宇宙航騎スペーシア・ナイツ   作:gazerxxx

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好評に後押しされて、連載開始。第2話のプロットが書きだしてみたら長くなって、第3話に続く構成になりました。

ソラリオンの機能が色々と明かされる第2話。
それと、本腰を入れ始めたユニティー財団の悪役度が増しています。


第2話: 光明求める戦い

陽明の朝は早い。この時期は毎朝、明けの明星を見て、宇宙へのロマンに思いをはせる。誰も起きていない静かな夜明け前、ただ一人ひっそりと情熱を燃やすひと時。

……しかし、今朝は彼一人が早いわけではなかった。夜明け前の静寂を目覚めさせるように、ノックもなく自室のドアが開け放たれる。

 

「やっぱり起きてた。それなら、一緒に来てほしい」

 

「うっわ!ビックリさせんなよ!部屋に入る前はまずノックだろ!?てかこんな朝早くからどこ行くんだよ?」

 

ためらいもなく入ってきた闖入者は、昨日から居候し始めた白瀬百華、通称・博士。いくら居候だからって、女の子に勝手に自室に入ってこられるのは、陽明としても心臓に悪い。彼女の方は大丈夫と踏んでいたようだが、もっと間の悪いタイミングもあり得るわけで……。これで性別が逆なら母を起こすくらいの大声で騒いでいい場面かもしれないが、母は百華がこの家を自由に使うのを大歓迎している。もう娘ができたくらいに打ち解けている。

そんな百華がこんな朝早くに陽明を誘いに来たのも、まさかデートではあるまい。

 

「大学の研究室に行って研究進めるから。警護するあなたもついてきて」

 

「この朝早くから一人で研究か…。てか、朝飯まだだけど、母さんもこんな時間に起こすのか?」

 

百華は大学院生扱いで大学に編入、既に専用の研究室も手配してもらっているらしい。大学側がそこまで認めてるということは、相応の実績はあるのだろう。そこなら、開講前でも自由に使うことはできる。しかし、時間早すぎて母がまだ起きていないんだが。

 

「ブレックファストはもうできてる」

 

「作ったのか?やるじゃん!」

 

百華が口にした意外な女子力の片鱗に、陽明は驚かされる。年頃の男としては、女子の手料理を朝から味わえるとは、食欲をそそられる。一階のキッチンに降りて、テーブルの上を見て見ると、キツネ色に焼けたトースト、山盛りのスクランブルエッグ、透明感のある琥珀色のダージリンティー、焼いたリンゴなどが湯気を立てている。

パン、卵、リンゴは家にあった贖罪だが、紅茶はイギリスから送ってもらったという。

 

「おおっ、洒落てるな!じゃ、早速…」

 

陽明は席に着いてすぐに、トーストとスクランブルエッグを口に運ぶ。そのお味は…?

 

「あっれ~…。おっかしいな~?ほとんど味がしないんだけど…」

 

その物足りなさをごまかすために、焼きリンゴをほおばり、ダージリンティーを飲む。しかし、そちらもなぜか味が希薄である。

 

「どうやったら、こんな味が薄くなるんだよ!スクランブルエッグは調味料入れてるのか?」

 

リンゴでさえ、火を通しただけで味が薄まるのは、ある意味すごい。

 

「今まではこれで絶賛されてたから、問題ない。研究チームでは、私がいつも料理担当だった」

 

百華は本気で言ってるようだ。最も、彼女が表情を変えずに冗談を言ってる可能性もあるにはあるが。

 

「この味でか?」

 

呆れながら、陽明はここで「イギリス料理はまずい」とかいう、どこかで聞いたジョークを思い出す。百華の料理は、まずいという味さえしない淡白な代物だが、他の研究チームがまずい料理しか作れなくて、この無難な味が重宝されていたのかもしれない。あるいは、研究チームの男どもは女子の作る料理なら何でもよかったか。英国男性は紳士だしな。酷評するほどの出来でないのは間違いない。

 

何とも言えない感想を抱きながら、陽明は朝食を腹に詰め込む。百華はというと、この薄味の料理を黙々と味わっており、紅茶の微かな香りもたしなんでいる。昨日、陽明母の料理も楽しんでいたので味音痴ではないはずだが……多分この味が一番落ち着くのだろう。

 

朝食を終えると、始発バスに乗って、少し離れた町の大学・雲上学園に向かう。宇宙事業センター前で降りてから少し歩いた場所だ。

 

大学に到着し、研究棟を練り歩くと、確かに「白瀬百華」の名札の付いた研究室があった。

この雲上学園は付属中学や高校まである、そこそこ名の知れた私立大学である。卒業後の実績を重視しており、有望な学生には即座に研究室をつけることも認められる。

 

「ソラリオンの機構について、詳しく説明する。グリップを出して」

 

百華はグリップを受け取ると、球状端末のスイッチを一つ入れる。すると、グリップが淡い光を放つ。懐中電灯かペンライトのようだ。

 

「惑星が放つ光は、遠く離れた星でも観測できるほどのエネルギーを持つ。それを人工的に再現したのが、スペーシア・ナイツ。ソラリオンは太陽光の力がある」

 

「それはわかるな。俺も光る星にはあこがれるもんな」

 

この光エネルギーがスペーシア・ナイツの要であり、莫大なエネルギーを内包する光を様々な技術に応用できる。光子の推進力を利用することで、理論上は亜光速飛行も可能になる。また、光のパルスを利用することで、地球からでもスペーシア・ナイツの宇宙航行をほぼリアルタイムで観測し、光通信によって地球からの支援もスムーズに行える。

