最近テレビや新聞がいつもに比べ騒がしい気がします、海外にしろ国内にしろ政治にしろ芸能界にしろ何かと騒動が多いような気がします。
それともテレビや新聞があたかも大事の様に報道しているだけでしょうか?マスメディアはどんな手を使ってでも国民の関心を惹こうとしてくる節があります。
本来正確で公平な情報を迅速に伝えるべきマスメディアが都合の良い情報や国民の関心を惹けそうな情報だけを報道しているというのは非常に良くない事であり国を駄目にしているといっても過言ではありません。
しかし真実を口にしても国民は耳を塞ぐばかり・・・・・・これでは真面目に報道するのも馬鹿らしくなっても仕方ありません。
耳の痛い話もちゃんと傾けられるような人達が増えてくれるのを願っています。
それでは第十録更新です。
「来るよ!結月」
身構える鈴音と結月、そこへ逸脱者の鋭く長い爪が振り下ろされる。
空をきる爪、鈴音と結月は振り下ろされる寸前に避けていた。
「このっ!」
右手で横に振り払う。しかしこれも寸前に避けられる。
今度は振り下ろしていた左手で鈴音を狙って振り上げる。
だが、これも鈴音には届かない。今度こそとばかりに降ろしていた右手で結月の顔を狙って振り上げる。
しかし攻撃はまたしても空をきる。まるで次の攻撃が読まれているかのようだった。
「隙だらけだな、逸脱者、戦闘はあまり得意ではないようだ」
もし、あの鋭利な長い爪の攻撃を受けたら一撃で命を落とすだろう。
本当なら余裕なんて保てるはずがないのだが結月と鈴音には余裕があった。
それは攻撃の動作が大振りだからだ。あれでは次はこう攻撃しますよと相手に教えているようなものだった。
「ええ、でも気を緩めないようにしましょう」
それは言われなくても分かっていた。慢心などしていない、周囲に常に気は配っていた。
「この・・・・・ちょこまかと動きやがって!」
それからも連続で爪を振り回す逸脱者だが鈴音と結月はそれをあえて寸前で避ける事で逸脱者の気をこちらに向けさせていた。
これでもかと逸脱者は両爪を振り上げた、その時だった。
「ぐあっ!」
逸脱者の両肩に激痛が走る。
逸脱者の肩に巨大化した明王と月見ちゃんが噛み付いたのだ。
「何故、後ろに!?」
驚く逸脱者、突然、背後から襲ってきた守護妖獣が一体いつ後ろに回り込んでいたのか理解できないらしい。
実は鈴音と結月は逸脱者が大きな木の枝からこちらに向かって飛び降りた時、手乗りくらいの大きさの守護妖獣を前方に向かって走るよう指示を出していたのだ。
その指示通り前方に飛び降りた明王と月見ちゃんは前方へ飛び降りると手乗り程度の大きさのまま、逸脱者の着地に巻き込まれないよう全力疾走、逸脱者が結月と鈴音に気を取られている間に巨大化し死角である背中に襲い掛かったのだ。
「くそっ!離れろ!」
噛み付いた明王と月見ちゃんに一瞬気を取られた所を結月と鈴音は見逃さなかった。
「今だ!」
互いに刀を引き抜き一転して攻勢に出た結月と鈴音。
逸脱者に向かって走り出すと逸脱者の両脇腹を横に切り裂いた。
切り裂いた傷口から血しぶきが噴き出す。
「がっ!」
左右の脇腹を斬られ痛みで声が漏れる逸脱者。
だが、逸脱者も馬鹿ではない、背中に力を入れると長く伸びていた毛が引っ込んでいく。
次の瞬間、背中の毛が硬化して鋭い針状の毛が飛び出した。
恐らくは防御触針のようなものなのだろう、噛み付いていた明王と月見ちゃんを狙った攻撃だったが既に明王と月見ちゃんは毛が引っ込んだ所で後ろ脚を蹴って結月と鈴音のいる場所に着地していた。
結月と鈴音は相棒である守護妖獣に刀から滴る血を飲ませていた。
守護妖獣に一滴でも多く妖力を貯め込ませるためだ。
「四対一とは卑怯な・・・・・」
それは先程の逸脱者が行った戦い方を自分で否定しているようなものだった。
(人間とは自分の状況に応じて意見を変えるもの、か・・・・)
人間の尊厳や誇りを守るための逸脱審問官なのに結月は素直にそう思ってしまった。
もちろん全ての人に当てはまる事ではないのは分かっている、だが人間にはそんな人間もいるという事を考えると逸脱審問官として何だか虚しさを感じた。
