人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
昨日になってようやくこの冬初のまとまった雪が降りました、今まで遅くても一月上旬にはまとまった雪が降っていたのですがこんなに遅いのは生まれてこの方初めてです。
やはり気象変動が進んでいるのでしょうか?自分が年寄りになった時、昔は冬になるとね、雪という氷の結晶が空から降っていたんだよと語るような未来にはなって欲しくありませんね。
それでは第十四録更新です。


第十四録 月明かり覆う黒い翼 四

人間の里の大通りから外れた比較的静かな場所にある共同協賛複合甘味処「春菓秋糖」。

平屋や二階建てが主流であり東洋建築の多い幻想郷では数少ない三階建ての西洋建築の建物である。

ここは天道人進堂の支援を受けて営業している甘味処で実質天道人進堂の『子会社』である。

幻想郷に数多く存在する従来の甘味処との大きな違いは四角いお盆にとお皿を持って用意された多種多様なお菓子を取りに行き時間内までなら幾ら食べても飲んでも大丈夫な食べ放題方式という所である。

提供される菓子は天道人進堂の喫茶店で提供されるクッキーやケーキの他に幻想郷で名を連ねる老舗和菓子屋、洋菓子屋、甘味処の代表する菓子が数多く並べられており別払いでお持ち帰りも可能である。

またお菓子だけでなくコーヒーやお茶、抹茶などの飲み物も取り揃えておりこれも全て飲み放題である。

代金はやや値が張るが時間内なら幻想郷にある様々なお菓子が食べ放題飲み放題とあって連日幅広い年齢層の女性で賑わっている。

人間の里の空気が重い中、ここはいつもと変わらぬ活気があった。

その春菓秋糖の三階建ての屋上には一つの丸机と三つの椅子そして日差し避けの大きな傘で一組の客席が複数設置してあり天気のいい時は人間の里を一望できる人気の場所だった。

その屋上の隅の客席に鈴音達の姿があった。

「そうだったんですか・・・・・私が屋敷にいる間にそんな事があったのですね」

咲夜は鈴音達から夜な夜な飛び回る蝙蝠の大群と連日の行方不明者の話を真っ直ぐな瞳を浮かべながら真剣に聞いていた。

どうやら咲夜はここ一週間ずっと屋敷内で過ごしており幻想郷でそんな事が起きている事すら知らなかったようだ。

「人間の里だけでなく幻想郷中が恐らくその話題で持ちきりよ、何せ夜になると蝙蝠の大群が幻想郷の夜空を飛び回っているしその度に一人ずつ人間が行方不明になっているからね」

鈴音はフォークでケーキを切りながらそう言った。

「ですがお嬢様を含め妹様も無実ですわ、お嬢様も妹様もここ一週間は私の視る限りでは御屋敷から一歩も出掛けておりませんし、大妖怪との契約は絶対ですから幻想郷の人間を襲う事なんてありませんわ、そもそもそんな事が起きているという事もお嬢様は知らないと思いますわ」

咲夜は改めて紅い悪魔の無実を訴えた。

咲夜が言った妹様、これは紅い悪魔の血の繋がった妹の事を指している。

紅い悪魔には妹がおり彼女も吸血鬼だという事は分かっているのだが紅い悪魔以上に紅魔館から外に出る事がないため不明な点も多かった。

彼女の事を良く知っているのは恐らく紅魔館の住人だけだろう。

「もちろん、それは私達も同じよ、紅い悪魔が妖怪との契約で妖怪が食べても良い人間を外の世界から連れて来て捧げているからわざわざ人を襲うなんて事をする理由もないし、そもそも紅い悪魔は幻想郷の人間を襲う行為事態、契約で出来ないからね」

結月と鈴音も紅い悪魔が犯人ではないと確信していた。

それは吸血鬼が妖怪と交わした契約の中に名のある妖怪(主に八雲紫だとされる)が外の世界から生きる価値のない人間を提供する代わりに幻想郷の生きた人間を襲わないという規約が含まれており吸血鬼は絶対にそれを破る事が出来ないからだ。

かつて吸血鬼が幻想郷にやって来た時、吸血鬼はその絶大な力で好き勝手に暴れていたのだが、妖怪達はそんな吸血鬼を幻想郷の微妙な力関係で保たれている均衡を崩す脅威と見なした。

