人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
金曜日に更新すると言いながら先週と先々週は金曜日に更新できませんでしたが今日はちゃんと金曜日に更新する事が出来ました。
さて、最近になって秋よりも冬を感じる日が増えてきました。
朝は冷え込み、昼も風は冷たく、夜になればまた冷え込む、一日中寒いと感じる日が日に日に増えている気がします。
そんな時はストーブをつけたくなりますが何分ストーブは灯油を燃やして部屋を暖めているので長時間使っていると灯油代で背筋が凍る思いをしてしまいます。
こたつやエアコンも使い過ぎれば電気代がかかりますがストーブは特に温度を上げ過ぎてしまったり肌寒い程度の寒さでも使ってしまったりと諸刃の剣の様な部分があります。
肌寒い程度の日はストーブを付けず厚着をして寒さを凌ぐものいいかもしれません。
勿論、凍えるような寒い日にストーブを我慢していると風邪をひきますので無理はしないように気を付けてください。
それでは第七録更新です。



第七録 森の民が環視する山道 三

場所は変わって人間の里の近くにあるお寺、命蓮寺。

お寺の生活は厳しく、そこに務める妖怪達は朝や夜は読経したり掃除をしたりと慌ただしいものの昼間は比較的落ち着いており木々に止まる鳥のさえずりが寺に響くほど静まり返る。

「ただいま戻りました~」

大きな門の隅に設置された一人用の扉を開けて響子が入ってきた。

「響子、帰りが遅いので心配しましたよ」

響子が中々帰ってこないのを心配して待っていた、桃色の雲の様なものを体に纏った女性が響子に駆け寄ってきた。

「すみません一輪さん、ちょっと色々あって帰るのが遅くなりました」

一輪と呼ばれた桃色の雲の様なものを体に纏った女性は肩まである青色をした切れ込みの入った頭巾を被っており、唯一水色の前髪だけが頭巾から出ている。顔は凛々しく端整だが逆にそれが冷たさを感じる。

見た目は人間でいうと二十代前半の女性くらいの体格と若さをしている。

白い長袖の服と着て、白の切れ込みが入ったスカートの下に青のスカートを穿いている

髪の色以外は人間とあまり変わらない彼女は元々人間であったのだが様々な過程を経て妖怪になったらしい。

では彼女は「逸脱者」なのかというと彼女は幻想郷に来た時から既に妖怪であり既に人間と妖怪の判断が難しいらしく天道人進堂では例外処置として扱っている。

そして一輪の体に纏わりつく桃色の雲の様なものは実は見越入道と呼ばれる雲の妖怪であり、名を雲山(うんざん)と呼び、色々あって一輪を慕っており、一輪と雲山はいつも一緒にいる。一輪は知に長けており、雲山は力に長けており、互いに備わった能力を連携して寺に貢献している。