綺麗事では済まない事くらい分かっていたが・・・・・。
「弾幕勝負に規則あれど、逸脱者の断罪に規則はないわよ」
まさにその通りだった、逸脱者の断罪は遊びではなく殺し合いなのだ。
有利になるためなら数が多くてもいいし強力な武器も使用して良いのだ、そういう意味では平等な戦いともいえる。
「うおおおおおっ!」
結月と鈴音の方を向き直し大きな咆哮を上げ、こちらに走ってくる逸脱者。
一体どんな攻撃を仕掛けてくるのか警戒し身構える鈴音と結月。
鈴音と結月と相棒である守護妖獣まで四mと近づいた時、逸脱者は体を捻じらせた。
「!来るぞ!」
それと同時に結月と鈴音は背中をギリギリまで反り返る。
その行動は正解だった。逸脱者は捻じらせた体を勢いそのままに足を軸にして腕を広げ回転しながら結月と鈴音に近づいてきたのだ。
腕が長い分攻撃範囲も長いため鋭く長い爪に当たれば肉が引き千切られるし腕に当たれば骨折する程の威力があった。
風車のように回転しながら襲い掛かってきた逸脱者だが、膝を曲げ背中を剃り返していたおかげで腕は顔の擦れ擦れを通っていく。
反り返っていた時間は数秒だったが結月と鈴音にはそれ以上に長く感じた。
攻撃をかわされた逸脱者は勢いそのままに結月と鈴音を通り過ぎると回転をやめ結月と鈴音の方を向く。
「チッ!避けたか!」
正直に言えば危なかった、もしあと少し判断が遅れていたら結月も鈴音も胴体と首が離れていただろう。だがこれで回転攻撃が出来るのは理解したので次に同じ攻撃をされても余程の事がない限り余裕を持って避けられるだろう。
「こうなれば・・・・・」
逸脱者は自分の後ろにあった木によじ登り始めた。
猿の人妖という事もあって器用に登っていた。
そして木の上部まで登ると右手で木を抱えると背中の長い毛を硬化させ針状にすると左手で針状になった背中の毛を一本抜くと振り被って結月に向かって投げた。
結月は勢いよく飛んできた鈍く光る触針を素早く後退して避けた。
地面に突き刺さった触針は細いものの先端は鋭く、心臓や頭など急所に突き刺さろうものなら一撃で命を落としかねないものだった。
「こちらの攻撃が届きにくい所から攻撃を仕掛けるか・・・・」
猿を支配下に置いている以上、逸脱者も猿系の人妖ではないかと睨んでいた結月と鈴音。
猿と言えば地上を活動する生物である以上、飛行能力はなく飛び道具も持ってないと思われたため戦闘も肉弾戦を積極的に行う可能性が高かった。また猿は素早いのでその素早い動きに対応するため重量のある小銃の装備は今回見送ったのだ。
結論から言えばおかげで逸脱者の素早い攻撃に対処できたが、意外な飛び道具攻撃に逸脱者から一方的な攻撃を受ける羽目になった形だ。
「くっ!」
真っ直ぐ飛んできた鋭い触針を鍛えられた動体視力で避ける鈴音。
厳しい試験を合格し過酷な訓練に積む逸脱審問官だからこそ出来る芸当だった。
「ひゃはははっ!逃げ惑え!幾ら逸脱審問官でもここまで攻撃する事は出来ないだろう!」
笑いながら背中に生えた触針を抜き投擲していく逸脱者。
次々飛んでくる触針をかわす結月と鈴音と守護妖獣。
このままでは一方的に攻撃をされ続けるだけだ、どうにかして逸脱者を地面に降ろさないといけない。
「結月!私に任せて!」
そう言った鈴音に結月は頷く。結月に出来る事は逸脱者の気を引く事だ。
「逸脱者!どうした?当てられないのか?」
結月は逸脱者を挑発する。
「その減らず口!今すぐ言わせなくしてやる!まずは貴様から串刺しにしてくれる!」
逸脱者は自分の気を引かせるための挑発だと知ってか知らずか、結月に向かって触針を投げ込む。
抜いては投げ、抜いて投げをひたすら行う、背中の触針は無尽蔵に伸びていた。
結月を狙って投げ込まれる触針だったが結月は冷静に祭典減の動きで避けていく。
「ちょこまかと・・・・これで!」
中々当たらない事に業を煮やした逸脱者が背中の触針を抜き大きく振り被った瞬間だった。
銃声が山道に響く、銃弾を放ったのは鈴音だった。
ネイビーリボルバーをしっかりと両手で握り狙いを定めて拳銃の引鉄を引いたのだ。
平常時は明るく何処か抜けている鈴音ではあるが拳銃をしっかりと握り撃つ時はまるで別人になったかのような冷たい顔になる。
