人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
つい最近誕生日を迎え二十代後半に足を踏み入れつつあります、子供の頃は大人になるのはずっと先かな?と考えていましたが気づけばもう二十代も半ばに入りつつあることに驚きと同時に時間の流れの速さに驚いています。
時間は決して速くなる事も遅くなる事もありません、一日一日は人生の置いて短いかもしれませんがその一日も遠い目で見れば人生なので一生懸命生きたいです。
それでは二十七録更新です。


第二十七録 船底を伺う二又の復讐者 六

かつて山奥の川沿いの村に漁師を営む男とその娘が暮らしていた。

親子は獲れる魚を売り得た僅かな稼ぎで生活する貧しい暮らしを送っていた。

常にその日暮らしの過酷な生活だったがその男の娘は周囲の村々探しても右に出る者はいないと評される程それは美しい女性だった。

男は美しく育った娘を父親として愛し娘もまた父を愛していた。

だからこそこの過酷な生活に置いても二人共幸せだった。

だが男は一つだけ不安な事があった、自分の稼ぎでは娘に晴れ着一着どころかその日の食事すら十分に食べさせてあげられない、せめて娘だけでも豊かで幸せな暮らしをさせてあげられないだろうかと。

そんなある日、その娘に縁談の話が来た、相手は川を下った先にある村の豪農の家主の息子であり次期家主の男だった。

縁談の前金だけでも男の収入の二十年分、もし縁談成立なら一生働かず暮らしても余る程のお金を提示し娘の祝宴代も全額負担というまたとない縁談だった。

男は娘に豊かな生活を送らせてあげられる好機だと思う一方で一人娘を遠い下流の村に嫁がせる事に迷いがあった。

しかしそんな男に対して娘は自らの意志で縁談に行う事を告げた、娘は貧しいながらも一生懸命を育ててくれた父親への恩返しがしたいのと父親にはもう辛い生活を送らせたくないという思いだった。

こうして縁談は執り行われ無事に縁談は成立、後日大きな祝宴が行われ娘は豪農の家へと嫁いでいった。

しかしそこには豊かな生活も幸せな生活もこの家の何処にもなかった事を娘は知らされる事になる。

実はこの豪農の家主の息子はかなりの我儘であり何か気に入らない事があるとすぐに暴力を振るう乱暴者で娘は何かある度に暴力を振るわれるようになった。

それなのに家主も姑もそんな息子の暴力を咎める事無くむしろ嫁である娘に対して暴力を振るうのはお前のやり方が悪いからだと叱りつける有様だった。

誰かにこの事を相談しようにも知らない土地に嫁入りしたため屋敷に働く者達とは面識がなくしかも娘は山奥の貧しい村の出身とあって何処か差別的な感情があったのか娘に対して皆よそよそしい対応だった。

屋敷の中に彼女の味方はおらず娘は屋敷の中で孤立していく中で彼女の環境は日を追うごとに悪化していった。

十分ではない食事、姑の嫌がらせ、夫の暴力、朝から晩まで休息のない勤め、屋敷内での孤立、次第に彼女は疲労していった。

その事を父に相談する事も出来たが娘は幼い頃父に迷惑をかけた分これ以上の心配をさせまいと週一で送る手紙には自分が幸せに暮らしていると嘘を綴っていた。

そしてあの日の夜、家主の息子は余程機嫌が悪かったのか、酒を煽りひどく酔っていた。

酒を浴びるように飲む夫に対して娘はもう酒はやめるよう忠告すると夫は激昂し掛け軸の下に飾ってあった刀を手に持つと娘を斬りつけた。

倒れた娘に対して夫は何度も刀を振り下ろし娘は体の部位という部位を切断され見るも無残な姿になった。

騒ぎを聞いて駆け付けた家主と姑はあろう事か息子が人を殺してしまった事を隠蔽しようとした。

バラバラにされた娘の遺体は袋詰めにされ川へ流され血の付いた畳や障子は新しいものへと変えられ屋敷に働かされていた者達には口止めがされた。

後日、週一の手紙が途絶えた事が心配になり娘の父親である男が豪農の屋敷を訪れると家主は娘は数日前から突然行方不明になっており今使用人達に探させていると虚言し男は驚愕し娘を探そうと屋敷を後にしようとした時だった。

