人妖狩り 幻想郷逸脱審問官録   作:レア・ラスベガス

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こんばんは、レア・ラスベガスです。
今年の小説の更新もこれで最後となりました、来年も頑張って投稿いきますので宜しくお願い致します。
それでは第十二録更新です。


第十二録 月明かり覆う黒い翼 二

本拠の最下層にある精神と肉体を鍛える場所、鍛練の間。

その鍛練の間にある射撃場、その射撃場の射撃台の前に並ぶように立つ二人の女性とその後ろで二人の女性を見守るように見ている男性三人の姿があった。

射撃台の前に立つ彼女達の手には逸脱審問官正式装備小銃であるスナイドル銃が握られており彼女達はボルトを解除し遊底を開くと台の上に置いてあった金属薬莢を薬室へと詰め、遊底を閉じてボルトでロックする、そして撃鉄を起こし銃床を肩に当てると引鉄に指をかけた。

そして束の間の静寂、それは嵐の前の静けさのようでもあった。

彼女達は互いに瞬時に撃てるよう引鉄を搾りながら標的が出てくるのを待っていた。

射撃台の向こう側、彼女達から5m地点の場所から突然、二つの白黒の的が現れた。

銃声、的が現れて一秒とたたず放たれた銃弾は現れた二つの白黒の的の中央を貫いた。

彼女達は発砲したと同時に遊底を開いて空薬莢を排出すると次の金属薬莢を詰めて遊底を閉じ撃鉄を起こす。

それと同時に彼女達の前に一つずつ白黒の的が先ほどより離れた場所に現れるがすぐに銃弾が中央を貫く。

まるで銃弾が意志を持って白黒の的の中央に向かって飛んでいくような感じに見えるがそんな事はなく彼女達の卓越した射撃技術が銃弾を白黒の的の中央に当てているのだ。

その後も次々と現れる白黒の的だが彼女達は焦ることなく排莢、装填、発砲を行う。

次第に白黒の的も現れる間隔が短くなったり白黒の的が動いたり、撃ってはいけない赤白の的が白黒の的の前を横切ったりするが彼女達は的確に白黒の的の中央を貫いていく。

射撃台の上に置かれた金属薬莢はそれぞれ一発ずつとなり彼女達は空薬莢を排莢するとそれを薬室に詰めボルトでしっかりと固定し撃鉄を起こし構えた。

最後に現れた彼女達から30mも離れた直径15センチを白黒の的に彼女達はしっかりと狙いを定め引鉄を引いた。

バァン!銃声と共に放たれた二つの銃弾は山なりの弾道を描きながら白黒の的に命中した。

発砲の後の静寂、射撃台の向こう側を銃口から吹き出す硝煙越しに見つめる彼女達は射撃の構えを崩さない。

「・・・・・・・・はあ、流石狙撃手を任されているだけの腕はあるね、智子」

一息つき射撃の構えをやめる鈴音。

「あなたこそ、全く射撃の腕が落ちていないようで安心したわ」

智子も極度の緊張から解放され額から汗を流しながらそう言った。

「智子先輩も凄いが・・・・・まさか鈴音先輩があれほど小銃の扱いに長けていたとは・・・・」

鈴音と智子を後ろで見守っていた結月は表情では出さないがかなり驚いている様子だった。

一方の蔵人と修治は特に驚いた様子はない。

彼等にとってこの光景は見慣れたものだった。

「鈴音は逸脱審問官になるための射撃試験の時、小銃の試験で的のほぼ中央に全弾命中させた程の腕前だ、俺も最初は信じられなかったが・・・・・これがその何よりの証拠だ、正直俺でもあんな芸当は出来ん」

