人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

25 / 34
こんばんは、レア・ラスベガスです。
先週は小説を更新できず申し訳ありませんでした、最近色々あって仕事がとても多忙で家に帰ってきても小説が書けない程疲れています。
今は書き溜めていた物を手直しして投稿しているのですがその手直しすら手がつかない状態でした。
まだ仕事が忙しい状態が続きますが今週からはまた頑張って投稿していこうと思います。
それでは二十五録更新です。


第二十五録 船底を伺う二又の復讐者 四

半日村の名前の由来は単純かつ安易なものである、東側に存在する断崖絶壁の断層を背に作られたこの村は朝を迎え太陽が昇って来ても断崖絶壁の断層が朝日を遮り村の空が青くても村の周囲は暗く九時頃になって日の光が村の周辺に入ってくるようになるが村の西側には川を挟んで大きな山があるため四時頃には山に太陽が沈み始め五時頃には暗闇に包まれるため太陽が出ている時間帯でもこの村の周辺では半分程度の時間しか日の光が入ってこない村と言う意味でこの名が付けられたのだ。

しかもこの村は冬になるとさらに日の光が入り込まなくなり三分の一程度しか日照時間がなく一日の大部分を暗闇と震えるような寒さに支配されるとても過酷な場所にあった。

しかしこの場所は緩葉川に隣接し川魚も豊富に棲んでため漁業に向いておりさらには脅威となる妖怪もいなかったため人が集まり村として形成されたとされている。

名前が至極単純なのはこの村が現世からやってきた古くからある村ではなく幻想郷に住んでいた人々が集まって生まれた漁業をするためだけの村だからなのだろう。

とはいえ村が出来て何十年と経過し村の暮らす人々にも半日村の村人としての意識が芽生えつつあり村にひっそりと余生を送るこの村を開拓した老人達がかつて若かりし頃に過ごした故郷の祭り文化が入り混じる様にして生まれた豊漁祭りは今年でようやく五年目だ。

村の人口は老若男女合わせて百十七人程度の人々が暮らしておりその大部分の村人が漁業関連の仕事に着いているが太陽の光があまり差し込まないジメジメとした場所である事を生かして茸栽培をする村人も少数いる。

「着いたよ、結月、ここが半日村だよ」

数十分かけ目的の村に到着した結月達、月見ちゃんの背中から軽やかに降りる鈴音の姿に先程の疲労は一切感じられない。

(元源薬の効果は絶大だな、まさに良薬は口に苦しか・・・・・)

そんな感想を抱く結月も元源薬の効力を自身の体で実感していた。

先程まで昨日からの鍛練の疲れが出ていたのに今はそれが全く感じられずむしろ体全体が気力に満ち溢れていた。

「ああ、既にあそこに人だかりが出来ているようだ・・・・・恐らく三人の行方不明者を探しているのだろう、詳しい事情を彼等から聞く事にしよう」

結月の言葉に頷いた鈴音と共に結月は行方不明者を探しているであろう人だかりに近づいた。

「どうしたものか・・・・・・!?お主達は一体何者だ?」

こちらに近づいてくる結月達の存在に気づいた白い長髭を蓄えた老人がそう尋ねた。

その老人の言葉と共に人だかりの視線が結月達に向く、不安、警戒、緊張が窺える顔色を皆一様に浮かべていた、逸脱審問官の正装を纏い肩には翼の生えた手乗り程度の大きさの妖獣を乗せた結月達の姿は警戒されて当然だろう。

