人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
先日福岡と長崎へ旅行に行っていました、九州と言えば中国や韓国を船で繋ぐ航路があるため行く先々中国人や韓国人の観光客が沢山いました。
とはいえこれと言った問題も特になく旅行先も何処もとても綺麗で楽しい旅行でした。
ネットやテレビでは良く外国人のマナーの悪さばかり放映している様な気がしますが現実は外国人観光客でもマナー悪い人は極一部だけなんだなと再確認する一方、テレビやネットの情報は偏っているなとしみじみ思います。
メディア的にはそっちの方が美味しいから偏向報道になってしまう事を考えると何だかやるせなさを感じてしまいます。
それでは二十九録更新です。


第二十九録 船底を伺う二又の復讐者 八

復讐の動機を失い復讐を誓った理性すら失い三首の化物へと姿を変えた小三郎、ただ標的である者が乗る舟を探し襲って殺す自分の姿は本当に小三郎が望んだ姿だったのか?

三首の逸脱者は既に闘争本能に従い結月達と対峙し襲い掛かっていた、既に復讐者ではなく残忍な殺戮者として、だ。

結月は思う、もし昔話が本当の話でかつてこの三首の逸脱者と同じ化物が屋敷を襲ったのなら逸脱者は娘の殺した屋敷の人間への復讐などどうでもよくて只々標的である屋敷の人間を淡々と闘争本能に任せて殺していたのではないかと、そうだとしたらそれは男が望んだ復讐であったのか?単に滝壺様に利用されただけなのではないか?そして今回も小三郎の復讐を滝壺様は利用したのではないか?そんな気がしてならなかったのだ。

しかし時間が結月達に考える時間をあまり与えてはくれなかった。

「グ・・・・・グガアアアア!!」

悲鳴に似た大声をあげたのは手負いの真ん中の首、おもわず結月達は水しぶきが出てくると思い地面の方を視線が向かう、しかし水しぶきは出てこない、外傷を受け過ぎて妖力が制御できなくなっているのか、しかし結月達にはそうには思えなった。

(脅しではない・・・・・そんな事をする理性はないはずだ、まさか!)

結月達の読みは正しかった、結月達が地面の方に気を取られている間に左右の首が首を竦ませ今にも飛び掛かってきそうだった。

その直後、左右の首が伸縮性のあるゴムの様に伸びて結月達のいる場所にめがけて一直線に突進し地面にぶつかった、勢いよく地面と接触した首は地面にめり込み数m頭が潜り込んだ。

危機一発だった、結月達は左右の首の突進を後ろにバク転をしながら避けていた。

攻撃の好機にも思えるが真ん中の首が健在な以上、攻め入ることは出来なかった。

(逸脱者の首は三つでもこちらは四人いるのよ・・・・・練習通りやるわよ、結月)

鈴音は結月の方を見ると強気の笑みを見せる、言葉は伝わらずとも結月は鈴音の意図をちゃんと受け取っていた。

正確には人間二人と妖獣二匹なので鈴音の四人という表現は本来なら誤りである、だが結月と鈴音にとって守護妖獣はペットでも使い魔でもない、戦友であり親友でありそして自分と同じ血が流れる兄弟同然の関係だった、それに敬意と愛情を込めて四人と表現したのだ。

明王と月見ちゃんも互いの相棒の目を見ると何をするのか理解し位置に着いた。

「・・・・・・頼むぞ、明王、月見ちゃん」

結月のその言葉を皮切りに結月と鈴音は互いの背中を向けるように二手に分かれた、結月は左側、鈴音は右側から逸脱者に回り込む。

真ん中の首は二手に別れる結月と鈴音を見て戸惑っていた、結月達の狙いは自分達の胴体である事は間違いない、だが結月と鈴音、両方を真ん中の首だけで相手することは出来ず、しかも正面にはまだ明王と月見ちゃんがおり迂闊に動けば彼らが懐に飛び込む可能性もあった、逸脱者は急いで地面にめり込む左右の首を引き抜くと右の首を結月の方へ左の首を鈴音の方へ向かせ真ん中の首は守護妖獣の方を向いた。