拳銃の弾はある程度、距離が離れてしまうと当たらなくなるものだが、鈴音が撃った銃弾は木を抱える逸脱者の右腕に命中し貫通した。
「いっ!?ああああああっ!!」
銃弾が貫通した右腕の激痛で思わず木を掴んでいた手を放してしまった逸脱者。
地面へと真っ逆さまに落ちていった。
ドシン!地面が振動する様な衝撃で地面に背中から落ちた逸脱者、その姿だけなら恐ろしく滑稽である。
「いててて・・・・・うおおお!?」
地面に倒れていた逸脱者に明王と月見ちゃんが襲い掛かる。
逸脱者はとっさに手を地面につけて力尽くで地面を押し上げ体を飛ばす。
身軽な体と長い腕があるからこそ出来る芸当だ。
「猿だと馬鹿にしていたがあんな事、人間では難しいな」
別に猿の能力を見下していた訳ではないが潜在能力の高さに驚いていた。
「猿系に限らず人間系の逸脱者は相手するのが一苦労よ、同じような体格をしているから比較的様々な攻撃が行えるし、逸脱者が人間だった頃空手や柔道の経験者だと恐ろしい事になるわ」
確かに恐ろしいだろう、逸脱者の人間離れした身体能力と卓越した武術の組み合わせはまさに鬼に金棒だ。
逸脱者は明王と月見ちゃんから逃れるように木によじ登る。
地上戦特化の守護妖獣でも木を登るのは難しかった。
しばらくは逸脱者が登った木を見上げ吠えていたが、突然走り始めた。
すると木々が揺れる音が聞こえた。小さな木の枝が折れる音、木の枝が重みで軋む音、葉っぱと葉っぱが擦れる音、様々な音が聞こえその音が指し示す確証は逸脱者が木々を飛び回っているという事だった。
守護妖獣が走り出したのは木々を移動した逸脱者を追っかけたためだ。
しかしすぐに明王と月見ちゃんの足が止まる、恐らくは素早く木の上を移動する逸脱者を見失ったのだろう。
「気を付けて結月、何か仕掛けてくるかも・・・・・」
言われなくても分かっていた、結月は何処から攻撃を受けても大丈夫なように身構えていた。
結月と鈴音の周るように激しく木々が揺れる。
正直今どこに逸脱者がいるか、分からなかった。
明王と月見ちゃんも鈴音と結月の近くで構える。
単体では狙われる可能性があったからだ。
相変わらず逸脱者の姿は見えない。木々の葉が逸脱者の姿を遮っていた。
突然、木々を揺らす音がピタリと止まる、不気味な静寂が流れる。
(さて、何処からだ?)
逃げた訳ではない、逸脱者は不利だからと尻尾を巻いて逃げるような程勇敢な奴ではない事は分かっている。絶対自分達をここで仕留めるつもりだ。
ザシャッ!
何かが木々の茂みから飛び出す音を耳が捉える。
(上か!)
結月と鈴音が見上げるとそこには鋭く長い爪を前に突き出して落下する逸脱者の姿があった。狙いは結月だった。
「結月!」
鈴音のその言葉を直後、地面に強い衝撃と共に砂煙が舞う、砂煙が消えるとそこには地面に深々と爪を突き刺した逸脱者の姿だった。だがその爪に刺さっているはずの結月の姿はない。
「危なかった・・・・・」
急激に落下してきた逸脱者を目視した結月は素早く後ろにバク転していた。
爪が刺さったのは結月がその場からいなくなった直後だった。
予測はしていたがあまりにも大胆な攻撃に反応が遅れてしまった。
(しっかりしろ自分、もしほんの少し遅れていたら死んでいたぞ)
自分を叱咤する結月、しかしここで思わぬ好機が訪れる。
逸脱者は指先に生えていた爪を取ると再び爪を生やした。
無理に抜けば逸脱審問官に隙を見せる事になるからだろう。
そして逸脱者は次に鈴音と明王と月見ちゃんを標的にして爪を振り回していた。
一方の結月には逸脱者のがら空きの背中が見えた。
(あの背中を貫けば大きいダメージが与えられる)
逸脱者はこちらに気づいていない、絶好の好機到来だった。
刀を強く握り気配を悟られないよう気を配りながら背中に接近する。
「どうした?手も足も出ないのか?」
爪を無茶苦茶に振り回す逸脱者に鈴音と明王と月見ちゃんは攻撃を仕掛けられない。
いや、攻撃は大振りなので当たる心配はないがとにかく振り回しているので中々攻撃に転じられなかった。
(逸脱者は本当に私達を殺す気があるのかしら?)
