人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

16 / 34
こんばんは、レア・ラスベガスです。
雪って細かい小さな氷の結晶ですが振り続ければ降り積もり除雪をしなければいけない程降り積もります、これって努力に似ていませんか?空から落ちてくる雪を見ながらふとそんな事を考えていました。
それでは第十六録更新です。


第十六録 月明かり覆う黒い翼 六

夜が更けて月が空に高く上がる頃、いつもだと静寂に包まれているはずの夜は空を飛び回る蝙蝠の鳴き声が至る所で響いていた。

村や集落は夜空を飛び回る蝙蝠に怯え家に引き籠り、いつもだと大人達の夜遊びで明かりが灯る人間の里も夜人間が出歩かないため何処の飲み屋も休業して暗く静まり返っていた。

幻想郷の夜は今、飛び回る蝙蝠達に支配されつつあった。

こんな夜に外に出掛けている人間など本当ならいないはずなのだが運悪く夜に世界に取り残された者もいる。

とある山中、人気のない山道を歩く二人組の男達も夜の世界に取り残された者達であった。

「おい・・・・・ちゃんと着いてきているか?」

前を歩く男が後ろを振り向き連れの仲間を確認する。

「ああ、大丈夫だ・・・・・だがもう足が棒のようだ」

後ろの男はしっかりと前の男の後を着いてきていたが足に疲れが溜まっているのか時折膝に手を置いていた。

「そうか・・・・・だが足を休ませている暇はないぞ、もう既に日が落ちて月もあんなに高く上がっている・・・・・・」

夜、それは妖怪達の活動時間だ、お腹を空かせた妖怪に出会おうものなら命はない、妖怪があまり人間を襲わなくなったとはいえ、それでも人間にとって夜は危険な時間帯だ。

しかし彼等には今、妖怪に出会うよりも恐れている事があった。

前の男が空を見上げる、木々の枝や葉に遮られ夜空は良く見えないがそれでも一・二匹蝙蝠の影がチラついていた。

「今日も蝙蝠が飛び回っているな、心なしか昨日よりも増えている様な気がする」

空を蝙蝠の大群が飛び回り始めた夜から連日のように外に出掛けた人が行方知らずになっている事を彼等も知っていた、妖怪が人間を襲う事がめったになくなった今日、毎日にように出る行方不明者は夜で歩く人達にとって恐怖の何物でもなかった。

「くそっ・・・・・・俺が良い獲物が取れないからって夕方まで粘らなければこんな事にはならなかった・・・・」

前の男はそう言って悔やんでいた。

この男達は猟師で動物を狩ってその動物の肉食べて剥いだ動物の皮を加工して売って生活をしており今日も獲物を求めて山奥に来たのだが中々狙いの獲物が見つからず手ぶらで帰る訳にはいかないと粘ってしまい日が傾いている事に気づいた男達は帰路に急いだのだが結局日が落ちてしまい夜の世界に取り残されてしまったのだ。

