい、どうしたら……あっ。

 

「篠ノ之、助けてくれ!!後生だから!!」

 

 俺の必死の訴えに、篠ノ之は目を逸らして。

 

「ある晴れた 昼下がり いちばへ――」

 

「ドナドナ歌ってんじゃねえよっ!?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ひ、ひどい目にあった……」

 

「全くだよ……」

 

 数時間後、俺と篠ノ之は机に突っ伏していた。

 

 この数時間の苦労は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 しかし。

 しかし!

 俺はついに、この戦いを乗り越えたのだ!!

 

「……どうしたの、急に立ち上がって」

 

「いや、ちょっと感極まって」

 

 ちょっと感極まるとか意味分かんねえな、とか思いながら腰を下ろす。

 

 隣で抜け殻になっている篠ノ之も、自分の昼飯が懸かっているからか手伝ってくれた。料理の経験は無いそうだが、織斑を制止するのを手伝ってくれてかなり助かった。

 こいつがいなかったら、今頃俺は祖父母に会いに行っていたかもしれない。

 

 で、今年も多くの伝説を残した織斑はというと。

 

「……なあ、恩田。もう良いだろう……?」

 

「いや、駄目だ。食材を無駄にするような真似は許さん」

 

「うう……」

 

 お焦げとすら言えないほど黒くなったご飯と、玉ねぎの量が極端に少なくおまけに焦げ付いたカレーのルウ。

 今回我が班で作ったカレーライスのひどいところだけを集めた一品を半泣きになりながら食べていた。

 なまじ味覚は普通だから余計苦しいみたいだ。

 

 精神年齢に換算した上で側から見ると小5女子を泣かせる中年という完全に事案な図がそこにあるのだが、何も俺は最初からこんなことをするつもりではなかった。

 

 ただ、ようやく作り終えて疲労困憊の俺たちを見て

 

「なんだ、もう疲れてしまったのか。情けないな、気合が足りんのではないか?」

 

 と宣う織斑にカチンときちゃったのは仕方ないと思う。

 

 一応片付けは全て俺たちでやったのだしいいだろ。まあ手伝われたらそっちの方が困るので、それは一向に構わないのだが。

 

「まあ、話はお前の食事が終わってからだ。だから早く食べろ」

 

「食事?処理の間違いじゃなくて?」

 

「篠ノ之、世の中には思ってても言ってはいけないことってのがあるんだぜ」

 

「お前ら〜〜!!」

 

 森に、織斑の叫びが響き渡った。


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