いつもは鈴音を小馬鹿にしている蔵人も鈴音の射撃の腕前だけは素直に褒めている様子だった。

「僕も鈴音さん程とはいかなくても、もう少し小銃の扱いに上手かったら良かったらと思ってしまいます、自分は射撃試験の時、合格基準ギリギリでしたから・・・・」

修治は羨ましそうに鈴音と智子を見つめる。

「修治そう思うのなら気合を入れて練習しろ、願うだけじゃ叶えられんぞ」

蔵人の考えも真っ当だが結月には鈴音の射撃技術は才能の域なのだろうと思った。

才能とか特別とかそう言う言葉は好きではない結月も鈴音と智子の射撃技術は常人の人間では努力しても辿り着けそうにない生まれ持った素質なのだろうと思ってしまった。

最もそう思う結月自身も他の人からは生まれ持った素質を持っていると思われている人間だった。

結月自身は努力してこの体を手に入れたと思っているが訓練施設時代に一緒に通っていた訓練生からは羨まれたり時には嫉妬されたりする事もあった。

それは結月にとって悔しい一方で寂しい事でもあった。

「よいしょっと・・・・」

射撃場の左右の壁に設置されたレバーを引くと先ほど鈴音と智子が撃った白黒の的が地面から現れる。

現れた白黒の的にどれだけ当てられたか、また白黒の的のどこら辺に当てられたか確認するためだ。

結月と蔵人と修治は射撃台の隅に設置された簡素な扉を開けて射撃台の向こう側に入り確認に向かう。

「相変わらず良い腕だ・・・・・」

現れたであろう白黒の的は全て撃ち抜かれておりそのほとんどが白黒の的の中央を貫いていた。

射撃台の向こう側は的を出すための網目状に穴が掘られておりそれに足を取られないよう気をつけながら鈴音と智子が撃ち抜いた的を見ていく。

そして一番奥にある最後に撃った白黒の的の前で結月と蔵人と修治の足が止まる。

最後に撃たれた二つの白黒の的、鈴音の方は白黒の的の中央を正確に貫いていたが、智子の方は中央を貫いているものの銃弾の弾痕は中央の黒の周りにある白に僅かにはみ出していた。

「最後の的だけ智子の弾痕に若干のズレを確認した、鈴音の方は正しく中央を貫いている」

蔵人の報告を聞いた鈴音は少しだけ嬉しそうな顔をした。

いや、彼女の性格から考えればもっと喜んでいても良いのだが負けた智子のためにその感情を抑えつけている様に見えた。

蔵人と修治から射撃手を任されている智子にとって僅かな差であっても負けた事はとても悔しい事だと鈴音は分かっていたからだ。

「今回は私の勝ちだね、智子」

今回は、とつけたのは次戦ったら勝てるかどうかの分からない程の僅差だったと勝てたのは運によるものだと智子をさり気なく擁護しているのだ。

「お世辞はいいわよ鈴音、あなたは私に勝って私はあなたに負けた、それだけよ、自分が負けた事をちゃんと認めないと強くなれないわ・・・・・」

一方の智子はこの僅差が例え運によるものだとしても運も実力の内だと思い、負けた事を認めていた。

智子は負けた事に言い訳をしない強い女性であった。

「それに今はあなたに負けた事よりもあなたが相変わらずの射撃の腕前を持っている事に安心した気持ちの方が勝っているわ、こうやって競い合ったのは久しぶりだもの、最近はあまり射撃練習をしている様子を見なかったし・・・・・心配していたのよ」

智子の言葉に息を詰まらせる鈴音。

そこへ射撃台の向こう側から結月と蔵人と修治が戻って来る。

「そ、そんな事ないよ・・・・・ちゃんと智子達がいない時間帯で練習をしていただけだよ」

ぎこちない笑顔でそう答えた鈴音。

真意は定かではないが智子はそう・・・・と答えた。

「・・・・・・鈴音、やっぱりあなたもう一度狙撃手に転身した方が良いんじゃないかしら?」

智子のその言葉に思い詰めたような顔をする鈴音。

蔵人も修治も若干驚いたような様子だった。

「お、おい智子、それは・・・・」

智子の言葉を制止させようとする蔵人だが智子はそれを無視して話しを続ける。

「あなたの素質を見れば狙撃手の方が向いているしそっちの方が逸脱者を断罪しやすいと思うのよ、確かにあなたの刀や拳銃の使った近接戦の戦い方も悪くないと思うけど狙撃手の方があなたの能力を最大限に発揮できるし月見ちゃんの能力も上手く使えばあなた単独で一発も攻撃を受ける事もなくそれどころか逸脱者が気づかないまま断罪する事も出来るわ」

鈴音は顔を下に向け怯えた様な表情で手に持った銃をぐっと握っていた。

「結月は私達の方に任せてね、あなたは狙撃手に戻って他の審問官と組んで逸脱者の断罪を行った方が良いと思うのよ、あの事だって元を正せばあの人が・・・・・」

智子が話を遮るように鈴音が口を開いた。

「ごめん智子」

顔を上げた鈴音、その顔は笑っていたがいつもの明るさは感じられない。

「私はもう狙撃手には戻らないって決めたんだ、小銃ももうこの銃しか握らないって決めたから」

その顔を見て智子は少し戸惑いを浮かべた後申し訳なさそうな顔をした。

「・・・・・・そう、ごめんなさい・・・・・無理を言っちゃって」

ううん、と首を横に振る鈴音。

「大丈夫、智子の気持ちも分かっているから・・・・・でも私はこれで行くって決めたんだ」

そういつもと比べ元気のない声でそう言った鈴音。

そんな鈴音を見て結月はある既視感を感じていた。

(あの顔・・・・・・確か射撃試験の話の時や霊夢の時に・・・・・)

