久しぶりに体重計に乗ったら平均体重を大幅超過していました・・・・・・あの時見た体重計の数値を目に焼き付いて離れません、読者の皆様は冬の間運動はこまめにしていたでしょうか?私はしていたつもりでしたが何分摂取カロリーの方が・・・・・・今後は甘い物は控えるようにします。
それでは第二十三録更新です。
天道人進堂の三階にある、鼎の執務室、結月がここを訪れるのは三回目だ。
ただ今回鼎に要件があるのは静流であって鈴音と結月は静流の付き添いで呼ばれていた。
結月と鈴音が天道人進堂で支給されている普段着を着ているのは静流が投げ飛ばした男性を助けるために川に入り着ていた服が濡れてしまったので着替え直したからだ。
鼎はいつもと比べ怪訝な顔を浮かべながら執務室を八の字を描く様に歩いていた。
静流は悪びれる様子も反省している様子もなく妙に落ち着いた様子だった。
鼎は静流と結月達がここに来てから一言も喋らない、普段なら口数も多く冗談を口にする鼎がここまで何一言も喋らない所から察するに相当静流のやった事を怒っているのだろう。
無言の重圧が付き添いで来ているはずの鈴音や結月にも重くのしかかっていた、しかしそれでも当の本人はそんな重圧など微塵を感じていない様子だった。
鼎の足が止まり静流をじっと見つめると今まで固く閉じていた口を開いた。
「静流、お前がここに呼ばれるのは一体何回目だと思う?」
ずっしりと重い口調でそう語り掛けた鼎、予想通り相当機嫌が悪いようだ。
最も鼎がここまで怒るのも無理はない、人間の番人である逸脱審問官は騒ぎと遭遇した場合、他の人々に危害が及ばないよう騒ぎを治める事も務めであり、場合によっては武力行使も致し方ないとされている。(前に響子を助けるために柄の悪い男達を倒したのは良い一例である)
しかし静流は女性を人質に取っていた男性から武器を取り上げたまでは良かったものの無力化されている男性の左腕を骨折させた上に右腕の短刀を突き刺し川へと投げ込むなどをして結果的に男性に全治三カ月の大怪我を負わせたのだ。
明らかに必要以上の武力行使であり、逸脱審問官、ましてや天道人進堂の悪評にも繋がりかねない事態だった。
静流一人が罰を受けて済むなら良いのだが、当然それだけで済むわけがない、天道人進堂で働いているこの出来事と無関係の職員まで不利益を受けかねない事態であった。
「そうですねえ・・・・・・これで三十五回目くらいかな?」
三十五回、一体どれだけやらかしているんだと思った結月だったが鼎がすぐに訂正をする。
「二十五回目だ、少ないならまだしも何故十回も多く数えるんだ」
あからさまに驚いた様子を見せる静流、逸脱審問官にしては随分と胡散臭い男である。
「あれ?おかしいな、まだ二十五回しか怒られていないんだ、もっと怒られているような気がしたのになあ・・・・・・・」
結月は耳を疑った、『まだ二十五回』という言葉を驚きだが、それよりも『もっと怒られている様な気がする』と静流が思っているという事はつまり静流が他にも怒られるような事をしている可能性がある事を示していた。
「二十五回でも歴代逸脱審問官の中では断トツの多さだぞ、何故怒られる事だと自覚しておきながら反省をしない?」
鼎の質問に対して静流は間髪入れずに即答した。
「それはもちろん僕は間違った事をしていないと思っているからですよ、どんな理由であれ女性に対して刃物を突き付けて自分はお前よりも強い人間なんだぞと思っているような男には、自分の行いがどれだけ悪い事なのか身を持って教えてあげなければまた同じ事をしでかしますよ」
静流の言葉に鼎には眉間に皺をよせ睨みつける。