「驚かせたのならすまない、俺達は逸脱審問官だ」

逸脱審問官の一言だけで何処まで伝わるか不安だったがそれは杞憂だった。

「逸脱審問官だと・・・・・人妖を狩る事を専門とした者達がいるとは聞いていたがお主達の事だったか・・・・なるほど、確かに常人とは思えぬ程の気迫と強さを感じますな」

老人は逸脱審問官の姿を見るのは初めてのようだが疑う事なくすんなりと認めた。

「な、なんだって!?逸脱審問官だと・・・・・じゃあ与助と小三郎と重信(しげのぶ)は・・・・まさか人妖に・・・・」

誰かが言ったその言葉に集まっていた村の者達がざわついた。

「いえ、まだ逸脱者・・・・人妖が出現したとは断言できないけどその可能性が高いから直接私達が状況を確認しにきたのよ」

本来状況を確認するのは件頭の仕事のはずなのだが戦う専門である逸脱審問官がそれを行うのは些か可笑しな事だった、だが百聞は一見に如かず、自分達で確認した方が状況をより把握する方がより詳しく理解できるという点では白鷹の言葉にも一理あるだろう。

「そうですか・・・・・・確か逸脱審問官には逸脱審問官の耳と言える件頭がいると聞く、恐らくはその件頭からあらかたこの村で起きている事を聞いた上でここに来られたはず・・・・・それ以上に何か聞きたい事があるならこの半日村の村長であるわしが答えよう」

どうやらこの白髭の老人が半日村の村長らしい。

「貴方が村長でしたか・・・・・・では事の始まりから詳しく話してもらえないだろうか?」

件頭からはある程度説明は受けていたが所詮は大まかだ、まずはこの村で起こっている事を村長から詳しく聞く事にした。

「うむ・・・・・だが一体何処から話せば良いものか・・・・・・恐らく最初は一週間前の朝、漁師の小三郎が突然行方知らずになった所からかの・・・・・その前の日の夜までは小三郎の姿を目撃した者はおったのだが次の日の朝からは誰も見かけなくなってしまった、最初は皆気のせいだと思っていたが二日経ってようやくわしらも小三郎がいない事に気づいた、村人総出で探したのだが見つからなかった」

もし逸脱者が犯人だとしたら彼は逸脱者に襲われたと考えるべきだろう。

とにかく今は村長の話の続きを聞く事が先決だった。

「そして小三郎が行方不明になってから六日目の昨日の朝の事だった、今度は船で下流に向かった与助がそのまま行方知らずになった、この川は緩葉川という名の通り穏やかな川だ、流されてしまったという可能性はないだろう、それに与助は漁師になって長い、例え船が転覆しても溺れる事はまずないだろう、後は妖怪の仕業だがこの村の周辺の川には人を襲うような危険な妖怪はあまりいない、だからこそここに人が集まり村が作られたのだからな」

村長が話では恐らく与助と言う人物は事故にあった可能性は低いだろう、逸脱者ではないとすれば別の場所にいた人を襲う妖怪がここにやって来て襲った可能性だけだった。

逸脱者でないとすれば可能性としては妖怪が一番ではあろう、しかし白鷹はこれが逸脱者の仕業だと信じて疑わなかった、そこまでの確信を抱ける何かがあるはずなのだ。

それは結月も鈴音も何となくここに来て感じ取っていた。

「そして今日の朝、小三郎と与助を探しに船で下流に向かった漁師の重信が全く戻ってこない、あいつは十一時頃には戻ってくると申しておったのに十三時になっても帰って来なくて心配していたのだ、重信は時間を間違えるような男ではないからな、何か起きたに違いない、村の者達は不安に苛まれ探しに行くのに躊躇している、何が起きているか分からない以上、下手に動いて今度は自分が行方知らずになってしまう事を恐れているのだ」

一週間の間に三人もの行方不明者が出ているのだ、探しに行くのを躊躇してしまうのも無理はない。

「つまり重信さんの安否は誰も確認しに行ってないんですね?」

静かに元気なく頷いた村長、どういう事情であれ村人が三人も行方不明になってしまった事に対して責任を感じているのだろう。

詳しい状況を把握した結月と鈴音、その上で気になるのは三人とも同一犯に襲われたのかという点だった、与助と重信の行動は良く似ていた、朝方に下流に向かって船を出してそのまま行方不明になった、仮に逸脱者か妖怪の仕業であるなら同一犯の可能性は高かった。

妖怪は基本単独行動であり群れて生活する事はない存在だ、もしこの村周辺に人を襲うような妖怪がやってきたとすれば恐らくは単独だろう。

しかし妖怪の仕業にしては不可解な点もあった。

(人間を襲う間隔が不自然だ・・・・何故一人目と二人目の間に六日も時間を空けたのに何故二人目から三人目は一日の間隔しか空けなかったのか?)