結月の脳裏に関連性のある出来事が鮮明に蘇る。

だが流石にあいつの成績には勝てないな・・・・・今でも信じられないがな。

思い出せば蔵人がそう言っていた時も鈴音はあまりいい顔はしてなかった。

あいつの二の舞いにはならないようにね。

霊夢がそう言った時は明らかに怯えていたし自分が何かどうしたのかと話しかけようとした時も無理に笑顔を作って話を逸らしていた。

(そういえば鈴音に初めて会った時も・・・・・)

それは鈴音が自分を見てまだ新人だった頃の自分の過去を重ね合わせた時だった。

あの時の鈴音は悲しそうな目をしていた。

(あいつ・・・・・・それと何か関係があるのか?)

そう思う結月であったが鈴音はすぐにいつもの自分を装った。

「さて、練習も終わったし今日はこれくらいにしようか、結月も疲れたよね?」

ああ、と瞬間的に堪えてしまったが結月からしてみれば今日は準備運動と軽い連携練習と射撃訓練だけなのでそれほど疲れてはいなかった。(汗はかいていたが)

「じゃあロッカールームに戻ろうか結月、お先に失礼するね」

月見ちゃんが鈴音の背中をつたって肩に乗ると鈴音は階段の方に足を向けた。

結月の肩で首を傾げる明王、その気持ちは結月も同じだった。

「では俺もこれで・・・・」

蔵人達に軽く会釈すると蔵人はああ、と手短に答えた。

結月が鈴音の後を追おうと蔵人達に背中を向け歩き始めたその時だった。

「智子・・・・・お前らしくない思慮浅い発言だぞ、お前には鈴音の気持ちが分からないのか」

蔵人の声、珍しく智子を叱っていた。

「ごめんなさい・・・・・・でも私は鈴音の気持ちがわかった上でそう言ったのよ、あの子は才能を無駄にしていると思うのは狙撃手をやっている身からして当然の思いよ・・・・・鈴音は悪くないもの・・・・・悪いのは全部・・・・」

智子も珍しく蔵人に反論していた。

「智子さん、そこまでにしてください・・・・・鈴音さんが悪くなくても彼女が触れてほしくない所を無理に引き合いに出すのは幾ら才能云々でも悪い事だと思います、もうその話はしないようにしましょう」

修治も先輩である智子に対して異議を述べるなど何処かいつもらしくなかった。

「・・・・・そうよね、本当にごめんなさい・・・・・鈴音にはもうこの話はしないようにするわ」

蔵人と修治の言葉に智子はそう反省の言葉を述べていた。

結月は蔵人達の会話を聞き逃さなかった。

 

簡易滝風呂室の使用時は水蒸気で白い霧に覆われる。

ここは湿気も強いため蝋燭の火では簡単に消えてしまうため大きな松明が左右に設置されそれが灯りとなっていた。

上部に設置された細かい小さな穴が沢山開いた金属の蛇口からお湯を浴びていた。

最初の頃は使い方が分からず戸惑っていたがここを利用する蔵人や竹左衛門から使い方を教わり今は一人でも利用できるようになった。

使い方が分かるとこれほど便利なものがあるのかと結月は驚いた。

確かに普通の風呂と比べると気持ち良さは劣るものの素早く汗や汚れを落とす事が出来るしお風呂と比べると時間も手短に済んだ。

体も洗う事も出来るし何より頭からお湯をかぶるという行為がとても心地よかった。

だが今の結月は気持ち良さなど考えず頭からお湯をかぶっていた。

神妙な面持ちでお湯をかぶる結月に明王は風呂桶に溜まったお湯に浸かりながら様子を伺っていた。

(蔵人や智子、それに霊夢が言うあいつとは一体誰なんだ?)