鈴音には不審に思う所があった。逸脱者が本気で襲うのであればああやって振り回すのは良くない、爪を振り回すというのは相手は近づきにくいが相手に致命傷を負わせるという点ではあまり良くなかった、本来なら的確に相手の動きを読んで攻撃をした方が当たるのだ。
一体なぜ逸脱者がこんな滅茶苦茶な攻撃をしているのか鈴音には理解できなかった。
(一旦離れてネイビーリボルバーで逸脱者の急所を・・・・)
そう考えている時、鈴音は不意に逸脱者の後ろに刀を構え近づいてくる結月の姿を見た。
その時、直感で鈴音は危機感を感じた。
「結月!危ない!」
しかし鈴音が言い切る前に結月は逸脱者の背中に刀を突き刺した。
肉を裂きながら腹にまで到達した刀は血しぶきと一緒に深く貫いた。
逸脱者は口から吐血する程の深手を受けたがその直後逸脱者はニヤリと笑った。
突き刺した結月が次に察知したのは殺気だった。
心臓が跳ね上がる程鼓動する、反射的に結月は刀から手を放し防御姿勢を取る。
衝撃、骨が軋むような強い衝撃だった。逸脱者は右足で後ろにいた結月を蹴り飛ばしたのだ。
人間離れした逸脱者とあってその力は凄かった。
間一髪防御姿勢をとっていた結月は攻撃を直撃したものの衝撃を和らげていた。
しかしそれでも衝撃で吹き飛ばされた体は何度も地面にぶつけ木に激突してようやく止まった。
「結月!」
鈴音と守護妖獣は結月を助けようとするが逸脱者は乾いた地面の抉り鈴音と守護妖獣に向かって投げた。
乾いた地面は砂状になっており一瞬の目つぶしには最適だった。
突然飛んできた砂に目をつぶり防御姿勢をとってしまう鈴音と守護妖獣その隙に逸脱者は結月に向かって走った。
逸脱者は鈴音と守護妖獣を標的に変えたのではなくあえて背中を向ける事で隙を作り自分の体に刃が突き刺さる事も計算済みで至近距離まで接近させ後ろ蹴りを食らわしたのだ。
まさに肉を切らせて骨を切る作戦だったのだ。
「うう・・・・」
木にぶつかった衝撃で気が飛びかけたが何とか意識を保った結月。
体に走る痛みに耐え顔を上げるとそこには目の前にまで接近した逸脱者の姿があった。
口を大きく開け鋭い牙を見せながら左手を振り上げている。
「!!」
逸脱者が鋭く長い爪を結月に向かって振り下ろした。
結月はとっさに腰を地面についた状態からでんぐり返しをした。
その判断は正解だった。その直後木に大きな爪痕を刻んだ。
そのままでんぐり返しをして逸脱者の股をすり抜けると何とか痛む体を堪えて立ち上がり走り始めた。
大きな爪痕が刻まれた木はそのまま折れて倒れた。
「ちくしょう!ここまでやったのに・・・・・・」
逸脱者は背中に刺さっていた刀を引き抜く、それと同時に傷口から血が溢れる。
そして結月の刀を怒りで圧し折り投げ捨てた。
「結月、大丈夫!?」
駆け寄る心配そうに鈴音と明王と月見ちゃん。
「ああ、防御姿勢をとっていたおかげで何とか骨は折らずに済んだ、体の至る所が痛いがな・・・・・だが刀を失ってしまった」
むしろ失ったのが刀だけで済んだ事を感謝すべきだろう。
「結月、もう後退していていいよ、あの逸脱者は私一人でやるから・・・・」
しかし結月は首を横に激しく振った。
「大丈夫だ、まだ戦える、このくらいの痛みならまだ耐えられる」
結月の決意に鈴音は自分の刀を結月に渡した。
「大丈夫、私は小刀と拳銃があれば戦えるから、結月はそれを使って」
鈴音のその言葉は結月にとってとても頼もしく聞こえた。
「ありがとう、鈴音先輩」
そんな事をしていると後ろの方で何か引きずっている音が聞こえた。
「てめえら絶対に許さねえぞ・・・・」
そこには大きな木の枝を肩に担ぐ逸脱者の姿があった。
「これでも食らえ!」
逸脱者は大きな木の枝を振り上げると結月と鈴音と守護妖獣に向かって叩きつけた。
森に響く様な音と共に砂煙が舞った。
静寂に包まれる山道、逸脱者は息を荒げながら笑っていた。
「どうだ・・・・・・流石に死んだか?」
そう思っていたが砂煙の中から鈴音の姿が現れた。
彼女は木をつたって逸脱者に接近した。
「小癪な!」
木の枝を持っていない手で鈴音に向かって鋭く長い爪を突きだす。
ザシュッ!鋭く長い爪は空をきり木の枝に爪が刺さる。
鈴音は飛び上がり小刀を引き抜き逸脱者の顔面に向けて振り下ろす。
逸脱者は木の枝を捨てるとその手の爪で攻撃を防ぎ弾き飛ばした。