妖怪の気紛れ・・・・そういえば簡単だろうが妖怪はこのご時世、頻繁に人間を襲わなくても生きられるようになった、本来なら二人目から三人目の間にも五日以上間隔があいているはずなのだ。

何故なら肉を好む妖怪は肉食動物に似た思考倫理・・・・・自分の必要な分だけしか襲わないという考え方をしている者が多いからだ。

人間を比較的襲う事で知られる妖怪、河童も理由もなく人間を殺したりはしない。

だからこそ襲われる人間の間隔が不自然なのは妖怪が複数いるかそれとも妖怪でないかのどちらかなのだ。

しかし白鷹の言葉が結月の脳裏に過る。

「・・・・・半日村周辺には人間を襲うような危険な妖怪は棲みついておらず襲われた話所か目撃情報さえも見当たらない」

白鷹は異端でも件頭、情報収集はしっかりとしただろう、この緩葉川上流周辺には半日村を含めいくつもの集落や村が点在し人口も多い、妖怪が複数いたとしたら目撃者の一人や二人くらいいてもおかしくないはずなのにこの周辺の妖怪の目撃情報が乏しいのは妖怪が複数いる可能性が限りなく低いという事だった。

そして結月達にはもう一つ引っ掛かる点もあった。

(そもそも最初の行方不明者の小三郎と二人目三人目の行方不明者である与助と重信は本当に接点があるのかな?)

与助と重信と比べ小三郎の失踪には相違点があった、三人とも漁師である事は同じなのだが夜間に行方不明になった事を含め短い期間に襲われた他の二名とは違いそれなりに間隔があった、もしかしたら小三郎の行方不明と与助と重信の行方不明は全くの別問題かも知れなかった。

「最初に行方不明になった小三郎さんが村から出ていくような事に何か心当たりはないかしら?」

そう聞いた時、一瞬人だかりの中にいた特に特徴のない三十代の男が一瞬、不審な挙動を見せたのを結月は見ていた。

「そうだのう・・・・・・実は小三郎が行方知らずになる三日前、小三郎の船と漁師網が何者かに壊されていたのだ、犯人は・・・・・結局分からずじまいだが、小三郎がいなくなった時、最初わしらは小三郎の船と網が壊された事で放心状態になって村を出ていったと思っていたのだが・・・・」

舟が壊された、つまり小三郎は陸路で何処かに向かったのは確かであり、傷心して放浪に旅にでも出掛けたか、それとも放心状態のまま死地を求めて何処かに行ったかのどちらかである。

やはり川で行方不明になった与助と重信とは状況が違うようだ、与助と重信の行方不明とは全く関連がないのかもしれない。

しかし結月と鈴音には小三郎がこの行方不明と関係がないようには思えなかった。

間隔はあれどこの一週間の間に三人も行方不明になる状況を考えれば偶然が重なっただけとは思えなかった。

「とにかく今は・・・・・戻って来ない重信の行方を探した方が良さそうだな」

もし重信が逸脱者か妖怪に襲われたのならまだ時間の経っていない重信ならまだ川に手掛かりが残っている可能性があった。

「ええ、そうね、急いで川沿いに向かって探しましょう」

その時、人だかりの中から年老いた女性が現れた。

「息子を探しに行って下さるのですかい、どうか重信を見つけてください、お願いしますだ」

どうやら重信の母親らしい、必死に結月達に向かって頭を下げていた。

「・・・・・・分かりました、ではお願いがあるのですが重信さんの衣服か良く使っていた物を一つだけ貸してもらえませんか?この子は匂いにとても敏感なので重信さんが近くにいた時匂いを辿る事が出来るんです」

