人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
今回から第二話に入る事になるのですが第一話が物凄くゴタゴタしてしまったので第二話を読んでくれる人がいるのか不安です。
とはいえこれは身から出た錆なので自分のせいだと思って受け入れています。
もし一人でも読んでくれる人がいるのであれば更新を続けたいと考えています。
さて、読者様の中には誰かから視線を感じた事がある方はいるでしょうか?
この小説の中にも気配を感じる、視線を感じるなどの表現が含まれているのですが改めて考えてみると直接自分を見ている人を目撃した訳でもないのに自分を見ている人がいると感じるのは中々非科学的でオカルト的ですよね。
視線というのは目で見えるものではなく物質としても視線という物質は存在せず視線が物理的に突き刺さる事なんてないので本来なら視線を感じるなんてことは出来ないはずです。
大抵は視線を感じるというのは「自分が誰かから見られている」という思い込みであり見られていると感じるのは何か「誰かに見られるような要素」がある事を自覚しているからかもしれません。
でももし実際に視線を感じた先に本当に自分を見つめる者がいるとすればその人はあなたに対して何か強い想いを抱いているのかもしれません。
人間は全てが解明されたわけではありません、自分に差し迫る何かを察知する能力が備わっていたとしてもおかしくはありません。
非科学的でしょうか?でも科学で全てが証明できるなんて傲慢だと私は思います。
それでは第五録更新です。



第五録 森の民が環視する山道 一

夜が更け、辺りは静寂に包まれ、唯一梟の鳴く声が森に響いていた。

木々から覗く淡い月の光が照らす人気のない道。

その道を歩く二人の男の姿がいた。

「すっかり夜になっちまったな」

先頭を歩く男が後ろの男に声をかける。

「ああ、こんな事なら金を払ってでも村に泊めてもらえばよかったな」

この男二人は各地を歩き回る商人で、人間の里で作られた生活用品を幻想郷にある村や集落を周り販売し代わりに集落や村で買ったそこでしか手に入らない特産品や装飾品を人間の里で高値を付けて売る事で生業とする商人だった。

今回も都合よく特産品と装飾品を手に入れた商人だったが、泊まる予定だった人間の里に近い山手(やまて)村に到着した時、まだ日が高かったために急ぎ足で人間の里に戻れば宿泊代を浮かせると考え足を進めたのだ、だが予想していたよりも道のりが険しく日も沈み夜になってしまったのだ。

「後悔している暇はねえ、とにかく先に進もう、妖怪に見つからないようにだ」

夜は妖怪の活動時間だ、日の光を基本的に苦手とする多くの妖怪は太陽の出ている時はあまり活動せず、日が沈み、月が空に昇る夜になってから活動を開始して人間を襲うようになる、幻想郷に暮らす多くの妖怪達にとって夜の訪れは朝の訪れであり月は太陽なのだ。

だから幻想郷では夜、結界に守られた人間の里以外で外に出掛ける事はとても危険であり夜になったら家で安静にするのが良いとされている、何故か妖怪は外に出歩いている人間は襲うが家の中にいる人間は寝ていても襲う事がないらしい。

幻想郷の規則で妖怪は家にまで乗り込んで人を襲う事を禁止されているのではないか、と噂されているが真意は定かではない。

とにかく、今の商人達の状況はとても危険だった。

既に日が沈み、月が空高くに浮かび妖怪の活動時間に入っている、それだけでも危険なのに商人達は妖怪が多くいるとされる森の中を進んでいるのだ。

人気のない森は妖怪達の住処であり人間が襲われるのも森の中が多かった。

もし妖怪に出会ったら余程の事がない限り太刀打ち出来ない。(夜になると妖怪の妖力も上がる上彼らは暗い夜でも見通しが効くため)のでなるべく見つからない事を祈りながら一刻も早く森を抜ける事が先決だった。