「例えお前が間違ってないと思っていても他の大勢の人達からしてみればお前のやった事は間違いであると思うだろう、男に裁きを与えるのはお前ではなく法だ、それとも自分が行った愚行を理解していないようであるならお前の言葉通り身を持って教えてもいいのだぞ?」
冗談ではない、鼎の目は本気だった。
「怒られるような事をしているという認識はちゃんとありますよ、僕のやり方が万人全てに納得して貰えるものではないとは思っています、ですが本当に大勢の人が選んだ意見が全て正しいと言えるでしょうか?ましてや天道人進堂は例え世論に逆らっても正しい事をする組織だと思っていました、だからこそ鼎さんの口から大勢の人という言葉には少しがっかりしています」
無力化された男に大怪我を負わせる事が正しい事なのか?そう思う結月であったが静流はそんな結月の思いに答えるように言葉を続ける。
「確かに男の罰を与えるのは僕ではなく法律ですよ、でも僕は自己満足で武力を行使した訳ではありません、例え法律で犯した罪が裁かれたとしても男から彼女への恨みは消えるものでしょうか?刑期を終えたらまたあの女性に危害を加えるかもしれません、だからこそ僕は痛みを持って男に自分の行った行為がどれ程駄目な事なのか彼のために教えるんです、きっと今頃あの男も人間の里にある奉行所の拘置所で自分の行った行為を後悔していると思いますよ」
納得した訳ではない、しかし静流の言い分には何処か理解したくなるような危険な魅力があった。
確かに法は万能とはいえない部分もあった、牢獄を出た後再び同じ事をする可能性も否定できない、男性を常時監視する手段などないのだ、ならばいっそ自分が行った行為が恐怖として残りその行為に抵抗を覚えるようになる静流のやり方は絶対に間違いとはいえないかもしれない。
男性は振られた腹いせに女性を人質に取り無理心中を図ろうとしたのはどういう理由があったとしても断じて許される行為ではない。
自分が犯した罪の重さと同等の痛みを与えるだけの理由はあったのも確かだ、男性は人間の掟の一文である『人間を陥れる事なかれ生まれる環境は違えど最初皆は平等な赤子』を破ったのだ。
それに自身が行った罪の重さを痛みで分からせるというのは逸脱審問官が逸脱者に対して使う常套句だった。
逸脱者にもそれなりのいい分はあっただろう、人間が妖怪に怯えながら暮らしているのも事実だ、だがどんな理由であれ逸脱者には痛みと死を持って自分が犯した罪を償わせなければならない、程度はどうであれ人妖になる事はそれだけ重罪なのだ。
(静流のやり方はやり過ぎではあったが理由にはそれなりの説得力があるな・・・・・・・)
静流の考えに同意は出来ない、しかし先ほどまであった怒りは収まっていた。
「それに命を奪わないようちゃんと配慮はしましたよ、骨も後遺症が出ない様に綺麗に折ったし短刀の傷も治り易くて比較的傷も残らないように刺しましたよ、それにあそこの川の水深は浅くて水の流れも緩やかなのでまず溺れる心配はないと分かった上で投げ込みました、あの男も自分の犯した罪がどれだけ重かったか良く理解したと思いますよ、少なくとも僕はそう思っています」
ここに来て結月は逆に静流に感心していた、言っている事は雇い主であり天道人進堂の元締めでもある鼎相手でも静流はしっかりとした意志で自分の意見を固辞し続けているのだ。
もし自分が今の静流の立場だったら鼎の言葉を言い返すなんて出来なかっただろう。
「・・・・・・・全く、私も恐ろしい奴を逸脱審問官に選んでしまったものだ」
静流に背を向けてそう言った鼎、反論しようと思えば幾らでも言えるだろう、だが例えどれだけ反論しようとも静流は主張を曲げるような事はしないだろう、呆れていると言った方が正解だろうか?
