「着いたぞ。ここが俺の家だ」
仁さんがそう言ったのは、一軒の豆腐屋の前だった。
「仁さんって豆腐職人だったんですね」
「この見た目ならそれしかねえだろ?」
「あ、いえ。初めて見るものですから」
(豆腐を作ってる人なんて、テレビや本でしか見たことなかったからなぁ)
「七々~遅くなってすまん」
「お父さんどこに行ってたの!」
仁さんの後について中に入ると、長い髪の女の子が出てきた。
仁さんの娘さんだろうか?
「いやー。また人助けをしててな」
「はぁ……まったくお父さんは……」
その子は額に手を当ててため息をついた。
……苦労してますね、娘さん
「……で、今回はあなたが?」
「はい。ここに住まわしてもらえる事になったので、しばらくの間よろしくお願いします」
「……ちょっとごめんなさい」
その子は引き攣った笑いを浮かべ、仁さんに向き直った。
「お父さん?」
「痛い痛いやめろ耳を掴むな!!!」
両耳を引っ張りあげられた仁さんが悲鳴をあげた。
……ちょっと待って、仁さん浮き上がってるし!?
ってことは、耳だけで体重を支えてるってことか!?
それよりも70kgありそうな仁さんを、中学生ぐらいの小柄な女の子が持ち上げてる!?
仁さんの耳がすごいのか、はたまた女の子がすごいのか……
「毎回毎回……どういう事?」
「今回は!今回はちゃんとした理由があるんだ!」
「いつもそう言いますよね?」
「待て止めろ放してくれ痛い痛い‼」
「あのー……」
「そもそも理由なんてあるんですか!!」
「だからあるって言ってるじゃねえか‼」
(終わるまで待つか…)
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~10分後~
「あのー……」
「?あら、ごめんなさい」
収まった頃合いを見計らって声をかけると、ようやく気が付いてもらえた。
そして慌てて仁さんの両耳から手を放した。
仁さんを
当然、仁さんは物理法則に従うことになり――
「いってぇぇ!」
――腰を強打することになった
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「痛たた……」
「その程度の怪我はいつもの事じゃないの」
「人助けでよく怪我をするんですか?」
「だいたいは七々のせいだがな」
「それはお父さんが悪いからです」
また先ほどの状況になりそうだったので、話を変えることにした。
「僕は想手といいます。『想い』の『手』と書いて想手です」
「
七々さんはそう言って頭を下げた。
悪いのは、きちんと説明しなかった僕の方なのだが……
「僕の事を説明しても良いですか?」
先ほどの反応を見る限り、七々さんは反対しているようなのでそう言ったが、「説明はいらない」と言われた。
「七々さんって反対じゃないんですか?」
「私は反対していた訳じゃないですよ。それよりお腹は空いてませんか?もうすぐ夕飯が出来上がるので、どうぞ上がってください」
誤魔化されている様に感じたが、急かされるまま奥に押されていった。
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「お父さんが大丈夫だと判断したなら、私が言うことはありません。お父さんの判断は正しい事が多いですから」
後に七々さんはそう話していた。
誤魔化される様な感じは気のせいだったようだ。
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夕食後、部屋で白紙の本を読んでいた。
仁さんが貸してくれた部屋は、2階で通りに面した部屋だった。
もちろん床は畳である。
マンションに住んでいたのだが、畳は祖父母の家ぐらいにしか無かった。
畳は板張りの床よりも好きなのでこれは嬉しい。
「想手。ちょっと良いかしら」
「駄目です」
紫さんが虚空から急に現れた。
ある程度の予想はしていたので驚かなかったが。
「ダメと言われても、勝手に失礼するわよ」
「じゃあなんで最初に訊いたんですか……」
職員室で「失礼します!」って言って、先生から冗談で「失礼をするなら帰れ」って言われた気分だ。
「さっきは急にいなくなって悪かったわね」
「何で居なくなったんですか?仁さんが来たから良かったものの、来なかったらどうしようも有りませんでしたよ」
笑い事じゃなく本当にどうしようも無くなっていただろう。
どんな理由かと紫さんの言葉を待っていると、予想していなかった理由だった。
「彼が来たから隠れていたの」
「仁さんが来たから……ですか?」
「そう。私がいなくなった後に運良く彼が来たんのではなく、彼が来たから私は居なくなったのよ」
「……何で隠れる必要があるんですか?」
「…彼に対して負い目があるからよ」
「負い目……ですか?」
「ええ……それと忘れられないほどの後悔も」
紫さんがここまで言うなんて、どれだけの後悔なのだろう。
「…これ以上聞かない方が良いですか?」
「……いいえ。ここで言わなくともすぐに分かることだから、今知っておいて欲しいの。」
「彼はあなたと同じ。元々は幻想郷の外の人よ」