「止せよ、俺も獲物が取れないからって一緒に粘ってしまった俺にも責任がある、そう自分を責めるな」

後ろの男も今日は中々狙いの獲物を見つけられず前の男と一緒に粘ってしまった分、責める事が出来なかった。

「悪いな・・・・・だがもうここまでくれば集落まで後もう少しだ、急ぐぞ」

そう言って山道を歩く男達、しかし次第に後ろの男の歩く速度が遅くなる。

そして生い茂る木々の山道の出口、切り開かれた急な傾斜の山肌に作られた道の手前にある大きな岩陰の所で後ろの男が座り込んだ。

「何をしているんだ・・・・・集落は目の前だぞ」

もう集落までは十分とかからない場所まで来たが男の足は疲労で腫れていた。

「悪い、ちょっと休ませてくれ、お前は先に集落に帰れ、俺も少し休んだら行くから」

そう言う男だが妖怪が活動している上に空には蝙蝠が飛び回る夜に一人にさせるなど出来るはずがなかった。

「こんな所で休んでいたら妖怪に見つかるぞ・・・・・気力を振り絞って歩けないのか?」

しかし座り込む男は首を横に振る。

「そう思って歩いていたんだがこれ以上は歩けない・・・・・十分だけ休んだら歩けるようになるはずだから気にせずお前は集落に帰れ、俺は大丈夫だから」

十分もこんな人気のない山道にいるのは危険だった、しかし座り込む男の腫れた足を見て前の男も今の状態では座り込む男に長い距離を歩く事が出来ないと悟った。

「・・・・・・・分かった、だがなるべく早く集落に戻って来いよ、多少足がいたくてもだ、いいな?」

そう言って前の男は座り込む男を置いて歩き始めた。

「言われなくても分かっているって・・・・・・本当なら一分も長くこんな場所に居たくない」

だが前を進んでいた男に夜にこんな人気のないくらい危険な山道で一緒に待ってくれと言える訳がなかった。

(後、五分・・・・・いや数分休んだらあいつの後を追いかけよう)

座り込む男がそう思っていた時だった。

「うわあああっ!!!」

断末魔のような叫び声、その声は先に行った男の声だった。

「!どうした・・・・・んだ?」

座り込む男が岩陰から急な傾斜に作られた道の方を見る。

座り込んでいた男が見た光景、それは空に無数の蝙蝠の影が飛び回り、道の中ほどに大きな影が蠢いておりその大きな影にしたに仰向けに倒れた人影があった。

月の光しかない夜のため良くは見えなかったが先に行った男が何かに襲われたという事は理解できた。

「!!!・・・・・・まさかあれが蝙蝠の大群の親玉か」

恐怖に男の体が震える、男も蝙蝠の大群に親玉がいる噂やその親玉が連日人間を襲っているという噂話を聞いていた。

それが、噂話が本当だった事や先に行った仲間の男が襲われている事に男は冷静でいられる訳がなかった。

「どうすれば・・・・・と、とにかくあいつを助けなくては」

このまま岩陰でじっとしていれば助かったかもしれない、しかし男は襲われる仲間を見捨てる事が出来なかった。

長年連れ添った仲間が目の前で蝙蝠の大群の親玉に襲われているのだ。

危険から避けたいというのも人間らしい行動だが仲間を助けたいと思うのも人間らしい行動と言えた。

男は背中に背負っていた火縄銃を手に持つ、火縄銃は16世紀半ば、種子島に漂着したポルトガル人によって日本に広められた前装式の銃であり、十分な殺傷力に命中力や扱いやすさ、そして日本中の大名が争う戦国時代に伝来した事もあってか、瞬く間に日本中に広まり幕末にかけて運用された息の長い銃である。

幕末に入ると西洋の銃が大量に持ち込まれ火縄銃は軍用としては完全な旧式銃となったが民間としては明治に入っても長く使われており、幻想郷でも火縄銃はありふれた銃として数多くの猟師達に愛用され使われ続けていた。

男は急いで火縄銃の銃口に火薬と弾を詰め棒で銃身の奥へ押し固めると火皿に点火薬を入れ岩陰から覗き込むようにして火縄銃を蠢く大きな影に向けて構えた。

恐怖で震える火縄銃を落ち着かせる時間もなく男は引き金を引いた。

ヴァアン!

大きな銃声が山道に響いたかと思うと蠢いていた大きな影は驚いた声をあげ仲間の男から離れ空に飛びあがる。

大きな影が怯んでいる隙に男は足の痛みを忘れ仲間の男の元に駆け寄る。

「おい!大丈夫か!?」

倒れる仲間の男を揺さぶる男だが倒れた仲間の男に返事はなく、首には大きく鋭利な牙で噛み付かれたかのような傷があるがその傷口からは一滴の血も零れてなかった。

触れる体はとても冷たく、まるで血が全て抜けきったかのように肌は青白かった。

もう既に死んでいるのは誰が見ても明らかだった。

「そんな・・・・・・嘘だろ」

長年連れ添った仲間がさっきまで生きていた男が死んでいる事に男は驚愕していた。

悲しみと絶望、そして今まで忘れていた死の恐怖が込み上げる。

「は、早く集落に皆に知らせないと・・・・・」

仲間の男が蝙蝠の大群の親玉に襲われた事を報せようとしたその時だった、僅かに照らしていた月明かりが消え周囲が暗闇に閉ざされる、それと同時に男の後ろの方から大きな翼で羽ばたくような音が聞こえる。

