ぐらんどおーだー 人理の天地 カルデア脇役録   作:七⭐

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馬に蹴られても、止めたいことはある

「すべてを失ったことがあるかマスター?

何もかもが紙屑になり、愛したものも見ないふりをする。

家も服も家族も、おおよそ人が人であるための全てがなくなったとき、

 

私は荒野にいた。

 

何故自分が倒れているのかも思い出せない。何故自分が夜空を見上げているのかもわからない。何故未だ息をしているのかも分からなかった。

 

頭にあるのは過去ばかりだった。

人間とは不思議なものでな、栄光に染まった幸せな時ばかりが思い出された。

大切な事がもっとあったろうに、思い出すのは何時とて幸福に満ちていた。

 

分かるか?マスター、その幸せを噛み締めた分だけ、同じ破滅を私は夜空の下で味わったのだ」

 

ノートン一世は19世紀のアメリカに実在した"自称"皇帝である。

自称がつくように、当然民主主義国家であったアメリカにおいて、そのような身分は存在せず、そのあり方は狂人とされた。

しかし、サンフランシスコの日刊紙上に数多くの国事に関する「勅令」を投書として送り続けやがてはサンフランシスコ"臣民"達に知られるようになっていった。

生前彼は統合失調症であったと今は考えられている。精神状態に度々誇大妄想が見られるためである。

しかしながら、そんな彼の出す「勅令」は先進的であり、予見的であった。

 

「だが、何度目かの繰り返しのなかで、出会ったインディオが歌っていた唄を思い出したのだ。

いや、或いはあの場所に彼等はいたのかもしれない。

 

悲しい唄だった。土地を奪われ、自由を奪われ、友を奪われ、人である尊厳のありとあらゆるものを奪われ、涙の道を行き0になったものたち。

 

この国は、愛すべき我が国家は、その屍の上にある。そしてそれは私も例外ではなかった。

 

そう気づいたとき、だが唄は最後に希望を唄っていたのだ」

 

それは"チェロキー族のアメイジング・グレイス"のことであろうか?

彼がサンフランシスコに移住するよりも前、住んでいた東の土地を奪われ、移住を余儀なくされた者達。その四人に一人は亡くなったという過酷な旅路。

史実において、ノートン一世が彼らと出会っていたという確たる証拠はない。

だが、彼が事業に失敗し発狂、皇帝と名乗りをあげ舞い戻るまで一年の空白がある事は事実である。

 

「"朕"は泣いた。

米相場なんてものに全てを捧げ、奪われて初めて運命の路上に生きる命を知った。

明日をも知れぬ命だった。

肌の色だけで全てが決まる人生だった。

なのに、彼等はその上で"全ての幸福"を願っていた。

理解できぬ"痛み"だ。針を万本飲み込み億の刃をこの身にたてても足りぬ苦汁の悲願。

 

どうして、どうしてそれを愚かと嘲笑えるだろう。

 

ゴールドラッシュは続く。この大地すらいずれ母国は堀尽くすだろう。次はどこだ?海賊まがいが新大陸と名付けた東の港か?黒き肌の友が連れられてきたあの大地か?北と南で喰い合うのか?否、否、

 

次はメキシコである。

 

見殺しになど出来ぬ。

"朕"は"私"の愛したもの達から、彼らを守ると決めた。

 

常人では出来ぬと言うなら狂人となろう。狂人でも出来ぬと言うなら、人である必要もない。

 

盾だ。

 

盾となる。この国を守り、この国を愛し、この国を戒め、この国の、この時代の融和を進める!"皇帝"のように!」

 

彼はそうして、"メキシコの保護者"となった。

例え誰から信用されずとも、誰から必要とされずとも、そうあると決めたのだ。

その覚悟が、時の大統領より二年も早く奴隷解放を訴え、設立の六十年も前に国際連盟の立ち上げを命じさせた。

 

「だが、…実際に出来たことは少ない。

大きな国のとある都市のほんの一部を整えた程度だ。

 

