人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
今回から第四話目に入ります、そして前回の後書きにも書きましたが今回から環境に合わせて月二回の更新となります、本当は毎週投稿したかったのですが私の執筆の遅さを考えると毎週投稿は難しいと判断しました。
今週更新したら次の更新は再来週となります、小説を楽しみにしていた読者様には誠に申し訳ない気持ちで一杯です。
それでも読んで頂けるなら幸いです。
それでは第二十二録更新です。


第二十二録 船底を伺う二又の復讐者 一

恨み、それは人間が有する感情の中でも最も身近で多様な面を持つ人間らしい感情。

恨みとは人間に備わった感情の一つであり人間でなくても知能指数の高い動物なら備わっているごく有り触れた感情の一つなのですがその中でも人間の恨みはとても多様性に富んでおりこれ程多様な恨みの感情を持っているのは恐らくは人間だけでしょう。

自分が持ってない物を持つ者への恨み、持っている者からの嫌がらせで生まれる恨み、持ってない者からの嫌がらせで生まれる恨み、自分から大事な物を奪った者への恨みなど恨みの理由をあげればきりがありません。

恨みとは何かに対して抱く強い嫉妬や憎悪でありそれが人間の精神に及ぼす影響はとても大きいものです。

恨みの対象は様々あり動物や昆虫や植物などの有機物だけでなくお金や美術品や道具など無機物にも向けられ果ては自然や運命、妖怪などの抽象的な存在にまで向けられるとされ万物全てが恨みの対象となると言われるくらいです。

そんな多様性に富んでいる恨みの中で同族である人間が最も恨まれるとされています。

人間は妖怪と違い単独で生活する者はあまりいません、これは人間が妖怪よりも貧弱な存在であるため集団で集まる事によって様々な役割を分担する事で生活しやすくするのと同時に何か問題が発生しても協力して対処できるからだと思われています。

ですが人間は一人一人考え方、価値観、容姿、環境などで違いがあります。

それを許容する事が出来れば一番良いのですが人間そこまで出来た人間はあまりいないのが現実です。

許容する事が出来ない事に対しては拒絶して自分が正しい事を主張するのが人間なのです。

当然、拒絶された側は拒絶した人を恨むでしょうし拒絶した人間を受け入れる事は難しいでしょう。

人間にはそれぞれ恨みの蓄積量に違いがあり、一度の恨みで限界値を越えてしまう場合もあれば長年の小さな恨みの積み重ねが限界値を上回る場合もあります。

いずれにせよ限界値を越えた恨みは狂気や殺意へと変わります、狂気や殺意に憑りつかれた者は冷静な判断が不可能となりいかなる方法を使ってでも恨みの対象を取り除き復讐しようとします。

それが脅しや暴力に繋がり最悪殺人へと発展し結果的に悲惨な事件へと繋がる事が多いようです。

そうした中で強い狂気や殺意に囚われた人達の中には刃物や鈍器を手に取る様に逸脱者になって恨みの根源に対して復讐しようとする者もいます。

強い殺意や狂気は冷静さを失わせる一方で復讐への大きな原動力として人間を駆り立てるのです。

強い殺意や狂気に囚われた者達に後先考えている余裕などありません、とにかく恨みの根源に対して自分が貯めるに貯め込んだ恨みを理解させるために逸脱者の力を使ってしまうようです。

そういう意味では恨みの対象を排除するために逸脱者になるという単純で簡潔な動機は妖怪の怯えや憧れよりも最も「人間らしい」動機といえるのかもしれません。

 

妖怪の活動時間でもある夜が終わりを告げるとともに東の空から朝が訪れようとしていた。

夜から朝へと移り変わる間にある早朝は妖怪の時間と人間の時間の間でもあり夜以上に静寂に包まれる時間だった。

聞こえる音はそよ風で草木がなびく音や小鳥の鳴き声、そして耳をすませば僅かながら水が流れる音も聞く事が出来る。

幻想郷にはかつて海があったが現世と完全に切り離すため現世と繋がっていた海も分断され今の幻想郷には存在しない。

だが海がなくとも幻想郷には川が幾つも流れており大小様々な川が存在し地表には見えない地下水脈を含めれば百あるのではないかと言われており幻想郷の豊かな自然の一役を担っているとされている。

