今日は雨だった。 あの後薬を飲んで眠った僕は数分、或いは数時間、数十時間、まあそれなりに時間が経ってから起きた。
姉さんが僕の部屋に来たのは覚えてる。本当に申し訳ないと思っている。こんなに、こんなに自分が騙せなかったのは初めてかもしれない。虐められていた時だってまだ騙せていたのに。
「………ぁ、んん゛、あー……。」
喉が、辛い。
あれだけの汗をかいて、摂った水分は薬をのんだときの小さいコップ一杯きりだ。渇いているのは喉だけじゃない。
水は、無かった、あれで終わりだったみたいだ。 しょうがないので台所に行こうと思い、ドアを開けると、姉さんが眠っていた。 少し汗を吸った薄い毛布を掛けて、傍らには冷たかったであろうペットボトルのオレンジジュース、暇潰しのための単行本が、本と本の間に指を挟んで足に落ちていた。
姉さんは、僕が引き篭もっていた時は、ずっとこんな風に待っていてくれた。
「……ん…ふぁああぁ、あ、おはよう藍夜くん! よく眠れたかな? 苦しい事ない?」
「だいじょぶ」
「うわぁ、ひどい声になってるよ? えっと、あちゃー、あんまり冷たくないけどこれ飲む?」
僕は頷いてジュースを受け取った。 渇いた喉に酸味がヒリヒリする。
「あのね藍夜くん、あの後ね、ギルとジャックの決勝になってね? 一時間以上も戦ってね、結局ギルが勝ったんだ。まあ、流石というか何というか、あいつ私のこと戦闘狂みたいに言うけどさ、人の事言えないと思わない?」
「うん、そうだね。」
「あとねー、ジャックがキレてたよ、『戻って来たら絶対にPvPだからなぁ!?』って叫んでた。」
「悪い事しちゃった。」
「そうだね、じゃあ…一緒に謝りに行く?」
「………………。」
姉さんは、優しいから、僕を独りにしておく事はほとんど無い。 ゲームではあまり会わなかったけど、それでもどうにかして僕の動向は知っていたんだと、思う(僕の勝手な想像だけど)。それで僕は当然のごとくそれを受け入れ、使用して来たんだ。だって怖いんだ、誰も僕を見てくれない事が、絶対に僕がいる事が分かっているのに僕から目を逸らすのが。
でも、家族は、姉さんは、違った。ずっと見ていてくれる、それで、見て欲しくない所も笑顔で許してくれる。
でもいつまでも姉さんに頼っていてもしょうがないんだ、最初にFCOを手に取った時に、『変わらないと』と、そういう風に思った筈なんだ。
「あのね、姉さん。」
「なぁに?」
「僕、ちょっとだけログイン出来ないかもしれない。」
「うん、そっかぁ」
「でも…近いうちにまた始めるから! ジャックさんにも、一人で…謝りに行くし、その…えっと……また、一緒に、買い物とか、探索とかしたい、です…!」
「うん、待ってるよ。 それと…」
姉さんが僕を頭を包む様に抱きしめた。
「…あんなに人がいる中に、無理矢理行かせてごめんね。でも、戦ってるとこ、カッコよかったよ。」
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まだ雨は降っている、でも私は知っている。 止まない雨はないし、雨が降った後には虹がかかる事も。