人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
梅雨なのに雨が中々降らないと思っていたら今度は大雨、今年の梅雨は何かおかしい・・・・・と思っていましたがそういえば去年も同じ事を思っていたような気がします。
ここ数年の梅雨は自分が子供の頃に経験した梅雨とは何か違う気がします。
気象変動によるものなのかそれとも偶然そんな年が続いているだけなのか・・・・・。
とはいえ梅雨はいつも通り降ってくれないと日本の自然環境が崩れてしまうので普通に降ってくれる事を願うばかりです。
それでは三十録更新です。


第三十録 船底を伺う二又の復讐者 九

逸脱者の起こした津波はまるで全てを呑み込む貪欲な化物ようだった、地上のありとあらゆるものをその体に取り込み大量の水が勢いよく流れる音は化物が咆哮をあげているようにも見えた。

そんな化物と見間違う様な津波が結月達のすぐ後ろまで迫って来ていた。

明王と月見ちゃんは生きているかの様にうねる津波から逃げるように森へと駆け出した。

守護妖獣の走る速度は個人差あるが妖怪の中でも指折りの速さを持つ、その上妖怪となれば複雑に入り組んだ森の中を走る事など難しい事ではない、だがその守護妖獣の走力を持ってしても津波は守護妖獣との差を短くしていく。

森の木々を薙ぎ倒し呑み込んでいくその姿は化け物が大きな口を開けて木々を食べているようにも見えた。

「くっ・・・・・近づいてきているな」

守護妖獣との距離を縮める勢いで迫る津波を見て結月の心には焦りが見られた。

だがそれでも結月は明王にもっと速く走れとは言わない、彼らもまた自身のためそして契約者である自分達を守るために必死に全力で走っているのだ。

結月と鈴音は守護妖獣を信じていた、だからこそ何も言わないのだ。

(頼むわよ、月見ちゃん・・・・)

結月と鈴音の命を託された守護妖獣は後ろに迫る津波に呑み込まれないよう一心不乱に森の中を走る、木々にぶつからないよう草木に足を取られないよう集中して森の中を駆け抜けていく。

そのおかげとあってか、最初守護妖獣との距離を縮める程の勢いがあった津波は幾多の木々の壁に遮られ徐々に速度がおち水位も低下していた。

だが一方で森の奥は崖となっておりもしこのままでは逃げ道を失い崖と水で押し潰されてしまうだろう、何か津波でもビクともしないような高台に移動しなければならなかった。

(一体どうすれば・・・・・・)

その時、結月達の正面、木々の向こうに地面に半分埋まった灰色の苔むしった大岩が見えた。

長年その場所を留まり続けた大岩は随分古ぼけてはいるが津波程度ではビクともしないという自然の意思がひしひしと伝わってきた。

「っ!結月あの岩!あの岩の上なら!」

鈴音の言葉で結月は木々の向こうにある大岩を見るとしっかりと頷いた。

「あれなら何とかなるかもしれないな」

その言葉を聞いていた明王と月見ちゃんは指示がなくとも大岩に向かってより強く足に力を込めて駆けた。

迫る津波、遮る木々、無残にも砕かれ砕ける木々の悲鳴、弱っても尚咆哮の様な轟音が後ろから近づいてくる、結月と鈴音の焦りはより一層強くなっていった。

かつて現世の日本の漁村は何度も津波の被害を受けてきたと聞かされていた、話を聞く限り被害にあった村人達は恐ろしい程の恐怖を体験しただろうとは思ってはいたが今津波に追われる身となってどれ程津波が恐ろしい存在か結月と鈴音は体のそこから震撼していた。