此処ではない何処かへ(フロンティアスピリッツ)、それ自体は素晴らしい思いだ。

私はその先端が銃を持った手であることが許せなかった。その手は出来るだけ綺麗で、暖かなシェイクスハンドを求めるべきなのだから…」

 

その最後は雨の中、路上で倒れ息を引き取ったという。

しかし、倒れた彼を警官が大急ぎで馬車にのせ、病院へと搬送し、彼の死が分かると各新聞が大々的に報じた。その墓が貧民墓地になると分かれば、フリーメイソン墓地を押さえ荘厳な葬儀と葬送の為に資金が誰ともなく集まり、その別れには資本家から卑しい出自だと見た目でわかる者たちまで三万もの人々が、2マイルに及ぶ垣をなし見送った。

 

誰一人殺さず、誰からも奪わず、誰も追放しなかった。皇帝ノートン一世。

最後の最後までサンフランシスコ臣民に愛された王位僭称者はこうして伝説となった。

 

「マスター。優しき人よ。怒りに染まるな、等とは言わない。何よりあなたの怒りは正しい。

 

だがマスター、その為に君を失うな。君は君であるためにその命を燃やしなさい。

 

優しき人よ君は君の人生を歩むのだ。

 

 

 

だから、諦めて私達と同室になりなさい」

 

「いーやーだー!!」

 

感動を返せとぐだ子は思った。

二匹の犬とお散歩に訪れたフォウと共にじゃれていたマシュはさっきまでの殺気(notジョーク)を引っ込め工藤の反応に同情すらしていた。でも種はくれない。

 

「何が"だから"なんだよ!オレはオレの怒りで断固拒否するわ‼」

 

「うーむ、だから、友好のシェイクスハンドをだなぁ」

 

「握手とオレのプライベートは等価じゃないよ妥協だよ!」

 

「むぅ、ご老体から任されたとは言え、私とてマスターと友好を深めたいとは思っておるのだ。いつも言っておるではないか、イチャイチャしたいと。何が不満なのだ?」

 

「全てだよ!年齢もそうだが、同性で使うか?イチャイチャだぞ!?」

 

尚ノートンの姿は帝位請求を始めた四十代で現れている。

 

「むぅ、だがアメリカでフェルグス殿が「あいつは例外だ。ケルト式なんだ」そうだったか…」

 

危ないところだった。これ以上カラドボルクの被害者を増やすわけにはいかない。

あのジムリーダーは危険すぎる。

 

「しかしそうは言うが、マスターにも問題があるのではないかね?」

 

「?なにがさ?」

 

"イチャつきたいのは心の叫び、なにも恥じることはない。"

そう本気で思っていた。恥じれよ。カルデアの恥が。

ノートンは軍服のポケットから平べったい石板を取り出す。

見るもの(魔術師)が見ればわかる。

その石板は所謂テープレコーダーだ。

恐らくはキャスターが持たせたものだろう。

 

「『然りとて諦める訳もないのですが、んーそれこそファラオさまこっちも来てくれねーかなー。半日はマイルームで一緒に籠っちゃうんだぜ!』…な?」

 

「いつの間に…」

 

うわぁ、とその行為(盗聴)にドン引く工藤。

うわぁ、とその音声にドン引く女性陣。

 

「なんだよぅ、男の子なんだから仕方ないじゃんかよぅ」

 

「いえ、それもそうなんですが…ひとり先輩…気付きませんか?」

 

「?」

 

「『然りとて諦める訳もないのですが、んーそれこそファラオさまこっちも来てくれねーかなー。半日はマイルームで一緒に籠っちゃうんだぜ!』」

 

オウムのように繰り返す石板。

アレ?なんか

 

「『然りとて諦める訳もないのですが、んーそれこそファラオさま』」

 

「『…ファラオさま…ファラオさま…』」

 

?……………………!?