川の行きつく先は湖だったり池だったりするが一部の川は分離された海と繋がっていると言われておりそのため海と繋がっていると噂される川には時期によって鰻や鮭が流れ込んでくるのもそのためとされている。

さて、川があるなら当然切り立った断崖には水が流れ落ちる滝が出来る。

幻想郷には様々な滝があるがその滝の中でも幻想郷の有数の川幅と長さを誇る「緩葉川(ゆるばがわ)」の上流にあるとされる「悲願の滝」は落差こそあまり高くないものの大量の水が轟轟と流れ落ちる光景は自然の雄大さを感じられる滝であると同時にある曰く付きの滝として周辺の村や集落では良く知られていた。

その悲願の滝の崖の上に三十代後半の男の姿が森林の中から現れる。

「やっと辿り着いたか、どうやらここが悲願の滝の上みたいだな」

男は崖に近づくと崖下にある大きな滝壺を見下ろす。

「うっ・・・・・流れ落ちる水の量が多すぎて滝底が見えない、こうして見てみると怖いものだな・・・・・だが、ここで引き下がる訳にも行かない」

この男は別に悲願の滝を見るためにここに来たのではない、ある決意を固めてここに来たのだ。

「覚悟は出来ている・・・・・怖いのは一瞬だけだ、躊躇なんてするものか」

実はこの男、この悲願の滝の滝壺に飛び込む決意を持ってここまでやって来たのだ。

しかし男に自殺願望はなかった、男はある目的を持って大量の水が流れ落ちる滝壺にその身を投げ込もうとしているのだ。

もし滝壺に飛び込もうものなら大量の水に滝底まで押し潰されまず命はないだろう。

しかし男は例え自分の命を引き換えにしても叶えたい願いがあった。

その願いこそ悲願の滝の名前の由縁でもあった。

男は覚悟を決めた表情で崖前に立つと肺を空気で一杯に膨らます。

「滝壺様よ!聞こえるか!」

肺に詰め込んだ空気を全て吐き出すような大声でそう言った。

それでも声は大量の水が流れ落ちる音のせいでかき消されておりまた彼の求める『滝壺様』と呼ばれる者からは何の返事もない。

しかし男はそれでも話を続ける、男にとって返事があってもなくても滝壺に身を投じる決意は変わらなかった。

「俺はここから下流にある村に住む三人の漁師に強い恨みがある!あいつらに俺が受けた恨み以上の苦しみを味あわせてやりたいんだ!」

男は望む願い、それは三人の漁師への復讐だった。

男の心中はその三人の漁師への強い恨みで満ち溢れていた。

「そのために滝壺様のお力をこの俺に授けて欲しい!かつてここから飛び降りた男と同じような人間を超える力を俺に授けてくれ!」

相変わらず呼びかける滝壺様からは返事はない、しかし男は覚悟を決めて滝壺を見下ろせる位置に立った。

滝壺様がいてもいなくても男は飛び降りる覚悟を決めていた、叶えてくれたなら喜んで復讐対象である三人の漁師を殺しに行くし叶えてくれなくても死ねばこの強い恨みからは解き放たれて楽になれるはずだ、男にはもう何も失うものなんてなかった。

「そのためならこの体、この魂、全てを滝壺様に捧げよう」

男はそう言いながら体を前に傾けるとそのまま滝壺へと落ちていった。

 

肌寒かった冬の終わりと入れ替わる様にして本格的な春の陽気が幻想郷に流れ込んでいた。

幻想郷の空から見下ろせば桜や梅の花の色が所々で色づいている事だろう。

空を飛ぶ春告精(春を告げる妖精)も本格的に始まった春の季節を楽しみにしていたかのような様子で飛び回っており春を告げる程度の能力で蕾の付いた草木に花を咲かせていた。