結月の頭にはあの時で出来事が離れなかった。

頭からお湯を浴びながら結月は話を整理する。

恐らくあいつと呼ばれる人物は霊夢や蔵人や智子の話を纏めると鈴音の関わりが深かった人物なのだろう。

蔵人の言葉からして恐らくその人物もまた自分と同じ逸脱審問官だと思われた。

しかも試験の結果だけ見るなら優秀な逸脱審問官なのだろう。

鈴音とその逸脱審問官の関係はよく分からないが智子の言葉からしてある出来事がきっかけで鈴音は悪夢に近いような記憶が残ったという事なのだろう。

そして霊夢の言葉・・・・・これが意味する答えは最悪の答え、憶測にしかすぎないがその出来事のせいでその逸脱審問官は大怪我を負ったもしくは亡くなったという事だと思われる。

そしてその出来事が当時狙撃手をしていた鈴音が狙撃手をやめるきっかけになったという事だった。

(だが、これだけでは何もわからない)

様々な発言からそこまでは辿り着けたものの不明な点も多い上に憶測の域を出なかった。

その逸脱審問官とは一体何者なのか?鈴音とはどういう関係だったのか?鈴音が思い出すのも嫌になるような出来事とは一体どういうものだったのか?

結月には分からない事ばかりであった。

ここまで来たなら出来るなら真実を知りたい、そう言う思いはあった。

(だが鈴音はその事をあまり触れてほしくなさそうだった・・・・本当に知っていいものなのか)

一方で結月にはそんな感情もあった、鈴音が触れてほしくない所を知ろうとすれば鈴音はどんな気持ちになるだろうか、触れないでおくのも一つの優しさなのかもしれない。

少し考え込んだのち結月は意を決したかのようにお湯を止めた。

 

「あいつとは誰か・・・・・・面白い事を聞いてくるな、結月」

結月が訪れたのは天道人進堂の最上階にいる鼎の執務室だった。

結局結月は鈴音と関わりが深かったあいつと呼ばれる逸脱審問官とは何者なのか、鈴音とどういう関係だったのか、そしてあの出来事の真実を知るために鼎に会いに来たのだ。

他の逸脱審問官に聞く手もなくはなかったがその逸脱審問官の話をする度に感じる雰囲気を察するに皆がそれを気にしており、例え聞いたとしてもまともに答えてくれる可能性は低かった。

だからこそ、鼎に聞きに来たのだ。

「しかしながら私は『あいつ』という名前の人物は知らないな・・・・・お役に立てなくて済まないが」

鼎は冗談交じりにそう言って結月の質問に真面目に答えなかった。

「言葉が足らなかったのならすまない・・・・・だが鼎ならよく知っている人物のはずなんだ」

結月は自分のやっている事は間違っているかもしれないというのは分かっていた。

もしこれを知ってしまえば鈴音と自分との今の信頼関係に大きな亀裂が入ってしまう危険性も良く理解していた。

だがそれでも真実を知りたいという気持ちがそれ以上に強く込み上がってきたのだ。

それと同時に鈴音の触れたくない過去がどのような過去であったとしても結月は鈴音を頼れる上司として尊敬する先輩として受け入れる覚悟はあった。

「恐らくその人はかつて優秀な逸脱審問官で鈴音先輩と関わりが深く、あの出来事がきっかけで今はここにいない人物・・・・・他の先輩方は皆知っている人だ、鼎も知っているだろう?」

ああ、と今思い出したかのようなわざとらしい口振りでそう言って結月に背中を向けた。

「あいつの事か・・・・・確かにとても優秀な逸脱審問官だった・・・・・他の逸脱審問官にとって憧れる先輩であり、実力と経歴、どれをとっても輝かしく、いつもどんな時でも頼れる逸脱審問官の主導者的存在だった・・・・」

だった、その言葉から今までの経緯を含めて連想するならばやはりもうここにはいないという事だった。

「一体何者なんだ?」

結月の質問に鼎はすぐ答えなかった。

そして鼎は執務室に置いてある自分専用の椅子に腰かけると結月を見つめる。

「結月、私と君との初対面は逸脱審問官採用試験の個人面接の時が初めてだが私はそれ以前にも君の事を良く知っていた、君がまだ人間の里にある逸脱審問官訓練施設に通っていた頃、私は何度もそこに足を運び未来の逸脱審問官がいるだろう訓練生達を遠くからじっと視察していた、言うなれば訓練施設に入った時点で既に最終試験は始まっていたと言っても過言ではない」

結月には話の意味が分からなかった、あいつの呼ばれる逸脱審問官の事が知りたいのに鼎は何故か自分の話をしていた。

「その何十人といる訓練生の中でも君は一際輝いていた、口数は少なめだが高い潜在能力を秘め、過酷な訓練に対しても弱音を一切言わず淡々とこなし、様々な環境下でも状況に合わせた行動が出来る順応性の高さ、様々な実技や武器を短い期間で扱えるようにする学習能力の高さ、私が初めて結月を見た時、既に逸脱審問官に相応しい資格を持っており、きっと結月なら厳しい試験を乗り越え逸脱審問官になれるだろう、そう思った、そして君は私の見立て通り無事試験を合格し契約の義を経て逸脱審問官になった・・・・・結月、君はとても優秀な男だ」