結月と鈴音は自分達の狙う首をなるべくひきつける、他の首から距離を空け互いに連携できないようにするためだ。

結月と鈴音は自分を狙う首がこちらに向き終わるのを狙って足を踏ん張り急停止すると自分を狙う首と対峙した。

「グググ・・・・・」

結月と鈴音を狙う首の下部からまた何かが込み上げて来ていた、その込み上げて来たものが喉まであがってくると逸脱者は大きな口を開け直径二mくらいの大きな水の塊を吐き出した。

吐き出された大きな水の塊は太陽の光を反射し煌びやかに輝きながら結月と鈴音の方に向かって飛んでくる、たかが水でも2mもある水の塊が落ちてこようものならそれは凶器でしかない、当たったら最後、人間の骨など簡単に圧し折り押し潰してしまう程の質量はあった。

脱審問官の刀の威力が逸脱者にとってカッターナイフの切り傷程度でも逸脱審問官にとって逸脱者の攻撃は常に致命傷に匹敵するため常に逸脱者の攻撃には細心の注意を払わなければならなかった。

逸脱者との戦いは当然公平ではない、互いに持てる力のぶつけ合いだ、場合にもよるが基本的に守護妖獣の力を借りているとはいえ逸脱審問官は妖怪化した逸脱者と比べ不利な立場で戦わなくてはいけなかった。

しかしそれでも逸脱審問官が逸脱者に勝ってきたのは仲間同士の連携によって逸脱者の力を上回ってきたからだ。

「!」

結月と鈴音は水の塊を避けるように走り出した、幸い水の塊は質量が重すぎるのか空気抵抗を受けているのか落ちる速度は妖力玉と比べれば比較的ゆっくりしたものであり全力で走れば避ける事が出来た。

水の塊は数秒前、結月と鈴音がいた所に着弾すると形を大きく崩し弾けた。

しかし逸脱者の首元から次々と喉に向かって水が込み上げてきており逸脱者は喉まで込み上げてきたものから次々と結月と鈴音のいる方向に向かって水の塊を吐きだした。

結月と鈴音は走りながら自分のすぐ後ろで水の塊が弾ける音を聞きながら時折走る進路を予測して飛んでくる水の塊を急な方向転換でギリギリ避けながら走り続けた。

「グルルル・・・・・ガウッ!」

一方の明王と月見ちゃんは真ん中の首を威嚇しながら隙あらば無防備な懐に飛び込む好機を伺っていた。

「グギギギ・・・・」

真ん中の首は先程の痛手が効いているのか、先程の様な派手な妖力攻撃はしてこないがその巨体を生かし懐に飛び込まれるのを阻止しようとしていた。

一瞬逸脱者が威嚇する明王に注意が向く、その隙に月見ちゃんが逸脱者の懐に向かって駆け出した。

しかし逸脱者は月見ちゃんの動きを読んでいた、真ん中の首が突然右に向かって曲げ始め右側で右の首と戦っている鈴音の姿を視認できる所まで首を曲げていた。

「!」

月見ちゃんと明王は逸脱者が奇妙な行動に危険を察知し踵を返し急いで後退した。

その直後だった、真ん中の首は曲げた首を地面にぶつかる擦れ擦れの距離で大きく薙ぎ払った。

ブオン、決して速くない大振りの薙ぎ払いだったがその巨体を振り回し発生した風は明王と月見ちゃんの繊細ながらも剛毛な毛をなびかせた。

逸脱者は後退した明王と月見ちゃんを追撃するように薙ぎ払った真ん中の首を大きく反り返させると明王と月見ちゃんに向かって振り落とした。

伸縮性のあるゴムみたいに伸びた体は攻撃範囲外にいたはずの明王と月見ちゃんの周囲に黒い影を作っていた。

地面に叩きつけられた真ん中の首、その衝撃は砂ぼこりを舞い上げ周囲の石を空中へと浮かべていた。

しかし肝心の明王と月見ちゃんは二手に別れ左右に走り攻撃を紙一重で避けていた。

地面と接触している真ん中の首に明王と月見ちゃんは飛び掛かろうとするが逸脱者も同じ過ちを繰り返したりはしない、地面と接触している真ん中の首はその場で激しくのたうち回った。