「でも頼まれた物はちゃんと買ってきました!」

響子はそんな一輪に心配させまいと笑顔で籠に入った品物と財布を差し出す。

「そう・・・・・とりあえず響子が無事なら良かったわ」

安堵した表情で一輪は籠と財布を受け取る。

「・・・・・・ん?おかしいですね」

一輪が曇った様な表情をする。一輪を見下ろすように髭を蓄えた威厳のある親父のような顔をした桃色の雲が覗き込む。

「残った残金が私の計算と違う・・・・・・確かに私は買ってくる品物の値段に合わせてお金を渡したはずなのに・・・・・」

ギクッ!体を一瞬ビクつかせる響子。その心の乱れを一輪は見逃さなかった。

「それに・・・・・・」

響子の顔をじっと見つめていた一輪が響子の顔に手を近づける。

そして怯える響子の口元を指でねぐった。

ねぐった指には甘い香りのする小豆色のねっとりとした何かがついていた。

「ほんのりと甘い香り・・・・・恐らく漉し餡ね、何で響子の口についているのかしら?」

少し声に力を入れてそう問いかける一輪、それは質問というより詰問に近かった。

それは・・・・・・と答えあぐねる響子、もしそれを言ったら怒られるのではないかと言う恐怖が脳裏によぎり言葉が出なかった。

「あら?響子、戻って来ていたのね、中々帰って来ないので探しに行こうと思っていた所でしたよ」

その時だった、ほんわかとした雰囲気が漂う女性が響子に声をかけたのは。

「聖様・・・・・・」

一輪が驚いた様子でその女性の名前を言った。

そこにいる聖と言う名の女性は本来ならこの時間帯にこんな場所にあまり出歩かない人だったからだ。

「聖様!?ご、ご迷惑をおかけしてすみませんでした!私は大丈夫です」

ぺこりと頭を下げた響子。そんな響子に聖は優しく微笑む。

「迷惑なんて思ってないわよ、響子に怪我もなさそうで良かったわ」

そう言って笑顔を見せる聖。

一輪と響子が聖様と呼ぶこの女性、実はこの命蓮寺の住職であり命蓮寺に務める妖怪の元締めなのだ。

見た目は一輪よりも年上な感じで大人の女性の雰囲気が漂い、男女問わず羨むほどの魅力的な体格をしていた。

髪は紫から染まるように金髪になっており腰まである長髪をしている。

優しそうな顔立ちをしておりその瞳の眼差しは慈悲に溢れている、白いワンピースの様なシャツとスカートが一体となった服の上から黒の長袖の上着の様な服を着ており前は常に開いている、両腕の二の腕には白く長細い布が巻きつけている。それは太腿までスッポリと収まる様なブーツの様な靴を履いた足の脹脛にも見られそれが何のためにされているか分からないが何か意味があるのだと思われる。

「わざわざ聖様が探しに行かなくても・・・・・・頼んだのは私ですから、もう少し帰りが遅ければ私が探しに行きましたよ」

しかし聖の横に首を振り、一輪に優しく説いた。

「響子は私の大切な弟子の一人よ、もし響子の身に何かあったのなら私が責任を持って探しにいかなくては示しがつかないわ」

聖の信者想いの言葉に心を打たれ嬉しそうな顔をする響子、一方の一輪はため息をついて言葉を返す。

「聖様のそのお考えはとても素晴らしい事だとは思いますが、帰りが遅いくらいで心配になって寺から出て探しに行かれては寺の運営がままなりません、響子は大切な信者であり弟子である事は私も認めますが信者は響子だけではないのです、聖様にはもう少し寺でじっとしてもらいたいのですが・・・・信者はあなたを慕って仏教を信仰しているのですよ、それなのにあなたが寺を何回も空けているようでは、それこそ信者に示しがつきませんよ」

一輪の言葉に不機嫌そうな顔をする聖。一輪も聖はただ待っているという事が苦手な事は分かっており、その上でそう言っていた。

(聖様はとても素晴らしい御方なんだけど、もう少し自分が住職である事を自覚してほしい・・・・・)

勿論、一輪も聖の事をとても尊敬しており天才的な才能と天性ともいえる人を惹きつける魅力、そして「人間と妖怪の平等な世界」という理想的な思想に惹かれ慕っていた。

だからこそ魔界に封印されていた彼女を幻想郷へ救い出したのだ。

だがいざ封印を解いてみると彼女は寺の住職にしては責任感が強すぎる所があり、何かあれば自ら出向いてしまい、結果として寺を空けてしまうので一輪は手を焼いていた。

悩みを持ち仏の力に縋る人々に教えを説く住職と有事があれば部下に任せず自ら動いてしまう聖は住職に向いていない、と口にする信者も少なくない、実際一輪もその考えが何かある度に脳裏に過ってしまう信者の一人だった。

「それで一輪、どうかしたの?何か響子に問いかけているように見えたけど・・・・・」

心配そうにそう聞いてきた聖に一輪は一連の顛末を説明する。

「実は財布のお金が合わないんです、買ってくる品物の値段に合わせてお金を渡したはずなのですが・・・・・そしたら響子の口元に漉し餡が付いていたので、どういう事か聞いていたのです」