男が恐る恐る振り返るとそこには・・・・。

「・・・・・我の姿を見たな?」

男の後ろ、月の光を遮るように翼を羽ばたかせていたのは普通の蝙蝠とは比べ物にならないような大きさをした蝙蝠のような化物だった、体の大きさは三mくらいで体は皮膚も毛も濃い灰色をしているが、顔は灰色の肌以外は30代の人間の男のような顔をしており口からは鋭利で長い牙が左右に生えていた。

そして翼は体よりも大きく片翼で五m程あり手の部分には鋭利な爪が五本生えていた。

代わりに足は細く筋肉がついた翼や体と比較すると何だか頼りなさそうだが、それでも立派な爪が五本生えており人間を殺すには十分な殺傷能力がありそうだった。

三mもある体に翼を含めての横幅は十m以上あり月と重なれば月明かりを全て遮ってしまうような姿をしていた。

「う、うわあああああっっ!」

恐ろしい蝙蝠の親玉の姿に発狂した男は火縄銃を投げ捨て走り始めた。

「逃がすものか!」

蝙蝠の親玉はそう言うと男を追いかける

逃げる男は無我夢中で走るが疲労で腫れた足ではあまり速度が出ない、一方で蝙蝠の親玉は大きな翼を羽ばたかせ男との距離を詰めていく。

「死ねえ!」

男から数mと距離を詰めた蝙蝠の親玉が足の爪を構える、男は振り向く事もなく叫び声をあげながら逃げようとするが蝙蝠の親玉は完全に男の背中を捉えていた。

「ふん!」

蝙蝠の親玉は男に急接近すると足の爪を男の背中に突き刺しそして大きく切り裂いた。

「がはっ・・・・・・」

断末魔と共に口から大量の血が溢れ出し、切り裂いた背中からも血が噴き出した。

男は走っていた勢いそのままに地面に転がり倒れピクリとも動かなくなった。

即死だった、痛みを感じたのもほんの一瞬だったのだろう。

「絶命したか・・・・・・」

自分の姿をハッキリ見た男を殺害した蝙蝠の親玉であったが高笑いする訳でもなく、複雑な表情を浮かべていた。

「・・・・・ぬう、急いで二つの遺体を片付けなければ・・・・」

蝙蝠の親玉にとって今の状況はまずいものだった、他の人間が来る前にこの死体を何処かに隠さなければならなかったからだ。

もし近くの集落の人間がやってきて死体を見られて調べられたりもしたら自分の正体がバレしまう可能性があったからだ。

「仕方ない・・・・・まずはこの男からだ」

そう言って蝙蝠の親玉は血溜まりに浮く男の体を足で掴むと大きな翼を羽ばたかせ空を飛び交う数えきれない蝙蝠を引き連れて空へと羽ばたいた。

 

早朝、風馬はある場所に向かって森の中を飛んでいた。

そこはとある山間の集落だった。

その集落には何かあれば件頭に情報を提供する鷹の目が住んでおり、もし何か情報を掴んだのなら狼煙を揚げる事になっていた。

夜中、蝙蝠の親玉を追っていた風馬だが捜索範囲が広がっている事もあって結局正体がつかめないまま朝を迎えてしまった、失意に沈む風馬だったがそんな時、狼煙を見て風馬は急いで駆けつけていたのだ。

「・・・・・蝙蝠の親玉に関する情報であるといいが」

そう願い集落に到着した風馬を出迎えたのは狼煙を揚げた鷹の目である中年の小太りの男だった。

「どうやらお前が一番乗りのようだな風馬、流石は件頭の長だ」

この小太りの男、鷹の目でもかなりのやり手で信憑性の高い情報を件頭に提供している、実はかつて風馬と共に件頭を目指していた男だった、実力は申し分なかった、が木々を飛び移れる程の身軽さがこの男の体重では出来ず惜しくも不合格、件頭の道を諦めたが共に修業した風馬のため鷹の目として周囲の情報収集を行っていた。