そこでとある力のある妖怪が吸血鬼に戦いを挑み激戦の末、吸血鬼はその妖怪に破れその妖怪と契約しそれ以降は人間からその存在が忘れられ紅い悪魔が紅霧異変を起こすまで存在すら曖昧になる程大人しくしていたのだ。

妖怪と交わされた契約は絶対であり吸血鬼はその契約を今日にいたるまで一度も破っていないとされている。

この契約は訓練施設の講習会で勉強する事でありそのため結月も鈴音も知っていたのだ。

実際幻想郷の歴史が書かれた様々な書物を見ても契約以降は吸血鬼に人間が襲われたという記録は一文も書かれていない。

そもそも吸血鬼の姿自体、契約以降殆ど書物に記されておらず記載があったとしても契約前の伝承として書かれる程度でそれは事実上吸血鬼が幻想郷の人間を襲っていない何よりの証拠だった。

「ただ、幻想郷にいる人間の多くはこの契約自体を知らなかったり知っていたとしても妖怪と交わされた契約だから信じていなかったりするから、紅い悪魔が夜な夜な蝙蝠の大群を率いて人間を襲っているという噂話が平然と出回っちゃっているのよね」

妖怪との契約やその紅い悪魔に仕える咲夜の様子を見れば紅い悪魔が人間を襲っていないのは明らかである。

しかしながら人間の多くは吸血鬼が幻想郷で生きた人間を襲わない契約を妖怪と結んでいる事も知らないし契約の話を知っている人でもその契約の効力を疑う者も少なくない。

そもそも妖怪自体が人間にとって恐怖と不安の塊の様な存在だからそんな存在との約束をはいそうですかと素直に信じられる者はまずいないだろう。

そんな妖怪と吸血鬼の間で結ばれた契約のため、果たしてその契約が機能しているのかは結月達を含め本当の所は誰も分からないし効力なんてないと思っている者もいた。

結果的に蝙蝠の大群と連日のように行方不明者には紅い悪魔が関わっているという話が広まってしまう要因になっていた。

「人間は自分の身近で不可解な現象が起きると言い知れぬ不安をなくそうとその不可解な現象に何か理由をつけたがる生き物なのよ、幻想郷には有名な蝙蝠に似た妖怪と言ったら紅い悪魔しかいないから紅い悪魔が夜な夜な飛び回る蝙蝠の大群と連日のように行方不明者の犯人だと勝手に決めつけたのよ、確証性のある証拠なんて何一つないのにね、それに不安になっていた人間が藁にも縋る様な感じで広まっちゃっているんだよね」

恐らくそれが今この幻想郷で起きている真実なのだろう。

そう考えると人間とは何と単純で愚かな生き物なのかと思う。

人間の番人でもある逸脱審問官の結月や鈴音から見てもため息をつきたくなる。

本当ならこんな噂話、心に余裕があり冷静になれたのなら本当にそうなのか?と疑うだろう、明確な証拠も証言もない本当の噂話なのだ。

しかし心に余裕がなく冷静になれない故に噂話を鵜呑みにする人達が現れあたかも真実のように世間に広まっているのだ。

誰もがその噂を真実の様に口にしていればそれを嘘だと否定するのは難しいのもあった。

限りなく信憑性のない情報に踊らされる多くの人間の姿は滑稽と言うほかない。

「でも困りましたわ、切れそうになっていた食料品や生活用品の買いに来ましたのにこんな様子ではちゃんと買い物できるかどうか・・・・・」

買い物に来た咲夜にとって重大な問題だった。

咲夜の服装は人間の里の人間の服装と比べると奇抜な服装をしており人間の里にいる多くの人間は一目見るだけで咲夜だと分かってしまうだろう。

もし今の状態で表通りを歩こうものならあの時のように紅い悪魔が犯人だと思い込んでいる人間達に絡まれてしまう可能性は高かった。

時を操ればその場からは逃げる事は出来よう、だがお店に着いたとしてもちゃんと買い物をさせてくれるかは分からなかった。

お店の店主も人間なので入店拒否される可能性もあった。

今の幻想郷に住む多くの人間が紅い悪魔や紅い悪魔に仕える咲夜に対して疑いの目を向けているのだ。

「その事なんだけどさ咲夜さん、もし良かったら私達も付き合ってもいいかな?もし絡んできたとしても私達が助けてあげられるしお店が入店拒否をしようとしても私達が話を着けてあげるよ、どうかな?結月」