…専門的な話に入ったが、陽明はあまりついていけてなかった。

 

「なぜ、宇宙を単独航行できるかを説明するとこうなる。わかった?」

 

「……はっ!あ、あ~あ、要は星の光をエネルギーにしたら、宇宙にも通用するってことだよな?」

 

やっと話が終わったことに気づいて、とりあえず始めと終わりをつなげた感想をまとめる陽明。百華も理論で納得させるより実践的な話に映った方がいいと判断する。

 

「…今はその認識でいい。それを踏まえて、ソラリオンの性能を覚えてもらう」

 

研究室の内部で区分けされた、実験室に移る。そちらなら、ソラリオンの光線などを発揮しても安全だ。

 

「待ってました!講義より実験の方が肌に合うんだよな!」

 

難しい話に疲れていた陽明も元気になる。

 

「ソラリオンの性能を把握しておけば、クリアノイドに苦戦することもない。奴らよりも強力な敵もいるから…」

 

ソラリオンのシミュレーションは、開講時間前まで続いた。

 

「…博士、ちょっと、特訓きつ過ぎね?もう、意識が何度か、飛びかけたじゃんか…」

 

「ソラリオンを装備した状態で、宇宙空間で活動できなきゃ意味がない。辛くても慣れてほしい」

 

ただでさえ体力使うソラリオンを装備しながら、人工的な無重力空間で訓練をさせられたのだ。陽明も平衡感覚がブレて、フラフラだ。最も、この学園に通っている以上、無重力空間での訓練は始めてではないが…。

 

彼らが研究棟から本部棟まで歩いていると、本部棟の横辺りで、何か真剣な雰囲気を醸し出している男女がいた。

 

女の子の方は、気合の入った髪型のセットにメイクとファッション、うるんだ熱いまなざしと、緊張した面持ち。パッと見で分かる勝負モード。この朝早くのわずかなタイミングで、男の方を呼び止めたらしい。通行の邪魔にはならないわき道だが、人には丸見えの場所なので、辺りにはちらほらと野次馬が見守っている。

対する男の方は、突然の告白に呼び出されても余裕を保っている。髪型は少し襟足を遊ばせた程度の黒髪、涼しげな瞳がのぞく端正な顔に相手の発言を待っているような微笑をたたえ、服装は普段と変わらない紺の詰襟に、青いチノパンという落ち着いたファッション。

 

「あのっ、あなたのこと、前から気になってましたっ。付き合ってもらえませんか!」

 

そう言って紅潮した顔を伏せるように、頭を下げる愚直なまでのアタック。周りの野次馬がざわめく。

 

「…すみません。僕はあなたをよく知りません。あなたのことを知らずに、あなたの大事な気持ちは受け取れません」

 

野次馬から上がる落胆の声。告白を断られた本人は落胆どころではなく、しゃがみこんで泣き出してしまう。そんな女の子に、断った当人はハンカチを差し出す。

 

「さあ、涙を拭いて。涙が消えたら、このハンカチを返しに来てください。そうすれば、あなたの本当の気持ちが整理できるはずです」

 

「うん…うん…ありがとう…」

 

そう言い残して、彼は踵を返して去って行く。女の子はハンカチを受け取って涙をぬぐいながら、その姿を見送るだけだった。野次馬の中から、告白を見守っていたらしい数人の女子が集まり、その肩を叩いて慰める。

 

「良かったじゃない。ワンチャンあるよ」

 

「もう一回挑戦して来いってことでしょ」

 

一方、遠巻きに噂し合う野次馬。

 

「でも本当かっこいいよね、星海君。玉砕覚悟の告白もフォローするなんて」

 

「あれで丸く収まっちゃうところがすごいね。やっぱり一度断られてもいい思い出になっちゃうのかな?」

 

「告白失敗しても、いい友達になっちゃうってマジ?私も一回告ってみよっかな」

 

一方その場から歩き去る男の方を見ている陽明。最早見慣れたという様子だ。

 

「やっぱり歩く恋愛ドラマみたいだよな、衛斗の奴。大学入って数か月で20人は行ったんじゃないか?」

 

「彼、そんなにモテる?」

 

「見ての通り、クール系イケメンだし、成績優秀。大学一年にして数々の天文学の論文を発表。有名な天文学者の息子で、今みたいに粋な真似も涼しい顔でやって見せる。ま、宇宙飛行士の訓練じゃ、追い抜くつもりだけどな」

 

明らかにハイスペックな衛斗をライバル視する陽明。というか、単純に目標が高いから燃えているのかもしれない。

 

「…無理じゃない?」

 

百華の冷静なツッコミで、格好がつかなくなる陽明。

 

「あっ、信用しないのかよ?こう見えてもあいつからは、一目置かれてんだぞ。おーい、衛斗!」

 

陽明が大声で衛斗を呼ぶと、衛斗はこっちを振り返り、早足で向かってきた。この反応に、声をかけた陽明はしたり顔だ。

 

「相変わらず早いですね、美宙君。そして、そちらにいるのは、白瀬さんですね?お噂はかねがね伺っています」

 

陽明がライバルアピールのつもりで呼んだのだが、なぜか陽明をオマケ扱いで百華に声をかける衛斗。

 

(スペーシア・ナイツの開発者である白瀬さんには、適格者として顔を売っておかなくてはなりませんね。それも、美宙君より僕を第一人者に認めてくれるくらいには)

 

衛斗は自分がスペーシア・ナイツ:ルナイトの適格者であると、当分は明かさないつもりだ。最初からルナイトとして近づいたのでは、成り行きでソラリオンになったから百華に近づけた陽明のラッキーと大差ない。まずは、衛斗自身が宇宙に明るい人物であると知ってもらい、素質で陽明からリードを取るつもりだ。

