人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
さて、今回は番外編となります、前回の前書きにも書きましたが今回は第三話の蝙蝠騒動が起きていた時、霊夢はどうしていたのかを書いた番外編です、確認のため一度読み直しましたが今一度読んでみると何だか霊夢が相当アレな気がします、きっと書いていた時の自分の考え方や価値観が今の自分とは違うからなんでしょうね、これは成長したとみるべきかそれとも退化したとみるべきか・・・・・・迷う所ですね。
それでは番外編です。


外伝 蝙蝠騒動最中の霊夢

月夜に照らされた静かな幻想郷の夜が各地で飛び回る蝙蝠の群れによって脅かされてから四日目。

幻想郷に暮らす人々は飛び回る蝙蝠の群れとそれと連動するように起こる行方不明者事件に怯える中、幻想郷の最も東にある博麗の巫女の住居、博麗神社ではいつもと変わらない日常が続いていた。

神社と鳥居の間にある石造りの歩道を博麗の巫女と呼ばれる博麗霊夢は何処かやる気なさげで手に持った箒で落ち葉を掻いていた。

とはいっても霊夢にやる気がないのはいつも通りであり、彼女がやる気を出すのは幻想郷に影響を及ぼすような厄介な事件・・・・主に「異変」が起きた時か、自分に悪影響を及ぼす事態が発生した時、そして金の絡む話である時である。

「さて・・・・・そろそろ休憩の時間ね」

歩道にはまだ所々落ち葉が残っているが彼女は決してやりきる性格ではなく多少残っていても大体が良ければ良しとする所があった。

それに彼女は掃除が余り好きではなかった、理由は単純で楽しくないからである。

とはいえ不潔なのも嫌なので神社の清掃も殆ど毎日欠かす事はないが大まか出来ていれば多少汚れていても気にしなかった。

彼女が楽しみにしている事、それは掃除の合間にある休憩である。

神社の正面入り口の階段の上にある縁側に腰かけお茶とお菓子で一服する、それを一日に三回するのが彼女の日課だった。

「はあ~今日もお茶が美味しいわ」

湯呑に入れたお茶を一服しまるで疲れた心を癒しているかのような様子でそう言った霊夢、とはいえ彼女は一息つくほど疲れるような事はあまりしていないのだが・・・・。

霊夢がそんな風に一息ついていた時だった。

神社の正面、石造りの歩道をまたぐように立つ赤い鳥居、その鳥居の向こう側から何かが飛んできていた。

その何かは物凄い速度でこちらに向かって飛んできており鳥居を潜り抜けた所で急速に速度を落としていき神社の屋根に入るか入らないかの所で急停止した。

その間、霊夢は驚く事なくじっと自分の目の前にいる何かを見つめながら饅頭を食べていた。

「霊夢さん、また休憩ですか?随分とお暇なようですね」

その何かは人型をしており姿こそ人間の少女と変わらないが背中には鴉(からす)の様な大きく広げた黒い翼が生えており、その風貌も幻想郷で暮らす人間とは何処か違っていた。

彼女の名前は射命丸文(しゃめいまるあや)、天狗の妖怪であり彼女は鴉天狗だった。

容姿は10代後半の少女の様な体格をしているが背中には鴉のような翼が生えておりこれが鴉天狗の所以とも言われる。

顔は中々可愛らしい、見た目年齢で年相応の人間の少女の様な顔をしており髪は黒髪のセミロングで頭には山伏が被っている帽子の様な物を被っておりその帽子からは左右に紐のようなものが伸びている。

服は白色の襟の付いた半袖のシャツに胸元には黒色のリボンが結んである。

黒色の短めのスカートを穿いておりスラリとした足が露出している。

黒色の靴下の他、高下駄の様な靴を履いておりお洒落と伝統の中間の様な風貌をしている。

右手には文花帖と呼ばれる天狗の手帖のようなものを持っており背中には天狗の団扇を携えておりそして肩には紐付きの幻想郷では珍しい一眼レフカメラを担いでいた。

彼女は天狗の中でも最も速い天狗であり天狗は幻想郷でも一・二を争う速さを誇る妖怪であるため彼女は事実上、幻想郷一速い妖怪である。

「みんながせかせか動き過ぎなのよ、物事はゆとりを持ってやるものよ」

そう言って彼女は湯呑のお茶を啜る。

「貴方はもう少し動いてもいいと思うのですが・・・・・歩道の落ち葉だって所々残っていますよ」

そう言って地面に着地をする文、そこへ一羽の鴉が飛んできて文の隣に着陸する。

この鴉は文の使い魔であり幻想郷一速い文の使い魔だけあってこの鴉もまた幻想郷一速い鴉なのだがそれでも先程みたいに全速力で飛ばれると追いつけなくなり遅れてやってくる事になる。