一見すれば悪あがきのようにも見えるが明王と月見ちゃんにとっては暴れている首に迂闊に飛び掛かれば巨体の下敷きにされたり体当たりされたりする危険性もあったため真ん中の首と距離を取り状況を伺った。

真ん中の首は明王と月見ちゃんがこちらの動きを警戒していると見るやすぐにのたうち回るのをやめ首を高く持ち上げる、当然明王と月見ちゃんは首を持ち上げる動作も何か意味があるのでは?と深読みしたために攻撃にうって出られなかった。

「ガルルル・・・・・」

折角の好機を逃す羽目になり何処か悔しそうな表情を浮かべる明王と月見ちゃん、しかし逸脱者の方も何処か焦りが感じられた、これだけ執拗に攻撃を行っているのにまだ誰も殺せていない事だ、彼らが普通の人間とは違う事を逸脱者はここに来て本能的に理解していた。

だからこそ逸脱者は苛立ちを隠せなかった、自分の知っている人間以上の身体能力と行動をしてくる逸脱審問官と守護妖獣に対して怒りと恐怖からくる憤りを感じていたからだ。

そして結月と鈴音が逸脱者の吐き出し攻撃を避け続ける事数分、走り続けている結月と鈴音の体に疲労が見え始めた。

(流石に全力は長くは持たないか・・・・・・当然と言えば当然だが)

息を切らしながらそう思う結月、全力とは力を全て出し切るという事であり長く持つようであればそれは全力ではないのだ。

(だけど逸脱者も相当苛ついているようね)

鈴音もまた結月と同じことを考えていたが激しい体力の消費は想定内の事であった。

(相当頭に血が昇っているようだ・・・・・・・頃合いだな)

逸脱者の周囲には強い殺気が漂い、時折こっちまで聞こえる程の歯ぎしりが聞こえていた。

自身の首の攻撃範囲外にいる逸脱審問官に対して吐き出し攻撃が当たられず苛立ちは最高潮に達していた。

首が三つあるという事は死角が減り一度に三回の攻撃を同時に行えるため波状攻撃が出来る他、攻撃範囲が真後ろを覗く範囲全てが攻撃範囲内になるなど長所も多いが体は一つしかないため複数人を相手にする時、距離を取られてしまうとそこから動けなくなる短所もあった。