鼎にそう褒められ表情はあまり変えないが頬を赤くする結月。

しかしすぐに聞きたい話から逸れている事に気づき鼎にそれを言おうとするが鼎は間髪入れずに話を続ける。

「だが、お前は少し真面目過ぎる所がある、いつも必要以上の事を喋らず、娯楽も誰かに誘われなければ自分からは参加しない、いつも逸脱審問官の仕事の事ばかり考え、悩んだら答えが出るまで考え込んでしまう、それはお前のいた環境が生み出した事だが、結論から言えばお前は空気を読むという事が得意ではないという事だ」

鼎は結月の事を名前以外で呼ぶ時は『君』や『お前』の二種類が使うが鼎は恐らく優しく接したい時は君を使い、何かを言い聞かせる時はお前という強い言葉を使い分けでいるのだろうと結月は思った。

「恐らくお前の事だ、他の先輩達からそんな話を聞いて深読みし大よそ何が起きたのか推測を立てて、鈴音が知ってほしくないと知っていながら真実が知りたいという気持ちが抑えきれなくて私の所に尋ねに来たのだろう?そしてどんな過去であっても今の鈴音を受け止める強い覚悟でな」

相変わらずの的中率だった。

反論など出来る余地がない程にだ。

「結月、お前の気持ちも分かる、だが鈴音の気持ちも少しは理解してやろうじゃないか、誰だって触れてほしくない過去の一つや二つだってある、仲間の逸脱審問官が腫物みたいに扱うような過去だって持つ者だっている、血と狂気そして矛盾に溢れた世界と常に隣り合わせの逸脱審問官なら尚更だ、鈴音以外にもそんな過去を持つ逸脱審問官は多い、お前にだってあるだろう?」

結月は自分に問い詰める。

自分の過去を他の人に洗いざらい話せるような人生を送ってきているか?

答えは「いいえ」だ、別に罪を犯したとかやましい過去なんてない。

それでも恥ずかしい経験や話し辛い出来事は確かにあった。

「それにお前が過去を知っても鈴音を先輩として上司として受け入れる覚悟があっても、鈴音は触れられたくない過去を知ってしまったお前を部下として後輩として受け入れられるかちゃんと考えたか?」

言葉を詰まらせる結月。

結月は鈴音の気持ちを十分理解してあげられていなかったとここで気づいた。

鼎は一気に畳み掛ける。

「もし私が鈴音だったら触れてほしくなかった過去を知られた事で心に大きな傷を負うし、そんな事をしたお前と距離を置こうとするだろう、もちろん私が鈴音だったらという話であって本当の鈴音がどう思うかは分からない、だが鈴音はその話をしたくないのはお前に知られるのが怖いからだ、もしお前が鈴音の過去を知れば鈴音は部下であるお前に知られてしまったという心の大きな傷を受けるのは間違いないだろう」

反論なんて出来なかった。

それは結月も気にしていた事だが結月はそれを受け入れる覚悟があれば鈴音も受け入れてくれるだろうと思い込んでいた。

それはどんな事があってもへこたれない不屈の精神を持ち何事も明るく考える前向き思考をしている鈴音ならと無意識に思っていたからだ。

しかし今一度冷静に考えると鈴音が異様に怯える程の過去、それを自分が知ってしまった時、鈴音がいつもの鈴音を保てるとは思えなかった。

「そう言う事だ、結月、私は鈴音のその過去に触れてほしくないという気持ちを尊重したい、今のお前と鈴音の関係を保つためにもだ、知らぬが仏という事もこの世にはある」

そう言う鼎だが逸脱審問官の仕事は知らなければ良かったという事にわざわざ足を踏み入れる機会が多い仕事なので知らぬが仏は詭弁のようにも思えた。

もちろん鼎もそれは分かっているはずだ、恐らくは結月にこれ以上この話はしないという自分の意志を暗に伝えてきているのだろう。

「・・・・・分かった、もうこれ以上鈴音先輩の過去を模索するのはやめる、すまなかった鼎、こんな事を聞きにきてしまって」

そう告げると鼎は椅子の背もたれにもたれかかった。

「結月、私は君が聞き分けの良い子で良かったと安堵しているよ、ちゃんと人の話に耳を傾け自分の考えを改める所も君の良い所だ」

結月にはそれが褒められているのかそうでないのか分からず複雑な気持ちだった。

「それに君は若い、若い者は経験不足から誤った道を選んでしまう事も多い、それを注意し正しい道を導くのが様々な失敗から学び経験を積んだ人生の先輩達だ、だから何も恥じる事はない、またそこから学び経験を積めばいいだけだ」

