人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
この間は更新できなくて申し訳ありませんでした、今度からは・・・・・と言いたい所ですがここ最近色々と環境が変わりまして毎週更新する事が難しくなりました。
第四話以降からは月に二回を限度に変更するかもしれません。
ご理解のほどをよろしくお願いします。
それでは第二十録更新です。


第二十録 月明かり覆う黒い翼 十

それは咄嗟の行動による成り行きだった。

結月は逸脱者の攻撃が迫る中、放心状態で動けない鈴音に飛びかかり押し出す事によって何とか逸脱者の攻撃をかわす事に成功したが押し出された鈴音は地面に倒れ飛び付いた結月は鈴音を押し倒しているかのような体勢になってしまった。

逸脱者と戦っている最中、こんな事をしている場合ではないのだが一方の鈴音は結月の顔が間近にある事に困惑していた。

「え?・・・・・え!?」

一見すれば冷たい印象を覚える結月の顔だが良く見れば中々端正な顔立ちをしており押し倒されているという状況もあって流石の鈴音もさっきとは違う意味で動揺していた。

そんな鈴音に対して結月は冷静に言葉をかける。

「大丈夫か?鈴音」

一方の結月は冷静だった、結月にとってこの状況は成り行きでしかない、結月にとっては鈴音を押し倒している事より逸脱者との戦いに専念しているためそれ以上に深く考えていなかった。

頷いた鈴音に結月はゆっくりと立ち上がり鈴音に向かって手を伸ばす。

「立てるか?早く立たないとまた逸脱者が奇襲を仕掛けるぞ」

逸脱者との戦いの最中である事を思い出した鈴音は頷いて結月の手を取り立ち上がる。

結果的に結月に押し倒された事が強い衝撃となって先程と比べると比較的落ち着いたが、やはりいつもの鈴音らしさはなく元気がなかった。

「ごめん結月・・・・・月見ちゃんが襲われて動揺していた」

そう言葉を口にする鈴音だがそれだけではない事を結月は分かっていた。

「鈴音、それだけじゃないだろう、さっきのお前は明らかに冷静さに欠け逸脱者の戦いに集中しきれてなかった、そしてあの時と同じ怯えた表情をしていた」

逸脱者の動向を伺いながらも結月は鈴音に問いかける。

静かにけれどもしっかりとした声でそう言った結月に対して鈴音はやはり怯えた表情を浮かべる。

「あの顔は触れてほしくない過去に触れられた時にする顔だった」

鈴音のあの怯えた表情は霊夢が鈴音の大切なあの人の事について触れた時、そして鈴音が狙撃手をやめるきっかけになった大切なあの人に関係する事に智子が触れた時にしていた顔だった。

結月の話に顔を俯かせ無言になる鈴音。

「鈴音、お前の過去に何があったか俺は知らないし自分からは知ろうとは思わない」

しかしそれでも結月には鈴音に言いたい事があった。

「だが、今は過去の事よりも今の逸脱者の戦いに専念するべきではないのか?」

鈴音は言っていた、過去はどれだけ頑張っても変えられないものだと、変えられるのは今この時だけなのだ、過去の事を引きずっている場合ではない。

「もし、ここで逸脱者を逃すような事があればさらに罪のない人間が命を落とす事になり紅い悪魔にかけられた疑惑を晴らす事も出来なくなる、辛い過去や悔やみきれない過去を何かの拍子で思い出す事はある、だが俺達は変えられる今この時に専念しなければならない、そうでなければ悔やみきれない過去を増やすだけだ」

鈴音にとって辛辣な言葉かもしれない、だが今の鈴音は足手まといだった、それでも尚鈴音を立ち直らせようと結月もいつになく厳しい言葉を使った。

鈴音ならきっと大丈夫、そんな確信があったからだ。

「逸脱者は蝙蝠の大群を使って奇襲攻撃を仕掛けてくる、大怪我を負わせた俺達に復讐するためと血を飲むためだ、だが逸脱者はいつ標的を他の人間に変えてもおかしくない状態だ、好機は怒りで我を忘れて俺達を執拗に狙っている今しかない」

今の逸脱者の状況は何時逃げられてもおかしくない状況だ、大怪我を負っている上に別に人間の血であれば自分達以外でもいいからだ。

「鈴音の研ぎ澄まされた動体視力と卓越した射撃技術なら蝙蝠の大群に姿を隠す逸脱者を見つけ確実に撃ち抜けるはずだ、鈴音になら絶対に出来る」

鈴音は相変わらず俯いたままだ早くしないとまた逸脱者が奇襲攻撃を仕掛けてくるかもしれない、こうやって話している事も危険なのだ。

「・・・・・・それでも、もし過去に囚われてしまうのなら・・・・もうじき明王が戻って来る、明王の背中に乗って戦線を離脱しろ、逸脱者は俺一人で仕留める」

鈴音を守りながら戦うことは出来ない、幸い逸脱者はかなり弱っている、結月一人でも十分勝ち目はあった。

沈黙を保っていた鈴音だったが、俯く顔の口元が笑みを浮かべる。

「駄目だよ結月、結月一人だけ戦わせるわけには行かない、私は上司でありあなたの先輩なのよ、過去の事はこの後に幾らでも考えられるわ・・・・・でも逸脱者を断罪できるのは今しかない」