鈴音の提案に結月も頷いた。

「良い考えだと思う、困っている人がいるなら手を差し伸べるのが人間の番人である逸脱審問官だ」

もちろん、全ての人間ではない、あくまでも真っ当に生きる者達に対してだけだ。

そして困っているのが真っ当な者ならそれが例え妖怪に仕える人間であっても妖怪であっても手を差し伸べる。

他の逸脱審問官はどうか分からないが少なくとも結月と鈴音はその考え方だった。

咲夜が真っ当な人間かどうかは分からないが少なくとも悪い人間ではなさそうだった。

「えっそんな!お気持ちは嬉しいですがそんな事をしたらお二人にも疑いの目が・・・・」

鈴音と結月の身を案ずる咲夜だが鈴音はそんな事はないと首を振る。

「そんなの気にしないよ、むしろ世間に流されて真実から目を背けるなんて事をしたらそれこそ逸脱審問官の名折れだよ、誰に何を言われたって私は咲夜さんの味方だよ、紅い悪魔は何もやってない、私は咲夜さんを信じているから」

噂話や世間の考えに流されず強い意志を持ち、困っている誰かを助けるためなら世間の考えにだって逆らう事もまた人間の番人として当然の事だった。

「そうだ、別に迷惑なんて思ってない、俺も咲夜さんの力になりたいんだ」

結月も世間の考えや噂話に流される事も間違った事に従う事も嫌いだった。

正しい事をするためだったら世間に逆らってでも良いという覚悟もあった。

「結月さん・・・・・ありがとうございます、ならご一緒していただけないでしょうか?」

任せてと胸元を叩く鈴音、しっかりと頷いた結月、明王も月見ちゃんも私達も一緒よと言っているかのような顔をしていた。

「それにしても鈴音さんが上司になって部下が出来た事にも驚きましたわ、しかも鈴音さんと同じくとても強い意志を持った御方のようですね」

強い意志、そう言われるが結月にはその自覚はない。

それは結月にとって当たり前であり意識してやっていた事ではなかったからだ。

一方で咲夜は鈴音の事を強い意志を持った人間と評価している事に咲夜は鈴音の事を良く分かっていると結月は思っていた。

「あ~・・・・・・うん、そうだね」

一方の鈴音は何処か複雑そうな表情を浮かべる。

「どうかなされましたか?鈴音さん、何だか晴れない御顔をしている様に見えますけど」

咲夜にそう言われ意を決したかのように鈴音が口を開く。

「咲夜さんは私に上司としての素質ってあると思う?」

ああ、やっぱり気にしていたのかと結月は思った。

仲間である逸脱審問官にも顔見知りでもある魔理沙にも好敵手である霊夢にも頼りない上司と思われている鈴音はその話題になると咲夜も同じ事を思っているのではないかと気が気でないようだ。

「急にどうしたんですか?もちろん私が見る限りでは鈴音さんには十分上司としての素質があると思いますわ」

咲夜のその言葉に安堵したような表情をする鈴音。

「良かった~・・・・・、いや実はね、霊夢や魔理沙からはお前が上司で部下は大丈夫なのか?みたいな言われ方をされてね・・・・ちょっとへこんでいたんだ」

あ~、と言いながら苦笑いを浮かべる咲夜。

「気にしない方が良いですよ、霊夢や魔理沙とは何かと一緒になる事は多いですけど魔理沙はかなりの捻くれ者ですから、鈴音さんに上司が務まる程の実力を持っているのは理解していると思いますわ、ただ素直に人を褒めるって事は滅多にしません、霊夢は妖怪にも人間にもあまり興味がなくて、むしろその両者からあえて距離を置くために人を遠ざけるような言葉を使うのですよ、霊夢も鈴音さんの実力はちゃんと分かっていると思いますよ、だからもしあのお二人に何か言われても真に受ける事なんてありませんわ」