ほんわかとしたにこやかな顔で一輪の話を聞いていた聖。

「品物の値段が変わったとかはない?」

そう聞くが一輪は首を横に振る。

「命蓮寺の出費は信者の寄付金で賄われているので、一銭も無駄遣いは出来ません、だからこそ品物の値段には常に気を配っています、昨日ナズーリンに頼んで里にある品物の値段を調べさせたので今日になって値段が変わる可能性は低いと思います、だからこそ響子に漉し餡の件も含めて問い詰めたのですが・・・・・・」

しかし響子は何も話さず口を閉ざしていた。

目をキョロキョロとしている所から見ると話したくても話せないのだろう。

「一輪、あなたの喋り方は少し厳しいのです、だからこそ響子はその理由を話したら怒られるのではないかと思って話そうとしないのです、ここは私に任せてください」

その理由を聖は見抜いていた。

一輪はとても真面目で肝が据わっており要領も良いため、寺の一部の運営任せる程、聖が信頼を寄せている頼もしい僧なのだが、何分真面目過ぎる所があり冗談が聞かず、寺に務める妖怪や信者に対して厳しく叱咤する所があった。

規則に厳しいのが仏教なのだから彼女のしている事は正しい事なのだが既存の仏教の形に囚われ過ぎる事に聖は困っていた。

全ての規則を守れる事が理想ではあるが人間そう完璧ではない事を聖はよく分かっていた。

だからこそ余程の重罰でない限り許容し重要な規則を守れていればそれで良い、というのが聖の考え方だった。

(一輪は真面目で要領の良い子なんだけど・・・・・もう少し想いやりがあれば皆もあなたを怖がらず頼ってくれるのに・・・・・)

そう思いながらも聖はしゃがみ込み響子の顔を見て微笑んだ。

「響子、怖がらなくていいわ、私も一輪もあなたの話を最後まで聞いてあげるし、悪い事をしていない限りは怒ったりしないから安心して、お使いの時、何が起きたのか教えてくれない?」

聖様、と小さく呟く響子。

響子にとって聖の印象は一輪とは逆で温厚で優しく、滅多に怒らない人だった。

だからこそ聖にそう聞かれると響子はすんなりと口を開いた。

「実は頼まれた品物を買ってお寺に戻ろうとしたら、石に躓いちゃって油壷を割ってしまったんです・・・・・・そしたらその油壷の油が怖い男の人達にかかってしまって・・・・・謝ったんですけど許してもらえなくて、暴力を振るわれそうになった時に、通りすがりのお兄さんとお姉さんが怖い男の人達を追っ払ってくれたんです、そして私が大事な油壷を割ってしまった事を悲しんでいたら、お兄さんとお姉さんが油壷を買い直せるほどのお金をくれたんです、私はどうしてもお礼がしたくて本名を聞いたんですけど名乗る程でもないと言って何処かに行ってしまったんです・・・・」

微笑みながら、それでどうしたの?と聖に聞かれ話を続ける。

「それから私は油壷を買い直した後、残ったお金はお姉さんがお金を渡した事がばれないように何か甘いお菓子でも食べて調整しなさいと言われたので、私はどうしようか迷ったんですけど、結局ずっと前から気になっていたけど入れなかった人気の甘味処で御萩餅とお茶を食べたんです、その御萩餅とお茶があまりにも美味しかったので・・・・ついゆっくりと居座っちゃって、そしてお使いの事を思い出して急いで寺に戻ってきたんです・・・・・本当にごめんなさい」

最後に響子は帰りが遅れてしまった事、甘い和菓子を食べた事、知らない人からお金を受け取ってしまった事をしょぼんとした顔で謝った。

しかし聖は怒らず、そっと響子の頭を撫でた。

「謝る必要なんてないわ、確かに帰りが遅くなってしまった事は少し駄目な事かもしれないけど、あなたに無事ならそれで良いのです、助けてくれたお兄さんとお姉さんがくれたお金はお寺のお金ではないのでお姉さんにそう言われたのなら和菓子とお茶を頂いた事は責めるつもりはないし、むしろそのお金でちゃんとまた油壷を買い直してくれた事を私はとても喜んでいるわ」

