その顔を覚えている。
「英語も話せないでカジノに来るなんて貴方バカ!?」
罵倒。でも半泣きのこちらを伺う気持ちが見えた。
「大体、何故ラスベガスなのよ、個人的には噂に名高いフェムの船宴の方が…、いえ、それより!こんな忙しい時期によくも旅行だなんて振り回してくれましたね!」
そう言いながらも小さな白い手はオレの手を縛る手錠を外そうとしていた。
「えぇ、八つ当たりよ。分かっているわ。でも、家にいないわ、空港にいないわ、ホテルにいないわ、カジノで見つけたら目隠しで手錠だわ、あたるだけの権利は有ると主張します!」
それは純粋な感情ではなかった。
「大体、わたしがシバの金策に駆けずりまわっているというのに………え"、嘘?一晩でこんなに?桁が3つ位違わない?ほんと?」
それは妥協と隠せない期待と潰されそうな責任と恐怖がまぜこぜにして、
「んん!ものは相談なんですがミスター工藤…」
そこに"今から騙す"オレへの少しの罪悪感を表面に塗りたくったような、
どこにでもいる少女の顔だった。
その面(かお)を覚えている。
ロマニ・アーキマンにとって彼、工藤人理は分からない存在だった。
遅刻ぎみで現れた48人目の彼女よりフリーダム、そのくせ妙に社交的、かと思えば巻き添えてバカをする。
付き合う分にも楽しいが、振り回されたり振り回したりする様は、はた目で見た方が面白い。
そう、今思えば彼は常に"そういう位置"に立っていた。
一歩踏み込もうとすると遠ざかり、引き下がれば踏み込んでくる。
いないと落ち着かないが、いてもそんなに気づかない。
距離感が常に同じ。
難しい事ではない。自分とて、そういったところはある。そう自覚しているし、そうあることを強いてきた。
だが、
だが、だからこそ、彼を知らなくてはならなかった。
全ては、もう遅いと、そう理解はしていても。
あれは、彼がカルデアについてまだ一週間ほどの事だった。
ぐだ子君の頑張りもあって、フランスの定礎復元がなった矢先の出来事に皆が慌てて、だがそれが予定外のマスター会得と言う奇跡であることに何処か安堵を感じていた。
「ドクター、暇です」
「君ねぇ、それを言うためにベッドからここまで歩いてくるのはどうなんだい?」
極度の低体温症かつ栄養失調。
凍傷も診られ、特に手足の指先は半ば壊死していた。
魔術と医療、その両面で診ることの出来る環境が整っていたから指一本失うことなく、ここまで回復出来たが、それも奇跡に近い。
普通に重傷。そうでなくても絶対安静。
ナースコールは取り付けていたというのに、この行動。
ナイチンゲール婦長が呼び出される前で良かった。
もし彼女がいたら、治すために彼の病床期間は"延びて"いた事だろう。
「えー、だって一日中天井見てるだけですよ?オレにもパソコン見せてくださいよー。マギ☆マリ教えてくれよー」
「えぇい離せ!僕の癒しを取られてたまるか!後、白衣伸びるからやめて!」
こんな事がこの二、三日に何度かあった。
或いは、レイシフトに未だ出る事のできない自分への焦りかとも思えたが、只の暇潰しにも思える。
どっちつかず。平穏でなくては生きれないくせに非日常のスリルが好き。
遊園地のジェットコースターやバイオレンス系の映画と同じ。
典型的な人間性。
典型的な49人目。
だから、それに対する対応も同じ。
そう、同じにするべきだったのに…
「そんなに暇なら、これどうぞ」
「?タブレットですか?って、げ!?」
「暇なら、これからの勉強も頑張らなきゃね。今までのデーターも入ってるから、きっちり目を通しておくこと!」
「ぐはぁ、しまった。腐っても上司なの忘れてた…」
「ボソッと言っても聞こえてるからね⁉って言うか"腐っても"ってなにさ!」
僕は多分此処でミスをした。
決定的な、致命的な、後戻りのできない、
ミスをした。
その貌(かお)を覚えている。
「あぁ、違うって!迷うのは分かるけどさ、霊基反応のない部屋を無用心に開けないでよ!それこそアサシンでもいたら此方でも分からない可能性が有るんだから!」
『あー、了解っす。でもこの偽ローマ広くって…。』
それは唯一度の彼のレイシフト。
ロマニがぐだ子君達のアシストをかって出たものだから、結果的に工藤君を見るのは私、ダ・ヴィンチの仕事だった。
(よいか、賢者よ。坊が吾等を連れてレイシフトとやらに成功したら)
気にしていなかった訳ではない。
49人目のマスター。
"いない"はずのマスター。
与えた聖晶石の大半を礼装(即戦力)に変えてしまった歪な異能持ち。
