人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
突然ですが読者の皆様は緑茶を良く飲む方でしょうか?私は時折緑茶を飲みながら小説を書いている時があります。
いつもはスーパーで買ったお茶の粉を使っているのですが、たまにお金を奮発して茶葉の専門店で買った茶葉で作る緑茶は格別です。
味は勿論美味しいのですが一番の魅力はお茶の匂い、嗅ぐだけで幸せな気分になります。
それでは第二十四録更新です。


第二十四録 船底を伺う二又の復讐者 三

その日は朝七時から連携攻撃を重点に模擬戦が行われ逸脱審問官にとっても守護妖獣にとっても体力と気力と集中力を大幅に使う過酷な鍛練を結月達は小休憩を入れる事無くやっていた。

だからこそ昼食と一時間の休憩は絶対に欠かす事が出来ない大切な『鍛練』の一つだった。

「結月、後三十分経ったらまた連携攻撃の練習を始めるからしっかり体を休ませないといけないよ」

そう言う鈴音はテーブルの上に疲れた様子で倒れ込みながらそう言った。

結月達は秩序の間の右の道に入った先にある飲食店が立ち並ぶ場所で昼食をとり(ちなみに結月は焼き味噌ナス定食、鈴音は春の旬の山菜天ぷら丼+味噌汁)飲食店に併設されたテーブルとイスで休憩をとっていた。

(随分疲れているようだな、流石の鈴音も昨日から連携攻撃の模擬戦をしていれば疲れるのも無理はないか)

そう言う結月も疲れてない訳ではない、しかし幼い頃から空に太陽が出ている内は体を動かしていていた結月にはかなりの体力があった。

「いつも思うけど結月は私と同じくらい鍛練している割にはまだまだ平気そうよね・・・・・やっぱり男だけの事はあるのかな?」

顔をあげて特に考えた訳でもなくそう聞いてきた鈴音。

どうだろう?と考える結月、訓練施設時代、確かに女性よりも男性の方が力を強く体力もあった、それは男性の肉体が運動向きの体つきをしているからなのだろう。

古来より男性が狩りに出掛けたり戦場で戦ったりするのも男性が女性よりも体を動かす事に向いているからだった。

しかし鈴音の様な女性の逸脱審問官もいるように決して肉体に個人差があっても全体的に見たら全てに置いて男性が女性に勝っている訳ではなかった。

実際、自分と同世代の訓練生も最初こそ男性は女性よりも体力と力に有利だったが過酷な訓練を続けるにつれ男性の中には能力が伸び悩み訓練施設を去っていく者や逆に女性の中には体を鍛え男性よりも強い筋力と体力を身につけたり身軽さや忍耐力で力と体力の低さを補ったりする者も現れ最終試験直前で自分を含め男性が三人、女性が二人残っていた。

それを踏まえるならば決して男性だから体力がある訳でも逸脱審問官に向いている訳ではなさそうだった。

どちらかといえばその後の体の鍛え方や努力次第で体力と力はどうにでもなった。

鈴音も随分とお疲れの様子ではあるが別に体力がないという訳ではなくむしろ昨日に引き続き連携攻撃の模擬戦を午前中休まず続けられた事は鈴音も逸脱審問官に相応しい体力を持っている証拠だった。

高い身体能力と体力が売りである守護妖獣の明王と月見ちゃんでさえテーブルの下で疲れからか寝転がっているのだ。

それだけ連携攻撃の模擬戦は体力と集中力を消費する過酷な鍛練なのだ。

その連携攻撃の模擬戦の後でも余り疲れてない結月はずば抜けた体力の持ち主といえよう。

「別に男だから体力があるとは限らないと思う、子供の頃、日が昇って日が落ちるまで薪割りをしたり水を運んだりして家事を手伝っていたから体力には自信がある、それだけの事だ」

別に誇っている訳ではないが体力に関して結月は自信があった。

結月は親孝行だね、と言いながら鈴音は再びテーブルの上に伏せた。

親孝行・・・・・というか、朝から晩まで働かないと暮らせない環境だったが正解なのだが。

「本当に大丈夫か?鈴音先輩、昨日の連携攻撃の疲れも残っているんじゃないか?連携攻撃は午前中みっちりやったから午後は基礎運動を中心にやるのも手だ」

基礎運動は腕立てや腹筋運動など肉体を鍛え基礎能力を底上げする鍛練で楽ではないが連携攻撃とは比べ物にならない程、気楽にやれる鍛練だった。

もちろん気楽と言っても基礎能力がなければ連携攻撃などの高度な鍛練もこなす事が出来ないので大切な鍛練の一つだった。

しかし鈴音は顔をあげて首を横に振った。

「駄目だよ、結月、そうやって楽しようとしたらそれが癖になっちゃうよ、一度だけなら、そう思ってやめたら最後、次の日もその次の日も過酷な鍛練をやりたくなくなるものだよ」

まあ楽である事に越した事はないと思ってしまうのは人間らしいと言える。

「私は大丈夫、三十分休憩したらちゃんと動けるようになるから心配しないで」

そう言って鈴音は顔をテーブルの上に伏せて目を瞑り仮眠し始めた。

(一生懸命指導してくれることは嬉しいが幾ら何でも急ぎ過ぎではないだろうか?)