男に声をかける者がいた、それは屋敷内で働いていた男であり自身にも年頃の娘がいるため嫁に来た娘に対して何かと気にはかけていたのだが周りの空気感に押され娘を助ける事が出来ずその罪悪感から男はこの屋敷で起きていた娘に対しての過酷な仕打ちや娘の最後について全てを白状した。

真実を知った男は娘を失った悲しみとそんな所へ娘を送り出してしまった自分への後悔、そして娘を殺し隠そうとした屋敷に住む人間に強い憎悪を抱きそれは間もなく恐ろしい殺意へと変貌を遂げた。

娘を失った男は何としてでも復讐を遂げようと模索し始めた、しかし屋敷の住む人間全てに復讐する方法は見つからずにいた。

そんな時、男はある事を思い出す、それは自分が住む村のさらに上流に曰く付きの滝の事だった。

その滝の滝壺には恐ろしい化物が住んでいるとおりその化物は人間に対して憎悪感情を抱いているとされ人間が近づくと不可解で不吉な現象が起きるため「化物壺」と呼ばれていた。

化物壺を知っている村人達は災難を恐れ化物壺に近づかないようにしていたが男は何を考えたのか、化物壺がある滝に足を運び滝壺が見下ろせる場所に立つと化物が住んでいる滝壺に向かって話し掛けた。

人間が憎いか化物よ、俺も人間が憎い、娘を殺した男が憎い、娘を追い込み娘を見殺しした男の両親が憎い、苦しむ娘を見て見ぬ振りをした者達が憎い、滝壺の化物よ、俺は奴らに娘が受けた苦しみを何倍、何十倍も味あわせてやりたい、人間を憎む気持ちは同じだ、なれば俺に力を貸してくれ、そのためならこの体も命を捧げよう。

そう言って男は滝壺に身を投げた。

男が身を投げてから数日後の新月の夜、娘を殺した豪農の家では何事もなかったかのように宴が行われ屋敷に住む者達全てが酒を飲み酔いつぶれていた。

そして時刻は次の日へと移り変わろうとした時だった、村の傍を流れる川から突如とんでもない大きさをした三首の化物が這い上がり蛇の様に体をくねらせ屋敷へと向かった。

村人は皆寝静まっており化物が村に侵入している事に誰も気づかなかった。

そして三首の化物が屋敷の前に現れるとようやくここに来て一人の男が塀よりも高く見上げるような大きさをした化物に気づき慌てるも時すでに遅かった。

三首の化物は山が振るえる様な爆音を響かせると塀を壊し屋敷を中に入って行った。

爆音に目を覚ました屋敷の者達は大きな化物を見るや大騒ぎとなった。

左の首はその大きな首を地面に叩きつけ屋敷を壊し屋敷の者達を蹂躙し慌てて飛び出した姑を化物は見つかるや否や姑にいる場所に向かって大きな首振り下ろしそこにいた者全てが押し潰し下敷きになった者全てが潰された蚊のようになっていた。

右の首は口から大量の水を吐き屋敷にいる者達は突然の津波に飲み込まれ多くの者が溺死する中、運良く生き残った家主だったが右の首が家主を見つけるや否や大きな口で家主の両足に噛み付くと首を持ち上げた後、勢いよく地面に向けて叩きつけられ家主は一瞬で血塗れの肉片と化した。

化物から逃げようとした者達が唯一の逃げ道である裏口を目指したが裏口には常に南京錠の鍵をされていて開ける事が出来るのは家主と姑と息子だけだった。

そのため逃げ出そうとした者が裏口に殺到するも扉が開かずもうここに来て彼等はもうこの屋敷には逃げ場所がない事を知り絶望した。

そのため屋敷の者の中には何とか脱出しようと塀をよじ登ろうとする者もいたが塀は高く、中には屍を積み重ねて脱出しようとする者までおりまさに地獄絵図だった。

しかし三首の化物はとにかく暴れるに暴れ次々と屋敷の者達を屍へと変えていった。

五分も経たない内に怪物以外動かなくなった屋敷で化物はある者の姿を探していた。

すると屋敷の残骸から一人の男が現れた、その男は娘を殺した家主の息子だった。

男は怪我をしているのかヨロヨロとよろめきながら裏口へと向かうが男は背後から生暖かい風を浴びるとそっと後ろを振り向いた、そこには笑っているかのように口を開ける真ん中の首があった。