鼎は結月をそう優しく諭した。

「ああ、そうだな・・・・・」

鈴音の過去をこれ以上触れないと決めた以上、もうここにいる必要はない。

「仕事の邪魔をしてすまなかったな、これで失礼する」

お辞儀をして鼎の執務室から出ようとした結月。

「待て、一つだけ言っておく事がある」

結月は扉の前に足を止め後ろにいる鼎を振り返る。

「今日君は私に会ってないし私も君に会ってない、君は私に何も話していないし私も君に何も話していない、君と私の間には何もなかった、そのつもりでいきなさい」

それはここでの会話は誰にも話すなと言う口止めだった。

鼎ですら内密にする鈴音の過去とは一体何なのか?結月はやはり気になったがこれ以上鈴音の過去に触れないと決めた以上、それ以上考えるのをやめた。

結月は鼎の言葉に静かに頷くと執務室を後にした。

 

鼎の執務室を後にした結月。

(後もう少しで俺は鈴音との信頼関係を失う所だった・・・・・)

結月は自分の行いを反省していた。

逸脱審問官という仕事は血と狂気に彩られた世界だと矛盾に満ち溢れていると言われていたのを思い出す。

そんな過酷な仕事ならば思い出したくもないような出来事も一つや二つあってもおかしくない、皆がそんな過去に心を傷つけ引きずりながら逸脱者と戦っている。

自分もいつかそんな出来事に出会うかもしれない。

もしその触れてほしくない過去を探ろうとしている者がいたと分かった時、自分はどう思うだろうか?

そう考えると自分の考えだけで鈴音の過去を知ろうとした自分に腹がたった。

(もう鈴音の過去はこれ以上触れないでおこう、本人もきっとそれを望んでいる)

結月がそう決意した時だった。

ぐぅ~、自分の右耳でお腹がなる音が聞こえた。

「コ、コン・・・・」

右肩に乗る明王の方を見ると明王は恥ずかしそうな仕草をする。

どうやら明王の腹がなった音のようだった。

「・・・・・・喫茶店で何か食べるか?」

そう提案すると明王はコン!と嬉しそうに鳴いた。

「分かった、俺も珈琲にもう一度挑戦したい所だった」

そう言って結月は一階にある喫茶店「新一息」に向かう。

あの時、苦い思いをした(珈琲だけに)のに何故か結月にはあの珈琲の味が忘れる事が出来なかった。

苦いと分かっているのに何故かもう一度挑戦してみたくなる、もしかしたら既に珈琲に惹き付けられているのかもしれないと結月は思った。

喫茶店に行くため階段を下り一階に戻るとさっきまで比較的静かだった廊下を職員達が慌ただしく行き来していた。

結月は何か違和感を覚えた。

本来なら職員達がこの廊下をここまで慌ただしく使う事はない、天道人進堂は決められた業務の元、余裕を持って仕事しており、残業なんてほとんどしない優良な職場だ、過酷な業務を任さられている職員は年中無休で昼夜問わず命を賭けて逸脱者と戦う逸脱審問官くらいなものだった。(件頭も年中無休らしいが交代制であるため一日中働いている訳ではない)

だから何かの手違いで一人二人が仕事の遅れを取り戻そうと慌ただしく移動する事はあるが大抵は皆歩いて行き来する静かな廊下なのだ。

それが何故か今は職員の多くが廊下を早足もしくは走っている。

(何か重大な問題が発生したのか?)

結月の頭に真っ先に思い浮かんだのは『異変』だった。

異変は何の予兆もなく突発的に起きる事もあり幻想郷中を巻き込む異変が起きた時、真っ先に避難所として強力な結界が張られた天道人進堂に避難者が押し寄せる事があった。

人間側の組織である天道人進堂は数少ない人間達が安心して身を寄せられる場所でもあった。

もしそれならこの慌ただしさも納得できる、だが結月はすぐにそれはないと思った。

(どんなに異変の予兆がなくても鼎なら何かしら情報を掴んでいてもおかしくない・・・・・)

確信はない、ただあの鼎が異変を見逃すとは何故か思えなかった。

普通だったらそんな考え方はしない、鼎だって人間だ、異変に気づかないのが普通だ。

でも何故か鼎だったら異変が起こる前に何かしら自分達が知らないような情報筋から異変の兆候を捉えてそつとなく職員や件頭や逸脱審問官に話をするはずだ。

ここに押し寄せてくるであろう人間達を混乱なく受け入れる準備をさせるために。

そんな風に考えるなんて自分でも馬鹿げているとは思うが不思議と鼎だったらそうすると思えてしまう。

(ではこの慌ただしさは一体・・・・・?)