 

「博士は来て間もないけれど、どんな噂?」

 

「イギリスの大学では博士課程を飛び級で修了した優秀な研究者で、既にこちらでも何らかの研究をしているとか。イギリスの大学教授に父の知り合いがいましてね、あなたの噂はその筋から聞いていました。よろしければ講義の後、研究室におたずねしても…」

 

衛斗の父と宇宙開発の分野で知り合ったその教授こそ、衛斗を適格者に推してくれた百華の恩師なのだ。教授から正式に開発者の百華に紹介してもらう矢先に、百華が日本へ国外逃亡する羽目になった。だから、衛斗は教授の口利きなしで、自分の素質をアピールする必要に迫られているのだ。

 

「おいおい、俺を無視すんなよ!」

 

いきなり流れるような勢いで百華にモーションをかける衛斗。百華本人は困惑気味だが、陽明は置いてきぼりを喰らってさらに混乱する。

 

「これは失礼しました。講義前だというのに、感激のあまり話し過ぎてしまって」

 

とりあえず話をとめて自重する衛斗。

 

「そういう意味じゃねえよ!お前ナンパとかしないタイプだろ?」

 

「それは不純な見方ですね。天文学を志す者として、彼女のような方と話題を共有したいからこそ…」

 

「だーもう!俺を無視してまでやることかって言ってんだよ!」

 

「無視というほどではありませんよ。白瀬さんと会話できる機会に比べれば、今の君の存在感は6等星以下というだけです」

 

「なんっだよそれ!」

 

いつも通り軽くあしらわれる陽明。しかし、この漫才じみたやり取りに、百華の困惑は消えたようだ。

 

「では、これから講義を案内しましょうか。美宙君も解説を聞きたければ、ついてきても構いませんよ」

 

「俺がついていく側!?白瀬、何とか言ってくれよ!」

 

「美宙君もついてきてくれないと困る」

 

「ではまいりましょうか。白瀬さんのための雲上学園講義案内に」

 

「だーから、俺がオマケ扱いなのは…。はあ、もういいや」

 

この雲上学園は、宇宙飛行士研修コース向けの様々なカリキュラムを用意している。

 

スクリーンに星図を投影しての天文学。

 

「今週で星並びが変わって、新しい星が3つほど追加されてますね」

 

「新惑星が発見されたニュースを、もう反映してるとは…これはいいプラネタリウム」

 

「それってどの星だよ?わかんね」

 

未知の宇宙環境を分析するための環境学シミュレーション。

 

「今回の星は地球史でいえば、3億年前の石炭紀に近いと…。どのくらいの確率であり得ると思いますか?」

 

「石炭紀は植物が繁殖し過ぎて二酸化炭素濃度が低くなるから、既に氷河期に突入してる可能性が…」

 

「夢のないこと言うなよ。でかい昆虫や植物が、宇宙のどこかに生きてるかもしれないんだぜ?」

 

宇宙船や人工衛星・宇宙ステーションの操縦にかかわる設計および航空力学。

 

「これは白瀬さんの専門分野と聞いてますよ?」

 

「ええ。この位の計算や作図は何でもない」

 

「マジ?じゃ、俺の分も手伝ってくれよ。間に合わねえ!」

 

宇宙服などの装備で無重力環境に適応する実地訓練等々…。

 

「やっぱ、実戦で覚えた方が楽しいな!」

 

「陽明、この訓練で軽快に動けるなんて…」

 

「本人が言うには、座学はさっぱりでも、実戦では集中できるとか。そんなアドリブでなぜついて来れるか?それが分からないから面白いのですが」

 

ある程度の敷地や設備投資を持った大学なら、どこでもこのカリキュラムは採用されている。90年代の黎明期や、00年代からの停滞期と違い、宇宙開発に身近な期待が寄せられているからこそ、専門のコースが用意されているのである。

 

 こうなった事の起こりは10年前、天文台が宇宙からの電波を受信した。そこには宇宙に仲間を求め、そのしるしに事前に資源を提供するメッセージがあった。気のせいでない証拠に、その天文台付近に小型隕石が降り注ぎ、その中には希少な金属資源が豊富に確認できた。今の地球人類の技術では、お礼に向かうどころか、電波での返信すらできない。地球人類として、この好意を無視していいのかという機運が高まり、宇宙開発は再始動した。

このカリキュラムを受ける学生たちは、その時代の変遷の中、成長してきた新しい宇宙世代と言える。

 

 

それら一通りに出席して回ると、もう夕方になっていた。

 

「初日でもまんべんなく参加できて楽しかった。ありがとう、星海君」

 

夕日に白い肌を赤く染め、百華は少し表情を和らげ、微笑に見えないこともない表情をしている。百華と衛斗は話も合うらしく、陽明を差し置いて講義内容を何段階も掘り下げた難解な会話を楽しんでいた。

 

「ご満足いただけで何よりです。研究室は無理でしょうけど、送っていきましょう。時間が遅いですからね」

 

衛斗は余裕の笑みで提案する。

 

「いや、俺が送るよ。家に居候してるからさ」

 

講義の解説では敵わなかった陽明がドヤ顔で割り込む。

 

「フッ、では近くですね。そこまで僕もついていきましょう」

 

「何でそこは驚かないんだよお!てか、マジでついてくる意味ないだろ!」

 

陽明は百華が同居しているという衝撃の事実で逆転しようとしたのだが、なぜか衛斗には軽く流されてしまった。本当に研究の同志と見てるだけなのだろうか。

 