速くこの恐怖から逃れたい、何としても助かりたい、そんな思いを口にする事はないが結月と鈴音の手が自然と明王と月見ちゃんの毛を強く握っていた。

「グルルル!!」

そんな結月達の思いを察したのか明王と月見ちゃんは唸り声をあげると姿勢を低くし守護妖獣が出せる速度以上の走力を発揮した。

明王と月見ちゃんは何としてでも結月と鈴音の思いに応えたい、そんな思いが彼らの身体能力を底上げしたのだ。

縮まっていた津波との差が広がっていくのが分かった、どうやら津波と言う名の化物との駆けっこは守護妖獣に軍配が上がったようだ。

そして苔むしった大岩が目の前に来た時、明王と月見ちゃんは大岩に前足の爪を食い込ませると走ってきた勢いそのままに大岩をよじ登った。

そして大岩の上まで登り切ると四本の足についた爪をたてて急停止した。

そして明王と月見ちゃんが振り返ると津波はすぐそこまで迫っていた。

ゴオオオオオ!!

津波と言う名の化物が咆哮をあげながら大きな口を開け大岩にぶつかった。

結月達の体が揺れる、下を見ると明王と月見ちゃんの足元に水が流れていた。

結月達の恐怖がここ一番で最高潮に達した瞬間でもあった。

鼓動が一気に早まる結月達であったが水は足元を浸かっただけでもそれ以上水位は上がっては来ないようだった。

どうやら窮地は脱したらしい、一息ついた結月と鈴音であったが足元にリスの死体が水と一緒に流れてくる。

恐らくここに暮らしていた動物達もそのほとんどが水に呑み込まれただろう、死んだ彼等に責任はない、こちらの、人間の勝手な都合で多くの動物が死んだのだ、結月は流れゆくリスの死体を見て人間とは特別な存在ではないとつくづく思う、妖怪の都合で人間が犠牲になっていると主張する彼等も人間の都合で動物を犠牲となり動物の都合で昆虫が犠牲となり昆虫の都合で自然が犠牲となっているのだ。

そう考えるならば人間は他の動物より頭が良いだけで自分達が特別な存在ではないと結月は思ってしまうのだ。

流石に彼らの無念を逸脱者にぶつける程結月は優しい人間ではない、もとより生きている上で小さな虫や動物を気づかない内に殺しているはずだ、小さいといえど命は命だ、その一つ一つに謝ろうとしたらキリがない、それに巻き添えで死んだ彼等もまたそれを望んでいる者は少ないだろう、人間の禍を人間が晴らして満足するのは所詮晴らした人間だけだ、ようするにエゴである。

それでも人間の都合で無駄死にする生き物は何としても減らさなければならない、それが出来なければ人間とは全ての生き物の中でも底辺になってしまうのではないか?そんな危機感が脳裏をよぎるのだ。

「・・・・・・!?結月!逸脱者が・・・・・」

結月が正面を向くとそこには湖に浮かぶ孤島と化した自分達のいる大岩に向かって逸脱者が水を掻き分けて突進してきていた。

流石は水中の人妖とあって体が水に浸かっている状態ならかなりの速度で動けるようだった、水の抵抗など微塵も感じられない。

水位は一向に減る様子はない、何故なら押し寄せてきた水が崖にぶつかり水がこちら側に戻ってきているからだった、このままでは身動きが取れない。

「水がひく様子はない、水がひかない以上、俺の命力を注いで火炎砲を逸脱者にぶつけるのみ・・・・・」

逸脱者は大分弱っている、火炎砲をぶつければ仕留められる可能性はある、だが逸脱者は得意な水の中での行動で地の利を得ている、当てるのは難しい上に当てたとしても一度で仕留められるかは未知数だった。