「あれくらいでいいのよ、どうせまた汚れるんだし」

そういう考え方もあるが文にはどうも適当に済ます理由にしているように思えなかった。

「それより何の用なの?貴方が欲しそうな新聞のネタはここにはないわよ」

鴉天狗はその殆どが新聞屋をやっており彼女もまた新聞屋として幻想郷中を回って新聞のネタになる様な情報を探し編集して掲載し文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)として幻想郷中に発行しているのだ。

しかし幻想郷一速さを持つ彼女だが速過ぎる故か地道な情報収集が苦手で新聞の発行は月に多くても五回と少なくその割には記事の内容も少ないため、愛読者は少ない。

ただ背中に生えた翼と服装以外は可愛らしい人間の少女と変わりなく、幻想郷に住む人間の多くが彼女の事を少なくとも邪険にはしておらず取材を快く引き受けてくれる事が多い。

「そうですねえ『怠慢の博麗の巫女、掃除の合間に三回も休憩をとる、幻想郷の未来は大丈夫か?』という記事にしかならなさそうですね」

屈託のない笑顔でそう言った文に霊夢は文を睨みつけた。

「馬鹿な事を言わないでちょうだい、それに許可もなく私の私生活を記事にしないでよ」

それに対し文は手で仰ぐような仕草をする。

「冗談ですよ、そんな記事出しても多分売れませんしね」

しかし文のその言葉は逆に霊夢をより不機嫌にさせていた。

「あくまでも記事にしない理由は私生活だからではなくお金ならないからなのね、本当に貴方はいつも新聞の売り上げの事しか考えていないわね、そんなんだからいつまでたっても貴方の新聞は売れないのよ」

しかし今度は文がムッとした表情を浮かべる。

「余計なお世話です!これでも皆様が私の新聞を読んでくれるよう努力しているんですよ」

しかし霊夢はお菓子である饅頭を頬張ろうとしながら反論で返す。

「努力していても結果が出なければ意味がないのよ」

霊夢のその言葉に文は言葉を詰まらせた後ため息をついた。

「どうしたらもっと私の新聞の愛読者が増えるでしょうか?このままじゃ私の新聞また部数の少なさで負けちゃいますよ」

新聞屋を仕事としている鴉天狗の間では新聞の部数の多さを競う新聞大会を毎年行っているのだが文の新聞は常に下位に甘んじており鴉天狗の間では文は新聞屋に向いていないなどの陰口を言われる事も何度もあった、だからこそ次の新聞大会では上位に食い込んで自分の陰口を言っていた奴らを見返してやりたいと思っていた。

文の悩みに関して霊夢には心当たりがあった。

「そうね・・・・・まずは号外なんてせこい手はやめて毎日ちゃんとした新聞を毎日出せるよう努力しなさい、新聞は多い時でも月に五回で時季外れの号外ばっかり出していたら、そりゃ貴方の新聞を愛読しようとする人なんて少ないわ、私も貴方の号外にはうんざりしているのよ」

文は新聞の部数を増やそうと号外と呼ばれる重大な事が起きた時に発行される新聞(文の場合は大して重大でもないような内容なのだが)を発行して幻想郷中にばらまく事で何とか新聞部数を増やそうとしていた。

しかし号外を出す頻度があまりにも多いため自然と号外が家の中に溜まってしまい、しかもどの号外も時季外れの内容が多いためこの号外がむしろ文の新聞の印象を悪くしていた。

