ガタンゴトン〜ガタンゴトン〜
楽しかった海水浴も終わりを迎えてのんびりと帰途についた一行は、行きと同じようにいくつかの電車を乗り継いで、午後8時にようやく最後の乗換駅までやって来た。
時間は既に夕食時を過ぎており、昼から何も食べていない一輝たちは線路わきにみかんが落ちているのを見てすっかりお腹が空いてしまったので、丁度降りた場所から近くにあった立ち食いそば屋に入ることにした。
終電は20分後なのでかなり急がないといけないが、普通に食べれば何とか間に合うだろう。
「うちは先に反対路線行っとくけど、次が最終ってこと忘れんなよ~。遅れたら置いてくぞ~」
「「「「「「は~い」」」」」」
こうして一輝たちは何もしてないはずなのに疲れている一穂先生を置いてうどんを食べに行くことにした。
「ここも都会だけあって、駅に店あるなんてスゴイよな~」
「そうそう、駅員もいるって知った時はビックリしたよ」
「結構郊外のような…」
立ち食いそばに喜ぶ一輝たちに蛍は少し呟いた。
こうして一輝たちは席に着いた。席には左から蛍、コマ姉、一輝、ナツ姉、れんげの順番で座っていた。
「子供用の椅子は1つで大丈夫ですか?」
「あ、どもー」
「ウチだけ椅子ー」
れんげは小さいため、1人だけ椅子に座っていた。
「……さっきの椅子1つで大丈夫ってさ、2つか1つで迷ったってことかな?」
「違うとおもうよコマ姉……」
コマ姉は海水浴での騒動以来、かなりそういう話に敏感になっているようだ。
その頃ナツ姉には静かなピンチが迫っていた。
「とうがらしぃ~、フフンフフフ~ン♪」
シャッ、シャッ、ドサッ!
なんということでしょう、振りかけていた唐辛子のフタが取れて、中身が全部お揚げの上に乗っかり、赤い山を形成しているではありませんか。
「……」
静かに大ピンチを迎えてしまった彼女は、顔を強張らせて一瞬だけ固まった後に左隣にいる一輝を見ためた。
「いやだって疑問形だったってことはさー」
「だから…」
なんということでしょう、タイミングの良い事に一輝は小鞠と会話に夢中で全くの無防備であった。
これなら行けると悪魔のささやきに乗ったナツ姉は、
(…おあげでかくしてこうかん〜〜)
お揚げをひっくり返して上に乗っていた唐辛子を隠し、それを隣の一輝のドンブリとすり替えた。
「お店の人もただ普通に聞いただけだと思いますよ?」
「そうかなぁ…」
「考えすぎだよコマ姉、」
一輝は蛍とコマ姉をなだめながらうどんを口にした。
その途端に一輝は動きを止め、しばらくすると無言で箸を落としてペタリと座り込んでしまった。
「一輝先輩?」
「く…くひがかりゃ…あ……っ」
「あ…あの……?」
「ありゃんりゃこりゃー!!!!」
「一輝先輩ーーーーー!!?」
一輝は突如口に襲いかかった唐辛子の猛攻に悶え苦しんだ。
「大丈夫ですか先輩!?唐辛子を入れすぎたのでしょうか?と、とにかく水を…!!」
慌てながら蛍は一輝に手元にあった水(蛍の)を一輝に差し出した。
「みずーーーーー!!」
ごくっごくっ…
一輝はすぐさま水を口に運びようやく落ち着いた。
この時、2人知らないうちに間接キスをしていたことを知るのはまだ先の話、
「はぁ…はぁ…おかしいな…唐辛子入れた覚えはないんだけどな…」
「ははっ、どんまいどんまーい…」
笑いながら夏海は誤魔化していると、不意に隣から視線を感じたのでふり向くと、れんげが自分の事をじっと見つめていた。
まっすぐで純真無垢な彼女の瞳は、夏海の良心に訴えかけてくるようだった。
「もしかして、れんちょん見てた?」
「……」
れんげは、夏海の問いに何も答えず、ただ見上げてくるばかり。
自分のやってしまったことに対して、何でそんなことをしたのと逆に問いかけてくるようだ。
流石にいたずら好きの彼女でも、罪悪感を感じずにはいられない。
「あー…一輝、それ辛いならウチが食べようか?」
「えっ?マジで良いの?」
「うん」
夏海の言葉に一輝は救いの女神を見るような目で夏海を見た
「ナツ姉ってやっぱり良い人だったんだね…俺信じてたよ…」