そう言って顔を上げた鈴音、そこにはいつもと同じ逸脱者との戦いに動じない強気の笑顔を見せる鈴音の姿があった。

「ごめんね結月!心配かけさせて、安心して、私はまだまだ戦えるよ」

その強気の笑顔を見て結月は心底安堵するのを感じていた。

そこへ月見ちゃんを安全な所へ運び終えた明王が戻ってきた。

「明王ありがとう、月見ちゃんを安全な所へ運んでくれたんだね」

感謝する鈴音に明王はガウと嬉しそうに吠えた。

「結月・・・・・・頼みがあるんだけど、あの無数の蝙蝠をほんの少しの間だけ追い払う事は出来ないかな?その瞬間に私は逸脱者に的確に命中させてみせるよ」

絶対に当てる、その決意に満ちた顔を見て結月も鈴音の要望に絶対に答えたいと思った。

「・・・・・分かった、何とかする、止めは任せた」

その言葉に鈴音は一瞬優しい笑みを浮かべるとすぐに真剣になり素早く排莢と装填を行うと撃鉄を起こし空に銃を構えた。

「明王、鈴音の期待に応えるぞ、空に大輪の花を咲かせるんだ」

ガルル!と返事した明王は体を構えて爪を地面にさして顔を無数の蝙蝠が飛び交う空に向け開いた。

目は先程よりも鮮明に光って見えた、恐らくは月見ちゃんを運んでいる途中、月見ちゃんの体内に残っていた妖力を月見ちゃんから垂れる血を舐めて取り込んだのだろう。

月見ちゃんの体内に残った妖力も取り込んだ事により妖力攻撃はより強力なものになるだろう。

明王の周囲に小さな火の玉が現れそれが明王の口の前に集まり始める、火の玉はぶつかり合い融合し大きくなっていく、小さな火の玉は次々と現れては明王の口の前にある大きな火の玉とぶつかり融合していく、次第に火の玉から炎の玉と呼べるようなものになり、ついには灼熱の玉と呼んでも良いような轟轟に燃え盛る荒々しい炎の球体が出来た。

「必殺、咲烈炎弾(さくれつえんだん)」

結月の言葉と共に明王の一度口を閉じるとその後大きく口を開け咆哮をあげる。

燃え盛る荒々しい炎の球体は無数の蝙蝠が飛び交う夜空に向かって放たれた。

炎の球体は猛然と無数の蝙蝠が飛び交う所へ飛んでいき逸脱者を遮る蝙蝠の壁に迫ったその瞬間、炎の球体は眩い光を放ち弾けた。

炎の球体の近くにいた蝙蝠は炎の球体から弾けた衝撃で吹き飛び炎の球体は無数の火の粉となって縦横無尽に散らばった。

火の粉と言ってもただの火の粉ではない、妖力の火であるため燃焼力に優れており可燃性のあるものに触れれば一瞬で発火し小さな生物くらいだったら、一瞬で灰にする事が出来ると程の力があった。

炎の球体の周辺にいた蝙蝠は八方に飛び散った無数の火の粉を浴びる事になり次々と発火し燃え上がり灰になっていく、さらに炎の球体から飛び散った大きな火の粉は飛んで行った先で弾け飛んで火の粉を拡散させる。

炎の球体は何度も弾け火の粉をまき散らしその度に小さくなり弾ける度に進路を変えながら空高く飛んでいく。

結月達から見て見ればそれは美しい花火のようなはじけ方だった。

深夜だというのに結月達のいる場所は昼間の様に明るく照らされた。

蝙蝠達は飛んでくる火の粉と焼死する仲間を見て混乱をきたし炎の球体から逃れるように散り散りに逃げていく。

十分の一程度大きさまで小さくなった炎の球体は最後の花を飾る様に空高く飛んでいた逸脱者の手前で大きく弾けた。

「!?」

瞬間的に防御姿勢を取る逸脱者、幾ら妖力で出来た火とはいえ逸脱者も妖力で変化した体、火の粉程度では体や翼に火傷を負わせる事なんて出来ない。

(距離五百m、風は西向きだが微風、正面に遮るものはなし・・・・・)

しかしそれは鈴音にとって絶好の機会だった。

引鉄に指をかける鈴音はスナイドル銃の上部に備え付けられた照門(照準)から逸脱者に狙いを定める、その時鈴音は驚くほど無口な女性へと変わる。

意識を遠く空高く飛ぶ逸脱者に集中させ雑音をかき消し心の波を静まらせると空の狩人と呼ばれた鷹の様な目で逸脱者の姿を捉えた。

バァーン!!

銃声と共に銃口から一発の銃弾が飛んでいく。

銃弾は鈴音の卓越な射撃技術と熟知された状況把握によってまるで銃弾の先端に目があるかのように逸脱者を向かって飛んでいく。

逸脱者は火の粉で防御姿勢をとっているため自分に向かって飛んでくる銃弾に気づかず防御姿勢を解いた時、逸脱者の目の前に銃弾が迫っていた。

バシュッ!銃弾は逸脱者の額に撃ち抜くとそのまま後頭部を突き抜けていった。

大事な頭部を撃たれた逸脱者は意識が遠のき落下していく、鈴音の追撃は終わらない素早く遊底を開いて空薬莢を排出し薬室に金属薬莢を詰めて閉め撃鉄を起こし素早く狙いを定め発砲する。

この間僅か六秒くらいだが、決して慌てて撃った訳ではなく全てを考慮し逸脱者の落下速度と位置を計算に入れ射撃をしているのだ。

放たれる銃弾は離れた距離にいる逸脱者に次々と命中し体を穴だらけにしていく。

頭部を含め六発ほど銃弾を撃ち込んだ所で逸脱者は地面に墜落し土埃をあげた。

それを見ていた空を埋め尽くすような蝙蝠は主が死んだと思い込んだのか鳴き声をあげながら四方八方逃げていった。

それと同時に鈴音は銃の構えをやめ一息つく、そこにはいつもの鈴音の姿があった。

決して遠距離向きとはいないスナイドル銃、幾ら改良されているとはいえ有効射程は五百mギリギリな銃で見事逸脱者を撃ち抜き落下している時も五発もの銃弾を体に命中させたのだ。