穏やかで平穏な空気が漂ういつも通りの幻想郷の春、この間の蝙蝠騒動がまるで嘘だったかのように感じられる程の平穏さだった。

そんな春の陽気に包まれる幻想郷のとある道、そこに結月と鈴音の姿があった。

「いや~、さっきの饂飩(うどん)屋さん本当に美味しかったね、やっぱり人間の里で噂になるだけの事はあるよね」

鈴音は満足しているような表情を浮かべながらお腹を擦る。

鈴音の肩に乗る月見ちゃんも鈴音と同じ満足した様子で座っていた。

蝙蝠の逸脱者との戦闘で大怪我を負った月見ちゃんだったが流石は妖怪、数日程度で傷は完治し今では噛まれたはずの傷跡すら確認できない程だった。

最も肉体を失う程の大怪我を受けた場合は完全な状態に戻るまで約一カ月は掛かるらしい。

「ああ、そうだな・・・・・こしのある麺にあっさりとした汁が絶妙に絡み合っていた、わざわざ外出許可を出して一時間並んだかいがあった」

結月も顔には余り出さないが満足しているようだった。

肩に乗る明王も結月の意見に頷いていた。

結月と鈴音は鍛練の息抜きがてら天道人進堂の外で昼飯を取っていた。

蝙蝠の逸脱者との戦闘以来、結月と鈴音は天道人進堂の外には一歩も出ずに鍛練に励んでいた。

鈴音は過去の辛い出来事を向き合い乗り越えるために結月は一流の逸脱審問官を目指して互いに切磋琢磨しながら鍛練を積んでいた。

鍛練は朝早くから夜遅くまで行われており鍛練の内容も守護妖獣を使っての連携を軸に置いた高度な練習を行っていた。

蔵人達も同じように鍛練に励んでいたが自分達よりも早い時間から鍛練を行い、夜が更けても鍛練を続けている結月と鈴音の姿を見るに見かねて声をかけた。

「鍛練に励む事は決して悪い事ではないが余りにも励み過ぎては逆に体を壊しかねないぞ、単純に鍛練量を増やせばいいものではない、毎日適度に積んでいく事で力になっていくものだ、たまには息抜きに外で昼飯でも食べてきたらどうだ?」

蔵人の言葉には一理あった、結月と鈴音は鍛練ばかりだった事を反省し蔵人に言われた通り昼食を最近人間の里で噂になっていると聞いた饂飩屋に足を運んだのだ。

「まさか蔵人に息抜きの重要性を教えられるなんて思わなかったよ、確かにここ最近は鍛練ばかりですっかり息抜きする事を忘れていたよ」

結月に息抜きの重要性を教えたのは鈴音なのにその鈴音本人が蔵人に指摘されるまで息抜きの事を忘れていたのだ。

しかしそれを教えられたはずの結月もまた蝙蝠の逸脱者との戦闘以降、より一層の鍛練に励むようになった鈴音の姿を見て自身も鈴音に負けてはいけないといつも以上に鍛練に取り組み息抜きを忘れていたため鈴音を責めることは出来ないし責めるつもりもなかった。

「あまり気にするな、蝙蝠の逸脱者との戦い以来、俺ももっと実力をつけなくてはと逸脱者との戦いの事ばかりで頭が一杯で息抜きの重要性を忘れていた、これからちゃんと気をつければそれでいい」

結月の言葉に明王と月見ちゃん賛同しているかのように頷いた。

実際明王や月見ちゃんも結月と同じだった、蝙蝠の逸脱者との戦闘以降、熱心に鍛練に取り組む鈴音と結月に負けないよう鍛練に力を入れるようになり息抜きは二の次になっていた。

「うん、そうだよね、これからは適度な時間の中でしっかりと鍛練してたまには息抜きするように心がければいいよね、蝙蝠の逸脱者の断罪での結月の活躍や自分への不甲斐なさを感じてこのままじゃいけないって少し焦っていたよ」