「もしかして後悔しています?」
はあ、と大きなため息をついた鼎。
「嫌、後悔はしていないさ、私も君みたいな逸脱審問官も必要だと思って逸脱審問官に採用した、こうなる事もよく分かっていた、ただ一つ見抜けなかったのは思っていた以上に君が減らず口だった事だよ」
抑揚のないわざとらしい声で笑う静流。
「君の意見に一定の理解はしよう、しかし幾ら何でも度が過ぎだ、お前にもそれなりの罰を受けてもらう、反省文十枚の提出及び一カ月間本拠での謹慎だ、反省文十枚は明日中にまで書いて提出しろ、出来なければ謹慎をもう一カ月増やす、いいな?」
は~い、と軽く返事した静流。
鼎が静流に対して重い罰則(これも十分思い方ではあるが)を与えなかったのは、その後奉行所に連れていかれた男性が語った犯罪の動機がとても同情できるようなものではなかった事や静流から受けた暴力について男性が奉行所に訴え出なかったためである。
つまり静流のやった行為はこれ以上取り沙汰されないという事であり、これでこの一件は終わった事になったからだ。
「結月と鈴音も静流の傍にいながら度が過ぎた行為を止められなかった事は反省すべき点だ、罰として反省文一枚を書いて提出しろ、代わりに謹慎等は特になしとする、いいな?」
静流の様に理屈を捏ねる事など結月も鈴音も出来なかったし反省文一枚分にあたる失態があったのは確かだった。
「はい、分かりました」
結月もまた鈴音と同じくその処罰に異論はなかった。
「ではこれで話は私の話は終わりだ、最後と言っては何だが結月と鈴音は静流が逃げないよう本拠まで静流を連行するように」
連行するように、そう言われ戸惑いながらも結月と鈴音は静流を挟むように執務室を後にした。
「いや~本当に申し訳ない、僕のせいで鈴音も結月・・・・・だったよね、反省文を提出する事になるなんて、まさかあの場に鈴音と結月がいるとは思わなかったんだよね」
相変わらずの気の抜けた喋り方でそう言った静流。
しかし結月にはどうしても自分達がいるとわかった上で静流がそんな事をしたような気がしてならなかった。
「本当に迷惑よ、静流、幾ら水が緩やかで水底が浅いからと言って両腕を大怪我した人を投げ込まないでよ、私達がいなかったらどうなっていた事か・・・・・」
随分疲れた様な様子でそう言った鈴音。
しかしそれよりももっと気にすべき事があるだろ、と思ってしまうが大怪我をさせた理由は大体静流が説明したのでこれ以上口にしても鼎のようになるのがオチだと分かっているので鈴音は敢えて口にはしなかった。
「まあ、鈴音や結月がいなかったら恐らく僕が川に飛び込んで助け出していたよ」
自分で大怪我を負わせて川へと投げ込んだ男を自らで救い出すというのは何ともおかしな話だが静流にとってはおかしくも何ともなくむしろ真面目そのものなのだろう。
今までの静流が一体どういう人物なのか理解した結月はそう思った。
「別に連行しなくたって僕は逃げないよ、一体僕を何だと思っているだろうね?」
一瞬も油断に置けない人物、真性の変人、それが静流の印象だった。
変わり者という扱いでは命も入るのだが命は服装と占い以外は常識範囲内であり占いに至っても本人ですら未来は自分の意志で切り開くものと考えている所から鑑みて結月は命を変わり者と自称する常識人だと思っていた。
だが静流は考え方も価値観も明らかに常識から外れていた、まるで見えている世界が違うかのような。
恐らく鼎も静流に対してそんな印象を抱いているのだろう、だからこそ自分達に静流を本拠まで連行するように言ったのだろう。
「長期修業で帰って来たばっかりだからとりあえずはお風呂に入って汗や汚れを落としたいし服も着替えたいし色々と本拠でやりたい事があるんだ、一ヶ月といわず二ヶ月くらい本拠に引き籠っていたいな、外でやりたい事は長期修業中に全部やっておいたからね」