幸いにも最近は妖怪が人間を襲う事もめっきり減ったらしい。がそれでも全くではないので安心はできない。

「ああ、早くこの森を抜けないとな・・・・・・」

商人達は妖怪に出会わぬよう祈りながら山道を早足で歩く。

森は山道こそ整備されているものの周辺の木々は手つかずの状態だった。

妖怪の気配はないもののいつ妖怪が現れても可笑しくない状況下だった。

急ぎ足で山道を歩いていた商人達、しかし突然後ろを歩いていた商人の足音が消える。

前を歩いていた商人が振り向くと後ろを歩いていた商人は足を小刻みに震わせながら立ち止まっていた。

「どうした?早くこの森を抜けないと危険だぞ、立ち止まっている暇はない」

しかし後ろの商人は体を震わせ辺りを見回していた、何か様子がおかしい。

「なあ・・・・・・何か視線を感じねえか?」

視線?まさか妖怪が?と思い辺りを見回すも周囲に妖怪の気配は感じられない。

妖怪と言うのは基本的に暗闇の中でもその姿を目視する事が出来る存在だ。

実体の無い者や姿を消せる者もいるが数は余り少ない。

暗闇でも見えるからこそ、多くの妖怪の姿がハッキリと妖怪関連の書籍に絵で描かれているのだ。

「馬鹿な事を言うなよ・・・・・妖怪の姿は見えない、こんな所に立ち止まっていると本当に妖怪と出会っちまうぞ」

しかし後ろの商人の怖がりようは普通じゃなかった。

「お前は気づかないのか、視線は一つだけじゃない・・・・・物凄い数の何かの視線が俺達を囲むように見つめているような感じがするんだ」

そう訴える商人だが前を歩く商人は改めて周囲を確認するも妖怪の姿どころか生き物の姿もない。

暗闇の人気のない森の中で極度の恐怖感から幻覚を見ているのだろう。

前を歩く商人はそう思い怖がる後ろの商人を無理に引っ張って連れていこうとした。

その時だった。

カッ!

足に小石を引っ掻けて静かな森に音が響く。

視線、物凄い数の視線を前の商人は感じた、気のせいじゃない、後ろの商人の話は嘘じゃなかった。

「!?」

周囲からものすごい数の視線を感じ辺りを見回すがやはり妖怪の姿も生き物の姿もない。

だが今まさに視線を感じる、一人や二人ではない数十とか数百とかかなりの数の何かの視線だ。

一体何の視線なのか?周りに誰もいないはずなのに感じる物凄い視線に商人達は恐怖が込み上げる。

ハッとした前の商人は上を見上げた。

見上げるとそこには空に輝く星よりも多い赤く光る目があった。木々の枝に座ってこちらを見つめる何かは商人達の周囲を取り囲んでおりその数は数百匹いた。

「な・・・・何なんだこれは!?」

妖怪なのか?生き物なのか?戸惑う前の商人に後ろの商人はある事に気づき震えた手で前の方を指さした。

「お、おい・・・・・あ・・・・・あれ」

前の商人が後ろの商人が指をさした方向を見るとそこには、大きな木の枝に大きな獣の様な何かが乗っていた。

その大きな獣の様な何かは商人達に向かって指をさした。

「さあ、いつものようにやれ、根こそぎだ」

その合図と共に商人達を取り囲んでいた何かが一斉に木の枝から木に飛び移り滑り落ち地面に降りると商人達に襲い掛かった。

「「うわあああああっ!!?」」

振り払おうとする商人達だったが次々と襲い掛かる何かの前になすすべもなく押し倒されついにその何かに体中を覆われてしまった。

「くくく・・・・・」

物凄い数の何かに覆われ動かなくなった商人達を見下ろす大きな獣の様な何かは不快な笑い声をした。

「これだけの数の前には只の人間など無力・・・・・・この森にある食も財も全て俺の物だ・・・・・くくっ・・・・ひゃあはははははっ!」

そう呟いた大きな獣の様な何かの笑い声が森に響いた。

 