「なぜ僕はダメで、君だけついている必要が?」

 

「決まってんだろ、俺がソラ…」

 

「黙って!」

 

「あっ、悪い…」

 

陽明は勢いで自分がソラリオンと暴露しそうになり、百華に強く制止されてきまり悪く黙り込む。

 

「そうですね、君ではなく白瀬さんに決めてもらわないと。いかがですか?」

 

百華が遮ったのは、一見すると陽明に勝手に衛斗を追い払われたくないからと受け取れるために、衛斗がこう続けるのは不自然ではない。しかしながら、衛斗は陽明がソラリオンのことを暴露しかけたと分かっている。知らぬふりをして、有利な流れを作ったのである。

 

「博士は構わないけど」

 

「やっぱこうなるのか…」

 

帰りのバスに同乗する3人。夕日が窓から差し込むバスは、電灯が切れかけているのか、明りがゆっくりと明滅し、学業・仕事終わりのけだるげな雰囲気を演出していた。そのバスには、他にも早めの通勤帰りのサラリーマンやOL,雲上学園の学生や、その付属中学・高校の生徒も乗っていた。その中には、乗ってきた3人の姿に気づいた者も。

 

「あれっ、今乗ってきたのって、衛斗お兄さん?お兄さ~ん」

 

衛斗の義妹・エルハームである。おかっぱの黒髪、夕日に照らされた褐色の肌の顔、つぶらな瞳のあどけない顔つき。今日はセーラー服姿だ。一番後ろの4人掛け座席から身を乗り出し、笑顔で手を振って声をかけようとする。

 

「しっ!静かに、エルハームちゃん!」

だが、一緒にいたショートカットの女の子がそれを制止し、引っ張って隠れさせる。

 

「なあに、サッキ―?衛斗お兄さん一人なら、こっちに呼んでも座れそうだよ」

 

エルハームは黒目がちの瞳で、制止した同級生を不思議そうに見つめる。

 

「そうじゃなくって、お兄さんが今女の人と一緒にいるでしょ?しかもあの雰囲気、お兄さんから誘ったんだよ!」

 

サッキ―と呼ばれた短髪の女の子は、衛斗が女性にアプローチしてると、いち早く察して妹が割り込む事態を避けたのだ。

 

「そうそ、ここは見守った方がいいって。しかももう一人男もついてきてるし、結構油断ならないみたいよ?」

 

その隣に座っていたサイドテールで丸顔の女の子も、エルハームをたしなめる。

 

「なおぽんも、そう思う?」

 

2人から止められてエルハームはおとなしく腰を下ろす。衛斗含めた3人はエルハームの存在に気づかずに済んだようで、前方の座席に座る。2人掛けの席しか余ってなかったので、ちゃっかり衛斗が百華の横に座り、陽明がその後ろに座る。

 

「にしても、レアだよね。エルハームちゃんのお兄さんが、女の人を取り合うなんて。やっぱり告白されるより、するタイプだったのかな?」

 

「その辺どうなの、エルハームちゃん?」

 

「私はそこまでわかんないけど…」

 

「またまた~。お兄さんの恋占いぐらい、頼まれたことあるでしょ?」

 

サッキ―がエルハームの背中をポンポン押す。

 

「そんなのないよぉ~。今日だってそんなそぶり全然……」

 

エルハームは照れているような、困っているような表情を見せる。衛斗がモテるのは知っていたが、実際に彼が女性とデートしてるのを見ると、どうにも気恥ずかしい。

兄が選んだ女性とはどんな人か、上手くいくのか。エルハームだって気になるのだ。

 

「気になるなら、どうなるか占ってみたら?いつもみたいに」

 

なおぽんが、ニヤニヤしながら唆す。エルハームはタロット占いが得技なので、よくこんな感じで周りから振られる。純真なエルハームをからかうノリで提案されるパターンが多いが、占いの結果が出ると、周りはいつも驚かされるのだ。

 

「それじゃ、バスの中だし、一枚だけ引いてみるね…」

 

エルハームはカバンから取り出したタロットカードをシャッフル、そしてサッキ―となおぽんにも混ぜてもらう。そしてエルハームがその中から1枚引く。バスの中のようにカードを並べられない場所だと、このような一枚だけ引く占い方で決めることも多い。それだけ、エルハームは占いに慣れているということでもある。引いたカードを裏返すと、正位置の「月」のカードだ。

 

「月?確かにエルハームちゃんのお兄さんって、そういう静かに輝くイメージはあるけど…」

 

「これってどういう意味なのエルハームちゃん?」

 

なおぽんが首を傾げ、サッキ―がエルハームの解釈を求める。

 

「正位置の月のカードの意味は不安・混沌・曖昧…。初対面で踏み込むのが不安だから、今日は進展しないで別れるってことかな」

 

「かーっ!惜しいね、それ!告白までついていこうと思ったのにー」

 

「以外にお兄さんも奥手なんだね~」

 

「そ、そうだね!そんな急になんていかないよね!」

 

エルハームは笑顔を作りながら二人に同調する。本当は二人と違って、ほっとしていた。義理の兄妹でありながら、最初から家族として接してくれた衛斗お兄さんが、まだ近くにいてくれる気がして。衛斗の後姿を確認すると、さっきまで弁舌さわやかだった彼が黙っている。何か考え込んでいるのか、微動だにしない。

不思議に思う間もなく、エルハームを、猛烈な睡魔が襲った。朦朧とする意識、ぼやけた視界で周りを見ると、かしましかったサッキ―となおぽんも、シートに体を横たえ、寝息を立てている。

 

(もしかして、混沌、曖昧な結果になる暗示はこのこと?でも、一体何が起こった、の…・・・・?)