静流の口にする、長期修業とは逸脱審問官に課せられる合宿の様なものである、幻想郷の山奥にある天道人進堂所有の山小屋を拠点に一ヶ月、長くて三カ月間を自給自足の生活を行い大自然の中で妖怪や熊や狼などの猛獣に気を配りながら修業を行うというものであり想像力や行動力や判断力などを養い、また逸脱者との戦闘は主に自然の中で行われる事が多いため限りなく実戦に近い状態で模擬戦闘に挑めるというのも利点だった。
一応、件頭が交代で逸脱審問官の見張りにつき万が一の時には救助するため安全性は保たれているもののなるべくそんな事態に陥らないよう長期修業を課せられる逸脱審問官は心掛けているらしい。
(自給自足か・・・・・訓練施設時代に学んだつもりだったが実際は想像するよりも過酷なんだろうな)
もう一度、自給自足の事について学び直そうと思った結月であった。
「だからといってわざと反省文を書かないような真似はしないでね、あれ以上鼎様を怒らせたら只では済まないわよ」
一応釘を刺す鈴音、静流は分かっているよ、と軽く返した。
「そういえば、改めて聞くけど君が新しく入った逸脱審問官の平塚結月だよね?見張りの件頭から話を聞いているよ、逸脱審問官なった初日から未熟種の逸脱者を断罪してその数週間後に人間の里周辺に出た獣人種の逸脱者を断罪した期待の新人だってね、確かに初めて鈴音の隣にいた結月を見た時、一目見ただけでこの男が結月なんだと確信してしまう程の並々ならぬ気を感じ取ったよ、これはかなり優秀な逸脱審問官になるんじゃないかな?」
毎回誰かに会うたび褒められてしまう結月、褒められるという事は嬉しい事なのだが皆一様に自分には才能がある事を褒めているような気がして心境は複雑だった。
逸脱審問官になれたのは絶えず努力してきたからと思っている結月とってそれは尚更だった。
鈴音のように天性の才能がある者もいよう、しかしそれでも結月自身は自分の実力は努力の賜物だと信じていた。
「期待してくれるのはありがたい事だが今の自分は優秀どころか一人前すらまだ程遠い、確かに三体の逸脱者を断罪したがそれは経験者であり先輩でもある鈴音先輩や守護妖獣の明王や月見ちゃんがいたからこそだった、俺は鈴音先輩の手助けをしたに過ぎない、優秀な逸脱審問官になれるかどうかはこれからの努力次第だ」
結月は決して自分を褒める事はせず常に自分に厳しかった。
「成程ね、結月は才能に溺れないからこそ逸脱審問官になれたんだね、才能を持つ人は多いけどその多くの人達が才能に振り回され自滅していく、それは才能に縋る程に自分の才能を実力以上に評価してしまうからなんだよね、結月はそれを分かっているからこそ自分の能力を決して過大評価しない、それは誰しもできる事じゃない、つまりそれが結月の才能なんだよ、産んで育ててくれた両親にはちゃんと感謝しなきゃいけないよ」
素質や才能を持つ人は持たない人より抜きんでているため有利な存在なのは確かだがそれは同時に下手に努力しなくても出来るようになると努力を怠りがちになり自身の才能に溺れ開花する事なくその道をやめてしまう人間も多かった。
才能とは凄まじい切れ味を持った両刃剣である。
実際、多くの訓練生がいて自分よりも実力が上な者がいたのにも関わらず最終試験を合格し逸脱審問官になれたのは結月一人だけだった事がなりよりの証明だった。
そういう意味では才能に溺れない事も才能なのだろう。
「ああ、父親、母親には産んでくれた事育ててくれた事とても感謝している、だが・・・・・」
それでも才能だけで逸脱審問官なれた訳ではないと反論がしようとした結月に静流はニンマリとした笑みを浮かべる。
「言わなくても分かっているって、結月の実力は才能だけじゃないって事は僕もよく分かっているよ、才能は原石、努力は磨きなんだ、どれだけ才能があっても磨かなければ綺麗な宝石にはなれない、きっと結月から並々ならぬ気を感じ取ったのは結月が一生懸命自分の中にある宝石を磨いたからなんだよね、結月は宝石の磨き方を良く知っている、だからこそ結月は優秀な逸脱審問官になれると僕は思ったんだよね」