どうやら咲夜は霊夢や魔理沙とは付き合いがありしかも結構長いらしい。

確かに思い返してみれば初めて霊夢と魔理沙と会った時、そういう節があった事を思い出した。

「そうかな、いやでも実際結月はまだ逸脱審問官になって一カ月も経ってないんだけど素質があって物覚えも良くて私から指摘する事なんてあまりないんだよね」

そうだろうか?と思い返してみる結月。

練習の時結月が鈴音から指摘を受ける事は多々あったので結月には鈴音の話は信じられなかった。

「いや練習とかで指摘はするんだよ、もっと足に力を入れた方が良いとか、脇は締めといた方が良いとか、でも大体の体の動きは出来ているから細かい指摘しか出来ないんだよね、しかも物覚えが良いからすぐ修正しちゃってさ、何にも言えなくなるんだよね」

あれで細かい指摘なのかと思う結月、結月が上手く出来たと思っていても鈴音は一度に三か所多い時には五か所くらい指摘される事もあった、そして実際に言われた通りやるとそれ以上良い出来になった。

あの細かい指摘は二年間逸脱審問官として戦ってきた鈴音だからこその豊富な実戦経験と卓越した洞察力、観察力の賜物であるのは間違いなかった。

正直、結月にとって鈴音が上司に向いていないと思った事は一度もなかった。

「ホントに凄いんだよ、逸脱審問官になった初日から現れた逸脱者を倒しちゃうし、そりゃ逸脱審問官になった時点で逸脱者を倒せるように訓練しているけどさ、やっぱりそれでも訓練の模擬戦と命がけの実戦じゃ訳が違うから戸惑うはずなんだけど結月はすぐに実戦に順応しているんだよね・・・・・正直私が教えなくても十分すぎる程の強さを持っていてさ、私なんていなくても大丈夫かなってふと思っちゃうんだよね・・・・・」

しかし鈴音の話の途中で結月は咳き込んだ後、話に割り込んだ

「流石に買い被り過ぎた鈴音先輩、俺は実力も経験もまだまだ未熟だし実際猿の姿をした逸脱者と戦った時も俺は深く状況を吟味せず好機を焦り攻撃したばっかりに反撃を受けて危うく命を落とす所だった・・・・・」

結月が思い出していた事、響子と協力して戦った白い毛をした猿の逸脱者の事だった。

逸脱者はあえて背中を無防備にする事で攻撃を誘っていた、結月は容易に背後を取れた事に疑問こそ持ったが僅かな時間の経過が状況を変化させてしまうため結月は判断を見誤り逸脱者の狙い通り攻撃をしてしまったのだ。

殺気を感じ取った結月が防御姿勢をとった直後、逸脱者の後ろ蹴りを食らい、大した怪我こそ負わなかったもののその衝撃で意識が飛びそうになり、後もう少し意識の戻りが遅ければ逸脱者の鋭い鋭利な爪で体が引き裂かれていた事だろう。

一方あの時の鈴音は状況を理解し逸脱者の企みに勘づき自分に警告を送っていた。

この差は自分と鈴音の実力と経験の差だと結月は思っていた。

「とにかく俺もまだ一人前の逸脱審問官ではない、才能云々は分からないが今の自分は実力も経験も一人前とは程遠い、正直今の俺では単独で逸脱者を倒す事はなんて到底無理だ、一人前の逸脱審問官になるためこれからも鈴音先輩には上司として色々と教えてもらいたい」

言い過ぎのようにも聞こえるが結月は別に言い過ぎでもなんでもなく真面目だった。

一方で咲夜は結月の頬が若干赤くなっている事に気づき笑みが零れる。

(もしかしてあれは照れているのでしょうか?結月さんは冷静沈着な方だと思っていましたが意外とあれで素直な方なのかもしれませんね)

それと同時に咲夜には鈴音の心配が杞憂であると理解した。

結月は口数こそ少ないが鈴音の事を上司として慕っていると分かったからだ。

「そうですわ鈴音さん、結月さんはあなたの事をとても信頼なされていますわ、もっと上司として自信を持っていても良いと思いますよ」

咲夜からもそう言われ鈴音は何処か照れくさそうな様子だった。

「そ、そうだよね!結月が余りにも素質が良いからちょっと自信無くしていたけど、私には上司として結月が一人前の逸脱審問官になってもらうために教えてあげる事がまだいっぱいあるもんね!これからも結月の上司として誇れるよう私も頑張るよ!」