「さてと、結月?次は何処に行こうか?」

上機嫌な鈴音はそう言って隣にいる結月を見る。

時刻は昼過ぎ、鈴音と結月は人間の里の様々なお店が立ち並ぶ通りを歩いていた。

お互いの肩には相棒である明王と月見ちゃんが乗っていた。

「何処でも良い、鈴音先輩が俺を連れていきたい所に連れていけばいい、俺は鈴音先輩に着いていくだけだ」

いつもの控えめな結月の発言に鈴音は頬を膨らます。

「もう、前もその前もそんなような事を言っていたよ、せっかく上司として結月との良い信頼関係を築こうとお出掛けに誘ったのに乗りが悪いよ、そう思わない?月見ちゃん」

鈴音の肩に乗る月見ちゃんは「そうね」と言っているかのようにニャアンと鳴いた

鈴音は教え子となった結月の事を良く知るため信頼関係を築くため結月をお出掛けに誘ったのだった。

それと同時に鈴音はこの前の逸脱者の断罪の際に結月の高い潜在能力を見抜いており、上達具合から一緒に逸脱者の断罪出来る日はもうそこまで来ていると考え、鈴音は結月を一人前の逸脱審問官にするために練っていた計画を前倒しして、次の逸脱者との戦いの際にはとりあえず連携が出来るよう交流を深めようとしていたのだ。

だが、やはり仕事と言うよりかは息抜きと言う感じなのか、今日の鈴音は人間の里の流行りの服装を見に纏っていた、結月も地味ではあるが私服を着ていた。

「俺は鈴音先輩の事をちゃんと信頼している、逸脱者との連携を考えているならお出掛けせずに鍛練の間で一緒に練習すれば良いだけの事だ」

結月のその言葉に「そうだよ」と言っているかのようにコンコン!と鳴く明王。

しかし鈴音は結月の言葉に冷静に反論する。

「結月分かってないね、それに明王ちゃんも、そういうのも大事だけど、息の合った連携は互いの事を良く知らなきゃ出来ないものなんだよ、心からその人がどういう人物なのかどういう性格をしているのか互いに理解し合わないと練習の時上手くいっても本番の時上手くいかないよ、逸脱者は練習通りに動いてはくれないからね、その場の状況に合わせて戦術をかえなきゃ」

鈴音の話に間違いはなかった。

結月は鈴音の事を信頼しているので鈴音の行動に対し自分もそれに合った連携しようと考えていたがどうやらそれは甘い考えだったようだ。

結月の肩に乗る明王も顔を俯かせ反省しているように見えた。

逸脱者の断罪の時に息の合った連携をするにはお互いの信頼関係もそうだがお互い一緒に戦っている仲間はどんな人物なのかを理解してないと連携など上手くいかない。こういう何気ないお出掛けもお互いの理解を深めるためには必要な事だった。

結月はしっかりした人間ではあったが流石に完璧超人ではなかった。

「まあ、このお出掛けは息抜きも兼ねているだけどね、いつも逸脱者の事を考えていちゃ大変でしょ?時々はこうやって心や体を休めないと精神が病んじゃうよ」

それが本音かと思った結月、しかしそう言うのも大切だろう、逸脱者を断罪するという責任感が強い結月もそれは必要だと思った、逆に休むからこそ分かる事もあると理解していた。

「それにしても、結月は私の事を信頼してくれているんだ・・・・・先輩として嬉しいな」

鈴音は嬉しそうに笑う、同僚や知りあいからあの言われようでは鈴音の嬉しくなる気持ちも分かる。

「鈴音先輩、逸脱者との戦いから生き残っていた先輩としてご指導の程、よろしく頼む」

うん!と嬉しそうに頷いた鈴音。

「さて、仕事の話はこれくらいにして、次は何処に行こうか・・・・・・」

先程の甘味処でほんのり甘い和菓子を食べたので次は食べ物以外が良かった。

「そうだ!結月の部屋、必要最低限の家具しか着いてなくて寂しいでしょ?雑貨店に行こうよ!私良い店知っているの、どう行かない?」

鈴音の提案に結月は頷いた。

お洒落とか装飾にあまり拘らない結月だったが流石に今の部屋は寂しさ感じる程、殺風景だった、何か機能的な家具が一つや二つ欲しかった所だった。

「よし!じゃあ行こうか!私に着いてきてね」

鈴音の案内の下の雑貨店に向かおうとした矢先だった。

ガシャンッ!