結月はそれ以上何も言わなかった、静流は逸脱審問官になれたのは才能だけじゃないと理解していたからだ。
(きっとそれを理解している静流もまた宝石の磨き方を良く知っている人間なのだろう)
逸脱審問官は才能だけでは決してなれない、努力して伸ばす事が出来る人間が逸脱審問官になれる素質を持っているのだろう、結月は逸脱審問官になってそう思っていた。
「そういえば、自己紹介がまだだったよね?紹介が遅れたけど僕の名前は瀧宮静流(たつみやしずる)っていうんだ、年齢は24歳で逸脱審問官になってまだギリギリ四年目だよ、あっ!でも僕は先輩とか後輩とか余り気にしないで気楽に静流って呼んでくれればいいよ、僕はあまりそういうの拘らないからね、そしてこれが僕の相棒であり守護妖獣の凪無(ななし)だよ、見た目通り妖狐の守護妖獣で性別はオス、僕と似て変わり者だから変な行動をとっていてもあまり気にしないでね、凪無にとっては何か考えての事だから、まあ相棒の凪無共々これからよろしくね、結月、あとそれから・・・・・・」
それから本拠に到着するまで静流の自己紹介は続いた、自分の好みの話から最近の凪無の奇行の話だけでなく幻想郷に存在する宗教の在り方や幻想郷の洞窟に生息する貴重な微生物の生態の事まで全く自分とは関係のない事まで話していた。
口調が独特で何処か子供っぽいような喋り方だが話は上手いので聞いていて苦痛は感じないが流石は自分で変わり者を自称するだけの事はあると結月は思った。
「三カ月振りに本拠へ帰って来られたよ、まあでも長期修業も結構楽しかったから別段本拠に戻って来られて嬉しいって事はないんだけどね」
三ヶ月振りという事は長期修業が一月から三月まで行われたという事だ。
一月から三月は冬の季節であり幻想郷は寒さに凍え辺りは雪に覆われ鍛練どころか食糧の調達すら難しく長期修業が行われる時期としては最も過酷な時期のはずなのだが静流にとってはそんな過酷な環境での長期修業もまるで何処か旅行にでも行っていたかの様子で話していた。
無表情な静流の顔を伺う限り嘘をついている訳では無さそうだった。
「さてと、今から一ヶ月の間、本拠での謹慎生活を満喫するとしようか凪無、色々やりたい事はあるけどとりあえず銭湯に行って体の汚れを落として服を着替えよっと、ここまで同行してくれてありがとうね、じゃあ僕はこれで失礼するね、また何かあったら声をかけてよ、結月」
そう言って立ち去ろうとする静流に鈴音が最後に忠告する。
「静流、忘れてないと思うけどちゃんと反省文十枚明日中に提出しなさいよ、そうしないともう一ヶ月謹慎が伸びちゃうからね」
再三に渡る鈴音の警告に対して静流は分かっていると言っているかのように右手をあげて返事を返した。
「・・・・・・随分と変わった男だな、個性的というか意思が強いといえば良いのか、まるで激流の川でもビクともせず自分の存在を主張し続ける岩の様な男だ」
例えそれが世間や世俗と言う名の濁流であっても決して流されない岩の様な重く頑丈な強い意思を結月は静流から感じ取っていた。
「少し自分の意志が強すぎる所もあるんだけどね・・・・・・・実際、蔵人よりも頑固で一度思い立ったら誰の制止も聞かなくなるから結構付き合うのは大変なんだよね、でも個性的な分私達が考え無さそうな事を考えていたり妙に勘が鋭かったり誰もが躊躇してしまう事を率先してやったりするから傍にいて助かる時も多いんだよね、それに変人ではあるけど基本的には良い人だよ・・・・・・度を超す事もあるけどね」
鈴音の顔は何だか喜んでいるのか困っているのか複雑な心境が混ざり合うような表情を浮かべていた。
「・・・・・逸脱審問官も十人十色か、いやこれも鼎の思惑の内なのかもしれないな」
同じような考えの人間を集めた方が意見をぶつかり合う事がなく物事も順調に進むだろう。
しかしあえて考え方や価値観の違う人間を鼎が選んで集めたのには何か鼎の考えがあってのような気がしてならなかった。