鈴音は結月の事を高く評価し事前に計画していた鍛練内容も前倒しして高度な鍛練を行っていた。

それは鈴音にとって結月にはもっと上を目指して欲しいという思いがあっての事なのだが結月からしてみればいささか足早に感じる所もあった。

もちろん鈴音が一生懸命指導してくれる手前遅れはとらないよう精一杯鍛練に取り組んでおり遅れはとってないと自負はしているが結月が良くても鈴音がいつ過労で倒れないか心配な面もあった。

(鈴音の指導に力を入れるようになったのは俺がせかしたせいなのかもしれないな)

結月は鈴音を信頼し先輩として尊敬しているため自分に上司の素質があるか悩む鈴音を何度か励ました事があったが逆にこれが鈴音の指導に熱を入れてしまったと考えると何だか申し訳なかった。

(どうしたものか・・・・・)

結月がそう考えていた時、結月のふとあるものが目に止まる。

それは結月が座っている席と道を挟むようにして設置している自分達が座っている同型の椅子とテーブル、その椅子に座り黙々と何かを口に入れている静流の姿があった。

昼食だろうか、静流は生気のない目で何かを黙々と食べているようだが昼食の割には嬉しそうに見えない。

何か他事を考えているのだろうか?結月はあの一件以来静流の行動を気にしていた。

「一体何を食べているんだ・・・・」

椅子から立ち静流に近づく結月。

「!にゅふきぃりょうしたぁりょ?」

結月どうしたの?と言ったのだろう、食べながら喋ったため聞き取りづらかったが。

「・・・・・・静流、何を食べているんだ?」

そう聞くと静流は何も答えず歯に力を込め食べていたものを引き千切って結月に見せた。

それは赤黒い水分が抜け干からびた長細い肉の様な物だった。

「長期修業で余った猪の干し肉だよ、捨てるのも勿体無いし何より命を分けてくれた猪に悪いから食べ切ろうと思ったんだ」

長期修業は小屋と布団、そして医療器具(流石に怪我して治療できず悪化したら元も子もないので)だけは用意してあるがそれ以外のものは自給自足だ、食料もこれに漏れない。

恐らくは静流が今食べている猪肉は静流がとったものだろうと思っていた。

「猪肉か・・・・・・・長期修業中はそうやって動物を狩って食べていたのか」

しかし静流から返ってきた答えは意外なものだった。

「ううん、これは森の中で息絶えて三日目くらいの猪からいただいたものだよ、もうあんまり食べる場所残っていなかったし蠅もたかっていたけど他の動物に譲ってもらって少しだけいただいたものなんだよ、僕は例え自分が食べるためでも罪のない動物を殺すのは嫌いだからいつもは木の皮や雪の下に埋まっている草やその根、たまにリスが隠して忘れた木の実などを見つけては食べていたよ、この猪の干し肉はどうしても必要な栄養が取れない時に食べるつもりだったけど結局一度も食べずに長期修業の期間が終わったんだ」

素っ気ない様子でそう言った静流だが結月は顔にはださないものの驚いていた。

(木の皮や草やその根・・・・・まるで荒行のお坊さんのようだ)

生きるためなら動物を狩って食べる事も出来た、妖怪が生きるために人間を襲うように無暗な殺生でなければ動物を狩るのは罪ではなかった、人間もまた生きる権利があるのだ。

「長期修業は過酷だと思う、特に冬の時季なら尚更だ、厳しい寒さと冷たい風の中、自給自足の生活は勿論、長期修業の名の通り鍛練も積まなければならない、体の蓄えも大きく消費し肉を獲らなければ体の蓄えを燃やして暖める事も出来ない、幾ら件頭が見張っているとはいえ木の皮や草やその根だけではいつ凍死してもおかしくない状況だ、今肉を食べている限り肉が嫌いなわけでもない・・・・・生きるためなら動物を狩って食べるのも致し方ないのではないか?」

しかし静流は敢えてその選択を避け木の皮と草やその根、リスが隠した木の実などで生きながらえたのだ、しかし何故そこまでするのか結月には分からなかった。

「結月の考えも正解だと思うよ、実際肉を食べなければ体を温める事も効率的に体に蓄えを増やす事も出来ない、結月が長期修業に行くときはそうするといいよ、その動物に何か罪がなくとも誰かの生のために殺生されるのならそれは自然の摂理でありそういう運命でもあったと思うよ」

では何故?と口にしようとした結月に静流は言葉を続ける。

「でも僕は変わり者なんだよ、肉を獲ればいいのに、生き仏になるために荒行をしていた修行僧が木の皮や草やその根、木の実だけで千日も生き延びた、って話を聞くと、もしかしたら人間の身体を極限状態に追い込んで栄養の吸収効率を最大値まで高めたら木の皮や草やその根、木の実だけで生きる事が出来るんじゃないか、極限状態を維持し続ければ体の蓄えの消費も最小限に抑えられるのではないか、実は人間は常に効率の悪い生き物なのではないか、そう思ったら・・・・・・・・確かめたくならないかな?長期修業は件頭以外誰も見ていないし件頭も余程の事がない限りは手を出してこないしさ」

結月は静流の話を聞いて心底ゾッとした、人のいない森の奥、厳しい寒さと風の中、死の恐怖が隣り合わせにあるのにそんな危険な事を平然と実行にうつし達成する思考倫理に対してだ。

「もちろん僕は修行僧じゃないから焚火を焚いてお湯を沸かして飲んだり、非常食の干し肉を燻製にしたりして火で暖はとっていたよ、ただ寝る時は火事になるから火を消して寝るけどね、やっぱり寒いよ、体に蓄えがなくて体を温める事が出来ないから体の芯まで冷えるよ」

平然とそう語る静流だが正直に言えばそれはいつ死んでもおかしくない状況であった。

(それでも三ヶ月それだけで生き永らえたのは静流の恐ろしい程の生命力の高さなんだろうな・・・・)

そして三ヶ月木の皮や草やその根、木の実だけで生き残った後、帰り道、大人の男の腕を平然と圧し折り体を投げ飛ばす程の力が残っているのだ。

霊夢や魔理沙や咲夜の会った時、特殊能力を持った人間という印象は抱いたものの人間から外れた存在であるとは思わなかった結月でも静流は何処か並みの人間から外れた存在なのではないか?と疑ってしまう。

勿論、逸脱者の様に妖怪になりかけている意味ではない、他の人にはない人体の機能が静流には付与されている様な気がしてならなかった。

驚異の生存能力は霊夢や魔理沙や咲夜と同じく特殊能力者なのか、もしくは極限状態を常時維持してきた静流の肉体が生存本能を覚醒させた賜物なのか、真相は定かではないがどちらにせよ静流は性格を含め人間の中でも『変わり者』のようだ。