鈴音の肩に乗る月見ちゃんが任せてと言っているかのようにニャンと鳴いた。

「重信の・・・・・ですかい、それならこの手拭きを使ってください、いつも重信が持ち歩いていた手拭き何です」

重信の母親から手拭きを受け取ると鈴音は月見ちゃんに匂いを嗅がせる、そして次に結月に手拭きを手渡すと結月は明王に手拭きの匂いを嗅がせた後重信の母親に手拭きを返した。

「では探しに行こう鈴音先輩、こうしている間にも状況は変わっているはずだ・・・・・」

うん、と頷いた鈴音、月見ちゃんと明王は息を合わせたように肩から飛び降りると人が乗れる大きさまで巨大化した。

先程まで肩に乗る程小さく可愛らしかった妖獣が主人を逆に乗せられる程大きくそして狂暴な姿へと変貌を遂げた事に村人は驚きを隠せなかった。

「では重信さんを探しに行ってきますから皆さんはそこで待っていてください」

唖然とする村人に見送られながら結月と鈴音は川沿いに向かって守護妖獣を走らせた。

明王の背中に乗り慣れた手つきで乗りこなす結月だったが心中は穏やかではなかった。

(先程の村長の言葉・・・・どうも歯切れが悪かった、何か心当たりでもあるのだろうか?)

それは先程、小三郎の船と網が壊された話をしていた時、犯人は分からないと言っていたがどうも不審に感じる所があった、隠しているという程でもないようだが確信はなくても心当たりはあった様子だった。

そしてもう一つ気になったのは鈴音が小三郎の行方不明になる原因を聞いた時、人だかりの中にいた男が俯いたように見えた事だ。

話したくない、隠したい、結月にはその男の行動がそんな風に見えた。

「・・・・・・戻ったらもう一度問い質す必要性があるな」

結月の目がより一層険しくなった。

 

しばらく川沿いを走り村から五km下流に下った。

明王と月見ちゃんの足が止まらないという事は匂いを見つけられていないという事だった。

それと同時にやはり重信は何かに巻き込まれた可能性が高い事を確信していた。

幾ら漁師でもここまで下流に下る事はないからだ、幾ら流れが穏やかとは言えも五kmも下流に下る可能性は低いからだ。(戻るには流れに逆らって船を漕がなければならないため)

「・・・・・結月、やっぱり重信さんと与助さんは・・・・・」

鈴音に言われなくても結月は鈴音にわかる様に頷いた。

「やはり只事ではないようだ、白鷹の読み通り、逸脱者が関わっているかもしれないな」

まだ逸脱者だと決まった訳ではないが結月と鈴音は妖怪の仕業とはあまり考えていなかった。

明確な理由がないため断言はできなかったが先程の村長や村人の会話で妖怪の仕業とは思えなくなってきたからだ。

何かがおかしい、何かを隠している、何かに躊躇している、あの重信と与助が襲われる原因となった出来事があの村で起こった気がしてならなかった。

(もしそうだとしたら逸脱者の正体はあの村の住人である可能性が高い・・・・)

しかし逸脱者が元は村の住人だとしたら犯人は一体誰だろうか?

状況を考えるなら一番逸脱者になり得そうなのは一週間前に行方不明になった小三郎だろう、村長の話から小三郎は行方不明になる三日前に自分の船と網を壊されたらしい、もしかしてその出来事と現在行方不明になっている与助と重信が関わっていたのだろうか?