「っつ!」
宙を舞った鈴音の体はその場に態勢を整え離れた場所に着地する。
その直後、砂煙の中から明王と月見ちゃんが左右に飛び出して逸脱者を挟み撃ちにするように飛びかかる。
逸脱者は足を軸にその場に腕を広げ回転する。
明王と月見ちゃんの体に爪が迫ったその時、明王と月見ちゃんは翼を広げ大きく羽ばたいて後ろに後退し爪を避けた。
そして逸脱者の回転が止まりそうになったその時、砂煙の中から結月が飛び出した。
逸脱者にとって鈴音の攻撃を防ぎ大きな木の枝を捨て、左右から襲い掛かった明王と月見ちゃんの攻撃を防ぐために回転してしまったために結月の突進に対して何の防ぐ手立てを失っていた。
「はあっ!」
結月は自分が先程貫いた部分を再び貫いた。
「ぐえあ・・・・・」
貫いた所に再び貫くという事は傷口をさらに抉るという事、その痛みは想像を絶するものだろう。
逸脱者は再び口から血を吐き出しそれが結月の頭に垂れ落ちる。
それを結月は躊躇することなく浴びた。
逸脱者が結月を振り払う前に、結月は引き抜いて後ろにさがった。
怪我をした訳でもないのに結月は血塗れだった。
呻き声をあげながら逸脱者は走り出すと木によじ登り始めた。
「大丈夫だった?結月・・・・・・怪我した訳でもないのに血塗れだね」
そこへ吹き飛ばされた鈴音と明王と月見ちゃんがやって来る。
「これでもあの逸脱者が奪った命の重さと比べたらまだ少ない方だ」
結月は静かに怒っていた。それは鈴音にも理解できた。
木々に登った逸脱者が何処から襲ってきても対処できるようにそれぞれ四方向を向いて構える結月と鈴音と相棒である守護妖獣、明王と月見ちゃん。
だが、逸脱者の動きはない、こちらの様子を伺っているのか、何か企みがあるのか?
この不穏な静けさを感じ取って鈴音には気がかりな事があった
「もしかしたら逸脱者は私達には勝てないと思ってこのまま逃げ出すつもりなのかも・・・・」
それは結月も心配している所だった。
逸脱者にかなりの深手を負わせる事が出来ている、だがここで逃げ出そうものならこちらは追いかける術はない、先程の木々への移動で分かった事だがどうやら守護妖獣でも木々を飛び回る逸脱者は見失ってしまうらしい。
もしここで逃げられたら恐らく逸脱者は傷が癒えるまでこの森の何処かに身を隠すだろう。
探すにしても捜索範囲が広い上に猿の妨害も予測されるためここで逃げられたら探して見つけるのは困難に等しいのでここで断罪しないといけなかった。
そう考えれば先程の突きは明王の能力を借りて「灼熱刀」を発動するべきだったが何分、逸脱者の大きな木の枝を避けた後、簡単な意志疎通で連携したのでそこまで考えが至らなかった。今思えば惜しむべき事だった。
「ん~・・・・・・・あ、結月、私にもいい事思いついたんだけど・・・・・」
鈴音の視界にある物が写った時、鈴音はある作戦を思いつく。
「良い事?一体どういう作戦なんだ?鈴音先輩」
鈴音は逸脱者に警戒しつつも結月に耳元で話す。
「・・・・・分かった、俺もその作戦に乗ろう」
そう言うと結月と鈴音は自分達の相棒である明王と月見ちゃんに指示を出す。
「周辺を走り回って木々に隠れる逸脱者を探せ、まだこの周辺の木々にいるはずだ」
その命令を聞いて明王と月見ちゃんは結月と鈴音の元を離れ森の中を駆け出した。
一方の逸脱者は結月と鈴音の姿が確認できる場所から枝と葉で身を潜めながら覗き込んでいた。
「ちくしょう・・・・ちくしょう・・・・まさかこんな傷を負ってしまうとは・・・・・」
怒りと悔しさが込み上げながらそう言って木に寄りかかる逸脱者。
体中に出来た傷を抑えながら次の一手を考えていた。
(悔しいがどんな今の俺ではどんな戦い方をしてもあいつらには勝てねえ・・・・・だが地の利ならこちらにある、ここの森は俺が人間だった頃から庭みたいなものだ、ここは一旦退却して傷が癒えるまで身を潜めるか・・・・・使えねえ奴らだが猿に周囲の見張りと侵入者の排除くらいなら出来るだろう、俺の所まで辿り着くのは無理だ)
そう考え撤退しようとした時だった。
逸脱者の目にある光景を目撃する、逸脱審問官が守護妖獣を命令して森の中を走らせている、恐らくは自分を探しているのだろう。そして逸脱審問官は身構えながらゆっくりと大きな岩の方へ後退していく。
(これは・・・・・絶好の機械じゃねえか?)