「動物の肉を三カ月も絶っていたからこうして猪の干し肉を食べると動物の命の欠片を頂くという事がどれほど大切で感謝しないといけない事なのかを一層実感するよ、やっぱり肉は美味しいし体の蓄えにもなるし気力も沸いてくる、食べ過ぎれば毒だけど人間には肉は必要だと思うんだよね、だからこそ命の欠片を分けてくれた動物に感謝をしながら残らず食べないとね」

そう言って静流はズボンの収納袋からもう一切れ猪の干し肉を取り出し結月に向けた。

「結月も動物の命の欠片を分けてもらって生きている事を感謝しないといけないよ、これを食べてさ」

結月は静流から猪の干し肉を受け取りじっと見つめる、野生の動物特有の匂いと若干腐っているかのような匂いが漂うが静流の話を聞いた以上、結月も退く訳にはいかなかった。

口を開けて猪の干し肉を齧ろうとしたその時だった。

カンカンカンカンカンッ!!

聞き覚えのない鐘の音、しかしそれが何処から鳴っているのか何が目的でなっているか結月は瞬時に理解した。

「おや?逸脱者が現れたみたいだね、全くこんな平穏な季節くらい静かにして欲しいよ」

音の正体は秩序の間玄関広場にある「禍の知らせ」に設置された鐘突きの音だった。

「っ!逸脱者が現れたの!?早く件頭の所へ行くよ、結月!」

鐘突きの音に飛び起きた鈴音だったがそれに文句を言うことなく逸脱審問官としての役目を全うする、気持ちよく寝ていた守護妖獣も目を覚まし玄関広場に向かっていた。

勿論、結月と静流も遅れる事無く玄関広場に向かった。

「っ!・・・・・白鷹(しらたか)あなたなのね、逸脱者の情報を手にしたのは」

玄関広場に着いた時、禍の知らせには一見風変わりな件頭の姿があった。

件頭の正装でもある忍者の様な黒装束を身に纏っているが頭には黒色の防災頭巾様なものを被っていた、そのため他の件頭が目以外露出していないのに対してこの白鷹は顔が露出しており色白の肌も怪しさを感じるような笑みも淀んだ瞳も見る事が出来た。

情報提供者の件頭が白鷹だと分かった時、鈴音は警戒しているかのような顔をした。

「ああ、まさしくその通りだが・・・・・随分と怖い顔で私を見つめているな、鈴音」

白鷹は他の件頭と比べ気楽な感じに鈴音に話しかける。

「どうして私があなたを警戒しているか、あなたが一番分かっているはずよね?」

一体どういうことなのだろうか?そう思う結月に対して白鷹は軽く笑った。

「まあ、心当たりがない訳でもない、しかしまだ一度も間違った事はないだろう?そうだろう、鈴音?」

話が呑み込めていない結月に対して静流は結月の傍によると耳打ちをした。

「結月、君は会うのは初めてだから知らないと思うけど白鷹は件頭の中でも変わり者と評される男なんだよ、彼は物的証拠よりも状況証拠に頼る所があって逸脱者である可能性が限りなく高いと判断したら確証性のある物的証拠がなくても逸脱者の断罪を逸脱審問官に依頼する人間なんだよ、だから本当に逸脱者が出現したかどうかは分からないんだよね、他の件頭が限りなく業況証拠が逸脱者の仕業だと分かっていても物的証拠を見つけない限りは逸脱者の断罪を依頼しないのとは対照的にね」

静流の説明を聞いて結月は鈴音が何故白鷹に警戒するのか理解した、つまり彼は風馬とは正反対に位置する件頭だからだ。

風馬は蝙蝠騒動の時も確証的な物的証拠が手に入れるまで断罪を依頼しなかった、それは逸脱審問官の命を守るためでもあったからだ。

しかし彼は確証的な物的証拠がなくとも限りなく逸脱者が出現した可能性が高いと判断した時点で断罪を依頼するのだ。

それはつまり妖怪かもしれないという可能性を完全に否定できないまま断罪を依頼しているという事になる、逸脱審問官にとってこれほど危険な事はない。

鈴音が警戒するのは当然と言えた。

「確かに今の所あなたの依頼が間違っていた事は一度もないわ、でもそれは今までの話、今回外さないかどうかは分からないわよ」

恐らく今回も確証的な証拠がない状況で依頼をしているのだろう、そう考えるならば前も大丈夫だったから今回も大丈夫なんて保証はないだろう。

「確かに今回も物的証拠は出ていない状況での依頼だ、だが俺の下調べでは限りなく逸脱者の出現した可能性が高いだろう、もし逸脱者ではなく妖怪だとしたら責任は全て私が受けよう」

そう口にする白鷹だったがその言葉には重みがあまり感じられなかった。

「言葉だけは立派ね、でももしあなたの情報が間違っていて逸脱者ではなく妖怪だったとしたら、そして私達があなたの誤った情報で命を落としたら、例えあなたが本当に責任を取って自決しようと失った命は戻ってこないわよ?」

鈴音の反論しようのない言葉に対して白鷹は腰に携えた小刀を鞘から抜くと腹の手前で突き立てた。

「ならばもし私の情報が間違っていると断言できるなら私はここで切腹をして命を絶つしか他にないな、私は私の情報が間違ってないと思っているからね、信じてもらえないという事は情報専門である件頭の死の宣告であり件頭の道しかない私にはそれを受け入れるしか方法がないからね」