 

「(ニトクリス)が消えてるううううううぅぅぅぅぅぅ!!」

 

そりゃ音声だから消える。前後文章および意味深部分を消したが為に、別の意味で意味深になってしまった。ホモぉ。

 

「いいいいいいやいやいやいや、落ち着け落ち着くんだ、こんな物があったからと言って、「半日も一緒にいたい。十分なラヴコールですね。」み、認めない!こんなの証拠捏造も甚だしい‼ 」

 

「まぁ、異議があろうと無かろうとそのファラオは目下愛の巣を建築中な訳だが、何ご老体も分かった上で遊んでおられるだけよ。「遊ぶなーーーー!!後、愛の巣とか言うな‼」…そこまで言わんでもいいではないか、ノートンショック「可愛くない!!」」

 

傷つく40代。しかも髭。見た目にも精神的にもダメージがデカイ。

まぁ、癇癪回す工藤も可愛くないので部屋主のぐだ子は犬二頭とフォウくんにまみれているマシュで疲れを癒していた。

はぁ、小動物かわい。

 

「あああああぁぁぁぁ………………」(悶絶)

 

「……そんなに嫌なの?」

 

頭から被ったシーツにくるまりエジプト宴会芸マミーをする工藤にぐだ子が問う。

 

「嫌に決まってるじゃないですか!考えても見てくださいよ、只でさえバイタルやら精神レベルやら常時計られてるんですよ?

マイルームは唯一のプライバシーなんです!だからそこに招き招かれるという名誉や相互理解が生まれるんじゃないですか!」

 

あなたを信用しています。だから貴方も信用してください。と言うやつだろうか?

 

「そう、マイルームってのはね誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃダメなんだ。独りで静かで豊かで…」

 

「じゃあ、工藤君は今名誉な訳ね?ここ私の部屋だし」

 

へ?と間の抜けた声で工藤が固まる。

そして面白いくらいに顔が赤くなっていった。

この男異性の部屋などこれが初めてである。

 

「そ、それはそのまぁ、大変名誉でございます」

 

だが、その初心な反応に今度はぐだ子が参った。

 

「そ、そう…」

 

そしてそんな二人を見つめるマシュの瞳からハイライトが消えた。最早ヒロインらしからぬ顔である。がんつけではない 。GANTZ k である。黒い玉に召喚されてしまう。サツバツ!

 

「そ、そんなに困って、るなら泊まって…く?」

 

「…はぇ?!」

 

「ダメです‼何を言ってるんですか先輩!?」

 

熱暴走。

初号機止まりません‼

勝ったな(ゲンドウポーズ)

ぐだ子は今夜決める気です!

7 2 1 !!

 

「ダメったらダメです!そこ見つめ会わない!っく、こうなったら!」

 

「うわ、ちょ、マシュ!?」

 

まさかの実力行使!

猫掴みに工藤を持ち上げる!!

 

「うわ、ちょっと、危ないから!」

 

「聞きません!インド人を右へ!」

 

乱暴に開けられる近未来的自動ドア(人力)!

見事なアンダースローの構えから…

 

「「は?」」

 

工藤が放たれる事はなかった。

時間なのか、ぷしゅーと情けない音でしまるドア。

ドスンと手から離れる工藤。

 

「え、どうしたの?二人とも?」

 

再起動をかけるぐだ子。

あらやだ、OS更新しなきゃダメなの?

 

「ろ、廊下が、」

 

これマシュ。

 

「い、インディー・ジョーンズみたいに…」

 

これ工藤。

 

「は?」

 

はい、ぐだ子。

 

ぷしゅーと再び開けられるドア(電動)。

息の合う三人が団子串のように顔を出す。

 

そこには、

 

日干し煉瓦と石で組まれた古代エジプト建築へと変わり果てた廊下が!!

 

「「「…………」」」

 

さん、はい

 

「「「やり過ぎ‼」」」

 

 

 

 

 

「いやー、ご老体らしいですなぁ…」

 

ノートンは呑気に茶を飲んでいた。




もう分かってるとは思うが、キャスターは彼なんだ。
すまない。…彼ですまない。

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