男は完全に気が狂い走り出そうとするがすぐに真ん中の首は男に襲い掛かり男を口に入れた。

しかし真ん中の首はそのまま飲み込むような事はせず歯で男を挟み込みゴリゴリとじっくり時間をかけて男の体を噛み潰していった。

肉が千切れる音、骨が折れる音、何かが潰れるような音、男の悲鳴は数分の間村中に響き続けた。

グシャリ、その音を最後に男の悲鳴が途絶え三首の化物は満足したかのように十分前は屋敷だった廃墟を後に川へと戻って行った。

翌朝、村総出で屋敷の残骸を捜索したが屋敷にいた者の中に生き残りはおらず身内や親友がその屋敷で働いていた村人達は嘆き悲しんだと伝えられる。

 

「・・・・・・この話はあの日宴に参加せず生き残った娘の死の真相を娘の父親に教えた男が死ぬまで人々に語り続けた惨劇の真相だと伝えられているわ」

わかさぎ姫は胸に手を当て俯きながら結月や鈴音、友人である影狼に語った。

幾ら昔話とはいえあまりにも生々しい内容は幼かった彼女にとってどれだけ怖かったであろうか察するのは難しい事ではなかった。

恐らくは彼女が人間に対して恐怖感情を抱いているのはこの話が影響しているのだろう。

(凄惨な話だ・・・・・・・一体何を考えて風変わりな河童はそんな話をわかさぎ姫に・・・・?)

軽蔑、傲慢、理不尽、孤独、絶望、狂気、隠蔽、憎悪、復讐などの人間の闇ともいえる部分を描き出した余りにも残酷で凄惨な話だった。

昔話の中には怖い話もあれどこれは子供に聞かせるような昔話ではなく大人に対して人間の暗部を知らしめるような昔話であり幼かった彼女にとってトラウマになったのは当然と言えた。

その風変わりな河童は一体何を考えてそんな話をまだ幼かったわかさぎ姫に語ったのだろう?結月はその風変わりな河童の精神を疑いたくなった。

最も彼女にとってトラウマとなっている昔話が結月達にとって悲願の滝を知る有力な手掛かりになっている事は皮肉と言えた。

「そしてこの話が山奥の男が暮らしていた村に伝わると村人達は男が滝に身を投げて滝壺に棲む化物に力で異形の化物になって豪農の屋敷を襲ったのだと噂しいつしか男が身を投げた滝の事を『悲願の滝』と呼んで滝壺に棲む化物の事を『滝壺様』と呼んで恐れるようになったと・・・・・・そう風変わりの河童が言っていたの・・・・・」

わかさぎ姫にとって怖くて仕方のなかった話が今、実話だったのかもしれないという仮説を前にして不安になるのは当然だった。

「滝壺様ね・・・・・・全然ありがたくない存在なのに様をつけてしまうのは未知なる力を持つ者に対しての畏怖と平伏の表れなのかしらね・・・・・」

自然災害を具現化し神様として畏怖しながらも崇めるのと同じ事なのだろう。

崇め敬う事でどうにか自然災害から逃れようとしていたのかもしれない。

「でも・・・・・この昔話は幻想郷で起きた話とは限らないし私達とは正反対の世界である『現世』で起きた話かもしれない・・・・・もしかしたら風変わりな河童の作り話かもしれない・・・・だからあまり参考にはならない・・・・よね?」

わかさぎ姫は幻想郷で生まれた妖怪なので現世の事はあまり知らずそんな世界があるという知識だけだった。

わかさぎ姫が参考にならないと語ったのは嘘であってほしいという気持ちが見え隠れしていた。

結月も全ての昔話を知っている訳ではないが幼い頃は幻想郷の色々な民話を本で読んでいたので民話関してはそれなりに自信があった、しかし結月は知らなかった。

これ程凄惨な昔話なら何処かの本に乗っていてもいいのにわかさぎ姫の話を一通り聞いても似たような話は思い出さなかった。

それを考えるならば幻想郷で起きた話とは考えにくかった。

「・・・・・・いや、あながち作り話ではないのかもしれない」

しかし結月にはこれがとても作り話とは思えなかった。

「えっ・・・・・でも、現世で起きた実話だとしたら滝は現世にあるんだよね?だったら名前が似ていても上流にある悲願の滝は全く別の滝じゃないの?」

しかしそれに関して結月も鈴音も幻想郷のある特徴が関係している可能性がある事を見出していた。

「わかさぎ姫、幻想郷はスキマ妖怪である八雲紫によって作られたと言われているけど全てが八雲紫によって作られた訳じゃないの、中には地形ごと現世から幻想郷に持ち込まれた場所があるのよ、紅い悪魔が住む紅魔館も元々は現世にあったものが幻想郷に移されたと言われているの」