白鷹の言葉には先程の軽さとは打って変わって言葉に重みが感じられた。

むしろその覚悟の込められた言葉を聞く限り、もし「信じない」と答えれば小刀が腹に突き刺さってもおかしくないような危険な意気込みが感じられた。

こうなるとおいそれと信じられないとは答えられなかった、その上で白鷹は話を続ける。

「私の調べでは恐らくもう二人の人間が逸脱者の犠牲になっていると思われる、これ以上犠牲者を出さないためにも逸脱者の断罪を頼みたいんだ、確かに確証性のある証拠を見つけるまで待つのが真っ当な件頭のやり方だとは思うさ、だがその証拠を待っている間も逸脱者は人間を襲い続ける事になる、逸脱者の可能性が限りなく高い以上、一刻も早く逸脱審問官が現場に行き状況を把握し逸脱者かどうか見極めた方が良いと私は思っているよ」

確かに逸脱者の仕業らしき出来事が起きているのに確証性のある証拠を待っていてはいつになるか分からない、決して正しいとは言えないが蝙蝠騒動の時も確証性のある証拠がなかったために罪のない人間の命が失われる事になったのも事実だ。(勿論その事で風馬や他の件頭を責める事などしないが)

(白鷹もまた件頭の変わり者か・・・・・)

とはいえここで信じて貰えなければ切腹する覚悟があるという事は余程自身が集めた情報に自信あるという事だ、信憑性のない情報なら切腹するなんて言わないはずだ。

彼は決して適当でもなければ決断が早すぎる訳でもない、むしろ確証性のある物的証拠がなくともそれに匹敵する程の状況証拠をかき集めてきたに違いない。

逸脱者の犠牲者を増やさないために出来る限り多くの証拠を集めいち早く決断を出し危険は承知の上で逸脱審問官に断罪を依頼する、彼もまた変わり者ではあるが件頭なのだ。

しばし白鷹を警戒していた鈴音だったがため息をつき根負けしたかのような顔をする。

「・・・・・・分かったわよ、ここで自殺してもらいたくないしそれだけの覚悟はある事は理解したしね、ただこんな事ばかりしていると何れ風馬や鼎様の怒りを買う事になるわよ、気をつけなさい・・・・・・それで逸脱者の事は何処まで分かっているの?」

自分の情報を信じて貰えたことが嬉しいのか白鷹はうっすら笑みを浮かべ小刀をしまった。

「正しいやり方ではない事くらい承知の上さ、それで逸脱者の出現場所は緩葉川の上流にある半日(はんにち)村の周辺の川だと私は睨んでいる、逸脱者の種類は恐らく水棲種だ、ここ一週間の間に半日村の漁師が三人行方不明になっておりその内の二人が昨日の朝方と今日の朝方に行方不明になっている、半日村周辺には人間を襲うような危険な妖怪は棲みついておらず襲われた話所か目撃情報さえも見当たらない、最近は人魚の妖怪を見掛けるらしいが・・・・・それほど危険な妖怪でもないようだ、また川の流れは緩やかで流されたり転覆したりする事はないらしい、そもそも行方不明になった二人の漁師はそれなりに長い漁師歴なのでまず溺れるなんて事はないそうだ、それに・・・・・・・」

白鷹が何か言葉を言おうとした時、静流は何かに察した。

「半日村の漁師だけが狙われたように襲われているのが不可解に感じるよね」

白鷹だけでなく鈴音や結月の視線が静流に向く。

「妖怪の仕業なら何故半日村の漁師だけを狙うのか分からない、本来なら他の周辺の集落や村の漁師が襲われてもいいはずだよね、わざわざ半日村の漁師だけ襲われたのは何かの偶然かな?僕には決してそう思えないけどね、まるでその漁師を狙っていたかのように見えるよ・・・・・」

確かにそう言われてみれば妖怪の仕業にしては不自然だ、そもそも水に潜む妖怪の多くは川辺に近づく人間を川に引きずり込む者が多く絶対数が少なく警戒心の強い猟師を襲う妖怪はあまりいないからだ。

「狙っていたね・・・・分かったわ、とにかく半日村に行ってみるよ、確かにちょっと妖怪にしては不可解に感じるしね、じゃあ急いで逸脱審問官の正装に着替えた後、半日村に全速力で向かうわよ、いいわね?結月」

とはいえ逸脱者が出たかどうかも定かではないのに正装を着る事に躊躇を覚えてしまう結月、あの正装は逸脱者との戦う事を前提に作られた衣服であり長時間着る事に向いてない衣服だという事は何度も着た事がある結月が一番知っているからだ。

だからこそ逸脱者が出現したと断言できるまで逸脱審問官に声がかからないのはそういう理由もあった。

「分かった、すぐ準備する」

だがもし逸脱者が本当に出現したのなら着ない訳にはいかない、逸脱者が出現したら必ず正装に着替えてから断罪に向かうのが逸脱審問官の規則だからだ。

結月と鈴音は急いで仕立屋に行き新しい逸脱審問官の正装を受け取るとロッカールームで着替えた後、浅野婆から武器を受け取り急いで正面玄関を目指した。

「あっ!結月先行っていて、あるものを取って来るから」

そう言って鈴音は再び飲食店の方の道に入って行った、結月は鈴音の言う通り先に正面玄関を出ると明王を巨大化させ鈴音を待っていた、鈴音は結月から遅れて二十秒くらいで戻ってきた。

「遅れてごめん結月!はいこれっ!漢方厳選元源薬(かんぽうげんせんげんげんやく)!疲れた時にはこれを飲むと元気と気力が体から湧いてくるよ、味は保証できないけどね・・・・・」

鈴音から飴色のガラス瓶に入った液体状の薬を二本受け取る結月、一本は自分用もう一本は守護妖獣用だろう。

様々な漢方薬の素材の中から厳選した百種類を調合した薬で絶大な疲労回復と気力増進効果が望めるが高価な素材をふんだんに使用しているため一本三万の値が付くほどだった。

また高価である事は希少でもあるため作れるとても本数も限られており、しかもあまりに効力が強すぎるため一本使用したら二週間も間隔を空けなければ体に支障をきたす危険性がありまさに毒と薬は紙一重である事を教えてくれる薬だった。