それに、と言葉を続ける聖。

「怖い男の人達からお兄さんとお姉さんが助けてくれたのは響子の日頃の行いが良いからなのです、お金をくださったもの日頃の行いが良かったからなのです、誰かのための良い行いはいつか自分に帰ってきます、だからこそ響子は助けてくれたお二人に感謝しながら、これからも良い行いを積み続けなさい」

聖の言葉に響子は顔を上げ嬉しそうな顔をした。

「聖様・・・・・はい!これからも一生懸命、寺の務めをします!」

響子の決意を聞いてまるで自分の事のように嬉しそうな顔をする聖。

(聖様は幾ら響子が子供の妖怪とは言え優しすぎる)

一方の一輪は全くという顔をしていた。

「それで助けてくれたお兄さんとお姉さんってどういう人だったの?」

響子は助けてくれたお兄さんとお姉さんの事を思い出しながら話す。

「お姉さんは二十歳くらいのお洒落な人で鈴音さんと呼ばれていました、お兄さんはお姉さんと同じくらいの年齢で服装は地味だけどカッコいい人で結月さんと呼ばれていました、後は・・・・・・あっ!」

響子は一番特徴的だった事を想い出した。

「お姉さんの肩には羽の生えた小さい猫が乗っていて、お兄さんの肩にも羽の生えた小さい狐が乗っていました!」

羽の生えた小さい動物、それを聞いた途端、一輪と聖は息を詰まらせた。

「・・・・・・?どうしたんですか聖様、一輪さん」

虚を突かれたような顔をする聖と一輪に響子が首を傾げる。

「・・・・・・いえ、何でもないわ、教えてくれてありがとう響子」

すぐに笑顔に戻りそう言った聖。一輪は驚きをまだ隠せてない。

「ところで響子、そろそろ務めの時間だと思うのだけど・・・・・」

あっ!と思い出したかのような顔をする響子。

「そうだった・・・・・じゃあ聖様、一輪さん、私はこれで失礼いたします!」

響子は急いで寺の方へと駆け出して行った。

「・・・・・それにしてもまさか助けてもらったのが逸脱審問官だったなんて」

響子を見送った後、一輪は聖にそう言った。

「ええ・・・・・・という事は響子の言った鈴音は恐らく飯島鈴音さんの事ですね」

聖は飯島鈴音の事を、逸脱審問官が所属する天道人進堂の事を良く知っていた。

幻想郷には様々な勢力があるが天道人進堂と命蓮寺の関係は些か複雑なものだった。

命蓮寺は修行僧が妖怪中心の組織でありながら「人間と妖怪の平等な世界」を掲げている。

対して天道人進堂は職員が人間中心の組織でありながら「人間が妖怪に怯え妖怪がそれを糧にする」を暗に掲げていた。

考え方に決定的な相違がある両者は敵対こそしてはいないか互いに距離を置いていた。

「それにしても複雑な関係である事は逸脱審問官なら分かっているはずなのに何故響子にあそこまで優しく出来たのでしょうか?」

その理由は聖には分かっていた。

「彼らが問題視しているのは私達の宗教理念であって響子ではないからです、彼らは物事を正しく見る目があります、それにもし私達の考えに誤りがあれば真っ先に正しに来るのは彼等ではなく博麗の巫女、博麗霊夢と大妖怪の八雲紫です、私と彼らにあるのは単純な考え方の違いだけです」

その単純な考え方の違いが両者に溝を作っているのだ。

「とにかく、この借りは早く返さないといけませんね」

天道人進堂との厄介事になる前に借りは早く返さないといけなかった。

複雑な関係なのだから無理して借りなど返さなくても良いと思われがちだが、天道人進堂の大旦那である鼎玄朗はとても油断できない男なので厄介事になる前に借りを返してこの話を終わらせておくのが無難だった。