「・・・・?お前、目に隈が出来てないか?もしかして昨日の夜は一睡もせずここへ来たのか?本当に大丈夫か?」

流石はかつて件頭を目指した男だと風馬は思った。

「大丈夫だ・・・・・それよりも何か情報は入ったのか?」

大丈夫な訳ないだろ、と言っているかのような顔をしながら小太りの男は話し始める。

「目に隈が出来ている所を見るとだ、蝙蝠の大群に関する情報を必死に探しているんだろう?お前らに見せたかった現場はそれに関する事だぜ」

本当か?と聞いた風馬にああ、と答えた鷹の目。

「とりあえず着いてこい、案内してやるからさ」

そう言われ鷹の目の後を着いていく風馬。

「・・・・・それにしてもまさかあいつらがな・・・・・」

あたかも風馬に聞こえるような独り言を言った鷹の目。

「・・・・・ああいや、実はな、お前達に見せたかった現場なんだが俺が住んでいる集落にいた二人組の猟師が関係している事なんだ、その二人組の猟師は昨日の朝出掛けてっきり帰って来なくてな、俺が気になって見に行ったんだが二人の姿はなかった、ただ・・・・・」

鷹の目の案内のもと目的地に到着した風馬が見た光景。

急な傾斜に作られた山道に真っ赤な血が染み込んだ生乾きの血溜まりの跡があった。

「これがお前達に見せたかったものさ・・・・・・この険しい山道の中間には二人組の猟師の片割れが持っていた水筒ともう片割れの火縄銃が落ちていた、恐らくうちの集落の二人組の猟師は蝙蝠の大群か蝙蝠の大群を率いている親玉に襲われたのだろう」

そう話す鷹の目の顔は少し悲しそうだった、自分の住んでいた村の猟師なら大して付き合いがなくとも一度や二度くらい顔を合わせた事があるだろう、その人間が妖怪に襲われて恐らくは死んだのだから悲しい気持ちになるだろう。

心配になって確認しに行ったのなら尚更そうだった、もう少し早くいけば助けられたかもしれないという後悔の念もあるのだろう。

「この山にはあまり人間を襲うような妖怪は住んでいねえ、そりゃ時たま腹を空かした妖怪がここに来ることはあるかもしれない、けどこれは妖怪が襲ったにしては不可解だ、もし妖怪は二人組の猟師を襲ったのならどうして血溜まりは一つしかないんだ?もし二人とも襲われたのなら血溜まりは二つある筈だ、もう一人は逃げたとも考えられるが俺が探した限りではいなかった、だが恐らくは二人とも既に死んでいるはずだ、おかしいのは二人とも死んでいるのにその死体がなく血溜まりが一つしかない事だ」

人を襲う妖怪には人肉を食べる方と生血を啜る方がいる、もし襲われたのが人肉を食べる方なら別に死体がないのはおかしくないだがそれなら血溜まりは二つある筈なのだ、生血を啜る方だとしたら何故一人は血溜まりになるような殺し方をしたのか、そもそも生血を吸う妖怪なら生血を吸い終えた死体はそのまま捨てるはずなのだ、一体猟師の死体を何処へやったのか?

「それに昨日、この周辺は蝙蝠の数が異様に多かった、蝙蝠の大群には親玉がいてその親玉は大きな翼を持った蝙蝠の化物の噂が本当なら辻褄が合うような気がしねえか?」

確かに蝙蝠の親玉に襲われたであろう行方不明者は蝙蝠が多く飛んでいた場所付近で行方が分からなくなっていた、もし蝙蝠の親玉が襲ったとすれば猟師達は襲われた後何処かに連れ去られた事になる。

まるで死体に隠された秘密を暴かれないように・・・・・。

「これは俺の推測だが、蝙蝠は大群の親玉は自分の姿を見られるのを避けているようにも見えた、だから単独で行動している人間を狙って襲っていた、そして昨日その親玉は二人組の猟師の片方を襲った後、襲っている姿を自分の姿を見られもう片方の猟師に見られやむなく殺した、そして他の人間が来る前に二人の死体を片付けようとしたはずだ」

毎夜、一人ずつ人間が襲われたのは蝙蝠の大群の親玉にとって生血は一人分しか必要なかったからなのではないか?だからもう片方は普通に殺すしかなかったのではないか?