しかし結月がそう考えている時、鈴音は周囲を見渡しある事を思いつく。

「・・・・・・結月、ここは私に任せてくれない?」

その言葉に結月は鈴音の方を見る、鈴音の顔は何処か確信に満ちていた。

任せて、と口にしたのは余程の自信の表れだろう、結月は鈴音に対して厚い信頼を寄せている、今この状況を打開する方法がない以上、鈴音の名案に乗らない訳がなかった。

「・・・・・分かった、鈴音先輩に全てを託す」

結月は明王の背を降りながらそう言った。

その言葉に鈴音は強気の笑顔で答える。

鈴音は月見ちゃんの背から降りて逸脱者を一瞥する。

「任せて結月!月見ちゃん!今こそ貴方が溜めた妖力全てを解放しなさい!」

その言葉に対して月見ちゃんはガウ!と短いながらもしっかりとした声で返事する。

「必殺、荒嵐風(あらあらしかぜ)!」

鈴音のその言葉を口にすると月見ちゃんは爪をたて体を大岩に固定する翼を大きく広げるとその場で大きく羽ばたかせた。

バサッバサッバサッバサッ!

すると大きく翼を羽ばたかせる度に後ろから風が吹きつけしかもその風は月見ちゃんが翼を羽ばたかせる毎に風は強くなっていった。

「岩から転げ落ちないように明王に捕まって!落ちたら助けようがないから!」

最初はそよ風程度だった風が木々を揺らす様な風となり春一番の様な突風へと変わりそしてついには嵐のような凄まじい風が後ろから吹き付けた。

「何て風だ・・・・・まるで嵐の様な、いや、それ以上の猛烈な風・・・・・・」

鈴音に言われた通り足に力を入れ吹き飛ばされないよう明王に必死にしがみつく結月、猛烈な風によって辺りを浸す水に幾重もの大小様々な波が出来ていた。

辺りを浸す水が逸脱者に向かって動いている証拠だった、だが幾ら水と風が逸脱者の方に向かってくるからと言って逸脱者の突進を阻める程の力はなかった。

「・・・・・・っ!そうか、鈴音の狙いはこれか」

結月は水と一緒にあるものが風に押し流されていくのを見て鈴音の狙いを理解した。

それは津波によって薙ぎ倒され浮かんでいた木々だった。

津波によって薙ぎ倒された木々は水底に沈むものもあったがその多くが水の上に浮いていた。

その薙ぎ倒された木々は月見ちゃんが起こした猛烈な風によって水と一緒に川に向かって流れていた。

風を受けそして水の流れに乗って勢いよく流れる流木は数百にも登り中には大きな大木や折れた部分を先端にして流れていく木々もあった。

「ガルルル!グウアッ!!」

逸脱者に薙ぎ倒された木々が風に乗って川に向かって流れていく中、月見ちゃんが咆哮をあげ大きく羽ばたくと川に向かって吹き荒れていた猛烈な風が逸脱者に吹き付ける。

それと同時に木々も押し流される様に逸脱者に集中する。

「っ!?」

猛烈な風をものともせず接近する逸脱者であったが数百にも及ぶ木々が自分に向かって集まり始め壁となって槍となって押し寄せてくる様子に大きな口を開け驚愕した。

押し寄せてくる倒木を避けようにも巨体では急な方向転換は不可能だった。

逸脱者は最後の手段と首を体に巻き付け防御態勢をとった、その直後、押し寄せる木々は逸脱者にぶつかった、鈍い音が結月達のいる所まで響いたかと思うと水しぶきをあげた。

首で大事な体を防御様に丸まった逸脱者であったが首自体水膨れしたかのような柔らかい体のため折れて鋭い槍と化した木々が首を貫き木々の大木が逸脱者の首に打ち付ける。

「グ・・・・・グギギャアアアアア・・・・・」

逸脱者は苦痛と悲鳴が入り混じる声をあげながら木々に押される様に押し戻されていった。

辺りを浸す程あった水は月見ちゃんが起こした荒嵐風によって川へと押し戻され水位は急激に減っていく。

月見ちゃんは翼を羽ばたかせる間隔を広げると風も弱まり始め翼を羽ばたかせるのをやめると先程まで立っているのも大変だった猛烈な風はまるで嘘のように無風となっていた。

そして風が収まる頃には辺りを浸していた水は完全に川へとひき周囲はついさっきまで生気が溢れる森であった事など微塵も感じられないような荒地と化していた。