結月がそう思っていると聞き覚えのある声が廊下の奥で聞こえた。

滑舌が良く、声に張りがあり、優しさが感じられる声。

結月は声が聞こえた方を見るといつもは結ってある髪が降ろされちょっと控えめだがさり気ないお洒落が女性らしさを引き立たせるような私服を着た、仕事の時と同じ桜の枝を模った髪留めを着けた女性がいた。

見た目は違えどこの女性がエントランスにいる受付嬢だと結月は分かった。

「すまない」

早足でこちらに向かって歩く受付嬢に結月は声をかける。

「あ、結月様・・・・じゃなかった、結月さん、どうされましたか?」

結月に声をかけられた受付嬢は仕事と同じように微笑み優しみのある声でそう聞いてきた。

仕事の癖が抜けきらないのか、はたまたこれが素なのか、何処か接客している感があった。

「何故こんなにも多くの職員が慌ただしく廊下を行き来しているのか、知っているのなら教えてくれないか?」

受付嬢は一瞬え?という顔をした後、すぐに何かに気づきに結月に向かって微笑む。

「結月さん達は多分知らされてないと思うのですけど天道人進堂で働く職員は昨日からなるべく日が昇っている内に帰宅するよう鼎様から命じられているんです、なので最低限の夜勤業務をする職員や逸脱審問官とその関連職員以外はこの時間帯に帰るんですよ」

つまり今ここにいる受付嬢はもう帰り支度をした女性であり受付嬢としての今日一日の役目は終わっているのだ。

結月はここ数日、ずっと鍛練の間で練習に明け暮れていたため(逸脱審問官にとって逸脱者が確認されていない平常時は練習こそ仕事)職員達が二日前からこの時間帯に帰っていた事を知らなかった。

「帰宅?帰るにはまだ日が高いようにも感じるが・・・・・」

時間帯にしてまだ3時くらいだ。

本来なら後2~3時間働いた後に職員達は家が遠い順番から帰り支度をするのだ。

一体なぜそんな早退命令が出ているのだろう?

「結月さん、最近夜になると蝙蝠の大群が飛び回っているのを御存知ですか?」

初耳だった。何せここ数日はずっと本拠の中で過ごしていたのだ。

新聞等も置いてあったが結月はあまり新聞を読む癖がなく、外の事情をあまり把握していなかった。

「いや・・・・初めて聞く」

本当はそう言うのも必要なのだが情報を集める仕事は件頭の専門であり何かあれば彼らの方から逸脱審問官に話がある筈だ。

逸脱者以外の情報に関しては逸脱審問官それぞれであり蔵人は毎日熱心に新聞を読んでいるし鈴音と智子は女性向け雑誌を読んでいる事が多いし、竹左衛門に限っては新聞なんて読まないらしい。

逸脱審問官だからといって情報の収集に熱心かといえばそうでもなく人それぞれである。

「そうですか・・・・・実はここ三日前から夜になると蝙蝠の大群が何処からともなく現れ幻想郷の空を飛び回っているらしいんです、どうしてそうなっているかは分からないんですけどその蝙蝠が飛び回り始めた三日前から人間の里で一人、早高(はやたか)集落で一人、奥城(おくしろ)村で一人、外に出掛けた人間がそのまま行方知らずになっているんです」

そんな怪事件が起きていた事を知り興味深そうに受付嬢の話しに耳を傾ける結月。

「夜な夜な空を飛び回る蝙蝠の大群と行方不明者の関連性は分からないんですけど、時期が時期だけに念のため職員の安全を守るため蝙蝠が活動していない日が昇っている内に帰宅するように命令が出ているんです」