やろうとして出来る事ではない、熟練した射撃技術と天賦の素質の賜物であり結月には再現不可能な領域だった。

(これが・・・・・・鈴音の才能か)

結月は鈴音の事を上司として先輩として認めていたが、やはり鈴音は一流の逸脱審問官だと実感する。

「流石は狙撃手をしていただけの事はあるな、どれだけ努力しようとも俺には到底できない、一流の逸脱審問官の名に相応しい」

しかし鈴音は結月の方を向くと静かに首を横に振る。

「ううん、まだまだだよ、私なんて・・・・・・結月がいなければ私はあの時逸脱者に殺されていた、私の目を結月が覚ましてくれた、もうこんな失敗は二度としない、結月の上司として恥じないよう努力しないと」

そう答える鈴音だがその顔は優しい笑みが浮かんでいた。

「ああ、そうだな・・・・・・・鈴音先輩、逸脱者の生死を確認しに行くぞ」

うん!と、しっかりとした声で頷いた鈴音は結月と明王と共に逸脱者の落下地点に急いだ。

逸脱者が落下したであろう周辺には土埃が舞っていて良く見えないが逸脱者に大きな動きはないのは事実だった。

逸脱者の目の前までやってきた頃には土煙は収まっておりそこには地面に血が流れ逸脱者は自分の血で浸りながらもまだ息のある逸脱者の姿があった。

「ぐああ・・・・はあ・・・・」

度重なる怪我でもう虫の息ではあるが生きている事に結月も鈴音も驚いていた。

「しぶといわね、逸脱者・・・・・・・それとも、今のあなたは今の落下で死ねなかった事を悔やんでいるのかしら?」

しかし鈴音はまだ息のある逸脱者に動じない、逸脱者の顔を見下ろしながらそう皮肉った。

逸脱者に反論の言葉はなくただ息絶え絶えに呼吸しているがその目は恐怖で踊っていた。

「そうよね、死ねなかったばかりにもっと痛い思いをしなければならない、もしかして死にきれなかったのはあなたが犯した罪の重すぎたせいなのかもしれないわね」

返事はないが逸脱者が鈴音に対して恐怖している事は目を見る限り分かっていた。

目は口程に物を言うということわざはどうやら本当のようだ。

「幾ら逃げようとしても無駄よ、逸脱者、何処へ行こうとも私の目から逃れる事は出来ない、あなたの体から一滴残らず全ての血を抜いてあげるわ」

鈴音はそう言って片手で逸脱者に向けて銃口を向ける。

向けられた銃口、絞られる引鉄、逸脱者の恐怖は死への恐怖は最高潮を迎えた。

「ゔ、ゔわあああああっっ!!!」

火事場の馬鹿力で翼を必死に振り回した逸脱者、結月達が距離をとった隙に空へと飛び立ち逃げようとする。

さっきまでとは違いフラフラと力なく飛ぶ逸脱者、必死に死の恐怖から逃れようとする逸脱者の姿はあの時、自分が殺した猟師の男と似通っておりそれは狩る側から狩られる側になった事を示していた。

まさに自業自得であった、逸脱者の運命は既に決まっていた。

「鈴音先輩、逸脱者に死の報いを」

任せて、と答え鈴音は逸脱者に銃を構える。

今にも落ちそうな飛び方をしている逸脱者など鈴音の敵ではない、既に照門に逸脱者を捉えに引鉄指をかけ発砲しようとした。

その時だった、結月が後ろから何か人間のものではない複数人の気配を感じたのは。

結月が振り返るとそこにはあの時と同じメイド服に身を包む咲夜の姿と十歳も満たないような姿だが一人は背中に蝙蝠の様な翼、もう一人は背中に七色の結晶のような羽を持つ異形の翼が生えており、ただならぬ雰囲気を漂う人間の幼女のような姿をする明らかに人間ではなさそうな二人の者が立っていた。