何かが割れる音、例えるならば陶器が割れたかのような一瞬鼓膜に突き刺さる様な音が響いた。

「てめえ!俺のズボンを汚しやがって!」

その音の後、若い男の怒っているかのような声が響く。

その声のした方では通行人がどよめいていた。

何が起きたのか確かめるため立ち止まる通行人を掻き分け現場に駆け寄る。

「ご、ごめんなさい」

そこには柄の悪い若者が五人と地面にへたり込む小さな人間の女の子の様な姿をした妖怪の姿があった。

地面には籠に入っていた様々な品物が転がっており、割れた壺の破片が散らばっていた、恐らく先程の音はあの壺が割れた時の音なのだろうと理解した。

「謝って済む事かよ、良く見ろよ、俺のズボンが油まみれじゃねえか!弁償しろよ!べ・ん・しょ・う!」

そう詰め寄る柄の悪い男に女の子の姿をした妖怪は困り顔だった。

「ごめんなさい、でも今は手持ちがなくて・・・・・」

女の子の姿をした妖怪はそう言うが男の怒りは収まらない、男はその妖怪の胸倉を掴んで持ち上げた。

「手持ちがないだと!?ふざけやがって!なめとるのかい!」

女の子の姿をした妖怪は軽く錯乱に陥っていて涙目になっていた。

「ふええ・・・・・」

今にも女の子の姿をした妖怪が泣きだしそうになった瞬間。

「ちょっと!やめなさいよ!子供相手に何怒っているのよ」

そこへ鈴音が割って入り、女の子の姿をした妖怪の胸倉をから男の手を取り払う。

その時、鈴音の肩に乗っていた月見ちゃんが地面に飛び降りた。

「なんだてめえは!今俺はこの餓鬼に話があるんだ!」

男は随分と頭に血が上っているようだ。

「とにかく落ち着きなさいよ、何でそんなに怒っているのよ」

鈴音は冷静な対応を求めるが男の鼻息は荒い。

「どうもこうもねえよ、この餓鬼が俺のズボンに油をかけやがったんだよ!ほら見ろよ!」

男のズボンを見ると確かに油の様なヌメヌメした液体で少しだけ濡れていた。

「そうなのか?」

結月は女の子の姿をした妖怪に聞く

「い、いえ、かけるつもりなんてなかったんです、買い物を終えて帰り道を歩いていたら固い石か何かに躓いちゃってその時に油壷を割ってしまったんです・・・・・でも私のせいで油が着いてしまった事はちゃんと謝りました」

確かに状況から察するにこの女の子の姿をした妖怪の話が一番しっくりくる。

恐らくわざとではないのだろう。

「ふ~ん、そう言う事ね、ねえ、この子はわざとじゃないんだから許してあげなよ」

しかし男の怒りは収まらなかった。

「ああ!?許すわけねえだろ!きっちり弁償してもらわない限りは絶対に許さねえ」

気に入っていたズボンが汚されては怒らない気持ちも分からないでもないが、それでも子供の様な言い分だ、男と比べて年下である結月すら呆れるものだった。

「やめなさいよ、そう言う真似は、あなたもう大人でしょ?こんな事は誰にでもある事よ、そんな事で子供にいちゃもんをつけている事が恥ずかしく感じないの?怒らなくても優しく諭すだけでいいじゃない、わざとじゃないんだから」