逸脱審問官を本拠に一定数を待機させているのも同じ人が短い期間で何度も出撃するのを防ぎ、薬を出来るだけ使わせないようにするためでもあった。

「味は保証できないか・・・・・相当な覚悟を持って飲む必要性があるようだな」

そう言いながらも結月は瓶のふたを取ると躊躇なく薬を飲んだ。

薬の味は鈴音の言った通り今までに味わった事のない苦味と辛味と酸味が混じり合ったような味が口いっぱいに広がり本能がこれを飲み込む事を拒否していた。

しかし結月は危険信号を無視し勢いを持って一気に飲み干すとその場で咳き込んだ。

「げほっごほっ!・・・・・大丈夫・・・・・結月?」

心配する鈴音であったが鈴音もまた苦悶の表情を浮かべながら咳き込んでいた。

「んっ・・・・んう・・・・・ああ、まるで様々な虫の体液を一日煮詰めた様な味だった、二週間どころかもう二度と飲みたくないな・・・・・出来る事なら」

とはいえもし疲れている時に逸脱者が出現したら迷いなくこの薬を手に取るだろう、それが逸脱審問官の使命でもあり覚悟だった。

残ったもう一本を結月と鈴音は互いの相棒に飲ませる、グイグイと一気に飲み干す明王と月見ちゃんであったが飲み終わった後少し咳き込んでいた。

「ごほっ・・・・ある程度は味覚を押える事が出来る守護妖獣でもこの味を完全に抑える事は無理、けほっ!・・・・・みたい」

良薬は口に苦しというがこれ程苦いなら効力にも期待した所だ。

「はあ・・・・・はあ・・・・よしっ!でもこれで半日村に着く頃には疲労は感じられなくなるよ、さあ出発しよう!」

鈴音と結月は相棒である守護妖獣に跨ると半日村に向けて出発した、口に残る苦味を気にしつつも・・・・・。

 

緩葉川の上流近くの森、春の訪れと共に木々は枝に緑の葉を生い茂らせ空から降り注ぐ日光の多くを遮ったため森の中は日陰が目立った。

しかし薄暗いと感じる程ではなく差し込む光だけで森の中は十分明るかった、日陰の多い地面は長年降り積もって出来た腐葉土を栄養にして草木が生え地面の下からは様々な昆虫が目を覚まし微生物と共に去年の落ち葉を食べて新たな土を作っていた。

その昆虫を食べる野鳥も集まっており森の中は鳥の声が常に響いていた。

そんな森の中でも野鳥が集まる場所があった、そこは大きな木の根元であり草花がまばらに生えており密集していないため餌とする昆虫が見つけやすく鳥はこぞって集まった。

何十羽の体の大きさも模様も種類も違う鳥が夢中になって虫をつばんでいる中、地面に這いつくばり草むらで身を隠しながら静かに何かが近づいてきていた。

その静かに近づく何かは慣れた様子で鳥に気づかれず草むらから草むらに移動し最も鳥に近い草むらに紛れ込んだ。

「よし・・・・・・とりあえずここまでは順調のみたいね」

小さくそう呟いた何かは草むらの中から集まった鳥達の様子を伺う、左から右へ視線を動かしまるで鳥を選んでいるかのようだった。

すると運が良いのか悪いのか、一羽の野鳥が何かが隠れる茂みに近づく、それは綺麗な色合いをしたキジだった、餌に恵まれていたのか肉付きも良かった。

茂みに隠れる何かはキジに狙いを定め集中力を高める。

(勝負は一瞬・・・・・・・眠っている狼の本能を目覚めさせるのよ)

狼の本能と口にした何かは狼に近い存在であったが純粋な狼でもなかった。

キジに殺気を悟られないよう押し殺し機会を見計らう何か、口からは人間のよりも鋭く長い犬歯がチラつかせ目は狩人の様な鋭い視線でキジから視線を外さない。

キジは餌に取るのに夢中になっており草むらの潜む自身を狙う存在に全く気付いていない様子だった。

自身が狙われているとはつゆしらずキジは飛び跳ねる昆虫を見つけ草むらに背を向けた、その瞬間だった。

(来た!)