そう考えながら風馬は急な傾斜の山肌をじっと見下ろす。

「・・・・・・確か昨日は無風だったな」

ああ、と答えた鷹の目、風馬は意を決すると急な傾斜の山肌を滑り下り始めた。

「お、おい!風馬!」

風馬は急な傾斜の岩肌を器用に滑りながら必死に猛禽類の様な目で何かを探していた。

(恐らく蝙蝠の大群の親玉は姿を見られたことに動揺して殺してしまった、ならば死体を隠す時も見つけられたらまずい血塗れの死体を先に運んだはずだ・・・・・ならばあれが残っていてもおかしくないはずだ)

その時だった、風馬の鋭い視線が何かを捉える、それは一秒にも満たない時間、しかし風馬はそれを逃さなかった、岩に付着した赤黒い乾いた液体、それは血痕だった。

(見つけた・・・・・蝙蝠の大群の親玉に繋がる手掛かりを)

風馬は推測通りだった、早く死体を何処かに隠そうと焦ってしまった蝙蝠の親玉は浅はかにも先に血が滴り落ちている死体の方を運んでいたのだ、その時死体から流れ落ちた血痕こそ死体を隠した場所へと導く唯一最後の手掛かりだった。

着地できそうな岩場に着地した風馬、じっと目を凝らし岩肌に付着しているであろう血を探す、常人なら決して見つけられないであろう僅かな血痕を風馬の目は決して逃さなかった。

「血痕を三か所確認・・・・・蝙蝠の大群の親玉はあっちに飛んで行ったか」

正直言えば蝙蝠の親玉が運んでいる時に滴り落ちた血を辿るなど不可能に近い事だった、幾ら風が吹いてなかったとはいえ、血は僅かな揺れで着地点が変わっているため広範囲にそんな広範囲な捜索範囲に対して血痕は近くにあっても肉眼では見逃しそうになるほど小さいものだった。

しかしそうだとしても風馬は決して諦めなかった。

今の風馬を突き動かしているもの、それは件頭としての意地と執念であった。

情報を頼りにしている逸脱審問官や不安に怯える人間のため、そして濡れ衣を着せられた咲夜や紅い悪魔のため、情報収集の隠密集団件頭の誇りにかけて絶対に突き止めてみせる、そんな強い意志と覚悟が風馬には感じられた。

風馬は血の痕跡を追いかけ山肌を駆け下りると近くにあった木の枝に飛び移り地面を見下ろす、地面から探すよりもこうして見下ろして探した方が血痕を見つけやすいという考えの事だった。

(血痕は何処だ?)

必死に目を凝らし血痕を探す風馬、秋に落ち冬を越え腐食し始めている落ち葉が積み重なっている所に視線を移動させたとき、彼の目が何かを捉えた。

「あれは・・・・・」

風馬は地面に降りて何かを捉えた場所へと向かい確認する。

血痕、紛れもなくそれは猟師の死体から滴り落ちたであろう血の痕跡だった。

(やはりこっちか・・・・・)

風馬は血痕辿って移動を開始する。

木の登っては血痕を探し血痕の後から蝙蝠の親玉が通っただろう道を推測、移動しまた血痕を探す、その繰り返しだった。

木の上から見つからない時は地面に降りて這いつくばり血痕を探した、それでも見つからない場合は一旦戻ってもう一度、頭の中の地図と自分の現在位置を重ね合わせ蝙蝠の親玉が通りそうな道を推測し血痕を探した。