左右正面の三方向に敵がいる以上逸脱者は迂闊に動く事が出来ず、逸脱者は距離を置いた逸脱審問官に対して近づく事が出来ないため水の塊を吐き出す攻撃しか出来ないのだ。

しかし一向に水の塊が当たらないため逸脱者の苛立ちは最高潮に達したという訳だ。

「この信号が鈴音に伝わればいいが・・・・・」

結月はホルスターに入った拳銃を取り出すと上空に銃口を向け撃鉄をあげ引鉄をひいた。

銃口から放たれた弾丸は一筋の光を描いて空高く飛翔していった。

銃声は離れた所で戦う明王と月見ちゃんの耳にしっかりと届いていた。

一方で結月とは正反対の場所で戦う鈴音は耳栓をしているため銃声が聞こえなかった。

「そろそろかしら・・・・・・」

鈴音はホルスターから拳銃を取り出そうとした時、逸脱者の頭上に一瞬キラリと光る一筋の小さな飛翔体が飛んでいくのを鈴音は見逃さなかった。

かつて狙撃手を務めていた鈴音の動体視力は並外れたものではなくそれが弾丸である事も結月の合図だという事も一瞬で察知した。

「結月から仕掛けたようね、私も続かないと」

そう言って鈴音は自分の方を向いている首に向かって走り始めた。

それと同時に明王と月見ちゃんがそれぞれの契約者のいる方向に向かって駆け出した。

銃声と共に左右二手に別れた明王と月見ちゃんに対して真ん中の首はどちらを狙うべきか迷ってしまった。

結月は自分の狙う逸脱者の首に向かって真正面から近づいていく。

逸脱者の首は結月と鈴音が自分達の方に向かってきていると理解すると首を竦ませる。

水の塊で仕留めきれない以上、伸縮性を生かした体当たりで仕留める目論見だった。

結月と鈴音が近づく毎に首を竦ませ虎視眈々と自身の攻撃範囲内に入るのを待つ逸脱者、頭に血が昇っている逸脱者は標的である結月と鈴音だけしか見ておらずこちらに向かって駆け出してくる明王と月見ちゃんに気づいてない様子だった。

逸脱者が自らの攻撃範囲内に自分達が飛び込んでくるのを待っている事など結月と鈴音は既に分かっていた、だがそれを分かっていても結月と鈴音は足を止めなかった。

何故なら逸脱者は既に結月達の戦術に嵌っていたからだ。

(理性がないとこうも単純なものなのか・・・・・)

闘争本能は自分の脅威となる存在を倒すためにあらゆる手段を用いる事が出来るが相手の行動を読んだ行動はあまりせず一方的に脅威を排除できそうな攻撃を行うのみだ、簡単な進路予測や攻撃後の防御行動などある程度の「学習」は見られるが相手が何を考えているのか、次にどんな行動をしてくるものなのかなどの相手の行動に関して考える余地はない。

だからこそ逸脱者には逸脱審問官が水の塊を避け続けた理由や急に危険を承知でこちらに近づいてくる理由を考えない、考えようともしない、否考える知能がないのだ。

息を切らしながら逸脱者へと走る結月と鈴音はチラリと相棒の方を見る。

明王と月見ちゃんは目にも留まらぬ速さで前足と後ろ足を動かし物凄い速度でこちらに近づいてきていた。

それを確認すると結月と鈴音は何かを確信し逸脱者の攻撃範囲に飛び込んだ。

「グアアアアッ!」

結月と鈴音が攻撃範囲に侵入したと同時に逸脱者は首を勢いよく結月と鈴音に向かって伸ばした。

まだ結月と鈴音との間には十mもの差があったのにも関わらず首はゴムを引っ張る様に伸びていき結月と鈴音を大きな頭を持って押し潰そうとした。

しかしそんな状況でもなお結月と鈴音は冷静だった、逸脱者の攻撃範囲に侵入した時、結月と鈴音は自らの守護妖獣との同調率を上げていた、同調率を上げる事で守護妖獣に備わる動物的能力と妖怪的能力を共有する事が出来るようになり彼らは動物的能力である危険回避本能を高め集中力を一時的に高めていた、そのため逸脱者の突進は結月と鈴音にとってゆっくりとしたものだった。

ゆっくりとそれでいてぬるぬるとした速度で近づいてくる逸脱者の首に向かって結月と鈴音は走る勢いそのままに跳躍した。

逸脱者の首が後三mと迫った時、一瞬何かが逸脱者の前を横切った。

ズガァン!

首が地面に接触するとともに地面が抉れて石が空高く舞い上がり首は地面に深々とめり込んだ。

勢いよく地面にぶつかり動けなくなっている逸脱者の首の横には明王と月見ちゃんの姿があり爪をたて足腰を踏ん張り速度を急激に落としながら器用に半回転する。

その明王と月見ちゃんの横腹に結月と鈴音がしがみついていた。

「間一髪だったな」

結月はそう言うと地面足をつけ明王を撫でて労う。

全ては計画通りだった、結月と鈴音は逸脱者の体を見るなり逸脱者の長所と短所を見抜いていた、その上で結月と鈴音は逸脱者の攻撃を機に二手に別れ守護妖獣が正面に残る事により逸脱者の三首を離れさせ連携を取れないようにした後、結月と鈴音は逸脱者の首の攻撃範囲から挑発する事で首を苛つかせる、逸脱者は近づこうにも体が一つしかないため動かす事が出来ない事を計算しての行動だった、そして十分苛ついたら守護妖獣を呼び出した後、逸脱者に急接近する、逸脱者が物理攻撃で仕留めてくると睨んでの行動だった。