結月はすぐに目の前にいる、背中に異なる翼を生やした幼女の様な姿をする二人があの紅い悪魔と紅い悪魔の妹である事をすぐに理解した。

「!」

驚く結月に対して咲夜は大丈夫です、と言っているかのようにニコッと笑う。

一方の鈴音は逸脱者に集中しきって咲夜と幼女のような姿をする二人に気づいていない。

そんな鈴音の姿を見て紅い悪魔はフッと微笑むと左手に持っていた細かい装飾がされた槍に紅い悪魔の魔力を纏い包み何倍もの大きさの槍状になった。

「鈴音、悪いけどあの人妖、譲ってもらうわよ」

名前を呼ばれ鈴音は目を見開き驚いたような顔で恐る恐る振り向く。

そして紅い悪魔と目を合わせた時、鈴音は銃を降ろした。

それと同時に紅い悪魔は遠くに見える逸脱者に目を向けると紅い魔力を纏った槍を構えた。

憎悪でもなく快楽でもない底の見えない瞳から一瞬、ほんの一瞬殺意が垣間見えた。

しかしその一瞬の殺意は結月や鈴音だけでなく妖怪である明王すら怖気づいてしまうような恐怖が込み上げる程だった。

「宿命を位置付ける神の裁きに等しき槍(スピア・ザ・グングニル)」

小さくそう呟いた紅い悪魔は大きく振り被り紅い魔力を纏った槍を逸脱者に向けて勢いよく投げた。

耳を塞ぎたくなるような轟音と共に大地が揺れ強風が吹き荒れる。

結月と鈴音は紅い悪魔の力に圧倒されながらも紅い魔力を纏った槍の方を見た。

山なりを描くはずの槍は恐ろしく真っ直ぐ飛んでいき、逸脱者との距離を詰めていく。

逸脱者が後ろから恐ろしい殺気に振り返り紅い魔力を纏った槍が自分に向かって飛んでくるのを見て翼を必死に羽ばたかせるが全てが無駄なのは誰の目から見ても分かった。

紅い魔力を纏った槍は逸脱者の後方に突き刺さりそのまま体を貫いて穂先が逸脱者の口から飛び出す。

「がっ・・・・・・」

逸脱者は人間には聞こえないような小さく虚しい断末魔と共に絶命した。

しかしその虚しさが感じられる程の断末魔を吸血鬼である紅い悪魔は聞き取っていた。

そしてチラリと後ろにいるフランを見てこう言った。

「さあ次はあなたの番よ、フラン」

分かったわと呟きフランの目は純粋な破壊と快楽に満ち溢れた赤く怪しい光を放ち見開かれる。

世界の時間が恐ろしくゆっくりとなり自分以外の存在が動かぬ者となる。

別にフランは時間を操ったのではない、自分の中に流れる時間の感覚を研ぎ澄まし一秒を百秒単位に変えたのだ。

驚異的な身体能力を持つ吸血鬼にとって感じる時間すら早くする事も遅くする事も出来た。

その上で驚異的な速度で動く事により時間の感覚がゆっくりになった世界でも普通に動く事が出来た。

フランの目は赤くは光ってはいるが一秒が百秒の世界は白と黒、その間の灰色の世界で染まっておりフランにとって退屈な世界だった、そう破壊に戯れる時以外は。

「本当は私が止めを刺したかったのにな~」

そう呟きつつもフランは辺りを見渡す、彼女の目には白黒と灰色の以外にも赤黒い目の形をした模様が様々な物、生き物、物質に至るまで一つずつ見えた。

それを見てニンマリと嬉しそうに笑う彼女だったが結月の方を見るなり怪訝な顔をした。

「・・・・・・ふうん、この男の人には目がないんだね~、珍しいなぁ」

それは目がないという事は彼女にとって『あれ』が出来ない存在という事であり好きではなかった。

しかしフランの興味は目的である逸脱者の方に向けられる、遠く宙に浮かぶ逸脱者の体には様々な個所に目の模様が浮かんでいた。

フランは右手の手のひら開くと遠く逸脱者の体に浮かんでいた目の模様が吸い取られるように集まった。

フランの手のひらに逸脱者の体に合った目の様な模様が集まった所で彼女は子供の様な笑顔を浮かべる、しかしその笑顔は純粋ながらも狂気が感じられるようなそんな笑顔だった。

どれだけこの時を楽しみにしていたか、そう言っているかのような顔だった。

「ギュッっとして・・・・・」

フランは手のひらをゆっくりと閉じていく、彼女が最も楽しみにしていた時が来た。

「ドッカーン!」

その言葉と共に彼女は手の平にあった目を強く握りつぶした

その瞬間、時間は早送りし再び人間と同じくらいの時間感覚に戻る。

それと同時に逸脱者の体や翼が急激に膨張したかと思うと凄まじい爆音をたて爆発した。

その光景を茫然と見つめる鈴音と結月と明王。

結月達からしてみれば真っ直ぐ飛んで行った紅い魔力を纏った槍が逸脱者の体を貫いたと同時に膨張し爆発したのだ、例え逸脱審問官でも呆気にとられるのは仕方のない事だった。

(これが吸血鬼の力・・・・か)

幻想郷の均衡を担っている吸血鬼の力、その片鱗を目の当たりにした結月は吸血鬼の偉大さと共に人間のひ弱さを実感する。

恐らく逸脱者を一撃で仕留めたあの力すら彼女からしてみれば本気とは程遠いものだろう。

そう考えるとこれほどの力を持つ吸血鬼を前にちっぽけな存在である人間など勝てる見込みなどないと思えてならない。

人間である霊夢や魔理沙が紅い悪魔に勝てたのは「弾幕勝負」という定められた規定上での戦いだったからこそであろう、もし本気で戦えば霊夢はともかく魔理沙はものの数秒で命を落としていただろう。

もし彼女達が先に逸脱者と出会っていたら戦いは起こらなかっただろう、何故なら一瞬で逸脱者は姿形すら残らない程消し飛んでしまっていたからである。

自分達が命を賭けて必死に戦っていた逸脱者を相手だとしてもだ。

紅い悪魔は逸脱者が爆発四散するのを見届けた後、鈴音の方を見る。

「久しぶりね鈴音、こうして顔を会わせるのは一年振りくらいかしら」

咲夜と友人であった鈴音だがどうやら紅い悪魔とも顔見知りのようだった。

しかも紅い悪魔から鈴音は顔見知りどころか友人のような扱いを受けていた。

「れ・・・・レミリア・スカーレット様?それにフランドール・スカーレット様まで・・・・・どうしてここに?」

鈴音は信じられないという様子で紅い悪魔とその妹を見てそう言った。

レミリア・スカーレットそれが紅い悪魔の本名であり、スカーレットは彼女達の名字であった。

そうレミリア・スカーレットと呼ばれた彼女こそ幻想郷でも指折りの実力者で幻想郷の均衡の一つを担っている存在でありかつて紅霧異変を起こした張本人として人々から『紅い悪魔』と呼ばれ恐れられている吸血鬼であった。

体格と見た目年齢はレミリアとフラン共に十歳も満たない幼女のような可愛らしい姿をしているがレミリアの方には背中には蝙蝠の様な大きな翼が生えており翼の大きさは身長よりも高く全体的に見れば実際よりもかなり大きく感じられた。

一方のフランには背中に七色をした結晶が羽代わりについた不思議な翼が生えており見た目からはレミリアと比べ吸血鬼感は薄いが彼女から滲み出る並々ならぬオーラは絶大な力を持つ吸血鬼のオーラそのものだった。