「礼とかいいから心が痛む」
良心に突き動かされた夏海は、不自然にならないように誤魔化しながら一輝からどんぶりを受け取ってうどんを啜った。
「なーんだ思ったより辛くないじゃん!こんなんで辛いとか言ってるようじゃ一輝もまだまだだねー!」
「ほ、本当に大丈夫ナツ姉?」
一輝は心配になり夏海に聞いてみると、
「ん、なになに!?ウチが無理してるように見えるの!?」
「見えるから言ってるんだよ!?」
夏海は顔を真っ赤にして目から涙を流していた。
「う、うめ~! これちょ~うめ~!!」
すると、蛍はあることに気づいた
「れんちゃんさっきから何見てるの?」
「天井の電気に虫飛んでるのん」
「うあっ本当だねー」
れんげは夏海の悪事を見てたのではなく虫を見ていただけだった。
「ウチ無視して、虫見てたってか! ははは……」
「なっつん、なんで泣いてるのん?よくわからないけど、なっつんドンマイなのん」
「はは、良きに計らえ…」
ジリリリリリリ
ガタンガタン
ふと気づくと隣のホームに電車が入ってきたことを知らせるベルが聞こえてきた。
「先輩、電車来てます!」
「うわ! コレ逃したら電車ないじゃん! れんちょんも早く準備して!」
「この滑らかかつコシのある麺には、流石のうちも気後れしてしまいます、チョルン」
「早くしないとこっちが手おくれになるってーの!!」
思わぬイベントが発生したため、時間を誤ってしまったようだ。
見れば既に電車の姿が見えるので、急いで出なければ間に合わない。
店主にお礼を言いながら、スピードを速めるために夏海はれんげを、蛍は小鞠を抱いて隣のホームに向かう。
「急げ急げ~!!」
素早く階段を駆けて最寄の出入り口に全員が飛び込むと、その直後にドアが閉まった。
まさに間一髪である。
「何とか間に合った」
「ですね~(良かった~、先輩持ち運びしやすくて~)」
「スグ兄も来てたんだ。こういうときは素早いのね。いつ乗ったんだろ?」
本当にスグ兄は時々すごい行動力を見せる。でも、まだ誰かを見ていないような気がするけど……。
そう思った夏海がドア窓から外を見てみると、ホームの椅子に座って熟睡している一穂先生の姿があった。
そして、無情にも彼女を置いて電車は走り出す……。
「ねえねえ、乗り遅れたん?」
「終電これで最後だよね…」
電車の中は静かになった。
「えー……どんまい……れんちょんどんまい!」
「どんまいれんげ」
「ど…どんまい…」
一輝たちはれんげにどんまいコールをした。
「ウチどんまいん!!」
「ふぅ、今日はいろいろあったな…」
一輝は家の冷蔵庫で麦茶を飲みながらふと今日を振り返った。朝食をみんなで食べた、海に行った、迷子騒動にあった、うどんを食べた…とても楽しかった。海はやっぱり良い…蛍…水着…
「って何考えてんだ俺は!?」
一輝は顔を真っ赤にしてコップの麦茶を一気飲みしようとコップを口に運ぼうとした
「くらえ一輝ー!!」
「うぉっ!?」
突然背中に冷たいものが当たった。どうやらナツ姉が氷を一輝の背中に入れたようだ。
「何すんだナツ姉ー!!」
「いや〜一輝がほたるんのこと考えてるようだったからつい…」
「んなっ!?ち、違うから!!」
図星の一輝は顔を真っ赤にした。
「またまた照れちゃって〜」
「この!?氷返しー!!」
怒った一輝は氷を冷凍庫から取り出しナツ姉に入れた
「うぉっ!?一輝このー!!」
氷を入れて入れられてを繰り返してると
ガラッ
「ちょっとあんたら何やってんの!!」
「良い!?あんたらちゃんと雑巾で拭きなさいよ!!」
床を水浸しにした俺たちは母さんにこっ酷く怒られてしまった。
「うう…ナツ姉のせいで…」
「一輝だって一緒にやったじゃん!!」
「ナツ姉が余計なこと言うから!!」
互いに文句を言いながらお風呂場に雑巾を取りに行った。
ガラッ
「……え?」
引き戸を開けてみるとそこには…
『5−1』と書かれた学校指定の所謂スク水の姿のコマ姉がいた。
「………ごめん」
その時のコマ姉の顔は言うまでもない
海水浴編終了です!!