そして守護妖獣の動きを注視しながら結月と鈴音は逸脱者の首の攻撃範囲に飛び込み逸脱者が攻撃に転じたと同時に走って来る守護妖獣に飛び付く、守護妖獣の全力疾走を持ってすれば逸脱者の突進攻撃を避けるのは可能であった。

「逸脱者は相当お怒りだったようね・・・・・随分と深くめり込んでいるわね」

結月達の狙い、それは逸脱者の攻撃後に出来る無防備な時間だった、苛ついた逸脱者の突進攻撃は凄まじい威力であった事は首のめり込み具合から見て分かる、だが理性のない逸脱者の攻撃はあまりにも威力が強すぎた、深々とめり込んだ深々とめり込んだからなのか、それとも強く頭を打ち付けたせいなのか、全く動いてなかった。

結月達はこれを好機と見るや逸脱者に向かって走り始めた、そして逸脱者の真横まで近づくと結月と鈴音は刀で明王と月見ちゃんは鋭利な爪で逸脱者の体を斬りつけた。

「はあっ!!」

斬りつける毎に逸脱者の体から鮮血が飛び散り結月達の体を真っ赤に染め上げその度に首が脈打つように震える。

真ん中の首は激痛に体をくねらせながら何とかしようともがくが地面にめり込んだ左右の首が楔となっており動かそうにも動かせなかった。

「てあっ!!」

逸脱者の体は本当に気持ちがいい程良く斬れた、結月が刀を深々と突き刺し奥まで斬りつけるのに対して鈴音は浅くしなる様に刀で体を斬りつけていく。

明王と月見ちゃんは爪で引っ掻き逸脱者の体を抉った後、傷口に顔を突っ込み逸脱者の肉を引き千切った。

逸脱者は何とか首を地面から抜こうと必死になっているのは首を見れば分かるがいかんせん物事は押す事は簡単だが引くのはとても大変である、深々とめり込んだ首を引っこ抜くのは地面にめり込ませる事より何倍も難しかった。

本来なら理性があればこんな行動はとらなかったのかもしれない、冷静じゃないというのはこれ程危険な状態なのだ。

「グル、グルルルル・・・・・」

すっかり顔を鮮血で染め上げ逸脱者の肉を頬張る明王と月見ちゃんの目が眩い光を放つ、かなりの妖力を補充できたと見ていいだろう。

一方の逸脱者も必死にあがいたおかげか地面から首が抜けていき土色に染まった顔が見えてきた。

(最後の一撃は逸脱者本人に決めてもらうか)

結月と鈴音の考える事は同じだった、体を切り裂いていた刀を一旦抜くと刀を真横に構え槍を突き刺すように傷だらけの逸脱者の体に刃を深々と食い込ませた。

首に刃が深く突き刺さった逸脱者は持てる限りの力で首を引っ張った、そしてついに首は地面から抜けた。

ズルズルズルズルブシュウッ!

首が抜ける時に聞こえた妙な音、その音の正体はすぐに目に見える形で現れる。

地面から抜けた首、既に切り傷で血塗れだったがその首から一筋、横長の裂け目が現れ大量の血が滝の様に流れ出た。

「ウギャアアアアアアッッ!!」

逸脱者の悲鳴が周囲に響き渡る、しかしその声は既に耳栓を必要とするほどの轟音ではなく最初結月達に向けて威嚇するように吠えた轟音と比べたら弱弱しく聞こえた。

「巨体の割に皮膚はあまりにも貧弱だな」

結月と鈴音は耳栓を取るとそう呟いた。

結月と鈴音が刀を深々と突き刺した理由、それは逸脱者が力を込めて首を抜こうとすれば勢いよく首は地面から抜けるのでその力を利用して刀を突き刺し逸脱者自身の力で大きな刀傷を作ろうとしたからだ。