「酷いな・・・・・・これは」

先程まで豊かな自然に溢れていた森が見る影のもなく倒木と泥が周囲に散乱していた。

大岩から景色を見るだけなら世界が終末を迎えてしまったかのような感覚に陥ってしまいそうな惨状が広がっていた。

「この森が元通りになるには数十年の年月が必要ね・・・・・」

物事、壊すのは一瞬だがそれを元通りにするのには長い年月が必要だ、その長い年月を費やしても森が生態系の多様さを含め完全に元通りになる事はない、破壊とはそれ程恐ろしい行為なのだと結月は改めて実感していた。

「逸脱者は・・・・・・あれか」

周囲の惨状ばかり目がいっていた結月達だったが今の状況を思い出し逸脱者の姿を探した。

逸脱者の姿は見当たらなかった、しかし河原だった場所に倒木が山積になっているものを見つけた。

「恐らくはあれね・・・・・・」

逸脱者に倒木を集中させた事を考えればあの倒木の山積の中に逸脱者がいるはずだった。

倒木の山積に大きな動きはなく殺気もあまり感じられなかった。

息の根が止まったのか、それとも気を失っているだけなのか、はたまた息を殺してこちらがやってくるのを待っているだけなのか、どちらにせよ近づいて確認するほかなかった。

「行くよ、結月、少しでも不審な動きがあったら距離をとって」

結月は頷くと明王の背に乗って先に走り出した鈴音が乗る月見ちゃんを追って倒木が山積した場所へと向かう。

近づいている時も倒木の山積を注視する結月だったが動く気配はなく山積した倒木の地面にはおびただしい程の血が流れていた、かなりの痛手を受けているのは間違いないだろう。

だがそれでも油断は出来なかった、結月は初めて戦った未熟種の逸脱者の行動を思い出す。

肉の塊に手足が乱雑に生えていたあの不完全な逸脱者も息の根が止まった振りをして鈴音と月見ちゃんが近づいてくるのを待ち、事前に地面に潜り込ませておいた触手で身動きをとれなくした事があった。

それを狙ってくる今回の逸脱者も狙ってくる可能性も否定できなかった。

倒木が山積する場所を周り込むように近づき川沿いに移動した守護妖獣は足を止める。

正面から逸脱者に近づいてはもし息の根が止まってなかった場合荒地で戦う事になる。

津波によって薙ぎ倒され水に浮かんでいた木々は月見ちゃんが起こした風によって逸脱者の元へ集められたため河原は大量の石が押し流され所々、土が露わになっている事以外は比較的無事だった。

大岩からは逸脱者が倒木で覆われている様にしか見えなかったが回り込んでみると倒木が集まっているのは逸脱者の正面のみであり逸脱者の側面は白いぶよぶよと水膨れした逸脱者の体が露出していた。

しかし首を巻き付けての防御も大量の流木を前には完全とはいえず逸脱者の体は外傷が幾つも見られ血も流れていた。

既にかなりの血が流れ出ており息の根が止まっていたとしても不思議ではなかった。

結月達は明王と月見ちゃんの背に乗ったまま微動だにしない逸脱者にゆっくりと近づく。

何かあればすぐにでも距離をとるためだった、ゆっくりゆっくりと逸脱者の様子を警戒しながら近づく守護妖獣。

(息の根が止まっていると思いたいが・・・・・・)

結月と鈴音は戦いを楽しむような戦闘狂ではない、死への恐怖と極度の緊張で心が押し潰されそうな中、必死で誇りと信念を持って逸脱者と戦っているのだ。

命懸けの戦いなど一刻も早く終わらせたい、そんな思いが結月と鈴音には常にあった。

だからこそ逸脱者の息の根が既に止まっている事を願っていたのだが・・・・・・。

ガタン、逸脱者を覆うように積み重なった木々から河原の石が転げ落ちる。

それと同時に守護妖獣の足が止まり百八十度体の向きを変え距離をとるために走り始めた。

倒木の山積は石が転げ落ちたのを発端に積み上げられた木々が音をたてて崩れ落ち、微動だにしなかった逸脱者の体が大きく動いた、そして木々を押し上げるように現れたのは体に傷だらけの逸脱者の首だった。