 

エルハームは嫌な予感がしながらも、眠気に逆らえず、意識を手放す。

 

エルハームたちだけでなく、乗客は皆眠りに誘い込まれていた。さっきまで喋っていた衛斗は、突然目を閉じて頭を背もたれに沈めたかと思うと、ぐっすりと眠り込んでいる。

 

「おい起きろよ、衛斗!ダメだ、全然起きねえ」

 

さっきまで会話のはずんでいた衛斗が眠り込んで当惑する陽明。少しも眠くなかった彼自身も、頭の中に霞がかかっている。帰りのバスは眠りやすい環境と言うが、これは何かおかしい。百華もレンズの奥の瞼を瞬かせながら、眠気に抗い、声を絞り出す。

 

「陽明、これは、罠…。運転席を見て…」

 

運転席を見ると、いつの間にか迷彩色の戦闘員・クリアノイドが座って運転している。このバスもユニティー財団の手先が張っていたようだ。しかも、クリアノイドの運転するバスはいつの間にか町のルートを外れ、汽笛の響く閑散とした湾岸工業地帯を通っている。

 

「変身すれば、多分効かなくなる…速く!」

 

後を託すように変身を指示し、百華は崩れ落ちる。彼女も我慢の限界だったようだ。

 

「ああ、行くぜ。ソラリオン機動!」

 

陽明は眩き光とともに、ソラリオンに変身。全身に派手なオレンジのカラーリングに、腕部や脚部には赤いプロミネンスのような炎の模様が。胸部には、その炎模様が渦を巻いて集まった明るい橙色の日輪の意匠。放射線状に太陽光線の装飾が施されたメットと、マジックミラーのような透明度の高いバイザー。右手には、オレンジのグリップが。黄昏の眠気を裂く旭日の戦士が、バスの通路に仁王立ちする。

 

「バスのみんなに何をした?今すぐバスを止めろ!」

 

「寝つきの悪いガキだ。ソラリオンに変身したお前には、俺の催眠光は効かなかったか?」

 

ソラリオンの啖呵に、頭上から応じる声。バスの天井が破られ、崩れた天井板とともに、白い怪人が降ってくる。燈台を被ったような細長い円筒形の兜に、怪しく明滅する白眼のモノアイ。白い装甲で黒いインナーを覆い、手には中世の燭台に似た先端部を持つ、血のように赤い三又の長物を携えている。

 

「みんなを眠らせたのはお前の仕業か?」

 

「ああ~、そうだ。白瀬博士がこの町にいるなら、どのバスに乗るか特定できたら、このバスを向かわせて乗客ごとさらっちまおうと思ってな。クリアノイドの奴らにできるわけがない」

 

朝のうちにバスに乗った白瀬博士を確認、罠を仕掛けた帰りのバスで、さらう計画だったという。

 

「じゃあ、お前はなんなんだ?」

 

「俺は量産型のクリアノイドとは違う。スペーシア・ナイツのように特化した性能を持つアストロノイド“トーチヒュプナス”様だ。こいつらを眠らせた催眠光も、俺たちの保有する新技術さ」

 

白い怪人・トーチヒュプナスのモノアイから発する光には、生物を催眠状態に導入する作用がある。バスの二重天井に潜んでいた彼は、電灯を通じて催眠光を送り込み、眠りやすいバスの環境を利用して乗客全てを眠らせ、バスの行先も変えた。

クリアノイドの姿を見た百華の予想通り、変身して催眠光を直接見ていない者たちには効かなかったようだが。

 

「なんで、そんなすごい技術を持っておいて、大勢の人を巻き込む?」

 

「大勢の人間は、技術の使い所も、稼ぎ方も知らないとくる。だから俺たちに搾取されるんだよ。あの澄ました顔した白瀬博士も俺に反抗するなら、大人の付き合いでじっくり分からせてやるとするか。ヒハハハ…」

 

トーチヒュプナスは鼻で笑いながら、寝転がった人々を見回す。

 

「…そうはいくかよ。技術の使い方は、作った奴が一番わかってるに、決まってんだろ!」

 

陽明は今この瞬間にも、百華の助言とソラリオンに助けられたのだ。意識のない彼女への侮辱は許せない。その激昂を引き金に、ソラリオングリップの「レーザー white」のボタンを押し、白熱光線の剣「陽白刃ワイトセイバー」を構えて、挑みかかる。対してトーチヒュプナスは燭台型の三又武器「トライデント・バーナー」で受け止めるが、その熱量にたまらず飛びのき、距離を取る。

 

「待て!こんなバスの中に逃げ場なんてないぞ」

 

「チッ!キレるのだけは一丁前のクソガキが。おい、急げ!」

 

トーチヒュプナスは運転手のクリアノイドに合図を出す。クリアノイドはバスを急加速させ、狭い倉庫街の道へと突っ込む。

 

「うおぉ、危ねえ!何すんだよ」

 

「事故が怖いかガキが?殺される方がもっと怖いぜっ!」

 

スピードを上げたバスに揺られてバランスを崩すソラリオンに、トーチヒュプナスはトライデント・バーナーを振りかざし、何度もたたきつける。トーチヒュプナスは乗り物のスピードや揺れなどに慣れているらしく、体が揺れても細かい動きで上体を揺り戻し、バランスを保っている。

 

「威勢だけじゃどうにもならんぜ?おい、倉庫に突っ込め!」

 

バスの目前に迫った倉庫のシャッターが開き、バスは突入、入ると同時に急ブレーキをかけ、バス全体が前後に揺られる。

 