レミリアの顔は幼げなやはり十歳も満たないような子供の様な顔立ちをしているが口元に不敵な笑みを浮かべる様は決して十歳の幼女とは思えない積み重ねた時間が感じられた。

フランの顔はレミリアと比べさらに幼さが増し可愛らしい顔立ちをしているが何処かその顔に不安を覚えるのはその笑みに隠された狂気を無意識に感じ取り本能が危険信号を鳴らしているからなのだろう。

レミリアの髪色は青色と水色の中間の様な色をしておりふんわりとしたウェーブのかかった髪が肩まで伸びているのに対してフランは金髪で左側の髪だけ結っており全体の髪の長さはレミリアと同じ肩しかないのに結ってある左髪だけは胸辺りまで伸びていた。

そしてレミリアもフランも頭の上にはふわふわとした帽子を被っており鮮やかな赤色のリボンが結んであったがレミリアの帽子が赤色寄りの桃色でフランの帽子は白色だった。

レミリアの服は帽子と同じ赤色寄りの桃色の半袖の西洋の雰囲気漂うドレスを着ており胸元には大きなエメラルドが装飾されていた。

フランの着る服は優雅で気品のあるドレスを着ていたレミリアとは反してお洒落で可愛らしく赤と白をベースにした色合いに胸元にリボンが結んである半袖の服を着て細かい可愛らしい施しがされた赤色のミニスカートをはいており姉と比べ華奢な足が露出していた。

しかし互いの服の腰回りには大きなリボンが結んであり服の各所にもリボンが装飾されていた。

レミリアもフランも見た目こそ可愛らしい姿をしているが幻想郷の均衡を担う吸血鬼に相応しい風格と実力を持っているのは確かだった。

「何畏まっているのよ、私の事はレミリア、フランの事はフランと呼んで良いとあの時言ったはずよ、勿論忘れた訳じゃないわよね?」

約一年振りの再開括衝撃的な登場で驚いている鈴音にレミリアはリラックスするよう促す。

「あ・・・・・ごめんレミリアさん、でもどうしてここにあなたが?」

鈴音の意見はごもっともだった、何故ここにレミリア・・・・・もとい紅い悪魔とその妹がいるのか、逸脱者は自分達が倒すと言った以上、彼女達に出る幕はないはずなのだが・・・・。

「そうね・・・・・あなた達逸脱審問官に全部任せても別に良かったんだけど、人妖が私達吸血鬼の面子を侮辱した手前、せめて最後だけでも人妖に侮辱した報いを受けさせないと吸血鬼の面目が立たないのよね、悪かったわね、止めを譲ってもらって」

止めを譲ったというよりは横取りされたと言った方が近いだろう。

だが相手は誇り高き吸血鬼、例え友人扱いの鈴音であっても自分優先なようだ。

止めを横取りされたのは逸脱審問官として悔やむべき事だがどのみち幻想郷から逸脱者はいなくなり幻想郷の秩序が保たれたのだ。

それに絶大な力を持つ吸血鬼に反論なんて出来なかった。

「ううん、それは別に大丈夫・・・・・それよりもフランちゃんを外に連れ出しても大丈夫なの?」

心配そうに鈴音がそう聞いたのも無理もない、彼女の記憶にあるフランは怖い思い出として刻み付けられているからだ。

姉であるレミリアもまたフランを警戒しており紅魔館の内部が魔法で複雑な構造をしているのはフランを外に出さないためでもあった。

「フランも昔と比べたらこれでも結構大人しくなった方だしフランも人妖に報いを受けさせたいって珍しく吸血鬼らしい事を言っていたし、フランにも吸血鬼として手伝ってもらったのよ、それに一応私も傍にいるし万が一の場合でも大丈夫かなという想定の上でね」

そう語るレミリアにフランと呼ばれた妹はさらに不機嫌そうな顔をする。

「相変わらず酷いお姉様だわ、もう昔の様に闇雲に破壊を楽しんだりはしないわ、壊してしまうより脅して驚かせて怯える姿を見ている方が幾らでも楽しめる事に気づいたからね」

平然とそう答えるフランに結月はフランが一体どういう吸血鬼なのか何となく分かり恐怖が込み上げてくるのを感じた。

それと同時にレミリアが何故フランを紅魔館の外に出さなかったかも良く分かった。

(恐らくフランの価値観は万物に存在する物は全て分け隔てなく同じなのだろう)

彼女にとって虫を潰すのも物を壊すのも人間を殺すのも全て同じなのだ、純粋に破壊を楽しむ彼女には幾ら殺そうとも壊したと同意義で罪の意識など微塵も感じないのだろう。

少なくとも昔の彼女はそうだったに違いない、今は自分で自制をしているらしいが壊す事に対して快楽を感じるのは今も変わらないようだ。

「なるほど・・・・・流石は紅霧異変を起こした紅い悪魔とその妹だけの事はあるな」

そう言った結月に対してレミリアは結月の方を向いた。

「そういうあなたは鈴音の部下になった新しい逸脱審問官の平塚結月なのかしら?あなたの事は咲夜から大体聞いているわ」

どうやら咲夜から大体の事は聞いているようだった、確かに咲夜には自己紹介したので咲夜がレミリアに報告したのなら自分の事を知っていてもなんらおかしくない。

「私の事は紅い悪魔という名である程度は知っているとは思うけど改めて自己紹介をするわ、私の名前はレミリア・スカーレットよ、霧の湖の岬に建つ紅魔館の当主を務めている代々続く誇り高き吸血鬼の末裔よ、よく覚えておきなさい」