時間と手間がかかる大変な作業ではあったが風馬は熱心に続けた。

全ては蝙蝠の大群の親玉の正体を暴くため、そして紅い悪魔の濡れ衣を晴らすために。

(もう一つの死体を片付ける以上、そう遠くには運べなかったはずだ)

出発地点の山から五㎞の所、風馬の足が止まる、そこには必死に探さなくとも辺りに血痕が付着していた。

(どうやらこの辺りを飛び回っていたようだな)

何故この周辺を飛び回っていたのか、恐らく蝙蝠の親玉はこの近くで死体を隠す場所を探していたのではないか?風馬はそう推測した。

(この近くで死体を隠せそうな場所は・・・・・・)

風馬は頭の中の地図を広げ周辺に死体を隠せそうな場所を探す、その時風馬はある事を思い出し走り始めた。

「確かこの近くには・・・・・」

風馬が向かった場所、そこは木々が生い茂り不気味な雰囲気が漂う鬱蒼とした森だった、この森は周辺に住む集落や村の人間から帰らずの森、魔物の大口、妖怪の巣窟など呼ばれ滅多に人が近づかない場所だった。

この森の事を蝙蝠の親玉が知らなくても上空からこの森を見下ろした時、木々が密集し近寄りがたい雰囲気を感じるに違いない。

「隠すにはおあつらえ向きの場所か・・・・」

しかし周辺の集落や村にはこの森に関する怖い逸話や伝承が数多く残っており、猟師と犬が入って猟師の腕を咥えた血だらけ犬が戻ってきたとか、若い男女が森に入ったきり帰って来ず夜になると時折森の奥から若い男女の悲鳴が聞こえるようになったとか風馬も幾つか耳にした事があった。

所詮、昔話だと言えばそれまでだが日の光が全く差し込んでおらず朝だというのに月のない夜のような暗闇が広がる森の奥は件頭の熟練中の熟練者でもある風馬でも入るのを躊躇してしまう程だった。

「・・・・だが、行くしかない」

しかし風馬は覚悟を決め、森の中に足を踏み入れる、ここで諦めたらもう蝙蝠の親玉の正体を見破る唯一の手掛かりが途絶えてしまう事になる。

情報専門の隠密集団件頭としてここで引き下がる訳には行かなかった。

風馬の件頭の意地と執念が恐怖を勝ったのだ。

森の中は人の手が入っておらず無造作に木々が生い茂り空は木々の葉で覆い隠されていた。

地面は落ち葉が積み重なっているが日の光が差し込んでないため草は生えておらず湿っていた。

空気も湿気が多く、黴臭さが漂い、生暖かい風が森の奥から流れ込んでおりその場にいるだけでも気分が悪くなりそうだった。

「・・・・・あの時と同じだな」

風馬はかつて紅霧異変の時の自分を思い出す。

あの時も気分が悪くなるような霧の中、霧の発生源である紅魔館を目指して走っていた。

「あの時は自分の正義感だけの行動だった」

その自分の中にある正義感だけで行動した結果、反って多くの人達や雇い主である鼎にも迷惑をかけてしまった。

今風馬はあの時と同じ事をしようとしている、鼎から言われていた自分の命はちゃんと守れという命令を破ろうとしているのだ。

しかし今回風馬の胸にあるのは決して自己満足の正義感ではない、情報専門の隠密集団件頭の誇りや逸脱審問官の期待に応えるという使命感だった。

自分の自己満足ではなく自分達件頭の情報を頼りにしている者のために風馬は自分の命の危険を顧みず森の中に足を踏み入れたのだ。

(命を大事にするのは大切な事だろう、だがそれを理由に臆病になっては真実など辿り着けない、誰一人救う事など出来ない、鼎様はそういう意味を含めてあの言葉を口にしたはずだ)

思えば幻想郷を昼夜問わず飛び回る件頭は命の保証などあまりされてない、うっかり人食い妖怪に出会えば幾ら件頭でも逃げられるとは限らない、情報収集のために幻想郷を飛び回るため人食い妖怪に出会う確率は俄然高くなる、だから命を大事に慎重に冷静になるのは悪い事ではない、だがそれを盾にしてしまえば件頭は件頭ではなくなるのだ。