そして明らかに"普通ではない"二人のサーヴァント。
(決して"敵の目前"に出すな)
その忠告すら許容して尚彼は読めない。
(言いたいことは分かる。だが、それでも"今は"ならん)
(奴は……既に狂っておる)
その意味を多分今ですら把握は出来ていなくても、私は、私だけは彼を止めなくては…いや、私だけが止めれる可能性を持っていたのに。
「ああ、違、そっちじゃないって、こら!そっちは、…!」
「えー、でも…………こっちで"あってる"でしょ?」
確信…だったのだろう。
少なくとも他に当てはまる言葉はない。
はじめての土地。はじめての国。はじめての時。
それら一切の条件を無視して、彼はその道行きを選びとった。
そうあることが自然だと、それ以外はあり得ないと。
我々サーヴァントの持ちうる直感スキルとは違うもっと漠然とした"流れ"のようなものを拾うように。
迷う等と方便も良い所だ。
彼が引き返したのは二度。
その二度とも、彼を"捕捉しそして見失った挙げ句、真横を素通りされた敵影"が存在する事実。
知らず、投げ掛ける言葉は減っていった。
出来上がる行程を高速で見ているような、壊れていく様子を逆再生しているような、現実離れした恐怖。
そう、恐れていた。英霊(私)が人(工藤)を。
そうして、
そうして、飛び込むように僕は彼の部屋へと入った。
「!!…?…く、工藤君…?」
「はぇ!?いや、どうしたんすか?って、扉ー!!」
押し開けた際に歪んだのだろう、後ろでは、スライド式の扉がガリガリと音をたてながら開閉を繰り返す音が聞こえる。
「え、は、なんで!?ドクターオレのマイルーム(仮)に何か怨みでもあるんすか!?」
「………………………あ、あぁゴメン」
おどける彼のその表情は至って"自然"だ。
"だからこそ"意味が分からない。
「…工藤君?ナースコールは?」
「?え、あれ?もしかして押しちゃいました?ドクターが急いできたのそれが理由?」
違う。
違うが"正しい"。
思わず彼の姿と身の回りを確認する。
病人服に、まだ繋がっている点滴、そして、…件のタブレット。
「工藤君。それ…」
「え?あぁ、今、"冬木"を見終わったところです。知ってはいましたけど、とんでもない話ですよねー。人理崩壊とか、ほんと訳ワカメですよ。あの骨(スケルトン)とかなんで現れてるんです?」
異常はない。
彼は言われた通り宛がわれた部屋で予習して、休んでいただけで、
だから、精神レベルで"発狂・憤死の数値を弾き出し続けている"機械の方がおかしい。
おかしいのだ。
そう、
気付けば、彼は誰より速くその男の前にいた。
「?誰だ貴様?カルデアに他のマス「あぁ、いたいた」…な!」
はじめてあった人に握手を求めるように、はじめましてと挨拶をするように、どこまでも自然に、どこまでも普通に、彼は息をするように手の中の物をレフ・ライノールの右目に"つき刺した"。
「ぐあああああああああああぁぁぁァァァ!!」
「令呪をもって命じる、宝具を開帳せよ」
そこにいたって私は恐怖とはどういう事なのか理解した。
賢者と呼ばれようと、一度死を体験しようと、その本質を理解してはいなかった。
いや、理解してはならなかった。
(静かな怒りだ、凪ぎのような憤怒だ)
顔一つ、表情一つ、呼吸一つ、動作一つ、何一つ変わることなく、刃物…ヒュドラ・ダガーを人に刺せる狂気。
(矛盾に彩られたあの相貌はならぬ。ノートンや吾を召喚出来たのも、あの二面性があるがゆえだ)
狂っていながら国と民を思った自称皇帝と、親友との決別を悔いて尚王だった者へ、躊躇なく"殺せ"と命じる冷徹さ。
(いざとなれば勿論吾等が盾となる。だから、どうか、…どうかあれを怒らせるな)
怒りが、"恐怖"が人の形をしていた。
ノートン一世は武勇を持たない。
故にサーヴァントとしては二流どころか、三流も怪しいものであった。
二匹のお供、ラザルスとブマーがいる事で自身が戦えなくとも、彼等に任せることで手数だけはなんとか補えていたが、それも威力と言う面では話にならず、その宝具すら使い処が難しい。
"ハズレサーヴァント"と自ら呼んだこともある。
そもそも、バーサーカーでありながら、スキルに狂化が"無い"。
これは一説に彼が狂ったふりをしていた賢人なのではないかという可能性をフェイトが拾ってしまったからだった。
人理復元の尖兵としてはいささか以上に力不足としか言いようがない。それを
「…………ぁぁぁぁあ貴様!…!?」
彼は使いこなした。
皇帝でないにもかかわらず、皇帝特権を持ち、更にそれを変質させた宝具