鈴音の正論を口にするが男の堪忍袋は既にキレそうだった。

「てめえ、このズボン高かったんだぞ!そう簡単に許すわけねえだろ、わざとかそうじゃないとかどうでもいいんだよ!」

鈴音はフ~ン、と男の袴を見て一言。

「高い割にはそのズボン、あなたにはとっても似合ってないわよ、良い?よく聞きなさい、値段が高ければ似合うって訳じゃないの、値段には値段なりの品格が求められるのよ、例えどんな高価な物を身に着けても、ブランドの服を着ても品格が伴ってないと絶対に似合わないわよ、あなたも少しは品格を身に着けたらどう?失敗を許すような寛大な心を持って・・・・・」

鈴音はお洒落にはうるさかった、なのでお洒落の話をしだすと中々止まらなかった。

鈴音の辛口評価についに男の堪忍袋の緒が切れた。

「て・・・・・てめえ!痛い目にあいたいようだな!」

男は鈴音に向かって殴りかかった。

この時、男は不運が二つあった、一つ彼女は厳しい試験に合格した高い身体能力と戦闘能力を持つ逸脱審問官であった事、もう一つ彼女は手加減が出来ない事だった。

スッと飛んできた男の拳を軽く避けた鈴音、そして男の腹に一発拳を叩き込む。

うっ!と声を出した男、腹を殴られ怯んだ所で鈴音は男に背中を向けて殴りかかった腕を掴んだ。

そして男を背負い投げるように地面にたたき落とした。

それだけでも十分なのに鈴音は倒れた男の顔面に気合の入った拳を振り下ろした。

ガツン!痛そうな音がした後、男の顔面には赤い痣が浮かび上がっており完全に気を失っていた

「あ・・・・・しまった、やりすぎた」

鈴音はやってしまったという顔をしていた。

「こ、こいつ!」

見守っていた柄の悪い男の仲間の一人が背中を向けている鈴音に向かって殴りかかる。

しかし鈴音は人間離れした逸脱者を何体も断罪してきた身であるため、男の殺気など既に感じ取っており、男の拳を軽く避けると殴りかかった男の背中に回り込み腕を掴むとその腕の関節を曲げられない方向に曲げる。