虎視眈々と狙いを定めていた何かは中に眠る狼の本能に従いキジ目掛けて草むらから飛び出した。

草むらから何かが飛び出した瞬間、多くの鳥が危険を察知し空へと逃げていく。

多くの鳥が空へと逃げる中、草むらから離れていた鳥や草むらに背を向けていた鳥が一瞬反応に遅れ飛び立つのが遅れてしまった。

しかし自然は一瞬の判断の遅れも許してはくれない、仲間に続こうと空へ飛び立つキジだが草むらから飛び出した何かに首を掴まれ何かと共に地面に落とされる。

「こらっ!暴れるなって・・・・・・このっ!」

鳴き声をあげ暴れるキジを必死につかむ何か、首を掴む手に自然に力が入る。

少しの間激しく抵抗していたキジだが徐々に動きが鈍くなり数分後には大人しくなった。

「はあ・・・・・はあ・・・・・やったわ、キジを仕留めてやったわ、流石は日本狼である私ね」

キジの息の根が完全に止まった事を確認すると日本狼を自称する何かは息を切らしながら何かは立ち上がるとキジを持ち上げ誇らしげに笑った。

日本狼と自称する何かだがその姿は人間の女性の様な姿をしており頭からピョコンと出ている狼の様な耳だけが唯一彼女が日本狼の『妖怪』だと判断できる特徴だった。

彼女は現世では既に滅び幻想郷で僅かながら生きていた日本狼の一匹が妖怪化した狼女であり妖怪の楽園である幻想郷で生まれた新しい妖怪である。

見た目は十代後半か二十代前半の人間の女性のような姿をしており同じくらいの歳の人間の女性と比べると中々魅力的な容姿をしていた。

髪は赤みがかった黒髪をしており頭には大きな狼の耳が生えていた、凛々しくも女性らしい顔立ちをしており目は鮮やかな赤色の目をしていた。

黒色の襟と袖、白色の服、赤色のスカートが一体となったお洒落なドレスを着ており日本狼の妖怪と名乗っている割には野蛮さや凶暴さは感じられずむしろ気品に溢れていた。

実際彼女は人間を襲うような恐ろしい妖怪ではなく、むしろ人間から距離を置いて暮らしている妖怪だった。

彼女の様に大人しい妖怪でも平穏に暮らしていけるのはここが幻想郷だからであり、まさに妖怪の楽園と呼ばれる幻想郷を象徴する妖怪と言えた。

それでも日本狼は肉食動物であり日本狼の妖怪である彼女もまた妖怪化の影響なのか雑食性になったものの今でも肉は大好物だった。(とはいえ彼女は鶏肉や鹿肉が好みのようだが)

「・・・・・とはいうものの5回くらい失敗したんだけどね、まあ今のは我ながら完璧な狩猟だったわ・・・・・・もう随分日も高くなっているようだし多分十二時は過ぎているはずよね、十三時過ぎ位くらいかしら?そろそろお昼ご飯にしないといけないわね・・・・・そうと決まったら」

日本狼女は川に方向に向かって走り始めた、一緒に来ている友人を昼食に誘うためだった。

一方その頃、日本狼女が友人と呼ぶ者は彼女がいる森を抜けた先、河原を挟んで流れる緩葉川の水底におり楽しそうに鼻歌を歌いながら何かに没頭していた。

「この石は・・・・・ちょっとごつごつしているかな、こっちの石は・・・・・うん、滑らかで肌触りも良くて形の良い石ね」

そう言って日本狼女の友人は手に持った石を腰に着けていた腰巾着の中に入れ、また気に入る石を探し始めた。

日本狼女の友人は女性寄りの妖怪であり自分好みの石を集めるのを趣味にしており日本狼女と同じく幻想郷生まれのおっとりとした性格の大人しい妖怪だった。

普段は住居のある霧の湖でひっそりと暮らしているのだが今日は友人である日本狼女と一緒に緩葉川までお出掛けに来ていたのだ。

「ほかに綺麗な石は・・・・・うん?今誰かが私を呼んでいたような・・・・」

水中でしかも水底にいるためハッキリとは聞こえないが彼女の魚の鰭の様な耳は人の声の様な音をしっかりと捉えていた。

声が聞こえた方を見上げるとそこには川の流れで揺らいでいるが見間違えるはずのない友人の日本狼女が川底を覗き込んでいるのが見えた。

「影狼(かげろう)ちゃん?何かあったのかな?」

彼女は下半身を大きく揺らめかせ影狼と呼ぶ日本狼女に向かって浮上した。

ザバァという水を押し上げる音と共に川から上半身を出した彼女、その姿は耳以外人間の女性と近い姿をしている影狼とは違い彼女は一目で妖怪だと分かる姿をしていた。

何故なら彼女は上半身こそ髪色や耳代わりの鰭以外は人間の女性の様な体をしているが下半身は魚の様な体をしているからだ。

そう彼女は人魚の妖怪でありその人魚の中でも川や湖などの淡水に生息する人魚だった。

上半身は十代後半か二十代前半の女性の姿をしているが影狼と比べると何処かその姿は幼く感じられ、少なくとも影狼よりは年下に見えた。

髪は鮮やかな青色で前髪以外の髪は螺旋状に巻いており水色の魚の鰭の様な形をした耳をしており澄んだ青色の目は何処までも沈んでいくような深みのある水の色をしていた。

体は大人なのに幼げに感じられる顔立ちには優しい笑みが似合っていた。

深緑色をした和服を着ており紫の帯と橙色の帯紐で腰回りを締めているが帯から下はフリルの様なものが施されまるでスカートのようになっていた。

下半身の魚の部分は鈍い青色をしており立派な尾鰭もついていた。

一目で妖怪だと分かる姿は人間から警戒され恐れられているが彼女自身から恐怖や悪意は一切感じられず優しさと穏やかな雰囲気すら感じられた。

「どうしたの、影狼ちゃん?何かあったの?」

彼女の言葉にキョトンとしていた影狼はため息をついた。

「何があったのって・・・・・・太陽を見上げてみなさい、もうお昼過ぎているわよ」

影狼にそう言われ空を見上げる彼女、太陽の位置を確認した後彼女はあっ、と小さく呟いた。

「本当だ・・・・・ごめんね影狼ちゃん、ずっと石拾いをしていたから気づかなかったよ、じゃあお昼ご飯にしようか、ってあれ?影狼ちゃんその手に持っているのって・・・・・・・」

友人の人魚の目が影狼に左手に掴まれたキジに向かう。

「これ?ふふん、このキジはさっきの森の中で餌に夢中になっている隙に後ろから忍び寄って飛び掛かって捕まえたものよ、これでも私は日本狼の妖怪だから狩りは得意なのよ」

実は失敗する事の方が多い事は敢えて伏せてそう自慢する影狼に友人の人魚は口を手で押さえ驚いた顔をしていた。

「えっ!これ影狼ちゃんが仕留めたの?・・・・・・凄い、やっぱり影狼ちゃんは日本狼の妖怪だけの事はあるね、私には鳥を捕まえる事なんて出来ないよ、この尾ひれじゃ地上を上手く走る事が出来ないしきっと近づくだけで気づかれちゃって逃げられちゃうしね・・・・」

そう言って友人の人魚は目線を下げ魚である自身の下半身をじっと見つめた。

魚の部分である下半身は泳ぐ事には適していたが陸地を歩くのには適しておらず陸地を進む時は跳ねながら進むしかないため短距離でも多くの体力を消費する上に跳ねる度にベタッベタッと着地音が鳴るため確かに彼女では鳥を捕まえる事は至難の業だろう。