「やっぱりそれしかないですよね・・・・・・・って、今日はそんな事を話にきたのではありません」

話が脱線している事に気づいた文は霊夢に近づくと自分の書いた新聞を霊夢に差し出した。

「はい、最新号の『文々。新聞』を渡しに来ました、貴方にはまだ配ってなかったはずです」

文の言葉に霊夢は眉間に皺を寄せる、それは何か腑に落ちないような顔だった。

文の手から新聞を受け取った霊夢は新聞の見出しをじっくりと見た後、その新聞を文に差し出した。

「これ、私もう持っているわよ?」

文が手渡した新聞は既に昨日の朝、文が賽銭箱の上に置いていた新聞と同一のものであった。

「え、本当ですか?貴方の勘違いとかではなくて」

霊夢はめんどくさいという顔をしながらも腰を上げると神社の引き戸を開け室内に入ると右手に新聞を持って戻ってきた。

「これが違う新聞に見える?」

霊夢が見せた新聞は確かに自分が先程渡した新聞と同一のものであった。

「確かに同じ新聞ですね・・・・・・そういえば昨日は一番早く貴方の神社に配りに行きましたね、私としたことが忘れていました」

ワザとらしく、今その事を思い出したかのようにそう言った文を霊夢は疑いの目で見ていた。

「本当に忘れていただけなの?そうやって忘れた振りをして新聞を手渡して新聞の部数を増やそうとしているんじゃないの」

霊夢の言葉に文は考え込む様な仕草をする。

「・・・・・・なるほど、私の新聞があまり読まれていない事を逆手にとって同じ新聞をいかにも最新号の様に手渡す、その手もありましたね」

文のその言葉に呆れた表情を浮かべる霊夢。

「流石に幾らなんでもそれは惨め過ぎるわよ、そんな事をして新聞大会に勝っても何一つ嬉しくないでしょ」

ごもっともな意見である、もちろん文も冗談のつもりだった。

「流石の私もそんな真似はしませんよ」

冗談のつもり、そうは言いつつも内心その手もありだな、と思っている自分がいた。

しかし霊夢は勘の鋭い女性である、文の考えている事など感づいており疑いの目で文を見ていた。

「・・・・・・何ですか、その目は?いや絶対そんな真似はしませんって、本当ですよ?心に誓っても良いです」

霊夢から疑われている手前、やましい気持ちなどないと主張する文だが霊夢はそう簡単に納得してくれない。

「果たしてどうかしら、貴方の発言には信憑性は感じられないわね」

信頼あってこその新聞屋なのにその信頼がないとは何とも情けない話だが文は実際、狡賢い一面があり口ではそう言いつつも果たして本当なのか疑わしかった。

実際、号外で新聞部数を増やそうとしている所を見てもそういう節があった。

「・・・・・・それをするくらいなら新聞屋なんて名乗りませんよ」

しかし流石の文も一端の新聞屋、幾ら部数が増えなくてもそんな行為をするくらいなら新聞屋を辞める覚悟だった。

その言葉に霊夢はようやく疑いの目をやめてもう一つ用意されていた湯呑にお茶をいれ文に差し出す。

「ありがとうございます、貴方がお茶を注いでくれるなんてめずらし・・・・熱っ!」

寒い冬を越え春らしくなってきた幻想郷、人間でも半袖の服を着た人が増えてきたのに霊夢の差し出したお茶は今沸かしたかのような熱さだった。

「ちょっとこのお茶熱すぎません?」

火傷しかけた舌を出し冷ましながらそう言った文に対し霊夢はムッとした表情をする。

「何よ、せっかく好意でつけてあげたのだから文句言わないの、それに私は寒がりだからこれくらい熱い方が体が温まっていいの」

確かに霊夢は寒がりだからこれくらいの熱さの方が丁度いいかもしれないが、では何故別に寒がりではない魔理沙はこんな熱いお茶を平然とした様子で飲めていたのか?

そう思いつつも文はフーフーと冷ましながらお茶を啜る、熱いものの味は悪くなかった。

「それにしても私の最新号の新聞の一面を読みましたか?」

霊夢はその言葉にお茶で一息ついてから別に興味無さそうに返事をする。

「見出しの記事は見たわよ、詳しくは読んでないけど」

昨日発行した最新号の文々。新聞の一面には『静かな夜を蝕む蝙蝠の群れ』という見出しと共に『連日の人間の行方不明者事件に関連性?』と副題が添えられており書かれている内容も蝙蝠の群れに関する事だった。

実際、この記事をあげているのは文だけでなく殆どの鴉天狗が蝙蝠の群れの事を書いており中には『新たな異変の予兆か?』とまで書かれた鴉天狗の新聞もあった。

「一体誰がこんな事を起こしているのでしょうね?」

飲み終わったお茶を霊夢に手渡した文。

実は文が博麗神社を訪れたのは蝙蝠の群れに関してある事を確認するためだった。

「さあ?レミリアやフランがこんな事をするとは思えないし現世からからやってきた蝙蝠の妖怪が暴れ回っているんじゃない?」

霊夢も紅魔館の吸血鬼がこんな事をするとは思ってなかった、一度対峙し戦った事のある霊夢なら尚更だった、あの二人がこんな事をするはずがない、増してやこんな地味なやり方で人間を脅しそして人間を襲うなんて霊夢には考えられなかった。