なるほど、そう言う事だったのかと納得する結月。

そしてその命令が自分達に出ていない理由は逸脱審問官の居住が本拠にある事や逸脱者の断罪以外の外出には外出許可を取らないといけないからだ。

「そうだったのか・・・・・すまない、足を止めさせてしまって」

せっかく早く帰ろうとしているのに声をかけてしまった事を謝るが彼女は首を横に振る。

「いえ、大丈夫ですよ、分からない事があればまた聞いてください、私の知っている範囲ならお答えしますよ」

そう言って彼女は仕事の時と何ら変わらない柔らかい笑顔を浮かべる。

「ありがとう・・・・・そういえば、お名前は・・・・」

名前ですか?と聞き直した彼女に結月は頷いた。

「そういえば言っていませんでしたね、私の名前は新田桃花(にったももか)と言います、もし仕事以外で会う事がれば気軽に桃花さんと呼んでください」

裏表ない明るい笑顔でそう言った桃花。

「結月さん他に聞きたい事はありますか?」

首を横に振る結月。

「それじゃあ、私はこれで帰りますね、結月さんお疲れさまでした」

ペコリと頭を下げ桃花は帰って行った。

「・・・・・彼女はあれが素なんだな」

結月は初対面の時から丁寧な応対が出来る人だなと思っていたがまさかあれが本来の彼女の姿とは思わなかった。

「しかしそうか・・・・職員達はもう帰宅を・・・・」

そこまで来たとき、結月と肩に乗る明王はハッとする。

「という事は・・・・・」

結月は早足である場所に向かう。

「やはりか・・・・」

結月がたどり着いたのは喫茶店の前だった。

だが既に店には誰もおらず店の看板には「閉店」の二文字が書かれた看板が掛けられていた。

誰もいない喫茶店に佇む結月と明王。

「・・・・・今日は本拠にある喫茶店にするか明王」

彼女の話通りなら玄関広場の喫茶店は早退のため閉店しているが本拠の喫茶店は通常営業であるはずだ。

結月の提案にコンと頷いた明王。

結月は喫茶店を後にして本拠に戻って行った。

 

夜も更け妖怪達の朝が迎える時刻。

結月は自分の部屋で机に向かって今日一日の日記を書いていた。

「これでいい・・・・」

明王に見守られながら日記を書き終えた結月、日記帳を閉じると壁に設置された蝋燭の火を消しベッドに寝転がる。

明王も結月の傍で寝転がった。

結月は明王の喉元を撫でると明王は嬉しそうな顔をする。

一方の結月に笑みはなく何か考え事をしているような感じだった。

(鈴音もベッドに寝転がって何か考えているのだろうか・・・・?)

結月が考えている事、それは上司である鈴音の事だった。

鍛練の間で別れて以来、今日一日出会う事のなかった鈴音。

外出許可はとってないようなので恐らくあれからずっと自分の部屋に閉じこもっているのだろう。

結月の脳裏に鍛練の間で見た鈴音の悲しそうに去っていく姿が鮮明に蘇る。

いつも前向きで明るい鈴音があそこまで落ち込んだ姿は初めてだった。

(明日はいつもの元気を取り戻してくれるといいが・・・・)

真相は分からないが鼎が口止めをさせるほどだ。

余程鈴音にとって堪えた辛い過去なのだろう。

いつもの鈴音だったらすぐに立ち直れそうだがあそこまで落ち込みようを見ていると明日になっても鈴音がその事を引きずっていたらどうしようと結月は考える。

(何か機嫌が良くなるような事をあれば鈴音の元気を取り戻してくれるかもしれない・・・・・)

そう思うのは結月が鈴音の事を単純な方だと思っているからだ。

単純、と一言で言っても鈴音が馬鹿にしているとかそういう意味ではない、良い事があったら喜び、悪い事があっても良い事があると悪い事を忘れ喜んでしまう、気持ちの切り替えが容易にできる人という意味で結月は捉えていた。

それは物事を深く考えてしまう結月にはとても出来ない事だった。

だからこそ結月は明るく前向き思考な鈴音を尊敬していた。

(機嫌が良くなる・・・・何か・・・・・)

そう思慮に耽りながら結月は瞼を閉じた。

結月が深い眠りについた頃、少しだけ欠けた月が星々と共に空に浮かぶ夜、そんな夜空を無数の小さな影が飲みこんでいき欠けた月も黒き大きな翼に覆い隠された。

その夜、畔見(あぜみ)集落で一人の女性が姿を消した。




第十二録、読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?毎回更新する度に楽しんでもらえているか不安で仕方ないです。
さて今年も色々な事があった一年となりました、小さい事やら大きい事まで様々ありましたが一つだけ言えることがあるとすれば何だか年々良くない方向に進んでいる様な・・・・・。
個人的な意見なのですが何分世の中諍いが多くて心に北風が常に吹き込んでいる様な気分です。
そろそろ年末を迎え正月が始まりますが世の中がこうも良くないと何だか正月の賑やかさも空騒ぎの様に感じられてしまいます。
暗い事ばかり考えていても心が荒むだけなのでお正月は明るい希望を見て楽しく過ごしましょう。
それでは皆様良いお年を。

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