結月は通路の曲がり角に消えていくまで静流から目を離さなかった。
幻想郷有数の川幅と長さを持つ緩葉川、その名は木から落ちた葉が沈む事無く緩やかに流されていく様子から名づけられており実際、川の流れは他の川と比べ緩やかであり誤って水に落ちても泳ぎが下手でない限り溺れる事はない(それでも年に五~六人の人間が溺死しているらしい)川であり魚も豊富に棲んでいるためこの川に沿うように村や集落が点在しておりその殆どが漁業を生業としている。
半日村(はんにちむら)から三百m下流の方で自前の小舟に乗って辺りを見回しているこの男もまた漁師であった。
「お~い!与助(よすけ)!小三郎(こさぶろう)!いたら返事しろ~・・・・・・くそっ、なんで俺があいつらを探さなければいけないんだよ」
男は誰かを探していた、それは同じ村に住み同じ職業を営む漁師であり小三郎は一週間前、与助は昨日の朝から行方知らずとなっており村の住人総出で捜索していた。
しかしこの男は人探しには乗る気ではなかった、むしろ与助と小三郎がこのまま見つからなければいいとまで思っていた。
「とはいえ探さないと疑われるのは俺だしな・・・・・・まあ後もう少しの辛抱だ、このまま見つからなかったら村の奴らも諦めるだろう、そしてこのままあいつらが行方不明になった後にあそこから古正(ふるまさ)を追い出せば・・・・・」
そう言った男はニヤリと怪しく笑った、男にとって探している与助も小三郎も古正と言う人物も死んでほしい程憎くて仕方のない奴だったからだ。
「それにしてもあいつらは本当に何処に行ったんだろうな、川に落ちても溺れるような金槌でもねえし、まさか妖怪に・・・・・・いやそんなまさかな」
この川にそんな危険な妖怪なんている訳ない、しかしこの時、自分を狙う魔の手がすぐそこまで迫っている事に男は気づいていなかった。
「・・・・・?なんだ」
男が与助と小三郎の捜索をやめて一休みしよう船に寝転んだ時だった、男は川の些細な変化に気づいた。
それは普段聞いた事がないような川の音だった、それは緩やかな川の底から聞こえる大きな何かが水を掻き分けて動く様なそんな音だった。
「水の底に何かいるのか?」
舟の底に耳をつけ音をそれが何の音か探ろうとする男。
音の正体を探ろうとする男、その時、船に大きな波がぶつかり大きく船が揺れた。
大きく船が揺れた事で船の底に耳をつけていた男は大きく態勢を崩し船の上を転げる。
「い、一体何なんだよ!?」
起き上がり辺りを見回す男だったがそこには何もない。
しかし何かがおかしい事に男は気づいていた、何故ならこんな緩やかな川で自分の態勢が崩れる程の波が船にぶつかった事など起きるはずもない。
ましてや雨が降り続いて川が増水した訳でも嵐で川が荒れている訳でもない晴れ模様の日になのに船を大きく揺らす程の波が起きるなんてありえなかった。
辺りは異様な静けさに包まれており聞こえるのは緩やかな水の流れる音と船にぶつかる小さな波の音だけだった。
しかしこの異様な静けさがむしろ得体の知れない何かに対しての恐怖へと男を駆り立てていた。
ブクブクブク・・・・・・。
突如耳に聞こえた不気味な音に男が反応して音のした方を見ると水面に泡が湧き上がっていた。
泡が湧き上がるという事は水中に空気が漏れているという事であるが先程までその場所には泡など湧き上がっていなかった。
つまり水中にいる何かが空気を吐き出しているという事になる。
「も、もしかして妖怪なのか?妖怪が近くいるのか!」
男の頭に過ったのは幻想郷に住人である妖怪の存在だった。
川にも様々な妖怪が棲んでおり中には人間を襲う河童や船を沈めようとする舟幽霊などの人間に対して実害をもたらす妖怪もいた、人間を襲わなくても人間の脅かすために悪戯をする無名の妖怪も川に多く棲んでいた。
しかしこの辺りの川には人に悪さをする妖怪はあまり棲みついておらず妖怪に襲われたという話も全く聞いた事がなかった。