例え鼎が何もしなくても他勢力がこの話を利用して命蓮寺を陥れる可能性も否定できなかった。

「それにしても・・・・・鈴音さんと一緒にいた結月さんという方・・・・・一体何者なのでしょう?」

鈴音と同じ逸脱審問官であるようだが初めて聞く名前だった。

「もしかして鈴音さんにも教え子が出来たのでしょうか」

聖にとってあの鈴音に教え子が出来た事は感慨深い事だった。聖は新人だった頃の鈴音と鈴音の上司の初対面を昨日の事かのように思い出していた。

 

「はあ~・・・・・・ここのココアは本当に美味しいよね」

天道人進堂の地上にある職員と一般人が利用する玄関にある珈琲店「新一息」

何でも今までない新しい休息という意味と、あら!ここで一息しましょう!という二つの意味を掛け合わせてつけられた店名らしい。

流石にこの店名は鼎が名付けた物ではなく人間の里の公募で決められたものらしい。

(なお採用者には喫茶店、新一息の一年間利用券が与えられたらしい)

「鈴音先輩は本当に甘い物好きだな」

結月は初めて体験する珈琲なる珈琲豆から抽出された成分をお湯で割った黒い液体を少しずつ飲んでいた。丸い台をした机に乗る明王は初めて見る珈琲を興味深そうに見ていた。

結月が見つめる先、鈴音側の机には和菓子とケーキなるフワフワなお菓子が三つも皿に乗っていた。

「結月も我慢せずココアにすれば良かったのに・・・・・珈琲結構苦いでしょ?」

初めての珈琲店なので真面目にお店自慢の珈琲を頼んでしまった結月。

あえて答えなかったが結月も正直、余りの苦さに顔には出さないが驚いていた。

しかしただ苦いのではなく、何処か深みのある癖のある味がした気がした。

「でもこれは・・・・・慣れればまた飲みたくなるような癖のある味だな」

結月の答えに苦笑いをする鈴音。

「無理はしなくていいよ、私は一杯飲むだけでも限界だったよ、それに苦くなったら砂糖でも牛乳でも入れれば味がまろやかになるよ」

どうやら鈴音は大の甘党であると同時に苦い物は苦手なようだ。

「大丈夫だ、問題ない」

結月は見栄を張ってしまった。本当は砂糖や牛乳があると言われて入れたくなったが、ここで入れたら絶対、鈴音に「ほら、やっぱり結月も苦いのは苦手だよね」と言われてしまうのが嫌だったので我慢したのだ。

「見栄を張るのは良くないな結月、砂糖くらい入れたらいいじゃないか」

突然鈴音と結月の前に現れたのは何と鼎だった。

いきなりの鼎の登場や心を見透かされたかのような発言に噴き出しそうになる結月。

「鼎・・・・・・何故ここに?」

鼎、とつい呼び捨てにしてしまった結月に鈴音が忠告を入れる。

「結月、鼎様に呼び捨ては良くないと思うよ」

ああ、しまったと思う結月、鈴音の呼び捨ては気にしていた癖に自身は呼び捨てにしてしまった事を反省していた。

「私は一向に構わんよ、私は自分が偉い人間だとは思ってないし様をつける事に躊躇する気持ちもよく分かる、それに呼び捨ての方が結月らしくて良い、無理に『さん』や『様』をつけられても不自然だからな、最も呼び捨てにするのは私ぐらいにしておいてくれ」

鼎は大旦那という役職を仕事の役割としか考えない人間だった、彼とって役職に違いはあれど職員全員と同じ立場である事を尊重していた。

「鼎様も休憩ですか?」

ココアが入った取手の付いた陶器を両手で持ちながらそう尋ねた鈴音。

「何・・・・・君達が飲んでいるのを見て、せっかくだから私もいただこうと思っただけだ」

ここいいかな、鼎がそう聞いてきたので鈴音はどうぞ、と答える。

隣にあった椅子を持ってきて座る鼎。

「結月、苦い物を素直に苦いと言わず深みがあるとか、癖のある味とか言って大人ぶるのは未熟である事を皆に示しているようなものだぞ」

鼎とは契約の間以来だったが相変わらずの鋭い言動だった。

「・・・・・・・では珈琲は苦いと分かっていて飲むものなのか?」

薬じゃあるまいし何故わざわざ苦い思いをして飲む珈琲は一体何なのだろう?