そう言ってにこやかに笑う鈴音、その顔に蝙蝠の逸脱者と戦っていた時に見せた怯えた表情の面影は一切見られない、辛いあの時の出来事を思い出し怯えていた鈴音に対し結月から強く叱咤を受けた事から鈴音はあの時の出来事としっかりと向き合うようになり徐々にではあるが受け入れているのだろう。

鈴音もまた完成された人間ではなく結月と同じく成長していく人間なのだ。

「さて、昼ご飯も食べたし次は何処行こうか?今日の鍛練は朝にみっちりとしたし今日は今まで鍛練をしていた分、今日はとことん息抜きをしようよ、そしてまた明日は無理がない程度でしっかりと鍛練をやろうよ」

そうだな、と簡潔に答えた結月だが結月もまた次は何処に行こうと楽しみながら考えていた。

何分、遊ぶという事をあまりしない結月だったが鈴音と一緒に出掛ける内にたまには遊ぶのも良いと考えるようになっていた。

「そうだな・・・・・人間の里に行って買い物でも楽しむか、落語や歌舞伎を見に行くか、それとも噂になっている『天覧館』にでも行ってみるか?」

天覧館とは幻想郷にいる豪農や資産家や商人が所持している様々な銘品や珍品を展示しており入館料を払うだけで自由にそれを見て回る事ができ、展示主は蔵で埃を被っていた珍しい品を飾るだけで金が入って来るという互いに有益な施設である、鼎曰く現世ではこの施設の事を「博物館」と呼んでいるらしい、噂では永遠亭で行われた物を模したという話もある。

「う~ん、どれも悪くないけど・・・・・あっ!そうだ、せっかくだから古本屋に行かない?小鈴庵(こすずあん)っていう店名の古本屋さんなんだけど、そこの店主と私は友人なんだ、結月にもいつか紹介してあげようかなと思っていたんだよね、そこに行くのはどうかな?」

鈴音は博麗の巫女の霊夢や魔法使いの魔理沙やメイドの咲夜、命蓮寺の妖怪僧の一輪、さらには紅い悪魔と名高い吸血鬼のレミリアとその妹のフランとも顔見知りではあったものの鈴音は彼女らに対して友人という言葉は使わなかった。(レミリアとは顔見知り以上の仲であったのは確かだが)

しかしそんな鈴音が友人と呼ぶ小鈴庵の店主は余程仲の良い友人なのだろう。

「鈴音先輩の友人か・・・・・ではせっかくだからそこに行こう」

結月も鈴音が友人と呼ぶ小鈴庵の店主に興味があった。

「うん!任せて!明るくて笑顔がとっても似合う可愛らしい女の子だから結月もきっと仲良くなれると思うよ、それじゃあ人間の里に出発~!」

鈴音の案内のもと小鈴庵に向かって足を進めていた、その時だった。

「ち、近寄るんじゃねえ!これ以上近寄ったらこの女の命はねえぞ!」

若い男の怒鳴り声が正面の方から聞こえる、怒鳴り声が聞こえた方向には小さな川を跨ぐ様に作られたアーチ状の橋の中央で人だかりが出来ていた。

「一体どうしたんだろう?行ってみよう結月、騒ぎが大きくなるようなら止めないと」

騒ぎが大きくなり関係ない多くの人々が巻き込まれる事態を未然に防ぐのも人間の番人である逸脱審問官の役割である、結月と鈴音は騒ぎの正体を探るため人だかりを掻き分け騒ぎの現場に近づく。

人だかりを掻き分け騒ぎとなっている現場で結月と鈴音が見たもの、それは若い二十代後半の鬚を生やした男性が右腕で若い女性を逃げられないよう抱え込み、左手に持った短刀を抱えている女性の首元に突き付けている光景だった。

(状況は深刻で重大・・・・・・女は身動きが取れない上に男は刃物を持っておりその上興奮している、これ以上刺激したら最悪の事態も想定される)