(一体あの村で何が・・・・・)

そんな事を考えていた時、突然明王と月見ちゃんの足が遅くなる。

「もしかして匂いを嗅ぎつけたのかもしれない」

鈴音の読み通り明王と月見ちゃんは突然河原で足を止めしきりに地面の匂いを嗅いでいた。

そして森の方に向かってグルル・・・・と喉をならした。

「重信さんは森の中に入っていったのかな?・・・・・でもこの近くには船は一隻も停泊してなかったし・・・・・」

そう思いつつも鈴音と結月は慎重に森の方へと足を踏み入れる、可能性は低いにしても妖怪がいるかもしれないからだ。

もし妖怪だった場合、すぐに逃げられるよう明王と月見ちゃんの乗ったまま森の中を進む結月達。

しかし森に入ってすぐ結月達は異様な姿をした二人組を見つけた。

それは後姿ではあるが一目で明らかに二人共人間ではないという事を結月達は理解した。

「結月・・・・・あれ」

警戒を強める鈴音、明王と月見ちゃんもいつでも逃走できるよう身構えている。

しかし結月は二人の後姿を見た時、その内の一人の後姿に目がいった。

上半身は人間の女性の様な体をしているが下半身は魚の体をしているその姿は以前何処かの誰かから聞いたような気がしたのだ。

(そういえばあの時・・・・・)

結月はすぐに思い出した、それは逸脱者に関しての情報を白鷹が話していた時だった。

「・・・・・最近は人魚の妖怪を見掛けるらしいが・・・・・それほど危険な妖怪でもないらしい」

危険な妖怪ではないと聞いていたため聞き流していた結月だったが、もしかしてあれが人魚という妖怪なのだろうか、確かに見る感じは危険な雰囲気は全く感じられなかった。

「・・・・・鈴音先輩、もしかしてあれが白鷹の言っていた人魚かもしれない」

結月の言葉に鈴音も守護妖獣もあの話を思い出し幾分警戒を解いていた。

一方、肝心の二人というとこちらの存在にまだ気づいていない様子だった、あまり強い妖怪ではないのかもしれなかった。(だからといって完全に警戒は解いていないが)

「本当にここに埋めるの?影狼ちゃん」

困っているかの様なはたまた悲しんでいる様な表情をしながら影狼の方を見る。

「しょ、しょうがないでしょ、私だって出来る事ならこれをこの人の帰りを待っている人達に帰してあげたいわよ、でも人間は恐ろしい生き物なのよ、自分より弱い奴に対しては平気で苛める奴もいるし、何かと言い掛かりをつけて脅してくる奴もいれば、人の弱みに漬け込んでくる奴もいる、はたまた自分達さえよければ周りの事なんて考えない奴もいれば、平然と動物や同族である人間すら殺す奴もいるのよ・・・・・・私は人間が怖くて仕方がないの、それにもしこれを持って人間に会ったらまるで私達が殺したみたいに見られるわよ、そうなったらもっと危険な目に会うかもしれないわ・・・・・わかさぎ姫だって人間怖いよね?」

それはそうだけど・・・・と口にしたもののそこから先の言葉が出ないわかさぎ姫。

「だから私達に出来る事はこれを手厚く葬る事だけなのよ・・・・・それくらいの事しか出来ないのよ、私達がもう少し強ければ探してあげる事も出来たんだけどね・・・・・人間って本当に恐ろしい生き物だから・・・・」