(まだ息があったのか・・・・・・しぶとい奴だ)

結月の願いは儚くも崩れ落ち現れたのは非情な現実だった、だがその現実も闇のどん底に叩き落とす程残酷でもなかった。

逸脱者は口を開けて息を切らしており体には無数の傷と流木が突き刺さっていた。

最初遭遇した時と大きさはあまり変わらないはずなのに何処か先程よりも小さくなったようにも見える、かなり衰弱し闘争本能が薄れ気迫がなくなったからなのかもしれない。

首は周囲を見回し結月達を見つけると体を動かして結月達の方に向き直す。

しかし結月達に正面に向き直した逸脱者の体は何かを引きずっていた。

「結月、逸脱者の体に横たわっているの、あれってもしかして首だよね・・・・・」

逸脱者の体が引きずっていたものそれは左右の首だった、左右の首は致命傷を受けたのかぐったりとしており生きているようだが既に虫の息だった。

「左右の首はもう使い物にならないようだな」

勿論逸脱者も結月と同意見のようだった、ただとった行動は結月達の予想を上回るものだった。

地面に横たわる瀕死の左右の首に対して真ん中の首は意外な行動に出る、左の首の根元に噛み付くと持てる限りの力で引っ張り引き千切った。

肉が引き裂かれる音と共に地面に転がる左の首、体から引き千切られた首はか細い断末魔をあげその場で絶命する、それを見下すように真ん中の首を見つめると今度は右の首の根元に噛み付き引き千切り川に向かって投げ捨てた。

「これでようやく逸脱者もまともな姿になったわね」

本来生き物は体一つに対して頭一つが原則である、そう考えるならばこの姿が本来の生き物の姿といなくもない、そうした意味を踏まえての鈴音らしい皮肉だった。

逸脱者は距離をとる結月達を一瞥した後、首を地面につけ首を体に押し込めるように縮み始めた。

(逸脱者は一体何を企んでいる?)

逸脱者が何を仕掛けてもすぐ動けるように体を構え逸脱者の動きを注視する明王と月見ちゃん、鋭い視線は僅かな油断も感じられなかった。

逸脱者は首を体に押し込めるように縮ませ十五mもある首が五mくらいまで圧縮され首は皺だらけになっていた。

(伸縮性のある筋肉・・・・・圧縮する首・・・・・左右の首の切断・・・・・・まさか)

逸脱者が何を仕掛けようとしているか結月は頭をフル回転させ今の状況と逸脱者の構造や行動原理を重ね合わせ考えた結果、ある恐ろしい推測がたたき出された。

「鈴音!バネだっ!逸脱者は自分の首を・・・・!」

結月の言葉を聞いた鈴音はすぐに逸脱者が何を仕掛けようとしているか理解した。

その直後、逸脱者は首に圧縮した首の筋肉を解放した。

爆発音に似た轟音と共に逸脱者の体は尋常じゃない速度で結月達目掛けて飛んできた。

「っ!!」

明王と月見ちゃんはすぐに左右に別れ走り出していた、逸脱者は衝撃波を放ち石や土を巻き上げながら結月達に向かって猛進する。

逸脱者が林檎程度の大きさに見える程の距離をとっていたはずなのにものの数秒ですぐそこまで迫っていた。

全力疾走で走っていた明王と月見ちゃんが後ろ脚に力を入れ跳躍した。

跳躍後、逸脱者の首が通り過ぎると巨大な体が真後ろを通り過ぎていった。

その時の時間は一秒にも満たない時間であったが結月達には長く感じられた。

逸脱者は結月達を通り過ぎると地面に接触し体を地面に擦りつけて減速する、逸脱者が地面に着地してから止まるまでの距離には一直線の窪みが出来ていた。

「恐ろしい・・・・・まだあんな技を持っていたなんて」

冷や汗をかきながらそう言った鈴音、結月の予測と守護妖獣の走力がなければ間に合わなかったかもしれない。(とはいえ、何か動きがあれば回避行動をとっていたとは思うが)