「おわあっ!」

 

ソラリオンはもんどりうって、床を転げまわる。慌てて周囲の乗客の様子を見るが、他は座るか横になっていたためにセーフだったらしい。

 

「ようやく寝る気になったか?邪魔だから伸びてな!」

 

トーチヒュプナスの声とともに、先端に炎が着火されたトライデント・バーナーのフルスイングが、隙だらけのソラリオンを吹き飛ばす。バスの窓ガラスを破り、外まで吹き飛ばされ、倉庫の床にたたきつけられるソラリオン。そのボディからは黒い煙が上がり、起き上がる気配がない。

 

「ようやく邪魔が片付いたか」

 

その時、戦闘の騒音のためか、エルハームと、サッキ―、なおぽんが目を覚ます。しかしまだ体は覚醒しておらず、動かすには重い。

 

「うぅん、何…?」

 

しかし彼女らは知らない倉庫の暗がりに停車しているバスや、バーナーを持った怪人、破れた窓ガラスを見て絶句する。一体眠っている間に、何があったのか

 

「もうお目覚めか。たっぷり睡眠をとってるガキどもは眠りが浅くていけねえ。ま、これからは眠る暇なく働いてもらうがな」

 

「ちょっと、アンタなんなのよ?ここはどこ?」

 

サッキ―が他の2人に代わって、勇気を振り絞って疑問をぶつける。

 

「必死だなあ、おい。ここがどこかなんて、どうでもいい。もうすぐ、この俺がお前らを他の国に売りさばいてやるからな、ヒハハハ」

 

トーチヒュプナスはサッキ―の虚勢をあざ笑う。トーチヒュプナスの人間としての顔は、人身売買のブローカーである。百華をさらう任務のついでに、他の乗客も自身の闇ルートに乗せて売りさばくつもりだ。

 

「ふざけないで!こんな騒ぎになったら警察が来るわよ!」

 

「慌てんなって。バスも倉庫も根回ししてあるから、誰も気づきしやない。それに、俺の密輸ルートなら、警察が来る前におさらばだ」

 

気丈に反抗するサッキ―を見下して、望みを折るトーチヒュプナス。更に彼は恐ろしい計画を得々と語る。

 

「お前らなんかは女としてもう年頃だし、その筋のマニアに売れるんだよ…。活きのいいお前なんかはしつけ甲斐があるからなあ…」

 

トーチヒュプナスはトライデント・バーナーをサッキ―の肩に押し付ける。着火はしていないが、バーナー部分の金属にこもった米津が、彼女の肌を苛む。

 

「っつ!熱い!」

 

なおぽんが、友人に向けられた脅迫に耐えきれずに、青ざめる。

 

「そんな、私まだ、恋人もいないのに…」

 

「はっ!デブが。お前は無駄に肥えた体を切り刻んで、臓器にして捌くんだよ。思い上がんな!」

 

「ひどい…!」

 

ぽっちゃりしていた体型を針小棒大に罵倒され、なおぽんは泣き出す。デブと呼ばれるほどでもないのだが、トーチヒュプナスは自分の眼鏡にかなわなければ、ゴミのように罵倒するのだ。

 

「もうやめて!これ以上酷いことしないで!」

 

「一番ひどいことになるのはお前なんだよ。この中じゃ、お前が一番上玉だからなあ…」

 

見ていられずに懇願したエルハームに、トーチヒュプナスは怪しく光るモノアイを近づけ、品定めする。

 

「外国じゃ、アラブ女は身持ちが固いからな。高く売れるぜぇ」

 

アラブ圏の女性は、肌をあらわにしない戒律が合ったり、貞操観念が厳しかったりする。エルハーム自身もその環境で、長袖の服を好む。だが、それも彼のようなブローカーからすれば、商品に箔をつける材料にすぎないらしい。余りの下衆な言い草に、エルハームは恥じらい、顔をそむけて、眠り込んだ衛斗の方を見る。しかし願い空しく、彼は目を覚ます様子はない

 

「大人しくなったな、ガキどもが。おい、いつも通り縛り上げて船に押し込め!」

 

倉庫に待機していたクリアノイドたちがバスに乗り込み、乗客を縄で縛って連れて行く。

 

「くっそお…待て!」

 

煙を上げながらも、ソラリオンがよろよろと立ち上がり、何とか止めようと近づいてくる。

 

「しぶとい馬鹿だ。大人しく寝てりゃいいんだよ。やれ!」

 

トーチヒュプナスの号令と同時に、ソラリオンの体に走る衝撃。周囲には誰もいないように見えるが、この感覚はクリアノイドにコンバットナイフで切られた時の物だ。

 

「またあいつらが、隠れてるか…なら、これでどうだ!」

 

今朝、百華に教えられたキーを押し、「レーザー spectrum」を発動、虹色の光線が周囲を照らし出す。すると、ソラリオンの周囲に数人のクリアノイドが姿を現す。これは七色の光を連続して照射することで、光線の反射を正常に戻す可視化光線。これにより、クリアノイドの光学迷彩は破られた。

 

「姿が見えりゃこっちのもんだ、行くぜ!」

 

ソラリオンは再びワイトセイバーを手にして、クリアノイド達に切りかかる。弱った相手をなぶり殺しにするつもりだったクリアノイド達は、突然の反撃に対処できず、あっという間に切り倒され、変身解除させられる。

 

「連れて行かせねえぞ!」

 

追いかけようとするソラリオンの行く手を、トーチヒュプナスが阻む。

 

「ソラリオンが頑丈なおかげで寿命が延びたなあ?最も、俺から見れば、風前の灯だ」

 