「知っていますか?現世の特に日本では名のある蝙蝠の妖怪は殆どいないんですよ」

見た目は少女の様な姿をしている文だが幻想郷で生まれた天狗ではなく幻想郷が出来る前、現世で生まれた天狗であり現世事情(その当時のだが)には詳しく、現世の日本には蝙蝠の妖怪が少なくまたこれほど蝙蝠の大群を操れる程の妖怪などいないに等しかった。

幻想郷にいる妖怪はその殆どが日本に住んでいた妖怪が入ってきている事を考えるとこの蝙蝠の群れと連日の人間の行方不明事件は妖怪の仕業とは考えにくかった。

「へえ、そうなんだ、覚えておくわ」

特に驚いた様子もなくそう答えた霊夢、文はさっきまでとは違う真剣な表情を霊夢に向けた。

文も霊夢もこの蝙蝠の群れを操る存在は何となく予測がついた、恐らくはそうだろうと確信できた。

それでも動こうとしない霊夢に意を決して文は霊夢を問い詰めた。

「行かないんですか、人妖狩りに?」

まだ裏の取れていない未確定要素なので新聞には載せられなかったが文はこの蝙蝠の群れが人妖の仕業であると確信していた。

人妖は幻想郷に置いて秩序を乱す大罪人である、博麗の巫女には悪事を働く妖怪を退治する役割の他に人妖を倒す役割があった。

霊夢もまた蝙蝠の群れが妖怪の仕業ではない事など既に気づいているはずだ、のんびりとしているようで他の人間と比べ状況を冷静に分析し考える能力に長けているからだ。

しかしそれでも霊夢は動こうとしない、それは何故なのか気になりもしや、自分が新聞を配り忘れ霊夢が幻想郷で起きている事をあまり把握していないのではないかと思い博麗神社を訪れたのだ。

「今はその気分じゃない」

即答だった、しかしその答えが帰って来る事を文は何となく分かっていた。

「気分じゃないって、幻想郷に秩序を乱す人妖を倒すのが博麗の巫女の役割ですよね?」

しかし霊夢は平然とした様子で湯呑にお茶を入れる。

「そうよ、人妖が現れた時、幻想郷の秩序を保つため人妖を狩るのが博麗の巫女の使命よ、でも今はそんな気分じゃないの」

悪事を働いた妖怪を退治するのも幻想郷の秩序を乱す人妖を狩るのも博麗の巫女の役割であり使命でもあったが、いつやるかは本人の気分次第であり、今の霊夢にはやる気がなかった。

しかしこれは珍しい事ではなくかつて起きた異変の中でも霊夢がすぐに動いたのは本当に幻想郷が危機的状況だった永夜異変(夜が明けず満月の月が空に浮いたまま状態が続いた異変、満月の月に影響される妖怪も多く、最悪幻想郷が壊れてしまう危険性もあった大異変だった)時くらいであり基本的には霊夢は気分が乗った時しか動かない傾向があった。

「連日のように人間が襲われているのですよ?それでもですか?」

蝙蝠の群れを操っているのが人妖であると同時に恐らくは連日の行方不明者も人妖の仕業であることを文は確信していた。

何故なら人妖の多くは人間を食べなければ自分の体を維持できない体質でありもし蝙蝠の群れを操っている存在が人妖であるならば連日の人間の行方不明者も説明がつくからだ。

「私の役割は幻想郷の秩序を保つ事であって人間を助ける事ではないのよ、ましてや他の人間の事なんて私にはどうでもいい事よ」

霊夢は種族こそ人間だが霊夢は人間に対して大して特別な感情はもってなく、自分は自分、他は他としか考えておらず、例え蝙蝠の群れを操っている存在が同じ人間を襲っていたとしてもどうでも良かった。

博麗の巫女に課せられた使命は幻想郷の秩序を保つ事であり決して人間を妖怪や異変から守るためのものではない、幻想郷の秩序を守るための行動が結果として人間を救っているだけに過ぎなかった。