レミリアは堂々とした王者の様な口調でそう言った。

「咲夜から鈴音に部下が出来たと聞いてどんな人物かと思っていたけど・・・・・・」

結月をじっと見つめるレミリア、結月がどのような男かを見定めている様な目だった。

「中々良い素質を持った人間ね、本当に逸脱審問官になって間もないのかしら?随分と肝が据わって見えるわ、私達吸血鬼を前にしてもあまり緊張も動揺もしている様子はないし、さっきのこっそり物陰からあなた達の戦いを見ていたけど戦い方といい戦術といいまるで何十体も人妖を討伐してきたような熟練された狩人のような動きだったわ」

そう結月を評価するレミリアだが結月は吸血鬼を前に全く緊張してなかった訳ではないが緊張している事を悟られぬよう平常心を装っていた。

「お褒めに頂き嬉しい限りだがそれは少し買い被りすぎだ、まだまだ俺は実力も経験も一流の逸脱審問官には程遠い、もっと鍛練と経験を積んで強くならなくてはいけない」

謙虚な対応する結月、レミリアはそんな結月に感心していた。

「驚いたわ、私が思っている以上に良く出来た人間のようね、鈴音も大変な部下を任せられたわね、少しでも怠けていると上司の名が名ばかりになりかねないわよ」

が、頑張りますと答えた鈴音、しかし別に鈴音は上司としての立場にこだわりはない、せめて結月の足手纏いにはならないようにはしたいという思いからでた言葉だった。

「お姉様、随分と人間に寛容になられましたわね、人間と対等に接するなんて誇り高き吸血鬼の名が泣いているわ」

紳士的(?)なレミリアに対してフランは違うようだった、フランは結月の方を見る。

「お姉様はあなたの事一目置いているようだけど私はあなたの事あんまり好きじゃないなぁ、吸血鬼を前にしてもあんまり怯えないし、なにより目がないもん」

その言葉にレミリアと咲夜、鈴音までも驚いた顔をしている。

目?フランに言葉に結月は困惑する。

「どういう意味なんだ?ちゃんと顔に二つ付いているぞ」

その言葉にレミリアはクスリと笑っていた。

意味が分からない結月に対して傲慢な態度をとっていたフランもポカンとした表情を浮かべた後、無邪気な笑顔を見せた。

「あははっ!お兄さん、面白い事を言うねぇ、でも私の言っている目は顔に付いた目じゃないんだよね~」

何処か結月を馬鹿にしているような喋り方をするフラン、まあフランは吸血鬼で結月は人間なので人間を遥かに凌駕する吸血鬼が人間を見下していてもおかしくはないのだが。

首を傾げる結月にレミリアが説明をする。

「フランは万物全ての物を壊す事が出来る程度の能力を持っているのよ、彼女の眼には全ての物質に目というその物質の概念と呼べるものが見えてそれを自分の手に吸い寄せて握りつぶす事で潰された目の物質は爆発するのよ、ただあくまでそれはフランの眼で見える範囲の目だけの話よ、目の中にはフランの眼にも見えない目も存在するのよ、見る事が出来ない目は握り潰す事が出来ない、つまり能力が適用されないって訳よ」

ああ、なるほどと納得する結月、それと同時に何故フランが自分をあまり好きじゃないと言ったのか分かった、壊す事に楽しさを覚える彼女にとって自分の能力では壊せないという事だからだ。

「お兄さん単純だねぇ・・・・・でも気に入ったわ、壊せないのは残念だけどそこら辺にいる人間よりかは見所あるし紅魔館に遊びに来たら一緒に遊んであげるわ、鈴音と一緒にね」

フランのその言葉にビクッとなる鈴音、確かにフランの遊ぶは普通の遊ぶとは思えないが。

「せめて物が壊れないような遊びをしなさい、フラン」

レミリアにそう釘を打たれたフランは明らかに嫌そうな顔をする。

者を壊す事が前提でそう言われた事が嫌だったのか、それとも壊す遊びが出来なくて嫌だったのか、どちらなのか分からなかった。

「全く・・・・・それにしても鈴音、あなたも随分と会わない内に変わったようね」

レミリアから出た言葉にえっ?と答えた鈴音。

レミリアは少しほんの少しだが優しげな微笑みを浮かべる。

「たった一年で鈴音も見違えるような成長を遂げたようね、以前のあなたとは大違いね」

レミリアにとって著しい鈴音の考え深いもののようだ。

「えっ!そうかな?私はあの頃とあまり変わってない気がするんだけど・・・・」

一方の鈴音にはその実感がないようだ。

「変わったわよ、咲夜からあなたの話を聞いた時から、私はそれが本当に鈴音なのか疑ったくらいだわ、まあ従者である咲夜の話だから素直に信じたけど、さっきの戦っていた時もあの頃と比べると戦い方は変わっていたけどあの頃とは比べ物にならない程機敏になっていたわ、途中調子を崩していた時もあったけどまた本調子に戻って人妖をあと一歩まで追い詰めていた、どれもこれも私が知っている頃のあなたには出来ない事ばかりだわ」

レミリアにべた褒めされ少し恥ずかしそうな様子で謙遜する鈴音。

だが結月もまたその称賛が決して過大評価ではない事を知っていた。

「私達吸血鬼にとって一年なんて瞬きの様な時間だけど、鈴音はこの一年間の間で人妖との戦いを経て肉体も技術も精神も驚くほど成長したようね、本当に私が過ごした一年とあなたが過ごした一年が同じ長さだったのか疑うくらいね」