「さっきみたいに行くかよ。もう許さねえからな!」

 

「お前みたいな勢いだけの奴ほど脆いんだよ!」

 

トーチヒュプナスはモノアイから強い光を放ち、点滅させる。催眠光とは違う、チカチカした点滅だ。

 

「うあっ!目が…」

 

本物の燈台ばりに強力な点滅光はソラリオンにも効いていた。強烈な点滅で目が追い付かず、視界を奪われる。そこに、トライデント・バーナーが叩きつけられ、ソラリオンのボディを焼く。反射的にワイトセイバーを振るうが、その時には相手は間合いから逃げている。

 

「ガキがいきがろうと、無駄なんだよ。掠りもしないんじゃなあ」

 

トーチヒュプナスは何度も死角からトライデント・バーナーで攻撃し、ソラリオンに焦げ跡とダメージを蓄積していく。脇腹を横殴りにされ、大きく吹き飛ばされるソラリオン。そのまま倉庫の段ボールの山に突っ込み、崩れた段ボールに埋もれる。

 

「段ボールのベッドに寝たことはないだろう?ヒハハハ!」

 

そこから起き上がったソラリオンは、先ほどまでのワイトセイバーを持っていなかった。よく見ると、片手に拳銃型に変形した細身のソラリオングリップを持っている。手探りで「レーザー Beam」のキーを押して、両手持ちの太さだったグリップを2分割して、片手に収まる握りにする。外したパーツをアタッチメントとして球状端末にかぶせるように装填。光線を一方向に収束して銃口から発射する光線銃「ソーラーレイガン」に変形したのだ。

 

「碌に目も見えない癖に、銃なんて持ち出しても手遅れなんだよ!」

 

トーチヒュプナスは、着火したトライデント・バーナーを構えて静かに近づく。一方のソラリオンはソーラーレイガンの引き金に指をかけたまま、動かない。やはり、トーチヒュプナスが近づいてくるのが、ソラリオンには見えてない。トーチヒュプナスは、内心ほくそ笑む。

 

(音で俺の動きを把握するつもりだろうが無駄だぜぇ。汽笛の音と同時に忍び寄ってとどめを刺してやる)

 

相手に向ける必要がある光線銃が相手なら、横や後ろから不意打ちすれば、反撃はない。勝利を確信したトーチヒュプナスは、汽笛が耳をつんざくと同時に、素早く忍び寄り、斜め上から振りかぶって頭を狙う!

 

「そこだ!」

その瞬間、ソラリオンがトーチヒュプナスの方向に振り向き、銃口を向けて引き金を引く。ソーラーレイガンの収束レーザーが、トーチヒュプナスに直撃する。

 

「があはっ!馬鹿なあ!」

 

トーチヒュプナスは吹き飛ばされ、レーザーでプロテクターを溶かされ、白煙が立ち上る。

 

「位置が分かるのは、目や耳だけじゃないさ。アンタのバーナーの炎が、俺をどこから狙うつもりか教えてくれたぜ!」

 

ソラリオンは視覚や音ではなく、バーナーの熱でトーチヒュプナスの動きを感じ取っていたのだ。

 

「だったら、火の海で死ね!」

 

トーチヒュプナスはトライデント・バーナーから火を放ち、ソラリオンの周囲の段ボールを焼き尽くす。最早倉庫ごと焼き殺すつもりだ。しかし、ソラリオンの視力も回復し始めていた。ソーラーレイガンのグリップを強く握りながら引き金を限界まで引いてエネルギーを最大限にチャージする。球状端末部分がオレンジに輝き、エネルギーが溜まったことを示す。

 

「俺は死なない。まだ夢があるからな!」

 

ソーラーレイガンから最大出力のレーザー「ソーラー・レイ」が火の海を薙ぎ払い、トーチヒュプナスに照射された。その威力でトライデント・バーナーは真っ二つに砕かれ、全身から白煙を立ち上らせて、変身解除される。うつぶせに倒れているが、浅黒く日に焼けた肌と、潮風でチリチリに乾燥した黒髪の男の姿に戻る。

 

「こいつもやっぱり人間だったのか。でも今は、さらわれたみんなを追わないと!」

 

クリアノイドたちが変身解除した後、気絶するだけで済んだように、スペーシア・ナイツ由来の変身スーツには内部の人間を傷つけない安全装置が働いていると、百華が説明していた。一瞥して気絶しているだけと確認し、倉庫の外に急ぐ陽明。

 

 倉庫の外は、とっぷりと日が暮れていた。倉庫街を抜けて港にたどり着き、辺りを見回すソラリオン。どこかにさらわれた人々を乗せた船があるはずだ。トーチヒュプナスの口ぶりでは、もうすぐ出航しそうな船が。

 

「おい、そこの!お前だよ、お前! 」

 

突然甲高い大声で呼ばれて海の方を見ると、一隻の貨物船に、探していたバスの乗客がいた。ただし、エルハームを含めた女子中学生3人だけで、しかも縄で縛られたまま、甲板から海上に宙づりにされている。縄は甲板のクリアノイドたちが引いており、彼らが手を放せば3人は冷たく暗い夜の海にまっさかさまだろう。彼女たちもそれをわかっているのか、顔から血の気が引いている。脅すようにクリアノイド達がロープを引っ張り、不安定につるされた彼女たちを揺さぶる。

 

「ちょっ、やめなさいよ!このっ」

 

「落ちるっ、助けて!」

 

「どうして?こんな未来になるなんて…」

 

3人は揺らされて恐ろしさのあまりふるえるが、その動きは揺れを大きくして、更に彼女たちを恐怖に陥れる。

 

「動くんじゃないよ、ヒーロー気取りの坊や!あたしらはお前を殺して、グリップを奪い取れりゃいいんだよ。お前が大人しく死んでくれりゃ、小娘どもは助かるかもねぇ…ケケケケケ!」

 

オルカの鳴き声に似た笑い声で要求する声の主は、船上には見えない。近くの暗闇に潜んでいるのか。

 

「くそっ、どうすりゃいい…」

 

倉庫で聞こえた気がしたエルハームらしき声は、気のせいではなかったらしい。ソラリオンの光線を使えば敵を焙り出せるかもしれないが、目の前のエルハームたちを見殺しになんてできない。…何より、衛斗に顔向けができない。

 

(俺一人が犠牲になるしか…それしかないのか!)