男性と女性の関係や事の顛末は不明だがまずは人質を解放し次に男性を取り押さえなければならない。

だが一歩でも間違えれば人質の女性に危害が及ぶ上に人だかりと男性までには二m五十cm程の間がある、もしどれだけ速く走っても数秒の隙が出来てしまう、それに刃物を振り回せばこちらが危ない目に合う、考えなしに突撃しても駄目だった。

「おい!何しているんだ!早くその女性を解放しろ!」

何処からともなく聞こえた野次馬の声に男性はその声が聞こえた方に向けて短刀を向ける。

「五月蝿いっ!黙れよ!この女はだな、俺が金をかかった贈り物を貰っておきながら俺の事を振りやがったんだ!このまま退き下がれるかよ!」

どうやら男女の恋愛関係でのもつれのようだった、男女の間で起こる問題の中で最も典型的で模範的な問題と言えよう。

男性に抱えられている女性は男性から何とか逃げ出そうともがいていた。

「はあっ!?あんたが勝手に私の家に置いていただけじゃない!私はあんたが一度も贈り物なんて受け取らなかったしあんたの贈り物なんか全て捨てていたわよ!」

なんだとっ!と言って再び女性の首元に短刀を向ける男性、女性の顔が恐怖で歪む。

「俺の好意を踏みにじりやがって・・・・・こうなったら、ここでお前と一緒に川に飛び込んで心中してやる!」

どっちが正しい主張が正しいかは分からないがとりあえず男性の方を止めなければ最悪の事態になりかねなかった。

「ちょっ!離しなさいよ!あんたと一緒になんか死にたくないわよ!離してよ!」

女性は何とか抜け出そうと暴れるが頭に血が上った男性の力は強く抜け出す事もままならない状態だった。

男性を取り囲む人だかりも短刀を持って女性を人質に取る男性に近寄れずにいた。

その間にもじりじりと男性は後退する、このままでは本当に川に飛び込んでしまう。

「鈴音先輩、あの男の注意をひいてくれ、あの男の注意が鈴音先輩に向いている内に俺が男の横から接近し刃物を取り上げた後、女を解放して男を取り押さえる」

男性はすっかり頭に血が上っており対話の余地はあまりないと思われた、だが結月の作戦は一歩間違えれば女性にも結月にも危険が及ぶ可能性があった、だが鈴音は結月を信頼しているのですぐに了承した。

「任せて結月、しっかりと私の方へ注意を向けさせておくから、結月も怪我しないようにね」

互いに意思疎通を行い、行動に移そうとした時だった。

「まあまあ、とりあえず落ち着いたらどうかな?心中なんて下らない事はやめてさ、僕と話し合おうよ」

人だかりの中から一人の二十代前半の男性が出てきた、体格は年相応の背丈に中肉中背、おかっぱ頭をしており何だか抑揚のない気の抜けた喋り方をしている、この時点で既に変わった男だという印象を受けるがそれよりも彼の服装に目が行った。

彼が身に着けている衣服、それは紛れもなく逸脱審問官の正装だった。

「なっ!何だお前は!俺から離れろ!女がどうなっても知らないのか!?」

いきなり人だかりから現れた見慣れない服装をした屈託のない笑顔をする逸脱審問官らしき男に女性を人質に取る男性には動揺が見られた。

「その女性、とても嫌がっているよ、一度は好きになった女なんだよね、彼女の事が本当に好きなら当然彼女が幸せである事が最優先だよね?だったら自分の事が嫌いって言っているなら素直に手を引いたらどうかな?それが彼女にとっては一番幸せな事だと僕は思うよ」