しかしどんな攻撃か把握した今なら避けるのはそう難しい事ではない、銃弾の様に撃ち出される逸脱者の首の伸縮性を生かした突進は威力も攻撃速度も侮れないが攻撃範囲は直線状のみである事や攻撃までの動作が長い事を考えれば溜め始めて放つ直前に回避行動をとれば避ける事は十分可能だった。

溜めて放つ直前に動かれては逸脱者も首を縮めているため方向転換が出来ないからだ。

それに自制する事が出来ない突進にはあの基本戦術が使える事を結月達が分かっていた。

訓練施設の逸脱者との戦い方が記載された教本にも書かれている程の模範的な戦術だった。

「多分逸脱者の攻撃手段は恐らくはもうあれ一つしかないわ、結月、今こそあの手を使うわよ」

逸脱者はもうかなり衰弱しておりもう妖術攻撃も水を吐きだす事さえ穴だらけの首では無理だろう、されど接近戦をするには首が一つでは乏しいと思われ一発逆転を狙うにはもうあの突進しか残されていないという鈴音なりの見解だった。

その言葉に一息ついた後、結月は頷いた。

「あの手か・・・・・・悪くないな、むしろ絶好の機会だ」

その言葉と共に結月と鈴音は明王と月見ちゃんの体を軽く叩く、あの手を使うには明王と月見ちゃんに頑張ってもらわないといけない。

「次の突進を避けた後、全速力で村まで走って」

鈴音の命令に月見ちゃんが軽く吠えて答えた、そうしている内にも逸脱者はこちらに方向転換をしており再び首を縮め始め突進の構えをとっていた。

逸脱者の首の縮み具合を注視しながら結月達はいつでも走れるよう身構えていた。

「今よ!」

鈴音の指示を出したと同時に明王と月見ちゃんは再び左右に別れ走り始める。

今度は先程よりも数秒経ってから逸脱者が衝撃波を放ちながら一直線に飛んでくる。

大地が小刻みに震えるような衝撃と共に守護妖獣の五m後ろを逸脱者が通り過ぎていく。

避けるだけならもうさほど突進は脅威ではなかった、だがあの手を使うためには幾つかの条件があった、その一つにわざと追い詰められるような危機的状況を作らなければいけないという事だった。

結月達を通り過ぎた逸脱者が地面に接触し地面を抉っている間に明王と月見ちゃんは指示通り村に向かって走り出し途中で並走する、本来なら村の被害を最小限止めるために村での戦闘は避けるべきなのだがあの手を使うには遮蔽物である木々がない平地の方が良いからだ。

最も結月と鈴音は村の被害は出さない様に計算しての行動だった。

村まで戻ってきた結月達、数十m先には住人が避難して静寂に包まれた民家が佇んでいる、住人の大切な家々を巻き込む訳にはいかない、今度こそ一撃で仕留めなければならない。

後ろを振り返ると既に逸脱者はこちらを向いて首を縮めていた。

「崖に向かって走れ、逸脱者をギリギリまで引き付けるんだ」

その指示から間髪入れずに明王と月見ちゃんは右に方向転換をして崖に向かって風をきる様な速度で走る、方向転換してから数秒後、逸脱者が体や首を地面にこすりつけながら結月達の後方で停止する、逸脱者の浮き出る赤黒い模様の様な目が崖に向かって走る明王達の姿を捉える、逸脱者は傷だらけの首を持ち上げると体と首を結月達の方向に向け首を縮め始める。