どうやら彼女達は妖怪でありながら人間を怖がっているようだった。

もちろん妖怪全てが人間を餌と認識している訳ではないし人間を軽視している訳ではない。

中には響子のように人間に友好的な妖怪もいれば聖や一輪のように人間に融和的な妖怪もいたが彼女達の様に人間をあそこまで怖がる妖怪も珍しかった。

結月からすれば静流、白鷹に次ぐ変わり者の『妖怪』だった。

「なるほど、人間と言う生き物はそれ程恐ろしい存在なのだな、怖がるのも無理はないな」

突然後ろから聞こえた声にビクッとなった二人は恐る恐るこちらを向いた。

「うっ!うわっ!?よ、妖獣!?何でここに?しかも今話しかけてこなかった?」

影狼とわかさぎ姫が驚くのも無理はない、自分よりも大きな妖獣が二匹並んで立っておりしかも言葉を話しかけてきたのだ。

最初は妖獣の姿しか見ていなかった影狼とわかさぎ姫だったがその妖獣の上に二人の人間が乗っている事に気づいた時、彼女達はさらに驚いた様子を見せた。

「!?・・・・・に、人間!?」

人間である結月と鈴音の姿を見て影狼は動揺しわかさぎ姫は影狼の腕にしがみ付いた。

あれ程人間を恐れていたようだからそう反応されるのも無理はない。

結月は明王の背中から降りると明王を手乗り程度の大きさに戻し肩に乗せた、鈴音もそんな結月を見て月見ちゃんから降り手乗り程度の大きさに戻した月見ちゃんを肩に乗せた。

「驚かせてすまない、だが俺達はあんた達が思っている様な人間じゃない、まずは落ち着いてくれないか?」

そうは言っても素直に落ち着いてくれるとは思ってなかった。

「私達は天道人進堂の逸脱審問官よ、人間の掟を守り幻想郷の秩序を保つのが私達の使命であり人間の掟を破った者に罰を与えるのが私達の仕事なのよ、人間の番人とも呼ばれたりもするわ、貴方達が怖がるそんな悪い人間も規律を正すため罰したりする事もあるわ」

鈴音は結月を援護するように自分達が何者か説明する事で彼女達を落ち着かせようとした。

逸脱審問官?天道人進堂?彼女達の戸惑いを見る限りではどうやら天道人進堂も逸脱審問官も知らないようだった。

「人間の掟破った者・・・・その多くが人間の道を外れ妖怪となった人妖・・・・逸脱審問官の間では人妖を逸脱者と呼んでいるが、その逸脱者を断罪するのが人間の番人である逸脱審問官の仕事だ、そして俺達の肩に乗っているのが守護妖獣、人工的に作りだされた妖怪で俺達の相棒だ」

相棒、と言う言葉に明王は誇らしげに胸を張っているように見えた。

「人工的に生み出された妖怪ね・・・・・・人間の手で妖怪が生み出されるなんて何だか恐ろしい話ね」

影狼の言う通り守護妖獣の存在を危ぶむ妖怪も少なからずいた、鼎もその危険性は重々承知しており守護妖獣が妖怪と人間の均衡を崩す存在にならないように守護妖獣の生み出し方と飼育方法は極秘情報として扱われ一部の情報は天道人進堂の一部職員が把握しているが全容は鼎のみである。

「それは意外と私達も同じだけどね・・・・」

小さく鈴音がそう呟いたのは守護妖獣の存在ではなくそのやり方を生み出したであろう鼎の存在に対しての恐怖や不気味さからでた言葉であろう、結月も鈴音と同感だった。

「・・・・・・・まあ、とりあえず悪い人間ではないようね」

影狼の後ろに隠れるわかさぎ姫はともかく影狼は幾分警戒を解いていた。

「俺達からすればまだあんた達が本当に安全な妖怪かどうか判断しかねている所がある」

心が見えない以上妖怪であれ人間であれ不信感を抱くのは致し方なかった。

「・・・・・・まあ、そう思って当然よね、でも人間が怖いのは本当よ、演技じゃないわ、私達は妖怪だけどあんまり強くないのよ、貴方達が後ろにいても話し掛けられるまで気づかなかった程にね、だから人間に関わらない様に生きてきたしましてや人間を襲った事なんて一度もないわ、それに・・・・・人間にはあまりいい思い出がないのよ」