自分の自己満足で命を捨てるな、誰かを助けるために危険に身を投じ情報を集め真実を見つけ出す、それが経験を積んだ件頭の長、風馬の答えであった。

(これだけ居心地が悪い森だ、妖怪もそうはいないだろう・・・・)

多くの人間が妖怪に対して誤解している事は結構あるがその中でも定番なのが妖怪は人間が足を踏み入れないような人間の手が入っていない自然の中を好むという話である。

確かに幻想郷に住む多くの妖怪は確かに人の手が入っていない自然を好むがそれでも限度はある、過酷な環境は妖怪にとっても居心地悪いようで例えば多種多様な茸の原生する魔法の森では茸の瘴気が常に漂っており人間も妖怪もこの森に長居すると体の調子を崩してしまうのだ。

この森も決して居心地がいいとは思えず、妖怪もあまり出歩いていないだろうという見立てもあり風馬は森の中に入ったのだ。

(恐らくはこの森の何処かに猟師の遺体があるはずだ)

そんな事を考えていた風馬に予想外の出来事が待ち受けていた。

風馬の正面、何か黒い影がこっちに向かってきていた。

「なっ!?」

その黒い影の正体は蝙蝠だった、蝙蝠は風馬に向かって飛んでくると鳴き喚きながら風馬に纏わりついた。

風馬の視界を邪魔する蝙蝠、妨害するように風馬の周りを飛ぶ蝙蝠、風馬の体に噛み付く蝙蝠、まるでこれ以上風馬を進ませるのを拒んでいるようだった。

「くっ!・・・・・纏わりつくな!」

日の光が苦手な蝙蝠も日の光が入らないこの森は行動できるらしい、だが風馬に執拗に襲い掛かるのはもしかしたら蝙蝠の親玉が死体を見つけさせないよう蝙蝠に命じたのかもしれない。

「このっ・・・・・!」

風馬は腰から護身用の刀を抜くと振り回した、次々と蝙蝠は切られ地面に落ちていくが蝙蝠の数は増える一方だった、服もボロボロになり自慢のマフラーは見るも無残な姿になっていた。

しかし風馬は決して足を止めないし後退もしなかった。

「諦める・・・・・ものか!」

その時、風馬の風馬の前方に一筋の光が見えた。

風馬は前方に見えた一筋の光を見てひたすら、ただひたすらにその光に向かって駆け抜けた。

確証はないがそこに何かがあると強く感じたからだ。

一筋の光は徐々に大きくなりそして風馬はその一筋の光に向かって飛び込んだ。

「!」

眩い光に目を瞑る風馬、無意識に出た防御姿勢は不幸中の幸いだった。

一筋の光の先は日の光が十分に入る程の開けた場所でありそこには飛び移れそうな木々はなかった、それ以前に光に飛び込む事を意識しすぎて飛び移る事など考えていなかった、風馬は飛び込んだ勢いそのまま地面に激突し何度も打ち付けた。

やっと勢いがなくなり地面に倒れ込む風馬、蝙蝠達も眩い日の光の前にして何もできず森の中へと帰って行く。

「・・・・・う、うう」

風馬はゆっくりと体を起こす、防御姿勢もあってか幸い大きな怪我はないようだった。(体の節々が痛そうな様子ではあったが)

「・・・・ここは」

辺りを見渡す風馬、そこは焼けて黒く焦げた木が幾つも生えており、その一方で地面には新緑の草花や木々の苗木が生えており鬱蒼としていた森の中とは違い空気も何だか清らかな感じがした。

開けた場所の中央には一際大きな大木が生えておりその大木も周囲にある焼け焦げた枯れ木と同様に黒く焼け焦げているが周囲にある焼け焦げた枯れ木と違い何か強い力が直撃したかのように幹が途中で大きく裂けていた。

(恐らくあの大木に雷が落ちて大木が燃え上がりその炎が周囲にある木々に燃え移りこのような場所を作ったのだろう)