大抵幻想郷に持ち込まれた場所は現世において存在が曖昧になった場所である、もしその滝も何らかの理由で存在が曖昧になったのなら幻想郷に持ち込まれてもおかしくなかった。

「そう考えるならば悲願の滝という言われもこの滝で起きる不気味な民話の数々も納得できるわ」

しかし影狼は結月や鈴音の考えに懐疑的だった。

「ちょ・・・・・・ちょっと待ちなさいよ、もしわかさぎ姫と同じ話をここに住んでいた男が偶然耳にしたとしてもだよ、たかが根拠のない昔話でしょ、信じるとは思えないわ」

しかし影狼の疑問は押し入れの壁に書かれた滝のまでの地図が答えを示していた。

「そうね・・・・・・確かに平常心だったら小三郎さんもそんな昔話信じなかったのかもしれない、でももし自分の船と漁師道具を壊した犯人に対して強い憎悪を持っていたとしたら・・・・・人は気分が高ぶっている時ほど誤った判断を下してしまうものよ」

根拠の有無は恐らく小三郎にとってどうでも良かったのだろう、ただ重信や与助や古正に復讐できればという思いでの行動なのだろう。

そして昔話は今まさに現実のものになろうとしていた。

「恐らくは小三郎さんは何処かで悲願の滝の由来となる昔話を知った、もしかしたらその時はまだ本気で昔話を信じていなかったのかもしれない」

鈴音と結月は今まで得た情報から何故小三郎が逸脱者になったのか推測し始めた。

それを影狼とわかさぎ姫は緊張した面持ちで聞いていた。

「だが、与助と重信と古正との漁場を巡っての争いとなり何カ月もかけて恨みが積もり積もっていった・・・・・次第に漁場の巡っての争いから互いの意地の張り合いとなり四人は互いに憎むようになった」

この村にで起きた連続行方不明の真相に近づくにすれわかさぎ姫はギュッと胸を強く掴む。

「そして小三郎が他の三名を出し抜こうと新しい漁師道具を使った結果、他三名から集中的に攻撃を受け船と漁師道具を壊された・・・・・・漁師にとって命である船と漁師道具を失った小三郎はついに今まで貯め込んでいた恨みが強い殺意へと変わり与助と重信と古正に復讐を考えるようになった」

与助と重信と古正に殺人動機は漁場を巡っての争いの末に他三名から集中攻撃に対しての報復行為もしくは意地の張り合いとなっていた漁場で自分が最初に脱落する事への恐れから他三名も道連れにしようとしたかどちらにせよ、与助と重信と古正を殺す程の動機があったのは確かだ。

一方で話を聞いていた影狼は不意に見た、わかさぎ姫の様子がおかしい事に気づいた。

体を小刻みに震わせ呼吸が小さいながらもしっかりと聞こえる程荒いのだ。

影狼がわかさぎ姫を心配するのを他所に結月と鈴音の真相究明は続く。

「小三郎が三人への復讐を決意し毒草を持って三人の殺害を計画するが失敗、後がなくなった小三郎はふと悲願の滝に纏わる昔話を思い出した、滝壺に身を投げ化物になった男の復讐劇・・・・・・小三郎にとってこれほど望んでいた復讐はなかっただろう、そして夜な夜な小三郎は人の目を紛れてこの押し入れの中で悲願の滝についての情報と行き方を調べていた・・・・・・そして今から十日前の夜、小三郎は悲願の滝に向かい・・・・・・滝壺に身を投げた」

地図まで描いた以上、小三郎が滝に向かったのは事実だろう、そして昔話の内容通りに身を投げた、与助と重信が殺された以上そう考えるのが妥当だった。

話を聞いていたわかさぎ姫は顔を青ざめさせ恐怖で目が泳いでいた、わかさぎ姫は思い出していた、まだ幼かった日、流れの急な川のほとり、他のとは違う風貌をした河童、その河童の口から優しく語り掛けるように聞いてしまった真っ黒な色をした話。