"皇帝勅令・大逆罪(ジ・オーダー)"
暴徒を止めた逸話と彼に降りかかった騒動を元に産み出された力。
ゲームとして言えば、1ターン自身にターゲット集中状態と無敵状態をかけ、その間受けた攻撃回数分だけ呪い状態をターゲットに、味方に攻撃力アップおよび宝具威力アップを1ターン"重ねがけ"する。
つまり、
「な、何故体が勝手に!」
視線と攻撃を誘導されたレフの三連撃は、祈りを捧げるノートンに全て当たり、急激に訪れた目眩と吐き気、何より立っていられないほどの寒気に倒れこんでしまった。
「は、はあぁぁぁ!?」
彼からすれば突然失った視界に、入れ替わった怨敵と更に謎の体調変化(バッドステータス×3)。混乱の坩堝に陥り、普段の冷静さなど見る影もなくなっていた。
目の前に現れた老人の足に気付くまでは。
うろんな頭で足下から見上げていく、照らされる光輝は更にその輝きを増している。
思考など何一つ無い。
太陽(そら)を見上げて思うのは常に畏敬のみである。
"偉大なる神殿建築(ラムセウム・テンティリス)"
同一人物であるオジマンディアスと読みは同じ、ただしこちらにいるのは太陽王としての
彼ではなく"建築王"としてのラムセス二世。
その宝具もまた、建築王としてふさわしいものだった。
元よりラムセウムは葬祭殿。
つまりは王の"葬儀と礼拝のための建物"である。
それがレフの周囲を囲むように"出来上がっていく"。
「な、なぁ?」
言葉を発する隙もなく、"壁画に描かれた者達が 自らの壁面を広げていく"、そこにあったローマ独特の建築様式は瞬きの間にその中央に倒れるレフ"の"為に参道と周壁に置き換わっていった。
(ま、まずい…!)
そう気づいた時既に遅く、王(ファラオ)が呟くように彼に話しかけた。
「光栄に思うが良い、吾自ら汝のマスタバを作ってやったのだから…暗い国だが静かではある。黄泉道も迷うまい、なにせ、ほれ"迎え"ならそこまで来ておる。」
理解するが早いか、痛む体で走り出す。這うような動きで一歩でも遠く、遠く、だが全ては無駄であった。
むんずと太股に圧を感じる。いや、肩口にも腕にも、腹にも、その全てが包帯に巻かれた 無数の腕であることに気づくと、最後の力でレフは変態を試みた。
そう、試みて、だが遅かった。
ぐちゃりと潰れる音がする。ぼとりと何かが落ちる音も、やがて、半ば人から形を変え始めていたその複数の眼球に迫る無数の死者の群れと、一線を引くように立つ工藤達を確認すると狂ったように、いや真実狂って叫び声をあげた。
「…い、嫌だ!そんなはずが、こんなはずが、我はレフ・ライノール・フラウロス!72柱が1柱ぞ!!それが、…このような、このような終わりを!!」
「うるさい」
「!!」
ヒヤリともう感じるはずの無い冷気(ねつ)がレフを襲う。
その顔/面/貌を覚えている。
「あ、あぁぁ…………」
悪人ではない、だが聖人でもない。
愚者でもなく、傑物でもない。
何処にでもいる普通の人間。
多分、恋ではなかった。
愛というには知らなすぎた。
友と言うには時間がなかった。
善人ではなかった、どちらかというと逆で、だが許してしまいたくなる愛嬌があった。
知りたいと、思った。
喪うには、惜しいと心がそう願っていた。
だから、
だから、決めていた。
慈悲無く、怒り無く、疑問も容赦も無く。
ただ『殺す』と。決めていた。
決意の表情。揺れ動く時代(なか)でただ一つの不変がそこにあった。
「 」
遂に叫ぶことすらなくなってレフだったものは消えていった。
「坊…」
「ん?あ、お疲れー。あ、聖杯って何処か分かる?」
「い、いえ、ですが、あの歪みがそうではないかと…」
ノートンが指差す方向には、中空に浮く歪みが見てとれた。
「おー、こんなんなんだ、もっと器らしくしてるやつだと思ってたわ」
「「…」」
んじゃ、ぐだ子先輩と合流しよーぜー。
と、緊張の欠片もなく歩きだす。
その後ろ姿を見て、彼等は自分達の直感が正しかった事を知った。知ってしまった。
カチャリと背後で音がなる。
寄る辺を無くしたダガーが落ちたのだ。
ラムセスの宝具"偉大なる神殿建築(ラムセウム・テンティリス)"は高確率の即死効果と大ダメージを与える宝具だが、耐性を持つものにすんなりと通るとは限らない。
それを知った上で工藤は何も言わずあのダガーを手に取った。
"マスター"である自分が、刺すと"最初から"決めていたのだ。
工藤人理。彼にレイシフト制限がかけられる事件はこうして終わりを迎えた。
こいつ(工藤)プロトの段階でこうだったから書きずらくてしかたがない。