元気を取り戻した鈴音は笑顔でそう言った。

それを見て結月は安堵し咲夜は二人の姿を見てフフッと微笑んだ。

その後の話は咲夜と鈴音の他愛のない話へと変わっていき結月はただただ咲夜と鈴音の話を聞きながらお菓子と頬張り、食べ終わったら取りに行き相棒の明王や結月の方に寄ってきた月見ちゃんにもお菓子を食べさせていた。

(せっかく食べ放題なのに鈴音先輩も咲夜さんもあまりお菓子に手を付けてないな・・・・)

結月は咲夜と鈴音の前にある食べかけのお菓子が乗った皿を見てそう思う。

咲夜も鈴音も話に夢中で一向にスプーンが進んでいない。

話し続けるため喉は乾くのか、飲み物は良く取りに行っているようだが、何だが勿体無く感じる。

ここの食べ放題飲み放題は無制限ではなく時間内であり沢山食べなければ損になるのだ。

とはいえ楽しそうに会話をする咲夜と鈴音の姿を見ていると二人にとっては楽しい会話こそ最高の甘味かもしれないと結月は思えた。

(とりあえず鈴音の機嫌が直って良かった)

いつもの明るく元気に振る舞う鈴音を見て結月は一息つく。

ここまで来るまでに色々あったが結月は当初の目的である落ち込んだ鈴音を元気にさせる事を忘れていなかった。

自分の奢りでお茶に誘った時から既に機嫌は良かったのだが咲夜との楽しい会話ですっかり昨日の事など忘れているようだ。

単純で気持ちがすぐに切り替えられる鈴音に出来る事であって結月には出来ない事だった。

相棒である月見ちゃんも楽しそうに会話をする鈴音を見て嬉しそうだ。

「結月どうしたの?私の顔なんかじっと見てさ、私の顔に何かついているの?」

長い間じっと鈴音の顔を見ていたため鈴音が気になって結月にそう聞いてきた。

「いや、鈴音が元気になってよか・・・・」

え?と聞いてきた鈴音に対して結月はすぐにハッとなり自分の過ちに気づく。

失言だった、鈴音には智子に触れられたくない過去を触れられて落ち込んだ鈴音の機嫌を直すためである事は知られてはいけない事なのについ気の緩みからか考えていた言葉が口に出てしまった。

「あ・・・・いや・・・・・」

戸惑いが隠し切れない結月、まさかこんな凡ミスをするとは思ってなかった。

慢心、傲慢は身を滅ぼす事を結月は身をもって体験した、この経験はきっと結月にとっていい教訓にはなるだろうがだからといってこの状況が良くなるわけではない。

「そ、それよりも時間は大丈夫なのか?」

慌てて話を時間にすり替える結月。

咲夜は白エプロンから鎖で繋がれた懐中時計を取り出し時間を確認する。

「あらいけない、もうこんな時間だわ、そろそろ買い物に戻らないと・・・・・」

結局咲夜と鈴音はお皿に乗せたお菓子を食べ切る事はなく一度もお菓子を取りに行かなかった。

「もうそんな時間なんだ・・・・・・ああ、せっかくお菓子の食べ放題に来たのにあんまり食べられなかったな」

ショボンとする鈴音だが、どう考えても話に夢中になって食べる事を疎かにしていたのだから擁護は出来ない。

「用意されたお菓はお持ち帰りも出来るんだろう?食べたい分だけ箱に詰めて持って帰ればいい、その分も俺が奢る、咲夜さんもお土産に持っていったらどうだ?」

結月がそう言うと鈴音はパアッと明るい笑顔を見せる。

「本当にいいの?ありがとう結月、今日は本当に太っ腹だね・・・・・まあ結月は痩せているけど」

まあ、言葉の文だしなと思う結月。

「本当によろしいのですか結月さん?・・・・・ではお言葉に甘えて美鈴とパチュリー様それに小悪魔にもお土産として持って帰ろうかしら」

紅魔館に暮らしているのはどうやら紅い悪魔や妹だけない、紅魔館を守る門番を務める中華風の妖怪や膨大なる知識を備えた魔女、それにその魔女の使い魔として働く下位の悪魔も住んでいると噂されていた。

ふと紅い悪魔とその妹にはお菓子を買っていかないのかと結月は思ったが考えてみれば彼女達は人間の生血を主食としているため人間のお菓子は食べられないのかもしれない。

「私も食べ足りなかった分や智子や桃花にも買っていってあげようかな」

桃花はともかく、智子にもお菓子をお土産として買っていくと聞いた時、結月は意外だなと思った。

昨日、触れてほしくない過去に触れられて酷く落ち込む原因にもなった智子にもお菓子を買っていくのだ。

どうやら鈴音は智子の事を怒っても恨んでもいないようだった。

(という事は落ち込んでいたのは智子に過去に触れられた事ではなくてその触れてほしくない過去に対しての自分自身の葛藤なのか?)