本来なら先程の様に逸脱者の直線距離から逸れて回避するのが模範行動なのだが守護妖獣は何故か左右に逸れる事無く猛然と崖に向かって走っていく。

一刻も早く回避行動をとるべきなのにそれをしない理由、それは逸脱者にとって有利な状況をこちらから作り意図的に逸脱者に突進攻撃を促しているからだ。

わざと追い詰められるような状況下を作る、それを今結月達は行っているのだ。

結月達の目前に崖が迫っていた、逸脱者もこれで終わりにせんと言わんばかりにより強く首を圧縮し今にもその力を解き放とうとしていた。

そしてその時は来た、逸脱者が首に溜まりに溜まった力を解放する、首が目にも留まらぬ速さで伸びきると同時に土煙が大きく舞い上がり逸脱者は猪突猛進の勢いで崖に追い詰められた結月達目掛けて飛んでくる。

「明王、お前の走力見せてみろ」

逸脱者が飛んできたと同時に結月がその言葉を口にした。

答えるように一吠えすると明王と月見ちゃんは足に力を入れ目の前に迫った崖に向かって飛びかかり両足の爪を出して崖に張り付くと走ってきた勢いそのままに崖をまるで走る様に登っていった。

追い詰めたはずの結月達が崖を登っていく姿は逸脱者にとって予想外の光景だっただろう、そして逸脱者の目の前には灰色の絶壁が立ち塞がる、理性と冷静さを失った逸脱者は結月ばかりに気をとられ行き止まりである壁に向かって突進攻撃をしてしまった、止まろうにも首をバネにして体を撃ちだすため急停止する事は不可能であり地面に体を擦りつけて止まるにも距離が短いため減速出来たとしても絶壁に打ち付けるのは明らかだった。

ここに来て逸脱者は自分が罠に嵌められた事を理解した、しかし理解した時には既に首は灰色の崖に直撃する直前だった。

逸脱者の首が崖と激突すると同時に絶壁が大きく揺れ大きく亀裂が入ったかと思うと崩れ始めた。

「っ!明王!」

明王と月見ちゃんがしがみついていた場所にも亀裂が入ったかと思うと大きく崩れ大岩となって壁から剥がれ落ちそうになる、明王にしっかりとしがみつく結月は相棒の名を口にした、それに応えるように明王と月見ちゃんは壁を蹴る様にして飛び降りた、その直後大岩が剥がれ落ちて顔の部分が壁にめり込む逸脱者の首に落下する、逸脱者の激突により崖が大きく崩れ逸脱者の顔から首の中ほどまでが土砂で埋もれた。

明王と月見ちゃんは埋まってない逸脱者の首に着地すると結月と鈴音を降ろし地面に着地する。

「行くよ!結月!」

刀を鞘から引き抜き逸脱者の首に突き刺した、結月も刀を引き抜くと首に突き刺したままの状態で首元に向かって走り始めた。

逸脱者は完全に気を失ったのか動く気配は感じられない、水膨れしたかのような皮膚を魚の腹に包丁を入れる様な感覚で切り裂いていく。

首元に近づくにつれ幅が短くなり結月と鈴音の間隔も短くなり少しでも足を滑らしたら地面に落ちそうだった、それを想定してか明王と月見ちゃんが結月達と並走するように地面を走っていた。

刀で途切れる事無く一筋を描くように斬り続けついに首元に辿り着いた結月と鈴音、2m程空いていた筈の間隔は首元に着いた頃には隣同士にいる程狭まっていた。

結月と鈴音は互いに顔を合わせると刀を引き抜き互いに見つめ合うように向くと刃を自分の方に向けて逸脱者の首に深々と突き刺した。

そしてそのまま首から滑り落ちるように落下する。

ズルズルと肉が裂けるような音共に溢れ出る血で上半身を濡らしながらも刀からは手を放さず重力と自分の体重を持ってして首を左右から切り裂いていく。

ズルッと肉から刃が抜け落ちるとともに結月の体は宙に浮く落下する相棒を助けようと明王と月見ちゃんが近づこうとするがすぐに足を止める、結月と鈴音は空中で態勢を立て直し着地する態勢に入っていたからだ。