風変わりな河童は分かり易く手振りを加えながら三首の化物がどんなふうに人間を殺したかをまるで御伽噺でも聞かせてくれているかのように語っていた。

その姿がまるで昨日の出来事の様にわかさぎ姫の記憶に鮮明に蘇る。

「そして・・・・・願いは叶った、小三郎は人間をやめ人妖となった・・・・・」

わかさぎ姫の様子を見ていた影狼はわかさぎ姫の身に何が起きているのか察した。

「人妖となった小三郎は復讐を実行に移した、下流を下り村の近くの川底に身を潜めた、彼は三名の誰かが来るのを待った、水面に浮かぶ船底を伺いながら・・・・・」

・・・・めて、聞こえないような小さな声で呟いたわかさぎ姫、しかしわかさぎ姫の声が届く事はない。

「そして人妖となった小三郎は自分を探しに来た与助と重信の船を見つけると彼等が単独になるのを見計らって二人を・・・・・」

鈴音が行方不明事件の真相を口にようとした時だった。

「やめてっ!!!」

わかさぎ姫の悲鳴に似た声が部屋中に響いた。

突然の事に結月も鈴音も戸惑いわかさぎ姫の方を見る。

額から汗を流し、息をきらすわかさぎ姫に影狼が寄り添いながら結月達の方を険しそうな表情で睨みつける。

「ちょっと貴方達・・・・・・わかさぎ姫にとってこの話はあまり思い出したくない事なのは分かっているはずでしょ、怖かったからこそ今までわかさぎ姫は作り話だと必死に思い込んでいたのよ、そんな気も知らないでまるで本当に起きた話のように語られたらわかさぎ姫はどんな気持ちになるのか、少しは考えなかったの?」

幼い頃に語られた怖い話がもし実話だったら・・・・・その恐怖はどれ程のものだろうか?

そんな怖い話を聞かせた風変わりな河童に不愉快さを感じた結月達であったが結月達もまた彼女の心の傷を抉ってしまったのだ。

その事については真相究明ばかり重視していた結月達も反省しなければいけない所だった。

真実は時として人や妖怪を傷つけてしまうのだ、恐らく件頭も常にこの問題に悩まされているのだろうと考えると件頭も大変だとこの時実感する。

「悪かった・・・・・・もっと場を弁えるべきだった、本来ならこの話の真偽は別の場所で行うべき事だった、わかさぎ姫にとって辛い経験なのにそれを強く思い出させるような事をしてすまないと思っている・・・・・・だが、俺達は一度忠告したはずだ、首を突っ込んで楽しいものではないぞ、と」

それは・・・・・と呟いた後言葉が出ない影狼、覚悟はしていた方だったが現実はそれ以上だった。

「あんた達はそれを了承してここにいる、俺達は真実を、最も事実に近い真実を探求する、例えそれが信じたくない耳や目を塞ぎたくなる様な残酷なものであっても俺達はそれを受け入れなければならない、世迷言や与太話には流されない、だが決して事実から目を逸らしてもいけない、それが人間の番人である逸脱審問官の覚悟だ」

それは事実から目を逸らさない、それがどれだけ難しい事が口にする自分達もちゃんと出来ているのか言われると断言も出来なかった、否断言する事が難しいと分かっているからこそ逸脱審問官に相応しいといえる、事実を常に見据える事など本来なら不可能だからだ。

「恐らくここまでの顛末や状況、二人の犠牲者の共通点を考えると恐らくあの話は只の作り話ではないのは間違いないわ、実際にあった話か、もしくは誰かが滝壺の秘密を知って滝壺の身を投げさせるために流した話かもしれない・・・・・ただ一つだけいえるなら、滝壺に飛び込んだ小三郎が化物になったのは間違いないようね」

淡々とした様子でそう言った鈴音に影狼が言い返そうとした時、わかさぎ姫が影狼の服を掴む。

「いいの・・・・・・影狼ちゃん、自分でも分かっていたつもりだから・・・・・・あの時風変わりな河童が語ってくれた事は本当に起きた話だって分かってつもりだった・・・・・でも認めるのが怖かった・・・・・・認めたら人が・・・・人間が恐ろしい何かに見えてしまう事が怖くて仕方がなかった・・・・・・だからその事実から目を背けていた、作り話だって思い込んでいた・・・・・・」