「いてててっ!」

激痛に顔を歪める男、そして鈴音は激痛で身動きが取れない男を地面に叩きつけた

ドシャ!地面に重力に引き寄せられるように顔面を地面に強打する。

あぎゃっ!と言う声を上げて男は気を失った。

「このやろぉうふ!?」

もう一人、仲間がやられたのを見ていた仲間の一人が懲りずに殴りかかろうとしたその時、男の首に自分のではない腕が現れ、喉を抑え込まれる。

懲りずに殴りかかろうとした男の後ろに回り込み、首に手を回し込んだのは結月だった。

そしてそのまま腕で首を強く絞めた、背中を後ろに曲げ男の体を宙に浮かすように。

「が・・・・・が・・・・は」

首を強く締められ男は何とか逃れようと抵抗するが地に足がついてないため、踏ん張る事も出来ず、ただバタバタと虚しく暴れていただけだった。

次第に酸素が足らなくなり男の動きが鈍くなる、結月は男の動きが鈍くなった所で締め上げていた腕の力を緩めて男を解放した。

宙に浮いていた男は地面に崩れ落ち膝を付き両手で喉を抑えて激しく咳き込んでいた。

しかしあまりに長く呼吸が出来ていなかったのか、上手く呼吸が出来ず、地面に転がるように倒れた。

「・・・・・・これでも、まだやるのか?」

結月は静かに、けれどもしっかりとした声で残った柄の悪い男の二人に聞いた。

「ひ、ひい!お助け~!」

一人が倒れた仲間を置いて逃げ出すと残った仲間の一人に残された選択は一つしかなかった。

「おっおい!待てよ!一人で逃げるなあ~!」

残された一人も先に逃げ出した男の後を追ってその場から逃げ出した。

事態が鎮静化し鈴音の戦いの様子を遠くから見ていた月見ちゃんが再び鈴音の肩に乗る。

ふう、と力を抜いた鈴音、しかし口からできた息はため息交じりにようにも見えた。

「やっちゃった・・・・・暴力は振るわないようにしようと思ったのに・・・・」

鈴音は地面に転がる三人の男を見る。

逸脱審問官は厳しい試験に合格した、心身ともに強靭で日頃から厳しい訓練を積んでいる人間の集まりである。

相手が逸脱者ならともかく、並の人間と喧嘩になると大怪我を負わせてしまう事が多かった。

そのため鼎からは掟を破った者でない限りはなるべく穏便に済ませるように、と言われていた。

逸脱審問官は人間の誇りと尊厳を守る、いわば人間の番人みたいなものなので評判が悪くなるという事は人間の誇りや尊厳を自分達の手で穢す事とおなじだった。

「鈴音先輩は悪くない、鈴音先輩は正しい事をした、悪いのは勝手に逆切れしたこの男たちの方だ」

明王も賛同するかのようにコンコンと鳴いた。

そして結月は野次馬の方を見る。

野次馬は色々と騒いでいたが「格好良い~!」とか「良くやったぞ~!」やら「あいつら周りの事をまるで気にしない迷惑な連中だったから痛い目にあっているのを見て気がせいせいしたよ」などいっており、鈴音や結月を批判する者はいなかった。

「周りに見ていた人達は鈴音先輩のやった事を褒めている、それが何よりの証拠だ」

そう言うと鈴音は結月に真剣な眼差しを向ける。

「結月、例えそうだとしても私達は逸脱審問官よ、並の人間と喧嘩になれば大怪我を負わせる事になるわ、それは逸脱審問官の立場だけじゃなく天道人進堂の評判も悪くしかねない事よ、気をつけなさい」

そう諫める鈴音、結月は確かに、と思い反省した。

「それにしては鈴音先輩、手加減は一切してないように見えたが・・・・」

見ていて素直に思った事を言った結月に鈴音はうっ!という声を出した。

「他の仲間との模擬戦闘を何度もやってきたから、つい無意識に体が動いちゃって・・・・」

それは戦いの熟練者故の悩みだった。

(あの時俺は鈴音を助けようと男の首を絞めたがいつかは俺もあんな風になるのだろうか)

並の人間との喧嘩は避けるべきなのに相手から手を出されると咄嗟に反撃してしまう。

どうすればそれを制御する事が出来るのか、結月にまた一つ考えるべき悩みが出来た。

「とにかく、それはまあ・・・・・置いといて」

話を無理に置いた後、鈴音は地面にへたり込む女の子の姿をした妖怪に手を差し伸べる。

「もう大丈夫だよ、怪我はない?」

優しく微笑んでそう問いかける鈴音。

「あ・・・・ありがとうございます」

鈴音の手を掴み立ち上がりながら礼儀正しくお礼を言う女の子の姿をした妖怪。

その顔は笑ってはいたが目は何処か怯えているようにも見えた。

(やはり成人の男をボコボコにする所を見たら怯えるのは当然か)