 

夜のとばりが降りた港で、消えかける太陽の光。沈んだ太陽に明日はあるのか?

 




ソラリオンが今回披露した機能を解説。

・ミラーバイザー

ソラリオンの目元を覆う透明度の高いバイザー。マジックミラーのように内部から外の視界はクリアに確保できるが、外から内部を窺うのは難しく、変身物でお約束の仮面になっている。
外部からの光量を調節し、催眠光線などの影響を受けない。ただし、それにも限界があるようで、トーチヒュプナスの強烈な点滅光線で視界を奪われてしまった。

・可視化光線

ソラリオングリップの球状端末の内、「レーザー spectrum」のキーを押すことで、虹色の光線を発する。光の反射や屈折を正常に戻す効果があり、光学迷彩や蜃気楼による透明化、幻を見破る。

・陽白刃ワイトセイバー

レーザー Beam」のキーを押しての球状端末の内、「レーザーWhite」のキーを押すことで、白熱光線が剣をかたどる。光線が集中して高い熱量と威力を持っており、グリップまで熱が伝わるほど。クリアノイドやアストロノイドにも、まともに当てれば相当なダメージを与えられる。陽明の性格上、とりあえずこれでゴリ押ししようとするパターンが多い。

・ソーラーレイガン
ソラリオングリップの球状端末の内、「レーザー Beam」のキーを押して、更に変形ギミックを要する光線銃。両手握りサイズのソラリオングリップをパカッと真ん中で2分割、片手にギリサイズにしたうえで、外した側をアタッチメントとして球状端末にかぶせるように装填。L字型の拳銃に変形する。
光線をアタッチメント側の銃口に収束することで、レーザーの貫通力や精密性が増している。一旦引き金を引いて絞ることでエネルギーをチャージ、引き金を放した瞬間に光線が発射される。最大限エネルギーをチャージした上で放つソーラー・レイは、アストロノイドを倒すに余りあるほどの威力を誇る。

・安全装置

スペーシア・ナイツや技術盗用して作られたクリアノイド・アストロノイドは、内部の人間を守る安全装置が働いている。下手したら死にそうな攻撃を受けても、変身解除したら疲労や気絶・怪我で済むのはこのため。

今回は、クリアノイドと、上位種のアストロノイドが敵として登場。

・クリアノイド

シンプルな丸いメットに、迷彩色のスーツとプロテクター、クリアパーツのブレスレットを装備した、ユニティー財団の戦闘員ポジ。カメレオンがモチーフ。ブレスレットには光学迷彩による透明化機能が備わっている(ただし、そこが一番故障しやすい)。鉄をも切断するコンバットナイフ、鉄パイプで殴られても平気なスーツの強度はあるが、スペーシア・ナイツやアストロノイドにスペックで劣る量産型。
ユニティー財団のツテをたどって雇われたチンピラや傭兵崩れの「孫請け」、あるいはユニティー財団構成員が数をそろえたい時に変身する。
名前の由来は、clearまたは、ギリギリ宇宙進出をクリアできる性能(既存の宇宙服よりは高性能な程度)


・アストロノイド

ユニティー財団が保有する様々な技術に特化された専用型の怪人ポジ。星の光のエネルギーの代わりに、最新科学技術を搭載することでスペーシア・ナイツに近づけた性能。
ユニティー財団の構成員や、下部組織、フロント企業の人間が変身する。
名前の由来は、アストロノーツ(宇宙飛行士)から。


・トーチヒュプナス

燈台を模した円筒型の兜の奥から、乳白色のモノアイを光らせ、白い壁板のような材質のプロテクターを装備した外見。赤い燭台を模した三又の武器・トライデント・バーナーを備える。光の加減を自在に調節できるモノアイから、人間を催眠状態にする「催眠光」や、ソラリオンの視界をも奪う「点滅光線」を放つ。トライデント・バーナーは長物として扱う上に、先端部からは高火力の火炎を放つ。

変身者は日に焼けた浅黒い肌に、潮風でチリチリになった海賊チックなブローカーの男。密航の常習犯であり、二重天井や暴走バスにも動じない平衡感覚をユニティー財団に買われた。

陽明は初心者ゆえに苦戦しつつ、自力で光明を探すような泥臭い戦い方が特徴です。実戦でやる気と実力を最大限発揮するタイプ。

トーチヒュプナスの催眠光に、陽明は抗い、衛斗は即座に寝落ちしてましたが、一応個人差が理由です。
陽明が朝型で目が覚めやすい一方、衛斗は夜型で睡眠が短く深いせいで…。

太陽が沈んだ夜に準え、ソラリオンが追い詰められましたが、太陽が沈んだ後に待ち受けるのは、闇ばかりではありません。そう、夜は月が輝く時間です!…今の所衛斗は眠らされた上に縛られて船室に閉じ込められてますが。

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