逸脱者はそう思った。
逸脱審問官達が自分を見失っている事、逸脱者の匂いに敏感な守護妖獣が逸脱審問官の傍を離れている事、逸脱審問官が死角をなくそうと岩を背にしようとしている所を見てある考えが浮かぶ。
(今こっそりと木々を移動してあいつらの後ろに回ってあの大岩を持ち上げてあいつらを押し潰してしまえば守護妖獣も一緒に死ぬはずだ)
逸脱者は自分の最大の敵である逸脱審問官の事を調べている事が多かった。
彼の例外なくこの逸脱者も逸脱審問官の事をそれなりに調べていた。
「ふふふ・・・・・大岩を死角にしようとする考え方がどれほど甘い考えか教えてやる」
そう言って逸脱者はこっそりと木々を飛び移る。
飛び移るというのは間違いかもしれない、掴んでいる木から手を伸ばして移りたい木に捕まり移動する、先程とは打って変わって地味でかつゆっくり移動だった。
だがこれが木々を揺らさずに木々を移動する唯一の方法だった。
時間をかけて結月と鈴音の後ろを取るとゆっくりと木から降り、こっそりと大岩に近づく。
そして大岩に辿り着き、大岩の下に手を入れる。
人間離れした身体能力と猿の人妖であるこの逸脱者にとって大岩を持ち上げるのは難しい事ではなかった。
音が出ないようゆっくりと持ち上げる逸脱者。
(大岩に押し潰されて死ね!逸脱審問官!)
大岩を持ち上げきったその時だった。
「そろそろね」
鈴音がそう小さくそう呟いた。
「ああ、これで終わりだ」
鈴音と結月がホルスターからネイビーリボルバーを引き抜き、振り向くと拳銃を構える。
「え?」
逸脱者は何故、自分の存在が気づかれていたのか、逸脱審問官が勝利の笑みを浮かべて立っているのか一瞬理解できなかった。そして理解する。
考えが甘かったのは自分の方だったと・・・・・。
「言ったでしょ?あなたが罪の重さ、死を持って分からせてあげるって」
引鉄を絞る鈴音。
「これがお前が犯した罪の重さだ」
そう言って結月と鈴音は引鉄を引いた。
撃鉄が降ろされ弾倉の中にある雷管を発火させ黒色火薬に引火させて燃焼、その勢いで弾丸が放たれる。
結月と鈴音が放った弾丸は大岩を支える逸脱者の両腕に命中し貫通した。
「がっ・・・・・」
両腕は支える力を失い、弾丸の勢いに押され大岩から手を放す。
支えを失った大岩は重力引かれ落下する。
逸脱者の視線に映るのは迫りくる大岩だった。
これが逸脱者が最後に見た光景だった。
「うぎゃあああああああっ!!!!」
絶望の叫び声と共に逸脱者の顔面に激突した大岩はそのまま逸脱者に圧し掛かった。
そして重力に引かれるまま逸脱者毎地面に激突した。
ベキバキゴキバキゴキグチュグチャア・・・・・。
最後の断末魔の様な音と共に三mもあった逸脱者は一瞬で厚さ一㎝程度になった。
そして大岩の隙間からおびただしい量の血が溢れ出る。
終わった、命懸けの戦いはこれで終わったのだ。
「作戦成功だな、鈴音先輩」
鈴音はわざと守護妖獣を離れさせ大岩に近づく事で不利な状況を作り逸脱者をおびき寄せる事にしたのだ。
逸脱者の受けたであろう屈辱とその性格を考えると一発逆転を狙ってくると睨んでいたのだ。
だからこそ逸脱者が木から降りた所から気配を感じ取っていていたが寸前まで気づかない振りをしていたのだ。
「うん、上手くいったね、じゃあ最後にこの御札を張ってと・・・・」
鈴音が取り出した御札は対人妖の御札で人妖の体や人妖と接している物に貼り付ける事で人妖の体内にある妖力を放出する呪いが書かれていた。
それを大岩に貼り付けると下敷きになった逸脱者の体から妖力が抜けていくのが見えた。
「これで本当に終わったな」
緊張から解放された事でようやく体から力を抜く結月。
「お疲れさま結月、後は件頭に任せて早く本拠に帰ろう」
そこへ陽動に出ていた明王と月見ちゃんが戻ってくる、頑張ってくれた彼等もちゃんと労った。
「さて、響子ちゃんにもお礼を言わないと・・・・」
そうこの作戦の鍵であった響子にもちゃんとお礼と無事逸脱者を倒した事を伝えなければいけない、結月と鈴音は折れた刀を回収した後、響子が後退したであろう山道を戻っていく。