そう言いながら女性を人質に取る男性にゆっくりと近づく逸脱審問官らしき男性。

男性は短刀を逸脱審問官らしき男性に向ける。

「くっ来るな!こっちに・・・・・来るんじゃねえ!ほ、本当にこの女がどうなってもいいのかよ!」

女性を人質に取る男性はゆっくりとこちらに近づいてくる異様なオーラを放つ逸脱審問官らしき男性に対して短刀を向けながら後ずさりをしていた。

「あの男、逸脱審問官の正装を着ているようだが一体何者なんだ?鈴音先輩」

結月は鈴音のそう聞くがすぐに返事は返ってこなかった、結月は鈴音の顔を伺うと鈴音の顔色は青ざめており戸惑いの表情が見受けられた。

結月はその鈴音の顔であの逸脱審問官らしき男性が只者ではない事を察した。

「嘘・・・・・なんで静流(しずる)がここにいるのよ、なんか嫌な予感がしてきたよ」

静流、と呼ばれたこの男はどうやら逸脱審問官で間違いないようだった。

嫌な予感と言うのはどういう事だろうか?静流を止めようにも今動けば余計人質を取る男性を興奮させるだけだ、迂闊に動く事も出来なかった。

女性を人質に取る男性に何の躊躇もなく近づく静流、人質に取る男性の警戒と動揺はさらに増して近づいてくる静流を注視しながら震える手で短刀を向けていた。

このまま近づくようであるなら女性の身が危ない、静流には何か策あっての行動なのだろうか?そう思っていた結月の目があるものを捉えた。

「!鈴音、あれは・・・・・・」

結月の見つめる先、橋の左右に備え付けられた落下防止用の手すりの下をコソコソと歩いて静流に注意がいっている男性の方へ近づく手乗りサイズの妖狐の姿があった、状況から考えて静流の守護妖獣なのだろう。

「!・・・・・なるほどね、どうやら静流も私達と同じ作戦みたいね」

同じ作戦、つまり静流が女性を人質に取る男性の注意をひいている間に自身の守護妖獣を近寄らせているようだった。

「手が震えているよ、やっぱり人を傷つけるのが怖いんだよね?もう抵抗するのはやめてさ、早くその刃物を手放して女性を解放してあげてよ、そんなに人質が欲しいなら僕が代わりに人質になってあげるからさ、とりあえず落ち着いてさ・・・・・」

落ち着いてと言いつつ笑顔で近づいてくる静流に男性は短刀を再び女性に向けようとした。

その瞬間、コソコソと人質に取る男性に近づいていた静流の守護妖獣が人質に取る男性の足に向かって飛びかかった。

そして空中で白煙の爆発と共に狐サイズに戻ると大きな口を開け男性の足に噛み付いた。

「うあっ!」

突然の右足の走った激痛に無意識に気を取られ右足の方を見る男性。

一瞬、男性に出来た隙を逸脱審問官である静流が見逃すはずがなかった。

「分からず屋のお前には少しお仕置きが必要なようだな」

静流の顔から笑顔が消え無機質な無表情になった瞬間、静流は男性との距離を詰めた。

静流は短刀を握っている腕を掴むと曲げられない方向に曲げる、鍛え抜かれた逸脱審問官の筋力を持ってすれば男性の腕を曲げる事など容易い事だった、左腕に走る激痛に男は手から刃物を落とす。