わかさぎ姫・・・・・そう呟いた影狼にわかさぎ姫は息をきらしながら言葉を続ける。

「でもさ・・・・・・鈴音さんと結月さんの話を聞いていた時、私思い出したんだ、幼かった私にあの話を語り掛けている時の河童の表情を・・・・・・優しそうな顔をしていたけど目は全く笑っていなかった、物凄く真剣な眼差しをしていた・・・・・・あの目は決して作り話を語る様な目じゃないって幼い頃の私は分かっていたんだ・・・・・・それなのに・・・・・」

幾ら幼かったとはいえどうして自分はその事実から逃げてしまったのだろう、そんな後悔の念が感じられる表情をわかさぎ姫は浮かべていた。

「・・・・・・無理もない、あんたはまだ幼かった、事実から目を背けてしまうのは当然だ、今でも覚えている程の恐ろしい話なら尚更だ」

結月は事実からはもう目を背けたりはしないが子供にまでそれを強いる事は出来なかった。

せめて子供には逃げ場所があっても良い、夢があっても良いと思っているからだ。

それだけにわかさぎ姫のトラウマを想起させてしまったのは結月にとって本当の申し訳ない気持ちだった。

「そうだよね・・・・・でも結月さんや鈴音さんと話していると人間ってそんな人ばかりじゃないと思えるんだ、だから今ならあの話を事実として受け入れてみようと思うの・・・・・私ももう子供じゃないから逃げてきた事からちゃんと向き合わないといけないとね」

わかさぎ姫の言葉に影狼は驚いた表情をする、弱気なわかさぎ姫らしくない強い意志が感じられたからだ。

大人になるという事は子供の頃、目を逸らし続けた現実と向き合うという事である、どれ程辛い事であろうと現実と向き合わなければ前へと進めないのだ、向き合う覚悟がなければ何十歳になっても子供のままだ。

(・・・・・でもやっぱり人間は怖いかな・・・・・)

その一方であの話を事実として受け止める以上、人間の事が少し怖くなってしまったわかさぎ姫であった。

「・・・・・・とりあえず、この村で何が起きているか大体把握したわ、滝壺様はとりあえず後回しね・・・・・・今は逸脱者の断罪を優先しないと」

ああそうだな、と答えた結月、短い言葉であったが既に声には気迫が感じられた。

「貴方達がここに来た目的は人妖・・・・逸脱者の断罪だったわね」

そう口にした影狼だったがその顔は何処か複雑な表情を浮かべその心中は様々な思いが巡り巡っていた。

「・・・・・・貴方達、本当に人妖と戦うつもりなの?幾ら元々は人間とはいえ相手は半ば妖怪化した存在なのよ、力も能力も人間よりも上回るような存在よ、生身の人間が勝てる相手ではないじゃない」

しかしそんな事は言われなくても結月も鈴音も分かっていた。

「確かに逸脱者は人間の身体能力を上回る個体も多い、だからこそ俺達は日々厳しい訓練を積んで逸脱者との差を縮めようと努力している、それでも人間では補えない所は人工妖怪である守護妖獣の力を借りる事でようやく俺達は互角に逸脱者と戦う事が出来る、実際俺達は過去に何度か逸脱者と戦い断罪に成功してきた、怖がることなんて何もない」

そう言って結月は肩に乗る明王の撫でる、明王も差し出された結月の手に自分から頭をこすりつけていた。

「でも・・・・・もしわかさぎ姫の昔話が本当なら相手はかつて多くの人間を蹂躙する程の力を持った化物なのよ・・・・・・そんなの相手に勝てるかどうか分からないじゃない」

影狼の意見はごもっともだった、実際結月達も命知らずではない、逸脱者と戦う時は常に死の恐怖に怯えていた。

それでも結月達に失敗の二文字はなかった。

「断罪『できるか』『できないか』じゃない、『断罪する』だ、それが幻想郷の掟であり人間の掟である以上絶対に断罪しなくてはならない、今までもそうだった、これからもそうだ」

そう言って結月は鈴音の方を見ると頷いた。

わかさぎ姫が語ってくれた物語がもし実話なら残された時間はあまり長いものではないだろう、もし古正が村から出ないという事が分かれば逸脱者は川から這い出て半日村を襲う可能性は高かった。