そんな事を考えている結月とは裏腹に当の本人である鈴音は嬉しそうに箱にお菓子を詰めていた。

談笑しながらひょいひょいとお菓子を迷いなく箱に詰めていく鈴音と咲夜の姿を見て女性って本当に甘い物が好きだなと気楽に考えていた結月だったが、これが後に大変な事になるとはこの時結月は思いもしなかった。

「お待たせ結月!さっお会計をして咲夜さんの買い物に付き合うよ!」

隙間なくギッシリお菓子を敷き詰めた箱を持って来た鈴音と咲夜。

随分と入れたなと思いながらもお会計に向かう結月。

お会計を担当する店員は鈴音と咲夜の箱の中に入ったお菓子を種類と数を確認した後、算盤をうちお金を計算すると食べ放題三人分の料金とお土産のお菓子代を合わせた合計金額を結月に見せた。

「はい、合計でこれくらいになります!」

定員から見せられた算盤を額と見て財布からお金を取り出そうとした結月の動きが止まる。

算盤に打ち出された額は結月の想像を超えるものだった。

(二万五千三百七十一・・・・・・)

その値は結月がお菓子に対する認識が変わる程の値段だった。

食べ放題料金が一人五千くらいで三人いるので一万五千円取られる事は分かっていた。

料金自体は時間制限あれど基本はお菓子食べ放題で飲み物も飲み放題だと考えると妥当だと思っていた、問題はお土産用に箱に詰めたお菓子の値段だ。

(いやでもここで提供されているお菓子は天道人進堂の自慢のお菓子の他、幻想郷で名だたる甘味処や和菓子屋のお菓子ばかりだ、別売りで買ったらこの値段は妥当か・・・・)

しかしそれでもお菓子で約二万五千も取られるとは思ってなかった。

「どうしたの結月・・・・・・あっごめん、ちょっと取り過ぎちゃった」

算盤の前で佇む結月を心配して近づいてきた鈴音と咲夜は算盤の額を見て気まずい顔をする。

彼女達もついつい食べたいお菓子や美味しそうなお菓子を詰めてしまった事を反省する。

「・・・・・やっぱり私も出すよ結月、咲夜さんも分は予想外だったもんね」

そう言って財布を取りだそうとする鈴音。

「私も出しますわ、私の分まで結月さんに奢ってもらおうなんてやっぱり我儘ですよね」

咲夜も財布を取りだそうとした時、結月は首を横に振った。

「いや、ここは俺が払う、俺が払うと言った以上、その言葉を曲げるつもりはない」

別に結月は女性の前で恰好をつけたい訳ではない。

自分自身の誇りが割り勘を許さなかった。

結月にもそれなりに誇りはある、奢ると言った以上、自分の発言には責任を持ちたい。

そうでなければ自分は口だけの人間になってしまう。

無茶もあるだろう、無理もあるだろう、自分の主張を曲げなきゃいけない時だってある。

だが今はそうじゃない。

(かなりの額だが払えない訳ではない)

結月はあまり娯楽にお金を使わない方で節制する方に人間なのでお金には余裕があった。

そのため二万五千なら払えるには払えるがまさかお菓子にこれだけ使うとは思わなかっただけだ。

結月は財布からお札を三枚取り出すと店員に渡した。

店員はお金を受け取るとお釣りを結月に渡した。

「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしています」

全額払った結月に対して鈴音と咲夜はおお、と驚いたような顔をしていた。

何とか自分の誇りを保った結月だったが、その代償はとても高く、甘いお菓子を食べたばかりのはずなのに心は甘くないほろ苦さを感じる結月であった。

 