そして逸脱者は結月達の狙い通りに自ら大きな刀傷を自分の体に刻み付けた。

結月と鈴音は相棒である守護妖獣の背中に乗ると真ん中の首の正面を目指すように走らせる。

流石の逸脱者も同じ手には乗る可能性は低い、一度合流し戦術を考える必要があった。

「鈴音先輩、模擬戦で練習していた通りに出来た、逸脱者はかなりの外傷を受けて明らかに弱っているようだ」

明王と月見ちゃんが並走すると鈴音の耳に耳栓がしてない事を確認し結月はそう言った。

無論最初から三首の逸脱者を想定した模擬戦はしていない、様々な状況で行った模擬戦の中から一番三首の逸脱者に効果がありそうな戦術を実行したのだ。

学んだ事をその状況のみで活かすのではなく状況に応じて応用する事が逸脱審問官にとって重要な事だった。

「ええ、三首を相手に会話もなしでやるのは初めてだったけど何度もやった練習だったから上手くいったわね、今までの厳しい連携の鍛練はこういう時に真価を発揮するのよ」

全くその通りだと結月は思った、地上の環境に模した場所で行った幾つもの連携攻撃の練習、それが今結果として現れたのだ。

「グガ・・・・・ガガガグガガグガ・・・・」

とても人とは思えぬ無気味な声が後ろから聞こえ結月と鈴音は逸脱者の方を見た。

三首は結月達の方を向き直しており左右の首が真ん中の首に寄り添うように首を傾けて頭を空に向け口を開いた。

すると三首の口の前に大きな水の塊が現れると急速に大きくなっていく。

「まずいな、先程の攻撃と似ているようだが・・・・・威力と範囲は段違いのようだな」

三首は出せる妖力を頭上に浮かぶ水の塊に集中させ結月達の想像以上の速度で膨張させる。

状況を考えるならば今すぐにでも回避行動をとるべきなのだが・・・・・。

「避けるには危険すぎるな・・・・・」

急速に膨張していく水の塊を見て結月は回避行動では避けられる確率は五分五分と判断していた、結月と鈴音は当初の合流地点である森の手前で明王と月見ちゃんを止めた。

「今こそ明王が溜めるに溜めてくれた妖力を使う時、避けるのが無理なら受け止めるのみ」

そう言って結月は明王の背から降りて逸脱者と向き合う、どうやら何か策があるようだ。

結月の右手に刻まれた双血の刻印が脈打つ、結月は刀の柄を両手で掴んで刃を地面に向けると真っ赤な炎が螺旋を描く様に刃に纏わりついた。

「・・・・・分かったわ、少し危険かもしれないけど私は結月と明王を信じるわ」

鈴音は結月の考えている事を理解すると月見ちゃんの背を降りた、本来なら今すぐにでも回避行動をとった方が良いだろう、それでも月見ちゃんの背を降りたのは結月への信頼の表れだった、結月なら大丈夫、生死をかけたこの状況に置いて鈴音は結月に賭けたのだ。

明王の目の輝きが弱くなっていくのに比例し刃に纏わりつく炎は一層強くなった。

結月は想像する、自分がやりたい事を、水の塊を防ぐ妖術を、集中し形にしていく。

(逸脱者も大分弱っているわね・・・・・水の塊も随分と歪んだ形をしているわ)

鈴音が結月の考えに乗ったのは逸脱者が明らかに疲弊しているのを察したからだ。

逸脱者は疲弊すればするほど体内の妖力は不安定な状態となり妖力を上手く操れなくなるのだ。

それは元々妖力を持たぬ人間の体に妖力を注入して妖怪となっているため妖力を操る事にそもそも慣れてないからだ、それでも傷を負ってなければ不器用でも集中力があれば妖術を使う事も出来るが深手を負った今の状態では操れる妖力にも限界がある。