「そうだ・・・・・珈琲とは苦いという事が分かっていて飲む、なのに何故かあの味が忘れられなくてまた飲んでしまう、そして何気なく口にし苦いと感じなくなるようになったら、それが大人だ」

そういうものなのか、そう思って結月は取手の付いた陶器に入った珈琲を見る。

「珈琲とは奥深い飲み物だな・・・・・鼎も大人だからこの味が分かるのか」

そう聞くが鼎の答えは意外なものだった。

「いや、私は苦い珈琲が苦手だから、喫茶店に来たらいつもココアを頼んでいる、珈琲を飲む時は砂糖と牛乳を加えて飲んでいる、わざわざ苦い思いをして飲みたくないからね」

ガクッとなる結月、では何故あそこまで熱く語れたのか?

「じゃあさっきの話は・・・・・」

鼎は受付の方にいる桜の枝風の髪飾りを着けた茶髪の受付嬢を見る。

確か彼女は先日、逸脱審問官になったばかりの結月が次に何処に行くべきか?尋ねた人だった。

「彼女は大の珈琲好きでね・・・・・毎日の三時の休憩にここにやってきて飲んでいる、君に話した話は彼女から聞いた話だ、それに彼女の話によると自分と同じように珈琲を飲む事が習慣になっている人が天道人進堂の職員だけでも二十人位いるらしい」

つまり分かる人には分かる味なのだろう。

それにても幻想郷で珍しい珈琲豆の種を持っていてそれを栽培している男が珈琲苦手とはおかしな話だった。

そこへ可愛らしいドレスを着て白のエプロンと白のカチューシャを身に着けた若い綺麗な黒髪の女性がやってきた。ご丁寧にも彼女がお客様の注文を聞きにくるらしい。

「ココア一つ、クッキーもいただこう、それと珈琲用の砂糖と牛乳もつけて」

はい分かりました、と笑顔を見せた後、調理場に向かう女性。

ココアに必要ない、恐らく珈琲用の砂糖と牛乳は無理して飲んでいる結月のためにつけてくれた鼎の計らいだろう、だが結月にとってそれは恥ずかしい事だった。

「それにしても、わざわざここで飲んでいるのは珍しいな、秩序の間にも喫茶店はあるだろう?」

鼎がそう聞くと鈴音はこう答えた。

「飲むだけだったら地下の喫茶店もいいけど私は明るくて開放感のあるここの喫茶店が好きなんです」

確かに地下の喫茶店は土を掘って作られた地下だけに閉塞感があって雰囲気もあまり重視されていなかった、恐らく鈴音は喫茶店に関してはあの閉塞感が好きではないのだろう。

「そういえば、昨日人間の里で小さな妖怪を助けたそうだな?」

結月は耳を疑った。

何故鼎がその話を知っているのだろう?無難に考えればその話をしたであろう命から聞いたと考えるが、鼎に関してはもっと別の・・・・それこそ件頭から聞いたのではないかと思ってしまう。

「うん、怖い男の人達に絡まれていたから助けてあげたの、名前は確か幽谷響子ちゃんだったよ」

ふむ、と顎に拳を据える鼎。

「幽谷響子、確か命蓮寺に務める修行僧で命蓮寺の門の前をいつも掃除している、山彦の妖怪だったな、能力は音を反射させる程度の能力だったはず・・・・・」

鼎は本当に良く知っていると思う、それとも命蓮寺との関係が些か厄介なのを察して命蓮寺の情報については常に敏感なのか。

「噂では挨拶した人間を襲うとか何とか・・・・・・」

ええっ!?と言う結月と鈴音。

まさか、あのいい子そうだった響子がそんな事をするはずがないと思うのだが・・・・。

「・・・・・・なんてな、所詮は噂だよ、彼女は臆病で非常に温和な性格をしていると言われているし、実際襲われたなんて話は聞かない、情報に詳しい件頭でも信憑性のない噂話として信用されていない程だ、私の推測では博麗の巫女か巷で有名な泥棒魔女が無断で寺に入ろうとして響子と弾幕勝負になった事が人間から人間へと語られていく中で、彼女が博麗の巫女や泥棒魔女を襲ったと内容が曲解してしまったのだと思っている」