「かなり腕を上げましたね、鈴音さん」
響子の声ではない、結月にとって聞き覚えのない声が何処かから聞こえた。
「この声は・・・・・もしかして」
鈴音には心当たりがあった、木陰から一輪と響子が現れると鈴音はやっぱりという顔をする。
「戦いの様子を見させてもらいましたよ、あの頃と比べると随分と成長したようですね」
何処かおぼつかない感じで返事をする鈴音。
「・・・・・あなたが鈴音さんの部下になった結月さんですね?私の名前は雲居(くも)一輪と申します、命蓮寺の修行僧として務めており響子の指導係をしております、以後お見知りおきを」
どうも、と会釈する結月。
自己紹介をしなかったのは恐らく一輪は自分の情報をよく知っていると思ったからだ。
「響子の事が心配で後を着いてきたんですが・・・・・やはり人妖を狩るためでしたか、命蓮寺は人間と妖怪の平等な世界を掲げていますが人妖になる事を推奨している訳ではありません、むしろ私達にとっても人妖は邪険すべき存在なのであなた方の活動は否定しません、それに響子本人の強い希望もあったので特別にあなた方と協力する事を承諾しました」
一輪はそこまで話すと鈴音と結月を睨みつけるように見つめる。
「ですがあなた方は気にしなくてもあなた方が所属する組織と私達の所属する組織には考え方に相違があり互いに距離を置いています、申し訳ありませんが協力するのは今回限りだけです、良いですね?」
どうやらこの一輪と言う女性は逸脱審問官の事はやっている事は認めるが、天道人進堂の考え方は認められないのだろう。
組織同士の考え方の相違でこれ以上関わらないようにと言ったのは恐らく彼女が命蓮寺の中でもそんな事を考えて行動しないといけないくらいの地位の高い者だという事だ。
もし響子と同じ程度の僧ならば考え方に違いがあっても協力するはずだ。
排除すべき敵は同じなのだから・・・・・。
(思った以上に深刻だな・・・・・)
一輪の事実上の決別宣言に結月は考え方の相違による闇を感じた。
「分かりました一輪さん・・・・・・・響子ちゃん、今日は本当にありがとう、こうやって協力を頼む事は出来ないけど、また里で私達を見かけたらその時は気軽に声をかけてね、私と結月はあなたの事が好きだから」
鈴音も一輪の考えを尊重してか、響子にはもう協力を頼まないと鈴音はそう言った。
「はい!私も鈴音さんと結月さんのお役に立てて嬉しかったです、また見かけたら声をかけますね!」
響子はにこやかに笑ってそう言った。
「では私達はこれで・・・・・・・人妖を狩ってくれた事感謝します」
最後にお礼を含めたお辞儀をして一輪は響子を抱えてふわと体を宙に浮かすと星空へ飛んで行った。
「・・・・・・いつか、考え方の違いがあっても認め合う事が出来るといいな」
結月は響子と一輪が飛んで行った星空を見上げながらそう言った。
「そうだね、きっと出来るよ、その内にね」
木々の隙間から見える星空の光は結月と鈴音にとって小さく儚くもしっかりと光る希望のように見えた。
その後、数名の件頭が派遣され逸脱者の処理が行われた。
件頭は森を捜索した所、逸脱者が使用していたであろう巣を発見された。
そこからは人妖になる方法が書かれた書物と逸脱者が盗んだであろう村と集落からの農作物、そして殺された二人の商人が集めた特産品と装飾品や衣服そして二人の商人が何者なのか証明する物も見つかった。
逸脱者の巣で発見された人妖になるための方法が書かれた書物「人変獣書」には今回の逸脱者だった猿の人妖になるための方法が書かれていた。
死んで間もない猿の死骸を様々な魔力の持った草花でじっくり焼き肉から骨、脳味噌まで全て食べる事で猿の死骸に宿った思念と魔力を取り込み、体を変化させ猿型の人妖になるというものだった。
無論書物はその場で件頭によって焼かれて処理された。
盗まれた農作物はどれが何処で誰が作られた農作物なのか分からないため均等に分けられ返納された。
村々は農作物を取り返してくれた事や逸脱者の退治してくれた事に感謝して天道人進堂に取れた農作物の一部を無償で提供してくれるようになった。