むしろ今の理想的な幻想郷の秩序を保つためには妖怪に襲われる人間は必要最低限の犠牲とさえ霊夢は思っていた。

偶然妖怪が人間を襲う所を見掛けたとしても人間を助ける時はその妖怪が霊夢の嫌いな妖怪の時か、それとも余程虫の居所が悪く妖怪を退治して気分を晴らしたい時である。

結局は霊夢と言う人物は自分本位な存在であり、妖怪を退治し異変を解決してくれる存在である博麗の巫女だが、正義の味方ではなかった。

それでも今の幻想郷の秩序が保たれているのは博麗の巫女がいるおかげなので感謝しなければならないのだが、博麗の巫女の評価する人間はあまりいない、そもそも霊夢自体あまり知らない人間さえいるのだ。

例外として天道人進堂は人間側の組織で霊夢の役割を理解し働きを評価する珍しい存在といえた。

博麗神社の参拝客がほとんどいないのもこういう事が理由だった。(博麗神社が人間の里から程遠い場所にあるのも原因らしいが)

「蝙蝠の親玉が人妖にしても妖怪にしても襲われている人間の数だって毎夜一人くらいなものじゃない、みんな大きく騒ぎ過ぎなのよ、昔は毎日二、三人の人間が襲われても誰も驚かなかったわよ」

もちろん霊夢が昔の幻想郷の事を知っている訳がない、しかし紫からそんな話を聞いた事があった、それはまだ幻想郷に大した規定が決められていなかった頃の話だった。

「そりゃまあ、あの頃と比べたら大した騒ぎではありませんですけど、それでも毎日のように人間が襲われるのは近年では珍しい事ですよ」

逆を言えば珍しくなる程人間が襲われる事が少なくなったからこそ人間が毎夜一人ずついなくなっただけでも怯えている訳なのだが・・・・・。

「それに本当に蝙蝠の群れの親玉が人妖とは決まった訳ではないわ」

それに霊夢が動かないもう一つの理由に蝙蝠の群れを操っている存在が人妖と決まった訳ではないという事もあった。

幾ら人妖の仕業である可能性が高くても証拠がなければ推測の域を出る事はない。

もし夜な夜な飛び回る蝙蝠の群れや行方不明者の犯人が妖怪の場合、早急に手を打つ必要性はなかった。

もし妖怪が蝙蝠の群れを率いて人間を襲う事は妖怪の楽園である幻想郷の規定において何一つ間違ってないからである、霊夢が動くとすればその妖怪が自分に襲い掛かってきた時か蝙蝠騒ぎと行方不明事件がこれ以上長期化する場合のみである。

幾ら妖怪の楽園だからって物事には限度がある、人間が少なくなれば幻想郷の妖怪の力は弱体化するため必要以上人間を襲いこの騒動が長期化するようなら退治しなければならない。

しかしどこまで続けば長期化しているという基準もまた霊夢のさじ加減であり、結局は霊夢の気分次第だった。

「蝙蝠の群れと行方不明事件が人妖の仕業だっていうのなら確証性のある物的証拠はあるのよね?見せてくれたら今夜にでも人妖を狩りに行ってあげるわよ」

そう言いながら霊夢は饅頭を頬張りお茶を啜った。

「そんなものありませんよ、そんな証拠があったらとっくの昔に新聞の一面を飾っていますし、わざわざ貴方に来たりしませんよ」

霊夢は分かっていてそんな事を言っているのが文には分かっているので少し怒っているかのような口調でそう言った。

「蝙蝠騒動が起きてから今日で四日目よ、人妖であるかどうかもまだ分かってないの?」

霊夢がそう言うのも分かる、鴉天狗は幻想郷の新聞屋でもあると同時に幻想郷屈指の情報屋でもある、そんな鴉天狗でも蝙蝠の群れの親玉の正体を未だに掴めてないのは不審に感じるだろう。

「私達も努力しているのですが、何分蝙蝠の群れに近づけば無数の蝙蝠が襲い掛かって来て近づくのを邪魔してくるんです、天狗の力を持ってすれば追い払う事も出来ますが追い払っても次から次へと蝙蝠が絶えずやってきて正直きりがないです、私も何度か近づこうとしましたが視界を遮られるわ、蝙蝠に纏わりつかれるわ、爪と牙で服が破れるわ、全く近づけませんでした」