そう語る影狼の顔は本当に何か嫌な事を思い出したのか俯いて悲しそうな様子だった。

その雰囲気から結月と鈴音には彼女が嘘を着いているようには見えなかった。

それを見て結月と鈴音は彼女達が漁師を襲った可能性はないと理解した。

「・・・・・・分かった、あんた達を信じよう、俺達もあんた達に危害を加えるつもりはない、ただ話が聞きたいだけなんだ」

真剣な面持ちでそう言った結月に対して影狼とわかさぎ姫は顔を見合わせた後、頷いて結月達の方を見た。

「信じてくれるのね・・・・・・だったら私は貴方達の話を信じるわ、でもその前にお互いの自己紹介をしない?貴方達の事をもっと知りたいのよ」

自己紹介は信頼を築く上で土台に当たる部分だ、当然結月達もするつもりだった・

「俺は平塚結月、そしてこれは俺の相棒の妖狐の明王だ」

簡単で簡素な自己紹介を済ませた結月、続いて鈴音が自己紹介をした。

「私の名前は飯島鈴音よ、そしてこの子が私の相棒の妖猫の月見ちゃんよ、よろしくね」

鈴音も結月程ではないが自己紹介も簡単で簡素なもので済ませた、これは現在仕事中のため必要最低限の要所のみを抑えたためだ。

結月達が自己紹介を終えると今度は影狼とわかさぎ姫も自己紹介をする。

「私は日本狼の妖怪で今泉影狼っていうのよ、皆からは影狼って呼ばれているわ、それと日本狼の妖怪だけど人間は襲わないから安心してね」

日本狼の妖怪、そう名乗った彼女と耳を見てああ、だからかと結月と鈴音は納得する。

一方で先程から人間は襲わないと何度も言う辺り影狼にとってそれはとても重要である事が窺えた。

恐らく日本狼の妖怪≒人を襲う妖怪だと誤解されやすく、人間を襲わない彼女としてはそう思われるのは不本意なのもあるし人を襲う妖怪だと認知されると妖怪退治を専門とする者達に狙われてしまう事を恐れているからなのだろう。

一方影狼にしがみついていたわかさぎ姫も影狼にせかされて自己紹介をし始める。

「つ・・・・・次は私の番だよね・・・・・私の名前はわかさぎ姫っていうんだ・・・・見て分かるかも知れないけど人魚の妖怪なの、私も影狼ちゃんと同じく人間を食べたりする妖怪ではないから安心して・・・・ください、趣味は石拾いで丸みがあって手触りの良い石を集めるのが好きなの・・・・・・よ、よろしくお願いします、結月さん、鈴音さん」

影狼の後ろでもじもじしながらも自己紹介をしたわかさぎ姫、話し方からして人付き合いが下手か元々臆病な性格なのだろう。

「よろしくね、わかさぎ姫さん」

鈴音はそれを察してか得意の笑顔で返すとわかさぎ姫も幾分警戒を解いてくれた。

少なくとも影狼の腕から手を放していた、危害を加えるような存在ではない事を理解してくれたようだ。

「そ、それで結月さんと鈴音さんは何をしにここに来たの?」

影狼達の警戒を解くため話し込んでしまった結月達だが話が逸れている事に気づき本来の目的を影狼達に説明する結月。

「実は俺達は幻想郷各地で情報を集める件頭・・・・・・情報専門の隠密集団からこの周辺に逸脱者が現れた可能性が高いという情報を得てここにやって来た、逸脱者は川に潜んでいる可能性が高くそれを示しているかのように上流にある村の漁師が一週間前に一人、昨日の朝に一人、今日の朝に一人、三人の漁師が行方不明になっている、俺達は今日の朝から行方不明になっている漁師の匂いを守護妖獣に覚えさせ下流に向かって漁師を探していたんだがこの森の方から漁師の匂いを嗅ぎつけて森に入ったらあんた達がいたというのが今の状況だ・・・・・行方不明になった漁師について何か知っているか?」

結月の話を聞いて息を詰まらせたような表情をする影狼とわかさぎ姫。

「・・・・・・私達が人間を襲わないって話、信じてくれるよね?」

そう聞いてきたという事は何か手掛かりを持っているのだろう、勿論だと言っているかのように頷いた結月と鈴音。

「実は・・・・・・さっき石拾いをしていたらこれが船の残骸と一緒に流れてきたんだ、人間に関わるのが怖いから手厚く葬ってあげようと思っていたんだけど・・・・・」

そう言ってわかさぎ姫は後ろにあった布に包まれた何かを震える手で持ち上げ結月達の前に出した。

結月達は包みを受け取り包みを開くとそこには眠っているかのような表情をした男の生首があった、流石に断末魔をあげているかのような顔で埋めるのはどうかと思った影狼とわかさぎ姫が怖い気持ちを必死に抑えながら口を閉じさせ瞼を閉じさせたのだ。