そして商人達が誰なのか証明する物が見つかったので商人達の遺体は、遺品と共に家族の元に帰されその後家族の手により手厚く葬られたという。
強力な統率者を失った猿達はその後、順位争いが勃発し激化、弱体化したのち瓦解、周辺森の村々が襲われる被害は激減し逸脱者が出現する前と同じくらいになった。
こうして森は平穏を取り戻したのだ。
あの慌ただしい一日が過ぎ翌日にはいつもと変わらない日常が始まっていた。
今日も響子は命蓮寺の門前で掃除をしていた。
「今日も皆が気持ち良く使ってくれるよう頑張って掃除しないと・・・・」
いつも以上に気合をいれて掃除する響子。
すると響子に向かって歩いてくる集団の足音が聞こえた。
「よお・・・・・ここにいたのか、あの時の餓鬼」
声のした方を見るとそこにはこの前、人間の里であって鈴音と結月に成敗された柄の悪い男とその仲間達だった。
鈴音によって顔面を強打した男性二人は当然のように顔の周りに包帯を巻いているが、あの時逃げた仲間も何故か顔にコブや痣を負っていた、恐らくはこの集団の頭である男を見捨てた罰としてその後お仕置きされたのだろう。
「この前はよくも痛い目に合わせてくれたな・・・・今日は復讐しに来たぜ」
柄の悪い男の顔は眉間に皺を寄せていた。
しかし肝心の響子はピンと着ていない様子だった。
「元はと言えばてめえのせいで俺達はあいつらにボコボコにされたんだ、復讐は当然だろうが!」
実はこの男達は痛い目にあった原因が自分達にある事を理解せず、復讐を考えたのだが痛い目に合わせて結月と鈴音に復讐するのは何だか怖いのでその原因を作ったであろう響子に復讐する事で鬱憤を晴らそうとしているのだ。
何とも器量が小さく幼稚で臆病者な男達である。
「私はちゃんと謝りましたし言いがかりも酷い所です、大人しく帰ってもらえませんか?」
しかしあの時とは違って今日の響子は強気だった。
「弱いくせに良く吠える犬だ・・・・・・これを見てもまだ強気でいられるか?」
男達は手に持った木の棒やら鉄の棒やらを見せる。
「へへへ・・・・・・・あの時受けた何倍の痛みを味あわせてやる」
男の人達五人に対して響子一人、状況は圧倒的不利だが響子に怯えはなかった。
「・・・・・どうしても退かないのであれば、痛い目に合わせますよ?」
むしろ逆に挑発したのだ、あまりの強気発言に動揺が隠せない男達。
「チビの癖に・・・・・お前らやっちまえ!」
そう言って武器を掲げ襲いかかる男達。
響子は大声をあげながら迫って来る男達に対して瞳を閉じて大きく深呼吸をした。
そして喉に力を込め大きく口を開けた。
その直後、多数の銃声が命蓮寺中に大きく鳴り響いた。
「響子!今の音は一体どうしたので・・・・・すか」
驚いた一輪が門を開けるとそこにはいつも通り掃除をする響子とその響子の前で完全に気を失った男達が武器と共に地面に倒れていた。
響子はこんな事もあろうかと射撃場で聞いた音をちゃんと覚えていたのだ。
多数の銃声は彼女の能力と相まって命蓮寺中に響くほどの大音響として発せられ至近距離でその音を聞いた男達は驚き常軌を喫した爆音に耳が耐え切れずその場で気を失ったのだ。
響子は何事もなかったかのように一輪に笑顔を見せる。
「何でもないですよ、ただ迷惑なお猿さん達に大人しくしてもらっただけです」
鈴音と結月と出会い一回り成長した響子はさり気なく毒舌を添えてそう答えた。
第十録読んで頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか?これで第二話は終わりとなります。
拙い文章や表現はあったかと思いますがここまで読んでくださった読者様には本当に感謝しています。
次回からは第三話目となり東方を代表するあの有名な三名が登場するので楽しみにしていてください。
それと次回からは話が長くなります、正直色々詰め込み過ぎました。
ハッキリ言ってしまえば第二話の二倍くらいあります、一応一録ずつ切ってありますが・・・・・。
読んでいる読者様が退屈に感じないか不安ですが不安と希望を抱きながら頑張って投稿していこうと思います。
それではまた金曜日に。