日は大分傾き、幻想郷は夕焼けに染まっていた。

「ここまでくれば大丈夫です」

人間の里を抜け霧の湖へと向かう一本道を前にして咲夜はそう言った。

「鈴音さんと結月さんのおかげでとても助かりましたわ、おかげで滞りなく買い物を済ませる事が出来ましたわ」

結局あの後、何度も絡まれそうになったり入店拒否されそうになったりしたが結月達が話し合い(脅しを含め)で解決した。

「それでなんだけどさ咲夜さん、もし何か欲しい物があったら私達がいる天道人進堂に来てよ、天道人進堂には大抵物は揃っているし職員は噂話なんて流されないしっかり者ばかりだから、邪険にはしないよ、私達からも職員や鼎には話を着けておくからさ」

鈴音がそこまで言えるのは咲夜が仕える紅い悪魔が絶対に人間を襲っていないという確信があるからだ。

「いけませんわ、これ以上ご迷惑をかけたら鈴音さんや結月さんはおろか天道人進堂にも良からぬ噂が・・・・・」

これ以上迷惑をかけたくない咲夜に対して鈴音はニカッと笑う。

「私言ったはずだよ、世間に流されて真実から目を背けて咲夜さんを助けないなんて事をしたらそれこそ逸脱審問官の名折れよって、それは逸脱審問官だけでなく天道人進堂だって同じ、天道人進堂のみんなその考えを持っているから咲夜さんを信じるよ、絶対にね、例えそれが世間の考えに逆らうとしてもね」

真実、紅い悪魔が犯人でないという確証性のある証拠もないが紅い悪魔が犯人であるという確証性のある証拠もない。

証拠がない以上今の所は紅い悪魔は無関係であり無実なのは紛れもない真実なのだ。

「鈴音さん・・・・・ありがとうございます、では蝙蝠の騒動が収まるまではお言葉に甘えてそうさせてもらいますわ」

蝙蝠の騒動が収まるまでと口にする咲夜だが、果たして蝙蝠の大群と連日の行方不明者は収まるだろうかと結月は思う。

結月にはこの一連の騒動がパッタリと収まるとは思えなかった。

最も幻想郷の秩序が乱れるとして博麗神社の霊夢が重い腰を上げた場合は例外だが。

「では、私はこれで失礼いたします」

咲夜はお辞儀をすると白エプロンから懐中時計を取り出し懐中時計の上部にある突起部を押した。

その瞬間、咲夜の姿は一瞬にして消えてなくなり目の前には霧の湖へと続く道だけが広がっていた。

「驚いたでしょ結月?咲夜さんは時間を操る能力を持っていて空間の時間を止めたり時間を早めたりする事が出来るんだよ、だから時間を止めて家事をこなしたり、時間を早めて葡萄果汁搾りをワインにしたりする事が出来るんだ、流石は紅魔館のメイド長だけの事はあるよね」

時間を操る能力だろうとは結月は思っていたが、まさか時間を止める事も出来るとは思ってなかった結月。

確かに咲夜が一瞬で消えたと結月は感じたが、良く思い出してみれば一瞬と言う言葉すら遅く感じるような消え方だった。

まるで咲夜を含め周りの世界が切り取られたかのような感じだった。

(一体咲夜は何者なのだろう?)

常人には得る事が出来ない能力を一体彼女は何処でそれを会得したのか?何故紅い悪魔の下で働くのか?そもそも幻想郷の人間なのか?謎の多い人物であるのは確かだった。

それは霊夢や魔理沙にしてみても同様の疑問を持っていた。

(まだまだ俺には分からない事ばかりだな)

これも逸脱審問官になったからこそ垣間見える世界の一つなのだろうか?

そんな事を思っていると何処からか聞き覚えのない男の声が響いた。

「十六夜咲夜・・・・・彼女もまた蝙蝠の大群に惑わされた一人の被害者か」

結月は何処からともなく聞こえる男の声に無意識に構える。

「結月、安心してこの声の主を私は知っている、私達逸脱審問官の味方よ」

木々が生い茂り無造作に雑草が生える日の光が入らない暗闇の中から一人の男がヌッと現れる。

全身黒づくめで首には黒色の布をマフラーのように巻いており目の部分しか露出しておらず左目には大きな傷跡があった。

その姿から結月は一目で件頭である事を理解した。

それもすぐ傍にいたのに気付かない程気配を消すのが上手い事やその一方で露出している両目はまるで猛禽類の様な鋭い眼光を放っている事からかなり腕の良い件頭である事も予測していた。