その話を聞いて鈴音と結月は安堵していた。

それにしても鼎は噂を否定した上で何故そのような噂が生まれたのか推測を立てた。

その推測は推測だと言われなければ素直に信じてしまう程、的確なものだった。

「彼女の持つ、音を反射させる程度の能力は誰かが発した声を復唱する、山彦の妖怪らしい能力と言えるが、ただ音を跳ね返すだけではない」

鼎が熱心に話している中、先程の白いエプロンとカチューシャを着けた女性がやって来て金属のお盆に乗せた暖かいココアと甘い香りのするクッキーが入った器と珈琲用の砂糖と牛乳を丸い台の机に置いた。

「音を跳ね返すという事は聞いた音を正確に記憶しているという事でありその音を真似て復唱しているという事である、それは音に関して彼女は瞬間的記憶能力に長け、そしてその音と全く同じ音を再現する表現力に長けているという事でもある、音を反射すると言われればたいした事ないように思えるが実際は高い潜在能力を秘めた能力ともいえよう、まるで蓄音機のようだ」

蓄音機?聞き慣れない用語に聞き返す結月。

「音を記憶しその音を忠実に再現する金属製のカラクリだ、幻想郷でも外の世界を行き来出る八雲紫や高い化学技術力を持つ河童なら持っているかもしれないな、最も外の世界では皆がその蓄音機の機能が搭載された多機能なカラクリを手に持って持ち歩いているらしい」

この話が嘘かホントかは分からないが鼎が嘘をついているようには見えなかった。

何故この男はこんなにも外の世界の事にも詳しいのだろう。

もしかして、この幻想郷から外の世界を覗いた事があるのだろうか?にわかには信じられないが鼎ならやりかねなかった。むしろそうだとしたら無駄に先見性が高いのにも辻褄があった。

「さて・・・・・命蓮寺の修行僧である彼女を助けたとすれば、近々命蓮寺の方からお礼の品物が送られてくるかもしれないな」

お礼の品?そんなまさかと思う結月。

「俺と鈴音は響子に本名を名乗ってないからお礼を送ろうにも調べようがないはずだ」

しかし鼎は摘まんだクッキーを明王の口に近づける。

明王は嬉しそうにふんわりとした尻尾を振ってパクッと口に入れ齧った。それを見て結月はハッとした。

「・・・・・・まさか」

そのまさかだよ、と言っているかのような笑みを浮かべる鼎。

「守護妖獣は常に逸脱審問官と一緒に行動する、恐らく彼女の性格を考えると羽の生えた小さな動物をつれた男の人と女の人に助けてもらったと上司に答えるだろう。命蓮寺の住職や幹部ならそれが逸脱審問官の者達である事を理解するだろう」

鼎の話に浮かない顔をする鈴音。

「私は人間として当たり前の事をしただけだから、お礼なんていいのに・・・・」

鈴音はそう言いながら金属で出来たフォークでケーキを切り、フォークの上に切ったケーキを乗せて月見ちゃんに食べさせる。

「困った人がいたら見返り関係なく助ける、優しい心を持つ鈴音らしい素晴らしい考え方だ・・・・・だが命蓮寺は早くこの借りを返そうと考えているはずだ、何故なら命蓮寺は私達の組織、天道人進堂そして逸脱審問官の事を・・・・・」