水の塊は逸脱者の妖力を注ぎ込まれ大きく膨張しているがそれに比例して球体状だった形は崩れ形容しがたいうねりがなら常に形を変える何かへと変わっていた。

「例え水の塊が大きくてもあのような不安定な形では・・・・・・」

明王の目の光がなくなる頃には刀に纏わりつく螺旋状の炎は激しく燃え盛り周囲を夕焼け色に照らし柄を放したくなる程の熱さが両手に感じ取れる程、刃は真っ赤に染まり過熱していた。

「グガアアアアアッ!!!!」

逸脱者の胴体よりも大きくなった水の塊を逸脱者は精一杯の叫びと共に結月達に向かって投げつける。

山なりを描くようにこちらに近づいてくる水の塊は結月達の想像よりも質力も大きさも一回り上だった。

迫りくる水の塊は澄み切った空を歪ませまるで自分達が水中から空を見上げているか様な錯覚を覚える程、空を覆っていた。

水の塊が迫るごとに結月達の周囲には影が広がっていく。

もう逃げるには遅い、唯一の希望は結月の妖術だけだった。

しかしそんな状況下でも結月達の顔には焦りや恐怖などは感じられなかった。

例えどんな大きな水の塊が迫ってきているとしても絶対に防いで見せる、そんな強い覚悟があったからだ。

根拠のない慢心かそれとも絶対的な摂理か、その覚悟を証明する時がついに訪れた。

「必殺、燃焼防壁(ねんしょうぼうへき)」

その言葉と共に炎を纏った刃を勢いよく地面に突き立てると結月達の手前の地面から炎が噴き出した。横一列に並ぶように凄まじい勢いで噴き出す炎によって火の壁が現れる。

その火力は手前にいる結月と鈴音の肌を焼けつく様な痛みを感じる程だった。

見上げる程の炎が噴き上がる火の壁に向かって水の塊が迫って来る、結月と鈴音は息を呑んだ。

そして水の塊が炎の壁に接触した瞬間、激しく噴き出す炎によって水が蒸発し瞬く間に周囲は水蒸気で覆われ水の塊だけではなく河原や森も視界不良となった。

逸脱者の三首はかなりの妖力を使ったのか激しい息切れをしながらじっと結月達のいた所を見つめる、恐らく今の攻撃で奴らを仕留めたと逸脱者は考えていた。

しばらくして霧が飛散し薄らいでいくと三首は口を大きく開け驚いたような仕草を見せる。

三首の視線の先、そこには倒したと思っていた結月達が無傷で立っていたからだ。

「良くやったわ、結月あの顔を見なさい、随分と動揺しているみたいね」

鈴音の言葉通り逸脱者は明らかに動揺していた、動揺しているという事は冷静さを失っているという事である。

「それだけじゃない、強力な妖術だった分、大量の妖力を消費してしまったのか、随分疲弊しているようだ、もうあの大きさの水の塊を作るのは無理そうだな」

逸脱者は例外もあるが純粋な妖怪と違って大気から妖力を吸収したり恐怖や不安を妖力に変えたりする事が出来なかった、そのため多くの逸脱者が人間を襲って血肉を食らってそれを妖力としていた、この逸脱者も例外ではなく既にかなりの妖力を使い果たしその上補給もままならない状態のようだった。

それでも逸脱者は結月達が生きている事が分かると激昂し弱弱しいながらも咆哮をあげた。

「結月、弱っているけど油断したら駄目よ、安心できるのは逸脱者の命が潰えた時だけよ」

言われなくても分かっている事を口にしたのはそれだけ今の状況が一番危ない事を示していた、逸脱者はかなり弱っている時ほど、一発逆転を狙って大技を仕掛けてくる可能性があるからだ。

逸脱者は結月達を一瞥するとゆっくり川の方へと後退をし始める、追いかける事も出来るが直感で嫌な予感を感じ取った結月達はその場から動かずゆっくりと水の中に戻っていく逸脱者を警戒していた。