男は恐る恐る船から顔を出して水中を伺った。
水面には何も映っておらず綺麗な群青色の水が下流に向かって流れているだけだった。
気のせいかと顔を下げようとしたその時であった。
「っ!?」
突然、男は目を見開いたかと思うと驚いた様子で船に尻餅をつき怯えた表情を浮かべる。
男が見たものそれは魚とは思えない恐ろしく大きな影が横切ったからだ。
「な、なんなんだよ、あれは、ひっ!ひいいっ!?」
男は恐怖で顔を歪めた、先ほどまで静かだった船の周囲の水面に無数の泡が沸き上がったのだ、まるで沸騰したお湯の様なかに船を浮かべている様な光景だった。
「やめろっ!やめてくれ!!」
冷静さを失った男は逃げる事をせずその場でうずくまっていた。
しばらくの間、ぶくぶくと泡が湧き上がっていたが突如それがピタリと収まった。
再び辺りは静寂に包まれ、うずくまっていた男は恐る恐る辺りの安全を確認すると立ち上がった。
「収まった・・・・のか?」
そう思った矢先、大きな水しぶきと共に突如男の視界が低くなった、別に男はしゃがんだわけではない、まるで自分の周りの水位が急激に低くなったかの様な感じだった。
「うわ・・・・・・」
男は水中に吸い込まれる様に落下していく、まるでそれは自分の船の周りだけ水がなくなって川底へと落ちていくかのような感覚だった。
それと同時に男の舟の前後にぬめぬめとした赤黒い生々しい肉の壁が現れた、その赤黒い肉の周囲には白く大きな石の様な物が綺麗に生え揃っていた。
「・・・・・・あ」
グシャッ!
男が赤黒い肉の壁が口だと理解した瞬間、その大きな口は勢いよく閉じられ船と男を飲みこんだ。
そして大きな口はそのまま水中へと消えていった。
辺りは再び静寂に包まれ水面には船の残骸が浮いているだけだった。
第二十三録読んで頂けるありがとうございます。
いかがだったでしょうか?さて最近ドラマやアニメの恋愛物を見てつくづく思う事があります。
それはどの恋愛物も最終回が結婚か新婚の夫婦生活の所で終わってしまう事です。
互いに両想いになったもしくは悲しくも失恋した所で終わる例外作品もありますが大抵は結婚か結婚して数年の場面が多いような気がします。
確かに恋愛物における結婚は物語の最終回として区切りのつけやすい所かもしれません、これからも二人は幸せに暮らしていく、そんな意味合いもあるのかもしれません。
ですがリアルの恋愛と比べてみると本当にそこで区切りをつけるべきなのかとは思ってしまいます。
恋愛における結婚は当然ながらゴールではありません、結ばれた夫婦にとっては通過点でありこれからも彼らの人生は続きます、もし恋愛にゴールがあるのなら常に人生を共に歩んできた夫婦のどちらかがこの世から旅立つ時、それが恋愛におけるゴールであり終わりではないでしょうか?
定義は様々でありこれが正解とは断言できませんが少なくとも結婚はゴールでない事は確かです。
人生ゲームでも恋愛要素はあっても結婚がゴールではありません、その後も進むべきマスは続いています。
だとしたら恋愛物の最終回を結婚に位置付けて良い物でしょうか?結婚した時は幸せでも時間が経つ毎に様々な苦難が待っています、私生活のすれ違い、他愛もない喧嘩、互いの魅力の低下、他の異性への誘惑・・・・・・その過程で愛が醒め不倫に走り家庭内暴力が起きて最悪離婚してしまうかもしれません、スピード離婚、熟年離婚、リスクは常に存在します。
もしそうだとしたら恋愛物の最終回で結婚まで行っても最後まで幸せとは限りません。
もし本当にハッピーエンドだったと言いたいのであれば結ばれてからの生活を走馬灯のように書き出した後、片方が幸せに逝くまで書いてこそ本当のハッピーエンドではないでしょうか?
・・・・・・・・そこまで見たいかは別として結婚を最終回と捉える恋愛作品に対して何気なしに疑問を投げかけてみた今日この頃です。
それではまた再来週。