鈴音も結月と同じ事を思っていた。

「良かった・・・・・怪我はないようね、怖いお兄さん達は私達が退治したから安心して」

鈴音は女の子の姿をした妖怪をリラックスさせるため屈託のない笑顔を見せる。

「は、はい・・・・・・助けてくれて本当にありがとうございます」

ある程度は怯えなくなったものの完全にリラックスしてはいないようだ。

「ほら、結月も笑いなさいよ、いつも無表情なんだから、それじゃ怖がられるよ」

そう言われ結月も女の子の姿をした妖怪をリラックスさせるため笑おうとするが、いかんせん笑顔に全く慣れておらず鈴音と比べると不格好だった。

結月の相棒である明王も結月の笑顔と言えない笑顔を見て軽くひいているように見えた。

「ちゃんと笑いなさいよ、この子が怖がるじゃない」

そう言われどうにか笑顔を作ろうと頑張って表情を変えていると、それを見ていた女の子の姿をした妖怪は堪らず噴き出した。

「あははははっ!ご・・・・ごめんなさい、でもお兄さんの顔とっても可笑しくて・・・・」

図らずも女の子の姿をした妖怪をリラックスする事に成功した。

「上手く笑えない事が役に立つなんて思わなかったよ、ありがとうね結月」

結月にとってそれは喜んでいい事なのか、恥じるべき事なのか分からず心中は複雑だった。

「良かった、落ち着いてくれて・・・・・あなた名前はなんていうの?」

女の子の姿をした妖怪は可愛らしい笑顔を見せながら自己紹介をした。

「私の名前は幽谷響子(かそたにきょうこ)と言います、山彦の妖怪で今は命蓮寺(めいれんじ)で暮らしています」

幽谷響子、そう名乗った妖怪は人間の10代なりかけくらいの女の子のような体格で、髪は青緑で肩まであり瞳は緑色でパッチリとしている

幼い女の子の様な可愛らしい顔は笑顔が良く似合う、袖口が絞ってある長袖の淡い桃色をしたワンピースのような服を着ており、基本は白で裾の方だけ黒いスカートを穿いている、足には黒色の靴を履いている。

そして頭には茶色の犬の耳のようなものが生えており、ワンピースとスカートの境目からは茶色のふわふわとした尻尾が飛び出ておりそれがとても妖怪らしい特徴だった。

(命蓮寺か・・・・・確かあそこは・・・・・)

命蓮寺、その寺の名前を結月は良く知っていた。

人間の里近くにある、聖白蓮(ひじりびゃくれん)が住職を務め毘沙門天の使いである虎丸星(とらまるせい)を御神体として崇める仏教系のお寺だ、「妖怪と人間の平等な社会」を掲げ住職を含め寺で務める僧は全員妖怪であり、その下に人間の信者が数多くいる幻想郷有数の宗教勢力だ。

ただ参考書には「人間が妖怪に怯え恐怖しそれを妖怪が糧とする」幻想郷の秩序を乱す可能性のある存在として書かれており、敵対こそしていないものの要監視対象と書かれていた。

「へえ~、命蓮寺で働いているんだ、それで今日は買い物に来たの?」

鈴音は響子が命蓮寺に所属している妖怪である事を気にしていなかった。

それは鈴音が特別ではなく結月もそうだった。

(とはいえ天道人進堂が問題視しているのは命蓮寺の考え方であり、そこで働いている僧を邪険にする理由はない)

「妖怪と人間の平等な世界」を掲げているのが住職である聖白蓮と他数名の考えによるものならば、彼女と他数名の考え方自体が問題視されるべきあり責任も彼女らにある。

そして要監視対象とされているが万が一命蓮寺の考え方が幻想郷の秩序を乱す者なら、その時は博麗が動くだろうし幻想郷の主である八雲紫も黙っていないだろう。

つまり要監視対象とはそう重要な事ではなく、単に天道人進堂では「人間が妖怪に怯え恐怖し妖怪がそれを糧とする」という幻想郷の秩序に乗っ取った考え方を支持しているため、命蓮寺の宗教理念に魅入られないようにという事なのだろう。

簡単に言えば問題視しているのは宗教理念でありその人間を否定するものではないという事だ。

「はい、お寺で使う蝋燭とか雑巾とか石鹸とかを買いに来ていたんです」

結月は鈴音と響子が話している間に転げ落ちた品物を拾い籠に入れていく。

「でもその帰り道に石に躓いちゃって・・・・・怖いお兄さん達に絡まれていた所を・・・・鈴音さん・・・・・結月さんに、助けていただいたんです」

名前があっているが鈴音と結月の顔を見ながらそう話す響子。

結月は落ちていた品物を入れなおした籠を響子に差し出す。

「ありがとうございます・・・・・・」

その時は嬉しそうな顔をした響子だったが次第に表情が曇る。

「?どうしたの?もしかして油壷を割ってしまった事を気にしているの?」

はい、と小さく呟いた響子。

「でももう油壷を買うお金はないし・・・・・・素直に報告すれば許してくれるかな、でもこの前ぬえちゃんが木魚をよく分からない物に変えてしまった時、一輪(いちりん)さん物凄く怒っていたな~・・・・・・」