このまま逃げ出すのではないか?その心配もなくはなかったが逸脱者にそこまでの理性があるとは思えなかった、逃げる行為もまた高度な理性だからこそ出来る行動だからだ。

逸脱者の体は徐々に水の中へと沈んでいきついに逸脱者は水中に完全に潜ってしまった、この選択が結月達にどのような結果をもたらしたかはすぐに目に見える形で現れた。

「ギアアアアアアッッッ!!」

川の水が突然盛り上がったかと思うと渾身の叫び声と共に逸脱者は水の中から飛び出した。

「な・・・・!?」

冷静を保っていた筈の結月も逸脱者の行動に一瞬驚きの声を隠せなかった。

川から飛び出した逸脱者は見上げる程の高さまで飛んだのだ、空に浮かぶ太陽すら後少し高く飛んでいれば覆い隠してしまうのではないかと思うような高さだった。

逸脱者の予想外の跳躍に驚愕する結月達、一方で逸脱者には空を飛ぶ翼はない、どれだけ跳躍しようとも勢いを失えば後は落ちるだけだ、逸脱者は空中でグルンと体を器用に回転させると重力に引かれるように落下し始めていた。

凄まじい巨体である逸脱者の体は先程飛び上がった時の速度よりも速い速度で川へと吸い込まれる様に落ちていく。

ぶよぶよと水膨れした体はいとも簡単に刃を通す程の柔らかさをしていたが水を大量に含んでいる分、重量も恐ろしいものだった、その重力も相まって落下速度は天狗が時折度胸試しにやっている地面擦れ擦れの急降下を彷彿とさせるような速度が出ていた。

「結月!早く明王の背に乗って!」

常識外れな跳躍を見せた逸脱者に呆気を取られていた結月達だったが、鈴音はすぐに我に返ると逸脱者の落下地点を予測し逸脱者が何を企んでいるのか鈴音は察すると結月に命令を出した。

しかし結月は既に明王を傍に寄せ明王の背に跨ろうとしていた、結月もまた逸脱者が何を企んでいるのか察していたからだ。

それを見た鈴音は結月の遅れをとらないように急いで月見ちゃんの背中に乗ろうとした。

逸脱者は見る見る高度を下げると減速することなくそのまま勢いで川へと落下した。

逸脱者の体が川の水底へと沈んでいくと同時に清らかな流れだった川の水が大きくうねりそのうねりは河原に近づくにすれ大きな波となって押し寄せてきた。

「鈴音、早く森に退避するぞ!」

明王と月見ちゃんが駆け出した時、津波は既に河原の大部分を呑み込みすぐそこまで迫っていた・・・・・・。




二十九録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?最近テレビやネットや新聞では共謀罪に関して色々と騒がれています。
共謀罪はテロや凶悪事件を未然に防ぐための法案ですがその定義が曖昧で法案を悪用される可能性がある事から市民団体や野党から非難されている法案です。
確かに今の状況を考えれば共謀罪は確かに非難されて当然かもしれません、ですがその一方で本当にそれで困る日本人がどれだけいるのか考えてしまう自分がいます。
日本人の多くは正直に言ってしまえば政治に対して余り良い印象を持っておらず興味を抱いている人も少ない印象を覚えます、政治に興味がないという事は政治に対しての反応も薄いという事であり積極的な政治活動を行っている人はそれ程多くないような気がします。
つまり政治家が何をやっても何も思わないか、非難する事はあっても結局は非難するだけで政治活動まで発展しない人々が大多数を占めている、そんな気がします。
実際、ここ近年の投票率は低調であり裏を返せばそれだけ日本人が政治に興味を持ってないという事になります。
極端ですが若者の多くがゲームやアニメの話題ばかりで盛り上がっている姿を見ると実際共謀罪なんてあってもなくても・・・・・そう考えてしまう自分がいます。
そしてその若者の一人に自分がいる、時々それが虚しく感じる時があります。
探せば真剣にこの国の政治について考えている人や団体もいるかもしれませんがそう多くはいないと考えられます。
共謀罪を非難している割にはそれとは無縁な人々が過半数を占めている国、人権や自由がないがしろにされても気にしない国であってもいいのかどうか今自分自身に問い質したい今日この頃です。
それではまた再来週。

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