ちなみに今文が着ている服は予備の服でありあの時着ていた服は修繕中だった。

「幻想郷の新聞屋や情報屋を名乗っている割には鴉天狗の実力はその程度なのね」

霊夢は何気なく言ったつもりかもしれない、しかし文からしてみればそれは天狗に喧嘩を売っているも同然だった。

「例え貴方が幻想郷の秩序を保つ博麗の巫女だとしてもそのお言葉はいただけませんね」

言葉に力が入り、背中に携えた天狗の団扇を右手に持ち、臨戦態勢に入った文。

体からは強い妖気と気迫が滲み出ていた。

「あら?脅しのつもり、でも私は自分の意見は絶対に曲げないわよ」

ただ一つ、自分を倒す事が出来たらという言葉は敢えて省く、弾幕勝負とはまさに考え方や意見の食い違いが起きた時に発生し負けた方は勝った方の考えに従い自分の考えを曲げなければいけない、その事を文は良く知っているからだ。

「脅しなんて生ぬるい手は貴方には使いませんよ、天狗の本当の恐ろしさ見せてあげますよ」

文のその言葉にニヤリと笑った霊夢、立ち上がり階段を降りて文と正面から向き合う。

そして何処からともなくお祓い棒と御札を取り出すと一気に臨戦態勢に入った。

自分と同じ強者と戦える事を楽しみにしているかの様な武人の笑みを霊夢は浮かべていた。

霊夢は平和主義者であったが意外にも弾幕勝負は楽しんでいる節があった。

「忘れてはないわよね、私に二度も負けている事、幾ら貴方が強くても私に勝つ事なんて出来ないのよ」

慢心している訳ではない、もう既に戦いは始まっているのだ、弾幕勝負の前哨戦は口舌戦で始まるのが基本である、相手が妖怪だとしても霊夢は強気の姿勢だった、もし相手に弱みを見せれば一気につけこまれる事を霊夢は良く知っていた。

「あの時は少しちょっかいを出した程度ですが、今回は本気で行きますよ、果たして博麗の巫女といえども本気の私の速さを見切れますかね?」

相手が例え博麗の巫女だとしても文は負ける気など一切しなかった、弾幕勝負最強の一角とされる霊夢だが決して無敗ではなく過去には弾幕勝負で負けた経験がある事を知っているからだ。

「教えておくわ、弱い妖怪程強い言葉を使いたがるのよ」

フフッと嘲笑うかのような笑い方をする文、一瞬、ほんの一瞬だが彼女は人間である霊夢を見下したかのようなそんな表情を浮かべる。

「その言葉、そっくりそのまま返してあげますよ」

二人を包む緊迫感は最高潮となり今にも小さな風の音でも弾幕勝負が起こりそうな雰囲気が周囲を包んでいた。

嵐の様な静けさが数十秒経った時、突如として文は臨戦態勢を解いた。

「待ってください、私と戦うくらいの気力と力があるなら蝙蝠の群れの親玉を倒して来たらどうですか?妖怪でも人妖でもどちらにしても退治するも倒すのも貴方の役割ですよ?」

急に警戒を解いた文に霊夢は不満そうな顔を浮かべる、今の文には弾幕勝負をする意志がないという事を察したからである。

「それとこれとは話が別よ、趣味と仕事の差くらい違うわよ」

臨戦態勢を解きそう答えた霊夢に対して文は頭を抱える。

「めんどくさい人ですね・・・・・・」

不意に本音が口から出てしまったが霊夢は文の本音など一向に構わない様子だった。

「貴方も人間の味方じゃない癖に人間に味方をする理由でもあるの?」

文は決して故意に人間を襲ったり困らせたりする妖怪ではなかったが人間の味方とは絶対に言いきれなかった、あくまでも彼女は人間を支配する側の存在である妖怪だからである。

「まあ、確かに私は人間の『味方』ではありませんよ、ですが人間がいなければ私達妖怪も存在できません、気が乗らないのはよく分かっています、ですが貴方が博麗の巫女である以上、その使命をちゃんと果たしてほしいのです」

可哀相だと思う事もある、幻想郷の秩序を保つという使命を自らが選んだのではなく選ばれて押し付けられたのだ、恐らく口には出さないが魔理沙も生まれながらそんな使命を背負った霊夢を放っておけず何かと博麗神社を訪れ霊夢の傍にいるのだろう。

「もちろん私も博麗の巫女として幻想郷の秩序を保つ使命を忘れた訳でもないし放棄したわけでもないわよ、蝙蝠騒動も数日様子を見て収まらないようならちゃんと動くわ、それでいいわよね?」