木魚が一体どんなよく分からない物になってしまったのか、結月は気にはなったが今はそれを聞く場合ではない。

「あっ!ごめんなさい・・・・・お二人には関係ない話でしたね」

不安で落ち込む響子を見て結月と鈴音は顔を見合わせる。

そして、二人は互いの財布からお札を出すと響子の前に差し出した。

「え?」

目の前にお札が出て来て状況が理解できない響子。

「ほらこれで油壷を買いなおしなさい」

響子にとって予想しない展開に響子は気が動転する。

「えっ!そんな・・・・・お金なんて受け取れません!割ってしまったのは私のせいですし、これ以上お二人にご迷惑をおかけする訳には・・・・・・」

謙虚な響子に結月が話しかける。

「受け取れ、こける事なんて誰しもある、あんたは何も悪くない、買ってこないと怒られるのだろう?」

いえ、でも・・・・・と渋る響子に鈴音が一押しをする。

「このまま響子ちゃんを帰したら何だか夢見が悪くなりそうだし、私達のご厚意だと思って受け取って、お金が余ったら何か甘い物でも食べなさい、一輪さんにバレないように調節してね」

鈴音がそう言うと響子は嬉しそうな顔をしてお金を受け取り、鈴音と結月にお辞儀をした。

「ありがとうございます!これだけあれば油壷を買い直せます!」

物凄く喜ぶ響子を見て鈴音と結月は嬉しそうだった。

「良かった、今度は割らないように気を付けてね、じゃあ私達はもう行くね」

響子の前から立ち去ろうとした鈴音と結月に響子は「あ、あの」と声をかけた。

「お二人の本名を教えてください、何かお礼をしますから・・・・」

しかし鈴音と結月はあえて本名を名乗らなかった。

「気にしないで、ただの通りすがりの通行人だから、名乗る程でもないわ」

鈴音がそう言うと肩に乗っていた月見ちゃんがニャアンと鳴いた。

「そう言う事だ、じゃあな、響子ちゃん」

ちゃん付けは何だか恥ずかしい気もするが呼び捨てもいけないので不格好ながらちゃんをつけた結月。

結月もそう言うと肩に乗っている明王もコンコン!響子に向かってと鳴いた、恐らくは「さようなら」を言ったのだろう。

「鈴音さん!結月さん!この御恩は絶対にいつか返しますから!」

響子は大きな声で結月と鈴音に向かってそう言った。

鈴音と結月は山彦に恥じない大きな声に見送られるようにその場を後にした。

 




第五録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
小説の補足として書く事があるとすれば逸脱審問官は法ではなく法に従って動いています。
法というのは人間の里の法律でもあり天道人進堂に掟でもあり人間としてのモラルでもあります。
こうやって書くとめんどくさいかもしれませんが逸脱審問官は基本的には法に従いますが状況によってはそれを破ってしまう場面があるかもしれません。
例えば逸脱者の家を焼くというのは天道人進堂としては逸脱者を出さないために行う正しい事なのですが人間の里の法律としては間違っているかもしれません、一応天道人進堂の願いもあって人間の里では特例として許されているのですが・・・・・・。
それに彼等もまた人間なので破ってしまうのは致し方がない事なのです。
だからといって彼等はそれに甘んじる事無く反省しているので許してあげてください。
最も仕方ないでは済まされない事はちゃんと彼等は理解しているのでそういった事はしないと思います・・・・・・・なるべくは書かないように努力します。
それでは今度こそ金曜日に。

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