レミリアにとって人間とは強い者もいるがそれでも脆い生き物だという認識がある中で逸脱審問官は例外中の例外に入る部類だった。

「あなたの著しい成長を見ていると吸血鬼と人間は生きる時間こそ違えど成長する速度は同じなようにも思えてくるわ」

それと同時に逸脱審問官の存在はレミリアの中の吸血鬼という誇り高い優れた種族の価値観を揺るがす存在でもあった。

「流石にそれは言い過ぎだよ、確かにレミリアさんと最後に会った時の私と比べたら成長したかもしれないけどそれほどは変わってないよ」

結月も流石にそれは言い過ぎではないかと思ってしまうがレミリアは別に冗談で言った訳では無さそうだ。

「じゃあ鈴音?この一年間で私を見て何か変わった所を挙げられるかしら?」

え?と声が出た鈴音、その顔には焦りが見えた。

「そ、そりゃレミリアさんもあの頃と比べたらさ・・・・・うん・・・・その・・・・」

言葉がすぐに出ない所を見るに今いるレミリアと鈴音の記憶の中にいる一年前のレミリアはあまり変わらないと察しがつく。

「そんな必死になって探さなくてもいいわよ、良く見ないと分からないという事はあまり変わってないと同然じゃない?その点私は一目あなたを見ただけで変わった事を確信したわよ」

どうやらレミリアの方が何枚も上手なようだ、見た目こそ子供の様な姿をしているが精神も知性も人間の大人並、否それ以上に思えた、その上誇り高き吸血鬼なのに自虐同然の事までして見せた、流石は何百年も生きる吸血鬼と言った所か。

「ご、ごめん・・・・・・でもレミリアさんも成長したと思うよ、多分ね」

レミリアの変わった所を挙げられなかった鈴音は申し訳なさそうにそう言った。

「・・・・・前言撤回、どれだけ明るく振る舞ってもそういう所はあまり変わってないわね」

しかしレミリアは別にがっかりした訳ではなく何だか懐かしんでいる様子だった。

鈴音も最初こそ緊張していた様子だがすぐに打ち解けて友人の様にレミリアと接していた。

結月は一体鈴音がどのようにしてレミリアとここまでの仲になったのか、不思議で仕方がなかった。

「さて、そろそろあなた達の仲間が先程の蝙蝠の騒ぎを嗅ぎつけてやって来る頃かしら?」

数え切れない程の蝙蝠が一か所に集まるという事はその先に逸脱者がいる可能性があるという事である、恐らく他の場所で逸脱者を待ち構えていた逸脱審問官もこちらに向かっている事だろう。

「鈴音、結月、私達吸血鬼に着せられた濡れ衣を晴らすため戦ってくれて感謝するわ、人妖がいなくなった事で幻想郷の秩序も保たれ私達にかけられた疑いも晴れると思うわ」

あっ!と大きい声をあげる鈴音、そして深刻そうな顔をしていた。

「どうしよう・・・・・・このままだとレミリアさんにかけられた疑いを晴らせないよ、逸脱者がいなくなったから人間が襲われる事はなくなったけど確証性のある証拠がないとレミリアさんが犯人でない事を他の人間に証明できないよ、レミリアさんの疑いを晴らすためには逸脱者の死骸が必要だったのにレミリアさんとフランちゃんが跡形もなく吹き飛ばしたから証明するための証拠がなくなっちゃった・・・・・・」

その言葉聞いて結月も事の重大さに気づきどうすればいいか考え込む、まずい事になった鈴音と結月に対して疑われている張本人であるレミリアは心配もしていない様子だった。

「あら、それは心配ないわよ、鈴音、結月、特に鈴音、私の能力を忘れたのかしら?」

その言葉に鈴音は何故今それを?と言っているかのような顔をする。

「知っているわよ・・・・・でもそれが今どういう関係が・・・・・」

後ろでずっと見守っていた咲夜は何かに気づき夜空を見上げるとレミリアの意図に気づく。

「それが大ありですわ、鈴音さん、お嬢様の能力は運命を操る程度の能力、といってもお嬢様の思い通りに運命を操れるのではなく正確にはお嬢様の御姿を見た者、声をかけられた者は皆さん数奇な運命を辿ってしまいます、効果は人それぞれですが大なり小なり必ずといっていいほど本当なら絶対に起きないような出来事に遭遇しますわ」

運命操る、咲夜の時間を止める能力やフランの万物を破壊する能力と比べたらすぐにはピンとこない能力ではあるがこれから歩むはずだった人生が大きく変わってしまう可能性があると考えると物凄い能力と言えた。

「そして運命というのは意志の強さで変わるもの、弱い意志を運命は翻弄するけど、強い意志は運命を望んでいる方向へ変えてしまうの、私と出会って話をしたあなた達の運命は大きく変わったわ、でもあなた達の中にある強い意志は運命をあなた達が望んだ方向へと変えたはずよ、それはすぐに証明されると思うわ」

そう言葉をレミリアが述べた時、鈴音達の耳に奇妙な音が聞こえた、何かが回転する様な音だった。

明王が空を見上げ吠え結月と鈴音が後ろを振り返ったその瞬間だった。

ズシャーン!と何か金属の棒状な物が落ちてきて地面に突き刺さった。

それはレミリアが先程逸脱者に向かって投げた槍であり天を向く穂先の部分には逸脱者の頭が突き刺さっており口から血濡れた鈍い銀色の光を放つ鋭く尖った穂先の先端が見えた。

「ほらね、言った通りでしょ?」

茫然と立ち尽くす結月と鈴音に対してレミリアは平然とした様子でそう言った。

幾多の数奇な運命を見てきたレミリアにとってこの程度の事など珍しい事ではなかった。

(今だけではなくこれから起こる事にも干渉してしまうとは・・・・末恐ろしい能力だな)