「結月、行くよ!早く静流を止めなきゃ!」

静流を止める、鈴音の言葉は決して冗談ではなく本気だった、結月もまた静流が只者ではないと察していたため鈴音の言葉に何の疑問を持たず静流の元へと駆け寄る。

しかし一歩遅かった、静流は短刀を落としたのにも関わらず左腕を曲げられない方向へと強く力を入れた。

ゴキッ!その音と共に男性の左腕の骨は圧し折られ左腕はだらんと垂れ下がった。

「あがっ・・・・」

次に静流は女性を抱える右腕を掴んで払いのけ女性を解放した。

「鈴音、それに新人、彼女の事をよろしくね」

静流は後ろから迫る鈴音と結月を一瞥すると彼女の背中を強く押した、強く押された女性は鈴音と結月の方に向かって押し出され結月と鈴音は咄嗟に彼女を受け止めてしまう。

それは大間違いだったと結月達はすぐに後悔した。

静流は男性が落とした短刀を拾い上げると左腕を抑える男性の右腕を掴みあげた。

「お前は刃物の怖さを知らないようだな、刃物を突き付けるという事がどれだけ怖い事か、僕が教えてあげるよ」

気の抜けた喋り方なのにゾッと背筋が凍るような声でそう言った後、静流は男性の右腕に短刀を突き刺した。

「うぐあっ!」

短刀は男性の右腕に深く突き刺さっており刃先が腕から大きくはみ出る程貫いていた。

左腕を骨折し右腕を短刀で貫かれた男性は橋に膝をつき痛みで嗚咽を漏らしていた。

男性は激痛ですっかり意気消沈していたが静流は男性の服の胸倉を掴むと自分の顔まで持ち上げる。

男性の顔は恐ろしく恐怖と絶望が入り混じったかのような顔を浮かべ目からは涙が零れていた、静流は無表情な顔で男性の顔を見つめていた、まるで顔にお面が張り付いているかのような不気味さが伝わってくる。

「さっき言ったよね?この女と一緒に川に飛び込んで心中してやるって」

結月と鈴音は静流のその言葉で静流が何をやらかそうとしているか察し静流を止めようとする。

「それが望みなら」

男性を鍛え抜かれた腕で持ち上げると静流はそのまま大きく振り被った。

それと同時に結月と鈴音が静流の方に向かって飛び込んだ。

「お前一人が勝手に心中すれば?」

結月と鈴音は静流に体を捕まえるとそのまま静流を橋に押し倒した。

しかしもう手遅れだった、鈴音と結月が静流を取り押さえた時、男性はもう橋の外へと投げ出されていた。

まさか振られた女性を恨んだばっかりにこんな目に会うとは思いもしなかっただろう。

勢いよく投げ出されほんの柄の間、宙に浮いていた男性だったがすぐに川へと落ちていく。

ドバーンという音と共に水しぶきが上がった。

「「あ~っ!?」」

最悪の展開を前にして鈴音もいつもは冷静を保っているはずの結月さえも大声で叫んだ。

そんな鈴音と結月を他所に静流は川に落ちた男性があたふたする姿をじっと見下ろしていた。

 




第二十二録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?さて私がまだ学生だった頃は「萌え」という言葉が世間一般で使われていた時期でした・・・・・こう書くと私の年齢がバレてしまいそうですがそれは置いといてテレビドラマで「電車男」というドラマがありまして結構話題になったドラマだったのですがあれが放映されたのを境にネットや一部の場所でしかお目にかかる事がなかった萌えアニメや萌えイラストが世間一般でも認知されるようになり世間に浸透していきました。
実際そうだったのかは分かりませんが実体験としてはそんな感じでした。
時が過ぎ中学生から高校生へ高校生から社会人へと移り変わる度に萌えアニメや萌えイラストは社会に浸透していき現在は萌え文化≒日本の文化として認識される様になりました。
最近のコンビニではアニメとコラボした商品や並ぶようになり雑誌を開けば何処かに可愛い女性キャラクターが載っているなど萌え文化の一端を見掛けない日は少なくなりました。
きっとこれはネットという家でしか繋げなかった電子世界が携帯電話の普及と進化によって電子世界が身近になったのが一因となっているのでしょう。
しかしそれとは別に「萌え」という言葉は姿を消していき萌えという言葉自体が古臭いものとして口にするのも書くのも憚れる程聞く事も見る事もなくなりました。
恐らくこれはネットという限られた電子世界で一部の人達によって流通していた萌えという文化が世間一般に認知されていくにつれ本来の萌え文化とはかけ離れたものになったからではないかと私は考えています。
「萌え」という文化は広大なネットという電子世界で一部の人達のみに愛され流通していた隠れた文化でありそれが公となり広まる内にあの時あの時代に愛された「萌え」が薄れてしまったというのは何だか寂しい事ですね。
それではまた再来週の金曜日に。

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