雷が落ちた事により木々が燃えたのにも関わらずかえってそれが日の光が入るきっかけを作りむしろ自然にとっても人間にとっても動物にとっても環境の良い生命の息吹が感じられる場所が蘇ったというのはある意味では皮肉と言えよう。

「・・・・・・まさか」

大木を見上げていた風馬はある疑念を抱く。

風馬は大木に近寄ると腰に携えた革鞄から鉤爪の付いた縄を取り出し幹の裂けた部分に向かって投げた。

鋭く引っ掻けやすいように作られた鉤爪は避けた幹に引っ掛かり風馬は縄を辿って大木の天辺まで登った。

「!」

天辺に登った風馬は幹に中央にある大きな窪みを覗く、そこは雷を直撃した時に出来た空洞に雨水が溜まっていた、そしてその水底に何かが押し込められるように沈んでいた。

「・・・・・やはりここにいたか」

風馬は鉤爪の縄を腰に巻くと窪みの水溜りの中に入り水底に沈んでいた何かを引き上げる。

風馬が抱えて引き揚げたもの、それはまだ息絶えて間もない猟師の恰好をした男の死体だった。

背中には鋭利な爪で引っ掻かれたような大きな傷があり恐らくこれが致命傷になったのは確かだった。

引き揚げた遺体にひとまず合掌をする風馬、死んでいるからといって無碍にせず今まで生きてきたこの遺体に敬意を表し大切に扱う事を伝えてから遺体を調べるためだ。

「この傷を調べれば・・・・」

風馬は胸ポケットから小さな蓋が付いた半透明の容器を取り出す、容器の中には透明の液体が入っており蓋の裏側には綿棒のような物が付いていた。

風馬は蓋を開けると蓋に着いた綿棒を男の背中の傷に擦りつけ再び液体の入った容器に蓋を装着し閉め小刻みに揺らした、すると透明だった液体が変色し紫色に変わった。

「見つけたぞ、動かぬ証拠を・・・・」

容器に入った液体、実は人妖特有の妖力に対して反応する特殊な液体で毛や皮膚そして引っ掻き傷などに残る僅かな人妖の痕跡でも紫色に変色するのだ。

紫色に変色したという事はこの猟師は人妖である蝙蝠の親玉に襲われて殺されたという確証高い証拠であった。

「さて・・・・・後はあいつらの出番だ」

逸脱者の情報を掴んだ以上、残された件頭の役目は逸脱審問官に逸脱者の情報を教え逸脱者の断罪を頼む事だけだ、逸脱者の断罪は逸脱審問官に託すことになる。

光と影があるならば光は逸脱審問官で影は件頭、光と比べれば決して目立つことのない件頭ではあるが件頭あってこそ逸脱審問官はその力を存分に発揮する事が出来る、幻想郷の秩序を保ち人間の誇りや尊厳を守るきっかけを作る事の出来る件頭を風馬はとても誇りに思っていた。




第十六録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?最近知りましたがゲームとかで昔遊んでいたゲームや異なるゲーム機対応のゲームを今のゲーム機で遊べるようにする移植ゲーム。
自分は最近までそのままデータを移植しているんだろう、映像は綺麗にしているだけで内容は変わらないと思っていたのですが調べてみると完全に移植されたゲームが意外と少ない事を知りました。
やっぱりデータのそのまま移植するのは意外と難しいか出来ない事なのかもしれません。
移植されたゲーム機にうまく対応して良作になれたゲームがある一方で移植を任されたスタッフに技術不足があったり仕事意欲が低かったり短い納期に間に合わせようしてゲームバランスが滅茶苦茶になったりバグが大量発生したりして面白さが半減かもしかくは台無しになってしまったゲームもチラホラと見受けられます。
移植される前のゲームで遊んでいた人達にとってはため息が出てしまう様な事であり新しく遊ぶ人にとっても本来の面白さが伝わらないという点では悲しい事です。
移植ゲームくらい下手に何かをつけ加えるくらいなら本来の面白さを保ってゲームを欲しい、そう考えてしまいます。
それではまた、金曜日に。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。