一方の霊夢に悲壮感は感じられない、霊夢はとても気丈な事もあるが博麗の巫女の使命を彼女があまり重荷に感じていないような様子だからだろう。

霊夢の答えが聞いて安堵した表情を浮かべる文に霊夢は言葉を続ける。

「それに」

霊夢はお祓い棒を右肩に乗せると何か含みのある笑みを浮かべる。

「私が働き者だったら貴方達も色々と困るんじゃない?」

その言葉に文はほんの柄の間ポカンとしていた様子だったがクスッと笑った。

「確かにそうですね、貴方の先代の頃には私も私の仲間も結構お世話になりましたから、あの頃と比べたらありがたいです」

結局、博麗の巫女が動かないのは妖怪の自由もまた許されているという事であった。

「では返事も聞けたので私はそろそろ仕事に戻りますね、今日も又蝙蝠騒動について調査をしないといけませんので」

そう言って文は背中に生えた黒い鴉の様な翼を広げる。

「他と同じような新聞を出してもあまり部数は増えないわよ」

霊夢の忠告に対して文はフッと笑った。

「そこは私の腕の見せ所ですよ、楽しみにしていてください」

霊夢は文の言葉をあまり期待しないで待つ事にした。

「では私はこれで失礼します」

そう言ってお辞儀をした後、文は空へと飛び立つと一気に加速し物凄く勢いで幻想郷の青い空へ消えていった。

使い魔である文の鴉もまた翼を広げ飛び立つと物凄い速度で文の後を追って博麗神社を後にした。

「・・・・・・・ふう」

客人が帰り霊夢は再び縁側に座り休憩を再開する。

霊夢は湯呑を手に持ちながら文が飛んで行った青空を見上げる。

静かで穏やかな少し早い春の風が舞い込む博麗神社。

ここだけ見るならとても蝙蝠騒動で揺れているとは思えない。

しかし夜になると蝙蝠の親玉が無数の蝙蝠を引き連れ何処からともなく現れ夜の世界を飛び回る、まるで自分が夜の世界の支配者になったかのように。

当然だがこの騒動を看過する事は博麗の巫女として出来なかった。

「あと数日・・・・・・二日経っても続いているようなら動く事にしましょう」

霊夢はそう決めると今日何杯目となるお茶を啜った。

しかし霊夢が動く事なくその二日後の夜、逸脱審問官の活躍により蝙蝠の群れの親玉は倒され幻想郷に平穏が戻っていく事になる。




番外編読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?今回の番外編は人妖が出現した時、霊夢は何故すぐに動かないのか理由を小説として書いたものですが今一度見てみると当時の自分の中の霊夢像がどのようなものであったか鑑みる事が出来ます。
読んでくれた読者の皆様の中には私の霊夢像に疑問を抱く方もいたかもしれません。
実際改めて読み直した私ですら霊夢ってこんなんだっけ?と思ってしまう程でした。
しかしながら実際霊夢は博麗の巫女の使命を真面目に取り組んでない節があり幻想郷の一大事でもある異変の時もすぐには動かず神社にまで影響が及んだ時に動き出したところから見るに結構自分本位な所があります。
それに彼女が守っているのは幻想郷の秩序であって人間ではありません、幻想郷の秩序を乱すのが妖怪であれ人間であれ、それを鎮めて鎮静化させるのが巫女の役割だと当時の私は認識していたのでしょう。
最も妖怪の秩序を乱すのは妖怪の方が圧倒的に多いのですが・・・・・。
それに人妖が現れてもそれが人妖だとしっかりと認知されない限り霊夢は動かないような気がします、人々が人妖の仕業ではないと思う限りそれは妖怪の仕業とされる訳であり人は減りますが妖怪への恐怖や不安が高まるため妖怪への影響、ひいては幻想郷への影響は少ないと霊夢が判断しているから、と当時の自分は考えたのでしょう。
それに霊夢は決して博麗の使命を放棄している訳ではなく、長期化するようなら嫌々でもそれに終止符を打つために動くはずです。
つまるところ、霊夢は自分に影響がなければあまり動かずその間に逸脱審問官が人妖を逸脱者として断罪している、という事を書きたかったのだと思います。
・・・・・何とか霊夢を擁護しようとしたつもりですが改めてこの後書きを読んでみるとやっぱり霊夢は相当アレな様な気がします、私は数年前から成長何処か退化もしていないのでしょうか?
それではまた再来週。

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