その最悪な事態を避ける唯一の方法、それは安全な場所に逸脱者を誘き寄せて戦う事であった。

結月達は影狼とわかさぎ姫を室内の残し小三郎の家を出る、玄関前では半日村の村人達が待っていた。

「何か人妖の手掛かり証拠は何か見つかったのか?」

村長は緊張した面持ちでそう聞いてきた、結月は何も言わずただしっかりと頷いた。

そんな結月の姿を見て村人達はざわついた、まさか自分達の村から人妖が出てしまうなんて・・・・・そんな様子だった。

「悪い話はまだあるわ、逸脱者は最後の標的として古正さんを狙っている。このままだと逸脱者は古正さんを狙って村を襲う事になるわよ」

本来なら不用意な混乱を避けるために言わない方が良いのだが鈴音がある目的のためにあえてその憶測を口にしたのだ。

鈴音の予想通り、村人達に大きな動揺が走る、自分達の村に逸脱者がやってくる、恐怖と不安が広まると同時に古正に厳しい視線が向けられる。

「ま、待ってくれ・・・・・・お願いだ、俺は・・・・俺だけのせいじゃないんだ」

鈴音の目的、それは古正を精神的に追い込む事だった、本来なら人間の門番にふさわしくない行為かもしれないがそれには理由があった。

結月は古正に近寄ると視線を合わせる、その目には逸脱者と戦う強い覚悟と気迫が感じられ古正もたじろいでいた。

「これ以上村に迷惑をかけたくなかったら協力しろ、上手くいけば逸脱者を安全な場所まで誘き寄せる事が出来るかもしれない」

古正を追い詰めたのは彼から選択肢を考える力をなくすためだった、村人と結月達に迫られ孤立無援の状態ならなんだって従うはずだった。

「あんたの漁師舟を俺達に譲ってくれないか?あんた一人が全て悪い訳ではないがあんたにも悪い所があった、恐らく漁師舟は壊れるだろうがそれで命が助かるなら安いだろう?」

漁師舟を失うという事は新しく作り直さないといけない限り漁師を廃業するという事だ。漁師にとってそれは苦渋の決断であるが古正の答えは早かった。

「・・・・・・・ああ、分かった・・・・・船一つで村が襲われないのなら譲ろう、それにこんな事があったんだ、もう二度と漁師なんてごめんだ」

古正は吐き捨てるようにそう言った。

(元を正せば欲張らなければこんな事にはならなかっただろうに、何が漁師なんてごめんだ)

何もしていないのにこんな事態になったのなら古正の気持ちは分かる、だが古正もまたこの事態の原因を作った一人なのだ、それなのにそれ全てを自分の欲望ではなく漁師だったからという事にしようとしている事に結月は強い憤りを感じた。

誰しも人は何か自分にとって都合の悪い事が起きると自分の責任を他の何かに転嫁したがるものだ。

「そうね、自分も悪いのにそれを自分の職業のせいにしてしまう漁師なんてこっちからお断りね、さて貴方の船に案内してもらいましょう」

鈴音の言葉に言葉を詰まらせ苦虫を噛み潰したような表情をしながら古正は自分の船がある場所に結月達を案内した。




二十七録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?さて、私は何処か遠くにお出掛けする時は必ず出掛けた先にある博物館や美術館に足を運ぶようにしています。
その博物館や美術館にしかない展示物がある事も一つなのですが地域毎にその地域色の濃い博物館や美術館があるのが魅力の一つです。
例えば半年前に旅行に行った富山はガラス工芸と薬が有名なのでガラス工芸品を展示した美術館と薬を調合するための道具を展示した博物館があります。
時間の都合上、ガラス工芸の美術館しか行けませんでしたが展示してあるどのガラス工芸品も素晴らしいものでガラスはこんなにも自由自在な形が作れるのかと驚きました。
読者の皆様も富山に足を運ぶ機会があったら一度、富山市ガラス美術館に見に行く事をお勧めします、ガラスのイメージが変わりますよ。
旅行先で地域色の強い美術館や博物館を巡る度に思う事は同じ日本なのにその場所その場所によって文化や生活が違う事です。
同じ日本なのにここまで違うのか、と驚かされる事もあります。
日本は外国とまでは行きませんが古今東西、多種多様な文化があります。
日本だから何処も同じだろ?と考えている人は是非とも色んな場所に出掛けて美術館や博物館や歴史館を巡ってみてください、へえこんな文化もあるのか、そう驚くかもしれません。
それではまた再来週。

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