「やっぱり風馬だよね、こんな至近距離で私達に気づかれない程気配を消す事が出来る件頭は風馬しかいないもんね、風馬に会うたびに敵でなくて良かったと思うよ、もし敵だったら背後を取られて暗殺されちゃいそうだよ」

鈴音の言葉には結月も同感だった。

もしこの男が敵だったら知らぬ間に背後を取られ命を奪われていた事だろう。

「それはない、お前達に近づけたのはお前達に殺意がなくただ自然と同化する事に務めただけ、もし暗殺しようと殺気を出そうものならお前達は殺気を感じ取り一瞬で私の姿を捉え瞬く間に私の首は地面に転がるであろう、それ程の実力を逸脱審問官は持っているのだ」

一方で風馬と呼ばれた件頭は謙虚な態度でそう答えた。

しかし結月にはもしこの件頭が本気で自分の命を奪いに来た時、果たして一瞬の殺気を察知し反撃ができるかどうか不安だった。

そう思う程の実力者である事は間違いなかった。

「鈴音、もしやその男が新しく逸脱審問官になった男か?」

うん、と頷いた鈴音、風馬と呼ばれた件頭は結月の方を見る。

「顔を合わせるのは初めてだな、俺の名前は風馬、件頭をやっており恐縮ながら件頭の長をやっている、お前の事は良く知っている、平塚結月・・・・・・さて、何が知りたい?」

その言葉で結月は風馬が凄腕の件頭である事を確信した。

何が知りたいと聞いたのは自分の事なら何でも把握していると宣言しているようなものだった。

そこまでの事を堂々と言えるという事は何でも知っているという自信の表れでもあり恐らく本当に自分の事を良く知っているのだろう。

知らないとすれば何時から何時まで寝たかとか寝る前に読んだ本を何処から何処まで読んだとか細かい所になるがそこまで細かくないと風馬の口から知らないと言わせられないだろう。

結月の見た目には出さないが風馬には自分の殆どの事が知られているような気がして内心は冷や汗を感じていた。

「聞きたくはないな、聞いたら絶対後悔するに決まっている」

結月の答えにフッと答える風馬。

「結月、やはり逸脱審問官になるだけの男のようだ、認めようとしない常人とは違う」

そう褒められた結月だが正直に答えただけなのに何故褒められたのか理解できなかった。

「何故風馬さんは俺を褒めたんだ?俺は風馬の風貌や雰囲気から只の件頭ではないと感じ取って本当に俺の事を何でも知っているような気がしてそう言っただけなんだが・・・・」

結月の疑問に対して風馬は目を瞑って首を横に振った。

「相手の姿や雰囲気から一体何者でどれ程の実力を持っているか瞬時に理解し素直に認める事が出来るのが逸脱審問官なのだ、それを理解するお前は逸脱審問官としての器を十分に持っているようだ・・・・これなら安心して逸脱者の情報を提供する事が出来る」

顔の大部分が隠れており表情は伺えないが安堵しているように見えた。

「それって・・・・・もしかして逸脱者の情報を掴んでいるの?」

緊張した面持ちでそう聞いた鈴音だが風馬は首を横に振る。

「残念ながら今は何も・・・・・ただ」

風馬は猛禽類の様な鋭い目で鈴音と結月の方を見た。

「蝙蝠の大群を率いているのは恐らく妖怪の類ではない」

静かに、けれどもしっかりとした声で風馬はそう答えた。




第十四録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?さて読者様は御正月は御正月らしく過ごしましたか?
私はお節料理を食べたり仏壇を参ったりやって来る親戚の対応をしたりしてそれなりに御正月らしく過ごしました。
ただ今年は何故か御正月という気分になれませんでした、お正月の時は雪がなくあまり寒くなかったせいなのか新年に入っても2016年の様な気分でした。
ですが2017年に入って今日で十三日目、もう十三日も経ちました、一月の半分に近いです、時の流れは速いのです、だからこそ気分を切り替えて一日一日を大切にし2017年も頑張って創作に打ち込んでいこうと思います。
所信表明の様になってしまいましたがとりあえず小説はどんな形であれ完結させたいという意気込みで行こうとは考えています。
こう書くと物凄いプレッシャーですが一応意気込みであって決意表明ではないのであしからず←言い逃れしようとする屑そのもの。
それではまた金曜日に。

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