だが幻想郷の均衡を担う吸血鬼に相応しい能力ともいえた。

「さて、用事も済んだ事だし私達はもう帰らせてもらうわ、そろそろあなた達の仲間がこっちに向かってくる頃だしね」

レミリアは別の場所で待機していた他の逸脱審問官がここへやってくる前に帰るつもりのようだ。

「え~、もう帰るの?もう少し遊んでいこうよ~」

せっかく外に出られたのに帰ろうとする事に不満を漏らすフラン。

「フラン、私達の目的は吸血鬼の名を汚した人妖に報いを受けさせるためであって遊びに来た訳じゃないのよ、そんなに遊んでほしいなら後で遊んであげるわ、弾幕勝負でね」

本当に?と目を輝かせて聞き直したフランにレミリアはもちろんと答えた。

「今夜は満月で気分が良いしたまにはフランの息抜きにも付き合ってあげないとね、全力で掛かってきなさい、私も全力で遊んであげるわ」

わ~い、と子供の様に喜ぶフラン、さっきまでレミリアの事を馬鹿にしていたのに喜んでいる所を見ると一応レミリアの強い事は認めているようだ。

「それじゃまたね、鈴音、結月、たまには紅魔館に遊びに来なさい、歓迎してあげるわ」

そう言ってレミリアはふわっと宙に浮きあがる。

「じゃあね~、また紅魔館に遊びに来たらお兄さんも加えて鬼ごっこしようね~」

レミリアに続くように宙を浮いて笑顔でそう言ったフランに対して鈴音は顔を引きつらせる、余程恐ろしい鬼ごっこだったのだろう。

「鬼ごっこは駄目よ、物が壊れないような遊びにしなさい」

え~っと不満そうな声を出しながらフランはレミリアと共に紅魔館へ向けて飛んでいく。

「私もこれで失礼いたしますわ、私からもお嬢様の濡れ衣を晴らしていただき感謝しますわ」

それでは、と言って咲夜は綺麗なお辞儀をすると彼女もまたレミリアの後を追うように宙を浮き静かになった夜空を飛んで行った。

咲夜もまた霊夢や魔理沙の様に人間でありながら空が飛べる人間である、空を飛び去っていく咲夜の後ろ姿を見ながら結月は何故、彼女達は翼がなくても空が飛べるのに自分を含め他の人間は空が飛ぶことが出来ないだろうとつくづく思ってしまう。

「さっ!結月、逸脱者の処理は件頭に任せて、私達は怪我をした月見ちゃんを保護した後、本拠に戻りましょう、逸脱者の断罪に失敗した事を鼎様に報告しないとね」

逸脱審問官の目的は人間から外れ罪を犯した逸脱者を人間が責任を持って断罪する事であり、逸脱者の止めをレミリアとフランにとられた以上、事情はどうであれ断罪に失敗したという事になる。

「そうだな・・・・・・そろそろ他の逸脱審問官や騒ぎを聞いて件頭もやって来る頃だ、ここは件頭に任せて他の逸脱審問官と一緒に帰ろう」

鈴音は月見ちゃんを避難させた明王について月見ちゃんの所へ向かう。

そんな明王と鈴音の後ろ姿を見つめる結月だがふと一つ気掛かりな事を思い出す。

それは鈴音の調子を崩れたあの時の事だった。

(逸脱者に襲われた月見ちゃんを助けようと鈴音が銃を構えた時に思い出したくないあの時の出来事を思い出してしまった・・・・・つまりそれはあの状況とあの時の出来事は似た様な状況だったという事だ、それはつまり・・・・・)

しかしそこまで行きついた所で結月は考えるのをやめた。

「いや・・・・・・鈴音が語ると言った以上、これ以上探るのはよそう」

考えればおおよその真相に辿り着くだろう、しかしあの時に何が起きたのかは鈴音の口から語ってもらうまでは待つと決めたのだ。

鈴音が自分の過去を語る時は辛い過去を完全に乗り越える時であり鈴音の手で過去の事を乗り越えさせるために結月は気長に見守りながら待つ事と決意したのだ。

結月がそう考えていると他の場所で待機していた仲間の逸脱審問官が向かってきていた。

「これでまた静かな夜が戻って来る」

最後にそう呟くと結月は向かってくる仲間の逸脱審問官に向けて大きく手を振った。

騒がしかった夜は終わりいつもと変わらない静寂の夜が訪れていた。




第二十録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?さて皆様は日々の生活をどんな気持ちでお過ごしでしょうか?
毎日楽しいという人もいれば毎日辛くて大変だという人もいるかもしれません、中には毎日の生活に無意味さを覚えてしまう人もいるかもしれません。
ただどんな日々であれその日々は誰かが送りたかった日々なのかもしれないと常々考えてしまいます。
突然の急病で亡くなってしまう人、飛び出した車に轢かれて亡くなってしまう人、上から落ちてきたものに頭をぶつけて亡くなってしまう人、世の中には生きたかったのに生きる事が出来なかった人たちがいます。
世界を見ても戦火に巻き込まれて亡くなる人、飢えと渇きを覚えながら亡くなる人、猛獣に襲われて亡くなる人、視野を広げれば広げる程、辛く見るに堪えない惨状が広がっています。
例え何気なく過ごした一日でもきっとそれは誰かにとっては喉から手が出るほど欲しかった一日なのです。
だからこそ、何気ない一日だとしても生きていた事に感謝して悔いのない日々を送らなければいけません。
辛い日々もあるかもしれません、それでも生きているなら救いはあります。
私自身もまた暗い未来を見つめて生きている事に対して無意味さや苦しみを覚えましたが今は日々の生活に感謝しながらそれなりに楽しく生きています。
足のない人を見るまで私は靴がない事を嘆いていました。
古い文明の諺、自分より下な人間を捜すのは良くない事かもしれません、ですが自分は一番不幸な人間だと思う時は自分と同じ位、自分よりも悲惨な人間もいるんだ、こんな事でめげてたまるかという気持ちで頑張って生きて欲しいです。
それではまた金曜日に。

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