鼎が話している最中、正面玄関の方から何者かが駆け込んできた。

それは黒ずくめの忍者の様な姿、件頭だった。

息を荒げて駆け込んできた件頭に、天道人進堂の職員や訪れていた一般人の視線が釘付けになり辺りは騒然となる。

鼎は件頭の姿を確認すると険しい表情をした。

そして立ち上がり件頭に近づく。

「若き件頭一之風よ、ここは職員と一般人が通る表の玄関だ、貴様が通っていい入り口ではない、この未熟者が、今のお前は注目の的だぞ」

さっきまで落ち着いた様子だった鼎が怒りに顔を歪め、件頭に喝を入れた。

どうやらこの件頭は件頭になってまだ間もないらしい、本来なら隠し通路から秩序の間の玄関に入るのが普通なのだが、急いだゆえか表玄関から入ってしまったようだ。

「す、すみません・・・・・・逸脱審問官に早くお耳に入れようと急いでしまいました」

息を荒げながら膝に手をつきながら謝った件頭。

「・・・・・・以後気をつけろ、目立つようでは件頭と呼べぬぞ」

鼎は怒りで歪めていた顔を和らげ、そう諫めた。

「それで、どうした・・・・・何か情報を掴んだのか?」

ようやく息が落ち着いた若き件頭一之風。

「逸脱者が出現した可能性が高い情報が入りました、場所は人間の里の近くにある山手村、逸脱者の種類は不明です、至急逸脱審問官の派遣を願いたい」

落ち着いた様子でその話を聞いた鼎、逸脱者が出たと聞いて立ち上がった鈴音と結月の方を見る。

「聞いての通り逸脱者が出現した可能性が高い、鈴音、結月断罪に行ってくれるか?」

まさかすぐ近くに逸脱審問官がいた事に驚く一之風。

結月と鈴音の答えは勿論「はい」しかなかった。

「はい!行きます!私達に任せてください!」

気合いの入った声でそう答えた鈴音。肩に乗る月見ちゃんも気合が入っていた。

「逸脱者を狩るのが逸脱審問官の使命だ、必ず仕留めてみせる」

鈴音に負けじとそう答えた結月、肩に乗る明王をコン!と力強く答えた。

「よろしい、ならば準備が整い次第出撃しろ、それと喫茶の御代は私の奢りだ」

そう鼎が告げると鈴音と結月はありがとうございますと軽く会釈し急いで秩序の間に向かった。

ロッカールームで逸脱審問官の正装に着替え精錬の間で浅野婆から正式装備を受け取ると装着し正面玄関から外に出る。

「行くよ!月見ちゃん!」

その掛け声と共に大きくなった月見ちゃんの背中に乗る鈴音。

「頼むぞ、明王!」

明王も同様に大きくなると結月は明王の背中に乗る。

今度こそ、乗りこなしてみると気合を入れる結月。

「一度で慣れようと急がないで、まずはしっかり守護妖獣に乗る事を意識して私についてきて!」

そう言って発破をかけた鈴音、月見ちゃんは物凄い速度で駆け出した。

結月も明王に発破をかける、明王は月見ちゃんを追いかけるように駆け出した。

前よりかはしっかりと乗る事が出来たがやはりそれでも景色を楽しんでいる余裕はなかった。




第七録、読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?小説の中にココアが出てきましたがチョコレートの歴史が書かれた書籍を見ているとチョコレートは元々滋養強壮のために飲まれていたものが時代の流れと共に甘味料が入れられココアとして飲まれるようになり固形化されてチョコレートになったと書かれていました。
何時頃チョコレートが固形化されたかは覚えていませんが戦後、日本を占領していた米兵がチョコレートを持っていた所を見るに戦前にはあったのは間違いないようです。
同時に栄養価が高くカロリーもあり甘く娯楽性もあるチョコは兵士の携帯食料として重宝されていた事も伺えます。
話は逸れましたが身近で食べられているチョコも深い歴史があると考えると何だか考え深いですね。
色々と忘れてしまった所もあるのでもう一度あの書籍探して読んでみようかな?と考える今日この頃です。
それではまた金曜日に。

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