少し高めの所から着地したため足に強い衝撃と共に骨が震えるような痺れを感じ体重が数倍重くなったような感覚を覚える。

それでも膝をつかなかったのは流石逸脱審問官というべきだろうか。

結月と鈴音が地面に着地したと同時に逸脱者の首がくっついていた残りの肉が引き千切れる音と共に首が体からズレ落ちた。

最後の首が切り離され首を失った巨体は突然その場でのたうち回る様に跳ね回った、その様子はまるで水でしか生きられない魚が大気に晒されもがき苦しむ姿に似ていた、何度も何度も跳ねてその度に地面を揺らしていたが次第に動きが鈍くなり最後は大きく跳ねると背中から着地し仰向けになり手足をばたつかせた後、息がきれるように動かなくなった。

逸脱者の状態を見て取る様に分かる明王と月見ちゃんは動かなくなった逸脱者を見て剥き出していた牙をしまい、戦闘態勢を解いた。

そんな明王と月見ちゃんの様子や全く動かなくなった逸脱者の胴体の斬られた首元から滴り落ちる血を見て結月達は死線を乗り越えたのは幸いにも自分達の方だったと理解する。

「・・・・・・・終わったようね」

結月もようやく一息つくと肩の力が抜けていくのを実感した。

途端に持っている刀がズシッと重くなる。

「ああ・・・・・・これも鍛練と連携の賜物だな、やはり苦くとも流石は良薬と言った所か」

極限状態から一転して安堵感が広がったため結月らしくもなく皮肉が口から零れる。

「あはは・・・・・・そうだね、ただ今は甘い物が食べたい気分ね」

自分へのご褒美がはたまた糖分補給か真意が分からないが結月も今なら甘い物が幾らでも進みそうな気分だった。

「・・・・・・・はあ」

大きく一息入れた後、いつもよりも重く感じる刀を鞘に納める。

「お疲れ、結月」

簡素ながらも仲間である結月を労った鈴音に対して結月も労いで返す。

「鈴音先輩こそ」

互いに労った後結月達は隣に寄り添う相棒の守護妖獣の頭を撫でて労った。




三十録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?最近とても仕事が忙しく仕事が終わって家に帰っても布団に入ってスマホでYouTubeを見て時間を過ごし小説を書かないまま一日を終えるという自堕落な生活を送っています。
お金は必要だが重要ではない、という名言がある様に仕事してお金を稼いでいる分無駄な一日を過ごしている訳ではないのですがこの一度きりの人生の大事な一日を無駄にしている様な気がします。
それに小説が書かなければ当然小説が投稿できなくなってしまいます。
小説を書けない理由を並べ立てるのは簡単ですが読んでくれている皆様にとっては関係ない事ばかりでこちらの言い訳にすぎません。
だからこそ疲れている体に鞭を打って小説に打ち込まなければなりません、書いている以上投稿できる小説の余裕がなくなって投稿できなくなったとしても小説を書く手は止めてはいけません。
少しでも読んで頂けるのなら書き続けたいです、その気持ちは十分あります、書く意欲もあります、ただ書く速度が異様に遅い・・・・・・この悩みは私だけの悩みではなく恐らくほとんどのハーメルンの作家様が抱えているかもしれない問題ですが結局は自分だけの悩みではないので小説が進まない理由をこれを盾にしてしまってはいけませんね。
小説の閲覧数を見ると頑張って書かなければそんな思いにさせられます、ただそれが重圧に感じないよう自由にのびのび小説を書きたい所存です。
それではまた再来週。

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