一応妖怪なので宙に浮く事も出来たが元々水中での活動に適した体をしているためあまり早く空を飛ぶことは出来なかった。

それに例え鳥を捕まえたとしても彼女には捕まえた鳥に止めを刺す事が難しいだろう。

何故なら彼女は小さな虫も殺せない程気弱な性格をしているからだ。

このように殺生を苦手とする妖怪は幻想郷に少なからずいた。

落ち込んでいる友人の人魚を見て影狼は慌てて励まそうとする。

「お、落ち込む事なんてないわよ!わかさぎ姫、妖怪にも得意不得意あるし何でも全部できる妖怪なんて八雲紫様位なものだよ、もしかしたら紫様でも苦手な事があるかもしれないじゃない、確かに私は陸地での行動は得意だけどわかさぎ姫は水中では物凄い速さで泳げるじゃない、私は・・・・・元々は狼だから泳ぐのは得意ではないしそれにほら・・・・とにかく水中を自在に泳ぐことの出来るわかさぎ姫はやっぱり凄いと思うわよ」

影狼の励ましに嬉しそうな顔をするわかさぎ姫と呼ばれた友人の人魚。

それが彼女の名前であり周りからもその名前で知られていた。

「本当?・・・・・えへへ、影狼ちゃんにそう言ってくれると私嬉しいなぁ・・・・でも泳ぐのは得意だけど河童とか比べると泳ぐ速度が遅いから自慢できることじゃないけどね・・・・・」

わかさぎ姫は後ろ向きな性格をしており何事も悪い方へと捉えてしまう傾向があった。

このままではまたわかさぎ姫が落ち込んでしまう、何とか励まそうと思案する影狼はある事を思い出す。

「何も速く泳ぐことが良い事とは限らないわよ、そりゃあ、泳ぐ事だけ考えたら河童の方が速いかもしれない、でもわかさぎ姫は水中の中をまるで空を飛んでいるかのように優雅に泳ぐ事が出来るじゃない、わかさぎ姫みたいに優雅に泳げる妖怪なんて他にいないわよ」

とにかく機嫌を直してもらおうと褒める影狼に顔を赤らめるわかさぎ姫。

「あ、ありがとうね影狼ちゃん・・・・・そんな風に褒めてくれるの影狼ちゃんくらいだよ、でもそれでも私は影狼ちゃんが羨ましいんだよね、影狼ちゃんは誰にでも優しいし自分から話しかけられるしとてもお洒落だしそれに・・・・・可愛いし、私からしてみたら憧れの存在だよ」

わかさぎ姫の言葉に影狼は首を横に振る。

「そんな事ないわよ、私なんかよりわかさぎ姫の方が優しくてお洒落で可愛いと私は思うわ」

その言葉を聞いてわかさぎ姫の顔はさらに赤くなる。

「・・・・・わかさぎ姫?顔が赤いようだけど大丈夫?」

影狼のその言葉にハッとした表情をしたわかさぎ姫は激しく首を振るといつも通りの様子で振る舞う。

「ご、ごめん・・・・・特に何でもないよ、やっぱり春になったから太陽の光が強くて火照っただけだから・・・・・ちょっと水の中に戻るね」

そう口にするわかさぎ姫だが別に彼女は水中向きとはいえ地上でもある程度活動が出来るため太陽の光が苦手という訳ではない、影狼に褒められて照れているのを紛らわせるためそう言っただけだった。

「そう、それなら良いのだけど・・・・・・血抜きをして羽取りをして捌いたらまた呼びに来るからそれまで水中で待っていてね」

そう言って影狼は森の中へ戻っていく影狼の後姿をわかさぎ姫はじっと見つめていた。

そして影狼の姿が見えなくなると少し落ち込んだ様子で水中へと潜っていく。

「はあ・・・・・・駄目だなぁ私、影狼ちゃんに迷惑かけてばかりだよ、影狼ちゃんの前では元気でいたいのに・・・・・」

顔を赤らめながらも何処かため息が漏れそうな顔でそう言ったわかさぎ姫。

どうしても自分は消極的な所があり何かと物事を後ろ向きに捉えてしまう事が多かった、自分以外の者に対しては良い所も見つけられるのに自分には良い所なんてないと思ってしまっている自分がいるのだ。

「でも影狼ちゃんはちゃんと私の良い所も見てくれるんだよね・・・・・えへへ、嬉しいな」

そう言って先程の影狼の言葉を思い出し笑みをうかべるわかさぎ姫。

わかさぎ姫は影狼から褒められる事がとても好きだった。

「私も影狼ちゃんみたいになれたらいいのに・・・・・・・」

それが難しい事は彼女自身がよく分かっていた、性格はすぐに変えられるものではない長い人生の積み重ねの末形となり少しずつ変わるものである。

だからこそわかさぎ姫は影狼に対して憧れを抱いていた。

影狼は決して強い妖怪ではなかったが持ち前の明るさと愛想の良さから交友関係は広かった。

一方のわかさぎ姫は臆病な性格で自分から進んで話し掛ける事が出来ず何事も悪い方へと考えてしまうため他の妖怪と関わろうとせず距離を置いてしまいがちだった。

当然、友人関係の少ない彼女は話のやり取り自体も慣れておらずそれが余計に彼女の社交性の低さに拍車をかけていた。

彼女の趣味が石拾いなのも孤独な時間が長かった故の趣味なのかもしれない。

影狼はわかさぎ姫の中でもありのままの自分を受け入れてくれる唯一の友人であり彼女との会話である程度は話のやり取りは出来るようになったがいざ他の妖怪と会ってみると緊張から頭が真っ白になり次の言葉が出てこないのが現状であり彼女の悩みの種だった。