「っ!・・・・・・・もしやこれが・・・・・・」

明王が生首に近づき匂いを嗅いだ、明王は結月の方を見て確信のある顔で頷いた。

「恐らくこれが重信さんね・・・・・・これで何かに襲われたのは間違いないようね」

重信の生首に対してまずは手を合わせ重信の生きてきた人生に敬意をはらった後、鈴音は重信の生首を躊躇なく手に取り持ち上げる。

「安らかな顔をしているようだけど手直しされた跡があるわね、影狼さんとわかさぎ姫さんが多分表情を変えたんだと思うけど恐らくはもっと絶望に満ちた顔を浮かべていたのかもしれないわね」

影狼とわかさぎ姫は鈴音の話を聞いて驚いた表情をしていた。

何故それが分かるのだろう、何故そんなに人の死に顔を見つめられるのだろう、両方の意味合いで驚いていた。

「首の傷が荒い・・・・・刀などの鋭い刃物で切り裂かれたというよりは何か強い力で引き裂かれたとような感じね、もしくは引き千切られたか・・・・・」

生首を横に向け首の断面をマジマジと見つめる鈴音、そんな鈴音を見て影狼とわかさぎ姫は若干退いていた。

「鈴音先輩、これを・・・・・」

実況見分していた鈴音に結月が透明の液体と蓋底に綿棒がついた小さなガラス瓶を差し出した。

それは風馬が使っていた人妖特有の妖力に反応する薬が入った逸脱者かどうかを判断する道具だった。

「さて、どうかしら・・・・・」

鈴音は蓋を取り蓋底に着いた綿棒で首の傷口を擦りその綿棒がついた蓋をガラス瓶に被せ小刻みに振った。

すると透明だった液体が見る見る紫色に変わっていった。

「・・・・・・当たりみたいね、どうやら川には恐ろしい人間だった者が潜んでいるのは間違いないようね」

紫色に変化した液体の意味する事、それは逸脱者が現れたという何よりの確信だった。




二十五録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?さて読者の皆様が住んでいる地域には桜の木は生えているでしょうか?私の住んでいる地域では人の手で植えられた桜の木と野生の桜の木を見る事が出来るのですがどちらの桜ももう完全に散ってしまい新緑の葉を青々と茂らせています。
読者の皆様の住んでいる桜はどうでしょうか?咲き始めでしょうか?満開でしょうか?散り際でしょうか?それとも完全に散ってしまったのでしょうか?九州から北海道まで駆け抜けるように咲く桜。
その様子はまさに春の訪れを告げる花と言っても過言ではないでしょう。
昔から人々は桜に様々な想いを抱いてきました、美しさ、気品さ、慎ましさ、そして儚さ、かつて桜を見てきた人々にとって桜は何を連想させるものだったのでしょうか?
派手でもなく短いながらも美しく咲く桜、これほど多くの日本人を魅了してきた花はないでしょう。
その一方で桜よりも一足早く咲く梅は桜と同じ春を代表する花の一つですがこちらは桜と比べると若干影が薄い印象を受けます。
平安時代の頃は桜よりも梅の方が人気はあったのですがそれ以降は桜の人気に隠れがちです。
テレビをつけても特集は桜の事ばかり何だか梅が可愛そうになってきます。
どちらも素敵な花なのですがどうしてもこうも人気に差がついてしまったのか、気になる所ですが梅もまた桜には劣りますが日本人に愛される花の一つ、どちらが人気などと気に留める事もなくどちらも愛して大切にしてもらえればいいなと思う今日この頃です。
それではまた来週。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。