「やっぱり・・・・・無理だよね、私なんかが影狼ちゃんみたいになんかなれる訳ないよね」

わかさぎ姫は大きくため息をついて俯いた。

「ああ、また駄目な方向に考えちゃった・・・・・・とにかく石拾いに集中しよう」

気を紛らさせるためわかさぎ姫は石拾いを再開しようとした、その時だった。

「・・・・・?何だろうあの影」

わかさぎ姫が水面を見上げると黒い小さな影が幾つもこちらに向かってきていた。

川の流れは向かってくる方からなので水面を何かが流れてきているという事だった。

正体が気になったわかさぎ姫は幾つもの何かが浮かんでいる水面に向かって浮上する。

水面から顔を出したわかさぎ姫、彼女が見たものは木の破片・・・・・幾つもの木が組み合わされた破片もある事から船の破片のようだった。

「これは船の破片だよね?どうしてこんなものが・・・・・・」

転覆した船が流れてくるのなら分からなくもないがここまで無残な船の残骸が流れてくる事にわかさぎ姫は困惑していた。

「なんでこの船のこんなにもバラバラ何だろう?まるで物凄い速度でぶつからなきゃこんな残骸にはならないはずなのに・・・・・・」

しかしそれが不可能な事はこの川の事を良く知っているわかさぎ姫が良く知っていた。

緩葉川はその名の通り静かな川の流れと例えられる程、水の流れが緩やかなのだ。

意図的に壊して流さない限りここまで無残な船の残骸が流れるなんて事は絶対ありえないのだ。

「何でこんなものが・・・・・一体上流で何が起きているの?」

不穏な空気を感じ取っていたその時、わかさぎ姫の正面から船の残骸と共に水面を浮かぶ青白い色をした黒いカビのような物が生えた何かが向かってきていた。

「何だろう・・・・・これ」

わかさぎ姫は青白い色をした何かを手に取るとそれが何なのか確かめる、しかしそれが何なのか理解した時、彼女は青ざめた顔色を浮かべ表情は恐怖に染まった。

「きゃああああああっっ!!」

甲高い悲鳴、その悲鳴は森の中でお昼ご飯の準備をしていた影狼の耳にもしっかり届いた。

「この声は・・・・まさか、わかさぎ姫!?」

影狼はわかさぎ姫の悲鳴を聞きつけ川へと全力疾走する。

「わかさぎ姫!大丈夫!?一体どうした・・・・・の?」

森を抜けて河川敷に着いた時、影狼は自分に向かって何かが飛んでくるのが見えた。

「うわっ!と・・・・」

影狼は向かって飛んできた何かがを反射的に受け止めてしまう、しかしそれは不運だった。

「なにこれ・・・・・・」

反射的に受け止めてしまったもの、それが何なのか理解した影狼はわかさぎ姫と同じように顔色を青ざめさせ顔を強張らせる。

わかさぎ姫は反射的に投げ影狼が反射的に受け止めてしまったもの、それは絶望と恐怖で顔を歪め断末魔をあげながら絶命したかのような表情をした白目をむいた人間の男の生首だった。

黒いカビに見えた様な所は髪の毛で青白い色をしていたのは血が抜けきっていたためだった。

「きゃああああああっ!!」

影狼もまたその場で大きな悲鳴をあげた、影狼もわかさぎ姫も大人しい妖怪が故に人間の死体慣れしていなかったため反応は人間そのものだった。

こうして彼女達もまた水底に潜む魔の手の因縁に巻き込まれていく事になる。




第二十四録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?さて、最近ネットではけものフレンズというアニメが流行っているみたいですね。
アニメは見た事なくても名前だけならキャラクターだけなら知っているという人もいるでしょう。
元々は配信終了したソーシャルゲームを原作にオリジナル要素を組み込んで三カ月という短い期間で公開されたアニメでしたが瞬く間に人気は爆発、同時期に放映されていた他の深夜アニメに大きな差をつけ覇権アニメとなりました。
まるで火に油を注いだかのような人気に私はここまで勢いよく人気になったのはネットの情報伝達力ならでは、と感心していましたが心の片隅では果たしてけものフレンズは一体何時までもてはやされるのだろうと考えている自分がいます。
けものフレンズが終わる?けものフレンズは永久に不滅だ、そんな風に考えているファンも多いかもしれません、ですがかつてけものフレンズのように爆発的に人気になった作品は総じてある程度時間が経つと急速に勢いが衰えていくものです。
例えるなら古いもので言えばらき☆すた、新しい物で言えばゼロから始める異世界生活、この二つ共ネットで爆発的に流行し全盛期は燃え盛る炎の様な勢いがありましたが今は二つ共余り話題にあがる事はなくなりました、らき☆すたは十年以上も前と考えると当然かもしれませんがゼロから始める異世界生活はまだ一年も経ってないのに語られる事がめっきり減りました。
私の偏見と言えば偏見なのですがどうでしょうか?アニメ系まとめブログを開けばけものフレンズの話題ばかり・・・・・・本当にそんな事はないと言えるでしょうか?
何故こうも流行り廃りが早いのか、それはネットの情報伝達力の速さが原因です、ネットの情報伝達力が速いが故に人気作品は瞬く間に人気に火が着きますがそれは同時に当時の流行を上書きする様な形で広まっていくので今流行りの作品よりも前の作品は忘れられるからです。
そうでなくても深夜アニメは一年に四回に分けて複数のアニメが公開されます、大きな流行が生まれなくても新しいアニメが公開されていく内に前のアニメの存在感は薄くなっていきます。
つまりけものフレンズも今は勢いがあるけれどこの先流行となるアニメが現れたり長く時間が経過したりするともしかして・・・・・・という事はあります。
これはアニメに限った事ではありません、様々な所で同じ事が起きています、インターネットの普及と手軽さによって流行り廃りが昔以上に加速しています。
ですが流行の中には流行り廃りの流れに生き残って定番として語れる物もあります。
けものフレンズは一時の花火になるのかそれとも長く咲き続ける大輪の花となるのか今後の経過を注視しながら日々を生きています。
それではまた再来週の金曜日に。

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